東風谷さなえのロックバンド! 番外 さとり

私が『彼女』を意識し始めたのは、既に入学初日の頃からしていたのだったと思う。



「6番、東風谷さなえ。よろしくお願いします」

誰とも変わらない、何もヘンテツの無い挨拶。人数の関係で一つしかクラスが割り当てられ無かったため、このクラスメイト全員が学園中等部の全校生徒となる。
私は『彼女』のすぐあとに挨拶をした。意識した小さな声で、よろしくお願いしますと告げた。…入学式が終わってからクラスに入り、指定された席で待機していると先生から自己紹介をしろと言われ、今に至る。
早い人は入学式の時、既に話せる人を作っていた。しかし、私は自分で言うのも悲しいが、…人付き合いが苦手だ。一人席に座り、ぼーっと黒板を見て時間が過ぎるのを待っていた。
ざっと全員の自己紹介が終わり、解散となった。鞄を持ち帰り支度を済ませて教室を出ようとすると、いかにも活発そうな人達から声を掛けられた。

『さとりさんですよね。前の席の東風谷です、よろしくね』

彼女も、そのメンバーの中に入っていた。むしろ中心だった。何やらカラオケに行くらしき誘われたのだが、私はどうも馴染めず行きたく無かったので、軽く話してあしらう様にお断りした。…彼女は、『嫌われたかな』と不安そうな表情を浮かべていた様に思える。
この時はまだ、彼女にさほど興味を持っていなかった。しかし、名前と柔和な表情、顔付きだけははっきりと頭に焼き付いた。

彼女を明確に意識しだしたのは次の日だ。朝登校してクラスに入ると、…早速、うまく馴染めずに敵を作ってしまったらしいクラスメイトが、教室の隅で囲まれていた。クラスメイトは、泣き出している。
早すぎる、気まずくなるからやめて欲しい。私は『当たり前に』見てみぬふりをして席に座ると、彼女が教室に登校して、チラとその様子を見た。
…そして、彼女はクラスメイトを囲っている奴らの所に近付いていった。

「やめませんか!」

凛とした、響く声。『彼女』はさも『当たり前に』、クラスメイトに注意を呼び掛けたのだ。
もちろん、いい顔はされなかった。それから、彼女は『中心』のポジションから『学級委員』の様な、果てには『嫌われた者』ポジションに移っていった。どんどんと立場が低くなって行くのが目に写ってわかった。しかし、彼女は臆せず、気にする事も無く不正に対して注意を呼び掛け続けていた。

私は、彼女に『憧れ』の念を持った。


それから、私は積極的に彼女と関わろうとした。関わろうとした最初の一日目は、失敗だった。
見ているだけで全然行動に移せなかったからだ。
私はいつの間にか、クラスで上位の立場に居た。この時、彼女は既に忌み嫌われていた。立場を崩す恐怖を考えてしまい、どうも話し掛けられなかった。
次の二日目も、失敗だった。踏ん切りはなんとかついた、立場を崩そうが関係ないしそんなので立場が無くなるのであれば、と意気揚々に話し掛けようとした。しかし、…初日に、あしらう様な対応をしてしまった事を思い出したのだ。
案の定、業務的に話し掛けられるチャンスがあって軽い会話程度に少し話したのだが、『私、嫌われてるから。話さない方がいいよ』と、言われてしまった。
それから言葉が出なく、一日が終わってしまった。なんとか話せたが、望んだ結果では無かった。

三日目。この日は、概ね満足な結果に終わった。
先日彼女と関わった事により、早速クラスで噂が広がっていた。『関わらない方がいいよ』と、言われた。私は、ああ、こいつらはこの程度なんだなと冷たい非難の目線を送りつけた。
昼休みの休み時間、教室で席に座り一人ポツンとしている彼女に話し掛けた。

「さなえ、さん」

「…何。何か、用でも」

『彼女』は、とても悲しい目をしていた。
理不尽にまみれた、気力の無い瞳。私は、たまらなく悲しくなった。

「その、さ。今までさなえさんに話し掛けようとしたんだけどさ、どうも踏ん切りがつかなくて。私、内気で」

「…別に、さとりさんには『別の』友達がいるじゃないですか。その人達と、話せばいいでは無いですか」

彼女の悲鳴が聞こえる様で、私はいたたまれない気持ちになった。

「悲しい事、言わないでよ」

「私は、嫌われています。さとりさんだって、初日私の事、嫌では無かったのですか? 関わらない方が、あなたの為ですよ」

「…関係、無いよ。そんなの、他の人が決める事じゃ無いよ」

同情だと思われているのだろう、しかし、違う。
私は、『今現在』最悪の立場でも『未だに不正を許さない』あなたの事が――!

「そうだ、映画に行こうよ! 今日はきっと早帰りだろうしさ、時間はあるよ!
服も見たいね、新しく入学したから気合い入れて春物を買ったんだけど、どうも飽きちゃって…」

私は必死に会話を進める。彼女からの相槌は無い、一方的な会話。
それでも、話を続けた。話を止めたら空気に押し潰されそうになると言うのもあるが、…彼女と、会話を。彼女が私の話を聞いていてくれる事が、嬉しかったからだ。

「ええと、その。どうかな? 無理にとは言わないけど、一緒にショッピング行きたいな~と思って…。そうそう、昨日のむきゅステ見た? アクザイル酷いわよね、とうとう108人ですって! インフレすればいいってもんじゃ無いわよ!」

私はそもそもあまり喋る方では無い。クラスの皆から、奇異の目で見られていた。口が止まりそうになったが、そんなの関係ない。とにかく、彼女と会話をした。
この学園に入学して、初めて充実感を味わえた気がした。

「…ありがとう」

突然、彼女が口を開いた。

「どうしたの、さなえさん?」

「…私なんかと、関わってくれて」

「そんな言い方、しないでよ! 私は私がさなえさんと関わりたいから関わっているだけ! だから、そんな」

「…ありがとう。映画の話ですが、…今日は行けません。その代わり、休日に行きませんか?」

「…! うん!」

結局今日の会話は、これだけしか出来なかった。けれど、嬉しかった。ようやく、話し掛けられた。
四日目。私が、彼女を『さなえちゃん』と呼び始めたのは、この日からだった。





「…はあ」

家にあるドレッサーの前で、一人溜め息をつく。鏡に自分の顔が映る、なんとも幼い顔立ちの奴が睨んでくる。

「なんで、私は」

こんな、童顔なのだろう。一部の人には人気で、ファンクラブまであるらしいがちっとも嬉しくない。むしろ、皮肉に感じる。
整った顔立ちとも言われるが、…正直、フォローにしか思えない。それが事実としても、童顔な事には代わりがなく、今大人の様な、せめて中学生以上の顔になれなければ意味がない。

…ふっくらとした、それでいてスラリと伸びている手足と体付き。滑らかな緑髪、ふくりと膨れた唇。二重の瞼に、柔和な表情。
…いつから、彼女に抱く感情が『憧れのもの』から『恋愛のもの』へと変わったのだろう。
今も憧れている事には代わりがない、しかし。それ以上に、…『好き』になってしまった。私たちは、同性同士だと言うのに。

「…ああ、ああっ!」

頭を抱え声をあげる。自分でも思いもしなかった、まさか私にこんな性的嗜好があるなんて! …それでも、事実だから仕方がない。
彼女の事が頭から離れず、深く考えると今では胸が高鳴るくらいだ。

「…これは、依存なのかな」

ぱちゅりーちゃんが、言った言葉。依存、依存とは、何か。
そんなに、悪いものなのか。
…ぱちゅりーちゃんに、何も悪いところは無いのに一方的に嫉妬してしまう自分が嫌だ。

「…何にせよ、私が」

彼女を好きな事には代わりがない。それなら、いっそ胸を張って生活しようと考えた。
私は、さなえちゃんが好きだ。さなえちゃんは、自分で何とかしようとするものの、私を頼ってくれている。
私は、彼女と一緒に居たい。

「…寝よう」

変な思考ばかりが巡る。鏡の私は、頬がほてっていて若干暑そうにしていた。
ドレッサーから少し歩いて和室に既に敷いてある布団に横になる。二つある布団、しかし今は私一人しかいない。
押し入れにある敷いていない布団の間から、隠しておいた本を引っ張り出す。『恋愛就☆』『気になるヒトへのアプローチ』。…所詮、恋愛の手助けの本だ。
私は家に一人きりで居るとき、夜な夜なこれらの本を読んでは参考にしている。人目が気になり、少しずつしか読めないのがネックだか。
そして、…妄想にふけるのだ。さなえちゃんと、一緒にいれたら。

「…あーあ」

最後にはお決まりの自己嫌悪。考えるのも嫌になって、すぐにまた押し入れの布団にこれらの本を挟み込む。
再び布団に寝そべり、ほてりが治まるのを待つ。

「…うーん」

ほてりが治まっても、興奮して寝つけない。手持ちぶさたに、また本を手にして読みふけるのだ。そして自己嫌悪、…この繰り返し。
正直、彼女を好きになってしまって、辛い。報われない事が自分でわかっているからだ。彼女は人が良い、だからといって私の独りよがりで彼女を巻き込んでしまうのは、…その様な彼女が、私が嫌だからだ。
そうでないなら、きっととっくの前から巻き込んでいただろう。つくづく、私は自分本意な奴だ。
時折こんな思考も織り混ぜて、やはり行動はループされて行く。
その内意識が無くなって、いつの間にか朝を迎えているのだ。

「…ふう」

寝汗をシャワーで流し、髪を整えて支度を済ませる。鞄の中には、新しく買ったスティックケースが入っている。

「独り言、多くなったなあ」

私はあの時、さなえちゃんを応援する為と言ったけれど、それ以上に、自分の為。

「こいし」

私は自分がやりたいから、自分の足を前へと進める。














NEXT,To Be Continued!



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最終更新:2009年05月02日 15:23