ゆっくりトレーナーのヒテツがあらわれた!
「ヒテツって名前だったんだ………」
審判として立候補した子供のバトル開始の号令が放たれる。
れいむはボールに入ってないからすぐ場に出せるとして、問題は相手のゆっくりだ。あのみすちーを瞬時に倒した全長2mを超す巨体ゆっくり。
ヒテツは今も苦々しい表情をしながら腰からゆっくりボールを取り出した。
「負けるはずがない……そうさ……いけっ!!ゆっくりマチョリー!!」
その叫びと共にヒテツはボールを投げ、その中からあの時見た巨体のゆっくりがれいむの目の前に立ち塞がった。
僕やアイツの背丈さえ越してしまう程の巨体には改めて驚かされる、目の前のれいむと比較すればなおさらその規格外の大きさが理解できた。
「そ、そうだ。図鑑、図鑑!」
怒りを込めて握りしめていたせいか少し汗染みていたが図鑑は正常に動き僕はそのゆっくりのデータを調べた。
\ ':, ./ ̄⌒⌒ヽ._
\ \\ ./⌒ー \ x‐―ァ
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\ /⌒(⌒{ノー{_ノ⌒ノ /イ7⌒7/ハ._> あまり私を怒らせないほうがいい
`' 、 「| | || || '⌒´ レ'V⌒Y、∨
| ヘ __,|_| 、__|| |ヘ\\
... - ヘハr=-,::::: r=;ァ|| |、\\\
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ハ. | | |. | ヘ. }| | /_ {/ハ. / ||
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{⌒Y^i⌒! \| }_人_ノ‐' `7ー ヽ ヘ.
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}ハ | レ'^ { ー>r‐┼ァ ∧ (. -x―、 `、|
/7 7くヽ. ヘ}く ∧_ゞ.__レ'}⌒{ ///>‐{ `、 '、 |'
.// ./ /⌒> / ̄ \} } { 〈 || //イ '、 } } | ` ゆっくり図鑑 NO,024 まちょりー
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すれをささえてばっかだったぱちゅりーさんがいつのまにかてつのようなにくたいをえてこうなった。
もともやしとはおもえないきんにくで400きろいじょうのすれをなげとばせるようにもなったけど、
さいきんは『そこまでよ』ばっかでなんかもったいないきもする。
400キロ。これの単位がグラムであったとしたら軽自動車の重量が大体その辺りになる。
つまりこの図鑑の鵜呑みにするならば目の前にいるコイツも軽自動車を投げ飛ばせるくらいの力があるというのだろうか。
メートルとかジュールとか別の単位であるかもという期待も抱いたが、あの奇妙で強靱な肉体はそんな現実逃避の甘ったるい考えを一気に粉砕した。
例えこの図鑑の説明に尾ひれがついていたとしても事実このゆっくりは僕らが苦戦したジロウのナズーリンを倒している、
つまりそれだけのパワーとスピードがあるのだ。油断なんてもってのほか、全力で掛からなければならない。
持久戦も電撃戦も、全ての策がコイツの目の前では差違がない。とにかく勝つために戦うしかない。
ところですれってなんだろう。
「ムッキューー!!!」
まちょりーの咆哮が辺り一面に衝撃となって響き渡る。
誰もが少しはおののいてしまうがれいむはその衝撃を一心に受けながらも身じろぎ一つしない。
動けないのか。いや、覚悟を決めていると思うことにしよう、そう思うことによってれいむの後ろ髪が余計に大きく頼もしく見える。
「むきゅううう!!!!」
先制攻撃と言わんばかりにまちょりーの腕が高く振り上げられれいむ目がけて振り落とされる。
それに対しれいむは不動の構えを見せ、ゆっくりとその太々しい瞳で拳の軌道を読み続ける。
何やってるんだと一時は思ったが拳がれいむの額に命中する直前、れいむは後ろに倒れその拳を間一髪で躱した。
「MUKYU!?」
「れ、れいむ!今だ!攻撃しろ!」
腕を体の近くに戻せていない今こそがチャンス、れいむは僕の指示通りマチョリーの腕に体当たりをぶつけた。
「ぐっ!マチョリー!怯むな!続けろ!」
ウェイト差もあってか体当たり如きではマチョリーの体勢は崩れず、れいむが地面に戻ったのを狙い、続けざまに空いていたもう一つの腕を同じ様に振り落とす。
しかしその拳も再び間一髪の所で躱され、その後マチョリーが何度も同じ事を繰り返してはれいむも間一髪でひらりと躱していく。
「ゆっゆっゆ!なんともゆっくりしてるね!」
「むきゅー!SOKOMADEYO!!」
れいむの挑発に乗りマチョリーはバカの一つ覚えみたいに同じ事を何度も繰り返す。
その顛末を何回も見ている内にこのやたら間一髪が多い回避劇の仕組みが分かってきた。
パワーが強すぎるからだ。
400キロの重量さえも持ち上げられる腕力で拳を振り下ろせば、その分廻りに巻き起こる風圧も自然に大きくなる。
れいむはその風に乗ってあの拳を回避しているのだ。
ゆっくりの重さは風で吹き飛ぶほど軽いわけではないけれど、リボンや後ろ髪を帆代わりにすればそれも不可能ではないだろう。
大きく見えたのは別に気迫とかじゃなかったのか。少し残念。
「MUKYU!!!」
「ゆ~~」
だが回避し続けてはスタミナも減るばかりで不毛、かと言われればそうでもない。
れいむは拳を振り下ろされた直後には最初のようにその腕に体当たりを繰り返している。
先ほども言ったがゆっくりは以外と重量がある。だからこそ体当たりのダメージも蓄積しているはずだ。
「どんどんぶつかれ!相手の腕が使い物にならなくなるまで体当たりを続けるんだ!」
「ゆっくりりかいしたね!!!」
ただ、この手もいつまで使えるか分からない。挑発が続くまで、いや、それよりももっと前か。
いずれにしても早めに引かなければ、手痛い仕打ちに会うかもしれない。
「ゆ~~流石は元もやし、れいむには敵わないよ!」
「……………………」
今まで『そこまでよ!』とか『むきゅ』とか言っていたマチョリーが急に口を閉ざし始めた。
これはいけないと僕はれいむに後退の指示を出そうとしたが、その前にマチョリーは行動を始めていた。
「そこまでよ!!!!!!!」
「ゆ~れいむはエロガエルじゃないからそこまでよだなんてぶふぅ!!」
地面に膝を付けてからの水平チョップ。調子に乗り回避を忘れていたれいむの頬を抉り大きく吹き飛ばしていった。
「ゆ~~~~~っっっ!!!」
「れいむ!!!!」
「まちょりー!!そのまま掴んで叩きつけろ!」
ヒテツの命令が下されマチョリーは吹き飛んでいったれいむをそのカモシカのような脚で俊敏に追っていく。
体付きのゆっくりは生首と比べて全体的に回避力は劣るけど全体的な機動力には優れている。
二メートルも超えている巨体を持つマチョリーはその特徴が顕著だ。本当にあっと言う間にれいむの落下地点まで来てしまった。
「や、やばい!あれのスープレックスで僕のてゐがやられたんだ!!かわせぇ!」
子供の内の一人が叫ぶ。しかし空中では翼のないれいむでは身動きがとれない。
出来る事と言えば。
「れいむ!リボンとか後ろ髪で滑空しろ!」
「ゆ、ゆっ!!」
れいむはすぐにリボンをもみ上げで伸ばすものの、滑空できるほどまでリボンを広げられず、そのままマチョリーの両手に収まってしまった。
「ゆ~~~!!!」
「むきゅううう!!そこまでよスープレックス!!!」
謎の技名が叫ばれ、れいむの体は虹のような大きな弧を描き地面に叩きつけられ、さらには勢い余って地面に埋まってしまった。
その瞬間からやたら重く暗い空気が子供達から漂い始める。
負けたのか?こんなことがあるか?そんなこたぁないだろ。
「………さて、早くどいてくれないか?」
ヒテツはもう僕を見る事もせず真後ろにいた子供に語りかける。
「な、なんだよ!賭け試合だからアイツのれいむを、とればいいじゃないか」
なんだとこのやろう。だが事実その通りだ、あいつは僕のれいむを奪う権利があるはずだ。
けれどヒテツは呆れたような顔でこう言った。
「ふん、もうここに長居したくないんだ。早くこのゆっくり達を売って楽になりたいものさ」
「「「「売るッッ!?」」」」
アイツがゆっくりを奪っていた理由はそれだったのか。このまま逃がしてしまえば永遠にゆっくりを取り返す機会が無くなってしまう。
「う、売るなら野生のでも捕まえればいいじゃないか!なんで僕達のゆっくりを!」
「相手方は人間に慣れたゆっくりをお望みだそうだ。慣れていれば慣れている分だけ、報酬が上がる」
「う、うううううううう」
「さぁどけ!!ガキ共!人に振る度胸もないくせに武器を持って強くなったつもりか!?」
気迫に圧されその子供がつい道を空けてしまう。
今、逃がすわけにはいかないと、僕は声高々に叫んだ。今の僕はしつこいぞ。
「待て!そんな攻撃で勝ったつもりか!?」
「……どっから見たって負けてるだろ」
「いやよく見ろ!」
地面にディグダのように埋まっているれいむだが後ろ髪がぴょこぴょこと動いてるのが見える。
あれだけやる気たっぷりに動かしているのだ。戦闘不能であるはずがない。
「でも、出てこられないようじゃないか」
「あ、今掘り起こしますので」
僕はれいむを取り出そうとれいむに近づくが子供の一人に止められてしまった。
「………バトル中トレーナーが直接ゆっくりに触れるのは禁止されてるよ」
「えっ!?」
いや、だってメディカルセンターで貰った小冊子にはそんなルールは書いてなかったはずだ。
見落としたのかと僕は再びバッグの中から小冊子を取り出してルールの部分を読んだがやっぱその様なことは書いてなかった。
「ほら、書いてないじゃないか!」
僕はそのページをその子供に突きつける、子供はそれを取って行間から紙背を読み取ろうとするほどその小冊子をじっくりと見た。
「………あ、やっぱり」
「なにが」
「これ、五年前の奴だよ」
………………………五年前。
子供から小冊子を取り上げて背表紙を見てみると隅に小さく五年前の日付が書かれていた。
「なんかさ、昔はトレーナーはゆっくりに触れてもよかったけど、なんかゆっくりから攻撃を守るトレーナーが多くて危険だからってね。
三年前ようやく明文化されたらしいよ」
「………………………つまり、触っちゃいけないと」
「故意に触れようとしたら、その時点でペナルティ、もしくは負け」
僕は思う、何度も思ったことがあるけど今も思う。
何て町なんだよ!カザハナタウンは!!
五年前の小冊子が置いてあるほどトレーナーがいなかったのか!?
「……………負けてないと主張するなら、叩きのめせばいいのだろう?マチョリー、上から叩いてやれ」
「むきゅーー!!」
やばい、地面に埋まった状態で上から叩かれでもしたら確実にダウンしてしまう。
幸いマチョリーは余裕たっぷりにゆっくりと歩んでいる。触れない以上とにかくれいむ自身で出て貰うしかない。
「れいむ!這い上がれ!出てこい!!」
「そ、そんなこといったってぇ」
れいむの声が地中からくぐもって聞こえる。
とりあえず僕の声は聞こえるようで良かったがそのまま出ることは出来ないようだ。
「何か出来ないのか!?リボンとか後ろ髪とかで!」
「さっきからそればっか!もうちょっと考えてよ!」
「考えてるよ!でも、でも僕は万能じゃない!」
「万能なんか求めちゃいねぇよ!!やれることをやれぇぇ!!!」
僕はそのれいむの言葉で少し頭が冷えた気がした。
僕は少し全力とか、万能とか、そんな言葉に酔いしれていたかもしれない。僕はまだ駆け出しなのに、そんな全力を出せば何でも出来るかもみたいに。
そんな理想は棄てろ、すべからく臨機応変に、やるときにはやって!!!それが今は一番良い!
「……………………………………………ぐぐぐ」
僕は必死に脱出方法を考えようと頭を抑える。この間にもマチョリーは一歩一歩ずつれいむに近づいていっている。
とにかく考えろ、地中から連想されるもの。モグラ、ミミズ、マグマ、ドリル、ボーリング、石油。
ドリル、そうだ、ドリルは地中を掘る物だけど逆回転さえすれば地中へ飛び出す!
「れいむ!ドリルみたいに廻れ!」
「ゆっ!分かったよ!」
元気よく返事してれいむはもみ上げを使って自分の体を回転させる。しかしもうマチョリーは穴のすぐ傍、モグラ叩きのように腕をまた振り上げている。
「「「ま、間に合わないッ!!」」」
「むきゅううううう!!!」
マチョリーが腕を振り下ろす、その瞬間、僕は何も考えられずとにかく何か叫んでいた。
「”螺旋昇竜”(こうそくスピン)!!!」
「ゆ~~~~~~~~~!!!!」
僕の叫びによって勢いがついたのか、れいむはマチョリーの腕が入る直前に地中から這い出た。
さらに拳の風圧によってれいむの体は巻き上げられてそのままマチョリーの顔に体当たりをぶちかました。
「むぎゅっっっ!!!」
「かれいにちゃくちッ!」
衝撃自体はそれほどでもないにしても怯みは大きくマチョリーはその巨体を地面に倒した。
その隙にれいむはマチョリーから距離を取って僕の元へと戻ってくる。
「ふぅ………正直ことばでは全然伝わらなかったけど、心で理解できた!きがするよ」
「間一髪だった………れいむ!大丈夫か?」
「………………あ、うん、まぁもんだいないね」
この会話のタイムラグ、僕はどうしても見過ごすことが出来なかった。
そもそも戦闘不能になっていないだけであのスープレックスのダメージはあるはずなのだ。
生意気なれいむの事だ、やせ我慢と言うこともあり得る。
「辛くないか?れいむ」
「辛くてもたたかわなきゃいけない以上弱音ははかないよ」
………頼もしいな。
こうして背中(?)を見つめているだけで、僕も勇気を得られるような気がする。
「むきゅ、きゅうううう!!!」
「この………ッ」
マチョリーは立ち上がって召し物の汚れを落とし、その場で構える。
体付きでない生首のゆっくりは体の弾力性故に瞬発力に長けるが、移動手段に乏しいため全体的な機動力はそれほどでもない。
だからああ構えられては下手に手出しが出来ないのだ。
「………く、」
「マチョリー!けたぐり!」
ヒテツの指示が下され、マチョリーは構えの基本的な構図を崩さずにれいむに駆け寄ってくる。
脚力がダンチなため逃げても意味はない。れいむもそう感じているようでマチョリーの進撃に固唾を呑んでじっと待っていた。
「むきゅっ!」
「せいやっ!」
今までの拳撃ですっかり目が慣れたのか、れいむはマチョリーのローキックを余裕を持って後ろに跳ねてかわす。
「なんどやってもおなじだよ!ゆっくりしちゃってるのさ!」
「むっきゅーーー!!そこまでよったらそこまでよぉ!」
再び蹴手繰りを繰り返すマチョリーだが何度も何度もれいむに躱され遂には涙目になる。
今度の回避には仕掛けはない。ただ単にマチョリーのスピードに慣れたから。
そして慣れたからこそ分かることがあった。
「ゆっ!こんなのあのネズミにくらべりゃへでもなし!」
そう、僕の初めてのトレーナー戦、その時戦ったジロウのナズーリンのスピードと比べるとどうしてもマチョリーの攻撃は遅く見えてしまうのだ。
実際ナズーリン相手に戦ったれいむが言っていることだ。気のせいではないだろう。
でもそう考えると疑問が残る、どうしてジロウは負けてしまったのだろうか。
僕のれいむはジロウのナズーリンより瞬発力も機動力も確実に劣っているのにこうして回避することが出来る。
何か、勝敗にはスピード以外の別の要因があるかもしれない。僕はそう思って二人の間をじっと見続けた。
「チィィッ!」
自分のゆっくりの攻撃を躱され続けていることに歯がゆさを感じたのかヒテツは歯軋りしながらズボンを思いっきり握りしめる。
どんな悪辣非道な作戦を練っているかわかりゃしない。出来るだけ警戒しなくては。
「むっきゅうううううう!!!」
ついに痺れを切らしたかマチョリーは両手を組み、あえてれいむの直前の地面を叩きつけた。
しまった、と僕は思った。あまりにも突飛のない行動だったから対応が出来ず、衝撃が地面を伝ってれいむの体を宙に舞わせた。
様子を見た結果がこれか!!このままでは再びあのスープレックスを受けてしまう!
「れいむ!今度こそリボンを!」
「分かったよ!」
二度目だから、一回目に出来なかったリボンによる滑空をれいむは素早く行う。
だがその直後、つかみの体勢に入ると思っていたマチョリーが突然片足を地面に付けて腕を構えながら座ったのだ。
「や、やばい!あの構えはサマーソルトキックかスカイアッパーだ!」
「ゆっくりじゃなくて今すぐこうかするうぉっまぶしっ!」
リボンを畳めば揚力はなくなりすぐに落下することができる。しかしれいむは唐突に妙な呻き声を上げて怯み、畳むことが出来なかった。
「れ、れいむ!!」
「むっきゅーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「ゆぎゃんんんんんんんんんん!!!!!!!!」
マチョリーから放たれたスカイアッパーが空中を舞うれいむの体を捉え、そのままれいむは遥か上空へと跳ね飛ばされる。
三メートルくらいれいむは空を飛び、その後重力加速を全身に受けそのまま地面をバウンドした。
「………………………………………れ、れいむ」
「ゆぐぐ………………………」
二三回跳ねてようやく落下の勢いが収まる。呻き声が聞こえるから気絶はしていないだろうけど問題は戦えるかどうかだ。
「れ、れいむ、大丈夫か!?」
「だ、だいじょうぶだよ、うぐぐ、さっきは光で目が眩んで……」
「光!?でも近くに反射するような物なんて………」
例えその様な物があったとしても僕はれいむと同じ方向を向いていたから僕がその光を見てなければおかしいではないか。
少し矛盾を感じていると子供達の中から叫び声を聞き僕はその方を見る。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!あいつズボンの穴からペンライト出してるーーーーっっ!」
「ペ、ペンライト!?」
子供の言葉を聞き目を凝らしてヒテツのズボンを見てみると、確かにポケットに当たる部分に穴が空いていてそこから何か細長いような物体が顔を覗かせている。
ただ、それがなんなのか。この距離では分からない。
「ぼ、ぼくの時も急にぼくのゆっくりが目が眩んだんだ。それってゆっくりの技じゃなかったの!?」
「ゆっくりがフラッシュなんていうクソ技覚えたがるはずがないだろ!」
「おい!卑怯だぞ!トレーナーにあるまじき行為だ!」
「………………………………………」
ヒテツの反則行為に騒ぎ立てる廻りの子供達、僕もその一部に入りたいが今はれいむの事が心配で頭がいっぱいだ。
それにこんな罵声如きでこの卑怯者は怯むような奴じゃない。
「………あぁ!?」
それどころかヒテツ逆ギレしたかのように廻りを睨みつけ、子供達は眼光の鋭さに怯んでしまった。
「俺がポケットにペンライトを入れてたから何だ?それを使った証拠があるのか!?」
「………し、白々しい!!」
でも実際その通りだ。あのズボンの穴はただの穴かもしれないし、ペンライトもただの私物かもしれない。
最初に叫んだ子もペンライトを出したところを見ただけでペンライトを使ったところを見たヤツはいないのだ。
「………………ぐ」
でも、僕は悔しい。証拠が無いからこうして黙ってるだけで僕はヒテツを許せることは出来ない。
いつまでもこの卑怯な男を野放しにするわけにはいかない!
「れいむ!」
「ぐ……………ぐぅ!」
この燃えたぎる熱い気持ち、それはこのれいむもきっと持っているはずだ。
無理強いさせてしまうかもしれない。命さえ失わせてしまうかもしれない。でも僕はどうしても抵抗したい!
「……………せいぎはさ、じぶんの手でやるべきだよ。ひとをつかってなのるもんじゃないね」
「本当にごめん」
「べつにいいよ」
れいむはボロボロの体になりながらも、勇ましく一歩前進する。
「れいむはゆっくりトレーナー:シュンの手持ちゆっくり。もうそこに偽るべきようそは、ない!!」
認めて、くれた?あの生意気で僕の事を独りよがりと散々罵ったれいむが、自信満々に僕の手持ちゆっくりであることを主張した?
僕は少し狼狽してれいむにその言葉の真意を尋ねようとしたが、その次のれいむの言葉を聞いて思いとどまった。
「必勝法を………弱点をみつけたよ!!」
「!!!!」
必勝法、弱点、その言葉を聞いて僕はそれが甘すぎる言葉と知りつつも自然と胸を躍らせた。
そんな僕を横目で見ながられいむは言葉を続ける。
「さっきリボンを畳もうとしたとき羽ばたく形になってね、その時出た風であのマチョリーが少しのけぞったんだよ」
「風?そんなのでダメージが?」
「それがなかったら、きっとれいむはもう戦えなかった。それで思いついたんだよ!新しい技を!」
新しい技だって!?先ほどから何か妙に上手すぎる展開で逆に怖くなってきたぞ!
「このリボンで風を送り相手をふきとばす!これなら相手の射程にも入らない!」
「さしずめ風刃砲<オウレイフウカノン>ってとこか!」
「え、ああ、うん……………」
何で急に冷めた表情になったんだろう。格好いいじゃないか。オウレイフウカノン。
少し腑に落ちないが必勝法となれば、もう負ける気はしない。僕は出せる全ての力を使って、叫んだ。
「れいむ!オウレイフウカノン!!!」
「わかったよ!」
れいむは僕達の行動に気付いたマチョリーに近づかれる前にリボンを広げ、風を起こそうとする。
だが、リボンを動かそうとした瞬間れいむの体が少しぶれた。
「が……………っ!」
「れいむ!どうした!?」
「……………………ほんとうにごめん……もう、からだげんかいだよ」
水平チョップ一回、スープレックス一回、スカイアッパーを一回。
どれもこれも急所には入りはしなかった。ただ一発一発が相当な威力を持っていたから。
いつの間にかれいむの体力は限界に達していたのだ。
「むきゅうううううう!!!!」
躱す気力さえ残っていない。れいむはマチョリーの蹴手繰りをど派手に喰らい宙を舞った。
「マチョリー!そのままトスでもしてやれ!」
「MUKKYUUUUUUUUUUUUU!!!!!」
ヒテツの命令通りマチョリーは弱ったれいむの体をまるで弄ぶかのようにトスを続けている。
折角、折角ここまで来たというのに!ここで終わりたくなんかない!!
「おい!傷薬とか持ってないのかよ!」
唐突に子供の一人が一歩前に出て僕にそう進言する。答えは自分が良く知っている。そんなものは、ないと。
僕が持ってないことを知るとその子供はすぐさま他の子供達に呼びかける。
「おい!だれか!誰か傷薬を!」
「アイツの戦いで全部使っちゃったよぉ!」「持ってないよ!」「い、今から買ってくる!!」
子供達がこんな僕のために、精一杯手伝おうとしてくれる。でもその好意も空回りし続けている。
ふと、僕はジロウが傷薬をウザイほどに自慢したことを思い出した。もしこの場にジロウがいたならば今の事態を収束できるのではないかと。
………………いや、もしも何も無い。ジロウを遠ざけたのは他でもないこの自分だ。
だからこのどん詰まりな状況は自業自得というべきなんだ。これが、信頼を裏切った僕への罰、か。
「おらぁ!!!」
その様な叫び声が聞こえた途端、側頭部にむけて何か投擲されたようで激しい衝撃が入り僕はその場に蹲る。
傷口が開くかと思った。何を投げつけられたと思って地面を探るとスプレーみたいな物を見つけた。
投げつけられたのはこれか。踏んづけてぶち壊してしまうとでも一時は思ったが見覚えのある形だったので踏みとどまる。
これは、そう、ジロウに見せつけられたあの薬じゃないか。
「なんだよ!早く取れ!!」
「……………………………お前、何で来てんだよ!!」
ベタベタで、都合の良いような登場の仕方。もしかしたらタイミングでも計っていたんじゃないって程。
僕はそいつの顔を見ただけで無性にイライラする。一度じゃなく何度でもぶん殴りたい程、きっとお互い様だろう。
でも来てくれた。あのにくったらしいジロウが僕のために来てくれた。
「お前が………そんな頑張ってたら……こないわけにはいかねーだろうがああああああああああああああ!!!!」
「うるせえええええええええええええええええええ!!!!!ツンデレぶるんじゃねえEEEEEEEE!!!」
「誰がツンデレだあああああああ!!!折角薬持ってきてやったんだからありがたく思えええええええええええ!!!」
「てめえやっぱタイミング見計らってたんじゃねえかアアアアアアアアア!さっさと来やガレエエエエエエエエエエ!!!」
かなり叫んだところで僕はようやく頭が冷え、僕は急いでれいむの様子を確認する。
悲惨と言うべきか、本当に幸いと言うべきか。マチョリーはまだれいむにとどめを刺していない。
今も意地の悪そうにれいむの体をトスし続けている。
「このままじゃ下手したら死んじまう!早くその薬をお前のゆっくりに!」
「だ、だけど今の状況じゃ……」
「スプレーで一回吹き付けるだけでいいんだよォ!!早くしやがれええええええええええ!!!」
子供達の全力の叫びに急かされ、僕はマチョリーの攻撃の手が緩む瞬間を見計らう。
こんなにも必死になってくれるんだなんて、これは僕だけの戦いじゃないんだと改めて認識する。
「むきゅきゅきゅきゅ!!!!!」
「……………………………」
戦闘中のゆっくりに触れてはいけないというルールがある以上治療はゆっくりの動きに合わせなければならない。
だが今れいむは自発的に動けない状況だ。だからトレーナーの僕が近づいて治療すれば良いだけの話だが……
近づけない。れいむに近づくと言うことは同時にマチョリーにも近づくということだ。
事故や何かでマチョリーの攻撃がこちらに向くかもしれない、いや、もしかしたら事故と言い張って故意に攻撃してくる可能性も無いと言いきれないのだ。
「……………………う、ううううううう」
「早くしろぉぉぉぉ!!!」
これは臆病とかそういう問題ではない、僕が倒れたら、一体誰がれいむの治療をするって言うんだ!
「………………しゅん………おにーさん」
「!!!」
そんな風に迷い続けていた僕だがれいむの微かな声を聞いて俯かせていた顔を勢いよく上げる。
「………………………………なに、やってるのさ。せっかくこのれいむがみとめたんだから……いっちょくせんにすすめや……」
「………いえっさ」
もうここまで来たなら考えることはない。いつの間にか僕の足は自然と歩みを始め次第に掛け足となっていく。
「今行くぞぉぉぉ!!!!」
「!!!!マチョリー!そいつをどうにかしろ!!」
「むきゅうう!!!」
この僕の行動に警戒したのかヒテツはマチョリーにそう命令する。
しかしマチョリーはその命令に応えるために、れいむをバレーボールのように高く打ち上げそのまま僕の顔目がけて打ち込んできた!!
「!!!おいいいいいい!!!」
「チャンスだああアアアアアアアアアア!!!!」
そのシュートはある種れいむへのトドメとなり得るもの。
一秒、コンマ一秒とも遅れることも先んじることは許されない!!!
「ゆぅーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「う、お、りゃああああああああああああああああ!!!」
体は捻っていた。腕は伸ばしていた。
スプレーの突起に指をかけ、れいむが通り過ぎ去る瞬間をこの目で確かめて。
そして、吹き付けた。
「ゆうっっっっ!!!!」
何物にも当たることがなかったれいむの体はそのまま地面を抉り、綺麗に滑っていく。
動かない。顔から地面にぶつかったせいか表情も読み取れない。
「……………………く、くくくくくくくくくくく!!!!!!!
これでようやく終わりだな、長かった。ああ長かった」
「このやろう!!逃げんじゃねえ!!」
戦いが終わったと思ってこの場からすぐにでも立ち去ろうとするヒテツに向かいジロウは啖呵を切って詰め寄る。
威勢が良いのは良いことだが、それは相手を考えるべき。ヒテツは容赦なく子供に手を上げることが出来る男である。
「止まれ!ジロウ!」
「な、なんだよ!コイツを逃がしたらもう俺たちのゆっくりは……帰ってこなくなるんだぞ!」
「…………………突っかかる必要は無い」
「なぜなら、れいむたちはまだ負けてないからだよ」
死体のように動かないと思われていたれいむの体がゆっくり、ゆっくりと持ち上がる。
さすが『えーりん印』と言うだけはある。一回吹き付けただけで全てではないにしてもある程度の傷が塞がっている。
「む、むきゅ……………」
れいむの復活に怖じ気づくマチョリー。ここから反撃の開始だ。
「いくぞ!!!!!れいむ!オウレイフウカノン!!!!」
「ゆりゃあああああああああああああああああ!!!!」
れいむはリボンを大きく広げ、マチョリーに向かって勢いよく羽ばたかせる。
マチョリーはそれを制止しようとれいむに向かってくるが生じた風の乱流で体のバランスを崩し転んでしまった。
これが必勝法、これが弱点。色々あったけどようやくここまで辿り着いた。
「おい!こんな風どうということはないだろ!なにやってるんだ!」
「む、むきゅうう………」
マチョリーはその後も何度も立ち上がろうとするが風の中では立ち上がってもまた転び、立ち上がることさえ出来ないことがあった。
その無様で弱々しいゆっくりの姿を見て、子供の一人が呟く。
「そうか…………タイプだ」
「タイプ?」
「そう、ゆっくりには種別ごとに持つタイプってものがあってさ、格闘とか飛行とかゴーストとか確か17種類あるんだよ。
各々のタイプには相性という物があって………たとえばゴーストタイプのゆっくりにはノーマルと格闘の技は全く効かない。
でもノーマルタイプのゆっくりは格闘の技が弱点なんだ」
「だから僕のてゐがスープレックス一回でダウンしちゃったんだ……」
「この辺のゆっくりはノーマルタイプのゆっくりだらけだったからな、そのせいでみんなアイツに負けちゃったんだと思う」
「でも俺のみすちーは意外とアイツの攻撃耐えたよ」
「それはみすちーは見た目通りの飛行タイプだから。格闘タイプは全般的に飛行タイプに弱くてさ、格闘技は飛行タイプに効きづらいし、飛行技は格闘タイプに効果抜群。
今アイツのれいむがやってる『かぜおこし』も飛行技だからどっからどう見たって格闘タイプのマチョリーに効いてるんだ」
「え、オウレイフウカノンじゃなくて?」
「なんだよ、オウレイフウカノンって、バカジャネェの?」
目の前の光景に夢中になってるから良く聞これないけど、なんだか今物凄くバカにされた気がする。
とにかくこうかはばつぐんだ!これならもう手を抜いていたって勝てる!
「ゆだんきんもつだよ!駆けだしトレーナーさん!」
「そ、そうかな!じゃあ全力でマチョリーを倒せ!!!れいむ!」
最終更新:2010年10月18日 13:33