【2011年春企画】緩慢刀物語 永夜章志位 後篇-2


「1,2,3号監視衛星応答ナシ!恐らく破壊されました!!」
「冥王星からの攻撃です!惑星生命探知機によると約500人以上の兵が現在土星付近を移動しております!」
「とうとう来たのね」
 橋のふもとから少し離れた司令部にてえーりんは様々な報告を歯噛みしながら受け取る。
通信が終わった時点で今すぐ攻めてくると予期したえーりんは一歩も後手を取ることなく作戦を開始させた。
 だがそれでも万全とはいえない。周りの焦り散らかす叫ぶを聞くと否が応でもそう思わされる
「嘘!?爆発反応が無いのに進路上のデブリバリケードが破壊された!?一体どういうことなの!?」
「あなたは知らないのかしら、月の民はその身に神性をまとっている。そんな物理的なものじゃ一時稼ぎにしかならないわ」
「そ、それじゃどうするんですか!?まさかそんな本当に神の力だなんて私達地球人じゃ打つ手なしじゃないですか!!」
 月の民の力を目の当たりにして司令部の人々でさえも狼狽しきっている。
世代が変わってこの司令部もえーりんを除いてすべてが地球人だ。えーりんは混乱を止めようと声を張り上げて命令を下す。
「落ち着きなさい、既に手は打ってあるでしょう!990部隊に命令!決戦兵器を起動させなさい!!!」
「わ、わかりましたぁぁ!!!」
 えーりんの命令は無線を伝って前線へと伝わり、赤い羽織を纏った990部隊が橋のふもとへと巨大な砲塔を運んでいく。
敵もその砲塔の存在を察知して地球圏外から遠距離攻撃を仕掛けてくるが神力の備わった弓兵部隊の弾幕により攻撃は砲塔に命中されることなく逸れていった。
「動力充填開始!3割……6割……」
「砲台を守れーーーっ!!!」
 数秒の間に過ぎなかったが天と地の両方から激しい弾幕が交わされ、地面は巻きあがり破片や血が所々で舞い上がる。
けれど砲台に大きな損傷はなく、エネルギー充填が進むごとに桃色の煌びやかな光が方向に集まっていき号令とともにその光は橋に沿って発射された。
「対神ハクアレイ砲発射ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
 桃色の光は赤と白に分かれ螺旋状となって突き進み、雲を、空を、宇宙すらも割っていく。
そして鋭い音が聞こえたかと思うとあれだけ激しかった弾幕がぴたりと止み、辺りは不気味なほど静寂に包まれた。
「え、ええと……勝ったのか?」
「んなわけないだろう!!医療部隊は負傷者を回収!!狙撃銃兵部隊は一番前へ!!その後ろに弓兵部隊を!敵が直に攻めてくるぞ!!!」
 前線ではなんとか態勢の立て直しが出来て一時の安心を得る事が出来たが司令部ではそうもいかず皆固唾をのんでじっと戦線の様子を見つめている。
それもそのはず、砲撃によって敵勢力の動きは一時抑えられたのだが、ものの数秒もしないうちに再び数を変えずに進撃してきていたからだ。
「これで第一段階終了、これでようやく一方的な戦いから五分五分になったわね」
「あ、あの……ハクアレイ砲って一体どんな兵器なんですか?それに敵勢力は変わってないのにどうして弾幕は……」
 流石に全員が全ての情報を知っているというわけではなく一部の者はこの不可解な状況に小首をかしげる。
「あなた、博阿怜って知ってるかしら?」
「博阿怜ってあの博麗の……あっ」
 博麗、それはこの国を二分した東の大国であり主な特徴として『神を否定している事』が上げられる。
ハクアレイ砲自体に破壊力は一切ない、その代わり名が示すように光線が走った部分を一定の間神性を吹き飛ばす力があるのだ。それは月の民も例外ではない。
「でも、持続力が長い代わりに全ての神性を剥ぎとれるわけじゃない。後は頼むわよ。前線のみんな……」
「敵勢力ただ今火星付近を通過中!!!およそ二分後に到着すると思われます!!!」
「覇剣が直るそれまでに………」

 負傷したのも数名ですぐに戦線を立て直した前線であった動揺を鎮めきれないうちに敵を地球圏内に侵入させることを許してしまう。
銃兵長の掛け声とともに敵の大軍に向かって幾多の長銃が発砲されるが流石に射程が足りず弾丸は敵のところまで届くことなく勢いを萎めていった。
「総隊長!弓なら銃よりも飛距離を伸ばせます!弓兵部隊を前にして下さい!!」
「ダメだ!この橋の周りの空域は神秘を否定する!今の神力の備わってない弓では狙撃銃の射程を超えられないんだぞ!」
「監視隊報告します!!敵影距離2000mを切りました!敵は刀などをとりだして…………ってな、な、なにあれ……?」
 望遠鏡で敵の動きを監視していた兵が突然恐ろしいものでも見たかのように呆然として言葉を失ってしまう。
そんな兵の様子が気になり総隊長は兵を押しのけて自分も望遠鏡を覗くが、その目に映った光景に驚きを隠せなかった。
「なんだ、あいつら……同じ顔のやつが沢山居やがる……」
「え?ゆっくりってことですか!?」
「いや、ゆっくりもいるにはいるが人間も全員同じ顔だ!こ、これは……」
『クローン兵よ』
 そんな困惑に応答したように総隊長の無線からえーりんの声が聞こえてくる。
総隊長はすぐさま無線を掴みその声に応答した。
「クローン兵?」
『そうよ、月の民は長寿命の代わりに人口が少ないから兵力の補充としてクローンを作ったらしいわね。
 こっちから見る限り、恐らくそのクローンのオリジナルは玉途零選様と幽迎錯様、どちらも月では近距離戦において一二を争う程の強さよ。
 オリジナルほどじゃないにしてもクローンはかなり武芸に秀でている。恐れることなく心してかかりなさい!!』
「わかりました!!」
 えーりんの激励を受けて総隊長はそのまま戦線の様子を自らの瞳で確かめる。
自分も月の民を母に持つハーフ、母から色々な話を聞かされてきた彼は彼女の気持ちも分からなくはなかった。
 けれど戦うしかない、そしてこの地の住む者たちのために全ての力を出し切って戦うしかないということを彼は分かっているのだ。
「敵影500を切りました!!もう時間はありません!」
「銃兵弓兵部隊は下がれ!!1から4の突撃部隊は橋を渡り敵に向かって進撃せよ!!!敵にこの大地を一歩も踏ませるんじゃないぞ!!!」
 槍と刀を携えた突撃部隊が橋に乗り上げそのまま槍を突き立てながら敵に向かって突撃していく。
そして敵の到着を待つことなく輝く橋の上で二つの勢力は刃を交わせたのであった。
「侵略者めぇぇ!!!ゆっくり死ねえええええ!!!」
「穢れどもめがぁ!!」
 突撃部隊の槍は敵の前列を抉り飛ばしたがその際の反撃により全ての槍が折れ、そのまま刀による近距離の戦いが始まる。
互いに押せ押せの状態になっているためか直ぐに混戦となり、地獄のような情景が映し出される。
 血飛沫が舞い、肉片が飛び散り、餡子もいやな音を立てて橋に広がっていく。貫かれた者、切り裂かれた者、マミられた者は力なく倒れそのまま人の波に飲まれていった。
「うああああああああああ!!!このっ!このっ!!!」
「や、やめろっ!触るな穢れどもっ!」
 互いにせめぎ合っているうちにすし詰めのような状態となり中には橋から零れ落ちる者も出始める。
大抵は既に事切れた死体であったが中には生きたまま落ちる者もおり、重力は月地球の命わけ隔てなく兵達の命を奪っていった。
「うあああああ!穢れる!体が朽ちる!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
「朽ちる……?そうだ!ケガレだ!奴らこの橋の上でしか生きていけないんだ!だからこいつらを叩き落とせぶぎゃぁぁぁあ゛!!!」
「アホか!!俺たちだって落ちたら死ぬよ!」
 ケガレという弱点も今では対処することが出来ずに戦いはさらに凄惨なものになっていく。
第二波と思われる800人以上の敵兵が地球圏内に辿り着き、それに合わせて永夜軍も部隊を次々と投入させていく。
 橋はあんなに輝いていると言うのにその上はまるで地獄だ、援護に回っていた弓兵のみすちーはその光景を見て恐れから全身を震わせていった。
「ヤゴコロ様!私達は一体どのくらいまで持たせればいいのですか!?」
『およそ2時間!!それだけあれば覇剣が直る!』
 それまで持たせられるのかと不安になる総隊長であったが、その考え自体絶望的なものである事に気づき苦悶の表情を浮かべる。
戦況を持たせるのが難しいということは現存戦力で勝つのは不可能と言うことなのだ。そんな勝算のない戦いに自分は兵を送っているということとなる。
橋から零れ落ちる死体を見ると心苦しい、今はただ出来る限り多くの兵が生き残るよう指示を下すしかなかった。
 司令部でもその状況をしっかりと認識しており誰もがやりきれない思いでいっぱいとなる。
こちらもいくつかの戦術兵器を備えてはいる。だが時間稼ぎと言う目的上、一気に披露することは許されないのだ。
救える命が目の前にあるのに救うわけにはいかない、今まで大人数による戦争を経験したことのないえーりんにとってそれは苦痛の物でしかなかった。
 そう互いの戦況を見つめていると一人の従者が息を荒げて司令部に飛び込んできた。
「た、大変です!!ヤゴコロ様!!」
「どうしたの!あなたには蓬莱城の守りを任せたはずでしょう!一体何が起きたの!?」
「それが……午前冥王星から通信機と共に送られてきた刀が……何者かに奪われたのです!!!」
「なんですって……?」
 あの刀は冥王星から献上品のように送られた、だが冥王星に不信感を募らせていたえーりんはその刀を厳重深く封印処理したのだ。
どうせ碌でもない罠だろう、怪しすぎるだろうと、疑念を持つ自分に嫌気が差しながら。
 それが無くなったということは非常に大事だ、一体何が起こるか分からない以上警戒を解くことは出来ない。
「二級官以上は封印を解く事が出来ないはずなのに……スパイが紛れていた?いや、そんなはずは」
 穢れを知らない冥王星の民は防護服なしでこの地上にいることは出来ない。そんな怪しい人物がいたらえーりんの耳に入っているはずである。
地上の民に内通者がいる事も考えられない。ではいったい誰が。いや、えーりんには一人だけその心当たりがあった。
「あの子……月の刀だと聞きつけて……っ! 梁方三級護衛官!! 因幡忍軍は!?」
「え、あ、はい!因幡忍軍は近くの竹林の頂上にて監視に当たっています。しかし棟梁の因幡零戦様の姿は……」
「くっ!!!バカねあの子!」
 あの忍者はいつもいつも自分の顔を傷つけた武士に対し笑い声とともに呪詛を吐き続けていた。
彼女が刀を携えて行く場所と言えばあの武士のところに決まっている。
 えーりんは様々な不安の上に、また一つ、あのゆっくりみょんの事に対する心配を積み上げた。


 橋の方では大規模な戦闘が行われていたその頃、二人は全くそれに気をかけることなく自分達の戦いを続けていく。
二人とも大きな傷こそは負っていなかったが体の大きさの違いもあって若干戦況はみょんの方に傾いていた。
「げらららぁ!!!」
「ふんっ!」
 近距離戦は不利だと感じたうどんげは座薬弾を放ちながら距離を取ろうとするが、みょんは弾幕を弾いたりかわしたりしながらしつこくうどんげの後を追っていく。
既に座薬弾はみょんにとって脅威とはなりえない。そこでうどんげは一旦立ち止まりみょんの方を振り向いて手をかざした。
『因幡忍法、月光赤波(ムーンブラインド)!!』
「!!!」
 うどんげの手からから発せられた光波は波紋のように大きく広がっていき、かわす間もなくみょんを巻き込んで行く。
体に傷は負わなかったが次第にみょんの瞳が赤く染まっていき最終的に謎の赤い液体がぶしゅっと吹き出した。
「ぐぎゃっ!!め、目がっ!目がぁぁ!!」
『げらげらげらげら!!!』
 笑いながらうどんげは先ほどと同じように両方の人差し指から座薬弾を連射する。
この程度の攻撃なら先ほどのみょんは難なくかわしていた。だが今のみょんの視界は赤くぼやけ、全ての物体がまともな形を取らなくなっていたのだ。
「ぐ、ぐみょおっ!」
 そんな視界ではまともに近づくことができずみょんは座薬弾をめいっぱい喰らってしまう。
これぜってー忍法じゃねぇだろとみょんが突っ込む暇もなくうどんげは畳みかけるように次の攻撃に移っていた。
『因幡忍法、脳震音波(ノイズシェイク)!』
 今度はうどんげの耳から妙な音が発せられる。
音と言う媒体上逃げる事も出来ず耳を塞ぐのも遅れ、みょんはその音によって平衡感覚を完全に失ってしまった。
「みょ、みょ、みょみょおおお~~~~ん!!!」
『ヒ、ヒ、キシシシシシシシシシシ!!!ゲラゲラゲラゲラ!!』
 その笑い声さえも変に聞こえ、みょんは五感の内の中心となる聴覚と視覚を奪われてしまった。
目の前がぐらぐらする、世界が揺れて急な吐き気が催してくる、ゆっくり出来ない。それでもみょんは刀を取る手を緩めずふらふらしながらうどんげに向かっていった。
『ゲェラァゲェラァ……アハぁハハぁハハぁハぁハユゥゥクッリィィハッシィネェッ!!!』
「ぐ、この………」
 幸い形だけはつかめるから方向だけは間違えずに済む。けれど接近を阻止しようとうどんげの座薬弾はみょんの体を徹底的に弄っていった。
「せ、せかいがゆが、ゆ、ゆがむ……せめて、せめて弾き返せれ、ば」
『ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!!!!』
 トドメと言わんばかりにうどんげは両手の十本の指をみょんに向けて座薬弾を発射する。
そのまま貫通していくと思われたが、みょんの体に衝突する直前謎の白い幕がみょんの前に現れ座薬弾を吹き飛ばしていったのだ。
「!?!?!?」
「……見えないのなら、全てを囲えばいい……泡剣『升斗形鬼』……いざ参る!!」
 それは暮内で出会った優しい少女が作った刃のない剣。
みょんはその小刀を振り回し、巨大な泡の幕を自分の周りに展開させた。
「げらぁぁぁ!!!」
「ふんっ!連射力はあっても威力はそれほどでもないようだみょん!」
 みょんは迫りくる座薬弾を泡で吹き飛ばし、自身も泡の揚力によって宙に浮かぶ。
そしてそのまま回転しながら接近し容赦なくうどんげの体を薙ぎ払っていった!
「げらぁぁぁ!!!」
「うおりゃあああああああ!!!」
 倒れた隙にみょんは羊羹剣を構えておぼつかなくとも勇ましき足取りでうどんげに迫っていく。
うどんげは咄嗟に腰に差していた自身の刀を構えて横方向に薙ぎ払った。
「その刀の仕組みは、もう見切っているでござる!!!」
 ある程度速度を持ったうどんげの刀は中心から分かれ二股の刃となる。
しかしみょんはその刃の間を綺麗に通りぬけ、そのまま懐に入り込み羊羹剣でうどんげの頭を薙ぎ払った!!!
「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「ふぅ、ふぅ………よ、ようやく頭がはっきりしてきたみょん」
 なんとか平衡感覚だけは普通に戻ったが視界はまだ少しぼやけが残っていてみょんはうどんげからある程度距離をとる。
頭を薙ぎ払われたことによってうどんげの顔上半分を隠す仮面は弾き飛ばされ、うどんげのありのままの表情が露わとなっていった。
「グ、グギ、グガガ……」
「……うわ」
 うどんげの顔を見てみょんは思わず引いてしまう。
表情が憎悪に満ち溢れて引き攣っていると言うのもあるが、一番の要因はゆっくりがゆっくりたるその瞳であった。
左目はしっかりとしたゆっくりの瞳であったのだが、右目はゆっくりの目よりも小さくて鋭く、まるで人間の瞳のようであったのだ。
恐らく移植されたのであろうその瞳はうどんげの顔のバランスを著しく崩し、憎しみの表情をより歪なものにしていた。
「あ、あ~その件は誠に申し訳ないというか、まさか羊羹剣で眼球が切れちゃうなんて、ほんと何が非殺傷設定だみょん………」
「げらぁぁぁぁぁ!!!!!」
 自分をこんな醜い顔にしてくれて、それでいて飄々とした表情でいるみょんをうどんげは許すことが出来ず声を上げていきり立ってしまう。
殺気を隠すなんてことはもうしない、殺す、正面から真っ当に殺す。そう決意したうどんげは自分の刀をぶっきらぼうに投げ捨て口の中から一振りの刀を取り出した。
「!?!」
 刀を投げ捨てたことに腹を立てるよりもみょんはその取り出した刀を見て思わず驚いてしまう。
それは刀と言うにはあまりにも歪すぎる。月のような形をした刀身にはいくつもの亀裂が入っていてそこから怪しげに光が漏れだしており、
亀裂の中心には赤い瞳のような水晶が埋め込まれている。明らかに実用的でないその外観にみょんは訳も無く恐ろしいものを感じ、警戒した。
「な、何でござるか……その刀は」
「けらけら」
 うどんげは相変わらず不釣り合いな表情で狂ったかのように笑い、その刀を構える。
相手の様子を窺おうとみょんはゆっくりとうどんげと距離をとるが、うどんげは不敵に笑ったままその場から動かずにその刀を振ったのだ。
「………!?」
 別に刀身が伸びたということも瞬間移動したわけでもなかったが妙な威圧を感じたみょんは刀の軌道直線に当たる場所から本能的に動く。
すると突然みょんの真横に冷たい旋風が吹き、黒いリボンの欠片がはらりはらりと地面に落ちていった。
「……は?」
「げらげらげら」
 一瞬みょんは今何が起こったのか理解できなかった。さっきの風は何?なんでぷりちーなリボンが千切れてるの?
催眠術や超スピードの類ではない、時を止められたわけでもない。
 数秒経ってみょんはようやく理解した。うどんげの刀の軌道直線にあったリボンが切られていたということは刀から何か斬撃のようなものが発せられたということだ。
そして、それは恐るべきことに不可視、無音。それに気づいた直後にうどんげは刀を何べんも何べんも振りかぶったのであった。
「うおおおお!!!」
 まだ視界が治りきっていない以上、刀の軌道から斬撃を読み取るのは難しい。
そこでみょんは大きく回り込むかのような動きでうどんげに接近していった。
「しかしなんちゅう刀だみょん!というか刀なのでござるか!?」
 うどんげから発せられる斬撃は音も影も無くみょんがいた場所を徹底的に切り裂いていく。
平衡感覚が戻っていなかったら恐らくかわしきれなかっただろう。それ故にみょんはあの音波に対して羊羹剣を仕舞うほど警戒していた。
「げ……げらげら……」
「?」
 だがそんな不安とは裏腹にうどんげはその音波攻撃をするしぐさも無い。
それどころか刀を振るごとにどこか息が上がっているようにも見えた。
「げ、げらぁ!げら…」
「………もしかして、反動に耐えられないのでござるか?」
「ぐぎぎぎぎぃ!!!」
 否定するかのようにうどんげはみょんを睨みつけるが疲労の表情はどうしても隠せず肩で息をし始める。
月の刀はあまりにも身に余りすぎたのだ。うどんげは僅かながらに後悔し、それでも恨みを忘れきれずに再び刀を振るった。
「ぎ、ぐがががががぁ!!」
「い、いい加減にするでござる!そんな身を削ってまで……」
「あなたがいえたぎりですかぁぁぁぁぁっ!!!!」
 とうとう喉の奥から声を出してまうほどにまで激昂してうどんげは刀を振るがついに反動に耐えられずその場に倒れ込んでしまう。
その斬撃もかわされた、刀ももう持てない。這い蹲るように腕を動かすも十分に逃げられない。
 うどんげは覚悟した。自分は殺されてしまうのだろうと。だがみょんはゆっくりと近づいて殺気も無くうどんげにこう言った。
「……あんた達はみょんやかなた殿に酷いことした、けどその目のことについてはみょんに非があるみょん。だから別に命だけは奪わないで置いてやるでござる」
「ぐ、ぐゆぅ……」
「だが、その刀は危険みょん。折らせてもらうでござる」
 この刀の危険性を本能で察知したみょんは羊羹剣を振りかぶりその刀に叩きつけようとする。
だがその瞬間刀の一部が剥離するように動き始めみょんの羊羹剣を受け止めたのだ。
「なっ!?!?!?」
『今オラレテハ、コマル』
 目の前のあり得ない光景にみょんは思わず硬直してしまい、刀はその剥離した部分を振り回してみょんを吹き飛ばしていく。
そのまま刀は赤水晶を中心としてメキメキと音を立てて分離し、まるで植物のような形にへと変わっていった。
「な、なにこれ……」
『力モ吸イ取リオワッタカ……ダガイイ媒体ニナリソウダ』
「なっ!い、いやっ!!」
 そのまま刀は怪しい言葉を放ちながら金属の触手を伸ばしうどんげの体を包みこんでいく。
既に刀の片鱗は無く、それはうどんげと赤い水晶を中心にした巨大な鎧のような姿にへと変貌していった。
『ナジム、ジツニナジム……』
「な、なんなんだみょん!うどんげをどこにやった!?」
 刺々しい異様な物体を目の前にみょんは思考が追い付かず、ゆっくりすればいいという煩悩を抑え精いっぱいの理性を働かせてなんとかその言葉を捻りだす。
だがその鎧はみょんの事を目にもくれず橋のある方向へと重々しい音を立てて歩き始めて行った。
「待つでござる!!!」
『フン……穢レタユックリメ。オマエニカマッテイル暇ナドナイ』
「お、お前は一体何なのでござるか!?」
 みょんはすかさず先回りして鎧に向かって羊羹剣を構える。
だがその鎧から発せられる威圧によってみょんは思わず刀を持つ毛を震わせる。その無機質な姿を前にこいつは今まで戦った相手とは何かが違うと本能が叫んでいたのだ。
『識別ネーム:ー狂鎧ー 目的:地球軍の撹乱 コレデ満足カ』
「な、なん……だと…」
『情報プロテクトモ必要アルマイ。ドウセ死ヌ。邪魔者ハ排除スルノミ』
 そう冷たく言い放つと狂鎧は体から触手を伸ばし縦長の直方体のような形にへと変形させる。
そして直方体の真ん中に僅かな隙間が現れたかと思うとみょんの真横にあった地面に亀裂が入っていった。
『ム、マダ照準ガウマクイッテイナイカ』
「こ、これは……」
 間違いない、先ほどまでうどんげがあの刀で使っていた斬撃そのものだ。
しかも今度は刀を振りかぶる動作すらないため斬撃の軌道を読み取ることが出来ない。確実にかわす為にはその直方体の隙間の僅かな角度から見切るしかなかった。
「お、おのれっ!みんな戦っていると言うのに撹乱なんてさせないみょん!!」
『ホザケ』
 狂鎧は斬撃を発している触手とは別に腕のような触手を生みだしてみょんの行く先を狙うかのように高速で伸ばしていく。
みょんは即座に側転してその攻撃を避けるが、目標を外したその腕は近くにあった岩に衝突し、岩を粉々に破砕していった。
「ぎょえーーーー!!なんて威力でござるか!?!?」
 あんなのまともに食らったらお菓子である自分はもう粉々のグロ状態になってしまうだろう。
そう呆けている間にも斬撃が依然発射され続けみょんの片もみ上げがずぱりと斬り裂かれていった。
『感情エネルギー上昇、中々イイ憎シミヲ持ッテイル』
「くぅ……」
 今は何とかかわしているがこのままではジリ貧だ。
近づこうにもあのアームの威力を見る限り薙ぎ払われただけでも即死しかねない。それにあの斬撃もあるので接近戦はまず難しいと思っていいだろう。
 そこでみょんは口の中から円剣を取り出し、走りながら狂鎧に向けて戦輪を二つ投げつけた。
「左右からの挟撃!さてどう出るかみょん!?」
『神力反応アリ』
 狂鎧は左右から迫る二つの戦輪に対し体からもう一つのアームを出現させる。
ここまでは予想通り、両手で跳ね返してくれれば最後に残った戦輪で中心に当たる赤い結晶を攻撃する隙が生まれる事だろう。
例えそれが失敗に終わっても戦輪は神の力で元の場所に戻ってくれる。そうすればいくらでも挽回しようがあるはずだ。
 だが狂鎧はあろうことかアームをまさに手のように開いて戦輪を掴み、とてつもない力で二つの戦輪をボロボロに砕いてしまったのだ。
「んなぁぁ!!!」
 元はお菓子と言え神の力を受けた武器を破砕するなどどれだけの握力だというのだろうか。
円剣の輪はもう残り一つしかなくこの作戦は失敗に終わった。そこでみょんはもう一つの輪の刀を取り出す。
「この刀なら……」
 あの地底の町において彼方が作った菓子剣、重剣『芭宇夢 玖雨変』。ちょっと長い名前と非常識な大きさが特徴である。
大きさというのは武器の射程距離に多大な影響を与えるもの。これだけの大きさなら近寄らなくても攻撃が出来るはずだ。
「うおおおお!!」
 みょんは重剣を構えて狂鎧の反応を窺いながら重剣の射程に入ろうとゆっくりと近づく。
重剣は見た目に反して意外と軽量である。そのため敵のアームが迫ってきてもなんとか打ち合うことが出来たのだ。
「ぐ、ぐおおっ!」
 しかし、武器は軽くとも敵の攻撃はあまりにも重い。
打ち合っているうちに振動がみょんの体に直接伝わり、思うように振るうことが出来なくなってきたのだ。
『ナルホド、ソウ言ウ仕組ミカ。見カケ倒シメ』
「くっ!早速ばれた!」
 狂鎧は殴るのを止めたかと思うとアームの先を開いて重剣を掴みみょんごと振り回す。
そして手を放し地面に転がった隙を狙って斬撃を発射した。
「……ゆふ」
 まるで地底の町の再現だとみょん訝しく微笑み、重剣は斬撃によって綺麗に輪切りにされそのまま空を舞う。
みょんはすかさず重剣の柄を仕舞い、アームの射程の外へと飛び出た。
「喰らえッ!!妖を葬った多重の雨をッ!」
 幾重にも切り裂かれた重剣は空中で回転を重ね、雨のように狂鎧にへと降り注ぐ。
一つ一つの威力自体は円剣よりも下だがこれだけの数を避ける術などあるはずも無い。みょんは勝利を確信し神妙に目を瞑った。
ガギン、ガギンガギン、ガギン、ガギンガギンガギン、ガギン、ガギンガギン……
 乾いた金属のぶつかりあう音が聞こえ、みょんは恐る恐る目を開ける。
狂鎧に重剣の雨は確かに降り注いだ。だが狂鎧の白い装甲は戦輪を全て弾き飛ばし、全部の戦輪は装甲を貫けずに地面に突き刺さっていたのだ。
「………………」
『コノ月ノ鎧ヲ貫ケルト思ッタカ』
 狂鎧はドスンドスンと歩を進めみょんをアームの射程に入れそのまま攻撃を始める。
もう手の打ちようが無いと悟ってしまった時、今までなんとか立ち向かおうとしていたみょんの勇気も薄れてしまった。
こいつは違う、今まで戦った忍者より、メイドより、兎より、妖怪よりも。得体も知れなさが恐怖を呼ぶ。
「なんなのでござるか……う、うううううう!!!」
 損撃を与える事も出来ず、見えない斬撃と凶悪なアームの猛攻撃を必死にかわし続けているうちにみょんは全てを諦めかけてしまう。
ここが死期なのか。半霊さえない自分は死んだら霊になるのであろうか?
 そう夢想しているとみょんは彼方のあの表情を思い出した。


「…………?」
「どうした?彼方ちゃん?」
 覇剣の解析も終わりかけたころ、彼方は不意にみょんの事が気にかかった。
何故こんな不安な気持ちになるのだろう、もう因幡忍軍との因縁は終わりこの国に敵はいないはずなのに嫌な感じが脳裏にこびりついている。
「………大丈夫かなぁみょんさん、拾ったお菓子食べてお腹壊してたりしないよね」
「あのみょんか、そう言えばどういった関係なんだ?」
「え、ん~と……友人……なのかなぁ」
 言葉に表すならそれが一番妥当だとは思うけれど何か物足りなさを感じる。
もう、こう、なんだ、その、どうしてもその関係性を具体的に言葉にすることが出来ない。ただ一つ言えることはただの友人ではないと言う事だけだ。
「みょんさんはねこの覇剣を治す為に私と一緒に旅してくれてるんだ。今まで何回も守られたし守ってあげたりもした……かも。
 だからそう言う意味では覇剣が直るのはちょっと心惜しいかなって思うんだ。もちろん当たり前だけど覇剣の方が優先だけどね」
「ふ~ん、つまり旅が終わってもあのみょんと一緒に居たいということなんだな」
「ごふっ」
 図星を突かれて彼方は思わず噴き出し赤面してしまう。
確かにその通りだけどそう言う言い方だとまるで恋仲みたいじゃないか。ゆっくりと人間が恋人同士になるなんてうちゅうのほうそくがみだれる!
でももこうはそんな彼方を茶化すかのように黒メガネを通してずっとニヤニヤと笑っていた。
「いや、そう言う付き合いもいいってことよ、わたしだってあのてるよとなんだかんだで付き合ってるわけだし」
「そういえばもこたんさんはあのてるよとはどういう関係?」
「出資者と労働者、だけじゃない。なんだかんだ数年間腐れ縁さ。
 初めて会ったのは確か20年前の永夜大地震直前だったな」
「大地震?」
 もこうはゆふふと笑いながら饒舌に語っていく。
「あいつはいつもぐうたらしてて下手すれば10年以上寝てたりするけれど、この国に危険が訪れようとする時は予知するかのように起きて皆を導いてくれるんだ。
 あの時もあいつが迅速に命令してくれたおかげで助かった人もいるしあいつ自身が助けた奴もいる。私もその一人さ」
「へぇ、そんなことがあったんだ」
 どこからどう見てもろくでなし、のぼう様にしか見えないてるよであったがそんな事をしていたとは正直驚きであった。
いつもは喧嘩腰のように見えるもこうだけれどきっとこの人もてるよが好きなのだろう。黒メガネ越しに見える瞳もどこか生き生きとしている。
「……そしてあいつが一番最後に起きたのは四年前、冥王星の宣戦布告があった頃だ。
 永夜のために今度は私が頑張らなくてはいけない。例え身を粉にしてもな………」
 もこうは目頭を押さえて深いため息をつき再び液晶の方へと向かい合う。
最初覇剣の修復を断られた時彼方はもこうに襲いかかりそうになったが、この話を聞いた以上は酷く後悔にさい悩まれる。
彼女にだって事情があったはずなのだ。覇剣の事になると見境が無くなる癖、これはいずれ治さなければいけないだろう。
「昨日は襲いかかってごめんなさい」
「ゆ?いやまぁわたしはいいけど宥めたあのみょんにも謝っておいた方が良いんじゃないかな?」
「……そうだよね」
 今までずっとお世話になったみょんさん。何故彼女の事を考えるとこんなにも不安になるのだろうか。
なんだか分からないけど彼女が無事でありますように、彼方は窓の外を見て手を合わせて祈った。


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最終更新:2011年06月13日 22:00