【2011年春企画】緩慢刀物語 双魔章 ~Devil May Be Slow~-5




※三人称に戻ります。




「こんなところね…」

裂邪が小さく息を吐く。
裂邪は自身を責めていた。
自身の主の望みを叶えてあげられなかったことを。

「ええっと…要約すると、れみりゃは自分を殺してもらう目的で裂邪を家に住ませたんだけど、裂邪にはそれが出来なかった。それでれみりゃは屍鬼(ゾンビ)化しちゃって、裂邪はそれを追っている。今のれみりゃは生きてた頃の裂邪のお嬢様がゆっくりの身体に寄生している。こんな感じ?」
「身も蓋もない言い方でござるな…」
「ゾ、ゾンビ化…寄生…まあ、概ね間違ってはいないけど…」

ざっくばらんとした彼方の要約に呆れるみょんとれみりゃ。
だが、今の裂邪の話でみょんには納得できた。
何故先程れみりゃが自身の運命を操ったのかを。

人間…いや、裂邪に止めを刺してほしかったからだ。
みょんではれみりゃの未練を失くすには足りなかったのだろう。
感情で納得できないところはあったが、理解は出来た。

「私の覇剣を欲しがったのは…」
「…お嬢様を生き返らせる為よ。色々調べたら命の覇剣という物がある事を知ったのよ。その覇剣ならばお嬢様を生き返らせることが出来ると思ってね…まさか折れてるとは思わなかったけど」

裂邪はぽつりぽつりと話し始める。
ただ、覇剣が万全の状態だったとしても死体を…しかも悪魔を蘇らせる事が出来るかどうかは定かではなかったが。

「じゃあ今までれみりゃ…ええと、裂邪のお嬢様の方ね。出てこなかったのは何故?朝はうーうー言ってたけど」
「…魔力の消耗を防ぐためよ。あいつに攻撃するためには魔力が必要だから」
「…力を温存してたってことか」

もっと早く出てきてくれればよかったのに。
そうすればあんな恐い思いしなくて済んだのに。
彼方は内心そう思った。

「れみりゃ殿、みょんにも疑問があるみょん。少しいいでござるか?」
「…何かしら?」
「うむ…吸血鬼に寿命という物は本当に存在するでござるか?」
「「…え?」」

その質問に彼方と裂邪は驚きの表情を浮かべる。
二人はれみりゃの言葉をそのまま信じていたので、それに疑問を挟む余地は無かった。

みょんにはどうしても信じられなかったのだ。
吸血鬼に寿命があるということを。

「…」

れみりゃはみょんから視線を逸らす。
その反応にみょんは確信した。
れみりゃが死んだ原因は本当は寿命などではないということを。

「れみりゃ殿!」
「…そうよ、吸血鬼に寿命なんてないわ…。例えあったとしても寿命で死ぬ吸血鬼なんていない…。私が死んだのは吸血を行わない故の魔力切れよ…寿命なんかじゃないわ…」
「お嬢様…!?」

裂邪が驚くのも当然だ。
自身の主は今まで寿命で死んでしまったと信じていたのだから。

「私は…死にたかった…。生きることに…疲れていた…。どこまでも続く生に嫌気が差していた…」
「どうして!?どうして死にたいだなんて!」

このままでは裂邪があまりにも可哀相ではないか。
彼方はその想いを胸に叫ぶ。
れみりゃはそんな彼方に視線を向ける。

「貴方も数千年の時を生きたらわかるわ…。長い生にとって退屈というのは最悪の毒よ。私はその毒に全身を蝕まれていた…」

その声色には絶望が混じっていた。
何千年、それは人間やゆっくりには途方もない時間。

「でも…でも…自分から死ぬなんて…」

彼方にはそれ以上反論する事が出来なかった。
彼女は何千年という時の重みを全く理解出来なかったからだ。
いや、この場の誰もがそれを理解することなど不可能だっただろう。

しかし、みょんはその言葉に更なる怒りを感じていた。

「しかし!貴様は!さくや殿のことを少しでも考えたのでござるか!自分が死んだらさくや殿が悲しむとは思わなかったのでござるか!?」

みょんが一番怒りを感じているのはそこだった。
れみりゃが自分勝手にしか思えなかった。
自分が死んだら悲しむ者がいると言うのに、自分勝手に死のうとは。
それはみょんにとって許せないことだった。

「…」

恐らくれみりゃも長い間苦しんだということはわかる。
しかし、れみりゃが裂邪のことを少しでも考えていたならば、こんなことにはならなかったのではないか。
みょんはそう考えたのだ。

「…ごめんなさい、裂邪」
「お嬢様…」
「私は…貴方の事など考えていなかった…自分のことしか考えていなかった…」

れみりゃの頬を涙が伝わる。
数千年もの時を生きてきた最強の吸血鬼は、この瞬間初めて後悔という感情を知った。

「生き返ることは出来ないの!?魔力ってよくわからないけど!こう…アレイズ!とか…リカーム!…みたいな!」

彼方が何処の国の言葉を喋っているのかこの場の誰にもわからない。
だが、何とかしたいという強い想いはれみりゃ達にも伝わってきた。

しかし、れみりゃには無念そうに頭を左右に振ることしか出来なかった。

「無理よ…あの身体はすでに死んでいる。ほとんど魔力だって残っていないのよ…本当に残りカスしか…」
「…吸血行為をしたら魔力は回復するの?」

彼方はふと疑問に思った事を質問してみる。

吸血する。
それは誰かの血が吸われると言うことだ。
そして血を吸われた人間は吸血鬼の眷族もしくは屍鬼へ変化する。
決して勧められる選択肢ではなかった。
それでも彼方はあえて聞いてみた。
何とか助けられる方法は無いものか、と。

しかし、れみりゃはその問いにも頭を縦に振ることはなかった。

「…すでに死んだ身体に魔力なんて入ってこない…例え吸血したとしてもね…。あいつ…私の未練も悪あがきをしているだけ…。貴方の言うようにほとんどゾンビみたいなものなのよ…」
「そんな…」

裂邪はその言葉に呆然とした表情で地面に膝を落とす。
彼女は自身の主が生き返る為なら、自身の命すら惜しいとは思っていないのだ。
もし吸血行為をする事によって自身の主が生き返るのならば、彼女は喜んで自身の命をも差し出すつもりだった。


「…次の質問良いでござるか?」
「ええ…ここまで来たら徹底的に答えてあげるわ」

れみりゃは苦笑する。
みょんは若干戸惑う様子を見せながらも、口を開いた。

「…れみりゃ殿の…吸血鬼の身体に止めを刺すのはさくや殿でなければ駄目でござるか?」
「ちょっ…!!みょんさん!!」

彼方はみょんのこの質問に驚く。
どれだけ空気が読めないのか、と。

出来れば、この質問はみょんもしたくはなかった。
しかし、これははっきりとさせておかなければならない問題だった。
せっかく倒したのにまだ未練があったので動き出しました、では話にならない。

れみりゃはその質問に難しい顔をして考える。
彼女も自身の未練を完全に理解できてはいなかったのだ。

「…人間なら、多分構わないと思うわ…そう、そこにいる彼方でもね…」
「…何故ゆっくりでは駄目みょん?」

みょんは感情面でその回答が気に入らなかった。
ゆっくりだけ差別されているように思えたのだ。

「…人間とゆっくりの違い…わかる?」
「手足?みょんさんは頭しかないし…」

彼方はそう言ってみょんを一瞥する。
れみりゃは頭を左右に振った。

「いえ…胴付きゆっくりにも手足はあるでしょう」
「…人間とゆっくりではあまりにも何から何まで違いすぎて分からないですわ…」

人間とゆっくりでは力や能力など様々な物が違う。
裂邪にはそこから一つの答えを出すのは困難だった。

しかし、みょんはその問いの答えを確信していた。
以前に似たようなことを言われた事があったからだ。
そう、暮内のゆっくりさくやに。

「…中身でござるか?」
「そうよ…」
「「あ…!!」」

人間の中身は血液。
しかし、ゆっくりの身体はお菓子で出来ている。
吸血鬼にとってはそこは致命的な違いだった。

「吸血鬼が好むのは自身を恐れる者の血液…しかしゆっくりには血液なんて物はない…」
「だからゆっくりにとって吸血鬼は討伐するべき敵とはならなかったみょん?」
「そうなるわ…ゆっくりは吸血鬼に襲われないんですもの。私怨ならともかく、それ以外ではゆっくりは吸血鬼を敵とみなすことはない…そしてそれは吸血鬼から見ても一緒…」

ゆっくりにとって吸血鬼は脅威ではない。
自らが襲われることはないからだ。
中には人間が襲われれば怒るゆっくりもいただろうが、そのことで吸血鬼に対して恐怖を覚えるということはなかった。

「悪魔は人間が退治するもの…これは私の昔からの持論よ。私は人間に死を与えてほしかったの…」
「お嬢様…」

裂邪はれみりゃの悲しそうな顔を見て、再度自身を責める。
何故あの時、主の期待に応えてあげる事が出来なかったのか、と。


「最後の質問行くでござる」
「…何?」
「その身体のれみりゃ…それは本当にゆっくりみょん?」

先程の裂邪の話の中のれみりゃが言っていた言葉。
『このれみりゃは元々私の魔力で作った』
みょんはそれがずっと気になっていたのだ。

「…みょん、貴方にはこの身体はどう見える?」
「ゆっくりにしか見えないでござる」

みょんは生粋のゆっくりだ。
そのみょんでも目の前のれみりゃの身体は本物のゆっくりにしか見えなかった。

れみりゃはその回答に安心したように微かに笑う。
そして、遠い目をして語り始めた。

「…私は悪魔。数えきれない程の人間の命を奪ってきた悪魔。それは揺るぎない真実。でも悪魔の魔力からゆっくりが生まれた。貴方達もそれはわかるわよね?」

三人は無言で頷く。
れみりゃは三人の反応に満足し、再び口を開く。
数千年もの長い時を生きてきた悪魔でさえもわからぬ事を問う為に。



「…悪魔が…ゆっくりしても良いのかしら?」



その瞬間、その場に静寂が訪れた。
それはこの場にいる者たちにとって、あまりにも重い質問だった。
その場の誰しも無言のまま、時間だけが経過していった。

「それは…」

今まで黙っていたみょんがその問いに応えようとした瞬間。


「…うっ!?」

突然れみりゃが苦しみ出した。
フラフラと地面に不時着し、その一対の羽で頭を抑えている。

「…お嬢様!?」
「ちょっと!大丈夫なの!?」

裂邪と彼方がれみりゃへと駆け寄る。
れみりゃの息は荒い。

「もう…限界…みたい…」
「お…お嬢様…?げ、限界…とは…?」

裂邪にはその言葉の意味がわからない。
いや、何を言っているのかは認識していた。
本能で理解することを拒否していた。

「実はさっきの戦闘で…この身体の魔力の大部分を消耗してしまったの…魔力がなくなれば残留思念でもある私も消える…この子もただのゆっくりになるわ…」
「そんな…!」
「何とかならないの!?」
「無理よ…この子…の牙では魔力を…吸い取ることが…出来ない…ゆっくりと…吸血鬼は…違うん…ですもの…」

元々のれみりゃは吸血鬼のような魔力を持っていない。
それ故、れみりゃの牙では魔力を吸うことが出来なかったのだ。
ゆっくりは魔力を必要とはしていないのだから。
そして、それは吸血鬼の魔力によって作られたれみりゃも例外ではなかった。

「さくや…も…じかん…ない…!」
「お嬢様!?」
「あな…と…たじ…かん…ほん…と…うに…たの……」
「お嬢様!?よく聞こえません!お嬢様!?」

最早消え入りそうなれみりゃの声。
裂邪はその体を両手で抱きしめ、懸命にその声を聞き取ろうとする。

「あり…が…と……う…」

そして、吸血鬼は二度目の死を迎えた。



翌朝
みょん、彼方、裂邪、れみりゃは村まで戻っていた。

「もう大丈夫なの?」

彼方が裂邪に心配そうに声を掛ける。
昨夜、裂邪は宿の部屋に戻った途端に大声で泣き始めた。
その泣き声は日が昇るまで止むことは無かった。

「…ええ、いつまでも泣いてなんかいられないわ。それに思いっきり泣いたおかげで大分スッキリしたわ」
「…そっか」
「う~♪う~♪」

満面の笑顔のれみりゃ。
残留思念が消えた事で、『う~う~』口ずさむ元のれみりゃへと戻っていた。

「…お嬢様…」
「う~♪さくやぁ♪なぁでなぁではゆっくりできるぞぉ♪」

裂邪が帽子の上かられみりゃの頭を撫でる。
れみりゃは嬉しそうに頭を震わせる。
そのれみりゃの仕草は裂邪をとてもゆっくりさせてくれた。

「お嬢様はもういないけれど…私にはこの小さなお嬢様がいる…私はこの小さなお嬢様と生きて行くわ…」
「…強いでござるな」

みょんは思い出す。
暮内で会ったゆっくりさくやのことを。
彼女はその何もかもをすでに死んでしまったれみりゃに捧げていた。
裂邪が彼女とは違う結末になりそうな事にみょんは心の中で安心する。

「でも…今度こそお嬢様の約束は守らないと…絶対に…!」
「そうでござるな…」
「うん…」

みょんと彼方もここまで首を突っ込んでしまった以上、裂邪を置いて行くことなどできなかった。
彼女達はそこまで薄情ではない。
全ての決着がつくまでとことん付き合うつもりだった。

「それでどうするでござる?」
「恐らく、夜までは吸血鬼は出てこないわ。吸血鬼は日光を嫌うから」
「それじゃあ…夜まで自由!?」

彼方が眼を輝かせる。
吸血鬼のことは気になるが、それはそれ、これはこれ。
昨日は美味しい御飯にありつくことが出来なかった。
今日こそはぐーぐーうるさいお腹の虫に腹一杯食わせてやりたいと思っていた。

「今日は裂邪が奢ってくれるんだよね!?」
「…ええ、まあ…」

迷惑を掛けた詫びということで、裂邪と彼方の間でそのような約束が成されていた。
みょんはそれを傍から見ていて不安になった。
主に裂邪の財布の重量的な意味で。

「さくや殿…大丈夫でござるか…?」
「え、ええ…お嬢様はお金持ちだったし…何とかなるでしょう…」
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

彼方は一足先にと村の食堂へ走って行く。
最早食事のことしか彼女の頭の中には入っていなかった。

「う~♪う~♪まってぇ♪」

れみりゃも彼方に付いて行こうと精一杯飛んで行く。
こちらも早く大好物の甘味を食べたいのだろう。
そして、後にはみょんと裂邪が残された。

「やれやれ…でもかなた殿のいつも通りの姿を見ると安心するでござるな。さくや殿、みょん達も行こうでござる」
「…」
「…さくや殿?」

裂邪はみょんの言葉にもしばし無言だったが、やがて戸惑い気味に口を開いた。

「ねえ、みょん…」
「…?何でござるか?」
「ありがとう。貴方のおかげで真実を知ることが出来たわ」

みょんはあの質問…吸血鬼の本当の死因についての質問をした事を密かに後悔していた。
結果的にとは言え、あの質問をした事で裂邪にさらなる絶望を与えてしまったことは間違いなかったのだから。

「私はあんなに近くにいたのに本当に何も知らなかった…。お嬢様の毒を癒してあげられなかったのは私の責任…」
「それは…さくや殿が悪い訳では…」
「本当に自分が憎いわ…。私は何も知らないままお嬢様に甘えていただけなのだから」

裂邪は苦しそうに自身の胸元を掴む。
自身に対して未だに怒りを感じているのだろう。

「…私は今でもお嬢様の為ならば命を捨てることだって惜しくはない。私はお嬢様に裂邪としての生を与えられたのだから」
「…みょん」
「でも、私が死を選んだところでお嬢様が生き返る訳じゃない。だったら私が無意味に命を捨てるのは、私に裂邪としての生を与えてくれたお嬢様に対する冒涜でしかないわね」
「…そうでござるな」
「だから…私は生きるわ。お嬢様の為にも」

裂邪はそう言って微かに笑った。
裂邪の自然な笑顔を見たのは、みょんにとってはこれが初めてだったかもしれない。

「お~~~~~~い!!早く食べようよ~~~!!!!」
「う~!さくやぁ!!」

彼方とれみりゃが遠くから叫ぶのが二人にも見えた。
みょんと裂邪は顔を見合わせて苦笑する。

「では、みょん達も行くでござるか…」
「お互いのお嬢様が呼んでるんですものね」
「いや、かなた殿はお嬢様というより…」
「ええ、私も自分で言っておきながら彼方にお嬢様は無理があると思ったわ」

そう言ってみょんと裂邪は笑い合う。
それはとてもゆっくりできる光景であった。



「うめぇ!めっちゃうめぇ!」
「あまあまだいふく♪うまうまだいふく♪」

彼方は目の前にある味噌汁を、れみりゃは大福を一心不乱に飲み食いしている。
相変わらず裂邪とみょんは呆れるしかなかった。

「本当に相変わらず…ね」
「かなた殿は変わらないでござるよ…」
「お嬢様も…ゆっくり食べないとカリスマが無くなってしまいますよ?」
「うぁ!さくやぁ!ごめんなさ~い!」
「…かなた殿もこのように聞きわけが良いと助かるのでござるが…」

彼方は食事に夢中でまるで話を聞いていない。
みょんは予想していた反応とはいえ溜息をつく。

「でも、いつも通りの彼方の方がゆっくり出来るのでしょう?」
「…そうでござるな。暴飲をしないかなた殿など不気味すぎてゆっくり出来ないみょん。異変と言っても過言ではないみょん。それにしても、よくこんなに飲み食いしてふとましくならないでござる…」
「…何か言った?みょんさん。言ったよね。ねえ、言ったよね?」
「どぼじでこういう時だけ話を聞いているでござるかぁぁぁぁ!?」

彼方はみょんの身体を両手で掴み、雑巾のように絞り上げる。

「だ・れ・が・ふ・と・ま・し・い・って!?」
「かなた殿がふとましいとは言ってないでござるぅぅぅ!!」
「五月蠅い!五月蠅い!五月蠅い!乙女に向かって暴言を吐きやがって!」
「さくやぁ♪しらががゆっくりしてるぞぉ♪」
「だから白髪じゃないでござる!今はゆっくりもしてないみょん!」

裂邪の顔からは自然と笑みが零れる。
このような時間がずっとずっと続けば良いのに。
裂邪は心からそう思った。


「う~♪う~♪あまあまぁ♪しあわせぇ♪」
「…で、悪いけどそろそろ話を聞いてもらえるかしら。吸血鬼について話さなければいけない事があるのよ」

れみりゃが大福を夢中で頬張ってる横で、裂邪が話を切り出す。
話題の中心は…勿論、今夜戦うであろう吸血鬼についてだ。

「みょんはいつでも構わないでござるが…」

みょんは戸惑い気味の視線を向ける。
当然、味噌汁を飲んだままの彼方に対してだ。

「ばなじっでどんなばなじ?(ずずず…)」

彼方は味噌汁を啜りながら裂邪に返事をする。
本日中に戦闘があるというのに、彼女からは緊張感などまるで感じない。
間違いなく大物と言って問題はないだろう。

「飲むか聞くかどっちかにしなさいよ…」
「じゃあ飲む」

裂邪は無言のまま腰のホルダーから二丁拳銃を抜く。
その銃口は彼方の胸部へと向けられていた。

「彼方は少し風通し良くした方が良いんじゃないかしら?特に胸部に付いてる肥大化した脂肪とか。動きが軽くなるかもしれないわよ」

その表情はにっこりと笑っていた。
瞳は笑っていなかったが。

「じょ、冗談だってぇ…」

慌てて味噌汁の器から手を離し、両手を頭上に上げる彼方。

「絶対冗談じゃないみょん…」

二日前に似たようなやり取りがあった事を思い出すみょん。
その時のみょんは彼方に刀を向けることはなかったが。

裂邪は二丁拳銃を仕舞い、コホンと一つ咳払いをする。
その行動に特に意味はない。

「…吸血鬼の肌に傷を付けるのは普通の武器では無理よ」
「何それ。最初からクライマックス過ぎ…」

その言葉に呆れる彼方。
自分はこの時点で足手纏いにしかならないんじゃないか、その言葉は彼方にそう思わせた。

「確かに羊羹剣の突きが効かなかったみょん…あれはどのような原理でござるか?」

みょんは昨日の戦闘を思い出す。
確かにあの時、羊羹剣が吸血鬼の身体を刺した手応えはあった。
しかし、吸血鬼は意にも介さず攻撃をしてきた。

「吸血鬼の力や素早さも人間やゆっくりの比ではないけれど…最大の脅威はその回復力よ。普通の武器で付けた傷など一瞬で回復してしまうの。それこそ最初から傷などなかったかのようにね」
「…聞けば聞く程みょんな種族でござるな…吸血鬼は」
「…じゃあやっぱり私の長炎刀も効かないの?」

今の裂邪の話を信じるとすれば、例え吸血鬼の背後から長炎刀を撃ったとしても無意味ということだ。
ならば吸血鬼の背後でこっそりと長炎刀を構えていた自分はなんだったのか。
何だか彼方は恥ずかしくなってきた。

そんな彼方に気にも留めず、裂邪は懐から何かを取り出し、それを彼方に見せる。
彼女の手の平に乗っていたのは…

「…銀色の…銃弾?」

銀色のライフル弾であった。

「そうよ、銀製の武器なら吸血鬼の肌に傷を付けることも可能なの」

彼方は銀の銃弾を裂邪から受け取る。
それは鮮やかな白銀色。
非常に高価な品だろう。

「ふ~ん…これがねぇ…」

彼方は銀の銃弾を手の中で遊ばせる。
白銀色であること以外は普通の銃弾と変わらないようにしか見えなかった。

「それはかつての私の仲間が使っていたライフルの銃弾だけど…多分彼方の長炎刀にも合うと思うわ」
「へぇ、じゃあ私も戦えるの?」

彼方は期待を秘めた視線を裂邪に向ける。
あの吸血鬼に一矢報いたい。
彼方もそう考えていた。

「そうなるわね」

そして、その返事は彼方の希望通りの物。
彼方の表情がぱぁっと輝く。

「そっかぁ…よし!」

これで自分も参戦出来る。
その事実が彼方の心を高ぶらせた。

「あと、吸血鬼は長所が多い代わりに弱点も多いわ。日光や流水、炒った豆にも弱いと言われるわね」
「…銀の武器ならば吸血鬼の肌を傷つけることが可能だと言うことはわかったみょん。しかし、それはどういう原理でござるか?」

出来ればみょんはしっかりと理解しておきたかった。
今後の旅路で、どのような化け物が現れるか分からないからだ。

「…お嬢様が言ってたわ。銀は意思を最も透き通す金属だって」
「意思…みょん」
「強い意思には魔力が宿る。お嬢様の言葉よ」

『意思が大事』
確かにれみりゃ…いや、吸血鬼がそう言っていたことをみょんは思い出す。

「例えば、日光の元である太陽は神様扱いされるし、炒った豆は日元では魔除けとなる。流水は異端審問会でもあった洗礼の儀式から来ているんだと思うわ。それらは人間の間で神聖な物であると長い間信じられてきたのよ」
「…つまり、信仰心が意思と化して魔力を持つようになったでござるか?」
「そう、そしてそれは短期的な意思でも同じこと。窮鼠猫を噛むって訳じゃないんでしょうけど…『絶対に倒す』とか、そういう強い気持ちを持った者が一番厄介なんだってお嬢様は言っていたわ」

意思が大事…つまり、吸血鬼は暗に自分の弱点を教えていたのだ。
そして、それは裂邪に対しても長い時間を掛けて話してきたのだろう。
決して誉められることではないが、彼女の死にたいという意思もまた強固なものだったのだろう、と改めて納得させられるみょんだった。


彼方は自身の長炎刀へ裂邪から受け取った銀の銃弾を装填し終わる。
そして長炎刀を満足そうな表情で掲げた。

「よぉっし!あいつを倒す手段は整った!もう何もない!?味噌汁飲んでも良いよね!?」

作業を終えた彼方が食事を再開する体勢へ移行する。
まだ食べ足りなかったようだ。

「…まだあるみょん」

みょんは神妙な顔つきで呟く。
あの吸血鬼の持つ最も恐るべき能力の事をまだ話していなかったのだ。

「…みょんが気にしているのは運命を操る能力のことかしら?」
「…みょん」
「うんめい?あやつる?何それ?」

それは彼方にとっては初耳の言葉だった。
運命を操ると言われても、彼方には具体的に何がどうなるのかさっぱりわからなかった。

「そうね、簡単に言えば吸血鬼は私達を意のままに動く操り人形にする事が出来るのよ」
「…は?何それ!?強すぎるじゃん!」

彼方は眼を丸くさせる。
そして、勢いよく机に体を乗り出した。

「それで!そんなのどうするの!?いくら倒す手段はあっても操られちゃったら…」
「…大丈夫よ」
「みょん!?」

裂邪の言葉にみょんは驚きを隠せない。
人やゆっくりの意思さえも捻じ曲げる能力。
みょんはあの能力の対策法などまるで思い付かなかったのだ。

「それは本当でござるか!?さくや殿!?」
「…ええ、多分大丈夫よ。あくまで多分…だけど」
「それでも良いみょん。無いよりはあった方がマシでござる」

裂邪は自身の策に自信ががあるのかないのかわからない。
しかし、それでも今はそれに縋るしかなかった。

「それで?どうするの!?どうやってその…運命を操る能力をどうにかするの!?」

彼方は期待を秘めた瞳で裂邪を見つめる。
しかし、その期待は裂邪の一言で打ち砕かれた。

「…ごめんなさい。今は教えられないわ」
「何それ!?」
「うぁ!?びっくりしたぞぉ…」

机が揺れる。
それに伴って、机の上で夢中に大福を頬張っていたれみりゃがきょろきょろと視線を宙に彷徨わせる。
憤慨した彼方が机を両手で思い切り叩いたのだ。

「…私が対策しておくわ。彼方とみょんは何も気にせず吸血鬼を倒すことだけを考えてくれればいいのよ」
「何でさ!私達は一緒に戦うんじゃなかったの!?教えてくれたっていいじゃない!!」

彼方にとって納得がいく話ではない。
これから協力して吸血鬼を倒すという時に、隠し事をされては憤慨するのも仕方ないだろう。

「…みょん達に何か出来ることは無いでござるか?」
「ええ…今は…。ごめんなさい」
「みょん…」

みょんは裂邪が何故教えてくれないか何となく予想は付いていた。
が、今は追及するべき時ではないのだろう。
みょんは早々とそのように結論を出した。

「わかったみょん。みょんはさくや殿の秘策を信じるでござる」
「みょんさん!?」

彼方は驚きの表情でみょんを見つめる。
みょんがここまで聞き分けが良いとは思わなかったのだ。
それも彼方にとっては面白い話ではない。

「むむむ…」

彼方は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
どう考えても今の話は彼方にとって納得がいくはずがない。

「…彼方」
「え?」

しかし、それもすぐに驚きの表情へと変わった。

裂邪の声が聞こえたから。
それは今にも泣いてしまいそうな声。
彼方にはそのように聞こえた。

「彼方、私一人ではお嬢様との約束を守れそうもない…」
「え、あ、うん…いや、そんなこと…」

言葉に詰まる彼方。
どうにも元気がない人間の相手は苦手だった。

「だからお願い…私と一緒に吸血鬼を討ってほしいの…」
「それって…?」
「吸血鬼に止めを刺す時…一緒に…お願い…」

裂邪の懇願の瞳。
彼方はその瞳に戸惑う。

彼方も一緒には戦うつもりだった。
しかし、吸血鬼に止めを刺すのは裂邪の役目だと考えていた。

「私は…お嬢様との約束を守りたい…でも…」

裂邪は彼方から視線を逸らす。
自信なさげに視線を宙に彷徨わせた。

「私は不安なの…吸血鬼をいざという時に討てるのかどうか…何度も失敗してきた事だから…」
「ああ…」

彼方は思わず納得する。
裂邪からの話を聞く限りでは、裂邪が吸血鬼を仕留める事に失敗したのは三度。
確かにこれだけ失敗すれば不安になるのも無理はない話だった。

「うん…わかった」
「本当に…?」

裂邪が不安げな表情で彼方を見る。
その瞳は揺れていた。

「じゃあさ!何か合言葉決めようよ!」
「合言葉…?」

合言葉。
裂邪はその言葉に不思議そうな表情を浮かべる。

「うん!合言葉!止めを刺す時にこう…え~っと、なんか言うの!」
「それを合図にするの?」
「うんうん!じゃあ今から何か決めようよ!」

裂邪は彼方とひそひそ話を始める。
その表情は多少元気が戻っているようだった。

それを少し離れた場所から見つめるみょんとれみりゃ。

「…な~んかみょん達すっかり忘れられているみょん…」
「う~…」
「…何か食べるでござるか」
「う~♪」

いつの間にか意気投合している二人のゆっくりだった。



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最終更新:2011年04月07日 00:29