緩慢刀物語 風神章・微意 後篇-4



 タツミナは遠くの戦いの音を微かに感じ取りながら社の床を破壊し始めた。
別に癇癪を起して八つ当たりをしているわけではない。目的はこの体を繋いでいる鎖の元となる部分だ。
「かつてここまで忌々しいと思ったことは無いぞ……タケミカグツチ!!」
 神棚の真下には未だ電流を放ち続けているタケミカグツチの刀が刺さっている。
タツミナはそれを抜こうとしたが触れた途端手に高圧電流が流れ、思わず手を放してしまった。
「……なんか変だとは思っていた」
 鎖は刀から生えているわけではなく鎖の穴に刀身が差し込まれ地面に刺さっている状態だ。
つまり刀を抜けばタツミナはすぐにでも自由を得るのだがそれを妨害するのがこの刀に流れている高圧電流となる。
 しかしいくら神の手で造られたと言ってもここまで力が残っているはずがない、そこでタツミナはとある推論を思いついた。
「……タケミカグツチ、そこにいるんだろう!!!!」
 この刀はタケミカグツチの腕から造られたもの、故にこの刀はタケミカグツチの半身である可能性があるのだ。
半分は外の世界で信仰を得て、半分はもう片方から力を受け取り自身に電流を流す。
 そこまでする必要があるのか、という疑問もあるがこの不自然さを取り除くには一番の答えだった。
 刀は静かに電流を流していたがタツミナがそう呼びかけるとタケミカの刀は不敵な声を上げた。
『……気づくのが遅いな』
「やはりか!今すぐ地面から抜けて私を自由にしろ!」
『お断りだ。ここから出ないと約束したではないか。それが敗者の罰、そして俺なりの嫌がらせだ。』
「相変わらず性根が腐ってやがるな!」
 そう言ってタツミナは神棚の破片をタケミカの刀に投げつける。
しかし破片は刀に纏われている電流によって消し炭へと姿を変えて空に舞った。
『性根が腐っているか。それはお前だって同じだろう。あの女に神にあるまじき暴言を吐きかけたりと……』
「……お前……見ていたのか……?」
『濡れ場もしっかり。しかしあんなに仲が良かったのによくあそこまで仲違いできるな』
 タツミナは怒りと恥ずかしさで顔を赤くし頭を抱える。
今までこの社で行われてきたことは全てこのいけ好かない神に見られていたというのか。過去に戻ってこいつの存在を自分達に教えたくなった。
『お前達の事情に俺は関係ないからな、喧嘩した時もあんま口出さないようにしたよ』
「ああはいはい!そうですか!」
 仮に口出されていたとしても嫌な空気になっていただろう。
タツミナは青筋を立てたままタケミカの剣と向かい合うようにドスンと座った。
『なんだぁ?もっと恨まれているとは思ったが拍子抜けだな』
「……お前なんかよりも自分の方がもっと嫌になっただけだ」
 一人の女を死なせ、その償いも出来ずにいる。
後悔と懺悔と悲しみはタツミナのタケミカに対する恨みをすっかり薄くしてしまった。
「しかし意識を刀に残すとは貴様も物好きだな。動けぬ身で一体何をしたかったんだ?」
『言っただろう、お前への嫌がらせと。それともう一つ』
「もう一つ?」
 嫌がらせ以外に何かあるのかと思ったが、嫌がらせ一つで半身を犠牲にするのも変な話であった。
タツミナは訝しみながらもタケミカのそのもう一つの理由がどんなものであるか気にかかった。
『あの女……ああ、お前がよく夜中シノコシノコと呻いていたからシノコという名前だったな。
 初めてシノコとお前が会った時何故あの女がお前に感情移入したのか……それが気になってな』
「……そうだったか?」
『あの時お前は俺に負けて喚いたり泣いていたりしていたからな。覚えてないのも無理はない』
「………」
『そう睨むな、負けたお前が悪い。その答えが分かった気がするよ』
 そう言ってタケミカは一息ついてこう言った。

『あの女はお前に一目ぼれだったんだよ』

「………それが答えか?」
『俺だってもっと深い意味があると思っていたさ……はぁ』
 二人は同時にため息をついてそして向かい合う。
談笑なんてものはもう終わりだ、タツミナにはもう一刻の猶予も残されてはいないのだ。
「おい、タケミカグツチ。事情は分かっているだろう?助けの声が聞こえるんだ。だから俺を自由にしろ!」
『……』
「嫌がらせもいい加減にしろ!求める人の声が……どんどん弱く……私と……シノコの娘が……」
『……けっ、ウジウジ言ってたのがようやく本腰入れるようになったか……だが、まだ本当の覚悟と言うものを見せてもらっていないな』
 タツミナが本当の覚悟とはなんだと尋ねるとタケミカは威嚇するかのように電流を周りに発した。
『本当に人を救いたいと思う気持ちがあるなら………雷撃を纏う刀を抜くことなど造作もないこと……っ!』
「な、なんだと!!!そんなこと………」
『出来ないこともないはずだろう。それとも躊躇うのか?』
 しばらく無言のまま睨みあいが続いたが、覚悟を決めたのかタツミナは引き抜くためにタケミカの刀の柄を一心に握る。
それと共にタツミナの体に激しい電流が流れるがタツミナは怯むことなく刀を徐々に地面から抜き始めた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
『そう、これが敗者の罰……痛い目見て頑張れよ』
 電流は体全体を駆け巡り肌や髪、服と言ったものまでありとあらゆるものを焼き尽くしていく。
特に直に触っている右腕の被害は一番酷いもので、指の先は炭化しボロボロと崩れ始めていた。
「ぐぬおおおおお!!!!く、手の感覚が!!!このぉ!ま、まけてた、まるか!!」
 救いを求める声が今も聞こえている以上こんな所で終わるわけにもいかない。
しかし電流はいまだ衰えることなく発し続け、ついに掴んでいる右手そのものが完全に炭化し掴むことが出来なくなってしまった。
「み、右手が終わっても……左手がある!!うおりゃあああああああ!!!」
『……』
 炭となった右手が塵となって壊れるもののタツミナは咄嗟に左手で柄を握り再び引き抜こうとする。
しかし元々電流が左手にも流れていたのか右手ほど長い時間は持たず、また体の方も限界が訪れていた。
『……見るに堪えない姿になったな』
「そんなことはどうでもいい!!」
 皮膚は完全に焼け落ち、肉さえも火が回り、元が高名な神であるとは思えないほど凄惨な姿になってしまう。
しかしタツミナはそれでも刀を抜くため必死に電流に耐え続けていた。その心には一人の女性、そして一人の愛娘の存在があったから。
「負けて……たまるかああああ!!!シノコ……!!スワコ……!!!」
『流石、だ』
 あと少しで引きぬけるという所でついに左手が肩から崩れ落ち、タツミナは最終手段として歯で柄を咥え引き抜こうとする。
電流はタツミナの目、鼻、首、そして脳までも焼き尽くすが、意識が無くなってもタツミナは絶対に刀から口を放そうとしなかった。
「ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
『お、おい!一体何がお前にそうさせるんだ!!』
 己の愛する者のため意識も命も削って戦い続けるタツミナにタケミカの言葉はもう届かない。

「ガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
 そして全ての肉が焼け落ち、頭蓋骨も完全に焼け落ちるその直前に刀はようやく地面から抜けタツミナは自由を手に入れた。
しかしもうそこにタツミナの命は無い。頭蓋骨は完全に崩れ、咥えていた刀を落とし首なしの死体はがしゃんと情けない音を立てて地面に崩れた。
『……救いようがない、か』
 地面に転がりながらタケミカはタツミナの骨を見てそう思う。
別にタケミカだって危険に晒されている人々を恣意的に無視するほど非情ではない。だが元々この刀はタツミナの罰として作られたもので意識的に電流を止めることが出来ないのだ。
 色々な不運が積み重なって、沢山の悲劇が起こって、そしてようやく訪れた転機がこんな結果に終わってしまうのか。他人事ながらもタケミカはふとない目頭が熱くなるのを感じた。
『全てが死に、そして意味もなく私だけが残る……今更後悔しても……遅いか』

『……………………あの子が……待っているわ』

 ふと、どこからか声がしてタケミカは意識を周りに向ける。
以前どこかで聞いたことがったような気がしたがいまいち思い出せず気のせいだと思うことにしたが、それに呼応するかのようにタツミナの死体が動き始めたのだ。
『………な、なに?』
『…………………この体朽ちようとも……想いは………消えぬ』
『建三名方奏……お前……そうだ、先ほどの声は……!』
 突然社に旋風が巻き起こりタツミナの骨は首に付けられていた鉄輪と共にその風に舞うように宙へ浮く。
そして背骨にあたる部分が鋭くしなり、風と共に発生した風刃がそれを見目麗しく精錬していった。
『そうか、救われない話だとは思っていたが……最後くらいは奇跡が起きても……いいな』
『わが娘を守るため……シノコ。私を支えてくれ!!!』
 風による精錬が終わると宙には一つの刃が出来上がっていた。
鉄輪がまるで鍔のように位置しそれはまるで一太刀の刀のような姿となっていたのだ。
『神刀……か』
 そのままタツミナの刀は風に乗り自身の呼ぶ声のもとへと飛んでいく。
タケミカの刀は一つ寂しく社に横たわり、あれだけ発していた電撃も今では息を潜めるようにすっかり沈静化していた。
『………頑張れよ』
 最初で最後の勝者の餞別を送り、タケミカの刀は最後の電撃を流した。





「ご、ご、ごああああああああああああああ!!!!!!!!」
 なんとか土蜘蛛の噛みつきを回避し、火事場の馬鹿力を出して彼方は土蜘蛛をひっくり返す。
そしてすぐさま立ち上がり今まさにスワコに牙を突き刺そうとしている釣瓶落としを一身に踏みつけた。
「ぐ、ぐおお!!」
「み、みなえさんにも!すわこちゃんにも!てをださせねええええ!!!」
「ぐぬぅ!ちょこざいな!!!」
 釣瓶落としはすかさず彼方の腕に噛みつくが、彼方はそれを無理に外そうとせずに釣瓶落としを腕ごと何回も何回も地面に叩きつけて執拗に痛めつけていった。
「これだけやって!まだ死なないか!!」
「死なん!刀で切られようとも死にゃあしねぇんだよ!!」
 七度目の叩きつけでようやく釣瓶落としは彼方の腕から牙を放す。
その隙に彼方は腰に戻していた覇剣を鞘ごと前に突き出した。
「さあさあ!これこそ『在処風伊仙』が現役時代に造りし刀、覇剣『舞星命伝』!
 悪に振るえば悪を滅し!善に振るえば命は再び目覚める!」
「悪……善……?そんなもの関係ありゃしねえんだよ!!!」
 彼方はすぐに覇剣を腰に戻し居合抜きの体勢を取る。
「……確かに剣は判断しない。何が良いか何が悪いかなんてものは所有者が考えるものだ」
「うがあああああああああ!!!」
 釣瓶落としは地面を跳ねながら彼方の足に向けて牙を突き立てる。
それに向かって彼方は一気に覇剣を持ち上げ一気に振り下ろした。
「だから!!!!」
「………っっっ!!!」
 振り下ろされた覇剣は釣瓶落としの頭部を抉り、釣瓶落としは顔半分くらいまでぱっくりと割れそこから一気に血を噴き出した。
「この剣の鞘は……殺す為にある!!」
 鞘に付いた血を服で拭いて彼方は美苗とスワコのもとへと駆け寄る。
覇剣はかなり重量を持った刀、それに伴いそれを納めている鞘も相当な重量を持っているのだ。
 刀と鞘、覇剣はそれの持つべき役割が逆転している。
「…う、うう」
「美苗さん!大丈夫ですか!?」
「…今はあまり動けません。そうだ!スワコ様は!?」
「あ~う~」
 スワコはボロボロに傷つきながらも美苗の無事を知って一心に抱きつく。
しかしそう安心してはいられない。彼方がひっくり返した土蜘蛛が起き上がり三人のもとへとやってきているのだ。
「…助けてもらってばかりじゃ……ないんです」
 美苗はそのままうつ伏せの体勢で弓を引き絞り土蜘蛛へと狙いを定め一気に放つ。
しかし美苗の力では虫の装甲を貫くことが出来ず、放たれた矢は土蜘蛛に弾かれてどこかかなたへと飛んでいってしまった。
「…そ、そんな」
「フシュルルルルルルルルル!!!」
 土蜘蛛は蜘蛛の糸を広く何回も吐き、霧のように三人の視界を封じる。
そしてそのまま一気に襲いかかろうとしたが幾本もの矢が糸を越え土蜘蛛の体に突き刺さった。
「グガァ!?」
恩返しとか、そう言うのは関係なくてさ。助け合おうよ」
「……は、はい!!」
 二人はともに弓を引き、そして何本もの矢を放ったのだ。
彼方は少女にしては力が強い方なので矢は土蜘蛛に思いきり突き刺さり、土蜘蛛は痛みで辺りをのた打ち回る。
その隙に彼方はトドメを指そうと覇剣を構え一直線に向かっていったが、大天狗が突風を起こし彼方の体は思いっきり吹き飛ばされてしまった。
「……覇剣……か。全く厄介なものを持ってるものよ」
「く、この赤っ鼻……」
「おい!ゆっくり一人ごときに三人はいらないだろう!誰か一人こっちに来い!」
 大天狗の呼びかけると色々揉め事は起こっていたようだがしぶしぶと白狼天狗がやってくる。
そして気だるそうに刀を構え一気に美苗の方へと襲いかかった。
「な、なにぃ!?」
「覇剣、ね。そんな厄介なやつ相手とはちゃんと準備してから行くんだよ!」
「…!!」
 美苗は弓を構えて応戦しようとしたが矢を取り出すまでの時間がなく、最後にスワコの身を案じて覚悟した。
しかしその瞬間遥か遠方から突風が吹き荒れ、突風と共に飛んできた物体によって白狼天狗の体は真っ二つの肉塊へと姿を変えていった。
「…………えげ?」
「…!!?こ、これは……」
 白狼天狗の体は重力に引かれて地面に落ち、飛んできた物体は美苗のすぐ横に突き刺さった。
それは白い刀身を持ち、鉄輪を鍔とした一つの神の刀。建三名方奏がその身を変えて守る力となったものである。
「お、おとうさん」
「…えっ!タツミ様!?まさかこんな姿になって私達を助けに!?」
『……こんな形で守ることになって済まない』
 スワコは目から大量の涙を流し刀に抱きつこうとしたが周りにある風に阻まれて近づく事が出来なかった。
例えどれだけ愛情を持っていても刀に抱きついたら傷ついてしまう。もう神でも人でもないタツミナの心配りがよく出来ている証拠であった。
「おとうさん!おとうさーーん!!」
『さあ、手に取ってくれ。後は私に任せろ』
「…分かりました」
 美苗は傷ついた足で立ち上がり、柄を持って刀を地面から引き抜く。
重さは美苗が片手で持てるほどであったが風圧と威圧が凄まじく両手で持たないと支えられなかった。
「な、何だあれは!ええい土蜘蛛!殺ってしまえ!!」
「シャパアアアアアアアア!!!!!」
 突然の事態に大天狗は焦りを隠せず闇雲に土蜘蛛へと指令を出す。
土蜘蛛は先ほどの矢のことを根に持って怒り狂いながら美苗達に襲いかかった。
『今ここで振るってくれ。それだけでいい!』
「…はい!!」
 タツミナの指示通りに美苗は刀を横一線に振るう。
すると刀の刀身から風の刃が飛び出し土蜘蛛の体を真っ二つに切り裂いたのであった。
「グジャパアアアアアアアアアア!!!!」
 土蜘蛛は体液を体中から噴き出しそのままその場で果てる。それを見た大天狗は驚きを隠せなかった。
「!!!これはもしや!」
『久しぶりだな……大天狗。あの時のことは忘れていないぞ!!』
「お、おのれ!!小癪な神め!!!」
 大天狗は団扇を剣の形にして襲いかかったが神の剣には太刀打ちできず逆に刀の風によって吹き飛ばされてしまった。
『良し、今だ!』
「…………………………」
『どうした……美苗?』
 だがあと少しと言う所で美苗は刀から手を放しその場に倒れ落ちてしまう。
神の刀は確かに強大だ。しかしあまりに強大すぎる故に人間が扱うべきものではなかったのである。
 神の威圧に体が耐えきれずに美苗は体力を浪費し、立ち上がることすらままならなくなってしまったのだ。
『ま、まさか……なんてことだ!』
「ふ、ふふ、驚かせおって……今度こそしねええええええええええ!!!」
「あ、あ~~~う~~~~~~~~!!!!」
『スワコ!?』
 自分だけ守られるわけにもいかない。だって自分は神様だから、困ってる人を守らなくちゃいけないから!!
スワコは美苗の代わりに地面に転がっているタツミナの刀を一生懸命咥え、大天狗のいる方向へと振り抜けた!!
「!!!!!!!!!!」
 刀からは再び風刃が飛び出し大天狗の体を貫通する。
だが貫通したというのに大天狗は体が斬れた様子もなく、天狗らしく高らかに笑った。
「ふははははははははは!!!!!!所詮ゆっくりの力などこんなものだ!!さあ!今度こそ」
 と言いかけた瞬間大天狗の体は粉微塵に切り刻まれ花火の如く空に舞った。
神による神の刀、それは神が振るった時本当の力を発揮する。先ほどの風刃は切れ過ぎた故に斬れた瞬間くっ付いてしまったのだ。
だが風刃による衝撃波は依然残り、大天狗をバラバラに切り刻んだのであった。
「……あ、た、倒した……?」
「美苗ちゃん!!」
 彼方は傷ついて腕を抑えながら一目散に駆け寄り美苗に抱きつく。
これでようやく終わったようなもの。この救いようのない世界からようやく解放されたのだ。
「あ、ああ、みょんみょん」
「みょんさん!大丈夫だった!?」
「なんか総大将が死んだらさっさと逃げていってしまったでござる。あ~あ、この胴夏の錆にしてやりたかったみょん」
「うわ~物騒、こんな奴にならないようにね!スワコちゃん」
 全ての重荷が取り除かれ安心して気軽に笑いあう四人。
その傍でタツミナの刀は思いつめるかのように何も語らず寂しく地面に転がっていた。
『美苗』
「…は、はい!何でしょうタツミ様」
『……色々世話かけたな』
 全てのしがらみが無くなりタツミナはようやく本音を言うことが出来た。
美苗はゆっくり丁寧に頭を下げてそのタツミナの本当の想いに応える。
「……ん?なんか変な感じがするみょん」
「そだね、言葉にできないけど妙な感じ~」
『私の世界が消えるのだ』
「…!!!!」
 この刀はタツミナの残留思念が宿っているもので今は皆が危機に晒されていたからここまで力を出す事が出来た。
しかし危機が無くなった今もう残留思念を留まらせておく力は無い。タツミナは本当の死を迎え、同時にタツミナの世界が消えるのだ。
「やだよぉ!お父さん!死んじゃやだよぉ!」
『もう子供じゃないんだから……泣くな。強くなるんだ!それが神だろう!』
「…タツミ様……」
 タツミナの刀も徐々に形を崩し始め、この神域も終わりを迎える。
美苗はこの時を名残惜しく思い、今までずっと我慢してきた涙を一斉に噴き出すように流した。
『そうだ。美苗おまえに頼みたいことがある』
「…なんですか?」
『最後の頼みだ……スワコをよろしく頼む。私ではもう無理だからな』
「…分かりました」
 美苗がそう言うとタツミナの刀は悔いはないと言ったようにその姿を風に変え空に舞った。
後に残ったのはかつてシノコが持ちタツミナの首に付けられていた鉄輪のみ。スワコはその鉄輪を帽子にはめて大声で泣いた。



『シノコ………本当にすまなかった』
『いいんですよ。これからは皆をゆっくりと見守りましょう?』





「ずずぅー」
「ずずぅー」
 今、二人は前に訪れた守矢の村の茶店で実にゆっくりしている。
ただ茶を飲むのも暇なので二人は傍らに置かれたどうなつを摘みながらこれからのことについて話し合っていた。
「うむむ、国境線が変わってるから如何ともしがたいでござる」
「もうめんどくさいなぁ……真っ直ぐ一直線に行きたいよ。おかわり!」
「…彼方さん。飲みすぎです。皆の迷惑です」
「あ~う~」
 そんな二人のもとへきちんとした巫女服を着た美苗がスワコを連れてやってきた。
今までは泥や汗で汚れていたから良く分からなかったがこうして間近でみると美苗は令嬢みたいな雰囲気を放っていて清楚でとても美しく見えたのだ。
そんな美苗達に対して彼方達は今までと変わりなく明るい笑顔で返事をした。
「お~美苗ちゃんスワコちゃん元気~?」
「…怪我はまだありますけど大丈夫ですよ。お二人はいつも元気ですね」
 そう言ってほほ笑む美苗だが目元には涙の跡が残っている。きっと家族と再会して本気で泣いたのだろう。
彼女もまた少女。人を愛し神を愛する巫女である。
「スワコちゃんなんか変わった気がする。何か人間ぽくなったような……」
「あ~う~そうかなぁ?でもお母さんも生まれたころはゆっくりだったって言ってたからそうかもね」
「神と言うのは信仰から成り立ってるもの。ゆっくりから信仰されればゆっくりの形を取り人から信仰されれば人の形を取るということか……みょん」
 ま、全て過ぎ去ったことでござると言ってみょんは懐からお金を出して店員のひなに渡した。
「…もう行くのですか?」
「色んなことで時間かかっちゃったから早くしないとみょん。目指すは刀鍛冶の村!」
「そんじゃ美苗さん!スワコちゃん!またいつかね~~~!」
 そう言って二人は外へ向かって駆けていく。
その二人の背中を見て美苗は祈った。
『神の御加護がありますように』











~緩慢刀物語風神章・微意後篇  終~











  • 後書き

 刀語面白いよね、と言ったところで今回の話はちょっと回想入れてみたりしました。
ただ回想がちょっと長くなったりとか、話自体がちょっと暗いかなとか、案の定話の長さが100Kb越えたとか少しながら後悔してみたり。
けれどこうしてなんとか完成できたことを嬉しく思います。
 とにかく今回の話はこれにておしまい。それでは次のみょん達の活躍にご期待下さい!


あ、今回みょんあんま活躍して無い………

  • 地面に突き刺さってんなら、無理して刀抜かなくても周り掘って抉り出したらいいんじゃん?(無粋) -- 名無しさん (2011-04-23 10:55:15)
  • 今まででは一番読みやすい話でした。
    後書きの通り主人公がやや薄く、より背景世界の描写的にテキストをつぎ込んだ感じでしたね。
    緩慢刀の裏テーマは"話を聞かぬ事"なのでしょうかと思ったり。 -- 名無しさん (2011-05-01 19:57:36)
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最終更新:2011年05月01日 19:57