ライブハウスのスタジオ内にざわざわと波紋が広がっていき、辺りはあっという間に喋り声で騒がしくなる。
…当たり前だ。全ての出演するバンドの演奏は終わった。本来ならとっくに終了しているはずなのに、司会進行のMCスタッフがその旨を伝えずにじっと観客を待たせているからだ。
観客だけではない。店のスタッフの何人かも、何が起こったのかと話をしている。…これは、責任重大だ。意識してしまい、胸が破裂しそうに高鳴る。緊張や不安の面ももちろんあるが、それ以上に!
私たちはこれからこの場所で『演奏』するんだ…!
私たちは、期待されている…!
「…話が、ついたわ。演奏できるみたい、残された、与えられた時間は15分。セッティングなんかも考慮して、曲にして2曲ね。…行くわよ、皆!」
ぱちゅりーちゃんから告げられる。私は、汗ばんだ手で一週間ずっと共にいた『ファントム』をケースごと抱え、高鳴りをそのままにステージへと足を踏み出した―…!
東風谷さなえのロックバンド!
皆は、それぞれ楽器を抱えてそれぞれの機材を接続している。私はドラムなので、特に大きい機材は運搬しなくて良い。タオルと飲み物、スティックケースを抱え、ドラムセットの前に座りそれらを置く。ずっと手に握っていた、調節ねじを親指と人差し指で掴む。
下のバスドラムから、順々に上がっていくように調整を行って行く。…震えている、腕だけでは無い。体も、足も。
武者震いだろうか。…いや。私に、その様な度胸はない。『恐怖ゆえ』だろう、…私はこの期に及んでも、臆病なやつだ。
震えが少しだけ、収まる。そして、体が火照って暑く感じている事に気が付いた。すでに、額から汗がジワリと出始めている。私は動きにくい腕をぶっきらぼうに動かし、足元に置いたタオルを掴み乱暴に顔を拭く。さっぱりとして、視界が明確に映る。そして、私はまた震えてしまった。
元々、楽器は始めるつもりだった。ただ、種類は何でもよかった。…これと言って、やりたいものが明確にある訳では無いからだ。
さなえちゃんの選択する楽器に合わせて、私も選択するつもりだった。現に、私は被らない様にドラムを選んだ。だからと言って、手を抜くつもりも無かった。
練習した。…さなえちゃんがくれたのだろう、電子ドラムで。やる事が、無かったというのもある。
睡眠時間を削って、授業中にうとうととまどろんででも必死になった。今まで、私はこんなにも必死になった事が無かった様に思える。
すっかり手に馴染んだスティック。折れたときの為に、すでに左手前に細長い円筒状の入れ物に、スティックを2本用意してある。
胸が高鳴る。皆、セッティングを終えた様だ。一斉に私を見る。…観客から、なんだこいつらと、私たちの非難の目線を送られいる事に気付く。
知った、ことか。もう一度、スネアの皮がきちんと引き締まっているか確認する。調節ねじを握る手が、嫌に汗ばんでいる事に気が付いた。
『お姉ちゃん』
「…見返すだなんて、大層な事は言えないけれど」
『お姉ちゃん、あそぼ!』
「私だって、ただ日々をだらだら消化しているだけでは無いわ…」
『お姉ちゃん!』
「私にだって、出来るんだっ!」
リハーサルも何も無い、ぶっつけ本番での演奏。腕や手首をしならせて、スティックを一体化させる!
カッカッカッカと、ぱちゅりーちゃんのカットしたバッキング音。カット音が16拍子鳴った所で、私はスネアを小刻み良く4回叩き、思いきりシンバルを叩く! …演奏の合図だ、私のドラムソロから、それぞれ演奏が始まる!
れいむが棒立ちの状態でバッキングを弾いて、ぱちゅりーちゃんがまるで場慣れしている事をアピールしているかの様に足でステップを踏みながら軽快にリードのリフを奏でている! 後ろから眺めている形なので指の動きなどは良くわからないが、恐らくテンポ良く、そして早く動き回っている事なのだろう…!
まりさはじっと私の方を見て、やはり棒立ちで同じ音を連続させたベース音を弾いている。さなえちゃんは、動きに少し余裕があるものの表情は険しいもので、夢中でキーボードの鍵を押さえている…!
『Today, it's too late~』
イントロが終わり、ぱちゅりーちゃんのボーカルによるメロ1へと移る。れいむは以前硬直したままバッキングをしているが、ぱちゅりーちゃんはソロが終わるとギターのネックを切る様に回し、マイク片手にステージ内を自由に動き回っている。
…私自身、余裕のある様に辺りを見回してはいるが、腕越しから叩かれるドラムのテンポはずっと均一なままの8・ビート。私にはまだ難しい技術ができないから、ぱちゅりーちゃんから『ずっと同じテンポで叩いてくれれば十分だわ』と言ってくれたのだ。
少し冷静になり、観客が私たちを注目していると言うことを意識してしまい、…どきどきと胸が打たれ、苦しくなる。
集中できなくなり、思考がぼーっとぼやけてくる。かろうじて腕の感触から、私が今いる場所のことを思い出せた。
…音なんて、気にしている余裕がない! かろうじてもたついているベースの音が認識できる位だ、他の皆の演奏なんて気にかける余裕はない…!
同じ事の繰り返しのはずなのに、ずっと同じ拍子が3分続くだけなのに! こんなにも、集中が出来ないものだなんて…!
『おねーちゃん』
「…」
『おねーちゃんは、何も出来ない』
「…くっ」
何とでも、言え!
この場では、私がリズム! 私がテンポ、 …私が、皆の走る速度を決めるペースメーカ!
「…私が、引っ張るんだあああああっ!」
手首を意識して、スネアに激しくスティックを打ち付ける! 結果、『タカタカタカタカ』とサビに繋がるには上出来のリズムが放たれる!
『No apologies! I never thought to be so!』
かろうじて、ぱちゅりーちゃんが声を張り上げて歌っている事がわかる。しかし、もう姿を確認して認識する余裕が私には、無い。
ただ闇雲にスティックをシンバルに打ち付け、右足のかかとを上げないようにバスドラムを踏むだけ! 今現在演奏が成り立っているか、わからない! けれど、私は精一杯テンポを作るだけ―…!
…本来なら、互いの演奏を聞きあってとか、そういうことを言われるのだろう! だけど、知ったこっちゃないね! そんな言葉、実際に演奏してから言ってみろ!
…全然、身勝手な解釈で理解していないのだと思うが、ぱちゅりーちゃんの気持ちの片鱗がちょっぴりわかったように思える。
『~I'll just hang my head!』
サビが止み、再びイントロへと移る。私は小刻み良くスネアと叩いていた左腕を、ライトシンバルへと切り替える。
カンカンカンと躍動感のある音。しかし、私にはそれしか認識できない。汗が顔を伝い、瞼が開きにくい。タオルで拭いたいが、両手は塞がっている…!
『I see this falling apart,It's easy to just let it go』
『No luck between us both,So why keep waiting』
今は、どこだ!? 私は、どこを演奏している!?
…いや、わかることにはわかる! まだメロの途中だろう、わかるが、…わからない!
頭の中が真っ白とはまさにこのことだろうか、喉がチリチリと熱い、腕が痛い…!
「…さとりちゃん! サビの2です、頑張って!」
…横から、さなえちゃんの声。そうだ、私たちはぱちゅりーちゃん以外、皆同じ立場なのに、慰められてどうする…!
自分で、しっかりしなくて、どうする!
『No apologies! I never thought to be so~』
無我夢中で、目の前のドラムセットを叩く、叩く、叩く!
体が止まりもつれそうになる、しかし空いている左足を思い切り踏み上げ耐える!
私がやっている事は、普段練習している事だ! 別段早いテンポじゃない、冷静に行えば難なく演奏できるはずなのに、…演奏が、辛い!
腕が痛い、痺れてきてしまい、シンバルにスティックを叩こうとしても、…上がらない!
『What's left! to show! It's so bad but I got to know』
『What's right! don't know! How to find it out on my own…』
…こう思うことは駄目なのかも知れないが、曲の休憩パートに入る。
叩き続けて二の腕や関節に痛みを覚えた腕は、しっかりと構えを守ることも無くだらりと地面に向かってさがる。…すぐに、シンバルを叩くことを要求されるが。それでも、一瞬だけでも休まった腕は、振り上げても先ほどまでの鉛が入った重さは感じられず、どこか軽く感じる。
『One by one we both fall down,Who's the first one to hit the ground now』
『What's worse taking the fall,Or be stuck standing alone』
片手で、等間隔のリズムでスネアを叩く。それ以外の音は要求されていなく、再び休むことの許された左腕で乱暴に地面のタオルを掴み、ぐしゃぐしゃと額や顔に垂れた汗を拭き、そのままタオルを肩にかける。
『I'll keep your promises if you,Take back every thing I said』
『I find its got so cold now,』
曲の最後のサビが、刻々と迫ってくる。もう少し休みたい、カラカラに渇いた口内に水分を加えたいと思ったのだが、…叶わないようだ。
別に、いい! あと少しで終わりなんだ、それまで叩ききる、それで水にありつける!
「私は、叩き切ってみせる!」
左手の親指と人差し指でつまむように、改めてスティックを握りなおす!
キュイーンと、ぱちゅりーちゃんがピックを弦に擦り当てて場を盛り上げる! タカタカタカタカとドラムをロールし、曲の盛り上がりは最高潮を迎える!
『No apologies,
I never thought to be so
Easily deceived,
Now I'll just hang my head (falling further out of place).
While I walk with the dead (all the lies I can't erase),
I'll just hang my head!
Hang my head!』
少しの間イントロとリフが入り、演奏は一時終焉を迎える。…―終わった、そう思ったとき、『ワアッ』と立ち上がる歓声。
思わずスティックを落としてしまったが、その音が聞こえないほどだ。先ほどまで膨れ張り裂けそうだった腕の痛みが、スッと抜けて行く。
…いける、私はまだ、いける。頭に軽い頭痛が走る、しかし、今はその頭痛すら気持ちいい!
改めて落としたスティックを拾い、ぱちゅりーちゃんのMCに耳を傾けた―…!
演奏が、止まります。無我夢中で演奏していた、いきなり湧き上がる歓声に、どこか達成感と疲労感を感じます。しかし、それらは微弱なもの。テンションは至って曲を演奏していた時と一緒で、頭の中はすでに次の一曲に移っています。
キーボードのファントムの液晶画面に表示されている音源は、『パワーコード』。私にはこの意味がわかりませんでしたが、『力強いギターの音』ということを、家でいじっていて理解しました。
ファントムのボタンをいじくり、自分を自分で落ち着かせながら音源を『エレクトロピアノ』に切り替えます。
ぱちゅりーちゃんは観客の声援、勢いをうまく引っ張って繋ぎ、殺さないまま次の曲に移ろうとしています。
皆もそれぞれ弦をちょこっといじくったり、ドラムをタタンと叩いたりしている。
準備が整ったようで、ぱちゅりーちゃんがスティックを振り上げ叩きカウントし、曲に入る。
さとりちゃんがタンタンタカタンと8ビートのテンポを叩き始め、まりさとぱちゅりーちゃん、れいむがそれぞれ和音とリフを奏で、ドラムに弦の音を乗せる。次のボーカルもぱちゅりーちゃんだ、本来ならまりさが担当するのだが、…棒立ちし立ち尽くすまちさの様子をみて、ぱちゅりーちゃんが判断したのだろう。
曲は、メロ1へと移ります。
『Well,Just because she feeds me well And she made me talk dirty~…』
ぱちゅりーちゃんが軽いパンク調のサウンドに、流暢に英語を口ずさみ歌います。ぱちゅりーちゃんの体は動いていて、棒立ちで必死に演奏に喰らいついている私たちとは違い楽しんでいる様に思えます。
最前列の観客に触れ合うぱちゅりーちゃん。次、あと一小節したら私の出番、指を動かすんだ、
『…~in a pink hotel!』
―…来た!
『Doesn't mean she's got eyes for me! She might just want my bones you see!』
私はエレクトロピアノのサウンドで曲の『背景』を作る! 親指と小指で5つ離れた和音を押さえ、曲をもっと濃厚なものにする…!
この曲は元々『3ピース』、キーボードは無く私はお邪魔虫なのだ。…私なりの、考え抜いた結論なんだ!
どうにかして、工夫を凝らして『居場所を作れば良い』!
所詮ベースの音をオクターブしただけの和音! だけれど、十分演奏を出来ている…!
『…Hey flathead dont you get mean She's the~…』
すぐにサビは終わり、再びメロ1へと戻ります。この曲は、このフレーズの繰り返しで成り立っている。
したがって、イントロでもメロでも指を押さえない私の、出番が多い訳ではありません。…でも、いい。何故か? …私は、
『second best killer that I ever have seen!』
立っているから!
『They don't come much more sick than you! I could go on if you want me to!』
ステージの上! 胸を張って、立っている! スネアの音と歓声、少しもたついてはいるがベース音が絶妙に混じりあい、私の足先から胸内、喉奥へとズンズンと這い伝ってゆく! その感触が、さらに私を掻き立てる…!
そうだ、私は『パフォーマー』だ! もっとだ、もっと! 地響きを私に…!
『I heard they kicked the boy, 'till he bled Then stood and said oh my god till she said!』
『bara bap bara ra ra ra bara bap bara ra ra ra ra... 』
「あああああああああッ!」
私は、叫んだ! 喉に突っかかった衝動を抑えられなくなり、思い切り放出した!
元々私の声量は小さい、観客席はおろかぱちゅりーちゃんのマイクにすら叫びは届いていない! けれど、それでもいい!
楽しい! さっきは認識できなかったけれど、ドラム、ベース、ギターのバッキング全て! 雑音や観客の声援も、『私の世界を作っている』!
『Well,Everybody knows you're the one to call
When the girls get ugly round the back of the wall』
『Josephine says you got a bleedin nose! So taking it with her wherever she goes!』
またすぐにサビがやってくる! 私は自然と動き止められない衝動と体をそのままに、右手で和音を弾き左手をあげて観客にアピールをする!
観客席がどっと沸き、奥の方から『いいぞ、キーボ!』とやじを飛ばされる! …悪く、ない!
『Said the boy's not right in the head, So he stood and got a kickin instead till she said!』
『bara bap bara ra ra ra bara bap bara ra ra ra ra...』
…二度目のメロ2を迎え、曲は幕間へと移動します。ここにきて、私は大分汗をかいている事に気が付きました。込み上げた熱が分散し、さっと視界が見え渡る。
皆、私と同じでした。固まった、硬直した様子は無く、思い思いにそれぞれの『スタイル』で演奏しています。
『休むのも、演奏』。ぱちゅりーちゃんが、本番前に言いました。確かに、今のぱちゅりーちゃんなんか全然楽器に触っていないのに、…演奏している様に輝いている!
額から、頬に伝う大量の汗。玉の様に、だらだらと流れていきます。どくどくと躍動する心臓、『もう曲も終わりか』という、寂しく思う気持ち。全部がぐちゃぐちゃに混ざり合って、
『Ahh, ahh, ahh, ahh!』
『Ahh, ahh, ahh, ahh!』
『Ahh, ahh, ahh, ahh!』
『Ahh, ahh, ahh, ahh!』
―…もう、良くわからない!
『And she said the boy's not right in the head!
Then I stood and said oh my god till she said!』
ぱちゅりーちゃんが最後にギターを構え、1フレーズリフを奏でる。
それから皆で『bara bap bara ra ra ra ...』とコーラスを口ずさみ、曲はフェードアウトしていく。
観客席の声援がけたましく響き、どんどんと大きくなってゆく。フェードアウトしていく毎に、だんだんと、ライブハウス全体を包み込む様に。
演奏が終了して、歓声は一段と私たちを称え、ビリビリとした雑音まで聞こえてきた。
…終わった。終わった、んだ。そう思うと、どっと疲れが。喜びも何も無く、まずは言葉に表しにくい『疲労感』『倦怠感』様々なマイナスの衝動が私を襲ってきました。他の、ぱちゅりーちゃん以外の皆もぐったりした様子でうなだれています。
ぱちゅりーちゃんは周りからの歓呼の声に応えて手を振ったりギターでリフを弾いたりしています。…タフだなあ。でも、羨ましいというか、格好いいかも。
用意した飲み物をガブガブと全て飲み干し、それでも収まらない火照りの喉の渇き。しばらくして、ふつふつと、達成感、喜びが胸の内に込み上げてきました。
低俗でクソッタレで、どうしようも無くクソッタレな音楽!
だけど! …それが心地好かった。居場所というか、『注目されてるなあ』と思いました。
収まらない衝動、その大きさが膨大すぎる故に、行動に移せない。ただただ立ち尽くして、ぱちゅりーちゃんから『動いているさなえちゃん、格好が付いていたわよ』と告げられ、片付けをするように催促されてしまいました。
今日は、このまま解散でした。
それぞれ楽器を担ぎ、店の外にでます。肩に担っているファントムの重さのせいで、足を踏み出すたびにぎしりぎしりと心の内で悲鳴をあげています。けれど、そんな中でもライブハウスに出る途中にかけられた『演奏良かったよ!』とぶっきらぼうで汚い野次は、心地よかったです。
皆思い思いに、満足そうな、やり遂げた表情をしていました。しかし、感動が膨大すぎで突っかかっているせいでしょう、皆ぽつりぽつりとしか今日の感想を述べられませんでした。
「…へへ。まりさの中のジミーは、ベースだってなんだって出来るんだぜ」
まりさが得意げにケースに入ったベースを振り回し、口々に言います。その頬の色は、赤みを帯びていて疲れ切った様子でした。
他の皆も、同様です。恐らく、ぱちゅりーちゃん以外の、私を含め皆が考えていることは、『寝たい』でしょう。
体がベトベトして、不快です。早いところ家に帰り、シャワーを浴びて眠りたい。…打ち上げなどはせず、このまま解散となりました。
「じゃあね、皆」
返事は返ってきません、それほどに、疲れているという事でしょう。
皆それぞれの帰路を辿ります。しかし、れいむとまりさは、住宅街に遠回りの道のりで帰るみたいです。『俺たちはこの余韻を噛み締める』と言っていましたが、…恐らく、私たちへの気遣いでしょう。
帰り道が、同じだから。私とぱちゅりーちゃんは、雲で覆われてさっぱり月が見えない空の下街頭に照らされて歩きます。
「どうだった、今日は?」
ぱちゅりーちゃんが、尋ねてきます。ぱちゅりーちゃんの顔色も、私たちほどでは無いとはいえ、疲れている様子です。
それも、そうだ。歌って、弾いて、激しく動いて。さらに私たちをリードして、疲れないはずがない。
これが、経験の差なのでしょう。
「…最高、でした」
飾り一つつけない、本心からの言葉。包み隠さずに、告げました。
「良かった。私も、あんなに感情が昂ぶったのは久しぶり」
ぱちゅりーちゃんが澄んだ空気の外の中、手を広げて今日の感動を噛み締めるようにけ伸びをします。
「…今日、ぱちゅりーちゃんはギターでしたね。その使っていた青いギターは、ぱちゅりーちゃんの家にお邪魔した時、無かった様に思えます。お気に入り、ですか?」
今日。ぱちゅりーちゃんは、ベースをまりさに任せました。『ルート弾きができれば、単音を繰り返せれば出来るから』といって、ぱちゅりーちゃんはリード側へ移ったのです。
当初の担当と違うため、ちょっと残念に思う反面、新たな一面を見られて感動したという面もあります。
「…ええ、お気に入り。『トカイ、トーカイ』の『シルバースター』ってギター。ずっと、使ってるの」
「へえ。名前からして、高そうだなあ…」
「…ううん、そうでもないの。これは中古で買ってもらって、3万くらいだった。新品でも行って5万でね、そりゃ一般の人からしたら高いけど! …あまり、いいものでは無いわ」
ぱちゅりーちゃんが自分の楽器を口ではけなしながらも、たおやかな、慈愛に満ちた目つきでギターを眺め、ネックを頬に当てギターを胸内に抱きしめます。
…大切な、ギターなのでしょう。家にはもっといいギターがゴロゴロあるのに、その様なギターを使うという事は。
…ほんの少しだけですが、その様なエピソードがあって。…羨ましいな、そう思いました。
「…今まで、散々格好付けと言って来たけれど。本当の所、そんなのどうだって良かったの。ただ、エゴっぽく言えば共感を得られやすいかなって」
ぱちゅりーちゃんが、突然空を見上げて私に呟きます。
「どうしたのですか、ぱちゅりーちゃん?」
私は、聞き返します。ぱちゅりーちゃんの瞳には曇り重なった空に穴が開き、顔を覗かせた半月が綺麗に映られていました。
顔を元に戻し、私に振り向き、包み込むような。―…物柔らかな表情をして、私にいいました。
「『存在の、証明』。…何でも良かった。『私はここにいる』って、叫びたかっただけ」
東風谷さなえのロックバンド!
NEXT,To Be Concluded!
最終更新:2009年10月14日 23:16