「ご、ご、ごああああああああああああああ!!!!!!!!」
なんとか土蜘蛛の噛みつきを回避し、火事場の馬鹿力を出して彼方は土蜘蛛をひっくり返す。
そしてすぐさま立ち上がり今まさにスワコに牙を突き刺そうとしている釣瓶落としを一身に踏みつけた。
「ぐ、ぐおお!!」
「み、みなえさんにも!すわこちゃんにも!てをださせねええええ!!!」
「ぐぬぅ!ちょこざいな!!!」
釣瓶落としはすかさず彼方の腕に噛みつくが、彼方はそれを無理に外そうとせずに釣瓶落としを腕ごと何回も何回も地面に叩きつけて執拗に痛めつけていった。
「これだけやって!まだ死なないか!!」
「死なん!刀で切られようとも死にゃあしねぇんだよ!!」
七度目の叩きつけでようやく釣瓶落としは彼方の腕から牙を放す。
その隙に彼方は腰に戻していた覇剣を鞘ごと前に突き出した。
「さあさあ!これこそ『在処風伊仙』が現役時代に造りし刀、覇剣『舞星命伝』!
悪に振るえば悪を滅し!善に振るえば命は再び目覚める!」
「悪……善……?そんなもの関係ありゃしねえんだよ!!!」
彼方はすぐに覇剣を腰に戻し居合抜きの体勢を取る。
「……確かに剣は判断しない。何が良いか何が悪いかなんてものは所有者が考えるものだ」
「うがあああああああああ!!!」
釣瓶落としは地面を跳ねながら彼方の足に向けて牙を突き立てる。
それに向かって彼方は一気に覇剣を持ち上げ一気に振り下ろした。
「だから!!!!」
「………っっっ!!!」
振り下ろされた覇剣は釣瓶落としの頭部を抉り、釣瓶落としは顔半分くらいまでぱっくりと割れそこから一気に血を噴き出した。
「この剣の鞘は……殺す為にある!!」
鞘に付いた血を服で拭いて彼方は美苗とスワコのもとへと駆け寄る。
覇剣はかなり重量を持った刀、それに伴いそれを納めている鞘も相当な重量を持っているのだ。
刀と鞘、覇剣はそれの持つべき役割が逆転している。
「…う、うう」
「美苗さん!大丈夫ですか!?」
「…今はあまり動けません。そうだ!スワコ様は!?」
「あ~う~」
スワコはボロボロに傷つきながらも美苗の無事を知って一心に抱きつく。
しかしそう安心してはいられない。彼方がひっくり返した土蜘蛛が起き上がり三人のもとへとやってきているのだ。
「…助けてもらってばかりじゃ……ないんです」
美苗はそのままうつ伏せの体勢で弓を引き絞り土蜘蛛へと狙いを定め一気に放つ。
しかし美苗の力では虫の装甲を貫くことが出来ず、放たれた矢は土蜘蛛に弾かれてどこかかなたへと飛んでいってしまった。
「…そ、そんな」
「フシュルルルルルルルルル!!!」
土蜘蛛は蜘蛛の糸を広く何回も吐き、霧のように三人の視界を封じる。
そしてそのまま一気に襲いかかろうとしたが幾本もの矢が糸を越え土蜘蛛の体に突き刺さった。
「グガァ!?」
「
恩返しとか、そう言うのは関係なくてさ。助け合おうよ」
「……は、はい!!」
二人はともに弓を引き、そして何本もの矢を放ったのだ。
彼方は少女にしては力が強い方なので矢は土蜘蛛に思いきり突き刺さり、土蜘蛛は痛みで辺りをのた打ち回る。
その隙に彼方はトドメを指そうと覇剣を構え一直線に向かっていったが、大天狗が突風を起こし彼方の体は思いっきり吹き飛ばされてしまった。
「……覇剣……か。全く厄介なものを持ってるものよ」
「く、この赤っ鼻……」
「おい!ゆっくり一人ごときに三人はいらないだろう!誰か一人こっちに来い!」
大天狗の呼びかけると色々揉め事は起こっていたようだがしぶしぶと白狼天狗がやってくる。
そして気だるそうに刀を構え一気に美苗の方へと襲いかかった。
「な、なにぃ!?」
「覇剣、ね。そんな厄介なやつ相手とはちゃんと準備してから行くんだよ!」
「…!!」
美苗は弓を構えて応戦しようとしたが矢を取り出すまでの時間がなく、最後にスワコの身を案じて覚悟した。
しかしその瞬間遥か遠方から突風が吹き荒れ、突風と共に飛んできた物体によって白狼天狗の体は真っ二つの肉塊へと姿を変えていった。
「…………えげ?」
「…!!?こ、これは……」
白狼天狗の体は重力に引かれて地面に落ち、飛んできた物体は美苗のすぐ横に突き刺さった。
それは白い刀身を持ち、鉄輪を鍔とした一つの神の刀。建三名方奏がその身を変えて守る力となったものである。
「お、おとうさん」
「…えっ!タツミ様!?まさかこんな姿になって私達を助けに!?」
『……こんな形で守ることになって済まない』
スワコは目から大量の涙を流し刀に抱きつこうとしたが周りにある風に阻まれて近づく事が出来なかった。
例えどれだけ愛情を持っていても刀に抱きついたら傷ついてしまう。もう神でも人でもないタツミナの心配りがよく出来ている証拠であった。
「おとうさん!おとうさーーん!!」
『さあ、手に取ってくれ。後は私に任せろ』
「…分かりました」
美苗は傷ついた足で立ち上がり、柄を持って刀を地面から引き抜く。
重さは美苗が片手で持てるほどであったが風圧と威圧が凄まじく両手で持たないと支えられなかった。
「な、何だあれは!ええい土蜘蛛!殺ってしまえ!!」
「シャパアアアアアアアア!!!!!」
突然の事態に大天狗は焦りを隠せず闇雲に土蜘蛛へと指令を出す。
土蜘蛛は先ほどの矢のことを根に持って怒り狂いながら美苗達に襲いかかった。
『今ここで振るってくれ。それだけでいい!』
「…はい!!」
タツミナの指示通りに美苗は刀を横一線に振るう。
すると刀の刀身から風の刃が飛び出し土蜘蛛の体を真っ二つに切り裂いたのであった。
「グジャパアアアアアアアアアア!!!!」
土蜘蛛は体液を体中から噴き出しそのままその場で果てる。それを見た大天狗は驚きを隠せなかった。
「!!!これはもしや!」
『久しぶりだな……大天狗。あの時のことは忘れていないぞ!!』
「お、おのれ!!小癪な神め!!!」
大天狗は団扇を剣の形にして襲いかかったが神の剣には太刀打ちできず逆に刀の風によって吹き飛ばされてしまった。
『良し、今だ!』
「…………………………」
『どうした……美苗?』
だがあと少しと言う所で美苗は刀から手を放しその場に倒れ落ちてしまう。
神の刀は確かに強大だ。しかしあまりに強大すぎる故に人間が扱うべきものではなかったのである。
神の威圧に体が耐えきれずに美苗は体力を浪費し、立ち上がることすらままならなくなってしまったのだ。
『ま、まさか……なんてことだ!』
「ふ、ふふ、驚かせおって……今度こそしねええええええええええ!!!」
「あ、あ~~~う~~~~~~~~!!!!」
『スワコ!?』
自分だけ守られるわけにもいかない。だって自分は神様だから、困ってる人を守らなくちゃいけないから!!
スワコは美苗の代わりに地面に転がっているタツミナの刀を一生懸命咥え、大天狗のいる方向へと振り抜けた!!
「!!!!!!!!!!」
刀からは再び風刃が飛び出し大天狗の体を貫通する。
だが貫通したというのに大天狗は体が斬れた様子もなく、天狗らしく高らかに笑った。
「ふははははははははは!!!!!!所詮ゆっくりの力などこんなものだ!!さあ!今度こそ」
と言いかけた瞬間大天狗の体は粉微塵に切り刻まれ花火の如く空に舞った。
神による神の刀、それは神が振るった時本当の力を発揮する。先ほどの風刃は切れ過ぎた故に斬れた瞬間くっ付いてしまったのだ。
だが風刃による衝撃波は依然残り、大天狗をバラバラに切り刻んだのであった。
「……あ、た、倒した……?」
「美苗ちゃん!!」
彼方は傷ついて腕を抑えながら一目散に駆け寄り美苗に抱きつく。
これでようやく終わったようなもの。この救いようのない世界からようやく解放されたのだ。
「あ、ああ、みょんみょん」
「みょんさん!大丈夫だった!?」
「なんか総大将が死んだらさっさと逃げていってしまったでござる。あ~あ、この胴夏の錆にしてやりたかったみょん」
「うわ~物騒、こんな奴にならないようにね!スワコちゃん」
全ての重荷が取り除かれ安心して気軽に笑いあう四人。
その傍でタツミナの刀は思いつめるかのように何も語らず寂しく地面に転がっていた。
『美苗』
「…は、はい!何でしょうタツミ様」
『……色々世話かけたな』
全てのしがらみが無くなりタツミナはようやく本音を言うことが出来た。
美苗はゆっくり丁寧に頭を下げてそのタツミナの本当の想いに応える。
「……ん?なんか変な感じがするみょん」
「そだね、言葉にできないけど妙な感じ~」
『私の世界が消えるのだ』
「…!!!!」
この刀はタツミナの残留思念が宿っているもので今は皆が危機に晒されていたからここまで力を出す事が出来た。
しかし危機が無くなった今もう残留思念を留まらせておく力は無い。タツミナは本当の死を迎え、同時にタツミナの世界が消えるのだ。
「やだよぉ!お父さん!死んじゃやだよぉ!」
『もう子供じゃないんだから……泣くな。強くなるんだ!それが神だろう!』
「…タツミ様……」
タツミナの刀も徐々に形を崩し始め、この神域も終わりを迎える。
美苗はこの時を名残惜しく思い、今までずっと我慢してきた涙を一斉に噴き出すように流した。
『そうだ。美苗おまえに頼みたいことがある』
「…なんですか?」
『最後の頼みだ……スワコをよろしく頼む。私ではもう無理だからな』
「…分かりました」
美苗がそう言うとタツミナの刀は悔いはないと言ったようにその姿を風に変え空に舞った。
後に残ったのはかつてシノコが持ちタツミナの首に付けられていた鉄輪のみ。スワコはその鉄輪を帽子にはめて大声で泣いた。