れみりゃとお兄さんの出会い(表)

※この作品はれみりゃとお兄さんシリーズの世界観です。
※不幸な目に遭ってしまうゆっくりがいる描写があります。










↓よろしければどうぞ










れみりゃとお兄さんの出会い(表)








「弟君、この子を預かってほしいの」

突然俺の部屋に訪ねてきた姉貴が、俺の部屋の玄関で放った一言。
久しぶりに聞く姉貴の声が遠い出来事のように感じた。
はっきり言って訳がわからない。
突然過ぎる。

姉貴の腕の中を見ると、人間の赤ん坊のような小さな生き物がいるのが見えた。

「う~♪う~♪」

満面の笑顔。
何かを求めるかのように、両手を必死に虚空に向かって伸ばしている。

「…これって…人間…なのか?」

俺はその生き物に手を伸ばしてみる。
指がそれの頬に触れる。

「う~♪」

暖かくて、そしてとても柔らかかった。

「弟君、これはゆっくりよ」
「…ゆっくりだって!?」

ゆっくりとは、最近日本に突然現れた生物たちの名称だ。
見た目は人間の生首にしか見えなく、さらに動き回るので、正直慣れてないと気持ち悪いところもある。
お偉いさんの間では、『安らぎを運んでくれる妖精』だの『人間の醜い部分だけを集めた妖怪』だの『単なる野生動物』だの、色々意見が分かれているとか。
どうでもいいことだがな。

今のところ、人間とゆっくりの住み分けが出来ているとは言い難い。
害虫のように潰されてしまう事も決して少なくないと聞く。
俺は勿論そんなことをしたことはないが。
ただ、やはり近寄りがたい印象は持っていたのは確かだ。

しかし…

「ゆっくりってのは生首じゃないのか?そいつ、どう見ても人間の赤ん坊にしか見えないんだけど」

姉貴は無言でそいつを持ち直し、その体を反転させる。
俺はそれを見て納得した。
そいつの背中には、黒く小さな翼が生えていたからだ。

「なるほど…確かに人間ではないみたいだな」

しかし、未だに腑に落ちない点はある。
勿論、『俺に預かってほしい』と姉貴が言ってきたことだ。

「なあ、何故俺の所に連れてきたんだ?」

そいつが可愛いのなら自分で飼えばいい。
何故俺の所に持ってくる必要があるんだ。

「…私じゃ…無理だから…」

姉貴が顔を俯かせて小声で呟く。

は?
何だって?

俺の中では姉貴はいつも元気というイメージがあった。
しかし、今の目の前にいる姉貴はとても小さく見えて。
触ったら砕けてしまうんじゃないかと言う風にさえ見えた。

「だから…お願い…弟君にしか頼めないの…」

はぁ…。
思わず溜息が出る。
やれやれ、そこまで言われて断ることなんてできないじゃないか。

「だが、俺は大学の授業にも出るぞ。その間はどうすればいいんだ?」
「あっ…うん。私は少しお休みもらってきたから。その間にこの子が一人で生活できるように色々と教えようと思う」

姉貴は安心したように笑った。
やれやれ。
ああいうのは勘弁してほしいもんだぜ。

「う~♪う~♪」

ゆっくりの鳴き声が響く。
何だか嬉しそうにも聞こえるな。

「ありがとう…弟君」
「お、おう…」

照れ臭いから勘弁してくれ。





「…で」
「ん?」
「そいつの…そのゆっくりの名前はなんて言うんだ?」

俺は姉貴とゆっくりを居間まで連れてくると、俺はさっきから気になっていたことを質問する。
ゆっくりは姉貴の腕の中のままだ。

「この子?へっへ~♪」

姉貴は得意そうに笑う。
こういう表情してこそ姉貴だろう。

「この子はね、れ・み・りゃっていうんだよ♪」
「う~♪う~♪」

ゆっくり…れみりゃは嬉しそうに両手を上げ、自己の存在を姉貴の腕の中でアピールする。
くそっ…結構可愛いじゃないか。

「で、そいつを一人で生活できるようにする…って話だったが。出来るのか?」
「う~ん…何とかやってみる」

姉貴の表情が曇る。
まあ、短期間では厳しいだろうな。
見る限りどう見ても赤ん坊にしか見えない。

「そいつの飼い方は?檻とか必要なのか?」
「ううん、出来れば家の中で放し飼いが良いと思う。檻の中はゆっくり出来ないみたいで…」

ゆっくりがゆっくり出来ないと大変だろうな。
なるほど。

これってギャグなんだろうか…。

「そいつの食べ物は?」
「甘味。特にプリンが好きみたい」

プリンが好きな野生動物なんて聞いたことないな…。
やっぱりこいつは妖精か何かなのか?
俺はれみりゃの頬を指先で触ってみる。

「う~♪う~♪」

嫌がってはいないようだ。
嫌われていないことに少し安心する。
これから生活するというのに、嫌われていたら色々と面倒だからな。

「じゃあ、弟君。私はこれから必要な物を買ってくるから、れみりゃのことを少し見ててあげてくれない?」
「えっ」

いきなりかよ。
ちょっとハードル高くないか?
教えてくれたら俺がひとっ走り買ってきても良いし。

「弟君もれみりゃもお互いに慣れてほしいの。弟君にはしばらく預かってもらう事になるんだし」

姉貴は俺の表情から何を思っているのか察したようだ。
やれやれ、姉貴にはすぐに俺の考えが読まれてしまう。
昔からそうだった。

しかし…こいつを預かるのか…。
改めてその重みを感じてしまう。

動物を可愛がるということと動物を飼うということは全く違うことだ。
こいつを動物と言っていいのか分からないが…今はスルーしてくれ。
…誰に断りを入れているのか分からんが。

まあとにかく、ペットを飼うという事は色々面倒なこともしなければいけない。
排泄物の世話とか、犬の場合には毎日のように散歩とか。
俺は動物は好きだが、実際にペットとして飼ったことはなかった。
そして、それは姉貴も勿論同じことのはず。
飼ってみたいという気持ちはあったが、親が許してくれなかったのだ。

そんな俺達に…いや、俺にこいつの世話が出来るのだろうか。
漠然とした不安に陥る。
やれやれ、我ながらネガティブな考えだという事はわかってはいるのだがな。
わかってはいるのだが…。

「大丈夫だって。可愛いから!!ほら、抱いてみて」

突然姉貴かられみりゃを手渡される。
うわっ、小さいけど暖かくて柔らかい!

…でも、肉まん臭い…。

「う~♪う~♪」

れみりゃは俺の手の中で嬉しそうに鳴く。
何故そんなに嬉しそうなのか。

…と、ここにきて違和感を感じた。

「姉貴、ゆっくりってのは人間のように言葉を話すんじゃなかったのか?」

そう、ゆっくりは人間の言葉を話す。
それがゆっくりの最大の特徴だ。
それがあるからこそ、ゆっくりを安易に野生動物のカテゴリーに入れるか否かで争いも生じるのだろう。

しかし、このれみりゃは「う~」としか言葉を話さない。
赤ん坊だからか?
まあ、言葉を話さなくても別に問題はないんだろうけど。

「…」

ん?
またもや姉貴の表情が曇る。
何かあるのか?
地雷踏んだのか?

「その子が言葉をなかなか発しないのは…その子のお母さんのことが原因なのかもしれない」
「お母さん…?遺伝ってことか?」

俺の質問に姉貴が無言で頷く。
そういや、こいつの母親ってどこにいるんだ?
普通は母親が子供を世話するものじゃないのか?

「それと…ああ、いいや。何でもない」

姉貴が話の途中で言葉を濁す。

「何だよ、気になるじゃないか」
「ああ、う~ん…えっと…」

姉貴は言葉を必死に探しているようだ。
言いたくないならそれで良いんだけどな。

「まあいいよ。それより、こいつの母親は?言葉を話さなくても子供を育てることくらいは出来るんじゃないのか?」
「…」

姉貴が俯く。
何だよ。
また地雷か。
地雷だらけじゃないか。
俺はマインスイーパーは嫌いじゃないぞ。
暇つぶしに丁度良いし。

「その子のお母さん…お母さんねっ…」

姉貴の声が鼻声になった。
顔を見ると、涙を流しているのが見えた。
…何があったんだ?

「その子の…お母さんねっ…ぐすっ…」

姉貴は必死に言葉を紡ごうとしている。
が、あふれてくる涙のせいでなかなか上手くいかない。

「その子…れみりゃの目の前でね…」

目の前で?
目の前でどうしたんだよ。

「…死んじゃったの…」

「え…?」

思わず間抜けな声が出てしまった。

死んじゃった?
まあ冷静に考えたらそれが自然なのかもしれない。
母親が生きていたなら、こいつの世話は母親がやることなんだろうから。

「ううっ…ぐすっ…」

姉貴のすすり泣く声だけが静寂の中に響き渡る。

…しかし、腑に落ちない。
姉貴やこのれみりゃがれみりゃの母親の死によってショックを受けたということはわかる。
しかし、それでれみりゃが話せなくなるということにどのように繋がるのか?
それが俺には分からなかった。

「ゆっくりはね…ゆっくりしたいの…ゆっくりする為に生きているの…」

姉貴は泣き続けているも、必死に俺に話そうとしている。
俺は黙って聞くことにした。

「だから…あまりにもゆっくりできないことがあると…忘れようとするの…そして…それが大きなことだと…色々なことも一緒に忘れてしまうんだと思うの…」

なるほど、何となく俺の中で繋がった。
れみりゃは、ゆっくりしようとするあまりに言葉までも忘れてしまったってことなのか。
母親の死というゆっくり出来ない事実を忘れる為に。

…ふぅ。
母親が死んでしまうことを認識すること、母親のこと自体を忘れてしまうこと。
どっちの方が不幸なのかは俺にはわからない。

そして、この感情は憐れみでしかないのかもしれない。
母親の存在と共に言葉を忘れてしまったこのれみりゃへ対しての。

しかし…俺はこのれみりゃに何かしてあげたいと初めて思った。
可愛がるということと実際に飼うということは全く別の話だ。
動物を飼うということは生半可の覚悟で出来る話ではない。
だから、親も許してくれなかったのだろう。
今なら…何となくだけどわかる。

しかし、それでも…自分にその覚悟があるのかもよくわからないが…このれみりゃの為に何かしてあげたいと思った。
中途半端な憐れみは却って害悪だと言う奴もいる。
ならば精一杯憐れんでずっと一緒にいてやろうじゃないか、と今なら思う。

だが、その一方で冷静な自分も中にはいる。
これは俺の一時の感情にしか過ぎないのではないのだろうか。
飽きたら捨ててしまうのではないだろうか。
そんな言葉が俺の中で囁かれる。

俺は一体どうすればいいのだろうか。
姉貴の言葉のまま預かっていれば…俺とれみりゃの関係は長続きしないような気がしてきた。
俺はこいつと長い間一緒にいられるのだろうか。
色々な思惑が俺の中で駆け巡る。

「う~…?」

れみりゃが不安そうに俺の顔を見る。
察したのだろうか。
俺が迷っていることを。


「う~♪う~♪ゆっくりぃ~♪ゆっくりしていくんだぞぉ~♪」


れみりゃが不安そうにしているのは一瞬だけだった。
すぐに満面の笑顔を俺に向ける。
その小さな手を俺の顔に真っ直ぐに伸ばす。
れみりゃの手はとても暖かかった。

その笑顔を見て、俺は心が洗われるような感覚に陥った。
その満面の笑顔は、確かに俺の心に安らぎをくれたのだった。
この笑顔を守りたい、心からそう感じた。
それだけで良いんじゃないか。
それだけでれみりゃと一緒に暮らしていけるんじゃないか。
そう思った。

「れみりゃは…今…とってもゆっくり出来ているんだと思う」

姉貴の口調は先程よりも幾分しっかりしたものとなっていた。
涙も止まっていた。

「私の前では…言葉を全く話さなかったから」

俺は姉貴に言われて気付いた。
れみりゃが『う~』以外の言葉を発したことに。
確かに『ゆっくりしていくんだぞ』と言葉を発した。

だが、俺が何かをした訳じゃない。
それとも、れみりゃは俺を選んでくれたのだろうか。
俺と一緒なら、ゆっくり出来ると思ってくれたのだろうか。

「私では…れみりゃをゆっくりさせてあげられない…」

姉貴が何故そう思うのか俺にはよくわからなかった。
れみりゃの母親を死なせてしまったことに対する自責の念だろうか。

「お願い…れみりゃをゆっくりさせてあげて…」

姉貴が頭を下げる。
一般的に言う土下座の体勢だ。


先程までは姉貴が頼むから、そのような理由でれみりゃを預かろうとしていた。
しかし、今は違う。

「う~♪う~♪ゆっくりぃ~♪」

俺の腕の中で、俺の顔に小さな両腕を必死に伸ばそうとするれみりゃ。
満面の笑顔で。

この笑顔を守ってやりたい。
この笑顔を見ていたい。
それがこいつを預かる…いや、一緒に暮らす理由だ。
姉貴に頼まれるまでも、ましてや頭を下げられる謂われはない。

「姉貴、頭を上げてくれ」

姉貴は俺の言葉に下げていた頭を上げる。
そして、俺は姉の顔を正面から見据えて言った。

「姉貴、俺にこいつと一緒に暮させてくれ」

まだまだれみりゃと暮らしていくには沢山障害があるのだろう。
しかし…どんな障害に陥ろうとも、れみりゃを見捨てることだけは絶対にしない。
それが俺の覚悟だ。

そして、俺が一方的にこいつに何かをしてやる訳ではない。
こいつが満面の笑顔を見せてくれることで…俺自身がゆっくり出来る。
れみりゃに俺をゆっくりさせてほしい。
あの心が洗われるような感覚を一度経験してしまった以上、こいつを手放す気など毛頭なかった。
これからもずっと俺をゆっくりさせてほしい。

「う~♪う~♪ゆっくりしていくんだぞぉ~♪」

その一言から、俺とれみりゃの生活が始まった。





後書
この話は大人なれみりゃとちょっと子供なお兄さんの何年か前の話です。
ずっと書きたいと思っていた話です。
一方的に与える関係ではなく、精神的なギブアンドテイクの関係が一番理想だと私は思います。

お姉さんとれみりゃのお母さんの間に何があったのか。
それが気になる方はこちらをご覧ください。


名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年01月23日 03:43