みょんと彼方の去った蓬莱城謁見所。
百人のイナバは収容できるほどの広さがウリの部屋であったがえーりんとてるよの二人だけではそこはあまりにも広く、
誰も言葉を発さないこともあってまるで火の消えたかのように活気がなくなっていた。
「…………………………………」
「……………………」
永夜国摂政 不死射心えーりんは空に伸びる輝きの橋を見上げ一人悩んでいた。
これから自分達はかつての仲間達と戦わなければならない。共に談笑しあい、手を取り合い、血を分けた友人達と。
宣戦布告が間違いであってくれればよかったのに、しかしえーりんの知能は全ての状況からそれが事実だと残酷に判断してしまった。
「姫様、わたし達は彼らと戦うべきでしょうか?」
だがてるよは全ての質疑応答を拒否するかのように寝息を立てながら眠っている。
いや、寝ていても起きていても彼女はえーりんに答えをくれないだろう。そう思ったえーりんは窓を閉めて部屋の壁にある写真をゆっくりと眺めた。
「蜂月様、わたし達はとても業の深い事をしているでしょう。あなたがいてくださったら……」
写真に写ったかつての為政者の顔は何も語らずえーりんは一筋の涙を流す。
だが突然役人の者が息を荒げて謁見場に飛び込み静寂はあっという間に破られた。
「失礼しますヤゴコロ様!冥王星から送られてきた通信機に反応がありました!」
「……!!すぐにここへ持ってきて!」
えーりんは何時になく声を強めてその部下に命令する。
今までずっと連絡が取れなかったがようやく対話することが出来るのか。
何を考え、何を思い、何を語るか、それを考えるだけでも気が気でならずゆっくりなどしていられない。
そして一分もしないうちに役人がその通信機を運んできてえーりんの目の前に置いた。
惑星間通信をするというのに全長が一尺程度(約30㎝)しかない。かつての月でもこんなものは無く、相手側の科学力の向上にえーりんはわずかながらに戦慄する。
「……これから大事な話をするわ、だからこの部屋には誰も入れないように」
「わ、分かりました」
人払いも済ませえーりんは神妙に通信機を起動させる。
慣れない機種であったが操作はそう難しいものではなくすぐに通信を始める事が出来、上部の鏡から光が放たれて空中に映像が映し出された。
そこには煌びやかな橙色の髪を携えた一人の女性がいて、虚ろな目でじっとこちらを見つめていた。
緩慢刀物語 永夜章 後編
「………………………」
『あ。お久しぶり。お久しぶり。元気?腐ってない?姉様は?』
「……お久しぶりです。羽鴇様」
空中の映像はかつての月姫の片割れ、現冥王星の統治者羽鴇の姿を鮮明に映し出す。
だが昼間二人に見せた映像と違い、清楚さはあるものの瞳や体勢にかつての生気が無いように感じられたのだ。
「羽鴇様、今回の件についてのことですが」
『ん。ワタシは姉様のことについて尋ねているの。一体どこにいるの?』
「………蜂月様は、亡くなりました」
えーりんは喉の奥から辛い感情に耐えて声を出すがそれに対して羽鴇は苦々しい表情で、けれど起伏の無い声で独り言のように言った。
『そ。だからワタシは口酸っぱく言ったのに。あんな穢れた土地にいる必要はないって』
「穢れた、土地。ですか」
『ええ。例えどれだけ取り繕うが穢れている以上ワタシ達月の民にとっては毒の沼。死の淵。絶望の釜。
ワタシ達幽体物質昇華生命体にに死後は無い。だから魂と肉体を蝕むケガレは月の民にとって「最悪」という表現が似合います』
羽鴇のケガレに対する忌避感は月の崩壊から一個も変わっていないようでえーりんは懐かしさを覚える。
だが、そうなると少し違和感が残る。ケガレを嫌うのであれば何故彼女達は地球を狙おうとしているのだろうか。
「……では、こちらからの質問に答えていただきます。今回の件は一体どういう考えなのですか!?」
『そうね。前は穢れたものが相手だったから碌に話し合うことが出来なかったけど改めて言う。
ワタシ達冥王星の民は地上のケガレを残らず駆逐し地球へと移住いたします』
「……受け取った文面とは違うわね」
何の感情の起伏も無く宣戦布告されたことに少し物怖じするえーりんであったがこの雰囲気に押されまいと唸りをこめて言い返す。
確か殺された者に添えてあった文書には穢れた紛い物を駆逐すると書いてあったはず。しかし返ってきた言葉はやはり無感情で淡々としたものであった。
『あら。そうなの?私が書いたんじゃないからね。でも同じ事。ケガレを完全に駆逐するには穢れた生物はいてはならない。
残念だけど全ての生物からケガレを抜く技術なんてワタシ達だって持ってないわ』
「……なぜ、ですか」
ふつ、ふつと湧きあがる感情を必死に抑えてえーりんは羽鴇に聞き返す。
分かってはいるのだ。地球の民と月の民はどうひいき目でみてもあまりにも生命体のレベルが違いすぎる。こういった態度も悪とは断定できない。
でも自分も月の民のはずなのに、えーりんは何故かその駆逐するという言葉を許すことが出来なかったのだ。
『なぜ。あなたからそんな言葉が出るなんて意外ね。地球暮らしで心も穢れてしまったの?』
「……確かにわたし達は地球暮らしで穢れてしまったり変わってしまったりしているかもしれません。
でもどうしてあれだけお嫌と言われていたのに今になって地球にお戻りになるのですか!?冥王星で何かあったというのですか!」
『……ッ!!』
冥王星という単語が出た瞬間今まで無感情を保っていた羽鴇の表情が引き攣ったものにへと変わっていく。
聞かれて不都合なことなのだろうかと思っていたが羽鴇は表情を変えるだけでなく全身を震わせて瞳からは雫を幾滴も垂らしていた。
「は、羽鴇様?」
『も。もうこんな場所になんていられない。ここは命が住むべき所じゃない。いや、いや、いや、ひぃぃぃぃぃ!!!!』
透き通るかのような悲鳴を上げて羽鴇は目を血走らせながら錯乱したかのように服や髪を掻き毟り始める。
あまりの豹変にえーりんも問いかける事が出来なかったが、映像上にへと羽鴇を励ますように一人のゆっくりが現れた。
『羽鴇様!落ち着いてください!いまはもうやすみましょう!』
『う。ううっ……もう、いや。いや。いや。ううっ』
そのゆっくりに送られて羽鴇はまだ体をぶるぶると震えさせながら画面外に出る。
えーりんはそのゆっくりと面識があった。なんとか冷静さを取り戻しえーりんはそのゆっくりに問いかける。
「お久しぶりですね。よりひめ様」
『……こんな状態になるなら対面なんかしたくなかった、でも仕方ない。おひさしぶりですね』
薄い水色の髪を後ろで束ねた剣士ゆっくり、ゆっくりよりひめは物寂しげな表情をしてえーりんに向かって頭を下げる。
だが懐かしさに浸る暇もない。えーりんはゆっくりらしからぬ真摯な表情でよりひめに問いかけた。
「羽鴇様は一体どうなさったの?そして冥王星でなにがあったというの?」
『……大体200年まえくらいでした、羽鴇様は冥王星において酷い傷を負ったのです』
傷を負ったという事を聞いてえーりんはほんの少し驚く。
あの進化の頂点を誇った月の民が穢れの無い地で重傷を負うなんてまずあり得ないと思っていた。
自分達も地上の民と戦ったときは防護服を破られてケガレをその身に受けてしまったが、実際に体自体に傷は負うことはなかったのだ。
『それはもう傷と表現していいのか分からなかった、何せ首から下はほぼ千切られて顔の半分しか無事なところが無かったのです。
今ではなんとか五体満足に治りましたがその時の後遺症で羽鴇様は恐怖以外の感情を無くしてしまわれたのです』
なるほど。羽鴇の言動や挙動に違和感が生じたのはそのためか。
いくら月の民であっても死の淵に立たされれば、いや、月の民だからこそ死の恐怖を鮮明に魂に刻みつけてしまう。
しかし一体何が羽鴇をそこまで追いつめたというのだろう。問いかけてみてもよりひめはただ口を閉ざすばかりであった。
『今はいえません。けれどこの事件のせいで一部の民で秘密裏にすすめられていた地球侵略計画が大きく表に出たのです』
「……そう、分かった。ありがとう」
もうこれ以上聞けることは無い。戦略や布陣など教えてくれるはずも無くこれ以上言い訳も聞きたくない。
でも一つ聞いて安心した事がある。冥王星を変える事件が今からおよそ200年前に起こったというのならそれは橋を建設するずっと後のことだ。
私達は騙されていない、彼らの一つになりたいと言う意志は本物だったのだ。
『ヤゴコロ様、先ほどの羽鴇様の話で蜂月様が亡くなったと聞きましたが……今、地上には月の民はどのくらいのこっているのですか?』
「わたしと姫様だけよ。神囃鉋様も輝槌藤紅様も守凪陣様も、全員。よかったわね、躊躇い無く侵攻出来て。
……でもここは私達の星よ。牙を向けてくるようであったら例え仲間であっても容赦しないわ」
『……わかりました』
明らかな敵意を前に物寂しげに表情を見せてよりひめは頷き、通信はそこで終わる。
ずっと真剣な顔つきでいたえーりんであったが通信が終わった瞬間悲しそうな顔をして一筋の涙を流す。
彼女だって戦いたくない、こんなの嘘だと思いたい。だから彼女は一人、泣いた。
「……えーりん、泣くなんてあなたらしくもないわね」
「ひ、ひめさまっ!おきていらしたのですか!?」
「ええ、話は全て聞かせてもらったわ」
じゃあちゃんと会話に参加しろよ、一応あんたこの国の国主やろと突っ込みたい気持ちを抑えてえーりんは涙を見せまいと顔を逸らす。
だがてるよは頬笑みをえーりんに向けると知らぬうちにえーりんの目の前まで接近して揉み上げで優しくえーりんの涙を拭いた。
「わたしもせいいっぱい手伝う。だから一人で抱え込もうとしないで」
「……分かりました。では姫様には兵達の激励、破天魔陣の再確認、戦術の勉強、能力による作戦の加速を……」
「おやすみ」
即座に眠りについたてるよに流石にえーりんもこの時ばかりは怒りを覚え、お下げでてるよをど派手にぶったたいた。
「てるよめ!いい気味だ!!」
「うわっ!びっくりした」
科学力が進んでいるとはいえ人々の文化や生活基盤はそう変わらないらしく、永夜の町並みは他の国とそう大差あるものではなかった。
そんな町並みを散策していき彼方ともこうの二人はようやく工場にへと辿り着いた。
「『アトリエかぐや』…………って名前の工房なの?」
「ああ、この店作る時あいつが出資してくれたからな。名前をつけさせてやったんだ。
アトリエってのはアバロン語で工房って意味らしい。あいつの名前が入ってるのは気に食わないがそう悪い名前じゃないよ」
「う~ん、なんか別の意味があるような気がするんだけど……」
まぁそう考えても心当たりが無い以上結論は出ないので二人はそのまま看板の下をくぐり工房の中へと入っていく。
店の外見は古色溢れる木造建築であったが一度中に入ると金属仕掛けのカラクリに囲まれ、ここがただの工房ではない事が理解出来た。
「な、なにここ。こんな場所で鍛冶とかできるの!?」
「ああ、いいものを作るには精密に温度とかを測らなければならない。でも基本は同じさ。炎で熱して打つ!!」
もこうは窯らしきものの戸を開いて中に向けて思いっきり火を噴きつける。
その炎は窯の中の薪に燃え移り、めらめらと周りの空気を揺らめかせながら優しく工房を照らしていった。
「ほえー、こんな鉄の窯でもできちゃうもんなのかなぁ」
「さて、彼方ちゃん。今から修復作業に入る。やり方はそう変わらない。準備はいい?」
「は、はい!!」
かつて自分の村でお師匠さんの作業を手伝った事とあの地底の町でお菓子を作ったことを思い出して彼方は身を引き締める。
邪魔になるものを置き、リボンを外して髪を纏め上げる。そして腰に差した覇剣を台の上に置いた。
「これが覇剣『舞星命伝』か。鞘から外してもいいか?」
「……ごめん、自分で出させて」
目の前のもこうが信じられないというわけではなかったが覇剣の修復という最大作業、これぐらいは自分の手でやっておきたかった。
彼方は柄と鞘をつかみ刀身をゆっくりゆっくりと引きだす。かつての光は失われたが刀身に秘められた輝きだけは未だ健在であった。
「ふむ、真中からぽっきりと折れているのか……覇剣は単なる金属で出来ていることはあまり無い。彼方ちゃん、この刀は一体何で出来ているんだ?」
「え、ええっと……確か先生は……地中深くあった命の鉱石から切り崩したって言ってたけど」
「……切り崩した?ちょっと待ってくれ、これは踏鞴で金属を溶かして作ったんじゃないのか!?」
もこうは驚きのあまり『うわあああ』的な表情になりかける。
普通刀を作る場合は踏鞴で砂鉄を溶かし、溶かした鉄を形にしてそこから打ったりすることで不純物を取り除き、その後いろいろな過程を経て刀にするのだ。
以前きもんげ宰相に頼まれて作った超硬合金刀もどっかのさくやに頼まれた紅い刀もそのやり方を一応踏襲した。
だがこの刀は彫刻のように形を作ったと言うのか、俄かに信じられない。
「う~ん、いつもはそうなんだけど、『あ~溶かせねぇ、やべぇやべぇ』って壁の方を向いて泣きそうになりながら削ってたんだよ。
ただそのおかげで二三時間で作れたしちゃんと熱した後うって不純物を取り除いたらしいし」
「……流石はあの在処か……この金属も金属だ……」
もこうは思いつめたような表情で何か呟きながら辺りをうろつき始める。
彼方はまだかまだかと足踏みしながら待ちわびるがもこうはひときわ大きなため息をついて彼方と向かい合った。
「ごめん、この金属について色々検査しなくちゃならない。その間すること無いからそこでゆっくりしててくれ」
「え、もしかして出来ないとかじゃないよね……」
ここまで来て直せないと言ったら恐らくこの旅じゃ永遠に直せないだろうし、なにより世界が滅亡してしまう。
けれどもこうの口から出たのは彼方の思惑を否定する言葉であった。
「いや、この炉は一万度以上出せるから溶かせないことも無いんだ。けど丁度液体に変わる温度を計らなくちゃ綺麗に直せない。
それには結構な時間がかかる。だからそれまでゆっくりしていってね!!!」
「……はぁ、分かった」
彼方は深く肩を落としそこらにあった椅子に腰をかける。
まだ急くべきではない。直ることが確定しているのなら腰を据えてゆっくり、ゆっくりすべきなのだ。
彼方はこの旅でみょんから色んなゆっくりを味わった。なら、今一人でもゆっくり出来るはずである。
そう心を落ち着かせようと窓の外を見ると、住民が全て家から出て道をぞろぞろと大集団で歩いて行くのが見えた。
「?何やってるんだろうあの人たち」
「……もう避難が発令されたのか。時間が無いな」
ゆっくりしていながらもどこか焦った表情でもこうは黒メガネを外し、部屋の端に設置されていた液晶と向かう会う。
張りつめたこの空気の中、彼方は一抹の不安をぬぐい切れなかった。
移り変わって永夜の路傍、道のわきに設置された長椅子に一人の武士と一人の忍者が暢気な雰囲気をかもしながらゆっくりしていた。
先ほどまでの敵意は不気味なほどすっかり消え失せ、争うことなく空の橋を見つめている。
「刀鍛冶の村の時は酷く争ったでござるなぁ、さっきまで戦うかと思っていたけど意外と話が通じて良かったみょん」
「…………」
「ま、もう因幡忍軍との因縁も無いみょん。だから永遠に休戦、休戦。くうかい?」
みょんは貰った菓子折からうまうま棒を取り出しうどんげに差し出す。
うどんげは最初は訝しげにしていたがぶっきらぼうに受け取るともしゃもしゃとお菓子を頬張り始めた。
「げらり」
「お気に召したようで嬉しいみょん。ま、貰いものでござるが」
みょんはお菓子の入った包みをうどんげとの間に置き、暇さえあればつまむ。
しばらくの間ほのぼのとした時間が続き、他愛のない話をしているうちに日も次第に沈んできた。
「なるほどなるほど、てゐ達にもそんな事情が……むーしゃむーしゃ、あったのでござるね」
「げら」
そうして食べていくうちにお菓子の量も残り少なくなって包みの中のうまうま棒(さくらでんぶ味)の一本だけが残り、
それを取ろうとしたうどんげの手とみょんのもみ上げが重なり合った。
「………」
「………」
それは恋の始まり、と言うわけではなくみょんもうどんげもそこから一切手を引くことなく、互いを睨みつける。
先ほどまでののほほんとした空気はいずこへと去り二人の間に緊張が走った。
「……さくらでんぶは大好物みょん、折角最後に残してたのにそれを奪うと言うのでござるか?」
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
「というかさ……先ほどから殺気や敵意は隠せてるようだけど……武器を手に取ろうとする仕草は全然隠せてないでござる、よっ!!」
みょんはすかさず羊羹剣を取り出しそのまま跳ねてうどんげから距離をとる。その直後にうどんげの目の前に閃光が走り鋭い風が吹いた。
もしあの膠着状態のままじっといたらうどんげの居合がみょんの体を切り裂いていただろう。それほどこの敵は油断が出来ない相手であった。
「やはり……最初から狙っていたのでござるかッ!」
「………キシシシ……ゲラァ!!!」
うどんげはそのまま二股の刀を腰に戻し指を銃の形にしてみょんに向かって座薬弾を放つ。
みょんはそれを難なく弾き飛ばしそのまま羊羹剣を構えたままうどんげとの距離を詰めていった。
「ゲラァ!ゲラァ!!!」
「ぐっ!前よりも攻撃が激しいみょん!」
以前、刀鍛冶の村においてみょんとうどんげは一回刃を合わせた事がある。
うどんげはその戦いでみょんにより打ち負かされ顔に酷い傷を負い、その時の恨みを今の今まで心の底で燃やし続けていた。
先ほどの懐柔的な態度は全て嘘、うどんげはこのみょんを打ち取るためにじっと殺気を潜めていたのだ。
「うおりゃああああああああ!!!」
「げらあああああああああああ!!!!」
二人の刃が交わった瞬間、金属がはじけるととともに耳をつんざく様な爆音が空の方から発せられる。
この音を合図にするように今日この瞬間、二つの戦いの火蓋が切られたのであった。
最終更新:2011年06月13日 21:57