緩慢刀物語 妖夢章 微意 後編-2




「私は謝らない、絶対にだ、ぜ゛っ゛だ゛い゛に゛だ!」
「………………何なのこの子」
「さすがにみょんもわかんなくなってきたでござる」
 あれだけ痛めつけられたというのにいまだ意地を張り続けている彼方を見て葵もみょんも激しく呆れ果ててしまう。
とりあえず時刻は正午を回ったため二人は一応昼飯を頂くことになった。
「お茶おいしいかったんだからしょうがないじゃん~おいしかったんだよぉ」
「はぁ、たまもらん~褒められてるわよ~」
「うれしくねぇらん……」
 たまもらんは溜息をつきながら六人分の配膳を全部持ってきて全員の前に並べる。
一応朝食抜きなので彼方は真っ先に箸に手を付けるが配膳に飲み物の類が無いことに気づいて肩を落とした。
「……あ、そういえばかなた殿……その……」
「なに? みょんさん。あ、形戻ってないよ」
 そう言って彼方はみょんの体を掴んでむにっと凹んだ所を強引に戻す。
逆に余計に歪んだようにも見えるがみょんはそんな事意にも介さず重々しく口を開いた。
「……もし、刀が直ったとして、かなた殿はどうやってかなた殿の世界に帰るのでござるか?」
 みょんのその一言で不機嫌そうにしながらも素早く昼食をむさぼっていた彼方の表情は一気に凍りつく。
そのことについて彼方も全く考えようとしてないわけじゃない、だが考えれば考えるほど先行きが分からなくなり不安が湧きだして怖くなるのだ。。
彼方はそんな想いを一切表情に出さないがそれが怖くて怖くてたまらない。
「……みょんさんが………なんとかしてよ」
「あ……えっと、それが……めどがつきそうみょん」
 ふぇ?と予想外の言葉に彼方はつい顔を呆けさせてしまう。
まさか自分の知らないところでこのみょんは異次元を斬り開く剣技を会得したというのか。
それなんて伝説の剣豪ササーキコジローウ、第二魔法の極致に騎士王もびっくりである。
「いやいや、みょんが出来るわけじゃなくて……その、あおい殿が実は異世界に行けるという話で」
「……は……?…………こいつがぁ!?!?!」
 驚きと嫌悪感をあらわにして彼方は葵の方を箸で指す。
その彼方の不躾極まりない行為に葵は次波を通じて彼方の手を叩き、苦々しい表情で口を開いた。
「……全く、何でこうも難儀な子なのかしら。それに勝手に人の力をあてにしてくれちゃって」
「あっ、そ、その、実はかなた殿は異世界から来た子で……帰り方がその……」
「いいわ、大体分かった。けどそう簡単に何回もあなたのお願い聞くと思って?」
 彼方を許す、刀を返す、その切実な思いを無下にするつもりはあまり無いのだが昨日今日でこうお願いを聞き入れては仙人の威厳が形無しである。
それに葵は個人的に彼方のことが気に入らないのだ、先ほども頬を引っかかられて今も傷が残っている。
「これで何度目だと思ってるのよ! せめてあなた自身が頭くらい下げて物頼みなさい!」
「…………こん……にゃろぉぉ……」
「かなた……殿?」
 彼方だってこの機を逃せばきっと一生異空間を移動するすべが見つからないことくらい理解している。
例え刀が直っても元の世界に帰らなければ全くの意味が無い、この人に頼らなければあの人には会えない。
それだけは、絶対に嫌だ。
「分かった……わかったよ」
 観念したかのように彼方は涙を瞳に溜めながらゆっくりと葵の前に畏まって正座する。
両手を床に付けると彼方は目の前を見据え、勢いよく自らの頭を振り下ろした。
「お願いします! どうか、どうかわたしを元の世界に返してあらぁ!?」
 だが頭が畳につく直前、畳に次波の入口が現れ彼方の頭はその次波の入口にすっぽりと収まってしまう。
そんなつんのめった彼方の体勢を見て次波の造り主である葵はくすくすと笑いをこらえていた。
「…………ようし、殺す。投棄場行き確定な殺し方をお見舞いしてやる」
「ジョークよジョーク、どっちにしたってそのお願いは聞き入れられないわ」
 彼方の修羅の如く表情を軽く受け流して葵はふぅと溜息をつく。
極度の悪意と若干の悪戯心はあったようだがその言葉自体に偽りは無いように思えた。
「あおい殿、どうして無理なのでござるか?」
「はぁ、確かに私は本気出せば次波で全世界や異世界にだって行けるって言いました。
でも異世界行くのは本気中の本気を出さないといけない、フルパワーでリミットブレイク、割に合わないったらないことなのよ」
「ふ、ふるぱわぁ?りみと?え、ええいそこを何とか!」
「それだけ、じゃないわよ……」
 みょんの懇願に対し葵は物憂げな表情を浮かべて説明を続けた。
「異世界行くのは時間もかかるし凄く危険なの、あなた達が予想している以上にね」
「……危険?」
「異世界の出口が毒ガスに包まれてることだってある、高度1000mのときだってある。地面そのものが無い時だってある。
 しかも移動してる時は時間感覚が完全に狂うから……いつの間にか何十年経っていたってこともあるのよ」
 ま、比較的安全にすぐに辿り着く場合もあるから必ずってほどでもない、実際私がこう生きているわけだし、と付け足して葵は溜息をつく。
彼方はほんの一瞬戸惑った。時間がかかるだと?私はあの刀を一刻も早くあの人に渡さなければならない。
危険だって?例え帰れても出会えずにそこで朽ちてしまったら何の意味もない。
 でも、それだけが唯一の方法ならば多少の危険を伴ってでも行かなければならない。
時間がかかるのだけは絶対にお断りだが、どんな危険が立ちふさがろうと乗り越えなければならない。そんな覚悟が彼方にはあった。
「どんな危険があっても我慢します! だからお願いです! どうか……」
「いやいや、何言ってるの。別にあなたの心配じゃなくて私の問題よ」
「…………」
 勝手な発言のように思えたが考えてみれれば至って普通のことだと彼方は無理に怒りを鎮める。
しかしなんでかどーしてもぶん殴りてぇという気持ちだけはどうも抑えきれなかった。
「そこまでやるメリットが私には無い。そこまで私はお人好しじゃないわ、こっちだって家族がいるのよ」
「おばあちゃん遠くに行かないよねぇ? おばあちゃんがどこか行くとちぇんは寂しいよぉ」
「ちぇ、ちぇええええええええええええん! らんたちがいるってば!」
「……家族……か」
 葵はらん達とちぇんを胸の前に抱きかかえて三人と頬をすり合わせる。
そんなじゃれつくゆっくり達の笑顔を見てると葵を殴りたいという気持ちさえも薄まり、彼方は気が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「……くそっ卑怯だっ、そんな子供を理由に付けて断るだなんてっ」
「人質取ったあなたに言われたくないわよ。まぁ希望が全部なくなったわけじゃないから安心しなさい。
 来た方法があるのなら帰る方法だってある、元々刀を直す為に旅をしてきたんでしょう?この旅で今度は帰る道を探しなさい」
「うっせーだったら刀かえせよぅ」
 提言と呼べる葵の言葉に対して彼方は悪態で返し深いため息をつく。
そのまま葵をジト目で睨みつけていたが次第にゆっくりと戯れている葵が羨ましくなり、彼方は近くに鎮座していたみょんを無理矢理頬をすり合わせた。
「やだ、いやらしい」
「はぁぁ」
 しかしそれでは気がまぎれなかったのか彼方はぞんざいにみょんを放り投げて一人切なげに呟いた。
「あ~あ、家族かぁ。いいよね、一緒にいられるのって。私も早く帰りたいよ」
「当り前よ、あなたにも家族はいて?」
「……姉が一人、両親は戦でおっちんじまった」
 重い事を流れるように語り彼方はじっと葵一家のことを見つめる。
彼方の周りにはいつも支えてくれた人がいたから決して寂しくは無かった、けれど家族と言う共にいてくれる人には飢えていたのかもしれない。
もしかしたらそれ故にゆっくりと仲の良い葵を嫉妬していたのかもしれない。彼方は少し悲しくなった。
「……そう。でも別に血の繋がりだけが家族を定義づけるものじゃないわよ、ちぇんだって私と血縁関係ないもの」
「そんなの見れば分かるよ」
 寧ろ血縁関係なんてあったら人間とゆっくりの種族関係が混沌に包まれる。世界観の最大危機である。
「じゃあ、ちぇん殿はいったいどういう経緯で?」
「彼方さんの両親と同じ、親が戦で亡くなったのを私が引き取ったの」
 戦災孤児ということなのだろう。ゆっくりと仙人が共に住むなんて妙な家族だとは思ったけど一応これで納得出来た。
「お互い好きになれば血の繋がりなんか無くても何時だって家族になれる。あなた達二人も家族になればいいんじゃない?」
「……………………………………ちょっちょっちょ、何言ってんですかこのババァ! 恥ずかしいこといわないでくだしよぃ!
 流石にそんなはずかすぃこと、あは、は、あ、あああ、わたしにはきめたひとがいるんですぅー! こんなたくましきゅてかわいくて
 すっごくなみゃいきでバカみたいなゆっくりと付き合えだなんて……きゃーーーーーーーー!!」
 顔をくりむぞん色にまで紅潮させると彼方は顔中から蒸気を発しながら否定するかのように手をぶんぶんと振る。
そしていまだ逆さまになっているみょんを葵の顔に投げつけてそのまま逃げかえるように寝室の方へと駆け抜けていった。

「ふぁ……」
 昼間あまりの恥ずかしさからつい布団の中にもぐりこんでしまったが、元々睡眠は十分に取っていたせいか彼方は真夜中の時間帯に目を覚ましてしまう。
隣ではみょんがバカみたいな表情で熟睡しており彼方は一人ぽつんと闇の中取り残される気分になった。
「みょんさんと家族……か」
 あの時は必死に否定してしまったが実はそうまんざらでもない。弟とか妹とかそういう立ち位置なら実に楽しそうだと彼方はみょんの顔を見てひそかにほくそ笑む。
この世界に来てからゆっくりという不思議ななまものは一緒にいてかなり楽しい事を知った。
 だからこそ、ちぇん達と触れ合える葵が少し羨ましく思う。
「……寝付けないな」
 色々考えこんでしまったせいで眠気が完全に吹き飛んでしまい、彼方は夜の空気を楽しもうと布団を跳ね除け勢いよく立ちあがった。
ついでに用でもたそうかなと思っていると、この闇の中すすり泣くような声が聞こえ彼方は思わず竦みあがってしまう。
まさか幽霊の類であろうか、仙人がいたのだからそれも十二分にあり得る。
 彼方は息をのみ恐る恐るふすまを開けるとそこには赤色の髪を携えた美女が壁に向かって闇の中一人すすり泣いていた。
「ひえっ! 老婆の幽霊だ!」
「誰がババァだ!」
 誰かと思っていたら葵だった。葵はすぐさま彼方に反応し次波で彼方をすぐ近くまで引き寄せる。
そして涙の跡も隠さず葵は彼方の頭をがっしりと掴み、無理矢理自分とじっくり向かい合わせた。
「……あのねぇ、自分じゃむしろ無理して大人ぶっていると思うのにあなたはどうしてこうババァババァ連呼するのかしら。はぁ」
「ん~見えない力と言うかそう言えとがいあが囁いているとか、そんな感じかな」
 不遜な彼方の頭を扇ではたき、葵は涙を拭きながら溜息をつく。
そして虚ろな表情で天井を見上げただただ扇で冷たい空気を絶え間なく扇ぎ続けていた。
「そういえばさ、なんでさっき泣いてたの? そんなに私がいるのが嫌?」
「……そうかもしれないけど、一応泣いていたのは別の原因よ」
 否定されなかった事に少しムッとなる彼方であったが他に原因があるのかと頭を捻らせる。
仙人で不思議な力を持っていて家族もいて愛されて、一体どこに涙を流す要素があるというのだ。
「だから、よ。仙人で、不思議な力を持っていて、家族もいて、愛されているからこそ、私は泣いていた」
「はぁ? なんでそんなことで! 世の中にはねぇ家族も愛も受けられない人がいっぱいいるのに贅沢!」
「そんなこと分かっている。でもね、満たされているからこその不幸と言うものもあるのよ」
 彼方は完全に葵の言っていることが分からず、長く生き過ぎて頭でもイカレちまったのかと最初は思った。
だが彼方はそのような否定的な心持をしながらも葵の重みを伴った言葉に惹かれてしまった。
「は、は?全然訳が分からん」
「それはそうよ、家族が自分を残して死んでいくなんてあなたの歳では絶対に分からない。残るのはいつも私一人、ずっと孤独に生きていく」
「……あ、そうか」
 仙人だから、長く生きているからそう言うこともあるんだと彼方はようやく納得する。
彼方が家族を失ったのは幼少時だから具体的にその悲しみは分からなかったが、誰かを失うというその残された人の気持ちはなんとなく理解出来た。
「人間じゃないからってバカにされたこともあったけどそんなことこの苦しみなんかよりずっと楽。
 そんな時は力を見せればいい、偏見で物をみるようなやつらなんて脅かしたり助けたりすればころりと意見を変えるものよ。
 けどね所詮この力は移動術だから失うことの苦しみはどうしようもないの。
 今はとっても幸せよ、ちぇんがいてらん達がいて私の心はいつも満たされてる。
 だからこそ、どうしようもなく別れの時は残酷に訪れる。いつ、いつちぇんが私を置いて行くのかと思うと……なき、泣きたくなってぇ」
 いつか夢見た変な哲学、長く生きているからって幸せじゃないという考え。彼女はそれを思想ではなく事実現実として体験しているのだ。
葵はその現実に押しつぶされあれだけ澄ましていた顔を崩し、声を殺して静かに泣いていた。
「う、う、ううう……ちょ、ちょっと…ひとりに、させて、おね、がい」
「わ、分かった」
 何気ない圧力に押されて彼方はそっとこの部屋から寝室に戻っていく。
襖を閉める直前、彼方はふり向きぼそっと葵に向けて呟いた。
「もしさ、もし、覇剣のことが無かったらさ……私はあなたのことお母さんのように思えたかも」
「…………」
 親を知らずに育った彼方が言えることではないが、それは彼女の精いっぱいの慰めであっただろう。
そして襖はゆっくりと閉められ、葵は一人闇の中で孤独に音もなく泣き続ける。
その涙は本当に別れの悲しみを愁いたものなのか、わからないまま。



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最終更新:2011年02月19日 20:41