緩慢刀物語 妖夢章 微意 後編-3




 深淵の闇に包まれた夜も明けて、日の光が白銀の世界を照らし輝きの朝が訪れる。
居間では葵がいつものように、けれど深刻な顔つきで鎮座しており、そこへたまもらんが朝食でも作っていたのか割烹着姿で葵に近寄った。
「あおい様ぁ、ほんとにそんなことしちゃっていいんですか?」
「たまも……いいの。大丈夫、大丈夫だから、大丈夫なの、大丈夫になようにするから」
「…わかりました。それじゃらんはちぇんといっしょに朝飯つくってきます。争っても私達は関与しません、あとはご勝手に……」
 そう言ってたまもらんは何か諦めかけたかのようにふぅと息をつきながら居間から立ち去っていく。
居間に一人残された葵は腕を震わせながらじっとその手に握られた一本の刀を見つめていた。
「大丈夫、大丈夫だから、大丈夫、許してくれる、だから、だから」
「ちぃ~っす、おはようございま~っす」
「おはようございますみょん、ゆっくりしていってね!!!」
 暗示をかけるよう独り言を言っているうちに彼方とみょんが起きてきてしまい、葵は慌ててその刀を後ろに隠す。
それを目ざとく見つけた彼方は一瞬で葵に詰め寄り、笑っているんだか怒っているんだか分からない表情で葵を睨みつけた。
「もしかしてそれって……まさか覇剣もう直ったの!? ならさっさと返せぇ!」
「え、いや、その……」
「かなた殿、流石に覇剣と呼べるものが一日で直るはずないでござろう?それに鍛冶屋をみつけるのにも時間はかかったはずだろうみょん」
「えぇ~? そうでもないんじゃない? あの刀実はものの二三時間で結構凄い刀をうったとか言ってたし、直ったんなら返せ帰せ!」
 非常に鋭い剣幕で詰め寄られる葵であったがそれとは裏腹に先ほどの不安そうな表情は消え、呼吸を落ち着かせる。
そして、如何にも仙人らしい胡散臭い笑みを浮かべて後ろに隠していた刀を彼方の方に突き出した。
「ふふ、その通りよ。つい先ほど渡されたばっかりなの。私もこんな早く直って驚きなんだから」
「そんじゃ……か・え・せ!か・え・せ!」
「……分かったわ、昨日は無意味に頭下げさせちゃったしすぐに返してあげる」
 急に素直な対応をしたことに胡散臭いと訝しく思ったが、抑圧していた己の欲求には全く逆らえず彼方は上機嫌で葵から刀を受け取る。
しばらくは刀片手に小躍りしたりみょんに抱きついたりして喜びを体で表現していた彼方だったが、腰に差した時その表情は一瞬にして凍りついた。
「……違う」
「……」
「これ覇剣じゃない!!」
 突元激昂したかと思うと彼方は腰に差した刀を勢い良く床に叩きつけ、すぐさま葵の胸倉を掴みそのまま壁に叩きつける。
受け身を取れていたのか床に落ちた葵はすぐに体勢を立て直し、彼方から逃げるように自ら作った次波の入口に入り込んだ。
「ぎ、ぐぅ……」
「あおい殿!? は、覇剣じゃないって……どういうことみょん!?」
 外見だけならその刀はあの長炎刀なんかよりもずっとずっと覇剣と形と一致する。
手に取った時気付かなかったのだから恐らく重量も質感も同じだったのだろう。傍目からでは全く区別がつかない。
「わ、わからないけどなんか違う、これは覇剣じゃないよ!」
「根拠もなくこんなことをしたのでござるか!? いくらなんでもやりすぎみょん!」
「違うんだよ!!!! 分かんないけど、違うんだ!!! くそおお!!!! よくも偽物掴ませやがったなぁああああああああ!!!!!!!!!!!」
 彼方は葵の閉じこもっている次波の入口をやたらめったに蹴り付けるが、次波は葵の怯えた目しか見せないほどの隙間しか残っておらず徒労に終わる。
みょんはどうしていいか分からずおろおろするばかりで彼方は突然踵を返し寝室の方へと向かっていった。
「かなた殿!? 何をするつもりでござるか!?」
「ハァァァん? 何っテ長炎刀でこの隙間をブッ飛ばすんだよ! アハハハハハハハ!最初はさぁ、ちぇんちゃんでも人質にすれば出てくるとは思ったよ。
 でもさそれは駄目だよねぇ私でもわかるよ~分かったんだから。でも殺す。コケにしてくれた報いは返してくれよう!
 一瞬の隙を突いてバン! 一筋の隙間を縫ってバン! 血糊脳漿盛大にぶちまけろい! 仙人の血は何色だろ? 青色かな? あおいだけに、なんちゃって!
 あはははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!………寝室から取ってくるから見張っておいてよ!!!」
「かなた殿……あ~もう!やっぱ正解だったみょん!」
 狂ったかのような笑い声を上げて襖を閉めようとする彼方であったがそのみょんの言葉が気にかかり腕を止めた。
「……何その含みを持たせた物言い、もしかしてみょんさん何かやった?」
「いやぁ……あの調子だとまたあんな凶行をするかと思って……あの長炎刀隠したみょん」
「は、はぁ!? あれが無くちゃあいつ殺せそうにないのに何てことしてくれるんだよ! どこに隠したんだァ!! 言えよォ!」
 みょんを詰め寄る彼方の表情は憤怒に満ち溢れているようで陰にはかなりの不安が見て取れた。
今まであの次波には全く敵わず苦い敗北の味を何度も味わったのだ。おぞましく見える狂気にも若干の虚栄心が含まれている。
 だが彼方の精神が火薬庫のような状態であるのには変わらず、みょんはしぶしぶ長炎刀を隠した場所を呟いた。
「……外、でござる。雪の中に埋めてきたみょん。とりあえずこの家からはそう遠く離れていないところでござるが」
「な、な、なん……だと……ちっくしょう!!!」
 彼方は激しい悪態をつき、みょんを放り投げて一直線に外に隠された長炎刀を探しに行く。
彼方がいなくなっただけであれだけ騒がしかった居間もすっかり静まり返り、みょんは一息ついて葵の瞳が覗く次波のもとまで近寄った。
「あおい殿、かなた殿はもういないでござるよ」
「う、ううう………」
「話が聞きたいみょん。だから出てきてほしいでござる」
 みょんのお願いを聞き入れるように葵は次波の入口を広げて上半身だけを次波から這い出す。
すぐ逃げだせるようにと言うことなのだろうか。その考えを表すよう今の葵はかつての胡散臭さが一切感じられず、表情は恐怖で満ち溢れていた。
「なぜ偽物を掴ませるようなことをしたのでござるか? あれではかなた殿も怒って当然みょん!」
 ゆっくりらしくない激しい剣幕で責め立てるみょんに対し葵は申し訳なさそうにがっくりと頭をうなだれた。
みょんだってまさか葵がこんなことをするとは夢にも思わずに大きな衝撃を受けている。葵は喉から絞り出すようぽつんと呟いた。
「……そんなの、あの刀が欲しいに決まってるからじゃないの。欲しいというよりずっと欲しかったというべき……かも」
「欲しい……? 仙人がそんな俗っぽいことを……」
「そんなの幻想……いや、そんなの私だけかもね。でも決して突発的なものじゃないのよ」
 そう言うと葵は次波ごと体を動かして床に落ちている覇剣の偽物を拾い上げる。
見れば見るほど覇剣にそっくりなその刀だが葵が鞘を掴み刀身を引き出すと突然辺りは光に包まれ、みょんは思わず怯んでしまった。
「!!!みょっ! こ、この光は!」
 みょんはこの刀から発せられる光に見覚えがあった。
それは彼方と初めて会った頃のことだろうか。ひゃひゃひゃと笑って彼方が刀を振り回した時、ゆゆこ様に謁見した時、そして覇剣が弓剣によって折れるその直前。
間違いない、この光はあの覇剣が折れずに刀の形状を保っていた頃の光とほとんど同じだ。
「ほ、本当に偽物なのでござるか!?」
「ええ、本物を目指して造られた出来のいい偽物、銘を破剣『羽流九零』。切れ味だけだったら本物より勝るわ」
「……む、少し聞いたことがあるみょん」
 見た目と重量が変わらない点、そしてこの刀身から発せられる光から葵の言葉に嘘は無いように思える。
しかし偽物とはいえ名立たる名剣に変わりないこの刀を、果たして一朝一夕で用意できるものなのだろうか。
「……もしかして、元々あおい殿が持っていたのでござるか?」
「そうよ。より深く言うと私が作らせたの」
「つ、作らせた!?」
 次波を使って鍛冶屋に色々顔は聞くようだから不可能ではないだろう。
葵は刃を鞘に戻し脇に抱え、寂しそうな表情で話の続きを語った。
「私はずっと前からも覇剣が欲しかったのよ。喉から手が出るほど、心を相当捩じらせるほどに。でも次波を使って世界中探しても見つからなかった。
 それで何年前だか覚えてないけどね、それなら新しい覇剣を作ればいいんじゃないかって思ったのよ。ちょうど色んな鍛冶屋とも親交もあったし。
 でも出来たのは所詮紛い物。本物の力には到底及ばなかったわ」
「……本物よりも切れ味が鋭いのに到底及ばないのかみょん……?」
「あの剣の本質は切れ味なんかじゃないからね。
 そこで本物の覇剣を持ったあの子がやってきた。これはもう奇跡と言う他なかったのよ。
 ……だから奪った。詭弁をうまく使って上手くはぐらかしながら巧妙に、巧妙に」
「……本当か、みょん」
「仙人がこんなことするなんて、まさに”幻滅”でしょ?」
 そう言って自嘲するかのように無理に微笑む葵であったがみょんは何と言ったらいいか、どう反応していいか分からなかった。
あまりにも身勝手で彼方のことをバカにした話だ。けどどこか言葉に重みがあって上手く言い返すことが出来ない。
 そうみょんがまごまごしていると葵はそっと破剣をみょんに差し出してとても不安そうに掠れるような声で呟いた。
「ねぇ、あなた達の旅は……これじゃダメなの?紛い物とか偽物とか言ったけど実用面なら覇剣よりずっと使えるのよ。
 だから……お願い。交換でいいの。異世界に返す準備もしてあげていいから、お願いします。覇剣を私に下さい」
「そ、そんなこと……かなた殿に言って欲しいみょん」
 自分のことを仙人と言っていた葵、しかし今はとても心の弱い、一人では何もできないようなちっぽけな少女にしか見えなかった。
今も次波から下半身を出してみょんに土下座までしている始末だ。みょんは恐れながらも彼方がここへ戻ってくるのを祈ってしまった。
「一つ聞きたいみょん、あおい殿はなぜ覇剣を欲しがっているのでござるか?」
「………」
 みょんのその質問に対し葵は寂しそうな表情のまま沈黙する。
意地を張ってダンマリを決め込んだというわけではなさそうだが語りたくない何かがあるようだった。
そして土下座した葵と向かい合ってほんの少し経った頃であろうか、玄関の方からキシキシと足音のような音が聞こえてきた。
「戻って、きて、しまった、のね」
 これで全てが終わり、私も死ぬべき時が来たと葵は目に涙をためて肩を落とす。
しかし玄関から聞こえてくる物音は一つから二つ、二つから四つとどんどん増えていき明らかにそれは彼方のものではないことに気付いた。
「え? 誰……かしら」
「遭難者、というわけではなさそうみょん」
 その足音は次第に大きく、より喧しくなり葵達の隣の部屋の襖が勢いよく音を立てて開かれる。
そこから現れたのは偉そうという言葉が似合いそうな一人の体つきゆっくりと、嘘くさいという言葉がよく似合うウサ耳のゆっくり達だった。
「ぎゃっ! 因幡忍軍!! おのれ! 氷漬けでは飽き足らぬか!」
 みょんはすかさず羊羹剣を出して目の前に軍団へ身構えるが先頭にいるゆっくりうどんげらしきゆっくりは制止するかのように腕を前に出した。
「おお、ちょっとまちぃやそこのゆっくりみょんはん。今日うちらは戦いに来たわけじゃあらへん」
「はぁ? お前は誰でござるか! 因幡忍軍の頭領かみょん!?」
「いやいやあんなダンマリと一緒にさせてもらっちゃ困りますわ。わいは永夜国宰相、冷前鬼門下ゆいます。まぁ気軽にきもんげと呼んでくれてもいいで」
 敵を前にして気を張り詰めているみょんに対しきもんげは気楽な声で笑い始める。
今まで因幡忍軍とは何回も戦ってきたがみょんであったが、このように殺気立った自分を前にしてうすら笑いをするゆっくりとは一回も出会ったことが無かった。
「……で、その因幡忍軍が一体何用みょん。こんな大勢引き連れれば勝てるとでも思ったでござるか?」
「おおこわいこわい、だから戦いにきたんやないんっちゅうねん。というか、今日の相手はあんたやおまへん、そこの美しい淑女や」
「え、私……?」
 きもんげは刀を構えるみょんをまるで無視するかのように素通りし、葵の前で偉そうに胡坐をかく。
葵も最低限の警戒はしていたが今だ彼方のことを気にかけているのか全ての注意をきもんげに回すことが出来なかった。
「お、おのれ! もしあおい殿に手を出したら!」
「てゐども、そいつ見張ったれ」
 そのきもんげの命令によっててゐ達の注意は全てみょんに集中し、みょんは迂闊に行動できなくなってしまう。
今まで多くの因幡忍軍相手に圧勝してきたみょんだが実力自体はそれほど差があるわけではない。
前勝てたからと言って今回も必ず勝てるわけでもなく、葵のこともありみょんはただじっと見守ることしか出来なかった。
「私に一体何の用……かしら」
「ええと、フォルティア・フォーリン・葵さんやな。今後もよろしく」
「……!」
 初対面の相手に自分の名前を言われたことに葵は思わず息を呑んでしまう。
葵はどちらかと言うと仙人としては世間に交友を持っている方だが基本的にはこの人目につかない田舎で静かに暮らしているだけだ。
それなのに永夜と言う遠く離れた国の人がどうして自分の名前を知っているのか、葵はこの目の前のきもんげの底知れなさに少し震えた。
「ど、どうして私の名を?」
「ん? ああ、こいつらに調べさせたからや。他にもちぇんとらんしゃまの家族がおるらしいなぁ、永夜の忍軍は伊達やないで」
「……人の生活を覗くなんて品がありませんね」
 口では強がっていても葵は少しづつ少しづつきもんげに恐れを抱きつつある。
自分のことについては何ら問題は無い、だが家族構成まで把握されているとなると。
「いやいや、一応これも必要な事やからな。……覇剣も今はあんさんが持っているんやろ」
「やはり覇剣目当てかみょん!それにあの刀はかなた殿のもので……」
「そういきり立つなや。今まではちょっと手荒やったけど今日はわい流に穏便に済ましたい、つまり交渉と言うわけや。
 本来ならあの少女と交渉すべきなんやろうけど、あんな状態じゃ碌に話し合いすらできひんやろ」
 そう言ってきもんげは葵に取り入るように揉み手をしてにししと笑う。
穏便とか言ってはいるが忍軍を引き連れている時点でその言葉には信憑性が無く、葵は先ほどよりも警戒の度合いを強めてきもんげと向かい合った。
「イナバ一号!例の物を!」
「ははっ!」
 てゐのうちの一人が大きな箱をきもんげに手渡し、きもんげはそれを葵の目の前で開ける。
その箱の中には大量の大判小判がぎっしりと詰められており光を反射して縦横無尽に輝きを放っている。目算だとおそらく百枚以上はあるだろう。
「……なんですかこれは」
「何ってお金や、お金はあって困るもんやない。お金で買えないものなんて愛か信頼か失った甘酸っぱい青春の思い出くらいしかないでぇ」
「それはわかります。けれどお金を積めばいいってものではありません!」
 なんとも強い口調で常識的な言葉を吐き嘆息をつく葵だったがきもんげはそれに怯むことも意に介する様子もなく再び後ろのてゐ達に合図を送った。
「イナバ3から23!あれを持ってこいや!」
「ウサッ! わかりましたっ!」
 今度は21人のてゐ達が突然外に出ていきなにか大きな金属の塊のようなものをうんしょうんしょと唸りながら運んでくる。
そしてそれらを小判の入った箱の横に段差になるように積み上げた。
「………」
「どや?純金の金塊が21個や。こんだけありゃあ軍艦六隻は買えるでぇ?」
「あなた、私の言っている事まるでわかっていないようですね」
「ふむ。そやな、確かに小判とか金塊とかはこんな田舎じゃ実用的じゃないわな。イナバ2号と24号! とっておきのもん見せちゃれ!」
 最後に残った二人のてゐはなにか妙なものを取り出して葵の前に差し出す。
それは実が付いた枝と赤い毛皮、しかしその枝の実はこの世のものとは思えないほど美しく、毛皮は火のような煌きを放っていた。
「こ、これは……もしかして蓬莱の玉の枝、そして火鼠の衣……」
「これでもまだ足らんっちゅうのか?ええい!今日は大サービス!南の島の権利書もついてくる!家族で避寒避暑にはもってこいやで!」
 これでもかと言うくらいにきもんげは着物の下から幾枚の書類をぶちまける。
葵はその家族と言う言葉に釣られて試しにその書類に目を通してみたが、間違いなく本物の島の権利書であるようだった。
「蓬莱の玉はなんか色々神秘の材料っていうし火鼠の衣は着れば何時でもぬくぬくや。
 流石にこれでうちらもネタ切れ、そろそろ答えが欲しいんやけどなぁ」
「……………………」
 ぐいぐいと表情を覗きこむきもんげに対し色々思う所があるのか葵はじっと目を瞑って静かに佇む。
みょんもてゐ達もそれを固唾を飲んで見つめていたが葵は何も言わずただ首を横に振った。
「そ、そんなぁ奥さん、そりゃないやろぉ」
「結婚してませんから奥さんなんて言わないでください。私は最初からあの刀を渡すつもりはありません!」
「どうしてなんや、こんだけ積まれても渡せない理由ってのがあるんかいな!?」
「あるわ!」
 長考の末心に余裕が出来たのか葵はただその一言でもってきもんげの交渉を跳ね除けた。
「あの刀は命の剣、あの刀さえあれば尽きる命も長引かせる事が出来る。ちぇんを……家族をもっと長生きさせるためよ!」
 そんな理由があったのかとみょんは葵の今までの行動にただ静かに納得した。
今の葵の瞳は誠実の光が宿っている。あの顔で嘘などつけるはずもあるまい。
「家族、ねぇ。か、ぁ! なんちゅう愛や! 見てて惚れ惚れするで!」
 茶化すようでいて本当に感銘を受けているらしくきもんげは目頭を豪快に抑える。
しかし相変わらずこのきもんげの人物像がいまいちわからない。ただの小悪党なのかそれとも本当に温厚なやつなのかみょんも葵も感じ取れなかった。
「さて、これでいいでしょう? あなた達の話もおしまい。お金でなんとかするという認識も改めなさい」
「……ちょいと奥さん、その言い方は無いやろ?」
 葵がそう言った瞬間へらへらと揉み手をしていたきもんげが急にドスを利かせたかのように声の音調を変えて葵に詰め寄る。
豹変と言うにはあまりにも微々なものであったが、確実にきもんげの雰囲気はどこか変わっていた。
「あのなぁ奥さん、まずこの大判小判詰めがおよそ千万、そして金塊が大体六億、んで枝と衣と契約書で数十億は下らんで」
「十、十億!?!?!?!」
 あまりのお値段設定にみょんは思わずゆっくりした目を飛びださせてしまう。
え、なに?それ単位なんなの?銭?それとも円?どちらにしたって裕福も言えるみょんでさえも手が届く金額でなく、ただただ無い帽子を脱帽させるしかなかった。
ここまで来ると旅費の事や銃の値段で悩んでいた自分があまりにもバカバカしくなる度合いである。
「だから、値段の問題ではないと……」
「はぁ、だから奥さん。こんな金額個人で出せると思うんか?」
「……!!」
 そんなの当たり前だ。”出せるはずがない”
いくらなんでもこの戦国の世に国家予算を優に超えるものを一国の宰相が持てるはずがないだろう。
ではいったいどういうことなのかと聞く暇もなくきもんげはにししと気味悪く笑いながら話を続けた。
「これは国ぐるみの交渉なんや。さらに言うと永夜国の存亡をかけた一大計画『覇剣探し』の予算の全てを出しているんやで。
 それを『お金でなんとかする認識を改めろ』とか非情にも程がありますわぁ」
「……じゃあ、教えてちょうだい。あなた達は覇剣をいったい何に使うの?」
 余裕を持っていたはずの葵もいつしか手が震え、喉からようやく声を出す。
国家予算を超えるというと戦争どころの話ではないだろう。きもんげは待ってましたかと言うように勇ましく立ち上がった。
「ここまでの費用を出してやるほどの使命! それは! 地球防衛やああああああ!」
「……は?」
「今地球は狙われとるんらしい、宇宙人や宇宙ゆっくりどもはこの地球から全生物を消し去り地球を侵略しようとしているんや。
 それを知ったうちらの国は世界を救うために立ち上がった。そしてその防衛に必要不可欠なのが覇剣なんやで!」
「ええと、なにそれこわい」
 突拍子もなく話の規模が大きくなったので葵は思わず頭を抱えてしまう。
地球防衛?宇宙人?話があまりにも滑稽にしか思えず次波も宇宙にまでは広げられないため真偽も確認しようもない。
でも国家予算を全て出すだけの理由には確かになっている。ただただ困惑するしかない葵に怒涛の勢いできもんげは熱く語り続けていた。
「これはあんたらも無関係やない。もしうちらの国が負けたらあんたら家族諸共死ぬんやで!
 渡すのは一瞬の後悔、渡さんのは一生の後悔や! さぁ答えを出してもらいまひょか!」
「げらげらげらげらげらげら!みょっみょっみょ! 何かと思えばそんなお伽噺を語るとはみょん!
 月のかぐや姫が地球を侵略するとでも言うのでござるか? こんな下手な嘘にはうさぎ共も大笑い……」
「笑い事じゃねぇよ」
 てゐ達の一人がぼそりと呟きみょんは思わず笑うのを止めてしまう。
よくよく見てみるとてゐ達は全員神妙な顔つきできもんげの事を笑っている者は誰一人ともいなかった。あの人を四六時中騙そうとしてニマニマしている嘘吐き兎が誰一人とも。
「ま、まさか本当……いやこれは奴らの巧妙な罠だみょん! このみょんをダマそうっつうんだなァァアーーーーーーーーッッ!!!」
「そこのようむ! やかましいわ! さぁ奥さん、ここまで言ったら渡さんわけに……」
「…断ります」
 葵はただその一言、腹の底から強く言い放つ。
その一言にきもんげは思わず笑顔を消し葵に詰め寄った
「……は?」
「あなたの話には信憑性が全く感じ取れない、全く滑稽よ。信じさせる努力も全く感じられない!
 交渉と言いつつあなたは何故忍者を連れてきているの? 人の事を詮索してそれで信頼が得られるとでも思っているの!?
 その醜悪な自身を誇示する態度も金の臭いも鬱陶しいほど鼻につく! 速やかにこの迷僻から往なさい!」
 葵は衝撃が立つほど声を荒立てて威嚇のように扇をきもんげの目の前に突き付ける。
みょんもてゐ達もその迫力に思わず驚きおののいてしまったがきもんげだけは溜息をついて呆れた表情を浮かべた。
「はぁ、仙人ちゅうやつはここまで堅物かねぇ。まぁいいわ、一つづつ反論させてもらいましょか」
「……クッ、この……」
「まずは、忍者を連れてきている点についてやな。そんなんこの金塊を運ばせるためにきまっとるやろ。この量を一人で持てると思うか?」
「忍者である必要は全くないッ!」
「元々覇剣探しは因幡忍軍の管轄なんや。だから今使える人手はしかたなーく忍軍しかないわけ。
 それに、こいつらがいなかったらいなかったで『どこか忍者が隠れてるんでしょう!』とか言われる気がするわ」
 否定はできない。それにみょんは因幡忍軍が永夜国の物であることを知っていたため葵が言わなくてもみょんが囃したてたことだろう。
葵はきもんげの言葉に反論できず、きもんげは醜悪な笑顔を浮かべて反論を続けた。
「人の事を詮索と言ってもなぁ元々うちらはあんさんのことはよう知らんかった、あんさんの手に覇剣が渡ったのは偶然の事やしな。
 交渉相手の事を全く知らないというのもいけないやろ? それで因幡どもに調べさせたんやけど急ぎの事もあって個人的なところまで探ってもうたんや」
「…………」
「んで、信憑性の話かぁ、なぁそんなわいって胡散臭そうに見える?」
 見える。この場にいる誰もが心の中でそう呟いた。
その反応は予測していたらしくきもんげは不満そうな顔をして懐から出した葉巻を吸い始めた。
「じゃあ言うがな、あんさんの話には信憑性があるんか?」
「え……」
「家族のため言うけど本当にその家族がいるんか? あんた仙人なんやろ? 仙人中のは俗世間から離れて一人さびしく暮らすもんやなかったのか?
 つい家族愛に感激してもうたけど話が嘘っぱちって可能性もある。結局自分の欲のために覇剣渡したくないのかもしれんしなぁ」
「う、嘘じゃない!! 私の家族、かわいい女の子のちぇん、ちぇんをちょっと甘やかし気味なお母さんの……」
「じゃあ見せてみんかい、今ここで!」
「う……」
 次波を使えばそれも簡単だろう、けれど葵にとってそれだけは絶対出来なかった。
相手は忍軍を引き連れていて何時武力行動に出るか分かったものではない、その前に家族を出すのは弱みを見せつけるのと同じ事だ。
彼方という前例がある以上迂闊な事も出来ず、葵は言葉を閉ざすことしか出来なかった。
「はぁぁーー、これだから善人ぶっている奴の相手は困るなぁ。
 『自分は正しい、相手は嘘をついている』って考えが基本。相手の事を考えようとしない。虚仮の正しさで相手を見下す。
 こちらかて真剣や、本気なんや! もっと打算的に動け! そっちの方がまだマシや!! 金出す事がそんな悪か!? 富と名誉は愛と正義の前じゃ意味が無いんか!?
 覚悟もなくこんだけの金差し出すわけ無いやろうが!!!! どんだけ身を削っとると思っているんや!!!」
「……だ、けど、信じさせる努力も、必要でしょう!」
「アホンだら! これでも嘘誇張無くありのまま伝えているんやで!
 だけどこれ以上の情報は世に知れ回ったら危険なんや! 世界中大騒ぎになりかねんと姐さんは言っておった! 信憑性ありすぎるのも問題やろ!」
 もう何が嘘で本当なのか分からない、きもんげの言葉にどれだけの意味があるのかすら分からず葵は自分の髪を掴み蹲ってしまう。
しかしきもんげがもうひと押しするというその瞬間、みょんは素早く葵ときもんげの間に割って入った。
「ああ? なんや、なんのつもりや?」
「……きもんげ殿の話も本当かも知れない、あおい殿の話も本当かも知れない。でもこの取引は元々不当なもの、ここで終わらせるみょん」
「不当? 一体何か問題あるんか?」
「大アリみょん! 覇剣は元々かなた殿の物! 所有者のいない取引なんてくだらなくて口から霊が出そうでござる!」
 でも場が絶対荒れるから今は絶対戻ってきてほしくないと思いつつ、みょんはきもんげを拙い弁で押し続けた。
「今までずっと力づくでかなた殿から刀を奪おうとして! 例えかなた殿が帰ってきても絶対に渡さないだろうみょん!
 例え世界を救うといっても絶対に!! あの子はそう言う子みょん!」
「……なんかちゃうな」
「はぁ? 何が違うというのかみょん!?」
「今まで力づくであの嬢ちゃんから刀を奪おうってところや」
 何を言うか、初めて会った時も因幡忍軍は嘘偽りなく彼方に襲いかかっていた。
洒落でもネチョい意味でも無く、血を流す殺し合いとして。しかしきもんげはこう言った。
「逆や、話によると『嬢ちゃんがうちらから覇剣を奪っていった』んや」
「……………は?」
 何を言っているのだろうかとみょんは疑問に思う。彼方は先生と言う人物から直接覇剣を受け取ってここまで来たのだ。
それがどうして因幡達の仲介が入るのだ?彼方が嘘をついているというのか?
「なんちゅうかなぁ、うちらが折角見つけた覇剣をあのお嬢ちゃんが誰も見ていないその一瞬の隙をついて奪ったとある。うちらは奪われたものを取り返してるだけやで」
「ま、待つでござる! てゐ達の報告など嘘に決まっているでござろう!」
「いや、その時は因幡忍軍は関与しておらん。因幡達は調査と発見が任務やからな。輸送とかは別の管轄、もちろんてゐはいなかったで」
「……嘘だ、嘘だ嘘だっ!」
 色々手間がかかってバカでどうしようもなくて暴力的な彼方、けれどまさか自分を騙しているだなんて。
いや騙されたことはあるよ、銃の事とか、旅費も取られたし散々。でも裏切りの如く騙されたことは一回たりとも無かったはずだ。
「………ないわな、うん、あの子にそんな人を巧妙に騙す頭はないみょん。ねーよ、ねーよwwwwww」
 色々塞ぎこんでしまいそうになったが結局みょんは思考を無理矢理に停止させてそんな結果に辿り着く。
そう、ここはアホみたいに笑い飛ばすくらいの気概があった方が良い。真偽など後々確認すればいいだけの事。
愚かと言ってもいいだろう、だが信じられぬと嘆きうろたえるよりかはよっぽどゆっくり出来るはずだ。
「全く、この嘘吐きどもめ! さっさと帰れ! 羊羹剣の錆となりたいかみょん!? それともかなた殿のドデカイ一発を貰いたいのでござるか!?」
「あのなぁ、そんな人の意見を封殺するのが楽しいんか? そんなに信じられないんか?ここまで愚かとは……っ」
「私も、同じ考えです。だからお願いです。この話は終わりにして下さい」
「………」
 どこにも正しさや正解が見つからないその暗闇のような心の中でみょんの言葉は一つの灯のようだった。
それは誠実の信念なのか欲に塗れた想いが源となっているのか、それでも葵は思索の末に一つの結論を出すことが出来たのだ。
「……はぁ、ここまで物分かりが悪いとは思わなかったわ」
「ああん? 交渉が上手くいかなかったと分かったら人格を責めるのでござるか?」
「ふん、そっちが嘘と言うてもこっちにとっては真実なんや。イナバども、これ片づけろ」
 交渉も決裂し不要の長物となった金塊やら枝やらを片づけさせてきもんげは深い嘆息をつく。
そこには今までの媚びいるような営業用笑顔はもう無い。目もゆっくりした瞳ですらなく :::( ゚ )::::::( ゚ )::: な気○えた瞳で醜悪な顔をより醜悪なものにさせていた。
「困った、こんなんやと大目玉どころやあらへん。それにあんな大見得切ってあのダンマリと同じ結果なんて恥ずかしゅうてたまらんわ」
「だからゆっくりせずかつ迅速にこの場から往ねみょん!」
「ん、まぁ失礼したお詫びはさせてもらうわ。イナバ2号、24号! ”とっておき”のを持ってきたれ」
 先ほどから辟易するほど何回も聞いたそのセリフだったがてゐが持ってきたのは粗品と呼ぶには少し奇天烈なものだった。
二つとも言うなれば白い弁当箱に鉄筒が生えたようなもの。一つは鉄筒が二つ縦に並んでいてもう一つは胴体部分にいくつも座薬らしきものが繋がれている。
仮定の話をするのは忍びない、しかしもし彼方が無駄な衝動買いをしなければ二人はそれが何か瞬時に気づくことは出来なかっただろう。
 きもんげはその二つの物体をしっかりと脇に抱え、勢いよく振り向き筒の先を二人に向かい合わせた。
「ほんじゃ、あんたらに贈ったるわ!!!!!!!! この座薬の散弾をなッッッッッッッッ!!!!」
「みょッ!!!!!!」
 きもんげが引金を引くと爆発音とともにその散弾銃(注:ショットガン、射程は短いが範囲は大きいよ)から弾丸が放たれ、拡散し辺り一面を抉っていく。
事前に察知できたおかげでみょんは弾丸が放たれる直前に身構える事が出来たが、波のように押し寄せる弾丸の前には歯が立たず壁にまで吹っ飛んでしまった。
「……ふぅん、それが仙術とやらか」
 次の弾薬を散弾銃に込めながらきもんげは空間に出来た入口を凝視する。
そこからは葵の瞳がじぃっと覗き込んでいる。恐らくみょんの同じように危険を察知した彼女は咄嗟に次波へと逃げ込んだのだろう。
「あんた最悪。口じゃだめだから今度は実力行使?」
「あのなぁ、世界を救うためにはもうこれ以上なりふり構ってられないんや、引き返すこともできひんやで!!!」
 きもんげはもう片方の銃から弾丸を連続で放つが次波に隠れた葵には当たらず、逆に新しく作った次波を通して弾丸はきもんげに降り注いでいった。
「うおっ!!! あぶなっ!」
「もう容赦なんてしないわ! 激しく踊りなさい! 情熱の煽動だったっけ!?」
 てゐ達もきもんげに加勢するが方向を狂わされた弾丸をぶつけられたり闇討ちのように扇で叩かれたりして次々に戦闘不能になってしまう。
縦横無尽に幾多の次波を操る葵の力は本物だ。きもんげも自分の放った弾を避けきれず少しづつ傷を負い始めた。
「ぐおおっ!! 予算ケチって実弾から座薬弾に変えてもうたが結果的によかったわ!」
「ふん、そろそろ終わりにしようかしら」
 つまらなそうに呟くときもんげの足元に次波が現れきもんげは足を次波に取られてしまう。
罠にかかり動けなくなったネズミ、いや兎を狩るかのように葵の入った次波はゆらりゆらりときもんげに迫っていった。
「や、やめんか! ちかづくなぁぁ!!! 撃つで! ほんま撃つで!」
「そう焦ったふりして次波の隙間から撃とうと思ってるでしょう。無意味よ。宙の魔女はどこにもいてどこにもいない。
 次波の世界は悪意さえ迷うわよ」
「このぉ!!!」
 葵の言葉がハッタリだと思ったのか自棄になったのかきもんげは散弾銃の引き金に指をかける。
その数秒前に葵は扇できもんげの喉を狙おうとしたが、突然厨房へつながる襖が不意に開かれた。
「おばあちゃん、喧嘩おわったぁ? そろそろ朝ごはんだよぉ」
「な、ちぇ、ちぇええええええええええええええええええええん!!!!」
 今攻撃したところできもんげの散弾銃を引く手は止められない。
葵は無我夢中で方向転換しちぇんの傍まで近づくが、ちぇんを次波に入れるだけの時間は無かった。
「あ……」
 もうこれしかない、そう思った葵は次波から体を出しちぇんを覆うように抱きしめる。その瞬間、爆発音が部屋中に鳴り響いた。



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最終更新:2011年04月16日 22:29