地霊殿第一階層。
地霊殿の中では比較的明るく、三途の水が流れ込むこの場所で二人の武士が向かい合っていた。
一人は西行国旗本武士、真名身四妖夢。
もう一人は風華国武士、真白木飾花。
これから始まるは最後の決戦。一人の少女は己の信じた武士に対し何を思うか。それはいずれ明らかになろう。
覇剣「舞星命伝」 緩慢刀物語 彼方章 千剣「千歳雨」
「俺が使う刀はこの覇剣。だが回復の力は使わない。そのままの武器として使わせてもらう」
「みょんは自分が持っている菓子剣を使わせてもらうでござる」
お気に入りだった羊羹剣はもう無い。でも今持っている菓子剣はどれも色んな人の想いが詰まっているため不安は無かった。
みょんはまず米粒で直したばかりの甲剣を口の中から取り出し、それとともに真白木も覇剣を構えた。
「ね、ねぇ……本当に戦うの?」
「後悔は無いみょん」
「で、でも……死んじゃうかもしれないんだよ?」
「俺は既に死んでいる、だからこの戦いに全てを賭けてみたいと思う」
彼方の説得も聞かず二人の武士は静かに向かい合う。
彼方はなんとかしてこの戦いを止めさせたかったが二人の目に迷いは無く、ゆーびぃに優しく肩を叩かれ制されてしまった。
「………」
いつか前、真白木さんとみょんさんが戦ったらどうなるかというのを考えたことがある。
それが今現実として目の前で行われようとしているのだ、好奇心はあった、でも大事な人が戦う会う悲しみの方がずっと強い。
「う、うう……」
そして、彼方は俯きながらおのれの感情を精いっぱい吐きだした。
「二人ともぉ!!私のために争わないでぇぇ!!!」
彼方の見当違いな叫びが決闘の合図となり、二人の武士は闘志を刀に込め同時に走り出した。
人間とゆっくりの差というものはどうしても覆せない。リーチの長さ、力の強さ、歩幅の差。
まず最初に攻撃したのは真白木であった。真白木は走りながら覇剣を振り下ろしみょんはすぐさま甲剣で防御した。
「うおりゃあああ!!!」
「みょおおおお!!!」
菓子剣の中でも三本の指に入る硬さを誇る甲剣であったが、真白木の力はそれ以上でこうして鍔迫り合いしている間にもどんどん削れていく。
それに直したてのため削られると同時にヒビが広がっていき、みょんはなんとか力を受け流して真白木から距離を取った。
「ぐ、なんて力だみょん!!!」
「まだまだァァ!!!」
このまま打ち続けたら確実に折れてしまうと言うのに、真白木は間髪いれずに攻撃を繰り出してくる。
ならば短期決戦を望むのが良いとみょんは刀の打たれる周期を見極め真白木の真下にへと潜り込んだ。
人間にとって足の下は死角、そのまま足を突き刺そうとしたが真白木の足は浮き上がり甲剣の突きは空ぶってしまった。
「このッ!!」
確かに真下は死角ではあるのだがそれは同時に踏みつけられると言う危険も孕んでいる。
だがみょんはその場から動かず、甲剣を上に構えて飛び跳ねようとした。
「今こそが最大の隙ッ!討たせてもらうみょん!!」
空中にいる間というのはどうしても回避がおろそかになるものだ。この最大の隙を狙わなければきっと長期戦となってしまう。
落下する真白木の体を狙いみょんは己の弾性力と後ろ髪の力を使い突き立てたが、あるはずの場所に真白木の体は無くみょんの突きは空を切った。
「!?」
「甘いぞ!!!」
宙にいる間は推進力などもてるはずが無く重力に惹かれるだけだとみょんは思っていたが、真白木は覇剣を地面に突き刺し腕の力で体を宙に浮かせていたのだ。
みょんと真白木は同時に地面に降り立つ。しかし素早さも身のこなしも真白木の方が早く、覇剣が抜かれるとすぐに真白木の横薙ぎがみょんの頬をかすった。
「ぐみょん!!!」
「……く、やはりその図体の小ささは慣れない」
そうは言うが最下層での戦いに比べればゆっくりに対する身のこなしはかなり上手くなってきている。
憎しみの無い戦いとはこうして相手を理解して戦うものだ、そうみょんは改めて認識し強くなる相手を前に妙に心が高ぶった。
「……みょん」
そのままみょんは一旦真白木から距離を取り、薙ぎ払われた頬をさする。
覇剣によって傷つけられたはずの傷は何故か今も残り、焼けつく様な感触が残っている。憎しみとは違う熱い何かが体の中から込み上げてくるようだ。
「ど、どうして傷が治らないの?」
そのみょんに残った傷を見て彼方はもしかしたら覇剣の力がもう無いのではないかと危惧するが、真白木はゆっくりと首を横に振った。
「……在処さんが言ってたんだ。覇剣は命を与える剣だが使い手の意志によって過剰に与えることも可能と、確かにそうみたいだな」
「なるほど、過剰な生命力のせいで再生が出来ないのでござるな。この熱気もそれの副産物かみょん」
ダイ大で例えるならマホイミ。まぁゴールドエクスペリエンスで無いだけまだましだろう。
それにこの熱気は逆に好都合だ。みょんのゆっくりした闘志をより高みに持ち上げてくれる。
みょんは浮かれることなくその熱気を爆発させ、真白木に向かって一気に走りだした。
狙うは足。相手はもう悪霊のようなうやむやしたものではなくきちんとした実体を持っている、だから足を討てば敵の機動力は半減するはずなのだ。
「………!!」
そんなみょんの動きはすでに察知している。真白木は下手に動くことなく刀を構えみょんを迎え撃った。
「妖十字・蝶!」
「!!!!」
それはまるで風のように軽く、閃光のように素早い一撃。
真白木から放たれた一閃はみょんの体を的確に狙い、みょんの顔をズタズタに切り裂き甲剣を完全に破壊した。
被害は表皮だけで済んだのだがそれでもゆっくり出来ないほどの激痛が走り、ただ本能のみがみょんの体を後退させた。
「ぐぎゃああああああああッッッッッ!!!」
「まだだっ!!!」
そのまま決着をつけるべく真白木は走りだすが刀の射程内に入ったところで突然みょんの方から白い泡のようなものが吹き出して、思わず一歩引いた。
「う、うぐ、ぐ、ぐぐぐ」
「みょ、みょんさん!!!」
顔の傷からはだらだらと謎の赤い液体と謎の餡子が漏れだしているが、みょんはなんとか泡剣を取り出して迎撃することが出来た。
このまま痛みを落ち着かせるまで泡の幕を張っていようと思いみょんは泡を体中に展開させる。
泡の正体を知られていないなら相手だって警戒するはず、だが真白木は臆することなく目を瞑り一心に剣をふるった。
「……風十字・流!!」
「!!!!」
先ほどが風のように軽い一撃、というのなら今度は突風のように激しい一撃。
真白木の突きによって発生した風圧はみょんを覆っていた白い泡を徹底的に吹き飛ばし、みょんの姿を露わにしていった。
「みょんっ!?」
「今だッ!!!………!!」
そのまま真白木はみょんの体に向かって再び突きを繰り出そうとしたが、みょんの手になにか新しい刀が握られているのを見て思わず動きを止める。
それはまるで輪投げのような刀、だがそれに納まっている輪は軸を中心に空気を切り裂く音を響かせながら高速で回転していたのだ。
「時間は……稼げたみょん。だがここまでの回転……いったいどうなるかみょんにだってわからぬでござる……よッ!!」
体がぶれる程の回転でありながらもみょんは己の体をしっかりと固定してそれを真白木に投擲する。
真白木はすかさず討ち返そうと覇剣を振ったが回転の勢いは凄まじく、力を込めて振るった覇剣の方が逆に押し返されてしまった。
戦輪は火花を放ちながら覇剣を削っていく、もしこのまま拮抗状態が続いたら覇剣は破壊されてしまうだろう。
そう考えた真白木は敢えて覇剣の角度を変え、首や体を守るために自分の左手を犠牲にしたのだ!!!
「ぐおおおおお!!!!」
戦輪は真白木の左手を切り裂くがそれ以外の部分に当たることは無く空を切りみょんの元へと戻ってくる。
しかしこれだけの回転をみょんも受け取ることが出来ず、軸に戻す際戦輪は軸とともにみょんの手から離れ遠く吹き飛んでしまった。
「ぐ、う!なんて、なんてものを……だが、もう取りに行くことはできまい」
「……それでも構わぬ」
左手の切り傷からはどくどくと赤い血が零れだしている。既に自分が死人と認識しているため出血死はしないがもう左腕を使うことは出来ないだろう。
それでも真白木は右手で覇剣を握りしめて真っ直ぐな表情で一心にみょんと向かい合った。
「……約束だから覇剣の力は使わない、この傷はそのままにする」
「右手一本あれば十分というのかみょん?」
「侮るつもりはないが……その通りだ!!!」
真白木は右手一本で覇剣を振るうもその速さは変わらず俊敏かつ怒涛の勢いを保ち続けている。
みょんはすぐさま一歩引いて重剣を取り出し、遠距離から覇剣と打ち合った。
「むっ!!」
「くぅ!!」
こうした近距離の武器であるのなら一番射程の長い重剣であるのだが同時に小回りの利かない剣でもある。
故に距離を開けておかなければ一気に劣勢になる。近づけないように刀を動かすにはみょんにとって少々難しかった。
「……ぐ、ぐぐぐ!!!」
こうした人間大の相手ならもっとゆっくりの体の小ささの利点が生かせるような刀を使いたい。
だがもう他に打ち合うような刀は無いのだ。羊羹剣も千兵も折れ、突身弾護は打ち合うためには作られておらず、
魂閉刀は能力の効果が相手によって変わるので逆に自分の首を絞めかねない。泡剣はそもそも刃が無い、こうして思い返すとやっぱりシンプルなのが一番だよなとみょんは打ち合いながら思った。
今頼れるのはこの重剣だ。彼方が作ったこの刀を信じるしかない!!!
「うおりゃ!!!」
「みょおん!!!」
柔軟性の良い重剣は真白木の力を何とか抑えてくれるが覇剣の斬撃は重剣の傷を増やしていく。
最後の能力に全ての期待をかけるとかそんな甘いことは言わない。しかしこのままでは重剣は刀として使い物にならなくなってしまう。
そこでみょんは決着をつけようと敵に接近される危険を冒しながらも体を右回転させて比較的隙の多い右側を狙って攻撃した。
「!!」
予想通り真白木はみょんが逆回転したのを見てすかさず距離を縮めるが攻撃されるまでにはまだ余裕はある。
そして重剣の右薙ぎが真白木の体を切り裂こうとした瞬間、真白木は歩を止めて刀をゆっくりと左に構えた。
「鍵山流、流し雛」
それはゆっくりが己の矮躯を生かそうと生み出した受け流しの術、しかし真白木は人間の身でありながらそれをやってのけ、重剣の勢いを流し真上を飛び越える。
そして地面に着地すると軽く重剣を斬り付け、重剣の真ん中から先の部分は重剣から離れゆっくりとドスンと地面に落ちていった。
「…………ッ!!」
重剣の最後の能力は刀身を分裂させて幾多の戦輪にすること。
だがこうやって大きな部分に分けられてしまっては戦輪にして飛ばしようが無く、まともな刀としても使えなくなってしまう。
真白木はもう目の前だ。優にみょんの体は覇剣の射程内に入っている!!!
「ま、まだ終わらぬみょおおおおおおおおおん!!!!」
それでもみょんは己の勢いをとどめさせることなく、振った勢いを回転に繋げみょんは重剣自体を回転させる。
二回も輪切りにされた重剣の刀身はすでに接合が緩くなっている、回転につれ重剣の断面はぶれ始め、一つの回転鋸のようになっていったのだ。
「鍵十字・剛!!」
「真名流!!風鎌鼬!!」
二人の攻撃はほぼ同時だった。
重剣の回転は真白木の両足を切り取り、真白木の突きはみょんの左半身に瞳ごと深い傷を付ける。
みょんは技の勢いで吹き飛ばされたが真白木にはそれを追う足は無く、再び二人の距離が放されていった。
「ぐあああああああああああ!!」
「ぐみょおおおおお!!!」
みょんは転がりながらこれ以上開かないように切り裂かれた顔と瞳を抑える。
ゆっくりがゆっくりたるくりくり眼はぱっくりと割れていて、おそらく左目は完全に視力を失っている。
これではもうまともに打ち合うことは出来ないだろう。そしてそれは足を失った真白木にとっても同じ事であった。
「……強い……な、さすが彼方と一緒にいただけは……ある」
「そ、そっちこそ……かなた殿が褒めていただけはある……みょん」
互いに満身創痍、次の一撃が勝負を決める。
みょんは重剣を仕舞い突身弾護を取り出してお団子部分を自身の真下に置いた。
人鳥流『弾映弾・改』。敵を一撃で倒す為にはこの技で一気に間合いを詰めるしかないだろう。
もう策略は必要ない、あとは敵の攻撃をかいくぐってどうやって敵の懐に入り込むか、それだけであった。
「……………」
「……………」
真白木もみょんが向かってくるのを予期して刀を目の前に構える。
誰もが固唾を飲んで二人を見つめ、長い長い沈黙が走った。
この二人はこれだけの傷を負ってもまだ戦おうとしている。それが彼らの生きざまなのだと彼方はようやく理解出来た。
だから自分にできることはただ彼らの戦いを見守ることぐらいだ。
そして、みょんは体を精いっぱい平たくし、体と弾護の弾性力によって一気に真白木に向かっていった!!!
「うおりゃああああああああああああ!!!!」
「はああああああああああああああ!!!!」
みょんの体は弾丸のように空気を裂き、そのまま突身弾護を構えるがその前に真白木の縦一閃が走る。
そんなことは承知の上だ。無傷で潜り抜けられるとは思ってはいない。
真白木は先ほど自身の身を守るためにあえて左腕を犠牲にした、それと同じことをするだけだ!!!
「!!!!!!!!!」
だが、真白木はみょんの予想していた場所とは別のところに斬撃を繰り出した。
真白木は今右手で覇剣を構えている。そのため狙われるとしたらまずみょんの左側であろう。
しかし真白木は合えてみょんの右側に斬撃を繰り出したのだ!突身弾護が握られている右側を!!!
「し、しまった………」
真白木の斬撃はみょんの右半身を突身弾護ごと文字偽りなく吹き飛ばす。
勢いだけは殺しきれなかったが残ったのは視力も武器も無い左半身、もはや攻撃も回避も、出来はしまい。
「………みょ、ん?」
「…………」
痛みも無く、ただ自分の体の感触が無くなっていくことだけしか理解できない。
ゆっくりであるがゆえに自分はまだ生きている。だが視界も完全に消え失せた自分はモハヤ生きていないのと同じだ。
半霊の無い自分は時々思うことがあった、それは死ぬとはどういうことなのか、ということ。
これが、死というものなのか。
それだけが、最後に浮かびあがり、みょんのゆっくりした意識も、闇にへと……………………………
(死ぬんじゃねえよ!)
(……………?)
(西行最強の武士なんだろ!私だって、死んでたけど、旅を頑張った!だから……みょんさんも!)
聞こえるはずの無い声が聞こえる。でもこの声は聞き覚えがある。
烏丸彼方。死しても元気と希望を振りまき、みょんにもいろんなものを分け与えてくれた少女の声であった。
(早く起きろ起きろ起きろ起きろ起きろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!)
つんざくような声で無理矢理意識を覚醒させられようやくみょんは体の感触を取り戻す。
切り取られてからどうやら一秒も経っていない。しかし目の前に広がる視界は依然真っ黒であった。
(だ、ダメだみょん……今のみょんの体では攻撃も一回が限界……
前が見えなければ……一撃でけりをつけようがないでござる!!)
(………心の目で見ろ!!!)
無茶ぶりのような彼方の言葉、しかしそれはある種真理を突いていたようにも思えた。
魂だって目の前が見える。幽霊だって目の前を認識できる。そして、今のみょんには武士の魂がある!!!
だから見えない道理など!!!ほとんどない!!!!
「はああああああああああああ!!!」
さっきまで三位一体出来なかったけど今は頑張れば出来たというように、根性と意志さえあればできないことはない。
どういう理屈なのかは分からないがみょんの目に再び光が差し込み視界が急に開けたのだ。
それは魂のビジョン、真白木という男の魂が目の前に迫っている!!!
「見え、たああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!」
「みょおおおおおおおおおおお!!!」
みょんは無意識のうちに口の中から一本の刀を取り出した。
それはゆーびぃから承った古来の菓子剣、千剣千歳雨。骨董品ゆえに実用に耐えられるものではなかったが、この勝負の決着を付けるのには十分だった!!
「な、なに……」
完全に懐に入られた真白木にみょんの最後の一撃をかわす術はもうない。
そのままみょんは千歳雨を咥え、ゆっくりと至極正確に真白木の胸に深く突き刺した!!!!!!!!
「……………………」
「…………………」
全てが静止したかのように思えたが、千歳雨と傷の隙間からは血が噴き出し、みょんの体はずりずりと真白木の体を伝って重力に惹かれていく。
真白木とみょんの体は同時に地面に伏していった。長いようで短かったこの勝負、今この瞬間に決着はついたのだ。
「……………終わった……の?」
地面に横たわる二人の武士を目の前にしてそのまま呆けていられる彼方ではない。
ただ焦燥感のままに彼方は二人の元にへと駆けだし二人の目の前で立ち止まる。
みょんは右半身を完全に欠如しており、真白木の胸からは千歳雨が抜け湧き水のように血が溢れだしている。
一瞬迷ってしまったが、彼方はみょんの元へ駆け寄ってゆっくりと持ち上げた。
「みょんさん!!し、死んで、死んでないよね!!!」
「…………かな……た……殿……聞こえた……で……ござ……るよ」
半分しか残っていない口から僅かな言葉が漏れているのを聞き、彼方は思わず喜んだ。
喜ぶだけでは留まらずその両目からは大粒の涙を零れだし、どうしても感情を抑え切れない、生きていて本当に良かったと言いたくなる。
すぐにみょんの傷を治そうと彼方は覇剣に手を伸ばしたが、その際真白木と目があってしまい思わず委縮してしまった。
自分は二者択一で他方を選んでしまったのだ。それでも真白木は咎めるようなことも無く柔らかな表情で彼方を見つめていた。
「ま、真白木さん……そのっ」
「……そんな気をかける必要はない、俺はもう死人だ、この体がどうなろうが魂自体は消えはしない。
それに、そのみょんはお前にとっての大切な人に……なったんだな」
憧れ以上のものを彼方から受けているのは分かってはいたが、真白木はその気持ちに応えることは出来なかった。
だから彼方がこうして自分以外に大切な人を見つけたことは、年上として、心から嬉しかったのだ。
真白木は胸から溢れ出る血を抑えもせず彼方に覇剣を差し出す。彼方はすかさず覇剣を鞘から抜いてみょんの体に突き刺そうとしたが妙な感触を覚え、手を止めた。
さっきまで無い部分だった所になぜか感触があるのだ。むにむにとしてるけれどどこかひんやりしたどこかで感じたような感触が。
「みょんさん……何これ?」
「何それって……虫の息のゆっくりに何を言うので……ござるか?」
「いやだって……いつの間にか右半身戻ってるよ?」
へ?と言った表情になってみょんは地面に立って左揉み上げで自分の右半身があった場所を触る。
確かにそこには何かがあった。むにむにとしているけれどどこかヒンヤリとした妙な何かが。
というかよく考えたら右半身が無いのに普通に立ってしまっているではないか。右半身の代わりに何があるのは間違いなかった。
「ま、まさかこれが噂の『
ふえちゃうぞ!』でござるか!?うわわわわわわ」
「でも過剰な生命力のせいで再生は出来ないんじゃなかったの!?」
「ゆっ!『待って、ようむ。もしかしたら……』と幽微意様はおっしゃっております」
ゆーびぃは薫の腕から降りたちみょんの右半身らしきものにペタペタと触る。
そしていつものように気の抜けた声でそのみょんの状況について語った。
「ゆっぴぃ『ああ、これは……魂ね。きっと覇剣の力が作用してこんな形になったみたい」』
「「な、なんだってーーーー!!!」」
今のみょんの体は右半身が魂、左半身がお菓子というようになっている。
それはすなわち半ゆっくり半霊、今までみょんが求めても絶対手に入らなかった身体だ。
普通のみょんとはちょっと形が違っていたが、その事実に気付いたみょんは己のコンプレックスから解き放たれたことに痛みさえ忘れ嬉しそうに飛び跳ねていった。
「しかしあしゅら男爵みたいだね」
「Wと言ってほしいみょん」
みょんの無事を知って彼方は軽快に微笑み、次に真白木の傷を治そうとしたが真白木はそれを拒否した。
この体はみょんと相見えるためだけに作った体なのだ。戦いも終わった今もう残しておく必要もあるまい。
「……俺は心臓を刺された、そしてお前はこうして半身半霊になっても一応生きている。だから、俺の負けだ。
こんな戦いに付き合わせそんな体にしてしまって済まない」
「いいでのでござるよ、手加減しちゃあ真剣勝負にならないみょん」
むしろこんな体にしてくれて内心喜んでいる。
現在の武士と過去の武士の魂のぶつかりあい、どちらが勝つか予想はつかなかったが彼方は真白木の敗北に納得していた。
みょんにはそれだけの説得力がある。旅で見てきた意志と強さとゆっくりする心は誰にも負けたりはしない。
「でも……真白木さんは悔しくないの?」
「こうして対等な立場で負けたんだ。悔いなんて残らないさ……まぁこんな悪霊に落ちた俺が言っても説得力は無いと思うが……」
それでも真白木の表情はどこか清々しさに満ち溢れている。
もう悪霊であった頃とは別物と言ってもいい。真白木は近くに落ちていた千剣をみょんの手に返し、ゆっくりと立ち上がった。
「ゆゆぅ『さて、そろそろ帰りましょう』と幽微意様はおっしゃっております」
「……西行国に住んでいいって言われましたけど、申し訳ありませんがちょっとしたいことが出来ました」
「ゆ?『今のあなたならそれでも問題ありませんが……何をするつもりですか?』」
真白木はゆっくりと周りを見回して思索する。
その中でもみょんを見るときの目は綺麗に輝いていて、一息ついて真面目な表情で語った。
「地下に引きこもってばかりだったから、今の世の中が見たいのです。
俺が知らなかったゆっくりについて色々知りたい、俺達が住んだ世界の移り変わりが見たい。
そして、この足で旅に出たいのです。この二人のように……」
刃を交えたこのみょんの強さを知ったたら、自分も旅というものに憧れるようになった。
きっとこのみょんは彼方との旅で様々なものを積み上げたのだろう。
技術、剣、心の芯、覚悟、そして意志。その差がこの勝負を分けたのだ。
「ゆゆっ『……旅、というのは魅力的なものですね。わかりました』」
ゆゆこはとびきりの笑顔で答えを返し、真白木も昔の礼法で深々と礼をする。
「ゆゆこ様、ありがとうございます。ようむ殿、さとり殿、お世話になりました。彼方、この国で元気でやれよ」
彼方の頭を撫でると真白木は手を振り地霊殿から出ていこうとする。
皆も時代の取り残された武士の意志を尊重しようと何も言わず見送ったが、彼方は突然走りだしそのまま真白木の元へ体ごと突っ込んだ。
「うおっ!か、彼方!!」
「わ、私も一緒に行く!!!!」
突然の彼方の言葉は真白木とみょんの二人に多大な衝撃を与えた。
開いた口がふさがらずみょんは信じられないと言ったような顔で彼方の後を追う。
「か、かなた殿……それは一体……い、いや……その………」
否定するべきなのか肯定すべきなのかどう反応していいのかすら分からずみょんは、ただただ狼狽するしかない。
彼方だって動揺するみょんの気持ちも分からなくはなかった。
けれど想い従っていた人と一緒に居たいのだ。この彼方の想いは前々から決まっている。
そもそも覇剣を治すと言う旅の目的は、彼方の真白木を一途に想う気持ちから生まれたものなのだ。
「二人で話し合いたいの、二人でゆっくりしたいの、二人で色んなものを見たい……」
「………」
「……それに、真白木さんを一人には出来ない、でも今生の別れってわけじゃないから安心して。
………我儘言ってごめん…………」
我儘言いっぱなしだったような気もしたがみょんにはもう否定するような言葉は言えなかった。
分かっている、一度決めたら彼女は止められないことくらいみょんはこの旅で理解しているのだ。
だがみょんはどうしても心から溢れ出るこの気持ちを抑えられない。
ずっと一緒にいてほしい、ずっと話し合いたい、ずっとそばでゆっくりしてほしい。それはみょんの我儘にすぎないけれど切実な願いであった。
一緒に連れてってくれと言えたらどんなにいいか。けれどこの二人の間に入るなんてことは、とてもみょんには出来ない。
ただ出来たことは、再会の願いを言葉として伝えることだけ。
「………本当に、本当にまた会えるのでござるか!!?」
「……約束する、絶対にみょんさんが生きている間に会うって約束する!」
強く言い放たれたあまりにも根拠のない約束、でも初めて会った時の約束もこんな感じに根拠が無かったと思う。
だから、みょんはその言葉を信じた、もう彼方の心からの言葉を信じられないなんてことは出来るはずがない。
「……いいのか?彼方。おまえはようむ殿と……」
「…………いいの!知り合いが近くに一人くらいいた方が安心じゃん!
大体道分からないでしょう?私がちゃんと案内してあげるからもっと安心して!
そうだ!まずは四輪の所に行こう!あいつ実は生きてたんだよ!」
いつものように強い口調だが、その目の端に一粒の涙が輝いてる。
彼女だって辛くないわけじゃない。けれどこれが自分の選択、悲しくても強がっていなければならないのだ。
少しの無言の後に成長したなと真白木はほほ笑み、彼方の手を握ってゆっくりと外に向かって歩き始めた。
一歩づつ進んでいくたびに二人の体がどんどん風にへと消えていく、もう体は必要ない。魂さえ繋がっていればどんな困難も立ち向かっていけるはずだ。
「…………あ、かな、た………どの………」
みょんはただじっと二人の背中を見つめていたのだが、いつの間にか両方の瞳から涙が零れだしていた。
永遠の別れではないと理解できているのに、みょんの魂は泣いている。長旅を連れ添った少女の別れに悲しさを覚えている。
だから叫んだ。己の心の内を全て遠く消えていく少女の背中に向けてぶちまけた。
「かなた殿おおおお!!!また………またいつか………」
一緒にゆっくりしてほしいでござる!!
二人の旅を象徴する覇剣と長炎刀は彼方の体が消えると同時に、物寂しげな音を立てて地面に落ちていった。
まるで、その音は時を告げる鐘のよう。死の世界に優しさが響き渡る。再会の言葉の響きはいつまでも残り続ける。
こうして少女と一人のゆっくりの旅は、終わった。
最終更新:2011年06月16日 20:20