【ゆイタニック号のゆ劇】ゆいたにっくゆくりーる 前半-1

 ゆっくりと人間は別のもの。
ほんの少し昔までは学校や職場などではゆっくりと人間は別々の所を行かされていたものであった。
 それがゆっくりに対しての差別なのか人間に対しての差別なのかどうかはわからない。
でも仲の良かったゆっくり達と離ればなれになることは子供であった頃の自分にとっては寂しい物であった。

『おはようございます!!ゆっくりしてくださいね!!』

 彼女、隣の家のゆっくりさなえさんとはいつも朝早く登校するとき顔を合わせていた。
彼女は僕と会うたびに僕に笑顔を向けてくれる。けれど道が違うため一回顔を合わせただけで僕らは別々の道を進んでいくしかなかった。
僕らはその一日一回でしか会うことはなかったけれど、互いの仲は日に日に近づいていくのを僕は感じつつあったのだ。
 そして中学を卒業し、僕は無事に高校に入学できた。
けれどその時は今までと変わらない生活が続くと、何の感慨もなくただ単にそう思っていただけだった。
 入学式が終わって新しい教室に行き、僕は黒板に貼られた席分けの紙通りに席に座った。
教室は入学式の日にしてはやたら賑やかだった気がする。その騒音から意識をまぎわらそうと外を見ようとしたとき隣の人と目が合った。

「おはようございます!ゆっくりしてください!」

 毎日毎日見続けた顔がとても清々しい笑顔で僕の方を向いていた。
僕はその笑顔に対してきょとんとした顔だったようで、実際頭の中は反転し何にも考えられなくなってしまった。

 どうやら中学でのほほんと暮らしている間にゆっくりと人間の社会的立場が同じくらいになったらしい。
そして近所の人間の高校とゆっくりの高校が合併して出来たのがこの『市立ゆゆかもめ高等学校』だそうだ。
 この奇跡のようで必然のような会合は僕の人生の転機点であったのだろう。
そんなこんなで、僕とさなえさんの距離はもっともっと近くなって、

                       ~(中略)~

「あの、つ、付き合って下さい!!」

                       ~(中略)~

で、高校二年の夏、僕はゆっくりさなえさんと付き合うことになったのである。

                       ~(中略)~

そんなこんなでさなえさんは魔界から人間界を守るための聖緩慢天使ユクリールとなったのだ!!!



         緩慢天使ユクリール第十五話!  豪華客船沈没!?ユクリール最大のピンチ!



 3/24 (雪)
「るるるる~~春です春ですHALDEATHよ~」
 旧暦上では春だがまだ寒さが残っているそんな三月の終わり頃。僕らは残りの冬休みを炬燵で過ごしていた。
やはり炬燵は嗜好の一品だ。その心地よさを何度も噛みしめながらゆっくりしていると家の居候のリリーがハイテンションで部屋に入ってきた。
「寒い、帰れ!!」
「ゆっ!?リリーのお家はここですよ~!」
「ゆゆゆ、さむいさむい」
「ほら!さなえが炬燵の中に潜っちゃったじゃないか!さっさと帰れ!」
「おねーさんのリリーに対する扱いはひどいものがありますね~……ぐすん」
 まだ春じゃないっつぅのにうざったい。リリーは顰めっ面で扉を閉め、僕とさなえがいる炬燵の中に入ってきた。
「さなえさんの体暖かいですよ~」
「ひゃん!りりーちゃんの足冷たっ」
「もう出てけっ!!」
「そんな事言わないで欲しいんですよ~きょうはリリリエル二人のためにプレゼントをあげようとおもうんですよ~」
 は?と思っているとリリーは二枚の紙ッ切れを取り出して見せつけるように振りかざした。
「4゛・2・8~リリーついさっき商店街の福引きで~豪華客船チケットがあたったんですよ~!!!」
「…………………………豪華客船?」
「しらないんですか?ほら世界中廻っているって言うあのゆイタニック号ですよ。りりーちゃんそれ本当?」
 さなえさんは炬燵から這い出てリリーが掴んでいるその紙ッ切れをまじまじと見る。
そして顔を上げるとそこにはやたらにまにまして紅潮しきった表情があった。
「ほ、本物ですよ!三等客室ですけど………でもゆイタニック号は最高の設備があるって聞きました!うーひゃっほいひゃっほい!!」
 自分の彼女がうーひゃっほいって言うのは少し微妙な気分だ。しかしその話が本当だというのならこれは相当なサプライズである。
この華のない冬休み、いいスパイスになりそうだ。
「初めて天使らしいことをしたじゃないか………りりー」
「は、初めて!?それは聞き捨てならんですよ!!リリリエルは魔界から人間界を守るために天使界から遣わされたゆっくり天使で
さなえおねーちゃんが変身できるのもリリリエルのおかげなんですよ~!!」
 涙目ながら何度も炬燵の中で足を動かすリリー。こんな生意気なヤツだが一応言っていることは正しいのだ。
このリリーは普通のゆっくりではなく天界から来たリリー・Wで、リリーの不思議な輪っかのおかげでさなえさんは変身できるのである。
本名がリリリエルなのが本当かは知らんが。リ多すぎだろう。
「どうせ二人ともこの冬休み中いくところ無いんですよね~昨日なんて一日中二人でガ○ガ○ガー見てましたし~」
「んだとっ!○オ○イ○ーをバカにするってのか!?いいだろう!リリーも一緒に今日はFINAL見るぞ!
 あの熱さと素晴らしさと迫力を5.1chで思い知らせてやる!!!」
「勘弁して下さい!」
 さなえさんから涙目で叱責を受けてしまった。とってもいいものなのに。
「ええと、ギリギリ始業式直前に帰ってこれます。ああよかったぁ……それじゃいきましょう!」
「ああ、分かった。荷物とかは一応今から準備しとくか?」
「リリーも楽しみですよ~」
「…………………………お前は留守番だろ」
 ゆっ!!!と激しいリアクションを取って尻餅をつくリリー。
うちの親はさなえさんの親と一緒に海外旅行へ行ってしまってこの家には僕とさなえさんとりりーしかいない。
この家に誰かがいなきゃ金魚に餌をやれないじゃないか。
 そう説明するとリリーは涙ぐみながら僕の胸元に突っかかってきた。
「り、リリーがチケット取ってきたのに!!ひどいですよ~!!」
「いや、だって二枚しかないし………もともと僕達にくれるつもりで持ってきたんだろうが」
 これは仕方ないことである。何処に恋人を置いていって旅行に行く人がいるものか。
世の中にはいるかもしれないが間違っても僕達はそんな恋仲ではない!
だからりりーが残るのが僕達にとって、金魚にとっての最善策なのである。
「ごめんね、りりーさん。ちゃんとお土産買ってきますから……」
「……………まぁそこにあるDVDとか見ても良いから」
「…………ふーんだ」
 リリーは顔を膨らませてそっぽを向く。ゆっくりらしくふてぶてしくも可愛い顔つきであった。
 豪華客船ゆイタニック号か。船に乗るのは初めてだし、さなえとの本格的なデートにもなるだろうな。
僕はいつにも無く心躍らせて、チケットを手に取りまじまじと見つめ続けた。


4/10 (晴れ)
「まさか僕の財布からくすねて買ったゲームの福引券でこれを当てたなんて……」
「しかるべきなのかほめるべきなのかわかりませんよね……」
 というわけで留守番のりりーを一回撫でて一回おしおき拳をくらわせた後僕達はゆイタニック号が停泊している港へとやってきた。
さすが豪華客船とあって乗り込む客は高貴そうな人が多く、中には貴婦人のように着飾ったゆっくりまでいて驚きである。
そんなゆっくり達を見てさなえは自分の容姿を比べてしまい、決定的な違いに愕然としてしまったようだ。
「わ、わたしたちばちがいじゃないでしょうか!?ちゃんとおめかししたほうがよかったでしょうか!?」
「いや、そうでもないよ」
 中にはちらほらと普通の服を着た客もいる。恐らく僕達と同じで福引を当ててきた人たちだろう。
「別にお偉いさんオンリーってわけじゃないんだからさ、それに…………」
「………それに?」
「いや、何でもない」
 本当はさなえは着飾らなくても可愛いよって言いたかったけどやっぱ恥ずかしいし僕のキャラじゃないからやめた。でも一度は言ってみたいセリフである。
「それじゃいきましょう!」
 その掛け声に押され僕は腕にさなえを抱えてて船へと向かう。その間なんかちぇんを二人連れたお姉さんが他人からチケットを殺してでもうばいとっていたのを見たが
気にしないことにした。羨ましいが触らぬ神にたたりなし、である。
「はーい、それじゃチケットを拝見しまーす」
 僕達は素直にチケットを差し出しそのまま階段を伝って乗船する。
遠目から見ても大きいが、やはり間近で見ると完全に圧倒される。本当に来てよかったなぁと思えるほどだ。
やっぱりりーを置いてくるのは間違いだったかな。そう思って僕は僕の家がある方をぼーっと眺めた。
「ん…………?」
「どうしたんですか?」
「………何でもない」
 今、どこからか視線を感じた。怖気を覚えるほどではなかったが相当強いもので気のせいとは思えない。
『あいつら』なのだろうか。まさか追ってきているとは思わないが考えれば考えるほど嫌な予感がしてならない。
「さっきから何でもない何でもないって……もぅ!さきにいっちゃいますよ!」
 さなえはぷんすかしながら僕の手から離れてとっとと船の入口まで向かっていった。
「そういえばこのゆイタニック号には泊まると幸せになれる部屋があるそうです!私達の部屋がそこだったらいいですね!」
でも振り返ってにこやかに笑う姿は僕の不安な気持ちを和らげてくれる。そうさ、これから僕とさなえのふたりっきりのデートなんだ。
いつもは『あいつら』に邪魔されたりして叶わなかったデート。さなえとならどこに泊まっても幸せになれる。
だからりりーの分まで精いっぱい楽しまないと!


「いや~四月ですね~春ですよ~幸せなのですよ~」
「チェンジで!!!」
 なんでだ?なんで家に置いてきたはずのりりーが僕達の部屋でのんびりくつろいでいるんだ!?
金魚は!?父さんが可愛がっていたう゛ぁるなぁは!!!?死なせたら殺される!!!
「りりーちゃん!どうしてここに?」
「やっぱりりー一人じゃつまんないDEATHからね~兎のように孤独に死んで行くのは嫌だったんですよ~」
 生意気なことを、僕の金で新作ゲーム買ったくせに。
「そんなことより!金魚の世話はどうしたんだよ!死なせたらお仕置きどころじゃ済まさんぞ!!!」
「う、その辺もちゃんとしているですよ~ちょっと天界から後輩をちょちょいと……」
「自分が遊ぶために後輩を呼ぶなよ……」
 何処までもふてぶてしくて迷惑な奴だ………もう呆れるしかない。
いや、でもまだ一つ疑問が残っている。別に緊急のことじゃないが聞かずにはいられないことだ。
「おまえ、チケットどうしたんだよ」
 僕がそう尋ねるとりりーはとっさに僕達から目をそらす。
かつてないほど怪しい、そう思ってりりーに一歩詰めよるとりりーは焦りながらも言葉を紡ぎ始めた。
「……………か、神様は暇つぶしに自らのコピーを作りました。それが人間。で、余った首で出来たのがゆっくりなのです」
「答えろよ、オイ」
「ああ、なのになぜこの日元の人々は神いわゆるゴッドではなく神いわゆるスピリッツの方を信仰しているのでしょうか。」
「ごまかすな、答えろ」
「いや、だから……その……神様はチケットを創造できるほどすごいのですよーーーーー!!!」
「「神様に頼んでまで遊びに来るな!!」」
「DEATH~~!!!」
 つい二人で怒りのアッパーを喰らわせてしまったけどここで海に放り出すわけにもいかない。
こういう場合船員に突き出せばいいのだろうが『神様』が作ったチケットだとしたら偽造なんて見抜けられそうもない。
普段は胡散臭さ満々なのに時々ちゃんと『本物』を持ち出してくるから困るものである。
「うるうるうるるん………」
 頬を腫らしながらも上目遣いをして涙目で訴えてるりりーを一体どうしたらいいものか。
仕方ないといってほっておくのは簡単だがそれは罪から逃げるだけ、きっちりと始末をつけるべきだと僕は思う。
けれどいろいろ考えているうちにさなえは一つ溜息をつき思い切ったような表情で泣いているりりーに詰め寄った。
「しかたありません!」
「ふぇ……?さなえさん……」 
「さびしかったのはわかります。でも嘘をついたり偽造したりするのはゆっくり出来ない悪いことです!」
「ううう……ぶええええええええええええええええええええええええん!!!!!」
 いつも甘えさせてもらっているさなえから怒られたせいでりりーはマジ泣きしてしまった。
普通の女子高生のような性格をしてるけれどさなえは本当こう言う所には容赦がない。
「………でも、断罪するほどではありません」
「ひっく………え?」
 でもさなえはすぐに怒りの表情を解いた。
そしてすっと目を閉じてきちんと真摯な表情でりりーと向かい合う。
「この船旅の間一緒にいてもいいです!でも帰ったらみなさんのお手伝いをすること!いいですね!」
 怒りを押しつけているようでもなく、また甘さを垂れ流すような言葉でもない。これは相手を許す為の少し優しい言葉だった。
 そう、これが一番いい。
さなえはきちんと相手に罪を認めさせながらも許すことが出来る。怒りっぽくて不器用な僕では到底無理なことだ。
 だからこそ僕はさなえを好きになった、また、だからこそ聖緩慢天使になることができたのかもしれない。
「うわああああああああああああああああああああああああん!さなえおねーさぁぁぁん!」
 りりーはその体なしゆっくりの二倍はある体でさなえに抱きついていく。
やっぱりちょっと重いのだと思うけれど、さなえはそれを苦にもせず優しげな表情でりりーを慰めた。
二人きりのデート、というわけにはいかなくなったけど長旅になるのだから賑やかな方がいいだろう。
そんなこんなで、いつも通りのような、でもやっぱり日常から外れた旅行は始まったのであった。


 4/14 (晴)
 流石に巨大な豪華客船と言えど毎日遊んでいたら船にあるもののほとんどを見終わってしまう。
だから僕達は何もすることがなく船室でただ暇を持て余していた。
「あ~カジノとかいきてぇですよ~」
「天使がギャンブルとかすんのかよ」
「この世は確率で動いていますからね~こうして生物が生まれたのも神様のギャンブルなのDEATHよ~テニスのボールはどちらへ落ちるのですか~?」
 確かにりりーの言うとおりなのかもしれないけど、やっぱり事実のように言われたら地味にきつい。
僕達の存在はルーレットの玉?目?またはポーカーのチップ?そう考えると僕達ってなんて刹那的な存在なのだろうか。
「あ~いきたいいきたいいきたい!神様のご加護で00に入れてやるですよ!」
「僕達は三等室だからカジノに入れないの!というか神の力をイカサマに使うな!!」
 りりーの神様に作ってもらったチケットも三等室のものだったらしい。まぁだからこうして僕達と同じ部屋にいるわけだが。
「ふぅ………せちがらいですねぇ」
 僕の真横でごろごろ本を読みながら転がっていたさなえが寂しそうにそうつぶやいた。
さなえの言うとおり、乗船してからの三日間僕達は地味に世知辛いことを多く体験したのだ。
 まず、人間とゆっくりが同じようにに楽しめるためのレジャー施設が非常に少なかったこと。
その大体がゆっくり専用か人間専用、あったとしても人間が保護者の立場で遊ぶようなものしかなかったのだ。
もちろん僕とさなえはプラトニックな恋愛関係、そんな立場が違いながら遊ぶなんて嫌だった。
 で、結局二人一緒で楽しめそうなのは博物館や飲食店やショッピング。
どれもこれも連続して通うにはお金がかかり一介の高校生である僕たちでは到底資金が足りなかった。
二三軒梯子しただけで懐が凍えそうである。
「くそぅどっかのバカゆっくり天使が勝手に僕のお金を使うから……」
「ゆぅぅ……カジノに行ければ倍にして返すのDEATHよ~」
 そう言うのを捕らぬタヌキの皮算用というのだ。
折角のデートだというのに部屋にこもりっきりなのは凄くもったいない。なので僕は何かないかと部屋に置いてあった船のパンフレットを広げてみた。
「何かありますか?」
 さなえもりりーも興味しんしんとそのパンフレットを覗き込む。
その際僕は二人の頬に挟まれる。ゆっくりだからかすっごく柔らかくて気持ちがよかった。
「イベントとかないのですか~」
「イベントねぇ……」
「例えば突如蛸があらわれてりりーたちが力合わせて戦うとか!」
 DQやFFじゃねぇんだぞこのゲーム脳。
僕達が戦うような蛸なんていてたまるかってんだ。船が沈められるだろ。
「あ、ダンスホールなんてありますよ!」
「ダンスホール?」
 さなえのもみ上げが指したところに確かにダンスホールというものがあった。
それによるとどうやら毎日深夜の10時頃からそこでダンスパーティが開催されているらしい。
「面白そうだな………」
 男勝りな僕だけどやっぱりパーティという言葉に心惹かれたりする。
それにデートにダンス、まるで神様が用意してくれたかのような素晴らしい組み合わせではないか。
「それじゃ、これに参加しましょう!あ、でも眠くならないでしょうか……」
「今のうちから寝ておけばいいじゃないか、どうせ退屈だし」
「それもそうですね!!!」
 いつもなら昼寝なんて駄目ですとか言う真面目なさなえが素直に提案を飲んでくれた。
やっぱりさなえもダンスパーティに相当な関心があるんだろう。心なしか目も輝いている。
「それじゃおやすみです~」
「おやすみですね~」
「ゆっくりねます~」
 そうして僕らは川の字のようになってベッドにもぐりこむ。
緊張してちょっと目が冴えちゃってるけど、こうしてさなえとすぐ近くにいる時間が何よりも嬉しくて気持ちがよかった。


 十時きっかりにセットした目覚ましが鳴り響き僕達は一斉に起き上がる。
結構な間寝ていたからそれなりに体調も良く、僕たちはおめかししたりかっこいい服に着替えたりとパーティに行くための準備を終えた。
「さて、ホールに行くか~」
「ですね~~」
「二人ともなんかてかてかしてるですよ~?」
 はは、パーティが開かれるのを待ち切れずにちょっと二人で楽しんでいただけさ。
環境が変わると新鮮でいいよね!
「そ、そこまでです!」
 顔を真っ赤に染めたさなえの叱責を受けて僕は少し自重した。
こう言った純情っぽさがなんとも可愛いものである。ちょっとゆっくりっぽくないけどね。
 猥談はさておいて準備している間に時計の針は15分を回っている。
もう既にパーティは開催されていることだろう。僕たちは急ぎ足で自分たちの部屋から出て行った。
「……………」
 だがその時、再び背後からあの視線を感じ僕はすかさずふり向いた。
これで一体何度目だろう。乗船してから何度も何度もこの視線を感じているが、一度もその視線の主の姿を見かけることはなかったのだ。
今回も同じようにその視線の主であろう人物は影も形も残さずこの廊下から消え去ってしまっている。
 二三回ほど感じた時にさなえ達にも相談したがさなえもりりーもそんな視線を感じ取ってはいないらしい。
寧ろ『視線ってそう何度もかんじれるものなんですか?』とか『自意識過剰にも程があるですよ~』とか言われてしまった。
さなえはともかくりりーに果てしなくムカついたが証拠がない以上否定できないのが現状である。
「………またしせんですか?」
「う~ん、相手は何で僕だけを見てるんだろ」
 この船に乗れるほどの知り合いなんていないし『あいつら』ならさなえも視線の対象のはずだ。
時間が迫っている中、不安を胸に抱えながら僕達はダンスホールへと向かった。



 あの三人がちょうどダンスホールに入り始めたころ、不穏な影が近くの廊下をゆっくりと動いている。
彼、いや彼女こそ語り部のおねーさんを見つめていた視線の主であるさなえ達と同じクラスのゆっくりさくや(体なし)であった。
「ゆぅぅ……直さんとさなえさんダンスでもするんでしょうか………」
 さくやはダンスホールの入口を隠れるようにこそこそと何回も覗き見る。
そして手元に余った1枚のチケットを見て深くため息をついた。
 どうしてこうなっちゃんだろう。さくやはつい数日前のことを思い返した。

『おいそがしいのにどうしてさくやをおよびになったのですか?おとうさま』
『むぅ、さくやにちょっと悪い知らせがあってな。実はお父さん10日に仕事が入ってしまったのだ』
『10日って………ゆイタニック号の日じゃないですか!ま、まさか……』
『そうだ、折角二人きりで一緒になれると思ったのだが……すまない』
『ゆがーん!おおかなしいかなしい』
『せめてお前だけでも楽しんでもらいたい。だからこのチケットを受け取ってくれ』
『ぐすん、一人だけで遊んでもなんのいみも………あら、なぜチケットを二枚?』
『…………お前にだって想う人がいるのだろう、この私が分からないはずがない』
『!』
『だから父親からの精いっぱいの手向けだ。好きな人を誘って一緒に楽しむがいい』
『おとうさま……わかりました!さくやはせいいっぱいがんばってみます!』
『恋人と船旅か………何もかも懐かしいぞ』
『おとうさまはそう言った経験がやっぱりおありですの?』
『ああ、友人が船に乗ってアメリカへハネムーンへ行くといったのでな。船の中で部下と一緒に暴れてやったわ』
『………………………』

 と、まぁそんな父親の株を上げたのか下げたのかよく分からない会合の後、さくやはすかさずその想い人に電話をした。
『あ、あの10日の日空いてますでしょうか?』と久しぶりに勇気を出して。
だが帰ってきた返事はNO、ちょうどその日に用事があるのだそうだ。
なので仕方なくさくやは一人で寂しくゆイタニック号へと乗船したのであった。
 けれど気落ちしたまま一人甲板で黄昏ているとき、彼女は語り部のおねーさんとさなえが一緒にいるのを見かけたのだ。
その時からずっとずっと彼女は切なくなって何度も何度も二人を追っかけていった。
 そう、彼女の想い人こそ語り部のおねーさんなのである。
「ああ……あの余計な春妖精は置いといてやっぱ直さんとさなえさんはこいなかなんですね………
 うう、もしおぜう様がこの場にいたらこの苦しいきもちを変な風につかわれるんでしょう………」
 彼女は決して報われぬ恋に今も踊らされている。
それは振られたという直接的なものでなく、想い人に彼女が出来たという間接的なものだったからだ。(いわゆる羽川さん式失恋)
ホールに入って二人に会う根性もなく、さくやはゆっくりとホールに背を向けてとぼとぼと自分の部屋(一等室)に帰ろうとした。



                     力が欲しいか……………

 だが突如怪しげな言葉を聞いてさくやは振り返る。
この禍々しさ、彼女は常に身近に感じている。

                     力が欲しいか!!

 だが彼女は自分の頭の中でその一つの可能性を否定した。
あいつは、あいつはここにはいないはずだ!

                     力が欲しいのなら…………



     _,,.. - ―‐ -,.、
   /        `ヽ、
  /   ,   ィハ    ゝ   しっと団にはいりなちゃい!
 :/  ノ  ノ ハ,,、;、レ' レ 、_,、ji
 /   l !: 「`> \∠7ハ ヽ
.ノ  i    くハ、  丿    ノl
 ヽ从,__,`V>=‐--‐く ノ.




「…………………………………」
 このいきなり目の前に現れた妙なマスクは一体何なのだろうか。
とりあえず『アチラがわ』の人ではなさそうである。
「ましゅくがへんなのは自分で作ったからだょ!」
「はぁ」
 とりあえずさくやより一回り小さいことから恐らく赤ちゃんゆっくりだろう。
全く、赤ちゃんをこんなところに一人で置き去るなんてひどい親もいたものである。
「おねーしゃんはいましっとにつつまれてりゅよ!そのちからをきゃいほうすればどんにゃりあじゅうだってぶちのめせりゅよ!」
「え、ええと………」
 どうしようとまごまごするさくや。酷いこと言ってるけど相手が赤ちゃんだから無理にしかると泣き出してしまいそうで迂闊に言い返すことが出来ないのだ。
「だからこのしっとましゅくできょうからおねーしゃんもしっとめいどだにぇ!」
「そんな趣味は……それに間にあってますので」
「え~もっちゃいないよ~かぶっちぇよ~ねたまちいよ~」
 多分さくや用であろうマスクを持ってちびぱるすぃはさくやにじりじりと詰め寄っていく。
こうまでされたら逃げ場がない。でもあのマスクをかぶるのは絶対に嫌だ。
『似たようなもの』を、いつもいつも被ってるのだから。
「おんどりゃこのガキャァァァ!うちのメイドになにさらしとんねん!!」
 だがぱるすぃが限界まで詰め寄ったその瞬間どこからか謎のれみりゃが飛びこんできてぱるすぃに噛みついた。
「ぶええええええええええええええええええええええええん!!!!いだいよぉぉぉぉ!」
 ゆっくりと言えどれみりゃは吸血鬼、もちろん牙もそれなりの鋭さを持っている。
その痛みに耐えきれず、また赤ちゃんだからかぱるすぃは大粒の涙を流してどこかへと逃げ去ってしまった。
「ふんっ!この魔界伍長オ・ゼウ様の手にかかればこんなものだうー!」
「お、オ・ゼウ様!どうしてここに!」
「…………従者のくせに、ごしゅじんさまをおいてくなんてひどいぞぉ~」
 そういってオ・ゼウと言われたれみりゃはさくやをおぞましい目つきで睨みつける。
このれみりゃはさくやの家に居候しているが今日はあえてこのれみりゃを連れてこなかったのだ。きっと相当置いてかれたことを気にしているのだろう。
「え、ええと……おぜうさまのためのチケットはもうなくて」
「二枚貰ったやんけ!地獄姉妹の片割れと魔界チンピラの間で呼ばれたこのオ・ゼウ様をなめたらあかんでぇ!」
 れみりゃらしくないドスの利いた口調でさくやを責め立てるれみりゃ。
こんなんだから、さくやはこのれみりゃを連れて行きたくなかったのである。
「しょうがなく上司から偽造してもらって………でも三等室やんけ!カジノできへんやん!」
「もしかして遊びに来るために………?」
「!…………そ、そんなことあるわけないぞぉ~れみりゃはあのうざったい天使を倒す為にきたんだぞぉ~」
 図星である。というかさくやだって船に乗るまであの三人がいるのを知らなかったのだから一緒に住んでるこのれみりゃが知ってるはずがないのだ。
 けれどこのれみりゃがこの船に来たのはさくやにとって好ましいことではない。
このれみりゃは魔界(神綺様とはそんな関係ないらしい)から来た悪魔のゆっくり、きっとこの船に災いをもたらすに違いない。
「と、いうわけで。しゃくや~今日も戦ってほしいんだぞ~」
「お、おことわりします!せっかくのしょうしんりょこうなのにぃ……」
「傷心旅行ゥ?あの二人のラブラブなところを見てぇ?」
 う、とれみりゃの言葉に物怖じするさくや。
愛しい人が自分以外の人と付き合っているのを見ることは相当堪えることであろう。
実際さくやも船にいる間自分の気持ちを押しこめながらずっと二人のことを見続けていたのだ。
「さっきのガキじゃないけどねたましいやろ~にくたらしいやろ~あんなスイーツ(笑)なゆっくりにとられてくやしいやろ~」
「う、ううううううう~~~~」
 心をえぐる言葉責めにさくやが戸惑っている隙を狙ってれみりゃは一瞬でさくやの後ろを取った。
「というわけで、ゆっくりへんしんしてね!!」
「そんなせっしょうなぁ!」
 逃げる暇もなくさくやはれみりゃに噛みつかれてしまう。
しばらくの間そこら辺をのたうち回っていたが、次第に動きがゆっくりとなっていき最終的にはピクリとも動かなくなった。
「ふふふ、目覚めよ!ミスティさくや!!」
「…………………」
 だがれみりゃがそう叫ぶと同時にさくやの体が黒い霧に包まれる。
その黒い霧の中でさくやの体は劇的に変化、いや不気味に変身していった!

 ヤマ(ザナドゥ)ちゃん『説明しよう!ちょっぴり引っ込み思案でそれでも真面目なゆっくりさくやは心の中に黒い感情をどっと押し込めている!
             その感情をこのゆっくりれみりゃこと魔界伍長オ・ゼウの力によって引き起こされることによって
             さくやは体つきで身長140㎝!触れても違和感のないPADとアイマスクをつけた完璧で瀟洒な悪魔のメイド!
             ミスティさくやに変身するのである!!』

「………ふぅ、思うけどこの説明ってどこから聞こえてくるのでしょう、オ・ゼウ様」
 黒い霧の中からその説明通りのミスティさくやが姿を現す。先ほどのさくやの名残はほとんど残っておらずアイマスクのせいでゆっくりかどうかも判別できなかった。
「あれは地獄の見えざる声、気にしない方がいいうー」
 まぁ実際あの声についてはれみりゃもよく分かってはいない。結局てきとーにそう答えるしかないのだ。
「………さて、あのにっくきユクリールは今頃………ふん」
「きっとラブラブげっちゅうな状態に……さぁ!ミスティさくや!あのホールで大暴れするんだぞぉー!」
「相変わらずの食肉脳です、オ・ゼウ様。それではいつものようになってしまうだけですわ」
「………ほんとお前も相変わらずの慇懃無礼だぞぉ」
 ちなみにさくやからミスティさくやに変身するとこのように大人しめな性格から慇懃無礼な性格に変わる。
どちらのさくやにしたってこのれみりゃにいい感情は持っていないようである。
「ここは豪華客船、なら完璧に!瀟洒に!悪魔らしく盛大にパーティを開催いたしましょう!」
「うー、期待してるぞぉ~!」
 悪魔二人の高笑いが廊下中に響き渡る。
そのうちむせた。夜なのに廊下ではしゃぐなと怒られた。みんなは夜に廊下で騒がないようにしろよ!というか騒ぐな!!


「パーティ楽しいですね!」
「ああ、そうだな!食事もウマイ!」
 ダンスホールは部屋の中央に踊り場、それを囲むように色々な食事を載せたテーブルが置かれている構造になっている。
三人はというとのんびりと他の人の踊りを眺めてにこやかに笑いながら卓を囲んでいた。
「ほら、りりー!お前の好きな春巻と春雨とだぞ~三つか?三つも欲しいのか?このいやしんぼめ!」
「ひゃあ!ミラクルフルーツもありますよ!大好物なんです!」
「…………………あの~いつまでりりーは笑っていればいいんですか~?」
 りりーはいつもふてぶてしい笑顔で通っているものだからにこやかに笑うのは慣れておらず、顔面の筋肉が痙攣し始めていた。
そんなりりーの様子を二人は全く意に介せず、不自然なほど笑顔で目の前にある料理をしこたま食べ続けていた。
「さすが『Night sparrow』から運ばれてきた食事ですね!あ、でもそろそろなくなっちゃいそうです」
「あ~折角いいとこの料理食えるわけなんだしもっと食べたいな~」
「…………………………僻んでるからってりりーにまで押しつけないので欲しいのですよ~」
 りりーの一言で二人は唐突に動きを止める。そして錆びついたロボットかのように無表情で首をゆっくりとりりーの方に動かした。
そう、語り部のおねーさんの身長は160㎝、さなえの身長は30㎝、りりーの身長は80㎝。
二倍以上の身長差のせいで三人がどの組み合わせで組んだとしても組み合ってのダンスは出来ないのだ。
「ヒガンデナンカイナイヨ?タダミンナノダンスヲミテルダケデオナカイッパイ」
「ワーアソコノアリスサントマリササンスゴイステップデスー」
「………なんだか可哀そうになってきたのですよ………」
 しかし現実逃避して料理に逃げたとしても料理は無限に存在するわけではない。
パーティが始まって一時間もした頃には用意された料理も全て無くなってしまった。
「ウアアアアアア!!クイモノ!クイモノォォ!!」
「ミラクル!スイィィィツゥゥゥ!!!!」
 そして禁断症状が始まったかのように暴れ回る二人。
確かにダンスが出来ないのは可哀そうだが正直奇声を上げながら現実逃避するのはどうなのだろうか。
お間抜けとおねーさん達からいつも言われてるりりーでさえもどん引きである。
「料理の追加でーす!!」
 と、いかにも都合のいいタイミングで何人かの体つきゆっくりメイド妖精たちが沢山の料理を運んでホールの中に入ってくる。
けれど料理を求めていたはずの二人は奇行で心のエネルギーを使い果たしてしまったのか床の上に転がって動かなくなっていた。
「ふふ。皆さま、ダンスもいいけど踊り続けていては疲れてしまいます。
 そこで特別に用意したスタミナ料理をどうぞお召し上がりください」
 メイド長と思われるゆっくりさくやはダンスホールにいる客全員に向かってそう呼びかけた。
人々はメイドたちの唐突な登場に少し警戒心を抱いていたが、ダンスをしていたありすが恐る恐るその料理を口にした。
「!うんまぁ~~~~~~~~~い!!!!」
「ほんとかだぜ!?」
「ええ!口の中で肉汁がじゅうじゅうと広がって、それでいておもおもしくないわ!あー!これならなんじかんでもおどれられそう~!」
 そのありすの試食を皮切りに他の客達もその料理を食べ始めた。
というか最初に用意された料理はあの二人によってほとんど食べられてしまったのだ。だから全員大分お腹がすいているのである。


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最終更新:2010年08月07日 21:05