【2011年春企画】緩慢刀物語 永夜章志位 前篇-3


「今はむ「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!ウツッタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」途方もく「ミョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオシュゴオオオオオオオオオオオオオオオオイ!!」ないのですが
 月の民は「ツキダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」…………きく気はないのですね」
「「すいません」」
「コホン、今は昔、地上にまだ巨大爬虫類が発生する前、今この地にいる人間やゆっくりとは似ていても全く違った知的生命体がいました。
 体は神秘に包まれ、神にも劣らぬ力を持ち、穢れなき肉体は永遠と呼べる寿命……早期にして進化の頂点とも思えるほどの力があったの。
 その利点に見合うように生命体は非常に高度な文明を持っていた、今地上に芽生え始めた科学など塵芥に思えるほどの科学もそんざいしていたわ。
 高い技術による繁栄は永久の繁栄を約束していたように思えた。けれど彼ら達の文明は突如終わりを告げる。
 『ケガレ』、巨大爬虫類の繁栄と共に現れたそれはその知的生命体を脅かしていったのです。他の生命体は即座にそのケガレに適応していきました。
 しかし無菌室で育ったような穢れなき彼らにとってケガレはまさに劇毒みたいなものだったのです。一時は絶滅の危機にさえ瀕したことがあったというわ。
 彼らの科学も突発的なケガレには対応できず結局地上を捨てざる負えなかった。そして彼らが選んだ移住の地が月、なのよ」
「それが月の民……」
 目の前の映像はえーりんの説明と合わせて次々と場面が変わっていく。
太古の地球、神秘的な知的生命体、地球を脱出する銀板……どれもが虚構とは思えないほど重厚な現実感を醸し出し、二人は思わず映像にかぶりついていた。
「月にはケガレが無かった。いや、そもそも生命体が住める環境ですらなかったの。でも肉体的にも精神的にも強い彼らは不慣れな環境にも耐え月を開拓していった。
 数十年はかけてようやく人が住めるようになった。そこからが月文明の興り。数千万、数億の時を月で過ごしたのです。その間にも色々あったけど特筆すべきでないからパスで。
 なんか地上に月の民と似たような生命体が現れたけど監視程度に済ましてわたし達は特に接触を持たなかったわ。わたし達にとってはケガレが一番恐ろしかったしね。
 さてここから本題、大体今から800年くらい前までわたし達はケガレもなく肉体も月に適応するかのように進化し慢心せずに技術を磨いてきた。
 けれどあなた達の暦で言うと東歴943年。月のレーダーが外宇宙からとある彗星の動きをキャッチしたの」
「れぇだぁ?きやっち?」
「月の探知機が外宇宙からとある彗星の動きを捕捉したの。ただの彗星ならそのまま無視し続ければよかった……
 でも監査用に放った無人監査機によって衝撃的な事実が発覚したの」
 えーりんのおどろおどろしい物言いに二人は息をのむ。
「何とその彗星は、真空空間を超えて毒とケガレを振りまく絶対死の星だってことが発覚したのです!!!!!!!!
「「な、なんだってーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」
「随分とノリが良いなみんな……」
「コホン、その彗星は計算の結果太陽系を通過することが発覚しました。けれどそれだけでも太陽系の惑星は毒とケガレによってほとんどが死の星へと変えられてしまうのです」
「しつもーん、私達は言わばケガレに適応できている地上の生命体ってわけだよね。それならまた適応すれば大丈夫なんじゃないの?」
「どこも大丈夫じゃありません。その星が放っているケガレはこの地上の数万倍、木々も水も空気も穢れ腐り、全生物が確実に死にます」
 そもそも毒もありますからと彼方の質問を一蹴しえーりんは説明に戻る。
ちなみに今映像は文明が発達した月の都市の様子が映し出されている。
どの建築物も清らかで美しく、また墨汁を一滴でも垂らせば全体が灰色に染まってしまうのではないかと言うくらいの危うさも、そこにはあった。
「わたし達は話しあいました。どうすれば月を救えるのかと。どうすれば逃げ延びられるのかと、民衆を集めて全ての知識を使って。
 まず第一に上がったのが外宇宙惑星への移住でした。光速宇宙船を開発するだけの技術は持っていたので誰もが諸手を挙げて賛成しました。
 しかし、技術はあっても月の民全員を載せるだけの材料と時間がなかったの。光速宇宙船を操作できる操縦士も、光速船を動かすほどのOSも……
 ケガレを恐れて宇宙に出なかったのが仇になった。結局外宇宙惑星移住計画は即座に廃棄されたわ」
「光速って……どんだけ?」
「時が戻るほどの速さ、でも宝の持ち腐れよ。他には彗星を破壊、月ごと外宇宙に逃亡、ケガレ用のシェルター……なんてものもあったわ。
 けれどどれもこれもお蔵入り、彗星を破壊しても太陽系が軌道上にある以上ケガレは太陽系を襲う。月を外宇宙まで送るエネルギーが無い。
 高濃度のケガレを防ぐほどのシェルターなんて作れたもんじゃない……かつての知的生命体がバカみたいに時間を潰しました。
 これ以上は纏まらないと思ってわたし達は少人数、月を統治する主達によって話しあうことにしたの。
 月の主は三人、まず数億年の時を生きた月の長老『鶯臥蘇徒』(おうがそうと)、そして双子の姫『蜂月』(ほうげつ)『羽鴇』(はとき)、そして補佐のゆっくり達が会議に参加したわ」
「あ、えーりんとてるよだ」
「本当だみょん」
 少人数での会議の場面なのか丸い机を挟んで一人の老人、二人の女性、そして四人のゆっくりの姿が話しあっているのが映し出される。
彼方は完璧にゆっくりを区別できるというわけではないため映像の中のえーりんが目の前のえーりんと同一人物か分からなかったが
みょんが納得しているあたり同一人物なのだろう、映像の中のてるよは背の高い女性の横で眠たそうにうつらうつらしている。
「わたし達は蜂月様の補佐でした。こちらの女性とゆっくりが羽鴇様とよりひめ様、そしてこの老人とゆっくりが鶯臥蘇徒様ととよひめ様です。
 三人共素晴らしい英知を持った人でした、しかしやはり現状が現状……完全に民を救う方法は一つも浮かばなかったのです。
 そして時間も無くなり、最終的な妥協案として『砕月計画』を選ばざる負えませんでした」
「砕月計画って……?」
「今から説明いたします」
 会議の映像から即座に宇宙の月の映像へと切り替わる。
しかし新たに映し出された映像は一応立体感こそはあったが今までと違いどこか現実感に欠けるものであった。
「これはシミュレートによって作られた映像、いわゆる模擬実験です。
 これが月、これが地球、そしてこれが死色彗星。『砕月計画』は945年8月16日に開始されました」
 今まで事務的に語ってきたえーりんだったが砕月計画のことを語りはじめると少し声の調子を落とした。

「計画の第一段階として、まず我々は避難民を全人収容できる宇宙船の生産に当たりました。
 外宇宙を出るのを目的としなければ光速を出す必要も無い。なんとか時間内に生産は完了し月の民の大分は月を脱出することが出来ました。
 そして、次の第二段階が砕月計画の名の由来であり大綱。死色彗星を無人牽引装置で軌道上に月が来るよう誘導したのです。
 結果は分かりますよね? わたし達は彗星と月を衝突させたのです。故郷を捨て駒にするなんて狂気の沙汰だと思うでしょう。
 けれど衝突させるだけではケガレは太陽系全体に広がってしまう。そこで最終段階、月の両端に重力場発生機を設置し重力場でケガレを月の跡に捕縛するのです。
 今、空に浮かんでいる二つの月の間にはその彗星のケガレが残っている。いつあれらが無くなるのか、まだ、分からない………」
「双子の月にそんなことがあったのでござるか……」
「もちろんごたごたのまま決定した計画、問題はいくらでもあったわ。
 まず避難民の避難先。初めは地球の隣の惑星移住する予定だったの。けれどこれを見てちょうだい」
 えーりんが近くの机を操作すると彗星が月に衝突するまでの映像が映し出される。
ケガレは紫の色のもやで表現され、彗星から発せられたもやは真空を超えて近くの惑星に振りまかれていく。
そして彗星が月と衝突した時、紫のもやは太陽系のほとんどの惑星を包んでいた。
「運が悪かったと言うべきなのか、軌道を修正したせいなのか、彗星が太陽系を通過するときほとんどの惑星が彗星側にあった。
 ほぼ唯一彗星の影響を受けなかったのが太陽系最外惑星の冥王星、けれど正直言って生命体が住めるような星じゃなかったのよ」
「冥王星って……こんな遠くにある星!?こんなんじゃ太陽の光が入ってこないじゃん!」
「惑星と言うのかどうかすらも危ういわね。まだ問題はたくさんあった。
 先ほど月の民の大分は避難したって言ったでしょう? けれど月に残っていた人もいた。
 別に死ぬなら故郷と共に死ぬなんて愚かなセンチメンタリズムな考えを持っていたわけじゃない。誘導装置と重力装置を最後まで操作する人が必要だったの。
 最低二人、衝突する寸前まで操作しなければならなかった。つまり犠牲が必要だったのよ」
「あの時は月の民の醜いところ見せられたっけね、思い出したくもない」
 何時の間にかてるよが目を覚まして口を挟むが二人が視線を映した時には既に眠っていた。
彼女も過去話に思う所があるのだとは思うが眠るのは流石に速すぎである。
「……ケガレは月の民にとって最大の恐怖だった。死を知らないからこそ汚れを知らないからこそ人々は頑なに拒否し続けたの。
 聡明だった二人の姫も死ぬのを恐れ積極的でなかったわ。
 そして、最終的にわたし達を導くべきだった長老が立候補した。
 彼は地球から月に移住した最後の生き残り、ケガレという現象を近で見た事のある事のある人だったから極端な恐れも無かったのね。
 ………誰も、反対しなかった。残りの一人は補佐であったとよひめ様が必然的に選ばれた……本人の意思とは関係なく」
 えーりんは話している間にも目頭を押さえ体を震わせながら自らの感情に耐えている。
当時一体彼女は何をしたのか、残酷な決定に何を思ったのか、それは二人には分からない。
「……失礼。そして最後の問題点はケガレの拡散範囲でした」
「その冥王星とやらはとっても遠いみょん。そこまでケガレは届かないはずでござろう?」
「ええ、ケガレの拡散は大体40万kmまで、その当時の冥王星まで到底届かないわ、冥王星にはね。図にしてみるわ」
 映像では月は既に彗星によって崩壊しており今のような双子の月にへと変貌している。
その二つの月の中心として約40万kmの範囲が紫のもやに包まれた。
「……あれ?これ……地球にもかかってない?」
 彼方の言うとおり月を中心としたもやは微かながらに地球にかかっている。
そしてそのもやの一部が吸い込まれるかのように地球の重力に惹かれ、そのままじわりと地表を覆っていったのだ。
「そう、それが最後の問題点。この作戦ではどうしようもなく地球に被害が出るの。
 けれど、それを問題にする人はほとんどと言っていいほどいなかったわ」
「は、はぁぁ!? なんで!? 地球にだって生き物がいるの知ってるんでしょ!?」
「……正直に言うと、月の民は地上の民を取るに足らない生物だと果てしなく見下してたのよ。誰にとってもどうでもよかった。勝手に滅んでねって感じ」
「ふざけないでよ!!!何が月の民だゴラァァ!地上の人間を見くびるんじゃねぇぇぇ!!ヒャッハァァァァァ!!」
「落ち着くみょん! この現在地上にはみょん達ゆっくりや人間がちゃんといるでござろう!」
 みょんが必死で宥めたおかげで彼方の怒りはなんとか治まりえーりんは説明を続ける。
彼方が突然って言っていいほど気○えたかのように叫んだので大分驚きが残っているようであったがすぐに冷静な口調へと戻していった。
「そのみょんさんの言うとおりだれも関心を持ってなかったら今の地球は無いわ。一人だけいたの、地球に関心を持っていた人。
 それは双子の姫のうちの一人蜂月様、わたし達が仕えていた人でした。
 蜂月様は言ったわ。『あの地球は元々は我達の星だ。地球帰還は我々月の民の悲願、
 今あの地をケガレから守らなければ恐らく永遠に還ることは出来ないだろう』とね」
「よ、よかったぁ、その人のおかげで今の私達があるんだね」
「いや、正直蜂月様も地上の生命体についてはどうでもよかったようです。結果的に救っただけ、救済の意志ありませんでした。
 けれどその蜂月様の思念に共感する者も多く、地球に降りかかるケガレを振り払う部隊が結成されました。羽鴇様はは酷く反対したようですけどね。
 こうして月の民は冥王星側と地球側に分かれることとなったのです。
 そして運命の日、誘導装置によって牽引された彗星は月と衝突しました」
 映像が切り替わったと思うと再び同じような宇宙が映し出され月と彗星が激しく破片を巻き散らかしながら衝突していく。
ただ、今見ている映像は先ほどのような作られた映像ではない。これは実際の崩壊した瞬間を映した映像なのだ。
「………羽鴇様率いる月の民は冥王星方面へと脱出し、蜂月様率いる防衛部隊は地球軌道上に有人人工衛星を設置して地上をケガレから守る作戦を始めました。
 勝負は一瞬、衝突によってケガレが拡散し月の重力場に惹かれるまでの間地上に降り注ぐケガレを弾き飛ばすのです。
 かなり大がかりな作戦でしたがなんとか成功し地球はケガレに侵されることはありませんでした。
 しかし、またと言うかどうしようもなく問題が発生したのです。
 ケガレを弾くために作られた人工衛星では冥王星まで辿り着くことができなかった。緊急に作られたものだから生命維持装置も10年以上もたなかったのです」
「いやそれでも十年は凄いとは思うけど……」
「平均寿命が百万年を超える月の民にしてみれば十分刹那的ですよ。軌道上では資源が無く、また他の惑星もケガレが蔓延していて近づく事さえ叶わなかった。
 そして地球防衛部隊総勢324人は資源のため地上に降りざるおえなかったのです」
「ケガレは大丈夫だったの?」
「ええ、地球程度のケガレなら宇宙用の防護服で何とか防ぐことが出来たから。
 そうしてわたし達は地上で資源採掘を始めましたが原住民との確執が発生したのです」
「地上の民、でござるな」
「彼らも月の崩壊を見ていたからわたし達が宇宙から来たって事を早々に理解してくれたわ。
 けれど、彼らが私達に向けたのは敵意だった………いや、あんな事を言って嫌われない方がおかしいわ」
 月の民は地上の民を見下していたという、恐らく彼らは地上の人々に何の労わりも無い心ない言葉を吐きかけたのだろう。
「地上にいた精霊や神でさえも月の民は劣り穢れた存在と考えていた。わたし達は容赦なく山を切り崩し草木一本生えなくなるほど地面を引っぺがしたのです。
 そして生活基盤をめちゃくちゃにされた彼らは、私達月の民に戦いを挑みました。
 わたし達はそんな宣戦布告を歯牙にもかけなかったわ、何故勝つと分かっていて無駄な戦いをしなければならないのかってね。
 でも地上の民は神や精霊を味方につけていた、そのせいで地上の民は月の民と互角の勝負に持ち込むことが出来たのです。
 いや、互角じゃなかった。こっちは防護服がなければまず地上で生きていられなかったから、防護服に一つの傷がつくだけもう戦うことすら出来なかったわ。
 水に墨汁を垂らせばあっという間に水が濁るように……」
「あの時は月の民の弱さを思い知らされたっけね、うう、今思い出してもトラウマよ」
 何時の間にかてるよが目を覚まして話に口を挟むが二人が視線を映した時には既に眠っていた。
テメーはのび太君かと思っているともこうが『とらうまー!』と言っててるよの耳を噛み、結局そのまま喧嘩にまで発展していった。
「……わたし達はたちまち劣勢に追い込まれ蜂月様も傷を負って動けなくなってしまった。戦闘続行が不可能と考えたわたし達は和平を申し込んだの。
 その結果月の科学力を地上に渡すこととなってしまった、これが永夜と言う国の始まり」
「あの機関銃と言い橋と言い全て月の科学で作られたものだったのかみょん」
「ええ、ただその科学力は自分達の身に余ると考えられたのか月の民が科学力を監督する地位につくことになったわ。
 そのおかげでなんとかメンツは保たれたって言っていいわね。
 もちろん恨みはあった。いつか体の中に溜まったケガレを慣れさせ真の月の民の実力を地上の民どもに思い知らせてやるっていっつも蜂月様は言っていたわ。
 でも、彼ら地上の民は月の民と比べてあまりにも短命すぎた、せわしなく世代が変わりわたし達は個人を恨むことすら出来なかった。
 時間が経つにつれ恨みなんてすっかりなくし、わたし達は地上の生活に慣れていったわ。
 それはすなわち地上のケガレを身になじませた事。防護服が必要無くなったとともに悠久の時を生きる月の民は死の淵に立たされるようになったの。
 でも、地上の民を長い間見ていると長い人生にも興味が無くなってくるのよ、彼らは短い人生で立派に生きる意味を見つけているのだから。
 月の民は全ての尊大な思いを捨て去り地上の民のように子を育み、この地に身を埋めたわ。
 『かつての故郷と一部になれるなんてな』なんて、蜂月様は最後にそう、残してくれたの……そんな、愚かな、センチメンタリズム、など……」
 必死に耐えているのだろうが、いつの間にかえーりんの瞳に涙が溜まっていた。
いくら地球とは違う得体のしれない月のゆっくりだとしても彼女にも感情はあるのだ。てるよともこうも喧嘩をするのを止めえーりんを宥め続けた。
「……他の者も子孫を残し、死んでいきました。今この地に残っている月の民はわたしと姫様だけです」
「えーりんさんとてるよさんはどうして大丈夫なの?」
「わたしは月の科学を悪用されないように監視しなければならないゆえ投薬で延命してるにすぎません、姫様は四六時中眠っているから寿命が長いんです」
「ぐぅ」
「……さて、過去の話はこれで十分でしょう。時系列は現在に移ります」
 目の前の映像は宇宙から地上へと移り変わる。
空には双子の月が怪しく光っておりその空の下で人々が一生懸命に光る橋の建築を始めていた。

「わたし達が地上に降りて約200年ぐらい経ったころからかしら。丁度冥王星と地球の距離が近くなったからわたし達は冥王星の仲間達と交信したの。
 気候がかなり変化するから相当開拓に苦労しているようだったわ。まぁ昔話に花を咲かせたって感じね。
 そして話を進めていくうちにこんな提案があったの。いつか月の民が一つに戻れるように彩色の懸け橋を作らないかって」
「星と星を繋ぐ橋かぁ、なんか幻想的だみょん」
「少々ロマンチック過ぎるかもしれないけど魅力的だった。異空間技術を使えば不可能でも無かったしね。
 わたし達は早速着工に取りかかったわ、ルナチタニウム、ヒヒイロカネ、エーテルと言った強固かつケガレを寄せ付けない物質をふんだんに使った。
 なんで地上はお金なんて概念があるのよ……首が無いから回らない」
「一時城が傾いたこともあったわね、あー懐かしい。確かその時に強行捜査隊として因幡忍軍を結成したんだっけ」
「感想言うだけじゃなくてお前も説明に参加しろよ」
「ぐぅ」
 再びてるよともこうの喧嘩が始まるがえーりんは一つも意に介さず説明を続ける。
ただ、喧嘩自体に嫌悪感は持っていないようで時々二人を見ては微笑ましそうな顔をしていた。
「通信はそれほど頻繁にできなかったけど既に設計図は共有してたからそう建築は難航しなかったわ。
 そして今から四年前にようやくその橋は完成したの。冥王星と地球の民が橋の上で栄光の会合をした。
 けれどその翌日、橋のふもとにはその会合にあたった者の死体が転がっていた。
 わたしは失念したわ。いくらその者が月の民の血をひいていたとしてもケガレを身に受けている以上冥王星の仲間にとっては嫌悪の対象でしかないって。
 そのことを考慮して会合なんか行わなければよかったと思った。
 けど、違った。死体のそばに手紙が添えてあったの。それにはこう書いてあった。
 『我々月の民は地球に還る、穢れた紛い物共を駆逐し穢れ無き地上を取り戻す』ってね……宣戦布告の文面だったわ。
 どうしてそのような心情に至ったかは本当に分からない。ただこの地の未曽有の危機が訪れている事ぐらいは察知できたわ」
「それが、地球防衛……?」
「……相手とのコンタクトも取れず、私達は即急に対策本部を立ち上げた。
 侵略戦争となると侵入ルートが問題になるけどその点は明快だったわ。
 相手はケガレを激しく嫌っている。だから直接地球に降下してくることはまず無いと確信した。
 残った侵入ルートはただ一つ、相手はケガレを弾くあの橋を使うしかなかったのよ。
 それが決まっただけでも防衛作戦は着々と進んで行ったわ。陣形、兵器、戦術……万全は尽くした。
 でももっと明快で決定的な作戦があった。それはあの橋を壊す事、それさえできれば侵略を完全に防ぐことが出来る。
 太陽級核兵器2発に耐えられるほど強固に作られた橋だけど、完璧なんてものはわたし達にだって作れない。
 わたし達は設計図を見合わせて綻びを探したの。そして幾つか構造的に脆い点を見つけた」
「それじゃあなんで早く壊さないみょん?もったいないからでござるか?」
「確かにもったいないけど、すっごくもったいないけど! その脆い点と言うのも比較的なだけに過ぎなかったのよ。
 しかもあまりにも微細すぎて爆弾等では破壊することは出来ない。
 研究の結果、無尽蔵な力を放出する尖頭物で破壊するのが一番確定的だと分かったわ」
「無尽蔵の力……」
「尖頭物……」
「ここまで言えば分かりますね。そう、それに該当するのが覇剣なのです」
 えーりんはお下げで彼方の腰に差さっている覇剣を指さした。



「……これで話は終わります。飛ばした人のために三行にまとめると。
 月の民は月の崩壊により故郷を守る地球側とケガレを忌避する冥王星側に分かれた。
 再び一つになるためにケガレなき橋を作ったけど完成当日に冥王星側が突如理由は分からないが宣戦布告してきた。
 敵はケガレを嫌い橋を使って侵略してくるはず、進路遮断のためにはどうしても覇剣が必要。と言うことです」
「いや……ちゃんとみょん達は話聞いてたでござるから……それに飛ばしたって……」
 映像が消えると同時に窓は全て開けられ再び部屋に光が戻ってくる。
暗闇に慣れていたためか少々眩暈がしたが二人はそれでも毅然としてえーりんと向かいあった。
「心の準備が出来たことで本題にうつりましょう。烏丸彼方さん、その覇剣をほんの少しでいいですからわたし達にかしてください」
「いやだ!!!!」
 即答だった。きっぱりはっきり何の迷いも無く、いつものように。
分かっている。この娘はこういう娘なのだとみょんも驚きもせず一応戒めるようにただただ無言で彼方の腰をべしべしはたいた。
「そりゃあ頭の中では分かってる。渡さなきゃ地球が侵略されて自分達も死ぬことくらい理解できるよ。
 あんな現実感あるもの見せられて信じられないなんてことは無い。でも、私は許さない。
 あんたらは私を傷つけた、あんたらはこの刀を折った、あんたらはみょんさんを傷つけた!」
「……」
「本当ならこの場は悪の親玉と正義の武士が一騎打ちする場にするべきなんだ。でも今更あんな事告げていい子ぶってるつもりか!
 どれだけ傷つけられたと思ってるんだ!こんな昔話じゃ過去の清算は一切出来てない!もっと言うべき言葉があるじゃないか!!」
 彼方は途中で息することすら忘れえーりんに責め立てるがその言葉は論理的で無くただただ感情を発露させているものにしか過ぎなかった。
だが今までとは全く違う。普段の彼女だったら相手を罵倒し、己の感情のまま吐き散らかし、最後に手を出すという暴虐の詰問を行っていた。
 成長、と言うべきなのかどうかは分からない。彼女は今どうしようもない現実と歯止めのきかない己の感情の狭間で精いっぱい戦っているのだ。
「忘れない、絶対に忘れない!どれだけの血と汗と涙を流したか!む、胸を刺された時どんな気もちだったか!」
「かなた殿、それはあの脳内蝶々忍者でござるよ」
「あ……そ、その……執拗に、私達は悪くないのに、う、ううこの」
 しかし罵倒も暴言も吐かずに感情を吐露するだけだと当然のように語彙は少なくなる。
みょんに指摘されたせいもあって勢いも留まり、次第に口から洩れる言葉も途切れるようになっていった。
「………とにかく!!!この刀は絶対わたさ」
「結論づけるの早いわ、もう少しゆっくりしなさい」
 もう語る言葉は無い、ならば自らの意思を言うだけ。なのにその想いはてるよの何気ない戒めによってあっという間に遮られてしまった。
「……っ!!」
「簡単に言うとわたし達が嫌いだから渡したくないだけでしょ? でもね、えーりんは別に悪意がったわけじゃないってことを覚えて。
 情報が錯綜してたせいで命令が極端なものになってしまったの」
「そういえばきもんげがかなた殿が奪ったとか言ってたでござるな」
「……でも、でもっ!」
 彼方は己の肺から全ての呼気を吐きだしてまで必死に言葉を紡ごうとする。
一体何が彼女にそうさせるのかと言うと結局のところ、徹底的に否定してやりたいだけなのだ。嫌いなやつは嫌いであり続けたい、そんな邪な思い。
しかしその否定する術も失われてどもっているうちにえーりんが神妙な表情で彼方に向かってこう言ったのだ。
「わたし達ならその刀を直せます」
「………………………うそ」
「わたし達が被害を与えたのは事実。それでも不躾ですがわたし達に覇剣を貸してほしいのです。
 もちろん事が済み次第あなた達にきちんと直った状態で返す所存です」
「……や、やめろぉ、そんなあゆみよってくるなよぉ……」
「これが償いになるとは思いませんが……お願いします」
 彼方は賢明さや聡明さとは程遠い性分の少女。だから覇剣を直すという言葉を聞いて思わず憎しみを忘れ内心喜んでしまったのだ。
それが本当か嘘かもわからないのに、手放しで喜んだ自分が嫌になってしまった。
「かなた殿、もう割り切るべきでござる。何時までも思いにとらわれては何もならないでござるよ」
「うるさいうるさい!……私だって分かってる、事情があったってことは理解してる、渡すのがどうしようもなく最善ってことが事実であるのだって。
 でも、でも、信用したく、ない」
 甘い餌に釣られて敵と手を結ぶなんて恥ずかしい真似はしたくない。そう呟いて彼方は一筋の涙を流した。
ここまでくれば善悪など関係無い、ただの少女の意地の張り合いである。
「けどこれ以上ごねても意味は無いみょん。」
「……そう言うみょんさんこそ、どうしてそんなホイホイと信用できるの?」
 言葉巧みに、出来るだけの科学力を使って騙しているかもしれない。
それでもみょんはふぅと溜息をついて、ゆっくりと言葉を発した。
「確かに嘘かも知れないみょん。でも嘘だったとしたら命を賭けて取り返す。それだけみょん」
「……みょん、さん」
 他にも理由は沢山あるだろう、けれどみょんの口から語られたただ一つの決意溢れる言葉は彼方の心を揺さぶった。
彼方は泣きそうな顔になりながら腰の覇剣を見る。しかし本当に預けていいのだろうか、手放していいのだろうか。
その最後の不安の間で迷っていると隣にいたもこうが覇剣に近づき黒メガネを外しながらじぃっと覇剣を見つめて呟いた。
「……ヤゴコロ様、この覇剣の修復わたしに任せていただけないか?」
「藤原之火紅槌妹紅……あれほど仕事を嫌がっていたのになぜですか?」
「なぁに、頑固な子を納得させるためさ。わたしは一応国のお気に入りだがあくまで民間。民間が行った方がこの子も見守ることが出来るだろう?
 彼方ちゃん、よかったら覇剣の修復を手伝ってくれないか?」
「え、ええと、お師匠さんの工場で一応経験はあるけど……その」
 もこうの急な提案に彼方は思わずしどろもどろになってしまう。
確かに因幡忍軍を使役した国よりかはもこうの方が信用性があってまだ納得できるだろう。そしてその納得は彼方の薄い意地を徹底的に崩落させていった。
「不安なら見守ってくれていい。大丈夫、奪うなんて真似はしないし奪わせる真似なんかしない。
 責任はわたしが負う。だから、地球を守るためにお願いする」
「…………………………分かった」
 ようやくひねり出せた許容の言葉。その一言によって、長きにわたる二人と永夜国の因縁の戦いに終止符が打たれたのであった。





 蓬莱城の入口付近にて風に揺られながらもこうとみょんと彼方の三人はゆっくりとたそがれる。
えーりんもてるよももこうの意見を承諾し、交渉も一段落ついてそのまま丁重に送り返してくれたのだ。菓子折りまでくれてみょんも心なしかうきうきである。
「それじゃあわたしと彼方ちゃんは自分の工場へ行ってくるよ。あんたはどうする?新作の刀でも物色していくかい?」
「いや、みょんは真剣には興味無いのでござるよ。みょんは少しこの国を散策するみょん。」
「んじゃ、みょんさんまたね~」
 そう言って彼方はもこうの後について行き、みょんはぽつんと一人残され物憂げに堀の水を眺める。
「またね、かみょん」
 その『さよなら』と似て否なる言葉がどうも今のみょんの心に突き刺さってしまう。
二人の旅は最初から覇剣を直す為に始めた旅、故に覇剣が直るということは旅の終わりが近づくと言うことなのだ。
 彼女は別れの言葉にまたねと言う言葉をよく使う。だから、またねなんて言わないでほしい。一緒にゆっくりしてほしい。
「……また会える保証なんてひとつもないのに……あおい殿に頼めばいいのかみょん?」
 考えても仕方なくみょんはえーりんから貰った菓子折りを頬張りながら蓬莱城を後にする。
しかし堀を繋ぐ橋を渡り終えた時妙な物音を聞こえ、みょんは振り返らずごろんと転がって真後ろを見た。
「…全く、因縁に終止符を打たれたっていうのに、厄介なやつが残っていたみょん」
 そこにいたのは一人のゆっくりうどんげ。白い忍者服を身に包み、ゆっくりがゆっくりである証の瞳を丸ごと隠すようかのように仮面をかぶっている。
だが言葉も表情も分からないというのに、その体からは感じ取れるほどの殺気をみょんに向かって発していた。
「因幡忍軍頭領、因幡零戦、あの刀鍛冶の村以来だったかみょん?」
「…………………………………」
 月兎は何も語らず、空の月は二人を照らしていった。







前編終了

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最終更新:2011年06月13日 21:54