水倉りすかの駄人間証明 ◆xR8DbSLW.w
★ ★
さあ、『魔法』を始めよう。
★ ★
水倉りすか。
彼女のなんたるかを改めて語るのは、些か時間の無駄と言えよう。
語るにしては時間が経ちすぎた。彼女の性格は言うに及ばず。彼女の性能は語るに落ちる。
いくら彼女が時をつかさどる『魔法少女』とはいえ、時間と労力を意味もなく浪費をするほどぼくは優しくない。
それだけの時間があれば、ぼくはどれだけのことを考え得るか――どれだけの人間を幸せに出来るだろう。
無駄というものはあまり好きではない。ぼくがりすかの『省略』を敬遠する理由でもあるのだが。
だけど、仮に語るという行為に意味があるとするならば。必要があるとするならば。
その程度の些事、喜んで請け負うことにしよう。
『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず』
水倉りすか。
ぼくが初めて会った魔法使い、『魔法使い』。
外見特徴は、「赤」という一言に尽きるだろう。なだらかな波を打つ髪も、幼さに見合った丸い瞳も、飾る服装に至るまで。
全身が、赤く、この上なく赤い。露出する肌色と、右手首に備わっている銀色の手錠以外は、本当に赤い。
さながら血液のように。己の称号や魔法を誇らんとするばかりに。
『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず』
水倉りすか。
馬鹿みたいに赤色で己を飾るりすかであるが、その実力たるや馬鹿には出来ない。
この年齢では珍しいらしい乙種魔法技能免許を取得済みという驚嘆に値する経歴の持ち主。
ついこの間まで、ぼくと一緒に、とある目的の元、『魔法狩り』なる行為に勤しんでいた。
結局のところ、その行為の多くに大した成果は得られなかったのだが、ここでは置いておこう。
とある目的というのは――乙種を習得できるほどの魔法技能に関してもだが――彼女の父親が絡んでいる。
彼女のバックボーンを語るにあたり、父親を語らないわけにはいくまい。
『ニャルラトホテプ』を始めとする、現在六百六十五の称号を有する魔法使い、水倉神檎。
高次元という言葉すら足りない、魔法使いのハイエンド。全能という言葉は、彼のために存在するのだろうと思わせるほどの存在、であるらしい。
語らないわけにもいかない、とは言え、ぼくが彼について知っていることはそのぐらいのこと。一度話を戻す。
『まるさこる・まるさこり・かいきりな る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる――』
水倉りすか。
彼女の魔法は『属性(パターン)』を『水』、『種類(カテゴリ)』を『時間』とする。
父親から受け継いだ『赤き時の魔女』という称号が、彼女の魔法形式を端的に表していると言えよう。
平たく言えば、時間操作を行使する『魔法使い』だ。
これだけ聞くと、使い勝手もよさげで、全能ならぬ万能な魔法に思えるだろうが、その実そうではない。
『現在』のりすかでは、その魔法の全てを使いこなすことはできない。時間操作の対象が、自分の内にしか原則向かない。
加え、日常的にやれることと言えば『省略』ぐらい……いや、『過去への跳躍』も可能になったのか。
それでも、いまいち使い勝手が悪いのには変わりがない。
有能さ、優秀さにおいては右に出るもののない、ツナギの『変態』を比較対象に挙げずとも、だ。
使い勝手が悪いならな悪いで、悪いなりに使えばいいので、その点を深く責めることはしないけれども。
『かがかき・きかがか にゃもま・にゃもなぎ どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるず にゃもむ・にゃもめ――』
水倉りすか。
彼女の魔法は確かに使い勝手が悪い。とはいえ、一元的な見方で判断する訳にはいかない。
彼女が乙種を取得できるまでの『魔法使い』である要因の一つ――父親によってりすかの血液に織り込まれた『魔法式』、
軽く血を流せば、それで魔法を唱えることができる。大抵の魔法使いが『呪文』の『詠唱』を必要とする中、りすかは多くの場合それを省略できる。
そして何より。
その『魔法式』によって編まれた、常識外れの『魔法陣』。
致死量と思しき出血をした時発現する、りすかの切り札にして、もはや代名詞的な『魔法』。
およそ『十七年』の時間を『省略』して、『現在』のりすかから『大人』のりすかへ『変身』する、ジョーカーカード。
これを挙げなければ、りすかの全てを語ったとは言えないだろう――。
そう、りすかの『変身』について、正しくぼくらは理解する必要があった。
『――――にゃるら!』
(魔法『属性・水/種類・時間/顕現・操作』――――証明開始)
★ ★
「…………キズタカ?」
仰向け、いや、最早この状態を仰向けと呼べるのかも定かではないほど破壊された遺体を前に、
水倉りすかは動けなかった。
きっとそれは動けなかったでもあり、同時に動きたくなかった、とも言えるだろう。
「……………………」
鼓膜を破らんと耳をつんざいた爆音からどれだけ経ったのか。
焼き付いた脂の匂いを感知してからどれだけ経ったのか。
意味もなく面影のなくなった相方の名前を呟いては、どこか視線を遠くに向ける。
「……………………」
りすかも愚かではない。
否、訂正しよう。愚かと言えば間違いなくりすかは愚かであったけれど、馬鹿ではなかった。
何が起こったのか、何が起きてしまったのか、どうしようもない現実をとうに把握できている。
「……………………」
推測するまでもない。
零崎人識がいつの間にか設置していたブービー・トラップにまんまと引っ掛かった。
言葉にしてみればそれだけの話であり、それまでの話である。
「……………………」
しかしながら、現実を理解できているからと言って、認識できているからと言って。
解りたくもなければ、認めなくもない。本当に、本当に本当に、あの不敵で、頼もしい
供犠創貴という人間は終わってしまったのか?
「……………………」
傲慢で強情で手前勝手で自己中心的で、我儘で冷血漢で唯我独尊で徹底的で、
とにかく直接的で短絡的で、意味がないほど前向きで、容赦なく躊躇なくどこまでも勝利至上主義で、
傍若無人で自分さえ良ければそれでよくて、卑怯で姑息で狡猾で最悪の性格の、あの供犠創貴が、たかだか、『この程度』のことで――思わずにはいられない。
「……………………」
おもむろに、付近に散乱していた創貴の『肉』の一片を拾い上げる。
くちゃり、と不気味なまでに瑞々しい音が鳴った。
りすかは意に介さない。ただただ、独りきりの世界の中で『肉』を握りしめる。
「……………………」
丁度その時、
第四回放送が辺り一帯へと響き渡り――。
『供犠創貴』
その名も呼ばれた。
かれこれ一年以上も死線を供にした、己が王であり我が主であったかけがえのない名前が。
何の感慨もなく、ただ事実は事実だと言わんばかりの義務的な報知として流れる。
続けて幾つかの名前が呼ばれたが、りすかの耳には届いていなかった。
掌に宿る温かさは、未だこうして冷めてはいないのに、呼ばれてしまった名を反芻する。
「――――――――」
震える手元は彼女の意思を代弁するかのように小刻みながらに強い主張を放つ。
「――――――――」
さもありなん。
「ふ――――っっっざっけるなっ!」
水倉りすかはどうしようもないほどに、怒りに身を焦がしていたのだから。
「キズタカ!」
手にしていた懐中電灯を叩き落とす。
衝撃で電池でも外れたのか、懐中電灯の光さえも消え、周辺が暗澹たる色合いに染まる。
本来怖くてしょうがないはずの暗闇の中、浮かび上がる赤色はヒステリーを起こしたかのように、喚く。
「キズタカ! キズタカはみんなを幸せにするんじゃなかったのか!
そんな自己犠牲で自己満足で、わたしが――わたしが幸せになるとでも思ったのか!」
身を挺して供犠創貴は水倉りすかを庇うように死んだけれど、りすかからしてみれば甚だ不本意だ。
コンマ単位での判断だったから仕方がない?
あの爆発ではりすかの血さえも蒸発し、およそ『変身』なんて出来ないだろうから仕方がない?
ふざけるな。『駒』はそこまで『主』を見くびっちゃいない。『そんなこと』さえもどうにかするのが『主』たる供犠創貴なのだから。
「許さない、許さないよ、キズタカ。わたしを惨めに死ぬ理由なんかに利用して許せるわけがないっ!」
この場合、誰かが見くびったと言うのなら、創貴がりすかの忠烈さを見くびっていたのだろう。
何故庇った。庇われなければならないほど、りすかは創貴に甘えたつもりなんて、ない。
「命もかけずに戦っているつもりなんてない。その程度のものもかけずに――戦いに臨むほど、わたしは幼くなんてないの。
命がけじゃなければ、戦いじゃない。守りながら戦おうだなんて――そんなのは滑稽千万なの」
創貴が命じてさえいれば、例え『魔法』が使えなかったところで、この身を賭すだけの覚悟はあった。
命令を下さなかった、そのこと自体を責めているのではない。りすかが自主的に犠牲になればよかっただけなのだから、そうじゃない。
りすかを庇ってまでその命を無駄にした、まったく考えられない彼の愚行を、彼女は許せない。
「逃げたのか、キズタカ! 臆したのか、キズタカ!? 笑わせないでほしいのが、わたしなの!」
正直、『このまま』では先が見えないのはりすかからも分かっていた。
きっとりすかには及びもつかない筋道を幾つも考え巡らせていたことだろう。
それらすべてを放棄して、創貴は死ぬことを選び取ったのだ。
これを現実から逃げたと言わずなんという。
これを臆病者と言わずなんという!
「自分だけが幸せに逝きやがって。そんなキズタカを――わたしは許さない」
語気を荒らげたこれまでとは一転。
つかつかと、創貴の元へと歩み寄る。
今もなお、手には『肉』が握りしめられていた。
「だから、キズタカはわたしに謝らなきゃいけない。わたしの覚悟を見くびらないでほしいの」
りすかは手にした『肉』を口へと乱暴に頬張る。
例えようもなくそれは、『血』の味がした。
(水倉りすか――――証明実行)
★ ★
思えば、『死亡者ビデオ』に映っていた『彼女』――そして、つい先ほど零崎人識と対峙した『彼女』は一体全体、誰だったのだろう。
勿論個体名は『水倉りすか』という『魔法使い』なのだろうが、しかし、どう行った経路を辿ったりすかなのか、判然としない。
これまでだって、どういった経緯を辿れば今のりすかから、あのような攻撃的かつ刺激的な大人へと至るのか甚だ疑問ではあるけれど。
今回の場合は、殊更事情を異にしている。
先に述べられていた通り、
玖渚友らが目を通した『名簿』からも分かるように、あくまでりすかの『魔法』は『省略』による『変身』だ。
真庭蝙蝠のような『変態』とは一線を画する。『十七年』の時間を刳り貫いて、『大人』へと『変身』する。
『十七年後』、りすかが存命しているという事実さえあれば、りすかはその『過程』を『省略』することが可能なのだ。
逆に言えば、『十七年後』までにりすかは絶対的に死ぬ、ということが確定しているのであれば、この『魔法』はそもそも使うことさえ叶わない。
例えば、不治の病を患ったとして、その病気で余命三年と確定したならば、出血しても『変身』できない。
例えば、『魔法』によりとある一室に閉じ込められてしまえば、りすかは『変身』できない。
極論、『属性(パターン)』は『獣』、『種類(カテゴリ)』は『知覚』、
『未来視』をもつ『魔法使い』に近年中には死ぬと宣告されたら、きっとそれだけでりすかは希少なだけの『魔法使い』に陥る。
平時において、その条件はまるで意識しなくてもいい前提だ。
りすかは病気を患ってもいないし、そのような『占い師』のような人種とも関わりがない。
どれだけピンチであろうとも、『赤き時の魔女』は思い描くことができる。
――立ちふさがる敵々を創貴と打破していく姿は、いとも簡単に、頭に思い浮かべることができた。
しかし今回の場合は事情が異なる。ここは『バトルロワイアル』、たった一人しか生還できない空間なのだ。
最初の不知火袴の演説の時より、りすかも把握している。
ならば。
ならば――あの『大人』になったりすかは、創貴を切り捨て、優勝した未来と言えるのだろうか。
ならば――あの『大人』になったりすかは、創貴と助け合い、この島から脱出した未来と言えるのだろうか。
水倉りすか。
この島に招かれてからの彼女の基本方針は一律して主体性が窺えなかった。
さもありなん。彼女自身どうしていいのか分からなかっただろう。
零崎曲識と遭遇するまでは、己が『変身』出来るのかさえも不明瞭だったからだ。
創貴がりすかを徹底的に駒として扱い、優勝するために切り捨てることも想像しなかった、と言えばそれは嘘である。
仮にそうでなくとも、『脱出』する具体的な手筈も見当たらず、かといって創貴を殺して優勝するような結末も想像できないでいた。
『魔法』とは精神に左右される側面が強い。
『十七年後』までりすかが存命しているという事実をりすかがはっきりと認識できなければ、魔法が不完全な形と相成るのも頷ける。
りすかが鳴らした、「一回目に『変身』した時からだったんだけど、より違和感があったのが、さっきの『変身』」という警句も、
『制限』という意味合いだけではなく、りすかの精神に左右された面も大きいだろう。彼女たちの『魔法』とは、とどのつまり『イメージ』の具象なのだから。
玖渚友という『異常(アブノーマル)』を見て、それでも首輪を解除できない現状を踏まえ、創貴と脱出する『未来』がより不鮮明になった。
無自覚的ながらもこれは、りすかにとってかなりの衝撃を与えたことだろう。
『未来』は物語が進むにつれ想像が困難になっていく。だからこそ、『魔法』も違和感を残してしまう。
翻して。
なれば今。
供犠創貴が死して、もはや『脱出』という形に拘らなくてもよくなった今。
そして、次なる目的がもっと明瞭に、明確に、あからさまに明示されている今、りすかの想起する未来はもはや揺るがない。
彼女に示された道は、一つである。
その時、彼女の『魔法』はどうなるのだろう。
(魔法『属性・水/種類・時間/顕現・操作』――――証明続行)
★ ★
櫃内様刻は歩いている。
もう何度も歩いた、見知った光景をてくてくと。
先ほどは
無桐伊織を背負っていた。今度はディパックを背負い、ランドセルランドへと歩みを進める。
玖渚友が
戯言遣いに連絡をしているかは定かでないが、何の問題もなく戯言遣い一行と合流を果たせたのであれば幸いだ。
「……リスク、ねえ」
今こうして様刻が友と行動を別にしているのは、『青色サヴァン』、彼女からの申し出が理由である。
リスクの分散。それは零崎人識や無桐伊織――否、零崎舞織に告げたのと同等のものだ。
様刻と友とが悪平等(ぼく)であったとしても、人識と舞織とは違い、別段共同作業を行う必然性もさしてない。
仮に水倉りすかが、仇敵であるところの玖渚友に急襲を仕掛けてきたとして二人共々死んでしまうのはあまりに無様かつ無策と言える。
ならば、先んじて様刻が友から離れればいい。この場合、様刻は戯言遣いらを迎えに行くという任を託された。
故にここにいる。先ほどと同じ道を、感慨もなく、淡々と。
「うーん……」
とはいえ解せないところもある。
リスクを避けるという意味においては、まずはあの薬局を離れるところから始めるべきではなかろうか?
聞くところによると、友らを薬局に『転移』させたのは誰でもない水倉りすかだ。
すなわち、りすかが復讐をしようと目論むならば、真っ先に立ち寄るのが薬局になるだろう。
あの『青色』はそれが分からないほど愚かでないはずだ。
彼女は上下運動ができない。様刻が知らないだけで今頃は薬局を離れている――ということもないはずである。
いくらリスクの分散とはいえ、どこかに運び出すぐらいなら付き合えただろうに。
「あるいは『それでも』、か」
呟いてから、様刻は首を振る。
意味深長なことを述べたはいいものの、益体のないものだ。
様刻には何ら思い当たる節はない。根拠もなく、妄想を広げすぎるのも無駄だ。
彼に『青色』のことは何も解らない。何を考えているかさえも、想像もつかない。
いや、もはや理解することを放棄している。放棄したうえで活用し合う。これが健全な関係性だ。
「ま、これに相応の意味があるってことなんだろうけれども」
懐から封筒を取り出す。
青色から手渡されたもので、『条件が揃ったら』戯言遣いに渡してほしいと頼まれたものだ。
とはいえ、現状、あの矮躯の天才が『脱出』ないしは『王手』への鍵である。この手紙を渡す機会が訪れなければ、きっとそれに越したことはない。
「死んだら、なんてね」
手紙を渡す条件。
それは戯言遣いと合流時に玖渚友の死が確認できたら――この場合具体的には、電話に応じなかったら、と見るべきだろう―――というものだ。
だから、この手紙のことをこうとも呼ぶ。――『遺書』、と。
だとしたら、様刻は存外大役を背負っていることとなる。最期の言葉を託されているのだ。
歩調は変わらず淡々としている。火事現場とのあわいで『しのび』と対峙した時から、彼の足取りはまるで変わらない。
「ふうん……」
様刻は手紙を懐に仕舞う。
どの道、今思い浮かぶ限りではこの行動こそが最良の選択肢であろう。
人間、死ぬときは死ぬんだろう。そこに貴賤は関係ない。
あの『群青』のことだ。意味もなく、当てもなく『遺書』なんかを書いたりはしまい。
自分の死ぬ予感(ビジョン)が見えるからこそ、こうして様刻を頼っている。
そしてその事実は、様刻程度には揺るがすことはできないのだ。友の頼みは暗に告げている。
なればこそ、自分はやるべきことをしよう。最大の能力を行使して、最良の選択肢を。
この手紙を、そして授かった首輪諸々のアイテムを届けるとしよう。
今はシンプルに、そう考えるべきだ。
余計な感傷は捨てよう。
余分な干渉は要らない。
歩こう。今はただ。
「歩こう」
今は、ただ。
(櫃内様刻――――証明失敗)
★ ★
そもそも、『制限』とは何か。
何故、『十七年後』の水倉りすかに未だそんな『制限』が纏わりついているのだろう。
彼女が『魔法陣』を使ってなお、首輪をつけている影響か。
否、首輪に原因があるのならばところ変わって
球磨川禊の『大嘘憑き』あたりの制限もなくなって然るべきである。
しかしながら、事実として『十七年後』のりすかは『制限』の縄に囚われたままであった。
『制限』が解呪されているのであれば、かつて廃病院でツナギを相手取った時にしたような、『魔力回復』もできたはずである。
『現在』の水倉りすかと、『十七年後』の水倉りすかは同人でありながらも、同時に、別人であるにも関わらず、『変身』した赤色もまた力を抑制されていた。
前提に基づいて考えるならば、水倉りすかは今後十七年間、制限という呪いに蝕まれ続けることとなる、という見解が妥当なところだ。
では、どのような場合においてそのような事態に陥ることが想定されるだろうか。
一つに、主だった支障もなくこの『会場』から脱出した場合。
一つに、優勝、それに準ずる『勝利』を収めたとしても、主催陣営が『制限』を解かなかった場合。
この二つが、およそ誰にでも考えられるケースであろう。
詳らかに考察するならば、もう少しばかり数を挙げられるだろうが、必要がないので割愛とする。
前者においては、確かに揺るぎようのない。
どのように『制限』をかけられたか不明瞭なため、自ら解法を導き出すのは困難だ。
日に当ててたら氷が解けるように、時間経過とともに解呪されるような『制限』でもない限り、解放されるのは難しい。
そして、十年以上の月日をかけても解けないようじゃあ、その可能性も望みは薄い。
だが、後者においてはどうだろう。
不知火袴の言葉を借りるのであれば――『これ』は『実験』だ。
闇雲に肉体的及び精神的苦痛を与えたいがための『殺し合い』ではないことは推察できる。
『実験』が終了し次第、『優勝者』を解放するのが、希望的観測を交えるとはいえ考えられる筋だ。
むしろ、主催者たちである彼らが、最終的に『完全な人間』を創造するのが目的である以上、最終的に『制限』などというのは邪魔になるのではないだろうか。
彼らが『完全な人間』を何を以てして指すのか寡聞にしていよいよ分からなかったが、如何せんちぐはぐとした感は否めない。
彼らの言葉を素直に受け止めるのであれば、『優勝』した場合、『制限』は排除されるのではなかろうか。
具体的な物証がない以上、憶測の域を出ない。
あるいは、玖渚友ならば何かしらの情報を得ていたのだろうが、初めから決裂していた以上望むべくもなかろう。
あくまで憶測による可能性の一つでしかないのだ。
――――十分だ。
『可能性がある』というだけでも、十全だ。
可能性があるのであれば、その『可能性の未来』を手繰り寄せるのは、他ならぬ水倉りすかの仕事なのだから。
りすかが『優勝』することを確と目標にしたその時。
『制限』のない、全力の『十七年後』の水倉りすかに『変身』するのは、不可能なことじゃあ、ない!
出来ないとは言わせない。
供犠創貴は、唯一持て余している『駒』を、見くびっちゃあ、いなかった。
(魔法『属性・水/種類・時間/顕現・操作』――――証明続行)
★ ★
カチ。カチ。カチ。
薬局の一室。
蒼色は座っていた。
ここはスタッフルームだろうか。背もたれもひじ掛けもある、やけに高級そうな椅子に身体を預ける。
携帯電話以外の装備品が一切合切、見当たらない。
にも拘わらず、彼女は綽々とした振る舞いで、これ以上なく傲慢に構えていた。
カチ。カチ。カチ。
視線の先にあった壁掛け時計を見遣る。
時刻は放送から四十分を超えようというところにまで迫った。
今のところは問題ない。支障ない。
解析もしないで『時間』を無駄に過ごしていることを差し引いても、この『時間』を無駄だったと思える結末は、もう間近だ。
カチ。カチ。カチ。
櫃内様刻は今頃どこにいるだろうか。
電話がないということは、おそらくはまだ戯言遣い――いーちゃんたちと合流出来ているわけではないようだが。
あるいは、すでに誰かに襲撃され事切れているのだろうか。
同じく悪平等(ぼく)であれ、群青は彼の力量を信用してはいない。むしろ、かなり低く見積もっている。
何分彼は本当に、紛れもなく、どうしようもないほどに、『普通(ノーマル)』――否、『無能(ユースレス)』なのだから。
カチ。カチ。カチ。
それでも。
彼女は、玖渚友は、彼を頼らざるを得ない。
状況はかなり切迫している。ともすれば一秒先の命だって確約は出来ないまでに、差し迫っている。
逆に言えば、『ビデオ』を見ている間に襲撃を受けなかっただけ幸運だったかもしれない。
それをやられていたら、まず間違いなく『詰み』であった。
カチ。カチ。カチ。
いや。
と、彼女はかぶりを振る。
あんな平々凡々たる有象無象のことは、この際捨て置こう。
無事でなければならないけれど、暴君直々に心配するには役不足だ。『時間』の浪費も甚だしい。
カチ。カチ。カチ。
思考を切り替える。
いーちゃんは無事であろうか。
友は思いを馳せる。愛おしくて愛おしくて憎たらしいほど愛おしい彼は、どうしているだろうか。
しかし、電話を掛けるわけにはいかない。――投げかけるべき言葉はすでに、様刻に渡している。
だから、彼からの電話も着信拒否にまでしていた。何事もなければ解除しよう。友は漫然と考える。
無事だったらいいな、いや、いーちゃんのことだから無事なんだろうけれど。そんなことを思いつつ。
カチ。カチ。カチ。
思えば、頭を休めるのは久しい気がする。
『死線の蒼(デッドブルー)』たる彼女に休息などあまり必要性はないものの、心地はいいものだ。
斜道卿壱郎の研究施設での調査――貝木泥舟との論争――ネットカフェでの考察――そして、
掲示板諸々の手回し。
思えば『くだらない』ことも多くしてしまった気がするけれど、それがいーちゃんのためになるのであれば、満更でもない。
友は微笑を零すと、身体を伸ばす。風呂にも入らずにべたついた青髪を掻き上げ、改めて背もたれに身体を投げ出した。
カチ。カ――z___チ。カチ。
「――――今度はお前の番だぜ、駄人間」
背後から、赤色が降り注ぐ。
見えないけれど――『見れない』けれど、よく分かる。
ああ、やはり『この時』は来てしまったのだと、悟ったような表情で前を見つめた。
長針が指し示す位置は、先ほどから三十度ほどしか変わらない。
カチ。カチ。
この『時間』を無駄だったと思える結末は、もう間近だった。
それでもやはり、その結末は迎えられそうにもない。
カチ。
(玖渚友――――証明開始)
★ ★
思えば慣れ親しんだ『味』だ。
『十七年後』の彼女は、よくよくこの『味』を味わっている。
なじむ。実によくなじむ。これまで二回の『変身』で消費した『魔力』が見る見るうちに回復していくようだ。
「はむっ……ゃ……くちゃ」
喰らいつく。
『大人』の彼女とは違い、その所作はひどく乱雑で不格好で、見苦しい。
しゃりんしゃりん、と手錠を鳴らしながら、くちゃり、と食む。
飛び散った『肉塊』を可能な限りかき集め、両手でかぶりつく。
口元を赤黒く染め上げながらも無我夢中で食らう。その内、飛散した惨憺たる『肉』はなくなった。
「…………」
手首で口元を拭いながら、『それ』を凝視する。
『それ』は抜け殻のように物言わず臥していた。
穴が開かんばかりに爆散した腹が、事切れた物体でしかないことを簡潔に表している。
おもむろに、ナイフを――無銘を――構えた。
「わたしは『覚悟』している。キズタカも――『覚悟』してきてるんだよね?」
問い掛けるようでもあり、言い聞かすようでもあり、何よりも確かめるようだった。
一拍の後、とうに露見しているはらわたを、無銘で切り落とす。
『本体』とくっついていたために切り落とした、はいいものの、えらく中身はぐちゃぐちゃにされていた。
切り落とした部位が内臓なのか小腸なのか、あるいは別の臓腑なのかもはや判然としなかったが、やはりそれも口に含む。
「……ちゃ……んむ……」
『肉』を食べているとはいえ、そのほとんどは『魔力(けつえき)』として体内に消化――そして昇華されていく。
さもありなん、『それ』の半分は、『同じ血液』で構成されている。同化するのに問題なんてありはしない。
多少胃にたまるものの、満腹までには程遠い。食する手が休まることはなかった。
か細い白い手は次から次へと、『肉』を削ぎ落とし、口へと運ぶ。
「……んぅ」
多少の食い散らかしはあるものの、着々と食事は進んでいく。
そもそも、食事をする確固たる目的は二つほどある。
一つに、魔力の回復だ。
魔力の具象化に過ぎない『十七年後』は、魔力を枯らした時に『血液』を求め、啜る。
突き詰めれば同じことだ。『魔力(けつえき)』が足りないから『肉』を食らう。至極合理的かつ明瞭なものだった。
流石に、魔力分解型の頂点に立つツナギよりは効率は劣るものの、着実にりすかの『魔力』は回復していく。
都合よく――いや、あるいは当然のことながら、今現在咀嚼しているその『血液』がこの世で一番食事に適している。
「あむっ……んん……ぐ……ぁぶ」
二つに、『肉体そのものを消す』ことだ。
これから行うことに、その『肉塊』は不要――どころか邪魔でさえある。
なにせ、その『肉袋』は己と『同じ血液』をおよそ半分以上含んでいた。
おかげで『匂い』による『探知』はしやすくある半面、『匂い』が強烈すぎるあまり、他の人物を『探知』するのを阻害してしまう。
期せずして『種』は蒔かれている。探し出さなくてはならない。『今』ならともかく、『十七年後』の彼女ならやってのけるだろう。
半分どころか一%しか体内に残っていないかもしれないけれど、今なら確実に『種』は残っているはずだから。
だから、この『肉体』を自分のものとして消化しなおさなければいけなかった。少しでも『猶予』を作るために。
「……ちゅ、ぅぁ」
ともあれ。
彼女の腕は、『肉塊』へと伸びる。
彼女の判断で行動を起こしたのはいつぶりだろうか。
思考の片隅で奇妙な違和感を覚えながらも、粗暴にむしゃぶりつく。
顔以外の上半身は粗方食べ尽くした。顔もいずれは手に掛けるとは言え、先に足腰を食べてしまおう。
そう下し、邪魔な半ズボンを脱がそうと、纏っていた衣服に掴む。くしゃりと、乾いた音が微かに鳴ったのはその時だった。
「…………?」
ズボンの衣擦れにしては妙にざらついた音である。
もっと何か違う――そう、紙がひしゃげた時の音によく似ていた。
ポケットに何か入っていたのだろうか。なんともなしに半ズボンのポケットを探る。
目的のもの、かどうかは定かではないが、確かに折りたたまれたルーズリーフが一枚あった。
「んぐ……」
足の指を無銘で切り落とし、つまみ食いをしつつ、ルーズリーフを開く。
煤で汚れていたり、書かれていることが血塗れていたりと、何分読みづらくてたまらなかったが、一応は目を通す。
表には『ぼくの目的は■■■った事、それとバトル■■イヤルを壊す■だ。まあ、人探しを■は優先し■■がな』などと書かれている。
誰に対してか定かではないけれど、筆談の痕跡だと推測できた。一通り目で追った後、紙を裏返す。
そこにもまた、同一の字体で文章が成されている。しかし今度は筆談とは思えない、何か『手紙』のような――違う、そうでもない。これは。
「…………『遺書』?」
口腔内に含んでいた足の小指を噛み砕き嚥下してから、反芻する。
一度食事をやめ、『遺書』を視線で突き破らんほどにじっと黙読していく。
いや、本来『遺書』なんてありえない。この執筆者たる彼が、死ぬ前提で行動を起こすはずがない。
どれだけ災難に見舞われようとも、どれだけ窮地に立たされようとも、傲岸不遜の極みである彼が、諦めるはずもない。
だからこそ、彼女は『怒って』いる。なればこそ、この『遺書』はありえない。
それでも。
この宛てられた『手紙』は確かに存在していて、『遺書』として書かれていて、疑う余地もなく『彼』の言葉だった。
「…………言ったよね、キズタカ。命を張る必要がないのがキズタカだって。こんなもの書いてるぐらいなら、攻略法を考えるべきだったのがあの時だったのに」
いつ、書いたのだろう。
正義を標榜する、愚かなる殺人鬼の目覚めを待っている頃合いだろうか。
覚えのある限り、それぐらいしか機会はなかったであろうけれど――と、要所要所を補完しながらも、ようやく読み終える。
いつの間にか、手に力が張っていたらしく、ルーズリーフは読まれる前よりも数倍皺くちゃになっていた。
「…………ねえ、キズタカ、死んだらおしまいなんだよ? ねえ。ねえって」
呼びかけるも、無為なことははっきりしている。
繋がるべき上半身を失い、行き先も知れず転がる首は、ただ黙した。
彼女は首を拾い上げ、抱きかかえる。
「…………」
ああ、結局のところ。
彼は彼なのだと――供犠創貴は供犠創貴なのだと。
信頼できていなかったのは、むしろ自分の方だったのだと。
創貴はとっくに『覚悟』している。見誤ったのは自分の方だ。
「…………」
創貴はやはり優しくない。
あれほど釘を打ったのに、この水倉りすかをおいて死んでしまった。
けれど、弱さではない。
誰にも優しくせず、誰にも揺らされず――誰にも威張って、胸を張って生きて、死んだのだ。
強くある義務を全うした彼は死してなお、水倉りすかの『主』である。
「…………」
『いつも通り』だ。
為すべきことは変わらない。
だとすれば、思い描くべき『未来』は一つだ。
「――――あはっ」
赤い涙をぽろぽろと零しながら、思わず彼女は綻ぶ。
その『手紙』には、なんて書いてあったと思う?
(供犠創貴――――証明終了)
★ ★
「人識くん! 不肖わたくしトイレを致したいです!」
「知るか」
零崎一行はベスパに跨り図書館へと向かっていた。
零崎人識が前――ハンドルを握り、無桐伊織、もとい零崎舞織がその後ろで、人識の腹に手を回して抱き着いている。
騒がしい道中に若干辟易としてきた人識であったものの、突っぱねることだけは決してしなかった。
図書館までは、まだ少し距離があるようである。
「人識くん、わたし、足が折れてるんですよ。洋式トイレじゃなきゃ座ることも出来ないんですけど!?」
「ならどっちにしても図書館着くまで施設はなにもねえぞ」
「ですからこう、人識くんがわたしの膝を抱えてですね……グフッ」
人識はブレーキを思い切り握る。いわゆる急ブレーキだった。
衝撃で伊織の身体にも負荷がかかり、続くはずだった言葉は切れる。
身体は自然と前のめりに倒れていき、人識の後頭部に勢いよく鼻をぶつけた。
「痛ったいですよう。急ブレーキなんてマナーがなってません、マナーが。本当に漏れたらどうするんですか」
「まずはお前が学んで来い」
人識はほとほと呆れた様子で、後ろを睨む。
悪びれも羞恥もなさそうに、舞織は唇を尖らせる。
「今更恥ずかしがってるんですか? 止してくださいよ、わたしたち兄妹じゃないですか!」
「悪ぃな、兄妹というものがそんなに歪なものだとは寡聞にして知らなかった。俺、お兄ちゃん止めていいか」
「もっと言葉には責任持ってくださいよう。お兄ちゃんになるって言ったばっかりじゃないですか。もっと様刻さんを見習ってください」
「俺に言葉の責任を求めるな……っていうか、え? あいつ妹にそういうことするの?」
筆舌しがたい拒否感を曝け出しつつ、人識は再びアクセルを回す。
確かに過去にも風呂や食事、排泄に至るまで世話していたこともあったけれど、だからといって進んでやりたくないというのが、人の摂理だ。
本当に様刻が妹にそのような所業を成しているのであれば、向うが傷つく程度には軽蔑しよう。などと心中したためつつ、ゆったりとベスパは進行する。
ちなみに舞織から様刻に対するフォローはこれといってなかった。
少し間をおいてから、人識が仕切りなおす。
「で、トイレすんだったらちったぁ急ぐけど」
「え? いえ、別に構いません。したいわけじゃないですし」
「じゃあさっきの一連の流れはなんだったんだよ!」
「コミュニケーションです」
「お前は相変わらず横文字に弱い野郎だな!」
「人識くん体調悪いんですか? ツッコミが機能していませんねぇ。今回ばかりは間違いなく正しい英単語を使いましたよう」
「俺の体調が悪いんだったら疑いようもなく伊織ちゃんのせいだし、
俺の認識が間違ってなければ、コミュニケーションというのは相手を苛立たせるためのものじゃあない」
「ふむ、では改めましょう」
「おう」
「さっきの一連の流れは、人識くんをいじり倒したかっただけですね!」
「振り落とすぞ!」
「元気がいいですね、人識くん。何かいいことでもあったのですか」
「生まれてこの方いいことなんて一個もねえよ……はあ」
「ふふ、可愛いです」
大仰な嘆息をつく人識を傍目に、舞織は朗らかに笑う。
そんな様を見ていたら、人識も自然と怪訝な顔色は失せていく。
こういうのが、『家族』なのだろうかと、得も言われぬやるせなさに襲われる。
やはり一番最初に出遭ったのが
零崎双識だったという事実は殊の外大きいのかもしれないと、しみじみ感じ入るのだった。
「ところで、急ぐと言ってましたけど、どうしてゆっくり走ってたんですか?」
「あ? まさかお前、俺が伊織ちゃんを振り落とさないようにだとか、足に響かないように低速にしているだとか、
猛スピードで駆け抜けたら腕が疲れるだろうからな、とかそういう配慮をしているとでもいいたいのか?」
「人識くん、だからダダ漏れですって」
「やめろ、人を本当はいいやつみたいに言うな。優しい声を出すな」
「はあ、人識くんのいいところなんですけど」
「だからちげーって、さっき兄貴が車で人を轢いちまったから、俺は同じ過ちを繰り返さないようにだな」
「随分と不条理なことやってたんですねぇ」
そうこうしている内に目的地の図書館に到着した。
理由の成否はともかくとして、人識が徐行運転していたのは事実だ。
当初の予定よりも幾分か遅れてはいるものの、それでも猶予は二時間以上ある。
道中、「絶対にびっくりしますって!」って念を押された割には、存外普通の外観に見えるが、内装は奇想天外博覧会の様相を呈しているのだろうか。
「ともあれ、だ。その、なんだっけか。手がかりのようなものをここで探すって話だったな」
「ええ、模範的とは言えませんが説明台詞ありがとうございます」
バイクを降りると人識は舞織を背負う。
こうして世話を施すのも少なくないが、『妹』を背負っていると改めて自覚すると思うところもある。
「人識くんは相変わらず小っちゃいですね」
「殺すぞ」
殺人鬼が言うにはおっかないセリフであったが、背負われた者もまた、殺人鬼だった。
小さく咳ばらいをしながら、「別に身長をのことを考えていたわけじゃねえ」と小言のように零す。
舞織も「はいはい」と軽くいなせば、しっかりと人識に抱き着く。何物にも代えがたい、誇らしい『兄』の背中だった。
「じゃあ行くぞ」
小さくうなずくと、舞織は腕に力を込める。
歩くことさえままならないというのはやはり不便なものだと今一度痛感しながら、それはそれとして人識のうなじを凝視していた。
とても綺麗なうなじだ。暇つぶしの一環程度に見始めていたが中々趣深くて結構じゃないか。なんて漫然と耽っていたらようやくのこと異常に気づく。
動いていない。――「行く」と言ってから、一歩たりとも『動いていない』。さながら『時間』が『停止』したかのように!
「身体が……動かねえ!?」
現状を認識できた『直後』のことだった。
そう、その『瞬間』、つい一秒前までは何も感じなかったのに。
異様な存在感、そして殺意が殺人鬼たちの背中を貫く。
近づいてくる『殺意』に気が付かない――舞織からしてこんなことは『零崎』になってから滅多になかった。
だからこそ、断定も容易い。
この気配が誰のものであるかは。
「水倉、りすか!」
仇敵同士の相互関係。
舞織にとっては手段手法について未だ実感がわかないけれど――あの、薬局への転移を探知機越しながらも目撃している。
敵を討ち取りに馳せ参じたのであれば、なるほど、納得するしかない。
罪口製の精巧なる義手を握っては開き、己の正常さを確かめていると、口以外は不動のまま、人識は苦い声色で呈した。
「動けるんだろ、伊織ちゃん。逃げろ」
「え、でも」
「いいからそのラッタッタで逃げろってんだ!」
「わたし運転免許もってません!」
「うるせえ! 俺も持ってねえよ!」
何故だかマイペースを崩さない舞織に、高まりつつあった怒りを一度鎮める。
落ち着かなればいけない。焦ったところで、自分の命はもはや決まっていた。
言葉を選ぶように検算し、未来を掴むように計算する。なんとしてでも、舞織だけでは生き残らせなければ。
時間にしてみれば一秒にも満たないほどの思案の果て、人識が織りなしたのは、実にストレートなものだった。
「あいつの狙いは俺なんだ、だから逃げてくれ、頼む」
人識が懇願する。
『家族』は双識以外にはいないと断じていた、あの気ままな人識が、舞織に嘆願した。
ひどく不器用ながらも実直な頼みを、あの零崎人識がしている。
素直に驚いた。
そして素直にむかついたので、舞織は人識の頭にチョップをかます。
「あだっ」
「何をらしくもなく格好いいこと言ってるんですか、人識くん」
堅牢な義手で後頭部を殴られる。
普通に真面目に有効的な打撃に思わず声を挙げた。
一方の舞織は人識の悲鳴を意に介さず、今度は慈しむように、斑模様に染められた白髪を撫でる。
友達のようでもあり、好敵手のようでもあり、なによりも家族のような深愛を乗せて。
「決めたんです。わたしは逃げません。人識くんと戦います。家族ですから」
舞織は優しく微笑みかけると、腰に据えていた『自殺志願(マインドレンデル)』を右手に持った。
ちゃきん、と確かに音が鳴り、人識の背中に強烈な力が圧し掛かる。舞織が、手を使って人識の背中から強引に降りようとしたのだろう。
その『瞬間』、人識の背中から、舞織の重さが消失した。
「……? …………っ!?」
振り返ることもできずにいる。
ただ、はっきりと分かる。舞織は背中から飛び降り、背後のりすかへ勇みかかったわけではない。
なにせ、声はもとより、地面を這いつくばり、真紅へ這い寄らん音もないのだ。
仮に今の人識と同じように身体の『時間』を『停止』させられただけだとしても、それはもはや『死』と同義であった。
もう、零崎舞織は、無桐伊織は、今を流れゆくこの『時間』から排除されたのだと、あまりに明確に感じ取る。
この立ち合いの結末は、既に語るまでもないのだと。
「……ここまで十五秒。茶番は、終わったかい」
「これから始まるところだったんだよ」
「そうかい、そりゃあ重畳だ――ただ、生憎わたしにも『時間』がなくてね。残り十秒で片を付けてやるよ。
はっ! 何を思った知らねーが、図書館なんて分かりやすい『座標』にいてくれて大変助かった。駄人間にしちゃあ、気が利くじゃねえか!」
『どこにいるかは分からなくとも、そこにいることは分かる』――とは、りすかの従兄の言だ。
『零崎』の共感覚とよく似たそれは、具体的な『座標』を特定することは難しい。けれども、おおよそのあたりをつけることは出来る。
さらに言えば供犠創貴よりも遥かに『濃度の低い』人識を見つけるのは並々ならぬものじゃあない。『十歳』のりすかでは、感知することさえ叶わないだろう。
ともあれ、近しい具体的な『座標』、つまりは図書館へと『省略』したわけだが、単なる偶然かそうではないのか、人識たちはそこにいた。
「一ついいことを教えてやるぜ、『流血』の殺人鬼」
気まぐれだろうか。
いや、『時間』がないと言っている以上、単なる暇つぶしではなかろう。
人識からしてみれば意図の汲めない提言であったが、『流血』の魔法使いは嘯いた。
「お前に自覚はないだろうが――、わたしと『同着』した時点で、一時間程度、てめーの『血液』は、『流血』は、改竄されてんだよ」
そう。
原則として水倉りすかの『魔法』は、『自分の内側』にしか向かない。
故に、誰かと一緒に『省略』の『魔法』を使いたいのであれば、少なからず十歳当時のりすかでは、対象者と『同着』をしなければならない。
『同着』することで対象者に『りすかの血』を『馴染ませる』。
一時的に『対象者の血流』を『りすかの血流』へと強制的に上書き――改竄するのだ。
そうすることで対象者もまた『りすかの一部』として見做し、同じく『省略』を可能とする。
真庭蝙蝠で行った実験からも分かるように、『同着』を行うには本来、様々な『制約』や『手間』を求められる。
だが、――『同着』を行ったのもまた、『大人』の彼女であった。あの一瞬で、万象の障害を乗り越えて事を成したのだろう。
心臓を代えられた供犠創貴とは違い、血が馴染んでいけば自然と元の『血流』へと戻れるが、そうなるまでには、あまりに期間は短かった。
結果的に言えば、ネットカフェから薬局へ『魔法』で移動したあの瞬間、およそ一時間は『マーキング』されていたも同然だった。
「で、わたしの『流血』で生きているてめーは本当に、あの嬢ちゃんの『お兄ちゃん』と言えるわけぇ?」
そしてその事実は、人識にとってはかなり致命的な矛盾を孕ませる。
『マーキング』なんか、この場合の人識にとっては些末な問題であろう。
何せ、零崎人識の『零崎一賊』たる所以は『血統』が第一に挙げられる。
『零崎』の父と母から生まれた忌み子――それが零崎人識だ。
では、その『血統』を奪われたら、そして『流血』までも奪われたら、彼は一体何者になるのだろう。
命を賭してまで守ろうとした『妹』との『絆』の在処は、証は、どこにある。
「さあな、別に俺はもとより自分になんか興味ねえからわかんねえよ」
――残り三秒。
宣告された死刑執行まで刻々と迫る。
何ら実感を得られなかった。舞織だって何かの冗談で、今もなお生きている心地さえする。
だからだろうか。危機的状況にも拘わらず、飄々と言葉が溢れ出た。
「ああ、でも、こんな俺にも『人間』っつってくれたおねーさんに、俺からも一つ教えてやる」
――残り、零秒。
ネットカフェの時のあの時と同様の『戯言』なのだろうか。
あるいは、とてつもない『傑作』だろうか。
どういう原理かは解らないが、今もなお動く『口』は、よく動く。鏡の向う側、『欠陥製品』のように。
「人類……『人間』はみな、きょーだい、ってな」
なんて。
らしくもねえな、と。
胸中、独り言つ。
途端襲い掛かるは、身体の奥底から歪んでいく奇妙な感覚だった。
意識も半ば引き剥がされる中、振り向けない後方から、ククッ、と嘲るような笑い声を聞く。
「そいつぁー傑作だなッ! じゃあ家族を愛して溺死しな、『駄人間』!!」
赤色はさぞかしシニカルに笑ったのだろう。
人識はそんな思いを馳せた。
(零崎舞織――――証明開始)
(零崎人識――――証明開始)
★ ★
水倉りすかは薬局のスタッフルームで倒れている。
変身は既に解かれており、姿は十歳時のものだった。
閉ざされた瞳から血涙をほろほろと流しつつ、昏倒している。
結局のところ、身体を――『魔法』を酷使しすぎたのだ。
魔法使いである限り、能力(スペック)には限界がある。
これは誰にとっても同じことで、あのツナギをしてでさえ、容量(キャパシティ)には限度があった。
つまりはそういうことで、『魔法』を使うというには、一定の対価/代償を伴う。
対価が『魔力』のみで補えるのならば越したことはないけれど、
能力(スペック)を超える能力(アビリティ)には肉体的負荷がついて回る。
よもや『今』のりすかは『制限』の中にあり、能力(スペック)は落とされた状態にあった。
『制限』から解き放たれた『二十七歳』の『魔力』に身体が耐え切れないというのも、ある意味では妥当な落としどころである。
さもありなん。
一分間という中で殺人鬼二人と死線の蒼を下したのだ。
並々ならぬ『魔力』を割かれたことだろう。
『今』のりすかにフィードバックしたのが、むしろこのぐらいで済まされて幸運だったと見てもいい。
供犠創貴がどれほど予測していたかは定かでないけれど、それほどまでに、依然として『変身』の対価は大きい。
今回はともあれ、これからは慎重な立ち回りも、やはり要求される。
先の『探知』で従兄の『血液』も観測できたのが気になりはしたものの、流石にそこまでは『時間』が足りなかった。
今は体を休める時だ。
彼女がこれから執り行うのは、虐殺なのだから。
もはや誰かと協力をする必要もない――彼女の目指すべき道は一つ、『優勝』であった。
(水倉りすか――――証明中断)
★ ★
《murderer family》 is Q.E.D
《Dead Blue》 is Q.E.D
(証明終了)
【無桐伊織@人間シリーズ 死亡】
【零崎人識@人間シリーズ 死亡】
【玖渚友@戯言シリーズ 死亡】
【2日目/深夜/G-6 薬局】
【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]魔力回復、十歳、睡眠
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝する
[備考]
※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
※大人りすかの時に限り、制限がなくなりました
※それ以外の制限はこれ以降の書き手にお任せします
※大人りすかから戻ると肉体に過剰な負荷が生じる(?)
【2日目/深夜/G-6】
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン、首輪探知機
[道具]支給品一式×8(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、玖渚友の手紙、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11~28)@不明
炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン、
鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)、 誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、
金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、 ノーマライズ・リキッド、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット、
首輪×4(浮義待秋、真庭狂犬、真庭鳳凰、否定姫・いずれも外殻切断済)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0~2)
(あとは下記参照)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
0:歩こう
[備考]
※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
※『操想術』により興奮などすると他人が
時宮時刻に見えます。
※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、
宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあります。
※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
※DVDの映像は全て確認しています。
※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。
【その他(櫃内様刻の支給品)】
懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵チョウシのメガネ@オリジナル×13、
小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁、 中華なべ、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、
鍋のふた@現実、出刃包丁、おみやげ(複数)@オリジナル、食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、
『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』(「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
【F-7 図書館前】
- 零崎人識のデイパックが落ちています。中身は以下の通りです。
斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ、ベスパ@戯言シリーズ
支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数
- 無桐伊織のディパックが落ちています。中身は以下の通りです。
支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ
その他諸々はお任せします
最終更新:2021年10月09日 00:57