狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE
◇ ◇
嘘でもいいので騙されてください。
◆ ◆
さて、さて、さて、さて。
久方ぶりにこのおれ、真庭蝙蝠の手番であり出番と相なったわけだが、のっけからどうにも厄介な状況に遭遇しちまったらしい。
と言っても、別に窮地に立たされてるってわけじゃあねえ。むしろこれ以上ないほど好機に立たされてるって具合だ。
好機すぎて、どういう選択を取ろうか迷っちまうくらいにな。
なにせ、あの虚刀流が。
先の大乱の英雄、鑢六枝の実子であり虚刀流の正統なる後継者、鑢七花が、こともあろうにおれの目の前で無防備におねんねこいてるってんだからよ。
思わず自分の普段の行いを顧みちまう勢いだぜ。
善行を積んだ覚えはとんとねえからな。きゃはきゃは。
なぜこいつがこんなことになってるのかは知らんが、おれがこの場所に偶然にもたどり着いたのは、ある意味こいつの「お姉ちゃん」のおかげだ。
鑢七実、と言ったか。
次の行き先はどうするかと考えていた矢先に通りがかった、着物の女と学生服の男。
始めて見る面だったから誰かと一瞬いぶかしんだが、あのやたらと尊大な態度のがき(都城だったか?)から聞いていた特徴と一致したからすぐにぴんときた。
それにあのお姉ちゃんの声は、おれがあの島にいたときに盗み聞きしていたからな。
頭の悪そうな弟とは対照的に、聡明そうなお姉ちゃんだったから記憶にはよく残っている。
性悪そうなところも含めてな。
都城の野郎からの忠告を思い出したことと、おれの体調がまだ万全の状態じゃねえってことからとりあえず様子見に徹していたが、どうやら正解だったようだ。
あまりにぶっとんだ会話に動揺しちまったとはいえ、潜んでいたこのおれの気配を察知するなんざ只者じゃねえ。
さすがは虚刀流の血筋、といったところか。
あの時おれの手裏剣砲にいち早く対応したのも、幸運や偶然のたぐいじゃねえってわけだ。
学生服のほうも、雰囲気こそ確かに人畜無害そうなそれだったが、むしろこいつのほうが底知れねえ。死んでも生き返るだとか、首輪を自力で外したようなことを平然と喋ってやがった。
いやはや、若人の忠告ってのも当てにしておくものだぜ。
くわばらくわばら。
ともあれ、確実に勝てねえ相手にゃ正々堂々とは挑まねえってのがおれの流儀だ。さっさと踵を返して、連中と反対方向に足を進めたわけだが――
その先に、虚刀流がいた。
寝ていた。堂々と。
それを見たとき、おれは最初「死体が寝ている」と思った。
「死んでいる」と思ったわけじゃねえ。ぐーすかと寝息を立てていたし、遠目でも息があるということは判断できたからな。
それでもなお、それは「死体」に見えた。
ちぎれた右手。
全身から漂う腐敗臭。
そしてなにより、生きている者特有の気配――活力みたいなもんが、一切合財感じ取れねえ。
魂が抜け落ちてしまったかのごとく。
そんなものが寝息を立ててるってんだから、これはもう「死体が寝ている」としか表現しようがねえぜ。
……いや、強いて言うなら、あいつらに似ているのか?
ついさっきすれ違ったばかりの、あの二人。
作り物か何かのように儚げな雰囲気をまとったあの女と、無気力を体現したかのようなあの男。
例えばあの二人の「弱さ」をひとつにまとめ上げでもしたら、それこそ「生きた死体」としか言いようのない――――おっと。
そんなことを考察してる場合じゃねえ。まずはこのでくの坊の処遇を決めることを優先しねえと。
最終的にぶっ殺すことは変わらねえんだが……というか、こいつが本当にただ寝ているだけだったら、一も二もなく息の根を止めていただろう。
寝首は掻くものと相場は決まってるからな。
しかし、だ。
先にも言ったとおり、今のこいつは死体に見えちまうほど衰弱しきっている。気迫のかけらも感じ取れねえし、
おまけに右手首から先が欠けているって有様だ。
これを見て、「なにも急いて殺す必要はない」と考えるのを、おれは油断や慢心とは呼ばねえ。
さらに「どうせ殺すなら、可能な限り情報を聞き出してから殺すべきだ」と考えるのも、正しい判断だとおれは思う。
思うよな?
だからおれは、おれが知っている限りこいつの目を覚まさせるのに一番適していると思しき手段として、
「なに寝ておるのだ。起きぬか、七花!」
と、あの奇策士ちゃんの声で、活を入れてやったってわけさ。
「とがめ……?」
効果は抜群。あれだけ死んだように眠っていたにもかかわらず、一発で目を覚ましやがった。
どんだけ飼いならされてんだって話だ。まあおれにとっちゃ好都合だが。
「とがめ……とがめか?」
のっそりと、そのでかい図体を起こそうとする虚刀流。
目を覚ましてもまるで活気の湧く気配のねえことを確認したおれは、そこにつかつかと歩み寄って足を大きく振り上げ、
「おら」
起き上がりかけたその頭を、ぐしゃりと踏みつけにした。
「ああそうだ、とがめさんだ。奇策士とがめのお姉さんだぜ?」
そう言って、地面にこすりつけるように後頭部をぐりぐりと踏みにじる。
声と顔だけはあの奇策士のまま、上から下へ言葉を投げかける。
「きゃはきゃは、また一段とひでえ有様になっちまってるじゃねーか、虚刀流よ。犬の死体の真似事でもしてるのかと思ったぜ。寝すぎて腐っちまったか?
でもまあ、性根まで腐ってやがる『この女』とはお似合いかもしれねーな。うっかり惚れ直してしまったぞ、七花よ――なーんつってなぁ!」
おれの足の下で、虚刀流はぴくりとも動かない。抵抗するそぶりすら一切見せない。
されるがままに、げしげしと頭を踏みつけられている。
おいおい。まさかおれが、あの子猫ちゃんの真似をしたまま、文字通り猫をかぶってやさしーく情報を聞き出してやるとでも思ってたか?
そんなまどろっこしいことをしてやるほど、おれは優しくねえし愚かでもねえ。
目ぇさえ覚ましてくれりゃあ、もうあの女のふりをする必要はねえのよ。
ここから先は、拷問と虐殺の時間だ。しのびらしく、力ずくで情報を引き出させてもらうぜ。
今のこいつだったら、『何でも差し上げますから命だけは助けてください』――おれの大好きなそんな台詞も口にしてくれるんじゃねーのか?
そしておれはこう返すのさ。『もらうのは命だけでいい』ってな。きゃはきゃは。
……とまあ、そんな感じにこの後のお楽しみについて、おれは考えを巡らしていたわけなんだが――
「…………ああ」
虚刀流は。
頭の上におれの足を乗っけたままの虚刀流は、平然とした口調で。
どころか、どこか安堵を感じさせるような声音で。
「よかった、無事だったんだな、とがめ」
と、言った。
は?
◇ ◇
話をぶった切って悪いが、ここらでさっきの放送とやらについて語ってみたいと思う。
すなわち、おれが鳳凰さまの死を知らされたときの話だ。
今さら言うまでもないことかもしれねえが、しのびにとって仲間の死なんてものは日常茶飯事でしかない。
そこにいちいち余計な感情を差し挟むような奴なんてのは、狂犬みたいな例外中の例外くらいのもんだ。
しのびは生きて、死ぬだけ。
鳳凰さま自身が、散々言っていた言葉だ。
とはいえ、意外ではあった。あの鳳凰さまが、どこの誰に、どうやって殺されたのか興味としてはある。
仇討ちなんざこれっぽっちも考えちゃいねえが、それはおれが生き残るために必要な情報ではあるからな。
そう、生き残るために、だ。
狂犬、喰鮫、鳳凰さま。
仲間の死に対してこそ特別な感情は抱かねえが、おれ以外の頭領が全員この殺し合いから脱落しちまったことについて、何の危機感も抱かねえほど楽天家であるつもりはねえ。
おれが真庭忍軍最後の参加者であり、真実もう後がないという現状。
すなわち、真庭の里の命運が、もはや風前の灯火に等しいということ。
救いがあるとすれば、この殺し合いに参加している――名簿に名を連ねているのが、十二頭領のうちおれを含めて四人だけという点だ。
おれがここで命果てたとしても、真庭の頭領はまだ八人残っている。おれの死が、即座に真庭の里の崩壊に繋がるってわけじゃねえ。
と、初めのうちは思っていた。
おれ以外の頭領が、そもそもの目的である「刀集め」を首尾よく成功させてくれればいいだけだと。
しかし現状、それも怪しくなってきている。あの奇策士がくたばって、厄介な競争相手がひとり減ったことを差し引いた上でもだ。
なにせ、刀は「こっち」にあるのだ。
まだ全ての刀を確認したわけではないが、あのがき、都城の口ぶりからすると、連中はおれら頭領をここへ拉致ってきただけでなく、完成形変体刀十二本すべてを揃え上げていると考えておいたほうがいい。
この殺し合いを牛耳る「主催者」とやらが。
ならば。
おれがこの殺し合いを制することしか、もう真庭の里を救う手立てはない。
そしてそれを成したときこそ、初めて他の頭領の死は、無駄死にではなくなる。
おれひとりが、ではない。「我ら頭領が」真庭の里を救ったのだと、そう胸を張って言うことができる。
真庭の里のしのびとして、いくさの場で戦い、いくさの場で死んだのだと。
しのびとして最後まで生きたのだと、そう伝えることができる。
そのために、自分が死ぬわけにわいかない。この殺し合いの場に残された最後の頭領として、絶対の勝利を獲得せねばならない。
――と、そこまで考えて、ふと気づく。
おれが仲間の死を、他の頭領の死を画然たる事実として受け入れていることに。
おれがこの殺し合いの中で発見できた仲間といえば、狂犬の死体だけだ。あとは死体どころか、生きてるうちに会うことすら一度もできていない。
にもかかわらず、名簿と放送という単なる情報だけを受けて、それを鵜呑みにしちまっている。
いや、流石にすべてをまるっと信じ込むほど間抜けではねえ。疑うところはしっかり疑っているつもりだ。
むしろ嘘が混じっていてくれたほうが、おれの忍法もより有効になると言える。疑心暗鬼につけ込んでこその忍法だからな。
ただ、おれ自身が疑いすぎるのもよくねえ。
いくら主催連中がろくでなしであっても、疑うべきでない一線というものは引いておく必要がある。
戦場とは決して無法地帯というわけではない。命の取り合いという極限状態においてこそ、最低限の規律や取り決めがなければ成り立たないものなのだ。
それがなければ、双方が無駄に血を流し疲弊するだけの、不毛な殺し合いになりかねない。
そしてここの主催には、この殺し合いを律するだけの力がある。
おれら頭領を拉致ってきただけでも十分な証明だ。
もちろん、放送で名を呼ばれた者が実は生きていたという可能性を端から否定するつもりはない。
つもりはないが、もし今、おれの目の前に鳳凰さまが生きて現れたとしたら、おれはそれを「偽物ではないか」と完全に疑ってかかるだろう。
いや、おれだけではあるまい。まともな思考をもってさえいれば、疑わないほうがどうかしている。
『放送で名を呼ばれたものは死んでおり、生き返ることもない』。
この一文をまず前提として留めておくべきだということは、この殺し合いの参加者であるなら、とっくに理解できていることのはずだ。
だから、仮に。
放送を漏らさず聞いていてなお、誰かの死を認めぬ者がいたとしたら。
死んだはずの者が目の前に現れたとき、一片の疑いもなくそれを本物と信じてしまう者がいたとしたら。
そいつはいったい、どれほどの大馬鹿者であると言えるだろう?
◇ ◇
「とがめ……生きててくれたんだな。心配したんだぜ。よかった、本当に、よかった――」
「……………………」
待て待て待て待て。
こいつは何を言ってる? 何の冗談だこれは?
あの奇策士の名前が放送で呼ばれたのは最初の放送の時、半日以上も前のことだぞ?
受け入れるのに足らんほどの時間でもないし、忘れるほど昔のことでもあるまいに。
……いや、放送を聞き逃していたという可能性はあるか。
何らかの理由で放送を聞き逃し、人づてに聞くこともできず、死体を見つけることもできていなかったとしたら、あの女の死を知らないのも無理はない――
「放送とかいうので、とがめの名前が呼ばれたときにはちょっとびっくりしたけどさ――そうだよな、とがめがそう簡単に、易々と死ぬわけがないもんな」
前言撤回。
撤回も撤回、徹頭徹尾、徹底的に撤回だ。
こいつ、あの放送の意義について未だに理解できてねえってのか? 嘘だろ?
頭の悪そうな小僧だとは思っていたが、まさかここまで理解力がねえとは……いや待て、それ以前にだ。
たとえ「この女」の死を知らなかったとしても、おれをとがめと認識するのはおかしいだろう。
最初は確かに、あの女の顔と声を完璧に真似してやった。こいつを起こすために、あの女を抜かりなく演じたつもりだ。
だが、その後はどうだ?
声こそあの女のままだったが、容赦なく罵声を浴びせながら、頭をげしげしと足蹴に――するのはあの女でもやりかねないが、喋り口調については完全に素のおれのままだった。
騙すどころか、むしろおれが誰なのかを理解させ、絶望させた上で拷問へと移るつもりでいた。
ましてや、確かこいつは(何故かは知らんが)おれの忍法について把握していたはずだ。
現に、数時間前にこいつと遭遇した際には、姿を変えていたおれのことを真庭蝙蝠だと看過していたではないか。
理屈に合わない。
あのときから今の間に、こいつの身にいったい何があった?
「ああ……ごめんな、とがめ。せっかく生きて、おれを見つけてくれたってのに……おれはまた、とがめとの約束を守れなかったよ……」
おれが黙っているうちに、「この女」に向けて勝手に喋りだす虚刀流。
約束? また? 何のことだ?
「『刀を守れ』、『とがめを守れ』、『おれ自身を守れ』――とがめからそう言われてたのに、ひとつだって守れちゃいねえ…………。
刀は見つからねえし、とがめのことも、正直死んだと思って諦めてたし……おれ自身に至ってはご覧のざまだ。こんな体じゃあ、守るどころか、もう何ひとつできやしねえよ――」
――姉ちゃんにも。
――また、勝てなかった。
「勝てなかったってか、そもそも戦いにすらなってねえか……はは、情けねえ…………」
……姉ちゃん? 勝てなかった?
こいつ、鑢七実とやりあったのか?
じゃあひょっとすると、こいつのこの惨状はあのお姉ちゃんの仕業か?
「姉ちゃんは、おれにはもう興味がないってさ……弱いおれには、生きぞこないのおれには興味がないって…………酷えよな。
おれだって、好き好んでこんな身体になったわけじゃねえのに……この痛みだって、苦しみだって、元は姉ちゃんのものだってのに……
おれがどんな気持ちでいたか、とがめならわかるよなあ……? とがめ……なあ、とがめ、とがめ、とがめ――――」
思わず、頭を踏みつけにしていた足をどける。
逆に踏み潰してしまわなかった自分を褒めたい。真庭の里が窮地に瀕しているということが頭をよぎらなければ、反射的にそうしていただろう。
嫌悪感。
おれにしちゃあ珍しい感情だが……しかし、弱者をなぶりものにするのを得意とするおれをしてさえ、無意識に身を離しちまうほどの気味の悪さを感じた。
こいつとは一度、あの島でやりあっているからわかる。こいつは頭は悪いし経験も圧倒的に不足しているが、素質だけは一級品だったはずだ。
鍛え上げられた肉体、磨き上げられた技術、忍者相手にも物怖じしない闘争心。
今のこいつには、その内のひとかけらすらも見当たらない。
それこそ別人かと見紛うくらいに、だ。
「だけど、仕方ねえよなあ」
聞いてもいないのに一人語りを続ける虚刀流。
気持ちの悪い声で。
「だって相手は、あの姉ちゃんだぜ。とがめの奇策があって、ようやくぎりぎり勝てた相手だってのに、おれ一人で太刀打ちできるわけがないって……
とがめがおれのそばにいないって時点で、おれなんかに――おれごときに、守れる約束なんてないし、守れる相手だっているはずがなかったんだ――」
「だからおれは、悪くない」
「おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。
おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。
おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。
おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない」
『おれは――悪くない』
「……………………」
白状しよう。
おれが「この女」を演じてまでこいつを起こし、情報を得ようとしたのは「どうせ殺すのだからついでに」なんて気まぐれに似た理由ではない。
予感があった。
こいつからは、生かして聞かねばならないことがあると。
おれ自身が生き残るために、聞いておくべき情報があると。
正直な話、こいつが起きる前から気づいてはいた。こいつの身体の異変、まるで別人かと思うほどの肉体の弱化に。
加えて、あえて言及しないようにはしていたが、こいつの身体のど真ん中に突き刺さっている、四本の大螺子。
完全に身体を貫いているにもかかわらず、生きているどころか、血の一滴も流れてはいないし、刺さっている部分の肉に損傷のあとすら見られない。
物理的な力ではない、何かを超越した力。
すべてが不自然。すべてへの違和感。
そして今、こいつの話を聞いて、おれがこいつを起こした理由が明確になった。
「虚刀りゅ――いや、七花よ」
おれは再び、あの奇策士の声で話しかける。今度は声だけでなく、口調も真似て。
今、おれがこいつに対して感じているのは、恐怖だ。
強すぎる相手、勝ち目のない相手と対峙するのとはまったく逆の恐怖。
『自分もこうなるかもしれない』という、圧倒的な弱者に対する恐怖。
「わたしに会うまでに、そなたの身に何があったのか、詳しく話して聞かせよ」
何がこいつをここまで堕落させたのか。
ここではっきり知っておかねば、取り返しのつかないことになる。
◇ ◇
虚刀流から話を聞き出すのは至極簡単だった。
本当におれのことをとがめと思い込んでいるらしく、警戒心のかけらもありゃしねえ。聞いたぶんだけすらすらと返ってくる。
この殺し合いの中での話はもちろんのこと、それ以前の話に至るまで根掘り葉掘り話させたからかなり時間は食っちまったがな。
「この女」が当然知っているだろうことも含め、かなり露骨に聞き出してみたが、おれの正体についてはまったく疑うそぶりすらない。
張り合いがなさ過ぎて退屈なくらいだったぜ。きゃはきゃは。
(……しかし実際、余裕ぶって笑っていられる話じゃねえな、こりゃ)
『却本作り』。
『大嘘憑き』。
そして鑢七実の『見稽古』。
改めて、こいつから話を聞き出しておこうという判断が正解だったことを知る。さっきの二人に絡まず逃げたことも含めてな。
いやはや、あのお姉ちゃん、只者じゃねえとは思っていたが、予想以上の化け物じゃねえか。
見た瞬間にすべてを見通し、あまつさえ己が能力として呑み込んじまう目。そんなもんにどうやって対処しろってんだ?
おれの使う忍法骨肉細工や、鳳凰さまの使う忍法命結びと属性の似ているところはあるが、やばさで言えば桁が違う。
なにせ骨肉細工も命結びも、どころかおそらく真庭の里に伝わる忍法のほとんどが、お姉ちゃんの目にかかれば一発で見取られちまうってんだから。
考えるだにぞっとする話だ。
で、肝心のこいつに刺さってた大螺子だが、案の定、お姉ちゃんとその連れの仕業だったようだ。
ただ予想と違ったのは、どうやらこの螺子、もともとは虚刀流を攻撃する目的でなく、命を救うためにぶっ刺したものらしい。
『却本作り』。
相手を弱くする――というよりは、相手を自分の弱さまで引きずり下ろす能力、といった感じか。
肉体も精神も技術も頭脳も才能も。
すべて同一に等価にする。
それだけ聞きゃあ確かに恐ろしい能力だが、あのお姉ちゃんはそれを利用して、自らの『生き損ない』という弱さ――病魔による苦痛と異常な回復力を虚刀流に植え付けてやったらしい。
弟の『腐敗』を抑制するために。
前に虚刀流と遭遇したとき、全身に泥みてーな物をかぶっていたのが見えたが、あれも相当やばい代物だったようだ。とっさに逃げを選んだあのがきどもの判断は大正解だったようだな。
見ると、虚刀流の身体にはまだあの泥がこびりついている。これには触れないよう要注意か。
要するにこいつは、腐って死ぬか弱体化して生き延びるかの二択を自分では選ぶことさえできず、お姉ちゃんとその連れに強制的に生きる方向を選ばされたってことだ。
しかもその後、お姉ちゃんとの姉弟喧嘩の末に右手をちぎり取られ、ろくに戦うこともできない状態にされた挙句、やる気をなくして不貞寝していたんだと。
いやもう、呆れて物も言えねえってのはまさにこのことだ。
見事なまでに救いようがねえ。
それともここは、素直にこいつのお姉ちゃんを脅威に思っておくべきなのかね。生かさず殺さず捨て置くたあ、えげつない真似をしやがる。
負荷に負荷を上書きし、負荷をもって負荷を抑え込む。
これはお姉ちゃんでなくその連れの発案らしいが……結果的に命を救ったとはいえ、まあ残酷なんだろうな。
いい趣味してるぜ。
ああ、そういやもうひとつ興味深い話を聞くことができたんだった。おれと虚刀流の、時間のずれに関することだ。
おれがここに連れてこられたのは、睦月の頃、あの島で奇策士ちゃんの姿に化けて虚刀流を討ちに行く途中のことだったんだが、虚刀流も当然、同じようにあの島からここへ拉致られてきたのだと思っていた。
しかし話を聞くに、元いた場所はおろか、年月すらおれの認識とは相当なずれがある。
それもこいつが来た時期は、おれから見て未来のことだという。
まったくわけがわからねえ。
無論、こいつが本当のことを言っているって証拠はなにひとつないわけだが……でたらめにしちゃあ詳細がはっきりし過ぎている。
こいつがこんな凝った嘘をつけるほど利口だとは思えねえ。
刀を求めての全国放浪、変体刀の所有者との闘い、奇策士の死、果ては現将軍を相手取っての、たったひとりでの謀反――
(……まるで、よくできた物語を聞いている心地だ)
その物語の中では、おれ自身も噛ませ犬同然に斬り捨てられてるわけなんだが、それすら実感として湧いてこねえ。
こいつが妙な妄想にとらわれちまったとでも考えたほうがよっぽど現実味がある。
要するに、だ。
この件について、ここで深く考える意味はないってこった。
証拠も何もないうえに、いつどんな場所から来たなんざ自己申告に頼るしかねえんだから、検証のしようもねえ。
考えるだけ無駄だし、必要ならこの殺し合いが終わった後でじっくり調べるか、主催連中に直接聞きゃあいい。力ずくででもな。
だから当面の問題はやはり、鑢七実とその連れだ。
おれはあのお姉ちゃんに面割れはしていないが、あのとき小屋に手裏剣砲をぶっ放したのが真庭のしのびだってことは「この女」から聞いているだろう。
さっきは見逃されたようだが、二度目はないかもしれない。たとえ骨肉細工で姿を変えていたとしても、あのお姉ちゃんの目を欺くのはおそらく無理だ。
そのくらいの眼力を持っていると考えたほうがいい。
球磨川って奴のほうも油断はならねえ。むしろあいつのほうが、お姉ちゃんと比べて情報がないぶん対処法を講じにくい。
『大嘘憑き』とかいう能力のほうも、虚刀流からから聞いた話だけではいまひとつ呑み込めねえところがある。
虚刀流の怪我を直したのがその能力ってことらしいが……言われてみりゃ、あのときのこいつはもっと火傷やらなにやら、今より酷い怪我を負っていたような気がする。
単なる治療のための能力……ってわけでもねえんだろうな。
(『首輪をなかったことに』――か)
思い返してみりゃ、おれがついさっき盗み聞きしていた会話がまさに『大嘘憑き』なる能力についての話だった。
『死んでも生き返る』云々ってのもその内か?
……まさか「死んだことをなかったことにする」とか言うんじゃねえだろうな? おいおい、そんなもんがまかり通ろうもんなら殺し合いもへったくれもなくなるぜ?
しかし、そう考えると辻褄が合っちまうのも事実だ。
球磨川禊は『首輪をなかったことにはできない』と言っていた。にもかかわらず、球磨川の首輪は外れていた。
仮に死んでも生き返れる奴がいたとしたら、首輪を外すのは簡単だ。首ごと外してしまえばいい。
力技だが、これ以上なく理に適っている。
とはいえ、本当にそんなことができていいのか? 反則どころの話じゃねえだろうが。
回数制限とか時間制限とか言ってたから完全に万能ってわけでもねえんだろうが……いやはや。
化け物はとことん化け物ってことかね。
とはいえ、逃げ続けていても埒は明かねえ。最も危険な存在だからこそ、早めに潰しておくのが得策だ。
正面からやり合うのは論外。下手な小細工は逆効果。
ならばあの化け物に、どうやって対処する?
何を利用し、どんな策を弄する?
「どうした? とがめ、急に黙っちまって。もう質問はないのか?」
……こいつは利用できるか? おれの目の前で胡坐をかいて座っているこの間抜け面は。
戦力としてはまったく使いようはねえだろうが……しかし。
(こいつは、なぜ生きている?)
正確には「なぜ生かされている」と言うべきか。
身体能力は削弱させられ、右手はちぎり取られているものの、鑢七実と正面から対峙してなお、こいつは生かされている。
おれが今のこいつを容易に殺せるように、お姉ちゃんにとっても、こいつを殺すことは息を吸うより簡単だったはずだ。
むしろこいつを生かすために施したあれこれのほうが、よっぽど手間がかかっている。
(殺せなかった――と考えるのは、はたして曲解か?)
鑢七実にとって、たったひとりの身内であり弟。
その事実が、あのお姉ちゃんの刃を鈍らせたのだとしたら。
「……七花よ、そなた――」
おれは今、首から上は奇策士に化けている。長い白髪までしっかり再現済みだ。
しかし首から下は、元のおれの身体のままだ。服装も軋識とかいう奴のものだし、遠目から見ても均衡を欠いた見た目になっていることだろう。
そのおれの姿を、虚刀流は間近で見ている。
両目が潰れてるってわけでもねえし、おれのこの不自然ななりもはっきり視認できているはずだ。
にもかかわらず、こいつはおれを奇策士と信じて疑わない。
騙す騙さざるにかかわらず。
(おかしくなっているのは、ならば目でなく頭――か)
いかれている、というやつだ。
それもこの大螺子の効果なのかどうかは知らんが、ともかく今のこいつを利用するのは犬に芸を仕込むより簡単そうだ。
「もう一度、鑢七実に挑む気はあるか?」
おれの言葉にきょとんとする虚刀流。
返答を待つことなく、おれは畳みかける。
「七花、わたしはこの殺し合いで優勝を狙っておる。主催とやらに、願いを叶えてもらうために」
これはまあ嘘じゃねえ。本当に何でも願いが叶うってんなら、優勝を狙わない理由はねえからな。
主催に媚びるつもりは毛頭ねえが。
「今現在生き残っている全員を亡き者にしてでも、わたしは最後の一人にならねばならない。無論、鑢七実も最終的には殺すつもりだ。
そなたにもう一度、七実と戦うつもりがあるなら――七実を殺す覚悟があるというなら、またわたしに力を貸してはくれぬか、七花」
そう言って、おれは手を差し出す。
まあ返事がどうあれ、無理矢理にでも協力させるつもりでいるのだが。
あくまで拒否するというのであれば、この場でさっさとぶっ殺すだけだ。
「いや、でも――いいのか、とがめ」
戸惑ったように目を泳がせる虚刀流。
めんどくせえ。
「まあ、とがめの力になりたいのは山々なんだけどさ……おれはもう、とがめの期待に沿えるような刀じゃねえよ……
身体はご覧の有様だし……刀として、とがめのために振るえる力なんて、おれにはもう――」
「馬鹿者!」
差し出した手で、虚刀流の頬に平手打ちを喰らわす。
頬骨を砕く勢いでいってやろうかと思ったが、そこは我慢だ。
「そなたが刀としてどうかなど、どうでもよい!」
本当にどうでもいい。
今さらこいつに刀としての力なんざ期待するものか。
「そなたが鑢七花でさえあれば! それだけでわたしにとっては十分なのだ!」
こいつが鑢七花であること。すなわち鑢七実の弟であること。おれが必要としているのはそれのみだ。
身内に対する甘さ、弟に対する情。そんなもんがあのお姉ちゃんにあるかどうかは微妙なところだが、少なくともこいつが今、鑢七実によって生かされていることは事実だ。
あの化け物を殺すためには、まず外堀から埋めておく必要がある。
鑢七実は決して一匹狼ってわけじゃねえ。どころか今は、球磨川禊にべったりの状態だ。見ていて胸やけがするくらいにな。
だからまずは、周囲の人間から懐柔する。
鑢七実の弱みとなりそうな人間。それを手駒として引き入れていく。
「刀として駄目だというなら、人としてわたしのそばにいろ! 役立たずでもよいからわたしに使われていろ!
つべこべ言わず、わたしに従っておればよいのだ! 今のそなたにそれ以上の価値などないのだからな!」
だいぶ本音が混じっちまった気がするが、まあ「この女」ならこのくらいのことは言いそうだ。
「この女」だってどうせ、こいつのことを利用するだけ利用して捨てちまうつもりだったんだろうぜ。「この女」の出自を知っているおれにとっては火を見るよりも明らかだ。
ならばおれが、「この女」に代わってこいつを利用してやるってのも面白い試みだろう?
どうせ死にかけの負け犬、捨て駒程度には使ってやるさ。
「…………ん?」
虚刀流から何の反応もないことに不審を感じ、その顔を覗き込む。
泣いていた。
無言で。
呆けた顔のまま、はらはらと涙を流している。
「……………………」
このときのおれの心情を事細かに描写するのはやめておく。いくら言葉で説明しようとも、絶対に伝わらねえと思うからだ。
一言でいうなら、引いた。
どん引きだ。
惚れた女(と思い込んでいるおれの姿)を見つめながら落涙している大の男を目の前にしたおれの心情が想像できるか? できるもんならしてみやがれ。
「……ああ、悪い、とがめ。つい嬉しくなっちまって」
嬉しい? 何がだ?
何かこいつを喜ばせるようなことをしたっけか?
「もうおれにできることなんてないと思ってたのに……こんなおれでも、とがめは必要としてくれるんだなって……
何もかも面倒で、全部諦めちまおうって、そう思ってたけど……そうだな、とがめがおれを頼ってくれるってんなら、括弧――格好つけないわけにはいかないもんな」
おもむろに立ち上がる虚刀流。
こちらに向けられた両の目は、死人のそれよりも濁り切って見えた。
「殺せるよ、相手が姉ちゃんでも、誰でも。とがめが一緒にいてくれるならさ――だから」
だからおれを。
ひとりじゃ誰にも勝てないこのおれを。
刀としてはもう何の役に立たない、このおれを。
『おれを、勝たせてくれよ』
そう言って、虚刀流は笑った。
死体のような笑顔で。
「…………成る程な」
「え? 何か言ったか? とがめ」
「……いや、なんでもない」
なぜこいつがおれを頑なに奇策士と思い込んでいるのか、その理由がわかったような気がする。
こいつにはもう、「この女」しか縋れるものがないのだ。
姉に見限られ、武人としての強さは失われ、守るべき者はすでに亡く、必要としてくれる者は誰一人としていない。
絶望と孤独。
そこに現れた奇策士の声を模倣したおれという存在は、こいつにとってはさながらお釈迦さまが垂らした蜘蛛の糸だったのだろう。
だからこいつは、それに必死にしがみついている。
おれが殺した軋識って奴と同じだ。死に際の、絶望の淵にいたあいつが、「
零崎曲識は生きている」というおれの虚言に縋ったように。
はじめから、こいつの目におれの姿なんぞ映ってはいなかったのだ。
『とがめが生きていてくれたら』。こいつが見ているのは、そんな願望が作り出した儚き幻想だ。
愚かしい。
この愚かしさが、こいつに刺さった四本の大螺子によって人為的に植え付けられたものだったとしたら、これほど恐ろしいことはあるまい。
改めて思う。
鑢七実と球磨川禊、この二人の存在を軽視すべきではないと。
殺されるならまだましと言えるかもしれん。
こんな『弱さ』をこの身に刻まれるくらいなら。
こいつと同じものに堕ちてしまうくらいなら。
「よろしくな、とがめ。とがめのためなら、おれは何でもするぜ」
虚刀流は言う。すでに死んだ女へと向けて。
「……ああ、よろしく頼む、七花よ」
おれは言う。すでに死んだ女の声で。
侮蔑の感情を隠すことなく。
「わたしのために、存分に戦え」
そして死ね。
心の中で、おれはそう吐き捨てた。
【二日目/黎明/D-5】
【鑢七花@刀語】
[状態]右手欠損、『却本作り』による封印×4(球磨川×2・七実×2)、病魔による激痛、『感染』?
[装備]袴@刀語
[道具]支給品一式
[思考]
基本:『おれは悪くない』
0:『とがめの言う通りにやる』
1:『とがめが命じるなら、誰とでも戦う』
[備考]
※時系列は本編終了後です
※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
※
掲示板の動画を確認しました
※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
※寝てる間に右手がかなり腐りました。今更くっつけても治らないでしょう
【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]身体的疲労(小)、頭部のみとがめに変態中
[装備]軋識の服全て(切り目多数)
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、
少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残り、優勝を狙う
1:虚刀流を利用する
2:強者がいれば観察しておく
3:鑢七実は早めに始末しておきたい
4:行橋未造は……
[備考]
※現在、変形できるのはとがめ、
零崎双識、
供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、
零崎軋識、
零崎人識、
水倉りすか、
宗像形(144話以降)、鑢七花(『却本作り』×4)、元の姿です
※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
※鑢七実と球磨川禊の危険性を認識しました。
※供犠創貴に変態してもりすかの『省略』で移動することはできません。また、水倉りすかに変態しても魔法が使えない可能性が高いです
※宇練銀閣の死体を確認しましたが銀閣であることは知りません
※体の一部だけ別の人間の物に作り替える『忍法・骨肉小細工』を習得しました
最終更新:2021年10月09日 00:58