共犯者(教範者) ◆ARe2lZhvho


東から昇る満月を左に、僕は伊織さんを背負って歩く。
デイパックで両手が塞がっているせいで地図を開くことはできなかったが、山火事のおかげで方向だけは間違っていないと確信できた。
地球温暖化がどうのこうのと叫ばれている現在、森林火災ともなればそれこそ温室効果ガスがなどと言われるのかもしれないががそんなもの命の前には二の次だ。
生憎というほどでもないが、文字通り自分に火の粉がかかりさえしなければ僕に関わる筋合いはない。
そもそも殺し合いが行われている場所で同行者のことならともかく、山火事を心配するくらいなら自分の身の心配をするに決まっている。
尤もなことを言ってしまえば、こんなことをやらせる主催がたかが山火事をどうにかできないとは思えないし。
僕のような平々凡々な高校生だけなら別として、玖渚さんのような人まで巻き込めるような奴らが。


――どうも皆さん。時間になりましたので……


……参ったな。
放送が始まってしまった。
できることなら放送が始まる前に辿り着いてからゆっくりメモをとりたかったのだが……
そうでなくとも、薄暗くなってきているし街灯が周囲にない今普通にメモを取るだけでも厳しいものがある。
……あ、そうだ。
伊織さんが起きないよう気を遣いながら、ポケットにつっこんでいたスマホを取り出す。
本題に入るまでの話が長いという老人にはよくある習性のおかげか、録音機能を起動させるまでの間に大事な情報が読み上げられることはなかった。
それでも聞いておいて損はないのと、余計な雑音は入れない方がいいだろうと思って、足は止めておいた。
よく見たらメールの着信を示すアイコンがあった――これがさっき玖渚さんが言ってたメールのことだろう。
後で確認しておこう。





「…………ま、処置はこんなものでいいか」

その後、薬局に到着した僕は店内にあったソファーに伊織さんを寝かせると、外に出て手頃な枝を二本、切り落としてきた。
もちろん添え木にするためだ。
普通に生活していれば中々身に付く機会はないであろう骨折の処置の知識を僕が持っているのは、一度妹である夜月の足を折ったことがあるからだ。
これだけ言えば、妹に虐待を強いる酷い兄としか思えないだろうがこれにはちゃんと事情があった。
あったのだが、今になって思い返してみると妹の骨を折る必要はどこにもなかったわけで……
しまったな、まったく弁解になっていない。
やはり機会があったら昔の僕をぶん殴っておこう。
まあ、それはそれとして。
僕は考える。
先の放送について。

西東天
哀川潤
想影真心
西条玉藻
零崎双識
串中弔士
ツナギ
左右田右衛門左衛門
宇練銀閣
貝木泥舟
江迎怒江

死者はこの順番で呼ばれていたが、順番の法則性がわからない。
五十音順でないのなら可能性としては死んだ順番だろうか?
だが、それもDVDを再生してみれば違うということがわかってしまった。
DVDのナンバリングは死んだ順番になっていたし。
ならば死んだ場所で区別しているのかと思えばそうでもない(ほぼ同じ場所で死んでいた人がいたし)。
となると、僕の凡庸な頭脳から導き出される答えは一つしかない。

――僕達が知らない何か独自の法則が存在する

もったいつけたが言ってしまえばわからないのと同義だ。
実は適当という可能性だってないとは言い切れないんだし。
これ以上考えても堂々巡りになるだけだと判断し、別のことを考える。
時宮時刻と、その前に日之影空洞という青年をもを殺していた和服の女と近くにいた学ランの男についてだとか。
ちなみに薄々予感はしていたのだが、時宮時刻が死ぬ瞬間を見ても何の感慨も湧かなかった、和服の女についても同様。
零崎軋識を殺した人物が最初は伊織さんのお兄さんである零崎双識と全く同じ外見をしていたのに白髪(とがめ、だったか)の女に変身していたことだとか。
ツナギと零崎双識が殺された映像と江迎怒江が死んだ(自滅した?)映像では途中から上空から撮影された映像に切り替わっていたのはどうしてなんだろうだとか。
串中弔士と貝木泥舟を殺した真庭鳳凰の右腕の威力に被害を受けることはなくてよかったと今更ながら安堵したりだとか。
禁止エリアの場所からして真庭鳳凰は逃げ遅れて今頃死んでしまったのだろうかだとか。
僕は考える。
今の僕にはそれくらいしかやれることがないから――





「ぅ……むぅ……ふわぁ、……ぉはようございます……」
「おはよう。と言ってももう夜だけどね」
「起きたときにはおはようと言うものでしょう。……えーと、今何時ですか?」
「七時はとっくに過ぎてるよ。それと事後承諾で悪いけど伊織さんの持ってたDVDも全部見させてもらった」
「それは別に構いませんが、どうやって見たんですか?」
「鳳凰さんからもらったデイパック、あの中にノートパソコンがあったから使わせてもらった。他にも役立つものはいっぱいあったし後で分けようと思うんだけど」
「異論はありませんが……」
「どうしたんだ?口ごもって」
「いや、本題には入らないんですねえと思って」

ようやく目覚めた伊織さんと他愛のない会話を交わすが、やはり躱すのは不可避のようだった。
ふう、と一息ついて、告げる。

「……いいニュースと悪いニュース、どちらから聞きたい?」
「こういうときはいいニュースから聞くものじゃないですかねえ」
「そうかい……いいニュースは玖渚さん達も人識もまだ生きてるってことだ」
「で、悪いニュースは双識さんはもういない、と」
「それと、哀川さんも、だったよ」

僕とは関わりのなかった人だけに正直に言うならなんの感情も持てないのだが、それなりに気まずそうな表情で言う。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、伊織さんはきょとんとした表情で、

「はあ、そうですか」

と答えただけだった。
その顔面の裏表のなさに拍子抜けした僕はつい訝しんでしまい、聞く必要もないことを聞く。

「……反応はそれだけか?」
「こう見えても驚いてはいるんですよ?でもどこか納得してるだけで。いくら哀川のおねーさんでも死なない保障はどこにもなかったんですし……ただ」
「ただ?」
「約束、破ってしまいましたなあって。人識くんに怒られちゃいますよう……」

殺人を犯してしまったことより約束を破ってしまったことを気にする様は一般的に見れば滑稽に映るかもしれないが、僕はそうは思わなかった。
――僕も同類だし。
以前夜月から借りた推理小説を読んだときに『なぜ足し算や引き算をやるような感覚で人を殺すのか』考えたことがあったが今なら身に沁みてわかる。
ニュースなんかでよく見る『かっとなって殺してしまった』という理由の方がしっくりくるかもしれないが。
だからこそ、僕は未だに伊織さんと共にいるのだろう。
その道を先に行く教範者として――あるいは同じ道を逝く共犯者として。
かつて『世界対しに嘘をついた』から『世界から騙されている気がしている』ように、『殺す』ことを知ってしまったからこそ『殺される』ことを意識せざるを得ない。
りりすと箱彦もこんな気持ちだったのだろうかと今更のように思い知る。
もっと早く気づいていれば全てを間違えてきたようにはならなかったかもしれない――これも今となっては詮のない話だが。
だが、しかし。

「なんだ、それなら心配する必要はないさ」
「どういうことですか?」
掲示板に貼られていた動画は8本しかなかっただろ?」
「一つが様刻さんのもので……つまり」
「まあ、そういうこと。先に破っていたのは人識の方だったからそこまで気に病むことはないよ」

人一人殺しておいて気に病むことはないとは大した言い種だが、正直な感想だしそう思ってしまうのも仕方がない。
彼女と親友が殺人を犯していたところで変わらず接し続けられるような人間なのだから――結局のところ僕というやつは。

「どっちにしたっていずれ死んでしまったらあの世で絶対に怒られちゃいますよう」
「いずれ死ぬとか人聞きの悪いことを言うなよ。……まあそのとき僕もいたら一緒に謝ってやるからさ」
「人間生きてればいつかは死ぬものですよ。たとえこの殺し合いをなんらかの形で乗り切ったとしてもいつかは死ぬときがやってきます。申し出はありがたいですけどね」
「……できれば普段から意識せずに過ごしたいものだけどね」
「そういえばどうして人識くんのこと知っていたんです?生きてたことじゃなくて、殺してたことの方ですけど」
「玖渚さんからメールが来てた。動画の方はおまけで宗像さんが目覚めるのがいつになるかはわからないからランドセルランドに到着するのが遅れるかもしれないってさ」

『おまけ』などと銘打っていたが、本来ならこっちも本題に匹敵するようなものだとは思うが。
というか、あえて僕がまだ伊織さんに伝えてない『本題』がなければ動画の方が本題になるのは間違いなかった。
罪を犯した映像を見せることで自戒させようだとか玖渚さんはこれっぽっちも考えちゃいないだろう。
僕がこういう人間であることを差し引いてもきっと微塵も思っちゃいない。
ただ、無いよりは有った方がいいから、伊織さんもいるから人識の情報を伝えるついで、程度で送ったんだろうなということくらいは十分予想できる範囲だった。
再確認するが、やっぱり玖渚さんは――異常だ。
人間なのか疑いたくなるくらいに。

「……遅くなるというのならもう少しここで休んでも大丈夫ですかね」
「できるだけ急いだ方がいいのは確かなんだけど……少しくらいならいいんじゃないか?」
「松葉杖や車イスはなかったんですよね?」
「薬局だからな、処方箋受付のコーナーにこうやってソファーがあっただけでも御の字だ」
「では交代しましょうか」
「交代?」
「様刻さんもお疲れでしょうし、ここで一度身を休めてみてはどうかと。具体的に言っちゃえば寝てしまえと」

休息は図書館でとったとはいえ、言われてみれば始まってからまともに睡眠はとっていなかったのを思い出す。
早朝に泣き疲れて研究所で少しだけ寝てしまっていたが、あれをまともな睡眠とは呼びがたい。
それに、いざ意識してしまうと途端に眠気が襲ってきた。

「……伊織さんがそういうならいいけど、何かあったらすぐ起こしてくれよ」
「わかっていますよう、でないと私もお陀仏ですし」
「ああ、それと、僕が寝てる間にDVDを見るなら別に反対はしないしスマホから動画を見たって構わない。放送も最初の部分は入っていないけど録音もしてある。
 一度に情報を出し過ぎるのも、と思ってさっきは言ってなかったけど玖渚さんからのメールは絶対見ておくべきだね。
 基本的に全部僕のデイパックの中に入っているし、首輪探知機もあったから周囲700メートルくらいは人が入ったらわかると思う。
 そしてこれは余計なおせっかいかもしれないけど、伊織さんが一番見たがってるであろうDVDは26番で僕個人としてはオススメしないのが28番だ。
 もちろん伊織さんが見たいというなら反対はしないけどね……他に質問は?」
「そこまで丁寧に言ってくださったのにあるわけありませんよう。まあ、何かあれば対応できる範囲でなんとかしますし無理そうなら起こしますから」
「うむ、ならよし」

そう言い残して僕は横になる。
窓から広がる空は山火事の影響を色濃く残し、一つも星は見えない。
膝枕などを狙うつもりは毛頭ないが粗相をしでかす事態を避けるために頭は伊織さんの方に向けておいた。

「おやすみなさい」
「おやすみなさい」

果たして、どちらが先に言ったのだったか。
どちらだったところで薄れる意識の中では些事にすぎないことだけど。





…………そういえば、昨日も満月じゃなかったっけ……?


【1日目/夜/G-6 薬局】
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、睡眠、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン@現実
[道具]支給品一式×7(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11~28)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、
   輪ゴム(箱一つ分)、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、
   首輪探知機@不明、誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
   「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁@現実、
   中華なべ@現実、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
   (「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 0:zzz……。
 1:休んだら玖渚さん達と合流するためランドセルランドへ向かう。
 2:時宮時刻を殺したのが誰かわかったが、さしたる感情はない。
 3:僕が伊織さんと共にいる理由は……?
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあります。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は全て確認しています。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。


すうすうと寝息をたてる櫃内様刻の横で無桐伊織は食い入るようにスマートフォンの画面を見つめる。
放送の内容も一度聞けば十分だったし、既に本人から教えてもらっていることをわざわざ見る必要もないと『病院坂黒猫』のファイルは再生すらしていなかった。
人を殺すという行為は思ったより気持ちが悪いということを伊織は身を以て知っている。
故に消去法で彼女が何度も再生を繰り返すのは『匂宮出夢』とタイトルがつけられたファイルのみ。
最初は自身のよく知る顔面刺青の青年だけを見ていた。
12時間以上前のこととはいえ、彼女にとってはやっと確認できた姿であることは間違いない。
まずは健在を喜んだ。
続いて、今まで目にする機会がなかった彼の戦闘技術に感心した(以前に哀川潤と共闘したときは圧倒的すぎて手も足も出なかった)。
いつしか、焦点が相手の女性に移っていく。

「……人識くんがやたら言ってた出夢って人、こんな方だったんですねえ……」

感慨深げに呟き、思いを馳せる。
今まで知ることがなかった新たな一面を知ったことで思うことはあるのだろう。

「……キスまでしちゃって……電話して冷やかしてあげちゃいましょうか――なんちゃって」

玖渚からのメールには零崎人識の電話番号も添付されていた。
必要な情報が埋もれるのを避けるために最後に回したのは様刻の配慮だったらしい。

「そういえばランドセルランドの番号も持ってましたし、人識くんがいるかもしれないのならそっちに電話するのもありかもしれませんが……」

聞く者はいないとわかっていても口を動かすことはやめない。

「……それにしても、双識さん、半信半疑でしたがいたんですねえ……哀川のおねーさんだって人類最強じゃなかったんですか……なんで死んじゃったんですか……でも……」

独白する声が滲んでいく。

「……人識くん……本当に、本当にっ、無事でよかったですよぉ……っ」

思いが、溢れる。
が、その目から雫が零れ落ちることはない。
その選択肢を選んだとしても今はそれを見る者も咎める者も誰もいないというのに――


【1日目/夜/G-6 薬局】
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折(添え木等の処置済み)
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:…………
 1:曲識、軋識を殺した相手や人識君について情報を集める。
 2:様刻さんが起きたら玖渚さん達と合流しましょうか。
 3:黒神めだかという方は危険な方みたいですねえ。
 4:宗像さんと玖渚さんがちょっと心配です。
 5:人識くんとランドセルランドへの電話は……
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
 ※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※DVDの映像は匂宮出夢と零崎双識については確認しています。他の動画を確認したか、またこれから確認するかどうかは以降の書き手さんにお任せします。


不死鳥(腐屍鳥) 時系列順 一足一動
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きみとぼくのずれた世界 無桐伊織 三魔六道
きみとぼくのずれた世界 櫃内様刻 三魔六道

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最終更新:2015年01月06日 21:07