ゆっくりもんすたあ 第二話-2



「これがアウェイの洗礼か………」
 あれから僕達はとにかく町中を走り回ってようやくフレンドリィショップに着くことが出来た。
走り回った結果、フレンドリィショップはメディカルセンターの僕が走り出した反対の方向の二件隣にあることが分かった。そんなのってないよ。
「でもこんな近くちゃ………絶対間に合わないよなぁ」
「その上そうとうタイムロスしたしね」
「………………そんじゃバトル頑張れ、れいむ」
「ふざけんじゃんーよ」
 れいむから手厚い叱責を受け、僕は気落ちしながらフレンドリィショップの中をそこらのゴミ箱を土台にしてこっそりと窓から覗いてみる。
そこらの壁に貼り付けてあるゆっくりのポスター、カウンターに鎮座しているぱちゅりーのぬいぐるみと見慣れない世界が僕の好奇心をとことん刺激した。
「!あそこにいるのは!」
 肩に載っていたれいむが興奮して中のカウンター近くを指差す。
アイツがいたのかと思って僕はその方向を見たが、そこにはアイツはおらず代わりに見覚えのある髪をした少女がいた。
「ゲェッ孫子!」
 そう、そこには僕より先に出発した森陰孫子の姿があった。
今彼女は今の僕のようにまりさを肩に置き、物欲しそうにゆっくりぬいぐるみを見つめている。
「まりさもいるよ!おーいおーむぐっ!!」
 僕はすかさずれいむの口を塞ぎすぐさましゃがみ込んだ。
「ぷはっ!いきなり何するのさおにーさん!」
「今孫子に見つかったらバトルする羽目になる!これから戦うって時にそれはダメだ!」
 あわよくばこっちも買い物しようと思ったけど今孫子がそこにいれば入ることさえ敵わない。
仕方なく僕はそこから出来るだけ中にいる孫子に見つからないようにそっとその場を立ち去った。
 きっとアイツはすぐにでも僕に対して襲いかかってくるだろう。
あのナズーリンの素早さ、フレンドリィショップで買ったアイテム、そして何より今回はアイツはこの僕の情報を知っている。
それに対して僕は何の対策も打てちゃいない。これでは負けも確実だ。
「………………負けてもいいよね」
 ふと、そんな弱気なことが頭に浮かび、そしてついそれを言葉にしてしまった。
人生勝ち続けることは出来ない、人は誰でも一生に何回かは負けを経験するのだ。
そもそも勝ちに拘る必要すらないではないか、だからこの試練を甘んじて受け止めよう。
「ふざけんな!!」
 そう思っているとれいむは僕の額をピンポイントに狙って突進(もしくは体当たり)をしてきた。
ちょうど傷の辺りを狙われ、鋭い痛みが僕の思考を完全に支配していく。
「ぎゃーーーーー!!!」
「ごちゃごちゃ言いやがって!確かに勝ち続けることはできないかもしれないよ!でもだからって負けることだけを考えて戦うのはすじにあわないね!」
「………………………………」
 その言葉で僕ははっと先ほどまでの自分を深く後悔し、自戒に浸る。
どうしようもなくれいむの言うとおりだ。例え敗色が濃厚であってももがき、あがきながら戦えばいいではないか。
それこそ、正義の味方の戦い方だ。
「というか戦うのはこっちなんだから勝手に決めて貰っちゃあ、その困る」
 至極正論である。
僕は額を抑えながられいむを優しく撫でてみた。
何のことはない、いろんな事を気付かせてくれたお礼のつもりだった。
 しかしゆっくりに気付かされるなんて、本当に訳が分からない。
「よし、だったら勝算はあるか!?れいむ」
「出会い頭にぶちころがせ!辻斬り最高!」
「よっしゃあ!!」
 額の痛みも忘れ僕は張り切って辺りを走り回る。
勝つことだけを考えろ!負けたら負けたでその時はその時!出会い頭にぶちのめせ!
 と、噂をすれば影が差すと言うように、僕の視界にアイツの姿が映った。
あのぼさぼさの髪、はみ出たポケット、かかとを踏んだ靴。
 それらの特徴を持ったアイツが何か目を擦りながら路地をとぼとぼと歩いている。
これが最大で最後のチャンスだ。
「よしっ!!いけれいむ!!」
「うおりゃあああ!!」
「えっ!あっうわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
 先手必勝。僕はれいむを掴んで大きく振りかぶり全身全霊を込めてジロウの頭目がけて投げつけた!
そしてクリーンヒット。反動で跳ね上がったれいむは再びジロウに襲いかかり執拗に攻撃を何回も与え続ける。
「がうっがうっがうっ!!!」
「ぎゃーぎゃーぎゃー!!!!」
「よしそのまま嬲り殺せ!!!!」
「ぎゃあああああああああ!!トレーナーに直接攻撃しちゃいげないっでいぐらなんでもじってるだろうぎゃあああ」
 ?何それ?流し読みしたからよく分かんない。
「なぁおまえポケスペって知ってる?」
「ゴンニャロー!おまえ゛なんがトレーナーじっがくだぁ!ゆっぐりーぐにうったえでやるぅ!」
「え?ゆっくリーグ?」
「ぞうだ!ゆっぐりーぐからみどめら゛れ゛ないどじむにもぢょうぜんできないんだぞ!ばか!」
 なんと、ジムに挑戦できなくなったらゆっくリーグに行けないではないか。
そんな危機感に襲われ僕は慌ててれいむをジロウから引き離し、興奮しているれいむをとにかく宥め続けた。
「ふしゅーふしゅーー!!!こーほーこーほー!ゆっくりしね!ゆっくりしね!」
「おちつけおちつけ!ゆっくリーグの夢をこんな早くから終わらせたくないから!」
 頭を撫でたりもみ上げを抑えたりしてようやくれいむの興奮は収まりいつもの太々しい笑顔に戻る。
流石に辻斬りは不味かったかと反省。二話目でなるはずのないゲームオーバーになるかと思った。
「あ、そのごめんなさい。立てるか?」
 とりあえず訴えられないためのフォローとして僕は転んでいるジロウに対して手を差し伸べてみた。
正直自分厚かましいことしているなと思ったがジロウは目に涙を溜めながらも僕の手に掴まってくれた。
 ただその涙は殴られたことに対してだと、少し多いようにも見えた。
「………………………いつかぶったおしてやる」
「いつか?なんだよ今からやればいいじゃんか、ほら出せよお前のナズーリン」
 何処かしら弱腰に見えるジロウの態度に違和感を覚え、僕はジロウをなめずり回すようにじっくりと見る。
一応見た目は先ほどとあまり変わってない。ぼさぼさの髪、完全に出てるポケット、かかとを踏んだ靴。
ただ一つ、腰に着けたゆっくりボールが無くなっていること以外はあまり変わりがなかった。
「………お前のナズーリンどうしたんだ?あんな張り切ってたのに」
「うるさいうるさい!!!!!お前なんかには関係ない!ばかやろぉ!」
 そう言ってジロウは僕に掴みかかって来るが、あまりにも弱々しく目からは涙がボロボロとこぼれだしていた。
僕と戦った後一体コイツに何があったのだろうか。あそこまで熱意があったのだ、知らないでは済まされない。
「………このまま不戦勝だなんて釈然としねぇよ……ほら理由言えって」
「お前なんかに…………………俺の気持ちなんざ」
「れいむ行け」
「わかったよ!!!言うよ!」


「………………お前に負けて帰ってきたのが三十分位前だったな………
 俺は傷ついたナズーリンをかばいながらここに戻ってきたんだよ」
 僕はジロウと一緒に近くにあったベンチに腰を掛け、ジロウの話に耳を傾けていた。
先ほどまで元気いっぱいだったジロウも今では俯き肩を落としたまま言葉を紡いでいる。
「それで無事にメディカルセンターに着いてちゃんと回復させて……………
 んで待ってる間思ったんだよ、このままじゃお前に勝てないってな」
「お褒めにあずかり光栄だね!!」
「うるせぇ、それでやっぱ短期間で戦略面を補強するためにはやっぱ道具だなと思ってさ、フレンドリィショップに寄ったわけ」
 僕の読みは当たっていた、けれどあの時実際いなかった以上遅かった訳か。
まぁ町中探し回ればそりゃあ時間も経つものだ。足も痛い。
「で、これがお小遣い全部使って買った傷薬!その名も『えーりん印の良い傷薬!』どうだ!羨ましいだろう」
 そんな事言いながらジロウは鞄の中から傷薬を取りだしウザイくらいに見せつけてきたので、れいむでぶったたいてやった。
柔らかいし突っ込み程度の威力しかないから大丈夫だろう。
「お前の自慢はいいから」
「くそう、自分のゆっくりを武器にするなんてどうかしてるよこいつ………………
 で、俺はこうして買ったわけだけど、それだけで勝てるとは思わなかったわけ。
 だってそうだろう?傷薬だって使い所を誤れば役に立たないもの、それに危険なときにナズーリンが遠くで戦っていたら意味がないじゃないか。
 だからさ、俺はお前が来るまで誰かと戦って経験積もうと思ったんだよ」
「そんな時間なんてあったのか?」
「お前がこんな早く来るとは思わなかったよ!何でこんな早いんだ!」
 そりゃあ全速力で走ったからなぁ、考えてみればあの戦い終わってからすぐ自分は走ったわけだからそうアイツに時間があるはず無かった。
僕の読みは全てにおいて上手くいっていたのだ、道にさえ迷わなければ。
「タウンマップはちゃんと用意しとけよ」
「うるさい、初めての旅なんだからしょうがないだろ」
 それにカザハナタウンにはフレンドリィショップがないのだから購入さえ出来ないのだ。相変わらず不便な土地である。
「……………………でここからさ、」
 と、そう言った途端再びジロウはその表情に影を落とした。
ここからがかねてからの本題だ。流石に僕もこの時はちゃらんぽらんな態度ではいられず、れいむを膝の上に置いて姿勢を正した。
「…………………正直俺は、ナズーリンの強さを過信しすぎてた。ナズーリンと一緒ならどんな敵にだって負けないと思ってた。
 でもそれは思い違いだったさ、そりゃあそう、お前にさえ負けたんだからな」
「……………………………」
「俺は近くにいた大人のトレーナーに対戦を申し込んで、それで負けた。
 ただ負けたならそれでいいんだけど、そいつが何ともタチの悪い奴だったんだ」
「タチの悪い?」
「………………………………あり得ない………アイツ僕に勝つとすぐに僕のナズーリンを奪っていったんだ」
 ………………………………なんだ、それは。
「おい、そんな事がトレーナーとして許されるのかよ」
「交換が認められているからゆっくりの譲渡に関するルールはないんだよ……………
 賭けに関してもトレーナー同士のルールで全て取り決められるから」
「で、お前はそのルールに乗ったのか?」
「そんなわけ無いだろ!!!言いがかりなんだよ!いくら問いただしても『最初に決めたはずだ』の一点張りで!
 取り返そうにも子供の身じゃ大人に勝てないし………もう俺………」
 あの人を苛つかせバカにしながらも勇ましかった少年はもういない、ここにいるのは涙と鼻水で顔を濡らした弱々しい少年だけあった。
流石に酷い話だと僕も思う。大人であることを利用して子供からゆっくりを奪うなんてこれ以上ないくらい悪質だ。
でも、この僕に一体何が出来るんだろう。
「おにーさん!これを聞いちゃ黙ってられないね」
「………………あっそう」
「って反応悪ッ」
「正直僕お前のこと嫌いだからな、お前のために動く義理もない」
「ちょっとちょっと!おにーさんの体内にはもえたぎるような正義の血がながれてるんじゃないの!?
 どう考えたってそのおとなはあくにんだね!たいじするべきだよ!」
 そんな事は分かってる。でも一度は憎み、そして今も憎んでいる奴のためにはどうしても正義の血がたぎらないのだ。
せめてもう一回でも戦っていればこの気持ちは晴れるかもしれないのに、もやもやとした気持ちが僕の心を支配する。
「………………………いいよ、別にお前の手なんか借りない」
 こんな僕のいけ好かない態度を見てジロウは肩を震わせながら泣くのを堪えていた。
本当はその大人から自分のナズーリンを取り返して欲しいのだろう。でも今の僕に頼めそうもないのも理解しているのだ。
プライドとかそんなみみっちい物は一切関係ない、単に信用に値しないだけと思われているだけ。
「………このかいしょうなし」
「どうしようもないだろ………」
「お前なんか知らない、どっか行け」
 そう言いつつも涙を拭きながらジロウは立ち上がり、この場から足取り重く去っていった。
ただ残された僕はどうしようもなく虚しく、アイツの言葉通り自分から先に去っていればよかったと後悔した。
「………………………で、そう言いながらも、こっそりとその悪い大人をたおすんだね!」
「……そう、出来ればいいんだけどな」
 その悪い大人というのを個人的には許して置くわけにはいかない、出来れば今にでもこのれいむをけしかけてやりたいくらいだ。
なのに動く力が沸いてこない、心が燃え尽きてしまったようにとても落ち着いている。
「れいむ、僕今戦ってもちゃんと指示できるだろうか」
「……新米トレーナーにはあんま期待してないね」
「そういう意味じゃなくてさ、いや、いいや」
 れいむは意外と頭良いからちゃんと僕の言葉の意味を理解した上で皮肉を言っているのだろう。
やる気なんてものは自分で出せ、というれいむ様のお達しだ。一人で何とかするしかない。
「………………………ちょっと歩くか」
 けれどこうやってベンチでうなだれていてもやる気なんて物が出るはずもない。
新しい町を散策すればいつかはアイツに対する恨みも薄れる、そうすれば悪に対する心もまた燃え上がってくるはずだ。
 そう思って僕はれいむを抱え、ゆっくりと立ち上がりまだ見知らぬ町へと繰り出していった。

 ………………………………………ああ、むかつく。
せっかくあそこまで気を回したのに戦えないってどういうことだ。徹底的に戦意が喪失するまで戦わなきゃ気が済まないだろうが。
 ああもう、全然怒りが収まらない。というか考えている内にどんどん怒りが湧いてくる。完全に逆効果だ。
「改めておもうよ、おにーさん凄く執念深いね」
「みんなからよく言われるよ」
 これのおかげで人から遠ざかれてきたのだが、まぁこれは個性としてとっておこう。
「ああ~もうあの泣きじゃくった顔一片ぶん殴ってやりたい!そうすれば少しは気が晴れるかも!ひゃひゃひゃ」
「………やっぱついてこなきゃよかった………すこしおちつけ」
 れいむの冷めた言葉で自分が変な方向に熱くなっている事に気付き僕は少し考えを止める。この熱さは僕が欲しかった熱さじゃない………
落ち着け落ち着けと一心に思い、僕は建物の壁で無理矢理頭を冷やして少し冷静に立ち振る舞うことを心がける。
 とりあえずアイツに直接暴行を加えるのはもう手段が無くなりどうしようもなくなった時だけ、出来ればアイツはバトルで負かしたい。
それを最善と考えるがどうしようもなく、ぼくは気だけでも晴らそうととにかく町中を歩き回るのであった。
「……………………ゆっくりバトルしないか?いいんだよ、トレーナーに大人子供もないだろう?」
 歩いているとその様な男性の声が耳に入ってきて僕はつい歩みを止める。
その声がした方向に顔を向けてみると、トレーナーらしき大人と子供が二人で何か話し合っているようであった。
「おにーさん、あれって………」
「…………………」
 れいむでさえも訝しげにその大人を睨んでいる。
今のところそいつは大人のトレーナーという点しか共通点はない、けれどもその言動一つでも疑うのには十分であった。
「あ、路地に入ったよ、おにーさんおいかけようよ」
「………………………………ああ」
 とにかく様子を見てみないことには判断も出来ない。僕とれいむは出来るだけ気付かれないようにその二人をこっそり追っていったのであった。

「えと、その……ありのままいまおこったことをはな「さなくてもいい、静かにしろ」
 言葉に出せば気付かれてしまう。そう思って僕はれいむの口を押さえて静かにその場の顛末をじっくりと見続けた。
行われたバトルはれいむがポルポル君状態になってしまうのも仕方ないくらい衝撃的であり、
なおかつ僕さえも『ゆっくりしていってね!!!』と言いたくなってしまうほど瞬時に終わってしまった。
 だから僕がありのまま今起こった事を話そう。
 あの二人、というかあの大人はわざわざ人気のない場所へと連れて行きそこでバトルを始めた。
盗み聞きしたところルールの方は変則的でない一般的なシングルバトル、トレーナー同士で交わされたルールも特にないようであった。
そしてバトルが始まり、そこで僕達はとてつもない衝撃を受けた。
 子供の方はそこらの道ばたで見かけるようなゆっくりみすちーを繰り出したが、大人はここいらでは全く見かけないゆっくりを繰り出した。
いや、ゆっくりだったかどうかも分からなかった。何しろそのゆっくりは体付きで二メートル以上もある巨体であったのだから。
 ゆっくりは生首である。その固定概念を一気に粉砕された気分だ。
 子供とみすちーも同じ様に衝撃を受けたようで、その隙をついて巨体ゆっくりは僕が図鑑で調べる間もなくみすちーを戦闘不能にしていった。
それによりバトルは終了し、今に至る。
「あ~~!みすちーーー!」
 子供は負けて目を回しているゆっくりみすちーに駆け寄りすぐさまゆっくりボールに戻す。
大人もその巨体ゆっくりをボールに戻したが、先ほどまでのにこやかで胡散臭い笑みはとっくに不機嫌そうな表情に変わっていた。
「うわ~さっきのゆっくり何なの?教えて~」
 子供は負けたけれど特に悔しそうな顔もせず寧ろ好奇心に満ちた目でその大人に不用心に近づいていった。
勝敗にかかわらず勝負を楽しめる人は正直羨ましい。でも今この状況でその無邪気さはとても危なっかしい物にしか思えなかった。
「……………さて」
 気怠そうにそんな事を呟いて大人はさっとスーパーの商品を取るかのように子供のゆっくりボールを奪った。
まるで奪うのが当然と言わんばかりの早業に子供も、そして僕とれいむさえも唖然として声を出すことさえ出来なかった。
「……………え?あれ?なんで?」
「……………………………そういうルール決めたじゃないか」
 今まで限りなく黒に近いグレーだと、証拠もないのに決めつけるのはよくないと自分に言い聞かせてきたがもう遠慮する必要は無い。コイツはジロウが言っていた悪い大人だ。
そんなルールなんて盗み聞きした覚えはない、例え聞き逃したとしてもあの子供の反応からすると絶対に言っていないと僕は確信を持てる!!
「か、返してよ、僕のみすちー返してよ、そんなルールなんて知らないよ!返せ!返せーー!」
 子供は泣きじゃくりながらも激昂して必死に大人に詰め寄る。
しかし大人はそれをいとも簡単にあしらい、さらには手加減もせずそのまま子供を突き飛ばした。
 子供が大人に力で抵抗できるはずがないというのは誰でも知っていること、それをこの大人は誰もがあえてやらないようなことを平然と悪びれもせずやっていた。
「あ、あ、あ、う゛わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!」
 その後も子供はただ己のゆっくりを取り返すために何回も、何回も大人に掴みかかってはその度突き飛ばされ、顔が涙と土で汚れていく。
正直この光景は目も当てられないほど凄惨極まりない。両手で目を隠したくなるが僕はいきり立つれいむを抑えるので精一杯だ。
だからありのままのその光景が次から次へと僕の視界に刻まれていく。
 心が痛い、同時に怒りも湧いてくる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「うるさいッ!」
 何回も続く抵抗に大人も痺れを切らせ、ついに拳を握り子供の頬を殴りつけた。
殴られた子供は大きく地を滑り、立ち上がる気力も完全に削がれてしまったようでその場でビクビクと小動物のように怯えていた。
「ーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」
「はぁ、ガキがッッ!」
 そのように下品に言葉を吐き捨て、大人は身勝手な憤慨をしながらその場から去っていった。
「………………………ぷはぁ!何で止めるのさ!ばかなの!死ぬの!?しね!」
 去ってしまった以上見られても心配ないだろうと僕はれいむの口から手を放すが一番始めの言葉はそんな罵倒の言葉だった。
れいむの激昂する気持ちも分からないでもない。いや、恐らく僕とれいむは今全く同じ事を考えてる。
「はっ!このヘタレ!なんでこの作者がかく主役はこんなにもヘタレだらけなんだろうね!」
「メタな上に作者以外誰も理解できないことを言うな!!今あの場で襲いかかっても意味ないだろ!」
 先ほどついやってしまったが、基本ゆっくりにトレーナーを襲わせるのはタブーなのだ。
それをもしゆっくリーグにでも訴えられたら、いや、あの狡猾な奴のことだからゆっくりで反撃された時の対策として十中八九考えられているだろう。
僕の冒険はあっさりと幕を下ろす。消化不良で何も成さないまま、僕も終わる。
「………………………ああ、野生でないことが忌々しいとおもったことはなかったよ!野生だったらアイツを容赦なくかみころしてるね!」
 僕はコイツを野生のままにしておかなかったことに少々安心している。何て危なっかしい奴だ。
「………れいむ」
「なに!?かみころしちゃうぞ!」
「確かにお前が野生なら思いっきり襲いかかっても良いかもしれない。でも今のお前は僕の手持ちゆっくりだ」
「へん!あくまでお情けだけどね!」
「でも手持ちゆっくりなら、ゆっくりバトルに参加できる」
「ゆっ?」
 そう、僕は駆け出しだけどれっきとしたゆっくりトレーナー。トレーナーならゆっくりバトルでケリを付けるべきなのだ。
「………………正義の血が滾ると言うのかな、この赤いバンダナに賭けて悪を蹴散らすぞ!れいむ!」
「遅ッ!格好いいセリフと思うけどタイミングとことん遅ッ!でも間違いじゃないね!」
 今の僕の判断は間違ってない、遅かったけれどまだ手遅れじゃない!
決意を胸にし僕はその場を離れる。未だに泣き続けている子供を背を向ける形になって少々心苦しくなるが僕がアイツを倒せばあの子にも笑顔は戻るはずだ。
「行くぞ!れいむ!」
「おう!」
 路地を抜けて僕はあの忌々しい大人を捜し回る。
目に入る大人全てを確認して廻る作業は非常に辛い物だ。見知らぬ町は見知らぬ人ばかり、それだけでも無駄に警戒心を消耗させてしまう。
でもどんなに消耗しても僕は立ち止まるつもりなんて無い!
「!あれは!」
 れいむが突然声を上げ、あの忌々しい大人がいたと期待して正面を向くとあのぼさぼさ髪のアイツが毅然と歩いているのが見えた。
「アイツ………」
 泣きじゃくってぐしゃぐしゃになっていたはずの顔は、いつの間にか最初に戦ったときの引き締まった表情に戻っていた。
凜とした表情で、何か目的を持って進んでいるように見える。
「あのおにーさんも戦うけっしんしたんだね」
「ああ……」
 あの表情を見ていると僕にも思わされることがある。僕はアイツが憎たらしいと言うだけで、それだけのことで悪に立ち向かう気持ちが薄れてしまった。
本来ならあいつの話を聞いたときに正義の血をたぎらせなければならなかったのだ。
僕は、去年の僕に顔向けが出来ない。
「たたかうなら味方がおおいほうがいいね!」
 倒すべき敵は同じ、それなら憎しみ合った相手であっても手を取り合うことが出来るはずだ。
そう考えて僕はジロウに向かって手を振り、その足をジロウに向けて進めた。
「ん?」
 ジロウも僕に気付く。けどその表情は果てしない不快感を表していた。
そんな顔されることも承知している。僕はそれだけ彼の心を傷つけたのだから。
「死ねぇえええええええええええええええ!!!!!」
「うぎゃあ!!!!!」
 と、考えている内に憎しみが湧いてきて知らないうちに僕の拳がジロウの顔面を抉っていた。
「な、なにしてるの!?」
「だってぇ正義の血が無性にたぎったからぁ」
 疲労したところを襲いかかり、人を踏み台扱いした卑怯な奴に温情の余地もない。
でもこれで大分すっきりした。正月の朝にパンツを新品にしたくらいの爽快感だ。
「な、な、な、なにすんだよぉ!!!」
「おい、ジロウ。僕は決心したぞ、僕はあの悪い大人を倒す!異論は認めん!もう決心した!」
「人を殴っておいて………何て白々しいんだよこいつ!」
「白々しいか………そうだよな、一度は断った僕がこんな事言うのは白々しいと思ってるよ。でもどんなに世間体が悪くてもやらなくちゃいけない事だってある!」
「………………お前」
「ゴメン、ジロウ。僕がバカだった。僕のせいで辛い思いさせてすまなかった」
 まだまだ未熟者の僕。これから自分の道を信じて突き進めば、きっと成りたかった自分になれるかもしれない。
いつかこのれいむに認められるために、僕は頑張っていこう。
「まず殴ったことにあやま」
「ところで、その後ろにいる人たちは何だ?」
 最初は単なる通行人達だと思ったがこいつ等は全員ジロウの後についてきているように見える。
しかも全員が全員子供だ。中には怪我をしている子供までいた。
「……もしかしてこいつらって」
「そだよ、全員アイツの被害者さ」
 やはり、と僕はまた忌ま忌ましさが心の中で湧き上がってくる。
「全員が全員同じ手口さ。みんな自分のゆっくりを取られて泣き寝入りしてるんだよ」
 みんながみんな泣いたような跡がくっきりと残っているけど表情はジロウと殆ど同じだ。でもそうすると疑問が湧き上がってくる。
「ちょっと待て、これだけ人がいるなら訴えることだって出来るだろ」
「逆だ、俺たちは全員顔見知りでみんな横で繋がってるんだ。けど繋がりが強すぎるんだよ、みんなで口裏合わせされてると思われてる」
 前にも訴えたことがあったが、そいつが悪ガキグループにいたせいかまともに取り扱ってくれなかったそうだ。
狭くて、みんなのほほんとしているカザハナタウンでは考えられないことである。
「………で、みんなで集まって傷の舐め合い……と言う風には見えないね」 
 先ほども言ったが全員が全員しっかりと前を見据えている目だ。むしろ何とも言えない威圧さえ感じる。
結論のでないまま考えているとジロウの後ろにいた子供の一人がくぐもった声でこう言った。
「……決まってんだろ、全員でアイツを叩きのめすんだ」
「た、叩きのめす?おまえら全員ゆっくり盗られたんだろ?」
「………………ゆっくりバトル………じゃなくてもいい」
 ……………………………もしかして、途方もなく嫌な予感がする。
「全員で思いっきり襲いかかれば………」
「お、おい。それはトレーナー以前の問題だろ………ただの強盗にしかならないぞ」
「強盗でもいいんだよ!僕……僕のゆっくり、取り返せれば!」
 僕はようやくこいつ等の威圧感の正体に気付いた。コイツは自分がどうなっても構わない、死地に向かう男達のオーラだと。
悪く言えば無鉄砲、やけくそだ。はっきり言って何も考えてないことが見え見えである、碌でもない。
「じゃあどうしろってんだよ!!!」
 ジロウの未発達男子特有の甲高い声が耳をつんざく。
僕は一つ溜息をつき腕に抱えていたれいむをそいつ等の前に突き出した。
「ゆっくりしていってね!!!」
「こいつは………」
「さっき言っただろ!僕はあの悪い大人を倒すって!!!このれいむでな!!」
 強盗なんて犯罪的な真似はしない、ゆっくりトレーナーならゆっくりバトルでケリを付ける!
「お前は信用できないよ」
 そんなジロウの冷たい言葉が心に突き刺さる。
こんな言葉が来るのは理解してたが、やはり心に来るものがある。
「…………卑怯者に言われてたまるか!お前が何と言おうが僕は戦うぞ!!」
 そう言って僕はジロウ達に背を向け走り出した。孤独な戦いでも問題なんか無い。
ないったらない。寂しくなんか無い。

「!いた!おいこら!待ちやがれ!」
 辺りを駆け巡り町の隅っこでようやくあの悪い大人を見つけ、僕は威勢よくそんな事を言い放った。
大人はそんな僕に対して不機嫌そうな顔を向ける。
「……なんだ?」
「お前がやってきたことは全てお見落とし、じゃなくてお見通しだ!今すぐ奪ったゆっくり達を返して貰おうか!」
 もちろん素直に返してくれるなんて思っていない。これは単なる挑発のつもりだ。
けど大人は無理に威勢よく頑張ってる僕を一瞥し、嘲笑の笑みを浮かべた。
「…………ふん、で、何をする気だ?」
「そんなの決まってる!僕が勝ったら今まで奪ったゆっくりを全部返して貰おう!」
「……お前が負けた場合は?」
「そんときはこのれいむをどうぞお持ち帰り下さい」
 れいむがこっちを向いて『えっ!』と言いたそうな顔をしているが仕方ないことだ。そのくらいの覚悟はしとけよと僕は思う。
だが大人は僕の威勢の良さや挑発に全く乗ってくれず、とても不愉快そうに表情を変えた。
「ダメだな」
「なっ!どうしてだよ!」
「賭ける物が対等じゃないな、なんでそんなゆっくり一匹と賭けなきゃならないんだ?」
 確かジロウの後ろに着いていた子供は七人くらい、それにジロウとさっきみすちーを盗られた子を含めると合計九人だ。
つまり奪ったゆっくりは少なくとも九体以上、このれいむに九体以上の価値はないと言うことか。まぁ当然だろう。
「じゃ、じゃあ!お前の手持ちゆっくりとこのれいむを賭けよう!それで良いか!?」
「もうれいむを賭けることは前提なんだね…………」
 れいむはそんな事を呆れたように言っているが冗談で言っているつもりはない。
僕はれいむがいたからトレーナーになることが出来た、れいむこそ僕がトレーナーである証と言える。
だからこそ、僕は覚悟の証として僕はれいむをチップとして差し出す。負けることが出来ない、絶対に負けたくない勝負だから。
ゆっくり九体ほどの価値はないけれど。
「それも出来ない話だ。俺の手持ちゆっくりがいなくなったらバトルが出来ないじゃないか………」
 尤もらしい理由を付けて僕の挑戦を受け入れてくれない大人、けれど僕はこの理由に納得できず声を荒立てて大人に詰め寄る。
「そんな事言ったらお前今までどれだけの手持ちゆっくりを奪ってきた!?白々しいことを飄々と!」
「ルールも聞かずに勝負を受けたあいつらが悪いのさ。話は終わりか?じゃあもう話しかけるな」
 けんもほろろ、暖簾に腕押し。全く話を取り扱ってくれないまま大人はこの場から去ろうとする。
「ル、ルールって互いに確認してこそのルールだろ!お前のは単なる強奪だ!!」
「………」
 今度は反応さえもしなくなってしまった。
卑劣、下劣、狡猾、最低。今まで考えもしなかった下品な言葉が次々とこの男に対して浮かんでくる。
弱い者に対して容赦なく嘘と暴力で立ち向かい、まともに人と同じ土俵で戦うことをしない卑怯で矮小な大人。
 何で僕は、何で僕はそんな大人にさえ、立ち向かうことが出来ないのだ!?これが正義の限界なのか?
「……………おにーさん」
「………………ぎ、ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!!!!!!!」
 怒りと悔しさが互いにぴったりとかみ合って、僕はかつて無いほどの憎悪の衝動に襲われる。
バカにしていたけれど今ならあの子供達の気持ちも分かる気がした。
図鑑でも何でもいいから武器になるような物が無性に手に掴みたくなった。武器は弱い者が強い者に立ち向かうための唯一の手段だ。否定される筋合いはない。
「………ちなみに、ゆっくりで人を襲ったりしたら分かっているよな」
 僕の殺気を見透かしてそんな事を言う大人だが、そんな事は全く問題無い。れいむの手を汚すものか、僕直々にころす。
ポケットにある図鑑を握りしめ、僕はジリ、ジリと大人の隙をうかがいながら跡をついていく。
「………………………………………」
「ゆっくりしていってね!!!!!!!!!!!!」
 唐突にれいむがそんな事喋るものだから僕は精神を張り詰めていた分、余計に驚いてしまった。
大人もその叫びに気付いたようで僕達の方を一瞥し、再び前を向く。だがさりげなく後ろを警戒しているようで先ほどまでの油断がなくなってしまった。
「れ、れいむ」
「へん、どうせ返り討ちにあうだろうからあえてせいししただけだよ」
 ツンデレ?でもそれのおかげで僕は一度自分を見直すことが出来た。
 何をやっているのだ?僕は。
強盗まがいのことはジロウ達と会ったときも、この大人と対峙した時も悪いこと、忌むべき事だと何回も思っていたことじゃないか。
正義があれば何をして良いのだろうか?と言うか、正義って……個人が名乗っていいものだっけ?
「………………れいむ、正直僕悔しい」
 所詮付け焼き刃の感情、れいむのお陰で怒りは吹き飛んだ。だが悔しさだけはどうにも拭えない、このまま終わってしまえば惨めじゃないか。
「………だいじょーぶ、まだはじまっちゃいないよ」
 れいむの言う通りだ、僕はまだ戦ってもいない。
けどこのどん詰まりの状況を一体どうすればいいのだろうか、相手が挑発に乗ってくれなければバトルすることも出来ない。
僕は、頭をフルに働かせながらも何も思いつくことはなく、ただその場で歯を噛み締めながら立つことしか、できなかった。


「「「「「話は聞かせて貰ったよ!!」」」」」」
 と、あまりにも唐突で、あまりにもタイミング良くそんな声が後ろから聞こえてきた。
どっかの編集者かとあまり期待せずに後ろを向いてみると、先ほどの子供達が手に武器になりそうな農具とか工具を携えて立ち並んでいた。
先ほど泣いていた子供も参加していることに驚いたけれど、子供達の中にあのジロウの姿だけが見当たらない。
やはり信頼されてないのか、そのような空虚感が僕の心に漂うと同時にこの状況に焦りを感じていた。
「い、い、言っただろ!こいつはこのれいむで倒すって!!」
「その割りにはまだバトルにもなってないようだけど」
 そう言われるとぐうの音も出ない。でも先ほど僕が葛藤したように強盗はどうしようもなく悪いこと。
僕はその事を説教してやろうと思ったけれど、何処かこいつ等の目には殺気が無いように見えた。
「ふふん、そのために僕達が来たんだ。見てろって!!」
 そう言うと子供達は農具や工具を構えながら大人に向かって突進していく。
大人も流石に分が悪いと思ってか逃げ出すが、退路の方向からも子供達がやってきて大人を円の形になって取り囲んだ。
「こ、このガキども!!!!こんなことやって、ただで済むと思ってるのかぁ!?」
「………じゃあ、バトル受けろよ」
「何!?」
「今すぐそいつとのバトルしろって、お互いの手持ちゆっくりを賭けた真剣勝負を!」
「ぐ、ぐ、ぐぐぐぅ」
 あんな子供だけで出来た包囲なんて大人相手だとすぐに突破されてしまう。しかし武器を持っている以上無傷ではいられないだろう。
それを上手く利用したいわば脅迫だ。この程度なら、まだ心が許す。
「そ、そういうことだ!!!貴様!僕と手持ちゆっくりを賭けて勝負しろぉ!!!」
「ぐ、ぐぅ……この……ふん、受けてやる!」
 色々紆余曲折あって諦めかけたりしたこともあったけどこれでようやく舞台が整った。
こうして僕の実質二回目で、トレーナー人生を賭けた本当の本気のトレーナーゆっくりバトルが始まった。


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最終更新:2010年03月30日 23:37