ここは私の世界ではない。
思えば何か変だったのだ。ゆっくりなんて生物は元々存在していないんじゃないかって。
だって自分が村にいた時はあんな生首ぜんぜん見たことがない。だからここは絶対に異世界なのだ。月もずっと二つなのだ。
でも、そう全てを否定しているとどうしようもなく今までの旅の憧憬が鮮明に浮かび上がる。
裂邪とれみりゃと一緒に食事したり、お金目的でお茶碗を作ったり、ゆっくりに変身する不思議な人と共闘したり、なんかお風呂でチョメチョメしたり。
辛いこともあったけどそれらの思い出は全て忘れてはならないほど尊いもののはずだ。
「全てが……嘘になるみたいじゃない」
でも彼女は走るのを止めない。以前は雪一面で道しるべなどあったものではなかったが、虚ろな記憶を頼りに彼方はようやくとある一軒家まで辿り着いた。
「おおい!!おおい!!!いるんでしょおおお!!!でてこおおおい!!」
「うるさいですね、なんですか?あの葵に用があるの?って確かあなたは………」
しかし玄関から出てきたのはあの仙人やゆっくり達ではなく、彼方の会った事の無い女性であった。
稲穂のような黄金色の髪の毛を携えまさに絶世の美女と呼ぶにふさわしく一度見たら絶対に忘れることはないだろう。
出会ったことがないということは、つまり家を間違えたということだ。あれだけあった勢いもこっぱずかしさから急激に萎んでしまう。
「ええと、間違えました……その、この辺で葵と言う人は……」
「あっあの時のおねえちゃんだよぉ」
せめて居場所だけでも聞こうとしたその時女性の足元から一人のゆっくりちぇんが顔を出す。
この甘ったるい口調に子供特有のあどけない表情、間違いない、この子はあの葵の家にいたゆっくりちぇんだ。
「あ、久しぶり……このお姉さんのうちに遊びに来てるの?」
人質にした後ろめたさはあるものの一応あの事件のおかげでちぇんとは打ち解けている。
子供相手には笑顔でいたいと思った彼方であったがどうしても表情は硬く涙を出さないので精一杯であった。
「わからないよぉ、ここはちぇんのおうちだよぉ?」
「えっ、でもこの人は……」
「申し遅れました。ワタシ数週間前からここの家族になった九白夜玉藻といいます。どうぞよろしく彼方さん」
そう言って玉藻は慇懃に頭を下げ黄金の髪を振りかざす。
あの仙人と家族になるなんてこの人も物好きだなと思った、まぁあのらんしゃま達みたいにちぇん目当てと言う可能性も否定できない。
よく見るとらんしゃまに似てるし。
「あれ、どうして私の名前知ってるんですか?」
「んなことはどうでもいいの、それより葵のやつに用があるんじゃないの?あいつなら奥の部屋で寝てるよ」
「そうだった!!早く私は帰らなくちゃいけないんだった!!」
本来の目的を思い出し彼方は全速力で家の内部にへと駆けこむ。
それほど広い家でもないのであっという間に彼方は葵の寝ている部屋にへと辿り着き、葵が包まっている布団の上にへと飛び乗った。
「うぎゃッッ!!」
「約束だぞおおおお!!!さっさと私を元の世界に返せえええ!!」
「そ、その声は!性懲りも無く帰ってきたのね!!」
彼方から必死に隠れようと葵はより深く布団の中にもぐりこんで行くが彼方はもはや手加減と言うものを知らず布団の上からでも猛攻を与える。
元々覇剣の件で嫌いな上に今回は字に偽りなく本当に必死だ、容赦や躊躇いなどこの葵に起こすはずがない。
「いだっ!いだっ!仙人虐待ー!だからあんたは嫌いなのよ!」
「うるさい!!!こんな昼間から寝やがって!!!おーきーやーがーれー!!!」
彼方は無理矢理葵の掛け布団をはぎ取るがそこにいた人物を見て少し拍子抜けしてしまう。
布団の中には葵がいるはず、しかし葵はおらずその代わり一人の少女がぶるぶると寒そうに丸まっていたのだ。
「え、ええと……誰?」
「うう……どこまで私の邪魔すればいいのよ」
次波で逃げられたのかと思ったけれど少女の髪の色や服装、そしてこの声は確かに葵のものであった。
葵らしき少女は服で顔を覆い、縮こまりながら弱弱しい声で呟いた。
「……これが私の本当の姿よ、あんた達と会ってた時は仙術で大人に見えるようにしてたのよ」
「へぇ、そうだったんだ。意外とちっちゃい」
一応以前葵の過去話を盗み聞きしていたから割とその状況を素直に認識することが出来た。
齢およそ10歳ぐらいであろうか、葵は観念したのか敷布団の上で丸まるのを止め枕を抱いて普通に起き上がった。
「で、一体何の用?あの覇剣は治ったの?」
「………………………………」
「なによ、そんな見つめて気持ち悪い」
その訝しげな葵の表情を見て彼方は自己の全てが止まったように感じた。
以前葵は彼方が去った後みょんだけにこの本来の姿を見せた。
だから彼方がこの顔を知っているはずがない。でも彼女はその少女の顔を知っていたのだ。
「よ、四輪?」
「あれ、あんたに本名言ったっけ、あああのゆっくりから聞いたのね。本名四輪葵」
なぜ、だ?
何故この仙人が私の妹分と同じ名前なのだ?何故この仙人の顔は私の妹分とそっくりなのだ?
否定しても、思考を放棄しても、現実は目の前に存在していて、彼方は本能のまま葵の両肩を掴んだ。
「四輪……な、なんであんたこんなところに!!!」
「え、なに?いきなり何よ、頭でも打ったの?最初から私はここに住んでるわよ!」
「ふざけんなよ!バカよっちん!!何故、あんたが!在処さんは!?お姉ちゃんは!?真白木さんは!?」
「ましらぎ………………………?」
突然の詰問に困惑する葵であったが真白木と言う言葉を聞いて少し表情を変える。
彼方としてはそのような反応はしてもらいたくなかった、他人であってほしかった。でも、事実は最初から顔をのぞかせている。
「ましらぎ………ましらぎ……ありか………そ、そうだ……………思い出したーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
そうだ!真白木さんだ!!私の初恋の人!ようやく………ようやく思い出せた!!」
葵は突然声を張り上げたかと思うとその両目から感涙を滝のように流す。
ようやく自分の事を思い出せたのだ、それは思い出を補完するとともに自己の存在意義を確立することにも繋がる。
しかし歓喜に包まれている葵に対し、彼方はただただ目を見開き己の境遇に絶望を感じ取り始めていた。
「あ………あんた、真白木さんまで、知ってるの?どうして……………?」
そして彼女は思い出してしまった。あの時聞いたみょんと葵の会話を。
『私は想い人を戦で亡くした』という言葉を。
「ま、まさか、真白木さん。あの戦で、死んじゃったの?覇剣が無かったから?私が届けられなかったから?う、嘘だ」
「ええ、覇剣があれば多分生きて帰れたでしょうね……でも命の刀はどこかに消えてしまった。
なんで消えてしまったのかしら。でもこうしてあなたの手にあるのは因果を感じるわね」
自分の過去と今の現実がピッチリと繋ぎあってとうとう現実を認識せざる負えなくなる。
やはり自分達の世界はここの過去の世界で、自分は覇剣によって幽霊が形どっているものに過ぎないのだ。
そして、自分のせいで想い人が討ち死にしてしまったことがより彼方の心に衝撃を与え、とうとう堪え切らずに彼方は子供のように泣き始めてしまった。
「う、う、う、う、ううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
わだじが!わだじがはげんをもっでいがながったがらああああああ!!!
まじらぎざあああああん!!まじらぎざあああんん!!」
「ちょ、ちょっと何泣いてるのよあんた……感情移入するにも程があるんじゃないの!?」
「かなた殿!!やっぱりここにいたのでござるか!!!」
彼方を追ってみょんもようやく葵の家に辿り着いたが、泣き叫ぶ彼方を見てずんと自分も悲しくなる。
それでもみょんは彼方を宥め続けた。責任をとると言った以上見捨てるわけにはいかない。
「かなた殿……ひとまず泣きやむみょん」
「ひっぐ、ひっぐ……」
「……私は一体どうすればいいんだ?」
自分の想い人のことを語ったと思ったら急に泣きだされ、葵はどうしようもなく呆然としてしまう。
とりあえず辺りを振り返ってみると襖の隙間から玉藻とちぇんが黙ってこっち来いというような仕草をしていたので、葵は彼方の事をみょんに任せ立ち去ろうとした。
だが葵が部屋を出ようとした瞬間、彼方は葵を涙ぐみながら呼びとめたのだ。
「ね、ねぇ……あ、あなたの、村にさ、その、姉貴分みたいな人……いなかった?」
「え、ええと………………いたかも。ほとんど覚えてないけど、喧嘩で永久歯折られたことだけは覚えてるわ。今でも差し歯よ」
そう言って葵は口の中を見せて差し歯のところを指さす。
今でも覚えている。そこはかつて自分が四輪と喧嘩した際へし折った歯と全く同じ場所であった。
やっぱり、こいつは自分の知っている四輪なのだ。余計に憎たらしさが増えたが、忘れられた悲しみと言うものはやはり辛いものだと認識させられた。
「…………………ばかよっちん」
誰にも聞こえないような声で呟き、彼方はみょんに連れられ葵の家から出ていった。
………既視感、と言うのだろうか。
みょんの自宅にへと帰った彼方はすすり泣きながら布団の上でずっと蹲っている。
みょんがお茶やお菓子を差し出しても受け取りもせず、ただ全ての気力をなくしたかのように全く動こうとしなかった。
「………羊羹でござる」
「そんなのどうだっていいよ」
「好き嫌いはダメだみょん。今度はかなた殿の好みもわかっているでござるからきっとかなた殿も舌づつみを」
「いやだからそう言うことじゃないよ………はぁ、このやり取りも懐かしいね………」
目はすっかり腫れていたがようやく彼方は顔を上げてくれて、お茶を一気に啜り羊羹を頬張った。
礼儀も何もなっていないが無気力なままであるかはよく、みょんは微かに表情を崩しすかさず湯のみにおかわりのお茶を注いだ。
「心の整理はついたでござるか?」
「……認めるしか、ないんだね。ここは幽霊の国、そして私はもう死んでいる」
「そうでござる、この西行はありとあらゆる世界から死んだ人が集められるところらしいみょん。故に死の国。
集められた霊たちはこの国で未練を発散し、そして彼岸で輪廻転生の理に組み込まれるでござるよ。
生きてる者もいて生者と死者の数はおよそ半々らしいみょん」
湯のみの注がれたお茶を再び飲み干し彼方は自分の気持ちを整理させる。
自分の境遇を認めてしまえばある程度冷静な思考も可能になり、黙々とみょんの説明を聞き続けた。
「……ちょっと待ってみょんさん。『よっつしのこくまいります』を教えてもらった時そんなこと言ってなかったよね……
神隠しの出口とか……全然幽霊と関係ないじゃん」
「……説明すべきでなかったと思ったんだみょん……申し訳ない」
「なんで幽霊のこと黙ってたの?……………………もしかして、私が死んでいるのを知ってて黙ってたんでしょう!!!」
彼方の突然の激昂にみょんは激しく衝撃を受ける。
今まで何度も人前で怒りみょんに迷惑をかけてきた彼方であったが、ここまで涙を流しながら怒っていたのは初めてのように思えた。
「言い伝え通りなら私が幽霊だって知ってたはずだよね!?じゃあなんで教えてくれなかったの!?何も知らない私のこと嘲け笑ってたの!?」
事実を知りながらそれを隠蔽する、彼方はそれを悪意のあるものと判断して裏切られたと感じ取ってしまったのだ。
もちろんみょんにそんな意志はない、しかし彼方にそう思われたことが相当堪えたようでみょんはふるふる体を震わせながら否定をした。
「ち、違う……でござる!そんな悪辣なことはしないみょん!!!」
「じゃあなんで!!!」
「だって!だって……みょんはかなた殿が『見える』から……!!!」
「………っ!」
いつ、なのかは分からない。でも、みょんは泣いていた。
強く勇ましく、ゆっくりしていて、普通の人間よりも頼もしかったみょんが目に涙を溜めて悲しい表情を浮かべていたのだ。
「みょんは半霊が無く、霊感がない。………故にこの国にいる幽霊たちも伝聞でしか知ることが出来ないんだみょん。
でもかなた殿はこの目で見える……だから、最初は生きたままこの国に迷い込んだと思って説明をしなかったのでござる……
みょんだって、みょんだってかなた殿が生きていると信じたかったんだみょん!!!」
けれどあの覇剣の力を見ているうちに薄々頭の片隅で彼方の死の可能性が浮かび上がり、そしてあの月の刀がそれを証明してしまった。
みょんだって表面でこそ淡々としていたが、それは彼方を落ち着かせようとじっと悲しみを耐えていたからなのだ。
その悲しみももう抑えることが出来ない。堤防が壊れたようにみょんの瞳に溜まっていた涙は頬を滝のように伝っていった。
「ぶええええええええええええええええええええええええええん!!!!」
「……みょんさん、ゴメン言いすぎた」
彼方はみょんを優しく抱きかかえゆっくりと頭を撫でる。
辛いのは自分だけじゃない。半霊を持たないみょんもこの残酷な事実に相当心を痛めている。
それほど彼方はみょんの中で大きい存在になっていたのだ。そう思うと彼方は少し嬉しくなった。
「……実を言うとね、死んだことはそんな問題じゃなくなったんだ。
体だって覇剣のおかげで維持できるし、私の周りにはみょんさんがいて、知り合いだって旅で沢山増えたから寂しくならないと思う。
一番辛いのはやっぱり村のみんながいないことかな」
泣きやんだ二人はただ静かに縁側で双子の月を見上げる。
彼方はただただ帰るべきだった故郷のことを思う、最後に出ていったのは一二年ぐらい前に過ぎないのにもう手の届かないところにまで通り過ぎてしまった。
「在処さんもお姉ちゃんも真白木さんももう死んじゃったんだよね。四輪のバカは生きてたけど私のことほとんど覚えてない。
別れの言葉も言えないなんて、それが心残りだよ」
「別れの言葉、でござるか」
みょんはふと過去の友人の事を思い出す。
みょんもこの国で友人を何人か亡くしたことがあるがみんな別れの言葉は言ってくれなかった。
きっと幽霊になるからそんなの必要ないと思っていたのだろう。結局まともな別れなど一回も体験することは出来なかったのだ。
「別れと言うのは重要みょん。残された者としては何かしら無いと辛いでござるよ」
「でも、いくら幽霊の国でも数百年も前だからもういないよね……」
もし幽霊が数百年も平気で残っていたらこの西行国はあっという間にパンクしてしまうことだろう。
彼方の場合は精神が眠っていてなおかつ覇剣の力があったからこそだ。他人に期待するは無茶な話であろう。
「思念が強ければあるいは………む、まてよ………?」
突然みょんは何か思いつめたような表情になって何か考え始める。
そして何か思いついたように表情を明るくして彼方に語りかけた。
「かなた殿……確かましらぎ殿は戦で死んだって言っていたでござるよね?」
「あ、うん。よっちんが言っていたことが本当なら……」
「もしかしたら……ましらぎ殿はまだこの国にいるかもしれないみょん!!」
へ、と言ったように彼方は目を丸くし、そして一気に表情を強張らせてみょんに詰め寄る。
目が完全に血走っていて何をしでかすか分からない状態だ。みょんも威圧に押され言葉の続きを紡がざるおえなかった。
「い、戦で死んだ武士と言うのは思念が強いものらしいみょん。だからくまなく探してみれば見つかるかもしれないでござる」
「ほ、本当なの……?」
「まぁ、一応この情報自体も受け入りだけど……信じてみる価値はありそうで」
みょんが全部言い終えるのを待つことなく彼方は縁側から外に飛び出し地平線の向こうまであっという間に駆け抜けていく。
呼び止める暇も追いつけるほどの足も無くただただみょんは遠く小さい彼方の背中を見つめることしか出来なかった。
「……」
これでよかったのだろうか。確証もない事を言って彼女にまやかしの希望を与えてしまったのかもしれないとみょんは急に不安になる。
しかし彼女と言えど常に彷徨っているらしい西行国の幽霊たちを全て調べることは不可能だろう。
しばらくしたら疲れて戻ってくると思いみょんは久しぶりに自宅の整理を始めた。
「あ~もうめちゃくちゃみょん。旅で手に入れたものとかも片づけなあかんし……」
みょんは口を大きく開き今まで手に入れたものを取り出していく。
旅中に作った菓子剣、彼方が作った粘土の湯飲み、友人に配るために買った色んなお土産。
それらを見ているだけであの旅の思い出が蘇ってきて、それとともに彼方への想いがどんどん強くなってくるのだ。
辛かった、でも楽しかった。今までの出来事を鮮明に思い出しながらみょんは口の中にあったものを取り出して綺麗に並べた。
「ん、そう言えばこれもあったでござるな、どうするべきか……」
みょんは端に置いてある一振りの小刀を掴んで苦々しそうに見つめる。
これは永夜国において恩賞としていただいた月剣『竹取飛翔』。一応真剣を取り扱ってないと言うわけではないがこんな高級品どうしても持て余してしまうだろう。
下手したらそこにある刀の山に埋もれさせて一生陽の目を当たることがないかもしれないとみょんは少し不安になった。
「……そうだ、これだけの代物幽微意様に差し出した方がいいかもしれないみょん。お菓子なんかよりも面目が経つでござるよ」
実際はお菓子の方が喜ばれるのを知っているが長い旅の献上品としてはこちらの方がふさわしいだろう。
そう思ったみょんはその剣を口の中に仕舞い、潔玉城にぴょんぴょんと向かっていった。
別に今すぐするべきでも事でもなかったのだが、目の前に広がった道具を整理するのが嫌だったのだ。
「ゆいゆー『あら、どうしたの?』と幽微意様は言っております」
「はい、この旅にて手に入れた土産物を幽微意様に献上しようと参ったのでござる」
西行国潔玉城、相変わらず荘厳で幽玄な謁見所に未だゆーびぃと薫は鎮座していた。
「ぽよっ!?『本当ですか!?それは一体………?』と幽微意様は言っております」
「はい!これでござる!」
みょんは口の中から月剣を取り出しゆーびぃに向かって差し出す。
しかしその瞬間ゆーびぃの嬉々としていた表情は一気に暗くなり、期待外れかのように嘆息を深くついた。
「ゆ……『お菓子は………?そんなものいらない』と幽微意様は激しくがっかりしております」
「そ、そう言うこと思っていてもズバリ言わないでほしいでござるよ!!」
以前の場合だと、ゆーびぃが同じような表情をしていても尾戸の口からはすぐに何かしらの労いの言葉は送られたものだった。
本来は全然違うこと言っているんだろうなとは思っていたが、実際に事実として突きつけられると少し衝撃的である。
自分もなんか似たような事を言った気もするがそれはそれ、不都合な記憶など闇に葬ってしまえ。
「ゆゆゆ……『ご、ごめんなさい。いつもの癖でつい……とりあえずその刀は受け取っておくわ。それじゃあ私の方からもあなたに差し上げる』と幽微意様は言っております」
「え?本当でござるか?」
こくんと頷くとゆーびぃはぴょこんと立ち上がり、ふわふわと浮きあがって壁にかけてあった一本の刀をみょんに手渡す。
鞘の無い抜き身の刀であったが刀身は白く輝いており、並大抵の刀で無いことが一目で理解出来た。
「こ、これは……」
「ゆゆう!『これは千剣『千歳雨』。西行に伝わる千年越しの菓子剣よ』」
「こ、こんなものを……どうしてみょんなんかにくださるのでござるか!?」
自分よりも栄光のある武士なんて他にもまだいるだろう。
それを自分のいらない物をくれた自分にどうしてくださるのか、みょんの割と頑固な頭ではいまいち理解できなかった。
「ゆぅ!『知ってる?西行に伝わる数え唄』と幽微意様は尋ねております」
「し、知っているでござる。ひとつひしめくすみざくら、ふたつふりむくこころがふたつ、みっつみつごにちとせあめ、よっつしのこくまいります。でござるな」
「ゆゆ『ええ、その三つ目「三つ、蜜後に千歳雨」………蜜とは蜜月。蜜月の旅を終えたあなたにはこれを受け取る資格があるのよ』」
ちなみに蜜月とはハネムーンのことである。その意味を知ったみょんはぼふんと爆発したかのように蒸気を発し、顔全体を赤らめていった。
「あ、あ、あ、あ、あ、あありがたく頂くでござる!!」
「ゆゆっ『そう言えば相方の子はどこへ行ったの?かなり錯乱していたから不安だけど』」
「か、かなた殿は今知り合いの幽霊を探している最中でござる、見つかればいいでござるが……」
と言いかけたところでゆーびぃは一気にみょんの目の前まで詰め寄る。
お菓子くれなかったのを恨んでいるのかと思っていたが、その時のゆーびぃはいつもののほほん面ではなく真摯な表情であった。
「ゆゆ……『ちょっと待ってようむ、いくらなんでも西行国に漆日時代の幽霊なんていないわよ』」
「へ?でも聞いた話によると思念の強い霊は数百年以上残るって聞いたことがありますみょん」
「ゆぅ『ようむ、もしかしてその知り合いの幽霊って……いわゆる戦で死んだ武士じゃないかしら?』」
妙な雰囲気になりながらもみょんが頷くとゆーびぃはかつてないほど表情をひきつらせる。
まるでとんでもないことをしてくれたと言わんばかりだ。こんな表情みょんは今まで見たことがない。
「……ゆゆゆ!!『な、なんてこと……確かに思念の強い霊は数百年残ることがある。でもそれのほとんどは悪霊なのよ!!』」
「あ、悪霊?」
「ゆゆゆゆゆゆゆ!!『そう、憎しみにとらわれ自我を失くし絶望を振りまく霊の事!そしてそれはとりわけ戦で死んだ人に多いの!』」
ゆーびぃの必死の説明を聞いているうちにみょんは物事の重大さを理解していく。
「そ、そんなの西行国にいると言う話は……」
「ゆゆぅ!『ええ、確かに西行国に悪霊はいない。悪霊になるような霊はこの国の地下「地霊殿」に送られるわ。
地霊殿はここと同じように霊の未練を発散させるために作られた国。けれど悪霊故自然に消えることはほとんどない。
そのため地霊殿の主達は様々な手段を用いて悪霊を消滅させようとするのよ』」
「さ、様々な手段?」
「ゆ~ゆ!『ええ、地獄の炎で未練を燃やしつくしたり、宗教の教えを概念としてぶつけたり、そして、恨みを持つ原因となった者を呼び寄せて本人の手で排除させたり……とかね。
もし、その武士があの子のせいで死んだと僅かながらに思っていたなら………危険なことになる』」
みょんは思考が真っ白となり思わずその場に倒れ込む。それと同時に一人の役人が謁見場に入って来て報告をした。
「幽微意様!地霊殿の扉がまた開いたようです!規模から今回は生者が連れ去られたと思われます!」
「………そんな………」
彼方は一応既に死んだ身ではあるが、覇剣のおかげでその体はほとんど生きているものと違いはない。
それを理解していたからみょんはその連れ去られた者が彼方だと理解し、そして絶望に身を震わせた。
自分が余計な事を言ってしまったから、せめて彼女には平和でいてほしかったのに。そう考えるだけで容易く涙の防塁は崩れ、みょんは再び大声で泣き出してしまった。
「みょ、みょんのせいで、みょんのせいでかなた殿は!!う、うわああああああああああああ!!」
「ゆゆぅぅ!!『うろたえないで!!ようむ!まだ手はある!今から地霊殿に行って彼女を取り返してくるのよ!!』」
「で、でも……地霊殿の場所など知らないし………何よりみょんは霊感がないから行けるかどうか……」
「ゆゆぽよぉ!『四の五言ってないで早く行くのよ!!あなたはこの国の武士でしょう!!女性一人助けられないで何が武士なの!!』」
「………ッ!」
全部責任取るとみょんは彼方に言った、例えその言質が無くてもみょんは彼女を助けに行くべきなのだ。
それこそ武士の生きる道であり、そして彼女にとって最もゆっくり出来る事、もう迷う必要はない。
「……ありがとうございます、幽微意様。この真名身四妖夢!いまから地霊殿に向かいかなた殿を救出いたします!!」
「ゆっ!『その意気よ、ようむ。地霊殿は西行照田を突き進み彼岸にある三途河の下流にあるわ。ただ陸では絶対行けない。何か川を渡るようなものがないと』」
「それくらいなら問題ないでござる!!それでは行ってきます!!!」
勇ましく叫んでみょんは謁見場から出ていき、ゆーびぃはその背中を見つめて優しく微笑む。
あれだけ泣き虫で、お菓子好きで、ゆっくりしていなかったようむがここまで立派に成長したものだ。
もう自分が言えることはない、ただ帰ってきたときには地霊殿のお菓子を買ってきてくれたらいいなぁとゆーびぃは考えた。
一人のゆっくりが持つにしては少し大きい真名身四の館。
その玄関の近くに一つの靄がやたら仰々しいスィーを一心不乱に磨いていた。
『ふふ……あいつめ、無事に帰ってきたか。今日こそは言うのだ。私と一緒に旅行でもしないか、と。
もう忍軍の因縁もない今ならきっとあいつも断れないはずだ。そうだ、一緒に旅を楽しむのだ……
このスィーは生前からあいつのために用意したスィー。水陸両用で海の上も華麗に走れるすぐれもの、これのためにどれだけ尽力したか。
どこへ行こうか……例えば藁木明なんかは素敵な聖堂があると言う。結婚なんかは出来ないがいい雰囲気にはなる……
他にはアバロンへ海外旅行と言うのもいいな、暮内で食事と言うのもいい、ああ、考えるだけでもうたまらん。もうあいつのことしか考えられぬ。
その思念だけで俺は幽霊となったのだ。さて、これの調子はどうかな?故障などでもしたら大恥だ、ちゃんと確認しておかないと………』
と、幽霊はちゃんとスィーが動くか確認しようとしたが、そんなところへ息を切らしたみょんが駆け寄ってきた。
「ハァ……ハァ……確かもう一つ中古のスィーがあったはずみょん!!」
『おっ、噂をすれば。よう、ようむ。今日はお前のために……』
「ええい時間がない!!誰のかは知らんがこれを借りるでござる!!!」
そう言ってみょんは幽霊にも目をくれずそのスィーに乗ってあっという間に去っていってしまった。
一人残された幽霊はただ思う。無視されるのも悪くないと。
地霊章 前編 -終-
最終更新:2011年06月14日 19:25