非通知の独解 ◆wUZst.K6uE
【深夜】 G-6、薬局
「手紙?」
玖渚さんが差し出した封筒を見て、僕は見たままのことを言った。ここ薬局の備品をそのまま使った何の変哲もない封筒。玖渚さん直筆の手紙が、その中に納められている。
「そ、僕様ちゃんからいーちゃんへの手紙。首尾よくいーちゃんと合流できたら、ぴーちゃんからいーちゃんに渡してほしいの。ただし、ある条件が整ったら、ね」
「条件?」
「僕様ちゃんが死んだら」
あっけなく出た言葉に、僕はふぅん、と相槌を打つ。正直なところ、意外というほどの条件でもなかった。
ついさっき、玖渚さんから「リスクを分散するために、別行動をとってほしい」との申し出を受けたところだ。
水倉りすかの危険性についても、すでに説明は受けている。
「死んだら、ね。そうなると、手紙というより遺書みたいだな」
「僕様ちゃんからしたら保険みたいなもんだけどね。まあ、遺書でもあってるよ。『遺言書在中』とか表に書いたりして? ふふ」
「さすがに笑えないな……」
死。重い言葉のはずなのに、今はその重さを感じるのが難しい。
小説の中の話なんかじゃない、現実の死。それが目の前の人に迫っているというのに。
いや、『だからこそ』なのかもしれない。今の僕たちにとって、死は遠い世界の話ではなく目下の現実だ。
深く考える暇なく、次から次に「こなして」いかなくてはならない現実。
「やれやれ、荷物は常にコンビニに行くくらいの軽装でってのが僕の流儀なんだけれど、とんでもなく重いものを持たされる羽目になっちゃったな。デイパックの中身ももうパンパンだってのに」
「パンパンにはならないでしょ、そのデイパックなら」
「気持ちの問題さ。……それにしても、本当に僕でいいのかい?」
「何が?」
「いや、他に預けられる人がいないから仕方ないんだろうけど……そんな大事な手紙を僕なんかに預けていいのかなって。その、『いーちゃん』に会う前に僕が誰かに殺されたら元も子もないし――」
「……ぴーちゃんはさぁ」
ぽすん、と玖渚さんは机に突っ伏して、上目遣いで僕のほうを見る。
くりっとした大きな目。吸い込まれるような蒼い瞳。
「自分がなんで生き残ってるのか、わかる?」
「え?」
きょとんとする僕の返答を待たず、玖渚さんは続ける。
「さっきも言ったけど、私が悪平等(ぼく)になったのは、それが必要なことだと思ったから。メリットが見込めるからそれを選んだだけで、悪平等の思想に染まる気はない。悪平等(ぼく)は悪平等(ぼく)、私は私。
ぴーちゃんもそうなんでしょ? ぴーちゃん自身の思想は、ぴーちゃんだけのもの。それを貫いていることと、ぴーちゃんが今生きてることは、きっと無関係じゃないんだよ。ぴーちゃんはぴーちゃん自身の思想に生かされてる。それに気づいてないだけ」
「……ごめん、何を言ってるのかよくわからない」
「ぴーちゃんは、自分が生き残ってる理由を一度じっくり考えたほうがいいってこと。まあ、今は考えるよりそろそろ出発してほしいけど。いーちゃんと無事に合流できることを、僕様ちゃんは信じてるよ。頑張ってね、『破片拾い(ピースメーカー)』」
そう言って、笑顔でもう一度封筒を差し出してくる。
「……激励の言葉、痛み入るよ。『死線の蒼(デッドブルー)』」
僕はそれを、ただ受け取ることしかできなかった。
◇ ◇
【黎明】 F-7、図書館前
僕がなぜ生きているのかと言われたら「運がよかったから」と答えるほかないだろう。
謙遜でも卑屈でもなく、掛け値なしに僕は弱い。病院坂のように極端な虚弱体質というわけではないにせよ、人並み以上の体力は有していないし、玖渚さんのような頭脳や情報力もない。
ましてや、人識や伊織さんのような人殺しの才能など。
今まで僕は幾度となく死の淵に立たされている。そのたびに、誰かに助けられ、運に救われ、こうして生き延びている。
時宮時刻に襲われたときは、人識に助けられ。
不要湖では、火憐さんに庇われ。
真庭鳳凰を撃退できたのだって、玖渚さんの情報と、伊織さんが結果的にとはいえ囮のような役割を果たしてくれたからこそだった。
助けられっぱなしというだけならただ情けないだけの話だけれど、問題はそのたびに、僕以外の誰かが犠牲になっているということだ。
病院坂も、迷路さんも、火憐さんも。伊織さんだって無事では済んでいない。
僕の命が助かるたびに、いつも誰かが傷ついた。
「すべてが自分のせい」などと悲劇の主人公を気取るつもりは毛頭ない。すべてを運に任せてきたわけではないし、自分なりに最善の結果を得るため行動してきた自負はある。僕の働きが誰かを助けたこともあったはずだ。多分。
ただ、僕がいま生き残っているというのは、とどのつまりそういうことなのだ。
誰かが死に、犠牲になるくらいの不幸をもってしてようやく「櫃内様刻が、殺し合いのさなかで生き残っている」というありえない幸運は釣り合いが取れる。
他人の不幸を踏み台に、こうしておめおめと生きながらえている。
その事実を、僕は心に留めておかなくてはならない。
僕が生きているのは、当たり前とは正反対に位置する出来事なのだと。
……玖渚さんが言いたかったのは、つまりこういうことなのだろうか? 何か違う気がする。あの天才少女の意図を僕ごときが推し量れるとは最初から思ってないけれど。
もちろんこんな幸運はいつまでも続くまい。たとえば今、殺意ある誰かが目の前に現れたとしたら、その時点で僕の幸運と命は終焉を迎えるだろう。
デイパックの中に武器は何種類もあるし、例のダーツの矢もまだ残ってはいるが、それを扱うのが僕となれば、餓鬼に苧殻とまでは言わなくともあまりに頼りない。
僕にできることといえば、首輪探知機で周囲を警戒しながら進むことくらいだった。もはや必携となっているこのアイテムだけれど、これだって全幅の信頼を寄せるというわけにはいかない。「周囲に人がいない」というのは、決して安全を保障する文句ではないのだ。
そう、僕はこんなにも死に近いところにいる。
僕はいつか死ぬ。当たり前に死ぬ。
そのとき、僕は何を思うだろう? 後悔するだろうか。もっとうまく立ち回っていれば、死なずに済んだかもしれないのに、と。
そもそも僕は今、後悔していないのだろうか?
どこかで選択を間違えていなければ、救えた命があったかもしれないのに、と。
あのときにああしていれば、誰かを殺すこともなかったかもしれないのに、と。
……いや、やめよう。こんな仮定はただの感傷だ。たとえ間違いがあったとしても、過剰に贖罪や後悔を己に課すつもりはない。冷たいかもしれないが、僕がどれだけ過去を省みたところで、死んだ者は一人だって帰ってはこない。
そう、僕は過去の話がしたいわけではない。
問題は、『今』。
『また』なのかもしれない、ということだった。
「これは……」
いま僕は、図書館の前にいる。すでに見慣れてしまった感のあるこの建物だが、ランドセルランドまでの道程に存在する以上、また通りかからざるを得ない場所だった。
おかしいと思ったのは、首輪探知機の表示を見た時だった。
人識と伊織さんがこの図書館へ情報収集に向かったことはわかっていたし、時間的にまだ中にいてもおかしくないと思ってはいた。禁止エリアの発動まで、まだ若干時間はある。
探知機の画面にも、二人の名前はしっかりと表示されてはいた。『
零崎人識』、『
無桐伊織』と。
妙なのは、その表示が『図書館の外』にあることだった。しかもその表示のどちらも、まったく『動いていない』。
そして今現在。
図書館に到着した僕が見たものは、建物の前に停車してある二人が乗ってきたであろうベスパと、地面に乱雑に放られたふたつのデイパック。
そして同じく地面へと転がった、ふたつの首輪だった。
◇ ◇
『死体がない』というのは、この場合、喜ぶべきことなのだろうか?
正確を期すなら、図書館の中に伊織さんが屠ったショートヘアの女の子の死体が転がってはいるが、そんなことを描写したところで何か意味があるわけではない。
死体はないが、首輪はふたつ。デイパックもふたつ。
首輪探知機の表示が示すとおり、人識と伊織さんの首輪で間違いはないだろう。デイパックもおそらくは同様だ。中身を見るまで断定はできないけれど。
なぜ首輪だけが?
疑問符をはさんではみたものの、その回答を得るのに大した思考は必要なかった。
頭の中でアラートが鳴り始める。最悪の想像であり、同時にこの状況から考え得る最も妥当な判断。
僕が今、単独で行動している最大の理由。玖渚さんたちにとっての最重要の懸念事項。
「水倉、りすか……」
とっさにスマートフォンを取り出し、玖渚さんの携帯へコールする。数秒のラグののち返ってきたのは、電話が通じない旨を知らせる電子音声だった。
電源が切られている? 玖渚さん自身がなんらかの理由で切っているのか、それとも。
伊織さんは――しまった、伊織さんの連絡先を聞いておくのを忘れていた。人識と玖渚さんの番号さえ分かっていればいいという慢心があったせいか。やむなく人識の携帯にかける。こっちは玖渚さんからのメールに番号が載っていたはずだ。
――prrrrrrrrrrrrrrrrr。
突然近くから鳴り響いた音に一瞬ぎょっとする。しかし、音の出どころはすぐにわかった。地面に落ちたデイパックの片方からくぐもった電子音が鳴り続けている。
電話を鳴らしたまま、デイパックを手に取り中を探る。あった。出てきた携帯電話の画面には、僕の持つスマートフォンの番号がはっきりと表示されていた。
このデイパックは人識のものに間違いない。そして持ち主である人識はどこにもいない。携帯電話すら放置したまま。
誰ひとりとして繋がらない。
誰ひとりとして、電話に出ない。
電話に出ることが、できない?
二度と?
「嘘だろ……」
こうなると、『死体がない』というのはもはや絶望を後押しする材料にしかならない。僕は話でしか聞き及んでいないことだが、水倉りすかの使う『魔法』という概念は『そういうこと』を可能とするものらしい。
要するに、人間を『跡形もなく』消し去ることのできる能力。
初めから、この世界の『時間』に存在していなかったのごとく。
『魔法使い』、『赤き時の魔女』。
水倉りすか。
なんてことだ。人識と玖渚さんの話から、いつかこういう事態に直面する可能性については留意していたが、まさかこんなに早くその時が訪れるとは。
玖渚さんの先見の明にはまったく恐れ入らざるを得ない。「リスク分散のために別行動をとる」というあの判断は、恐ろしいほど的確だったということになる。
僕はまた、誰かに助けられたというわけだ。
また無様に一人だけ、幸運にも生き残って――いや、待て、違う。
馬鹿か。まだ玖渚さんたちが死んだと決まったわけじゃないだろうが。そもそも水倉りすかが本当に現れたかどうかも定かではないし、仮にそうだとしても、電話に出られない理由は他にあるかもしれない。
悪い方向に想像を巡らせるだけ時間の無駄だ。今は僕が何をすべきか考えるのが先じゃないのか。
呼吸を整え、意識を落ち着かせる。
僕は『いつも通りの自分』でいればいい。ただそれだけだ。
首輪探知機をもう一度見て、周囲に他の人間がいないことを再確認する。大丈夫だ、とりあえず危険な様子はない。今のところは。
スマートフォンをしまい、地面に捨て置かれたデイパックを拾う。人識たちの安否が不明である以上、これは回収しておかなくてはならない。少し考えたが、首輪も回収してそれぞれのデイパックにしまう。
できればここら一帯を他になにかの痕跡が残されていないか調べたいところだったが、時間がない。ここは次の禁止エリアの真っ只中だ。三時までにこのエリア内から脱出しなければ僕のほうが無事では済まない。
ただ、その前に。
どうしても手に入れておきたいものを探すため、僕は図書館内に足を踏み入れた。
◇ ◇
【黎明】 F-6
一人で三つのデイパックを抱えて歩くのは、当然ながら体力がいるし、歩みも遅くなる。
急いで移動しなければならないと言った矢先に落ちていた荷物を余さず拾っていくというのは、傍から見れば欲の皮が張って見えるかもしれない。
もし移動手段が徒歩しかないという状況であれば、さすがに自分の荷物以外は諦めていただろう。
人識の乗っていたベスパが残されていなかったら。
運よくキーが刺さったまま放置されていた、このスクーターが手に入っていなかったら。
原付の免許なんて僕は持っていないが、どっこいここは公道ではない。そして運転するだけなら免許がなくてもできる。
事故さえ起こさなければ何も問題はない。ようは自己責任だ。
かくして僕は、三つのデイパックを身体に括り付けたまま悠々と禁止エリアからの脱出に成功した。まだ陽の昇らない時間、視界の暗い中での運転なので速度は抑え目だが、この調子なら予定より早くランドセルランドへたどり着けそうだ。
「これもまた、人識に助けられたってことなのかな……」
無意味に発した独り言はエンジン音にかき消される。さすがにそれは都合のいい考え方かもしれない。やってることだけを見ればただのバイク泥棒だ。
こんな時ではあるけれど、誰もいない夜の道路を他人の原付でひた走るというやや背徳的な行為に静かな高揚感を覚えている自分がいた。単なる現実逃避かもしれないが、こういうのも悪くはない。
時間と気持ちに余裕が出てしまったことで、再び暗澹とした疑問が頭をよぎる。
玖渚さんと、人識たちは無事なのだろうか。それとも番狂わせなく、水倉りすかの凶刃に斃れたのだろうか。
人識と伊織さんの二人に関しては、正直なところ後者の可能性が高い。そうでなければデイパックはともかく、二人の首輪だけが残されていた理由が説明できない。
図書館の中も一応ざっと探してはみたが、人の気配どころか、僕と伊織さんが立ち寄ったときから新たに誰かが中に入った形跡すら見られなかった。時間的に、あそこへの来館者は僕が最後になるだろう。禁止エリアを越える手段でもあれば別だが。
玖渚さんは……どうなのだろう。電話に出ないというだけでは判断材料としては薄い。
このベスパで薬局へ取って返すという選択肢もあったが、僕はそれを選ばなかった。
逃げと言われたら、それを否定する言葉はない。しかし、もし玖渚さんがまだ生きていて何らかの危機に直面している状態だったとしても、僕が戻ることによって事態が好転するとは思えなかった。むしろ彼女の提案した「リスク分散」の配慮を無碍にしかねない。
ならばせめて、この『遺書』を届けるべき相手に届けるのが僕の役割だと、そう判断した。
『遺書』にならなければいいと願ってはいる。ただ「電話に応答しない」という、この手紙を「いーちゃん」に渡すための条件はすでに満たしたと言っていい。残念ながら。
「……悪い想像ばっかりしても仕方ないよな。真実がどうかは、あれを見てみればわかることだし」
そう、玖渚さんたちの生死を確認する方法はすでに確保してある。
ついさっき、図書館内から回収してきた8枚のディスク。
数時間前にも一度、同じ場所で手に入れた死亡者DVD、その最新版だった。
できれば図書館全体をもう一度総ざらい的に調べたいところだったが、さすがにその時間はなかった。こればかりは「重要な手掛かりがあるかもしれない」という玖渚さんの予測が当たってないことを願うしかない。
図書館が禁止エリアになったあとでも、あのDVDは作成され続けるのだろうか? 『足りない4枚分のスペース』といい、謎を残したままの部分がいくつかあるけれどもうそれは仕方がない。
新たに手に入ったディスクが8枚、僕のデイパックにある。事実はそれだけだ。
8枚。つまりは8人の死者の映像。
うち5人については、さっきの放送の内容が正しければすでに割れている。
戦場ヶ原ひたぎ、宗像形、
黒神めだか、そして人識が殺した真庭鳳凰と
供犠創貴。
つまり放送をまたいで3人、新たな死者が出ているということになる。
ちょうど3人、という数字にはもはや悪意すら感じてしまう。このDVD自体、悪意以外の何物でもないという話だけれど。
本来なら伊織さんたちが入手する手筈だったこのDVDで伊織さんたちの生死を確認するというのは皮肉もいいところだが、見ないわけにはいかない。もしそこに水倉りすかが映っていたとしたら、それは重要な情報だ。
玖渚さんたちの遺志を継ぐために。
「……いや、だから『遺志』はまだ早いって」
どうにもさっきから、死を前提に考えすぎている節がある。
こんな非常時であることを思えば、仕方がないといえば仕方がないことだが。
それとも、僕はもともとこうだっただろうか。
誰かの死を、こうも簡単に受け入れる人間。
自分が殺したときは、ああも取り乱していた癖に。
ともかく事実の把握が先決だ。安全が確保できるような場所に着き次第、DVDを再生してみよう。幸いというか、手持ちの支給品にはノートパソコンがある。再生するための機材を探す必要はない。
……仮に、玖渚さんが本当に脱落してしまったとしたら、この殺し合いの打破を試みようとしている僕たちにとっては相当な痛手だ。彼女の機械工学の知識とスキルは常人の域をはるかに超えている。
すでにある程度首輪の解析は進んでいるらしいが、その解析結果さえ、玖渚さん以外の者に理解するのは容易じゃないだろう。僕が聞いたとしても、用語の意味すら理解不能に違いない。
『死線の蒼(デッドブルー)』。
凡人たる僕たちには、越えることすら許されない一線。
その玖渚さんでさえ一筋縄ではいかないこの首輪を解除することが、彼女なしにはたして可能なのだろうか?
あるいは、すでにいるのか。
何らかの方法で、首輪の解除に成功した者が。
もし僕が今、この首輪を外すことができたらどうするだろう。首輪さえなくなれば、今しがた僕がいた場所ももはや禁止エリアとしての脅威はない。どころか、この空間からの脱出も可能かもしれない。
ただし玖渚さんはこの空間を『非現実の閉鎖空間』と仮定していた。それが的を得ていたとしたら、首輪を外しただけでは脱出は不可能だろう。どうしても主催サイドへのアプローチが不可欠になる。
空を見上げる。時間はもはや夜より朝の領域に入っている。月はもう隠れて見えないが、次の夜もまた満月なのだろうか。
繰り返す満月。
閉鎖空間。
脱出不可能の非現実。
ふざけている。しかし、すべてはいま起こっていることだ。
首輪にそっと触れてみる。これひとつ外すだけでも、すでに四苦八苦の様相だ。ここから脱出することなど、僕たちの力だけでできるものなのか……?
「だったら、いっそのこと――」
――優勝を、狙ってみるか?
どくん。
心臓が妙な感覚を訴える。
風が頬を撫でつけ、その感触がいっそう肌を粟立てさせる。薄闇の中、ヘッドライトが照らす景色が妙にゆっくり流れていくのを、どこか他人事のように見ていた。
何だ?
僕は今、何を考えた?
――『持てる最大の能力を発揮して最良の選択肢を選び最善の結果を収める』。それが僕の持論のひとつだったはずだ。ならば必然、あらゆる選択肢を念頭に置いておかなくてはならない。
そうだ、その通りだ。
だからこそ僕は、こうして殺し合いに抗うという選択を――
――ならば、『最後の一人まで生き残る』という選択肢は、十分に現実的なはずだ。少なくとも、主催に盾突いてまで脱出を図るよりは、ずっと。
「…………」
ゆっくりとブレーキをかけ、その場に停車する。
自分では落ち着いているつもりだが、心臓だけは早鐘を打っていた。ヘッドライトを消し、エンジンを切る。周囲に静寂が戻ってくる。
頭によぎった考えをもう一度反芻する。『優勝を狙う』。『最後の一人まで生き残る』。確かに今、僕はそう思った。誰に唆されたわけでもない、自分自身の発想で、だ。
……いや、その考え自体はもっと前から思いついていたのかもしれない。意識しなかったのは、それを考えないようにしていたからだ。
目の前の目的に専念することで、その考えから目をそらしていた。
当然だ。僕が他の参加者を押しのけて優勝しようなんていうのがどれだけ無謀な考えかは、僕自身がよくわかっている。僕がまだ生き残っていること自体が奇跡だと、ついさっき心に留めたばかりだ。
それでも、意識してしまった。目をそらしきれなかった。
きっかけになったのは、さっき図書館で死亡者DVDを回収したときだった。
今のところ作成されたDVDは、僕を含めた玖渚さんの協力者がすべて回収している。必然、その枚数もわかっているし、DVD自体にナンバリングが成されているから何枚目のDVDかも間違えようがない。
それはつまり、死者が何人で、生存者が何人か、最新のDVDさえ所持していれば明確であるということ。
僕の持つDVDの最新ナンバーは『36』。差し引きで、生存者の数は残り9人。
たったの9人。
45人いた参加者が、今や9人。そしてそのうちのひとりが、この僕であるという事実。
あと8人が死ねば優勝。
望む望まざるにかかわらず、残り8人の死で勝者が確定する。
今まで「自分が優勝する」というイメージは、おぼろげにすら掴めないほど完全皆無のものだった。それが「あと9人」という具体的な数字を知ってしまったことで、自分の中で形を成してしまった。
もしかしたら、自分の手に届く範囲にあるのもかもしれない、と。
苦笑とため息が同時に漏れる。我ながらなんて酷い考えなのだろう。『人数が少なくなってきたから、とりあえず優勝を狙ってみよう』などと。火憐さんあたりが聞いたら激怒するに違いない。僕のせいで死んだ人たちへの贖罪はどこへ行ったのか。
それでも、その思い付きについて考えないという選択肢は僕にはなかった。もしそれが、僕の最大の能力をもってして得られる最善の結果なのだとしたら、僕はおそらくそれを選ぶだろう。
それが、最も辻褄の合う解答なのだとしたら。
――『辻褄合わせ(ピースメーカー)』。
いつだったか、くろね子さんが自分のことをそう呼称していた。自分自身の悪癖への自虐と、おそらくは僕への皮肉として。
『辻褄が合わない状態が不安で仕方ない』――それに似た不安は、少し前から僕の中にも募っているのを自覚していた。ただし僕の場合、正確に言うなら『何が辻褄が合った状態なのか分からない』という不安に近い。
『優勝を狙う』という考えも、おそらくその不安から出てきたものだ。今の僕は、明確な解答を欲しがっている。「これが最適解だ」と誰もが認めるような解答を。
時宮時刻が死んだと知ったときから、それはずっと続いていたように思う。だけど欲してはいたものの、それについて考えること自体を放棄していた。「分からない」という不安からすらも、ずっと逃げていた。
思いついてしまった今、僕は僕自身に問わなくてはならない。
優勝を狙うというのは、はたして最適な解答か?
それを目指すことが、僕にできるのか?
その選択はつまり、必要に迫られればまた誰かを殺すことになるかもしれないということだ。できるできないの話ではない。「やる」という決意が、この選択には必要になるということ。
二度と人を殺したくなどない。それは偽らざる本音だ。
でも、それ以外に最善の方法が見つからなかった場合、その本音を守り通すことができるだろうか。
そもそも、こんな選択が本当に最善だと言えるのか?
万が一、最後の一人まで生き残ったとして、そのとき僕は何を願う?
何を願えば、最適な解答だと認められる?
僕はくろね子さんのような名探偵ではない。たとえ正解を手に入れたとしても、『この解答は、はたして正解なのだろうか』という不安に取り憑かれ続けるだろう。
僕の目的とは、いったい何なのか?
僕が生きている意味とは、いったい何なのか?
分からない、分からない、分からない。
分からないから、考えないようにしていた。
考えても考えても、正解など出ないような気がしたから。
正解が出たとしても、それが本当の正解かどうか分からないから。
「……だったら、分からないままでもいいじゃないか」
そうだ、結局のところ僕は、僕にできる限りのことをするしかないのだ。正解が分からないなら、最大の能力をもって最善を尽くす。今まで通り、僕の流儀を貫けばいい。
僕のやるべきことは『殺し合いを打破するために行動すること』だ。やることは何も変わらない。玖渚さんの指示通りに「いーちゃん」と合流し、この手紙を渡す。それが今の僕に課された役割だ。
目的があるうちは、それを全うする。それだけでいい。
それが僕の生きる理由であり、贖罪だ。
ベスパのエンジンをかけ、アクセルを入れる。東の空からうっすらと夜明けが降ってくるのを背に、再び僕は目的地へと向けて走り出す。
せいぜい足掻いてみせよう。死ぬまでは、生きて自分の役割を果たし続けよう。
最終的に、誰かを裏切ることになろうとも。
僕の世界に、辻褄の合った解答を見つけるために。
『辻褄合わせ(ピースメーカー)』として。
【2日目/黎明/F-6】
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン、首輪探知機、無桐伊織と零崎人識のデイパック(下記参照)、ベスパ@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×8(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、
玖渚友の手紙、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11~36)@不明
炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン、
鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)、 誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、
金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、 ノーマライズ・リキッド、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット、
首輪×4(浮義待秋、真庭狂犬、真庭鳳凰、否定姫・いずれも外殻切断済)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0~2)
(あとは下記参照)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
1:「いーちゃん」達と合流するためランドセルランドに向かう
2:玖渚さんの手紙を「いーちゃん」に届ける
3:死亡者DVDの中身を確認する
[備考]
※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形、零崎人識(携帯電話その1)が登録されています。
※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
※DVDの映像は29~36を除き確認済みです。
※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。
【その他(櫃内様刻の支給品)】
懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵チョウシのメガネ@オリジナル×13、
小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁、 中華なべ、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、
鍋のふた@現実、出刃包丁、おみやげ(複数)@オリジナル、食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、
『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』(「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
【零崎人識のデイパック】
零崎人識の首輪、斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ
支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数
※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、
戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています
【無桐伊織のディパック】
無桐伊織の首輪、支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ
※零崎人識、無桐伊織、玖渚友の死体、及び三人が身に着けていた物品等(首輪とデイパックを除く)は水倉りすかの魔法により消失しました
最終更新:2021年11月01日 20:08