緩慢刀物語 風神章・微意前篇

 時は弦早45年、東の海にぽつんと浮かぶ列島『日元』には大きな二つの国があった。
一つは神に祈る人々が集う守矢、そしてもう一つは神ではなく人自身の力を信じる者たちが集う博麗。
この二つの国、目指すは同じ恒久平和なれど互いの考え根本的に正反対であるためいざこざが絶えず日元を真っ二つに割るかのように争っていた。
事の始まりは四十年以上も前、だが戦いは未だに終わらない。
 この戦乱の世、一人の少女と一つのゆっくりは刀を求め果てなき旅を続けていく。
 というわけで乱世痛快娯楽緩慢劇(自称)緩慢刀物語風神章・微意はじまりまっす!


 円剣「胴夏」 緩慢刀物語風神章・微意 神刀「建御」



 夏の日差しがぎらぎらと照りつける水無月。
刀を求めるゆっくり、真名身四妖夢またの名をゆっくりみょんと刀鍛冶を求める少女、烏丸彼方の二人はこれまで様々な国を渡り歩いてきた。
 暮内、迷僻、七枝……数えきれないほどの町や村……
それらの町で彼女らは人々と出会い、戦い、悲しい別れを経験した。
楽しいこともあれば辛いこともあった、それでも彼女達が旅を止めないのは叶えたい夢、そして想う人のためだからだ。
 今、彼女達は西の大国守矢の領地へとたどり着き、とある村の茶店でゆっくりしていた。
「ずずぅー」
「ずずぅー」
 旅の疲れも出たのだろう。かれこれ三時間くらいはお邪魔している。
その間何もせず休んでるだけというのも暇なので、二人はお茶を飲んだりこれからについて地図を広げて話し合っていたりした。
「ええと、確か刀鍛冶の村ってところがここから北東にあるんだから……まっすぐ行っちゃえばいいじゃん、ずずぅー」
「駄目でござる。まっすぐ行くと博麗と守矢の国境線があるみょん、だからここから北上してそのまま海を渡った方が安全みょん」
「ええぇ~めんどくさい~みょんさん強いんだから戦場くらい突き抜けられそうじゃん、ごっくん、おかわり」
「無茶を言わないでほしいみょん。流石にみょんでもそれは無理でござる………」
 ふぅんと無表情に言いながら彼方はおかわりのお茶をすぐに飲みほし再び次のおかわりを注文する。
いつもの如くみょんは白い目をすると思われたが、今日はいつになく彼方の過剰なおかわりを気にせず落ち着かない様子で椅子をつついていた。
「………………ごっくん、おかわり。しかたないなぁ、じゃその道で行くよ。痛いのは嫌だし」
「うん、そうしろみょん。……………………………みょんみょんみょん」
 先ほどからせわしなく瞳を動かしているみょんを変に思い、彼方は飲む手を止めてみょんの表情を覗き込んで見る。
いつもふてぶてしくも凛々しく見える瞳が今日はにやけていて気持ちが悪い。
この瞳の時のみょんは自分のことしか考えていない状態だ。一体何を考えているのだか。
「………あの~店員さ~ん」
「なんでしょうか?くるくる~」
 店員であるゆっくりひな(注:厄神のゆっくり。平面ではない)はおかわりのお茶を頭に載せてくるくる回りながら二人の元へやってきた。
彼方はすかさずそのお茶を取ってすぐに飲みほしひなとみょんの会話に耳を傾ける。
「あの……」
「なんでしょうかのくるくるくる」
「この村の名産品にみょんだけどおいしいお菓子があると聞いたけれど……それはいつ来るのかみょん?」
 ああ、と思って彼方は納得した。
このみょんはゆっくり用の剣『菓子剣』を求めて自分と一緒に旅をしている、そのためお菓子のこととなると目の色を変えて彼方のことなどお構いなしに行動するのだ。
そもそも寄り道してまでこの村による必要はなかった。休めたのはいいが遠回りになってしまい結局いいんだか悪いんだかはっきりさえしない。
「はて……ああ、どうなつのことですか。輪の形をした……」
「そーそーそれそれ!この村にそれがあると知っていても立ってもいられないみょん!」
「すみまぇん。それはおだしできないんですよ」
 にやけていたみょんの表情が一気に固まり、そのまま入口から入ってきた風によって硬直したまま地面に落ちた。
よっぽどショックだったのだろう。割りとある光景だから彼方はそう驚かなかったが。
「な、な、な、なぜにぃぃぃ~~~うくぁああああああああああきゃかかかかかかかかかか!!!!!
どいちゅもこいくもこみょんのお菓子道楽を邪魔しようってお言うのかァァァーーーーーーーーあひゃひゃーーーー!!」
「い、いや、そう言うわけじゃないんです。つくれる人がいないんです!」
 店員のひなは錯乱したみょんを必死に宥めようとするが、みょんが羊羹剣を振り回し始めたので迂闊に近寄れず彼方の後ろに隠れてしまう。
それを見かねた彼方は気だるそうな表情で飲みかけのお茶を一気にみょんに向けてぶっかけたのであった。
「ウッギャバァーーーーーーーーーー!」
「全く……これで頭冷やしてよね」
「熱いお茶じゃ絶対冷えませんよ!?」
 熱さでのたうちまわっているみょんをよそに彼方はもう一杯お茶を注文する。
それと同時にみょんの言っていた新しいお菓子『どうなつ』のことも気になったので店員のひなに尋ねてみた。
 刀のことばっかり気にかけているがやはり彼方も少女。そう言ったお菓子のことにも興味はあるのだ。
「くるくる、どうなつですか……言ってしまえば輪のようなかたちをしたおかしです」
「輪……ねぇ、さっき作れる人がいないって言ってたけどそんな作るのが難しいの?」
「いえ、そう難しくないと思います……けれど、製法が分からないのです」
 製法?と頭をかしげて彼方はひなの持ってきたおかわりのお茶を飲み干す。
「もともとどうなつは神へのお供えとしてこの村の巫女に一子相伝で伝えられたものなのです。でもそのみこがついさいきん失踪してしまって……」
「神へのお供えかぁ、お菓子好きの神様もいたもんだね」
「と、ということは、どっちにしたって茶屋ではたべられないと……ッ?」
 なんとか落ち着いて言葉を紡ぐみょんであったが、ひながその質問に首を縦に振って答えたのを見て、力尽き地面に伏していった。
ざんねん、みょんのぼうけんはここでおわってしまった!!
「ほーお、それじゃ誰がこの話の主人公をやるっていうんだ?まさかこの私がやるってんじゃないだろうなぁ?」
「ノリノリのくせに何を言う……」


 十分と言っていいほど休み、目的のお菓子もないと知った今もうこの村にいる必要がない。
そう考えた二人はさっさと村から出て、目的地へ向かうために森の中へと入っていったのであった。
 冒険は否応なしにもまだまだ続くのである。
「こっからまっすぐ北……この辺りは平地や簡素な森が多いというからそう間違わずに行けるみょん」
「そうだといいけどなぁ」
 火傷のこともあってみょんは今彼方の腕の中におり、実質方向を定めているのは彼方の足だけだ。
本当に自分の足がしっかりと真っ直ぐ進んでいるのか彼方はいまいち自信が持つことが出来なかった。
「いやいやみょんだって真面目に手伝うでござるよ。流石にかなた殿にまかせっきりで戦場のど真ん中に行くのは嫌だみょん」
「あ、うん、分かったよ」
 信用して無いのかと彼方は呟きそうになったが、逆に自分は本当にそんな信用たりえる存在なのかと考えてしまいそのまま口を噤んだ。
完全な信用など出会ってから一年も立ってない二人が持ってるはずがない。
 けれど、それだからこそ彼女らは互いの足りないと思うところを補い、助け合うことを知っているのだ。
「あ、ちょいちょい右、進んでいっぽ、二歩下がって二歩で負け」
「将棋じゃないでしょ」
 間が抜けていながらもそれなりに的確なみょんの支えもあって彼方は大きく道を外さずに真っ直ぐ進むことが出来た。
そのまま順調に進んで行けば5時間後位には次の村へ行けると思っていたが、前方に不思議な物体が転がっていることに気が付き彼方は足を止めた。

「なんだろ、あれ」
「傘みたいなものが乗っかってるようでござるけど……」
 薄汚れた球体の上にボロボロの傘と折れた棒が転がっている。
大きさから果実やごみの類のものではないと考え、彼方はほんの少しの好奇心から近づいてその物体が何かを確認してみた。
しかしそれが何かであるか認識した瞬間、彼方は背筋にぞっとしたものを感じた。
「………あ、こ、これって、う、うちくびだああああ!!!!」
 閉じられた瞳、半開きの口、薄汚れた髪、それはまさしく生首そのものであった。
彼方は驚きのあまりみょんを放りだしてしまい、その物体から尻餅付きながらズリズリと距離を取っていった。
「あわわわ、体がないってことはまさかの殺人現場だ……だ、だれか名探偵をぉ~」
「いでぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!か、か、か、かなた殿ぉォォ!!
 どうせゆっくりでござろう!いでぇぇぇ!!だから怯えてないで早くゥゥ!ゆっくりしないでぇぇぇ!」
 必死に叫ぶみょんの言葉を信じ改めてその物体を見てみると、人間の生首にはある首の切れ跡がないことに気付く。
確かにゆっくりだと彼方は安堵の息をつき、放りだしたみょんを慌てながらもすぐに回収した。
「驚くのはいいけど人のこともっと考えてほしいみょん……死ぬかと思った」
「で、でもこのゆっくり全然動かないよ……もしかしたら死んじゃってるのかも」
 野垂れ死にしてる人やゆっくりにはあんま関わりたくないなと思いつつも生死だけは気にかかり、彼方はそのゆっくりを近くの棒で何回かつつく。
けれど反応は全く無く埋葬してあげる勇気もない。
なのでそのままほっといて行こうかと思った矢先、そのゆっくりは不意に立ち上がったのだ。
びっくりしていってね!!!
「…………………チッ、死んだふりかよ」
「い、いや、いま目がさめたのぉ!」
 紫の唐傘、水色の髪、左右で色が違う瞳、どうやらこの薄汚れたゆっくりはこがさだったようだ。
こがさは近くに落ちていた棒を拾うと慌てた様子で辺りを見回し始めた。
「一体全体どうしてこんなところにいるみょん?」
「あ、いやその。やべぇどんだけねてたんだろ。はやくにげないとにげないと」
 こがさはみょんの質問など聞く耳もたずといった様子であっという間にどこか立ち去ってしまう。
ゆっくりしてない奴だなと思いつつ彼方達は気を取り直して再び進み始めた。
「さっきのこがさ……あれってもしかして守矢の兵なんじゃないかみょん?傘に守矢国の印が書いてあったでござる」
「よく分かるね、でもなんでその守矢の兵がこんなところにいたの?」
「なんでってここは守矢国みょん、いてもおかしくないでござるよ」
「じゃあなんであのゆっくりは自国であんなボロボロになってたんだろ」
 ふと、静かな森に妙な血気盛んな音が鳴り響いたような気がした。
二人は嫌な予感を覚え、歩を止め回りを警戒し始める。
「……戦いで逃げのびたと考えるのが普通みょん」
「でも、国境線はここよりずっと東だよ」
「負けたのなら……国境線が西に移動したとしたら」
 今度は怒涛の足音と金属がぶつかり合う音が聴覚を支配していく。
まるで大軍が押し寄せてくるような、鎧がぶつかり合うような、そんな感じの音がどんどん大きくなっていった。
「ね……………………ヤバくない?」
「真っ直ぐとか言ってる場合じゃないみょん!!博麗軍がやってきたぁぁぁぁ!!!」
 東から紅白の旗を上げた博麗軍が森を突き抜けるように怒涛の勢いで押し寄せ、みょんと彼方は命の危険を本能で察知し全力で逃げ去った。
例え相手に敵意が無かったとしてもあんな大軍と出くわしたら二人は路上の小石のように容易く蹴散らされてしまうことだろう。
 もう方向など気にしている場合ではない。ただ目の前に迫る危機から回避しようと二人は森の奥深くへと入っていくのであった。



「遭難ですか」
「そうなんです」
 あの後二人は意味もなくいきり立った博麗軍に追われたり、崖から滑り落ちたり、泥沼でネチョ展開になりながらもなんとか生きて逃げることが出来た。
しかし始めに歩いていた道とは随分離れてしまい戻ることもできず、二人は深い森の中で途方に暮れていた。
「そーなのかー」
「そーなんす!」
「………どうすんだよ」
 闇雲に進んでも目的地に行けるはずもなく、だからと言って立ち尽くしているのも何なので彼方はみょんを抱えて近くの切り株に腰かけた。
日はまだ高く、木漏れ日が彼方達の体を優しく照らしていく。焦りで感覚が一周してしまったのだろうか、その光はいつもより美しく輝いて見えた。
「はぁ、どっちに行けばいいんだろ。誰かと会えればなぁ」
「せめて暗くなる前にどこか人が住んでる場所へ行ければいいのにみょん」
 積極的に明るい方向に考えてみてはいるものの、全く人やゆっくりが通った様子の無い地面を見ていると憂鬱な気分にしかない。
二人はほぼ同時に大きなため息をついてごろんと草の上に横たわった。
「なにかあればいいんだけどなぁ」
「野生動物しかいないと思うみょん」
「……………………………お」
 あまりにも退屈なので寝返りを打とうと横を向いた時、彼方の目に不思議な物体が映る。
それは木の上からぶら下げられている直径九寸程度の物体、それ以外のことは距離があって分からなかったが明らかに人の手が入ったものだということは理解出来た。
「……ふふ、なんだろな」
 期待と好奇心を胸に彼方は立ちあがり、一人でその物体へと近づいて行く。
その物体が何であろうと人やゆっくりがいたことには変わりない。けれどその物体の形状がはっきりして彼方は足を止め息をのんだ。
「な、な、な、な、な、生………」
 閉じられた瞳、半開きの口、生気の無い肌、その生首らしき物体を見て彼方は再び叫びそうになったが、同時に先ほどの状況を思い出しその物体を観察する。
一番の重要事項として首の切れ跡がないことを確認すると彼方は安堵しその生首がゆっくりであると確信した。
「も、もうっ二度もびっくりさせないでよ」
 そう強めに言うものの彼女の心はすっかり安心きっていた。
何かしら人の痕跡があればいいなと思っていたけれど、直接こうしてゆっくりに出会えたのは運がいいことの何者でもない。
 問題なのは、目の前のゆっくりが生きているのかどうかだ。
「……さっきも思ったけどゆっくりの生死ってどうやって確かめようか」
 ゆっくりには人間のような脈は無くその場のさじ加減で生き死にが決まる適当なナマモノだ。
とりあえず触ってみたりして反応があるか確かめてみたがその最中彼方はそのゆっくりに違和感を覚えた。
「ゆっくりの肌ってこんな硬さだったっけ」
 先ほどまでみょんを抱えていたからゆっくりを触った時の感触はしっかりと覚えている。
しかし、このゆっくりの肌は今まで触ったゆっくりの肌とは別物にしか思えなかった。まるで普通の人間の皮膚のような感触なのだ。
「………」
 そしてそのゆっくりと真正面で向かい合った時、彼方は最大の違和感に気が付いた。
「ゆっくりって鼻があったっけ?」
「……カァァァァァァ………」
 妙なうめき声を上がったかと思うとその変なゆっくりは突然ゆっくりにあるまじき牙をむき出しにして彼方に襲いかかった!!
彼方は危険を察してその場から逃げようとするが、変なゆっくりは咄嗟に牙を彼方の腕にえぐりこませて彼方を離そうとしないのだ。
「いっでえええええええええええええええ!!!!にぎゃああああああ!!」
「けけけ、久しぶりの人間さね」
 そのまま変なゆっくりは不気味なにやけ笑いを浮かべながら、紐に引っ張られるように彼方を木の上まで引き上げようとする。
けれどここで主役、ゆっくりみょんが颯爽と駆けつけ変なゆっくりに自慢の羊羹剣で一閃を浴びせたのだ。
「うおりゃーーーー!!みょん!」
「うぎゃああああああああ!!!」
 その一撃で変なゆっくりは怯んだもののしぶとく彼方の腕を噛みついたまま放さない。
彼方も牙が食い込むことを覚悟して変なゆっくりにひざ蹴りを何度も叩きこむがそれでも自分の腕が痛むだけで放す様子を見せなかった。
 あの身体能力の高いみょんでさえまともに入れば昏倒する彼方のひざ蹴り。それを耐えていることはこいつがまともでないことを証明していた。
「せ、折角の獲物……絶対放してなるものかぁぁぁ!!」
「こんにゃろっ!こんにゃろっ!」
「かなた殿ッ!出来るだけ体をそいつから離すでござる!!」
「やれるもんならやってるよ!でもこいつの牙が深く刺さってどうしても放せないッ!」
「そっちのはなすじゃなくて!!」
 彼方はみょんの言っていることをようやく理解したようで、痛みを堪えながら体を出来るだけ変なゆっくりから遠ざける。
みょんはそれを見届け終わるとすぐにその変なゆっくりに向かって一気に飛びかかっていった!
「秋山流!『浮羽浮和時間!』」
 変なゆっくりの真下まで近づくとみょんは揉み上げで掴んでいた羊羹剣を口に咥え、回転しながら一気に飛び跳ねる。
以前使っていた時は勢いが付いた泡で吹き飛ばす技であったが、元々の使い方は螺旋回転によって相手を何回も切り裂く技だ。
 ほとんど斬れない剣『羊羹剣』によって幾度にわたり薙ぎ払われた変なゆっくりはようやく彼方の腕から口を放したのであった。
「グハッ……が、が、が」
「いでででででででででぇぇぇ!!このっ!乙女の柔肌に何てことしてくれやがるっ」
「乙女(笑)柔肌(笑)」
 みょんに嘲笑されたことも含めて彼方は憎しみと怒りを込めてその変なゆっくりに対してヤクザ蹴りを繰り出すが、
その変なゆっくりはすぐに糸に引かれるように木の上へと登っていってしまい、彼方の怒りはそのまま嘲笑したみょんにぶつけられていった。
「くそっ!!なんだよあのゆっくり!みょんさんの親戚か何か!?」
「う、腕怪我してるのに元気そうでござる……あ、やめてまだ火傷の傷なおってないみょん」
 そうやってしばらくはどつきあっていた二人だが流石にここに留まるのは危険と判断したのか、離れた場所に移動しそこで治療を行うことにした。
尤も治療道具など無いため服等を使って止血することしか出来なかったのだが。
「……で、あれって何?ゆっくり?」
「むむ、似たようなものなら見たことあるけど……やっぱりあれはゆっくりじゃないみょん」
 確かに生首という点ではゆっくりと同じで、鼻があるゆっくりだって実際に存在している。そもそもゆっくりの定義そのものが難しいことなのだ。
けれどあの生首は根本的に何かが違う。根拠はないが一人のゆっくりとしてみょんはそう確信していた。
「ゆっくりじゃないんだ、でも人間の生首が動くだなんて……まるで化物じゃん」
「化物……か」
 頭の中ではそんな存在を一応否定するするみょんであったが心の奥底では妙な怖気を感じ始めている。
今までは単なる普通の森だと思っていた、けれど今となってはまるで不気味な闇に包まれてるような気がしてならないのだ。
「ええい!みょんは自分で見たものしか信じないみょん。いるっていうのなら姿を現しやがれでござる!」
「そんな露骨な伏線みたいなこと言わないでよ……」
 心の奥底の恐怖を振り払うためにみょんは威勢よく虚空に向かって威嚇するが、突然突風が吹き荒れ哀れ無様に転がってしまう。
あまりの滑稽さに彼方はつい笑ってしまったがそれと同時に妙なことに気が付いた。
 ここは途方もない森の奥。回りは幾多の木で囲まれているというのにゆっくりが吹き飛ぶほどの風が吹くはずがない。
この風は、人為的に起こされたものだ!
「そこか!!」
 彼方はとっさに風上の方に向かって落ちていた棒を投げつける。
向かい風によって威力は大分削がれるものの棒は地面に落ちずに飛んでいき、パキンと言う音と共に妙な声が木の上からあがったのであった。
「うおっ!」
「手ごたえありぃ!」
「く、くそっ!油断していたわ!」
 声があがると同時に突風は止み、その声の主は頭を摩りながら彼方達の目の前に舞い降りた。
「「……………」」
 二人は驚愕した。
声の主は先ほどの化物とは違ってきちんと四肢と言うものがあったけれど首から上の方は人間の顔ではなかったのだ。
顔中を覆った黒毛、鋭く光った瞳、そして太く尖った嘴。被りものとは思えないくらいほどの生々しい鳥の頭がそこにあった。
「か、怪奇!鳥人間!」
「そんな安易な名前じゃねぇ!わたしは烏天狗!」
「烏天狗ぅ!?」
 よく洒落本などに妖怪の一つとして出てくるためその名前を聞いたことがないわけじゃない。
けれどこの世界は現実。まさかこんな合成獣のような生物が実在するとはみょんも彼方も思っていなかったのだ。
視野が狭いと思うだろうがそれは至極当然のこと。今まで出会ったことのない存在のことを信じると言う方がおかしいのである。
「いや、おまえらゆっくりも十分化物みたいなもんじゃないですか」
「あ~きこえないみょん」
「まぁいい、それにしても久しぶりの獲物。貰っていきますよ」
「えへへ、わたしを攫って行っちゃいたいだって」
 勝手に囚われの王女気取りになって赤面する彼方を見てみょんは酷く呆れる。
しかし烏天狗が扇を振りかざすと落ち葉が紐のように繋がっていき、そのまま彼方を縛り上げていった。
「なにぃ!?まさか本当にかなた殿を!?」
「あ~ん、攫われちゃうん。みょんさん助けてぇ~~」
「若いおなごは肉は柔らかくて栄養もいい、こいつ一人分で食糧一カ月分になりそうかな」
「げえええええ!食べられんの!?!はやく助けてええええええええ!!!」
 自分が食料として攫われるということを彼方はようやく気付き必死に暴れるが、木の葉の紐は針金と思えるほど彼方の体をより強く縛りあげていく。
そして烏天狗は背中に生えた大きな烏の翼を羽ばたかせ、彼方を空の彼方まで連れ去ろうとしたのだ。
「みょおおおお!!!」
 だがそう簡単には問屋がおろさない。
みょんは必死に飛び跳ねて地面から離れつつあった彼方の足になんとかしがみついたのだ。
「ぬおっ!生意気なゆっくりッ!おっちね!」
 しかしみょんがしがみついたことに気付いた烏天狗は扇で風を起こしみょんを振り払おうとする。
その風を全身に受けながらもみょんはなんとか耐えることができたが、耐えるのが精一杯で彼方を縛っている木の葉のところまで登ることが出来なかった。
「くのぉぉ!」
「みょ、みょんさん!………今からあいつに向かって飛ばします!頑張ってください!!」
「へ?みょっみょおおおおおおお!!」
 正直最初みょんは彼方の言っていることが理解できなかったが、次の瞬間その言葉の意味を知った。
彼方は空中に浮きながらも足を思いっきり振り上げみょんを烏天狗のところまで飛ばしたのだ!
「な、何ィィィィィィィィィぃぃ!!!」
「そのまま刀振り下ろしちゃえええええええ!!!」
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
 みょんの体は烏天狗より上に舞い上がり、そのまま重力に引かれて落下していく。
そしてみょんは刀を構えて烏天狗の頭に振りかぶった!!!
「よっと」
「みょおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ………」
 けれど相手は空を自由に飛ぶ烏の妖怪烏天狗。みょんの渾身の一撃もひらりとかわされそのままみょんは地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。
「みょんさあああああああああああん!!」
「ふん、ゆっくりのくせに妖怪様に歯向かうからこうなるんですよ。さてこいつどうしようかなペロペロしたら喉元ガブリ……」
「ふええええええええええええん!!!!!」
 彼方は泣いていた。
 みょんがあまりにも無様に落ちていったからではない。ましてやこれから迫る死について恐怖したわけでもない。
折角覇剣『舞星命伝』を治す為ここまで来たのに、こんな現実感のない本の中のような存在に殺されるというのが悔しくて悔しくて堪らなかったからだ。
もはや悲しみを通り越して憤りさえ感じるようになってきた。
「ちくしょおおおおおおおおおおおお!!!」
「くけけっ泣こうが喚こうがお前の運命はもう……ぬっ!?」
 したり顔で彼方を自分の家へ戻っていこうとする烏天狗であったが突如翼の真横を何かが素通りする。
翼には直接命中しなかったがその物体が発した衝撃で羽根が何枚かもげ落ちてしまった。
「な、何だ!?」
「…その人を放しなさい!!」
 その物体が放たれた方向をみるとそこには弓を片手に携えた一人の少女がいた。
しっかり整った顔つきに新緑のような髪、きっちりと着こなした巫女服、背中に矢筒を背負ったその少女は再び弓を構える。
「…放さないと……撃ちますよ!!!」
「くそっ!タツミの巫女めっ!!うあああ!!」
 少女は有無も言わせず矢を放ち、烏天狗の翼を完全に貫いた。
そのおかげで彼方を縛っていた木の葉の術が解け、彼方はそのまま地面に落ちていった。
「あ~落ちていく~ぎょえっ」
「く、くっ!何のためらいもなく撃ちやがって!常識をわきまえろ!」
「…知らぬ存ぜぬ退かぬ媚びぬ省みぬ!!!」
「このおおお!!いい気になりやがって!!」
 片翼を撃ち抜かれた烏天狗はこのまま戦うのは不利と考えたのか木の上を渡って一目散に逃走する。
少女はそれを追わず弓を背中に戻しそのまま彼方達が落ちたところに向かって走っていった。
「…あの…あなた達大丈夫ですか」
「むごごごごごご(腰より上全部埋まってるけど首の方は大丈夫)」
「ぐももももももん(みょんは全身埋まってるみょん)」
「…なんて器用な人たち……」
 このみょんすぎる光景に感心しつつ呆れつつ、少女はこの二人を救助する準備を始める。
この二人がいればこの閉じられた理想郷でも退屈も紛れそうだ、そう思って少女はほっこりとほほ笑んだ。



「いや、マジで死ぬかと思ったね、助けてくれてありがとっ!お礼に下着でも上げちゃおうかなァ~へへへ、冗談だよぉ」
「……ほんとよく生きていましたね……」
 普通あの高さで頭から落ちたら気絶してもおかしくないはずなのだが彼方はけろっとした様子で軽口を叩き始める。
その軽口も若干下品なので妙なタフさも合わせて少女は彼方から一歩引いていた。
「助けてくれてありがとうでござる。みょんの名は西行旗本真名身四妖夢だみょん、そちらは?」
「…あ…わたしの名前は埴良 美苗です」
「みなえさんね。私の名前は烏丸彼方!よろしくぅ!」
「ところでみなえ殿、一体ここはどこなのでござるか?」
 謎の生首が現れたり幻想の類だと思っていた烏天狗が現れたりとこの森は異様としか言いようがない。
けれどその質問に対し美苗はとても苦々しそうな表情を浮かべて顔を俯かせた。
「…説明しにくいんです…とりあえずまず落ち着ける場所に行ってから話をしましょう」
「家とかあるのかみょん?」
「…そのようなところです」
 そう言って美苗は付いてきてと言ったように手を振って森の中を進んで行く。
彼方とみょんはそれに付いて行ったがその道のりはどんな今までの旅よりも安心に包まれていた。
 進むべき道がある。それはどんな高価なものよりも、長き友情よりも素晴らしいことだ。


「……ここは」
「神社でござるな」
 導かれるままに道なき道を進んだ二人は紅くそびえたつ鳥居の前まで辿り着く。
その奥には古寂びた神社が二つ、真ん中の渡り廊下を筒のようにして左右に繋がっていた。
「社が二つあるって珍しいね」
「…いろいろ事情があるみたいです…それじゃあ右の社の方に行きましょう」
 そう言って美苗は右にある社へと向かっていくが彼方とみょんは二つの社を見比べて少し疑問を感じた。
長い間放置されたかのように思えるほど寂れた二つの社だが、明らかに右の社より左の社の方が比較的真新しく見えたのだ。
それなのに右の社へ行くのは一体どういうことだろうか、そう思いながらも二人は慌てて美苗の後をついて行くのであった。
「あう?あー!みなちゃん!ゆっくりおかえり~」
「…ケロちゃん…ただいま!」
 右の社に入ろうとした時比較的小さめのゆっくりすわこが美苗の胸に飛び込んできた。
決して豊満とはいえない美苗の胸だったが、すわこはそんなことも気にせず匂いを残すように自分の頬を胸に擦りつけた。
「…きゃん!ケロちゃんったら…もう…」
「こ、このエロガエル!はれんちでござる!」
「あ~う~」
「あれ?普通にゆっくりもいるの?意外と普通なの?」
 すわこを見てまた色々と考え込んでしまう彼方だったが美苗は寂しそうに首を振った。
「…この神社には私とケロちゃん…あともう一人の三人しかいません…」
「結局、ここはあの化けもん達の領域かぁ」
 せっかく芽生えた希望が簡単に崩れてしまい彼方は深いため息をついた。
けれど持ち前の切り替えの良さで彼方はこの神社にいるもう一人に希望を託すことにした。
 想い人のように強く、心の支えとなってくれる存在だろうか。そう思うと胸に熱いものが込み上げてくる。
「…タツミ様…流れ着いた人たちを案内してきました」
「ようやく……来てくれたか」
 社の中に入った四人はそのまま居間に移動し、そこの神棚の前でもう一人の人物に出会った。
中性的のような顔立ちでありながら声は太く、首、腰、足に強固な枷がはめられている。
また、体の動きを阻害しない程度に体中太く堅い縄が縦横無尽に巻きつけられていた。
 だがそんな姿であっても、その人物は苦痛の表情も見せず周りに威圧を放ちながら静かに佇んでいたのだ。
「き、緊縛ぷれい!!」
 彼方は空気を読まなかった。だがそれもまた彼方の長所であり短所である。
「……別に好き好んで付けているわけじゃないさ」
 彼方の戯言を受け流すように笑ってその人は傍らに置いてあった大きな器を持ち、その器に注がれた酒を一気に仰いだ。
「ひ、昼間から酒飲んでる…ダメ人間だ!」
 この瞬間、彼方の理想としていた人物像は粉々に打ち砕かれた。
けれど緊縛プレイは良くて昼間から酒飲む人が駄目というのは一体どういうことなのだろう。我々はまだ彼方のことを知らない。
「まぁ慣れない世界で戸惑っているだろうし色々と説明も欲しいだろう。茶菓子でもつまみながら話をしようじゃないか」
「う、ま、まぁ……初めて会ったばかりでそんな気を…許してるわけじゃないけど…そうやって言うのなら聞いてやっても…いいみょん」
 そう言うもののお茶菓子という言葉を聞いてからのみょんの瞳はいつにもまして輝いていた。
そんなみょんの様子を見て周りの人はくすくすと笑い、美苗さんは茶菓子を取りに行くためにこの部屋から出ていった。
「あ~う~……みなちゃん~」
 美苗を追おうとしてすわこも部屋を出ていこうとしたがその前にその人物に止められ、真横に座らせられた。
「……乳離れくらいしろ、スワコ。あの子じゃお前の母親代わりにはなれない」
「え?三人は家族じゃないの?」
「……………」
 彼方の質問に対し苦々しい表情を浮かべその人は再び酒を仰ぐ。
気まずい雰囲気になってしまい居間に沈黙が流れるが、美苗が茶菓子を持ってきたことでみょんがはしゃぎだしようやく場の空気が良い方向に動き出した。
「…タツミ様…湯のみが足りなかったのでタツミ様の分の茶が用意できませんでした」
「そうか?まぁ客人に茶を出さないのも変だしな。けど茶菓子くらい私の分もあるだろ?」
「…はい…これは全員分あります」
「そうか!私好きなんだよな美苗の作った菓子。しめ縄に似て縁起もいい」
「……しめ縄?」
 はしゃいでいたみょんは急に動きを止め、とっさに美苗が持ってきた茶菓子の器の中をのぞき見た。
その中には円形で油で揚げられたような和風とは程遠いお菓子が所狭しと詰め込まれている。けれどみょんはそのお菓子の名を知っていた。
「こ、こ、こ、こ!これは!どうなつ!!!!」
「え?どうなつって言うとみょんさんが食べたかったやつ?」
 みょんはすかさずそのうちのひとつを掴み口の中に放りいれ、美味しそうに目を輝かせて咀嚼する。
そしてお決まりのセリフを部屋いっぱい響き渡るように叫んだ。
「脂っこい!でも甘い!口の中ぱっさぱっさでござる!むーしゃむーしゃ!しあわせーーー!!」
「よかったね~みょんさん、でもこれって……確か…」
「………」
 何も言わずに美苗はどうなつを一つ取って頬張るが、その表情に影を落としていたためみょんも彼方もあまり深く追求することが出来なかった。
「それじゃまず自己紹介から、私の名前は建三名方奏、まぁタツミとかミナとかでいい」
「あ~う~すわこの名前はスワコだよ。ゆっくりよろしくね!!」
「みょんの名前は真名身四妖夢、西行国の旗本でござる。そしてこちらは…」
「私の名前は烏丸彼方!かたなでもとりまるでもありません!どうぞよろしく!」
 一通りの自己紹介が終わり五人は一斉にどうなつを食べ、まったりと各々の飲み物を喉に通す。
まるで先ほどの慌ただしさが嘘のよう、出会ったばかりだというのに妙な親近感がこの場に生まれていた。
「さて、それじゃいろいろ説明してほしいみょん」
「ん、ああ……それじゃあ聞く前に一言、私の言うことを嘲笑ったりしないこと。二人ともいいね?」
「分かったでござる」
 二人の了承を得て、タツミナは改まった態度で説明を始めた。
「まずここはどこか、と言う話だが……ここは博麗領だ。四十年前から国境が変わっていなければな」
「博麗領!?」
 それはおかしい、博麗軍から逃げてきたのなら自然と守矢領に行くはずだ。
そう二人は思ったがよく考えたら方向なんて考えずめちゃくちゃに走っていたし、崖に落ちたり何故か博麗軍とすれ違っていたりと色々心当たりが多かった。
 それで二人は一応納得したが、今度はその次に言った五十年前と言う単語が気にかかった。
「博麗は神格的なものを嫌うから博麗領には神社とか一切ないはずでござる、それなのにどうしてここはこうしてあるのかみょん?」
「元々ここは守矢領だからさ、それがいつの間にか博麗のやつらに領土を取られちまってねぇ」
「…………こんなでっかい社がよく博麗の役人に見つからなかったもんだみょん」
 博麗国では神社とか寺は見つけ次第破壊。それは人は人でないものに頼らず人自身の手で生きるという信念が国全体にあるからだ。
その信念は昔からずっと続いており神を中心に世界が成り立っていると考える守矢との対立の原因ともなっていた。
 しかしタツミナは妙なしたり顔になってみょんの疑問にこう返答した。
「いや、見つからなかったんじゃない。見つけられないんだ」
「?どうしてですか?」
「お二人さん、神隠しって知っているか?」
 『神隠し』。神などの神秘的な存在によって神域に入り込んでしまい失踪してしまうこと。行方不明をこじゃれた言い方のような気がしないでもない。
けれど今までの話を統合すると、この胡散臭い言葉も妙な説得力を持つこととなる。
「……そうか、ここは『そういう場所』なんだみょん」
「そうだ、神秘を否定する博麗のやつらには入ってこれないというわけさ。というかあっち側が無意識的に入らないと言った感じかな?」
「神秘とか分かんないな~つまり私達は神様の手によって神隠しにあったっていうこと?」
 考えを放棄した彼方のその言葉にタツミナは眩暈を覚えたが、一応言っていることは正しいので深く縦に頷いた。
「それじゃああの化物どもは?神域に化物がいるというのはなにかおかしいみょん」
「いや、神も妖怪も元をただせば『怪しいもの』の一種に過ぎないよ。この国では古代的なのが神、近代的なのが妖怪と言う認識でもいい。
 あいつらも博麗から逃げてきた奴らさ、けどこの神域が肌になじんだのか居付いてしまったんだよ」
 ふむぅ、と一応納得してみょんはどうなつのおかげで渇いたのどを潤す為にお茶を飲む。
そう言えば今回は彼方の暴飲がないなと思って彼方の方を見ると、妙に体を震わせて目もやたらめった右往左往している。
「く、口の中ぱっさぱさ……」
 恐らく中毒症状が出ているのだろう。めんどくさいからみょんはほっとくことにした。
「………驚かないんだな、さすがあの西行国の旗本と言ったところか」
「生まれは関係ないでござるよ、ただ、この子と一緒にいればどんな常識も吹っ飛んでしまうみょん」
 初めて会った時、自分は異世界からやってきたと言っていた彼方。
最初はみょんも一笑に付していたが非常識な言動、可笑しな服装、類まれなる力、そして覇剣の存在によって強制的に、嫌と言うほど信じこまれた。
そんな彼方と一緒にいたら神隠しや神域なんて御伽染みたものも否定しきれないのである。
「…常識にはとらわれないということですね」
「ま、倫理には反しない程度にみょん……さて」
 みょんは器に残っていた最後のどうなつを口の中に放り込み真摯な目つきでタツミナ達と向き合った。
「色々この世界を知っているようだけど……あなた達は一体何者みょん?」
 ここがどこなのか、どういった類の場所なのかを知っているということはみょん達と同じように迷い込んだ者ではない。
それにタツミナの毅然とした態度は人間のそれとは全く思えないほど年季が入っているように感じるのだ。
 この人ももしかしたら化物かも、そう思ってみょんは気配を感づかれないように警戒を始めた。
「ははは、なぁに。外にいる奴とは似て非なる存在さ。そう気張るな気張るな」
「……………ッ!」
「何者、か……とりあえずこの美苗はちゃんとした人間さ、あんた達と同じように迷い込んだ人さ」
 気さくに笑いながらタツミナは隣でどうなつを頬張っていたスワコを掴んで胡坐をかいている足の上に載せる。
それはまるで自分とスワコは美苗と別の存在と言わんばかりの行動にしか見えなかった。
「…先ほどあなたは外の妖怪と似て非なる存在と言っていたみょん……それじゃあもしかして」
「お、人の話を聞いてくれてありがとう。もう察しついてるんだろう?」
 そう言ってタツミナはスワコを抱えて勢いよく立ちあがる。
その際首の鎖が引っかかってしまい声を殺しながら痛がっていたが、何事もなかったようにちゃんと鎖の余裕を確認して再び立ち上がった。
「私の名はタツミナカタノカナ!!葦中漆日元国の軍神と呼ばれ、この諏訪二連大社の祭神!!神域の支配者!神隠しの主犯!
 だが私達は人に知られ、信頼されなければ生きていけない!だから誠心誠意の想いをこめてこう言おう!



        ようこそ!!!私の『理想郷』へ!!!!ようこそ!!!『幻想郷』へ!!!!」




 かつて軍神と呼ばれ、国を追われた神の悲しき叫びが、この世界に響き渡った。
二人の神と二人の人間、そして一人のゆっくりはこの世界で、一体何を思い、何を知るのか、それは神でさえも知ることは無かった。



 風神章・微意前篇 ー終了ー

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最終更新:2010年11月21日 09:18