東風谷さなえのロックバンド! 結成

ぱちゅりーちゃんの家のインターホンを押し、マイク越しにプツリと音が聞こえたので東風谷ですと告げる。
すぐに家からドスドスと階段を降りる音が聞こえ、カチャリと鍵が外れる音がしました。ゆっくりとドアが開かれて、そこから目をトロンと半開きにしたぱちゅりーちゃんが玄関から外に出てきました。

「おはよう、ぱちゅりーちゃんっ!」

「…んあう、むきゅ」

ぱちゅりーちゃんが私は寝起きよ貪りたいのよといいたげに、体をだるそうにしてあくびにて私に返事を返します。
小さな口がむにゃむにゃと動く、その様子が可愛らしいです。

「どこ見てるのよ、そんな口元ばっかり見られたら恥ずかしいわ。…行きましょう、さなえちゃん」








東風谷さなえのロックバンド!








「さなえちゃん、嬉しそうね」

「んふふ。だって、ぱちゅりーちゃんが居るのですもの!」

足取りは軽く、サクサクとぱちゅりーちゃんと共に通学路を歩いています。普段だったら嫌気が差す通い慣れた道のりも、全く別の景色の様に新鮮に視界に映ります! ごみ捨て場のネットの色、電柱の場所など普段なら絶対に気にしない様な景色が、ばあっと目に入って来るのです!

「…ふふ。私もね、安心しているわ。朝の登校を、嫌に感じないから」

やはりと言うべきか、私たち学生にとって健やかな朝の日差しでも皆憂鬱に感じ嫌なものなのでしょう。私たちは他愛無い会話を繰り広げながら道を歩みます。

「昨日も、本ッ当にうるさかったわ! 何よあの家、そしてあいつら! 深夜だと言うことを無視して、肥溜めでぬか漬けにされてしまえば良いのよ!」

「うるさかったですねえ。ぱちゅりーちゃんが寝不足の理由は、それですか? あの防音室では、寝れないのでしょうか」

「それもあるけど、寝不足の理由はもっぱら自分から夜更かしをしていただけ。私、寝相が悪いからあそこで寝られないのよ。楽器倒すと大損害だし、自分も怪我をするから。防音室で、寝たいくらいよ! 本気で考えようかしら!?」

ぱちゅりーちゃんが何かに呼び掛ける様に熱く、口からつばを飛ばして熱弁します。ううん、被害を被っているのはわかるけれど、汚いですよぱちゅりーちゃん…。そこも、何だか可愛いのですけれど。
そう考えふけっていると、私がこの通学路を歩く事が嫌な理由の、一つ。

「…」

邪魔だと言わんばかりの、白々しい目線。地域の人からの、目線でした。
いろんな人に。犬を散歩に連れて行っている人、ランニングを行っている人。ごみを捨てている主婦の人、『人間』からの吐き捨てる目線が、どうしても視界に入り意識してしまいます。
住宅街を出て、人通りがちらほらと多くなる駅の線路沿い。私は、いつもここで肩身の狭い思いを強要されるのです。

「…さなえちゃんは、寝つけられるの?」

ぱちゅりーちゃんの、声。ぱちゅりーちゃんも、きっと同じ肩身が狭いと言う事を意識していたのでしょう。
会話が、再開されます。

「はい、寝ている時にうっすらと意識が戻る位で、鳴り終わったらすぐにまた眠れちゃいます」

「羨ましいわね、その体質。私の体と交換してくれないかしら?」

ぱちゅりーちゃんの冗談に、あははと笑いあう私たち。
例え嫌な思いを強要されても、友達と二人で会話ができるのなら。
気になる事はありません、私たちは話を続けます。

「キーボードの話ですが。ぱちゅりーちゃんの、おすすめのキーボードと電子ピアノ、電子ドラムってありますか?」

「何、もしかして買うの? ピアノはともかく電子ドラムなんて、さなえちゃんが聞いて意味あるの? ブルジョワね。
そうね、キーボードは『ローランドのファントム』シリーズが至高のものかしら。けれど、例え現行物じゃなくても良いシンセサイザーやキーボードは沢山ある。後悔しないために、よく考えて買う事ね。
ピアノはヤマハのYDPシリーズが安定かしらね。カワイやコルグだとか、他のキチンとしたメーカーのでもさほど変わらないでしょう。…ドラムは本当にわからないの。ごめんなさい」

「…『ローランド』って?」

「メーカーよ。いいものと悪いものが極端な会社。個人的にコルグの方が安心できるわね、『コルグ』ってのも会社」

「なるほど、メモメモ…」

「…なーに本気でノートにメモってるのよ。本当に買って貰うつもり?」

ぱちゅりーちゃんが呆れ気味に私に尋ねてきます。別に買わなくていいのに、と呟いてちょんちょんと腕を突付いてくるぱちゅりーちゃん。
でも、欲しいものは欲しいしなあ…。

「ママに言えば、何とかなるかなあって」

「…全く。私の親父さながら、親バカさんね、そのママさん」

「あはは。折角の、チャンスですから」

駅を通り過ぎ、コンクリートが緑色状の、スクールゾーンに指定されている商店街の道なりを通ります。まだ朝だからか、商店街は閑散としていてシャッターが閉まっている店ばかり並んでいます。その風景に、どこか物寂しく感じます。
商店街まで来るとゆっくりの人もちらほら見えるため、肩身の狭い思いに頭を悩ます事は無くなります。不安は一つ消えました、けれど。
…見られて、いる。私の、変に痣が残ってしまった右頬を隠す為に貼っているガーゼに、視線を感じる。
別に何気ない、『お気の毒に』と同情の視線で見ているのだろう。私の自意識過剰と言うことはおぼろげにわかる、けれど、気になってしまう…。それに、

「…学園、かあ」

まだ、二つ。気を落としてしまう、朝の出来事。その内の一つは出くわさずに済みそうだけれど、一つは間違いなく、今現在問題に直面しようとしています。

「さなえちゃん、」

「大丈夫です。さとりちゃんも、ぱちゅりーちゃんもいますからね」

学園の門をくぐります。昇降口へと行き、指定された靴箱を開けて私たちは今履いているローファーの黒い外履きから上履きに履き替えました。
一瞬、上履きが上下反対に入れられているのではないかと不安がよぎったのですが、…特にいたずらはされていなく、何事も無く教室に向かいます。
教室前の引き戸。どうしても、手が止まってしまいます。でも、もう苦ではありません。
前から、さとりちゃんは側に居てくれたけれど。今の私には、新しい、心強い『友達』がいるのですから――…!

「おはよう、さとりちゃん!」

「おはよう、さなえちゃん。今日は元気だね、良いことでもあったの?」

「んふふ。ぱちゅりーちゃんと、一緒に登校しましたからね」

いつも先に来ているさとりちゃんに、挨拶を告げます。さとりちゃんは一緒顔をしかめ、しかしすぐに表情を戻し私たち二人に挨拶を返してくれました。
…さとりちゃん、気遣いをありがとう。

「さなえちゃん。どのくらい、上手くなったの?」

「えっと、何がですか?」

ぱちゅりーちゃんから、質問を尋ねられました。きっと、いじわるな質問に決まっています! ピアノがどうとかでしょう、ぱちゅりーちゃんとは昨日ずっと家に戻るまで居たのに!
一応聞き返しますが、どうせわかってる癖に~とか、言うのでしょう!

「さなえちゃんったら、わかってる癖に~。ピアノよ、ピ・ア・ノ!」

ほら、来た! 嫌らしい質問です、失礼しちゃいます!
まあどの道さとりちゃんに話すつもりでしたし、言いますけど。

「んもう、昨日一緒に部屋に居て教えてくれたじゃないですか! いじわるなんですから…。
はちぶんぶん位は弾ける様になりましたよ、自分が両手を動かせるなんて、驚きです!」

声をあげて、ぱちゅりーちゃんに改めて両手が動いた感動の旨を伝えます。
今までの人生の中、ミジンコの大きさたりともピアノ、鍵盤を始めるとは思っていませんでしたからね! 感動もひとしおです!
…この行動が、いけなかったのでしょうか。

「おい、なんだよさなえ! お前ピアノ始めたのかよ!」

「今更ピアノなんてお笑いだな! はっはっはっ!」

あいつらは、いつの間に。

「…」

クラスから嫌な奴らが、私たちに関わって来ました。私は、黙ることしかできませんでした。恐くて、声がでないのです。
何なのでしょうか。そんなに、私をからかった反応が愉快なのでしょうか。…ゲラゲラと、指を指されて笑われます。
もう大丈夫と心で呟いていたのに、その決意が歪む様に捻り曲がっていきます。
嫌だなあ、ああ、時間が過ぎないかなあ…。

「…そうよ。さなえちゃんは楽器を始めたの。私たちは、バンドを始めるのよ」

「…あ゛あ!?」

ぱちゅりーちゃんが、二人を煽り冷たい響きの言葉で答えます。
もちろん、二人は逆上。…まずいですよ、ぱちゅりーちゃん!?

「何よ、文句でもあるの? 別段普通の事じゃないの、仲の良い友達同士でバンドだなんて。あんたらもクラスで携帯から音質ザラザラの雑音出して無いでやればいいじゃないの」

「雑音、だあ…?」

「違うの? 私には、そうにしか聞こえないわ。ともかく、やりなさいよ。あんたたちハリボテの様なものとはいえ一応楽器を持ってるのじゃない、文句言う位なら始めればいいのに」

「…」

まりさたちは引き下がり、再び教室を出て廊下を駆け出し外へと抜け出したみたいです。本当に、何のために学園に入学したのでしょうか。

「…ごめん。勝手に、バンドを結成した事にして」

ぱちゅりーちゃんが謝ります。しかし、その事はあまり気にしてはいません。
私は、今の出来事、ぱちゅりーちゃんの言葉から胸に引っ掛かった疑問を、ぱちゅりーちゃんにぶつけます。

「…本当に、疑問です。少し、本当にちょびっと情けをかける程度に格好いいとは思いますが! …なんで、わざわざ教室で携帯からけたましい音を鳴らすのか。
夜のつんざく様な騒音も、そう。あいつらは何で、無理に目立とうとしているのか」

理解できないというか、単なる格好付け? それだけのために、そこまでするのでしょうか。

「…私には、わかるわ」

ぱちゅりーちゃんは答えます。

「私たちクズには、こういう場所でしか表現の場所が無いの。…わかって、あげて」

「でも」

そんな事を言われても、迷惑がかかっているのは私たちです。迷惑とまではいかないでも、気まずい思いをしている事は確かです。
何より、ぱちゅりーちゃん自身が夜の騒音を嫌がっていたのに、どういう…?

「確かにあの深夜の騒音は酷いわ、原子レベルにまで分解すれば良いのにと思う。けれど、…カスで良いのよ。基本的にあいつらはカス以下の事を、望んでカス以下の場所に居るのだから。真面目な進言は、本当に辛い」

ぱちゅりーちゃんは、うつむきながら私たちに続きを答えました。
…カスだ、なんて。

「そんな事、言わないでください」

悲しい事を、何で言うのか。
言わなくて、いいじゃないか。…ぱちゅりーちゃんから返事が返ってきます。

「…もちろん、さなえちゃん達の事では無いわ。私や、あいつらの事」

「言わないで下さい。ぱちゅりーちゃんは、そんな人ではありません。素敵な人です」

「…ありがとう、でも」

ぱちゅりーちゃんは一度自分の席に鞄を置き、また私たちの近くに戻って話を続けます。

「…私は、ロックと言う定義が嫌い。曖昧なんですもの、明確なのは『反社会主義』と言うこと。後は、ナヨナヨしたラブソングやらシャウトを通り越したデスメタルなど、様々。
曲は格好いいけどね、定義は嫌い。…卑屈な考えだけど。楽器を触っている人に、まともな人はいないわ。皆傷を負った、もしくは逃げた人が、のめり込むもの。
特に、このロックと言うジャンルに関してはね。楽器に携わっているだけ、クズなのよ」

吐き捨てる様に。ぱちゅりーちゃんは、呟きました。
その声色は震えていて、…憎んでいる様な。教室の窓越しから遠くを見つめて、手に思い切り握り拳にして震えさせていました。
…何に、憎んでいるのだろう?
なんで、ぱちゅりーちゃんはそんなに何かを憎んでいるのだろう?

「…ごめんなさいね。今日、用具の説明を兼ねてスタジオに行こうと思うんだけど、どう? さとりちゃんには是非来てほしいわ」

ぱちゅりーちゃんが話を切り替えます。失礼ながら、何があったのか話を掘り返そうと思ったのですが、…ぱちゅりーちゃんは歯軋りを起こして、何かに耐えている様です。
鋭い眼孔をしていて、とても聞けそうにありませんでした。…返事を返す事しか、出来ませんでした。

「ええ。賛成だわ、実際にドラムに触ってみたいし。私なりにドラムを調べた所、スティックは当たり前ながらに自己負担らしいから、楽器屋に寄る必要がありそうだけど。いいかな?」

「もちろん。さなえちゃんは?」

「…うーん、実は今日用事があるんですよ。遅くなると思います、スタジオって何時まで居られるのですか?」

「別に、個人スタジオだったら一時間500円で閉店時間まで居られるわよ。私の考えではそうね、皆のお財布と相談だけれど。学園が終わってから2時間、5時半くらいまでを予定しているわ」

「2時間、あうう…。でも、きっと大丈夫だと思います。心配しないで下さい」

「またまた~、お金が無いだけでしょ、このこの!」

さとりちゃんがちょいちょいと腕の肘を私の胸に押し付けて来ます、あん、くすぐったいですよ…。
それに、その位のお金なら私だって持ってます!

「失礼しちゃいます! お金くらい、きちんとありますよ!」

「あら、そう? 私の懐はカツカツでね、正直今日スティック買ったらライブハウスに行けるか危うい所なのよ」

さとりちゃんがひょうひょうと喋ります。冗談か真面目か分かりにくいラインの言葉、『あはは』と声をあげあい、私たち三人はそれぞれ大笑いをし合いました。

そのままチャイムが鳴って、先生が入ってきました。私たちは、一旦自分達の席へ戻ります。
先生による苦痛に感じる話が始まり、再びチャイムが鳴り響きます。そのまま、先生による数学の授業が始まりました。
退屈な、授業。しかし、その授業にどこか安らぎを感じます、今となってはそこまで感じませんけど。
何と無く、休み時間が楽しみに思えて来たからです。黒板上の時計を覗くと、まだ時間は9時10分。授業時間は半分を過ぎたとは言え、まだまだ学園は始まったばかりです。
授業が終わり、9時30分。10分の休憩時間が与えられます。
再び、さとりちゃんとぱちゅりーちゃんで集まって話をします。さとりちゃんが、昨晩見たアニメの感想を専らに喋り始めました。
こうなった時のさとりちゃんはマシンガントークですからね、失礼ですがただ耐えるしかない…。ぱちゅりーちゃんは、始めてみるこのさとりちゃんの様子にただ圧倒されている様です。
…開店は、何時からだっけ。鞄の中にある封筒がしっかりあるか確認し、さとりちゃんからの話を聞きながら休み時間が過ぎるのを待ちます。

…チャイムが鳴りました。私たちはそれぞれ再び指定された席に着席します。二時間目も、同じ先生による国語の授業です。
しばらくノートに鉛筆を走らせる事に夢中になり、一息付いた所で時間を確認します。10時、10分。…いけるかな? いや、まだか。怪しまれるし、もう少し待とう。
20分になり授業時間が残り10分に迫った頃、私は行動を起こします。

「保健室へ、行ってきます」

静かに席を立ち、小声で先生に告げ後ろのドア前まで移動します。先生は何も言いません。クラスからも、ひそひそ声が聞こえ始めました。
…知った、ことか。心配をかけてくれるさとりちゃんに目配せをして、私は教室の外へ出ます。
保健室には行きません、学園の門を出て駅へと向かいます。ブレザーの内胸ポケットには、しっかり封筒が入っています。
私には、向かうところがあるのです―…!
















「…戻り、ました」

「あ、んもう! さなえちゃん、何処に行ってたの? 探したのよ、保健室に行っても居ないんだから!」

「むきゅ。それに遅いわよ、給食は愚かもう6時間目よ? どこで何をしていたの?」

「すみません、スタジオは4時以降から向かいます、場所は携帯のメールで教えて下さい! 急いでるので、また後でね!」

「あ、ちょっと! さなえちゃん!」






家に届くのは3時頃、今の時刻は2時50分だからカツカツの時間帯!
家には誰もいません、『また後日届け直し』なんてごめんです! 私は家まで駆けて行きなんとか時間までに家に着きました!
肩で息を切らせながら鍵を開け、家の中に入りリビングのテーブルに用意して置いておいた印鑑を片手に玄関で待機します。一応時間には間に合ったものの、もしかして先に来ちゃったのかな…?

そう思ったのも束の間、すぐにインターホンが家中に鳴り響きました。

『すみませーん! かえんびょう楽器店でーす!』

私は意気揚揚に呼びかけに応え、用意した印鑑を片手に、バックの中に入った証明書を取り出し玄関のドアを開けました!



















「…」

「れいむ、いつまでそうしてブランコに乗ってたそがれている気だ。夕焼けが制服姿の背中に染みて、みっとも無いぞ」

「収まらないんだよ。いくらゲーセンで荒らしたって、町を徘徊したって。悔しさというか、羨ましいというか」

「羨ましいねえ。お前からそんな言葉が出るなんて驚きだぜ」

「本心さ。やって、みたいじゃない? 憧れる。ただ、所詮クズの言い訳だけれど。れいむたち二人じゃ到底無理だな」

「…さなえ。対した奴だよ、すぐに行動に移せるなんて。立場は最悪だけどな」

「さなえ、ねえ。れいむは自業自得だと思うな! 一々面倒臭い事にクラスにつっかかって来て、そうならない方がおかしい!」

「…まりさは、違うと思うな。嫉妬だよ、絶対に届かないものへの嫉妬」

「…まりさ?」

「羨望は、嫉妬に変わる。さなえの親は、まりさたちゆっくりが『社会に携わる』きっかけを切り開いてくれた、第一人者だからな」

「…まあ」

「正直、まりさは機会があればずっとさなえと仲良くなりたいと思っていた。れいむも、正直になるとそうじゃないか?」

「…もちろん。クラスの奴全員、虎視眈々と狙ってるんじゃ無いの? ただ、もう取り返しがつかないから、いっそヒートアップさせている様に、…抜け駆けを狙っている様に。れいむにはそう見える」

「おう。多分、クラスの奴らは他の誰よりも悪どく、利己的だ。奴らはまりさたちの事をクズと罵るが、まりさから言わせればあいつらの方がろくでなしだね。利己的なやつらほど、自分は慈悲深いを信じて疑わない」

「利己的だからこそ、自分たちに疑問を抱かない。れいむたちがクズなのは否定しようが無いけどな」

「ああ、全くだ。全くだからこそ、まりさは正直に動く」

「…れいむたちは、知能を持った存在。ただでさえ饅頭、動物にしては十分過ぎるほどの知能を持っているけれど。それに加えて『入力・演算・出力』が明確に行える様になったのが、れいむたちだ」

「まあな。人間と、何も変わらない。殆んどは野生のままだけどな、こうして体と知能が付いたまりさたちの様なゆっくりもいる。しかし、未だに『ゆっくりだから』という根強い差別が続いている。何かにつけて見下したい、下を用意したい気持ちはわかるけどな」

「理不尽に圧力を押し付けられて、やさぐれてしまうのも仕方ない」

「おう、そうとも、そうともさ! まりさたちを非難する奴らはそこんところをわかっちゃいない、…逃げ場が無いのさ。
どこに顔を出しても後ろ指を指されて、まともに息が続かねえ」

「れいむたちだって、生きている」

「いいこと言うじゃねえか、れいむ。下手に知恵を持ったがための悲劇とでも言うかな、気にしなくてもいいことを気にする様になった。そして、生を感じている。
乾杯だ、乾杯。明日さなえたちに謝って、バンドに入れて貰う為の乾杯」

「意味のない誓いの乾杯ね。でも、乾杯しよう。クソッタレな世の中に、他力本願のクソッタレなれいむたちに。
例え周囲から認知されなくとも、爪痕くらいはひっかいて付けてやるさ」

「もがき暴れて、金玉掴んでやろうじゃねえの」



『俺たちには、立派な手のひらが付いている!』






















「おはよう、さとりちゃん! ぱちゅりーちゃんには朝一緒に来たとき言わなかったけれど、重大発表があるんだ!」

「…スタジオに、5分しか居なかった癖に?」

ぱちゅりーちゃんがジト目で私を睨んできます。あうう、悪かったですよ。反省していますから…。
昨日は結局ほとんど行けずじまいで、さらに遅れた理由を隠した事から二人から反感を買ってしまいました。さとりちゃんからも同等のネガティブなオーラを感じますが、私は気にせず胸の内に隠した秘密を、わくわくを発表します!

「なんと、私! 耐えられなくて、楽器を買ってしまいました!」

「…え?」

「ママにねだって、楽器やアンプ、周辺器具を買って貰いました! キーボードは悩んだのですが、結局ぱちゅりーちゃんからのオススメのファントム『G8』を選択しましたっ! 
ピアノは、正直ハンマーの重さ、触った感触の違いが分からなかったので値段がお手頃のカワイのピアノにしました! 色はブラウンで、気に入っています!」

「…お手頃って、それでも10万くらいするでしょ? ファントムに至っては、30万」

「? そうですけど」

「…、昨日スタジオにこなかった理由は、お母さんに買って貰っていたから?」

「てへへ」

「…ブルジョワね、さなえちゃん。せめて、途中地下にきて顔を出してくれればよかったのに」

さとりちゃんはともかく、意外な事にぱちゅりーちゃんまで顔を引きつらせて驚いています。どうしたのでしょう、ぱちゅりーちゃんに比べれば足元にも及びません。
それに、ぱちゅりーちゃんの言うことはもっともでした。スタジオは楽器店地下、さらに地下に行くと楽器店とは別に経営されています。ですから、気軽に顔を出すことは可能でした。けれど、やりたい事があったから。

…どちらかと言うと、さとりちゃんの方が正気を保っていました。さとりちゃんも口を開き、私たちに報告をしてきました。

「…私も。我慢しきれずに、買っちゃったのよね、ローランドの『TD-4K-S』。電子ドラムで、丁寧にステレオ式のヘッドフォンまで買ったわ」

「…、へえ。それも、10万くらいはくだらないわね」

ぱちゅりーちゃんが、眉をピクリと動かしながら反応します。
…勘繰られたかな。誤魔化す為に、私は少し大げさな反応を示します。

「へえ、凄いですね! これで皆自分の楽器を持っていると言う事ですよね、やる気が沸いてくるなあ…! 頑張りましょう、さとりちゃん!」

さとりちゃんは、じっと私の瞳をみつめています。

「…、さなえちゃん。…本当に、ありがとう」

「…私は、私のやりたいことをしたまでです」

さとりちゃんから小さい声で耳打ちされたので、私はさらに誰にも聞こえない意識した声量で呟きます。
クラスでの、心休まる談話。どうせすぐ授業が、…苦痛の時間が始まるのです。せめて、今くらいは楽しい一時を過ごしても、ばちは…。

「さなえ」

教室の入り口から、野太い声。クラスが一瞬にしてシンと静まります。…また、会話に割り込まれた。あいつらまりさたち、でした。
まりさたちは構えた様子で、ずかずかと私たちに近づいてきました。

…何が、したいのだろう。そんなに、私たちをからかって楽しいか?
不快しか表していないはずなのに、それがたまらなく楽しいと言うのだろうか? わからない、なんでそんな、…酷いよ。
…私はあいつらに右頬を見せない様に反らしうつむき、スカートの裾を片手でぎゅっと握る。時間が、ただ過ぎるのを待ちます。
…しかし、何か様子が違いました。普段だったらすぐにちょっかいをかけられるのに、今回はそれが無い。申し訳無い事をしたという顔付きで、二人ともただ私たちの顔を見つめています。
どうしたの、だろう。

「…まりさたちを、バンドに入れて欲しいんだ」

それは、あまりにも突然でした。予想していなかった、出来事。

「え…?」

カラカラと、喉が渇いてきて痛んできます。言葉を発しようとしても、ズキリと胸と喉に針を刺した様な鋭い痛みを感じて、発せられませんでした。心なしか、唇まで水分を奪われた様にカサカサしてきました。
私はその場を動けずままです。スカートの裾を握ったまま、さっぱり動かせない手。もう一つの手に至っては、硬直してしまいました。
なんで、あいつらは私たちの邪魔をするの? 楽しいの、…関わらないで欲しいのがわからないの!?
なんで!?

「…どの面下げて、ほざいてるのよ」

ぱちゅりーちゃんが怒り浸透に、憤りを隠す様子もなく睨みつけて二人に告げます。
私はその通りだと思いました。…何を、今更? 都合の良い話をされても、私たちは戸惑うばかりです。
ぱちゅりーちゃんに助けて貰ってばかりの私も、都合良くて卑怯な存在ですが、…それと今の現状は関係無い!
嫌だ、もうどこかに行ってよ…!

「今この場でそう言ったということは、例え私たちからボロクソに非難されても我慢する覚悟をしているって事よね。虫の良すぎる話だと思わない? 散々あんたたちは相手の気持ちを考えず自分のやりたい事ばかりやって、欲求を満たして。それが、筋だってもんじゃない?」

二人は何も言いません、そして。

「…まりさたちも、バンドをやってみたいんだ」


…―本心。あいつらの、心からの言葉。
あまりに虫がいい話。けれど、…あいつらの本性が、垣間見れた様に思えました。


「…正直、私個人としてはあんたたちとやりたくありません。東風谷さなえです、よろしく」

「さなえちゃんっ!?」

体がごく自然に、スッと動く。意識はしています、それでも先ほどの様に硬直して動けないということが、無いのです。
私は、手をさしのべます。

「…博麗、れいむ。ギターをやる」

「霧雨まりさ。居場所があるかわからんが、ベースを始めたい」

お互いに、顔を見合う。
私たちは、それぞれの右手で握手を交しあいました。

「…はあ。古明地さとり。握手はしたくないわ」

さとりちゃんは、あくまで拒否の体制で。体と顔を二人から背け、呟きました。

「…ぱちゅりー・のーれっじ。私自身はベースをやるつもりだったけれど、変わるかも知れないわね。あんたらの決意、信じるわよ。…今日、練習スタジオをレンタルしているの。良かったらおいでなさい、場所は駅の楽器屋の地下の地下だわ」

ぱちゅりーちゃんが私とさとりちゃんの腕の裾をクイと軽く引っ張って、席から教科書とノートを取り出し教室を出ます。…移動教室、私たちもそれぞれ教科書とノート、筆箱を持って急いでぱちゅりーちゃんの後を追いました。
ぱちゅりーちゃんは、入り口すぐの廊下で待機してくれていました。…気まずい、空気。これからどうなるのだろうと、不安がせめぎ押し寄せてきます。
さとりちゃんも、同じ様な悲しい表情をしています。…私の、独断で。なんてことを、私は決断してしまったんだ…!

「…落ち込まなくても、心配無いと思うわ。そこまで落ち込むとむしろ失礼よ、あいつらはそれをやられても仕方ない行動をやらかしたのけれどね。
…風向きは、いつだって一人の兵士が争いの場に踵を返す事から変わり始める。ギャザリングってカードゲームに、ルールは知らないけれどこんなテキストがあるの。あいつらは、兵士よ。きっと、良い方向に風が吹き始める」




東風谷さなえのロックバンド! 

NEXT,To Be Continued!



  • 面白い話だ。
    サクセス系ストーリーの王道、「不良が仲間に入る」を体現している。
    そして世界感もなかなか。ゆっくりと人間たちとの隔たりも気になる。 -- 名無しさん (2009-05-05 19:10:31)
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最終更新:2009年05月06日 13:18