ゆっくりパークの春夏秋冬part6



 ゆっくりパークの春夏秋冬 part 6


  --十二月--



「う゛う゛ー……」
 俺の前で、四歳児ぐらいの背丈のゆっくりれみりゃが、冷や汗をかきながら正座している。
 その左右から、ペットボトルぐらいの背丈の子れみりゃが、よちよちと抱きつく。
「まーま、おなかがすいたぞぉー!」
「れみぃ、もん・ぶらんがたべたいじょー!」
 だが、母れみりゃはその子らをぐいぐいと両脇に抱え込んで、黙らせる。
「しずかにするんだぞぉ! ままはいま、おねがいをしてるんだぞぉー!」
 そう言って、愛想笑いで俺を見上げる。
 必死の笑顔だ。頭の上にピヨピヨと汗の滴が散っているのが見えるようだ。
 俺は、無言。
 れみりゃは声を高めて言った。
「おねがいするんだぞぉ! れみぃたちを、ここにすませてほしいんだぞぉ!」
「……」
「お……おねがい……おべがび……」
 涙より先に、つぅっ、と鼻水が出てきた。見る見る顔が真っ赤に染まり、ボロボロ涙が落ち始める。
 だが、ここで「ぷりちー」でなくなったら絶体絶命だとでも思ったのか、笑顔だけは崩さない。
 張り付いたような無理やりな笑顔のまま、大粒の涙をボロンボロン落としやがる。見方によっては喚かれるより悲痛だ。
「れっ、れびぃっ(ずるるっ)もうっ、ごーまがん、い゛ら゛れ゛ら゛っ」
「……」
「おでぃー、ざんっ……」
「……」
「う゛う゛う゛、おでがいじまずうぅぅぅぅ!!! れびぃをずばぜでぐだじゃいいぃぃ!!!」
 粘りが限界に達したようだ。とうとう顔をくしゃくしゃにして、俺のつま先にしがみついた。
 二匹の子供たちも、ぷりちーでえれがんとなはずの母親の醜態に驚いたのか、じわじわじわーと涙を浮かべ、わっと泣き出した。
「だじゅげでおびいじゃあああん!」
「おなががずいだじょぉぉぉぉ!」
 俺は上がりかまちに腰掛けたまま、無言で窓へ目をやる。
 外では、白いものが荒れ狂っていた。

 ゆっくりパークに吹雪が来ていた。それも相当キツいやつだ。
 俺も幻想郷に長いから、十分な備えをしたつもりだったが、今年はちょっとやばそうだ。燃料や防寒具の追加が必要だろう。
 俺ですらそうなんだから、ゆっくりたちの境遇は悲惨なものだろう。だいたい普通は十二月なんてまだ吹雪く時期じゃないはずだ。
 そこらじゅうの木のうろや洞穴の中に、冷凍饅頭が転がっている光景が頭に浮かぶ。
 まあゆっくりたちは単純だから、春になれば溶けて動き出すだろうが……変な溶け方をしたら割れることもありうる。
 何か手を打たねばならないかもしれない、と考えていた。
 そんな折にやってきたのが、このれみりゃ親子。いきなり窓辺にきてガラスをガンガン叩きやがった。割られないためには入れてやるしかなかった。
 で、入れたらこの有様だ。
 大好きなれいむたちでさえ入れてやっていないのに、なぜ行きずりのれみりゃなんぞを住ませてやらねばならんのか。いろいろな意味で飲めない話だ。
 だが、外は吹雪だ。今放り出したら一晩で冷凍まんになるのは間違いない。
 なったって死にゃあしないだろうが、さすがに子連れとなると、ためらわれた。
 俺は改めて母れみりゃに向き直り、聞いてみた。
「どうもよくわからんのだが、そもそもおまえらは普段どこに住んでるの?」
「う゛ー? れみぃのおうちは、こーまがんにきまってるんだぞぉー」
「それは何度も聞いたが、紅魔館のどこに住んでんだよ。自分の部屋があるわけじゃなかろう」
「そんなことないぞぉ! れみぃのおへやがちゃんとあるんだぞぉー!」
「だから、『ぞぉー』じゃねえって。お部屋があるのになんで出てきたんだ」
「それは……う゛う゛……う゛ああぁぁぁぁ!!!」
「ああもう、いちいち泣くなよ。うっとうしいなあ……」
 うんざりしながら貴重なみかんをやったりして、やっと聞き出したところでは、こうだった。
 紅魔館は大きく複雑な建物で、よく手入れされているが、その上のほうには隙間があって、翼のあるれみりゃたちでも入ることができる。
 といっても室内にまでは入れないが、ほうぼうにある屋根裏や壁の裏などの隙間などには入れる。
 そこは雨風がしのげるし、外敵も来ないし、夏冬でもかなり過ごしやすい。
 だが今年に限って、なぜかそういった隙間が次々に閉ざされてしまい、使えるスペースがうんと減ったそうだ。
 このれみりゃは、れみりゃ同士での、残り少ない「おへや」の争奪戦に負けて、追い出されたとのことだった。
「なんだそりゃ、それじゃあ原因は紅魔館の連中にあるんじゃないか」
「う゛う゛ー……」
「俺より先に、そっちへ頼めよ。あそこの門番とかメイド長とかによ」
「めいどぢょー?」
「十六夜さんだよ! おまえらよく知ってるだろ、咲夜さんだ!」
「さぐやー! さくやはよくしってるぞぉ! れみぃに、ぷっでぃんやぱっふぇーをくれるんだぞぉ!」
「じゃあ頼めよ。うちにケツを持ち込んでくるな」
「う゛う゛ー……」
 黙りこんでしまう。さっぱりわけがわからん。
 しかし、とにかくこいつらが紅魔館に住んでいたことはわかった。だったら叩き返してやるまでだ。
「行くぞ」
「う゛ー? どこへいくんだぞぉー?」
「紅魔館に決まってるだろうが」
 俺は立ち上がり、コートを羽織った。

 外へ出たついでに、犬小屋のれいむ一家の様子を見た。戸口はぴったり閉ざされ、中からかすかに、ゆーゆーと鼻歌が聞こえた。元気でやっているらしい。
 まあ、当然だ。こいつらの犬小屋は、俺の小屋の風下側にあるうえ、発泡スチロールで分厚い断熱壁を作ってやった。餌もたっぷり溜め込んでいたから、中はきっと天国のようなゆっくりプレイスになっていることだろう。
 俺は裏へ回り、リヤカーを引っ張り出してから、屋内のれみりゃ親子を連れ出した。ひゅうう、と吹雪をひと吹き浴びたとたん、れみりゃが悲鳴を上げた。
「あ゛あ゛ー! さぶいぞぅ! さぶくてたまんだいんだぞぅ!」
「みゃみゃー!」「れみりゃもさぶいじょおー!」
「うっせーなお前ら肉まんだろうが! 肉まんが寒いとかどんだけ贅沢だ!」
 うんざりしつつ、俺は傘と毛布を取ってきて、くれてやった。
「しっかり握っとけよ、飛ばすなよ!」
「うっうー、ふかふかだぞぉー♪」「あっちゃかいじょー!」
 三匹で毛布にくるまってご満悦になりやがった。
 俺はリヤカーを引いて、丘を降り紅魔館に向かった。靴が埋まる程度の雪が積もっていた。
 紅魔湖(というのかどうか知らんが、紅魔館のある湖)は凍っていた。その上を渡った俺は、いざ館が見えてくると、やはり二の足を踏んだ。
 何しろ、音に聞こえた吸血鬼の館だ。一応言葉は通じると聞いているが、住人の機嫌次第ではあっさり食われる、などという噂もある。
 ただの人間の俺としては、できれば近寄りたくない場所だ。
「うーむ、どうすっかなー」
 立ち止まって思案していると、突然、何かが素早く動くようなビュッという音がして、肩口に人の気配を感じた。
「お屋敷に何か用かしら、人間」
 穏やかな中に威圧を含めた女の声。ぞわっ、と俺は鳥肌を立てた。こんなことを言ってくるやつが人間のわけがない。というか人間はそんなに唐突に現れない。
 おそるおそる振り向くと、白いコート姿の長身の女と目があった。一瞬、誰だかわからなかったが、風防の下の紅の髪と鋭い瞳で、正体が知れた。
「紅魔館門番の紅美鈴……さんで?」
「いかにも」
「コート姿とはお珍しい」
「気分よ。こんな吹雪の中で半袖でいたら、馬鹿みたいじゃない」
 ちらりと笑うが早いか、バッ! とコートの裾を蹴立てて蹴りを放った。薄曇りのぼやけた光の中で、靴が鋭い弧を描く。
 気が付けば、俺の頬の二センチ横でつま先が静止していた。
「どんな天気だろうと、仕事はキチンとやるけどね」
 すらりとした見事な脚線を描く足を引いて、美鈴は軽くあごを動かした。名乗れ、ということだろう。
 寸止めしてくれなければ、俺の頭がゆっくりみたいに吹っ飛んでいたに違いない。俺はごくりと唾を飲んで、答えた。
「はあ、ええと……僕は博麗神社の向こうの土地を借りて、ちょっとした公園を作った者です。実はうちにこいつらが――失礼、この子たちが迷い込んできたんですが、おたくのじゃありませんか」
 そう言って、リヤカーに積もった雪の下から、傘を差しっぱなしにしていたれみりゃを掘り出した。
「う゛ー? ごはんだぞぉ?」
「ごはんじゃねえよ、おまえの門番さまだぞ……うりゃ」
 美鈴の前に、れみりゃを突きつけた。
 とたんにれみりゃは「ぴぎゃぁぁああああああああああ!!!」とものすごい悲鳴を上げて、俺の後ろに隠れた。
 化け物にでも出会ったようにぶるぶる震えている。
 俺はれみりゃから美鈴に目を移して言った。
「……おたくのじゃ、ないみたいですね」
「飼ってるのかどうかって質問なら、きっぱりNOだわ。見かけ次第、つまみ出している。花を勝手に摘んだり、ゆっくりの食べかすを散らかしたり、お行儀悪いのよ、そいつら」
「それはお屋敷の皆さん全員が? つまり、十六夜さんが個人的に可愛がったりなんてことは……」
「そんなわけないでしょう。あの生けるダスキンみたいな人が、汚し屋みたいなこいつらを許すと思う? 屋内にゆっくりが一歩でも入ってきたら、速攻で串刺しよ。あなたが言ってるのは、そいつらがさくやさくやって鳴くからね?」
「はあ、まあ」
「だったらそれは思い違いよ。ゆっくりたちは幻想郷住人に性格が似ているから、そんなことを言うだけ。実際の付き合いはないわ」
「ははあ、そういうことですか」
 うなずいたものの、俺は納得できなかった。紅魔館に住んでいたというれみりゃの話が嘘だとは思えない。あいつの肉まんの頭脳で考え出したにしては、話がもっともらしすぎる。
 怒らせてしまうかもしれんと思いつつ、俺はさらに突っ込んで聞いた。
「しかし、こいつらは紅魔館に住んでいたって言い張ってますよ。あなた方の故意ではないにしても、どこかに忍び込んだゆっくりたちが巣を作ったりしたことは、あったんじゃありませんか?」
 俺がそう言うと、美鈴はぴくっと肩を動かして、目を逸らした。
 あ、図星った。……この女、ポーカーフェイスは苦手っぽいな。
 俺はれみりゃを再び突き出して言った。
「ここのゆっくりなんですね?」
 れみりゃは笑顔を引きつらせてぷるぷる固まっている。さっきから紅魔館紅魔館と騒いだ手前、やっぱり帰るとは言えないらしい。しかしここだと言えば美鈴に叱られる。
 黙っているしかないのだろう。
 思い切り顔を背けた美鈴だったが、俺がじっと根気よくみつめていると、ため息をついて言った。
「まあね」
「じゃあ、引き取って……」
 俺が言いかけると、突然こちらへ向き直って力説した。
「でも私がさぼってたわけじゃないのよ! そいつら、空飛ぶんだもの! 門以外のところから何匹も入ってくるんだから、全部止められなくてもしょうがないでしょ!」
 どうやら美鈴が恐れているのは、俺のような人間の非難ではなく、ゆっくりを館に侵入させてしまっている点らしい。
 まあそれも当然か。里人よりここの主人のほうがはるか恐ろしいだろうしな。
「それにしても、屋内は十六夜さんの領分なんでしょう? それなのにどうやってこいつらは入ってるんですか?」
「それは……」
 言いかけた美鈴が、何かを思いついたような顔になった。
 いきなり、わしっ、と俺の首を小脇に抱え込んで顔を寄せる。あ、胸柔らかい。
「教えてあげたら、黙っててくれる?」
「紅魔館の空の守りはザルだってことですか」
「ザル言うな、食っちゃうわよ。どうなの、イエス? ノー?」
「黙ってますよ。僕はおしゃべりじゃない」
「そう、じゃあ教えてあげる。つまり……」

 ゆっくりパークの小屋に帰りついた俺は、れみりゃたちを土間にぽんぽんと放り出して、雪を払った。
 紅魔館の帰りに里によって買出しをしてきたので、れみりゃたちは半ば凍りかけてガチガチ震えていた。
 中に上がり、ストーブをつけて、コタツに足を突っ込んで、ようやくゆっくりする。
「参ったなどうも……」
 美鈴の話はこうだった。
 紅魔館は見かけよりはるかに複雑で広大な構造をしている。なぜかというと、メイド長の十六夜咲夜が空間をいじってひろげているからだ。
 しかし空間をいじるというのは強引な行為なので、その代償に空間に歪みや引きつれが生じる。小さな袋小路やポケットのような場所がいくつも出来てしまうのだ。
 それらのポケットは人間の尺度では小さなものだ。しかしゆっくりにとってはそうではない。
 ゆっくりれみりゃたちは、それらのポケットを見つけて、住み着いていたのだ。館の住人からはほとんど死角に近い場所ばかりだったので、黙認されていた。
 美鈴から聞いた俺は納得してうなずいた。
「ははあ、なるほど……でも、なんで急にそのれみりゃたちを追っ払い始めたんです」
「この寒さのせいよ。うちのお嬢様は怖いものなしだけど、お天気には弱いから」
 美鈴が肩をすくめて言った。
 今年の強い寒波を受けて、主人のスカーレット嬢が切れてしまったらしい。寒くてたまんないからなんとかしろ! とお達しを出された。忠実なるメイド長の咲夜嬢がこれに答えて、だだっ広い館を大幅に縮め、開口部や隙間を閉じた。
 そのとばっちりで、れみりゃたちが住んでいたポケットも閉じられてしまったというわけだった。
 なるほど、れみりゃの頭で理解できる事態ではあるまい。俺はようやく納得して、紅魔館を辞したのだった。
 辞した結果は、この通りだ。はなはだおかしなことになった。
 土間でもぞもぞしていたれみりゃたちが、ようやく動けるようになって、ずりずり居間に這いずってくる。そして俺に向かって哀願した。
「ざざざざざざむいんだぞぉ、ぽかぽかしたいぞぉ……」
「れみゃ、おなかじゅいたぁ……」
 それだけだったら無視したかもしれないが、一番下のちびれみりゃの言ったことに、俺は心打たれた。
「ゆっくい、ちたいじょ……」
 目をうるうるにして泣くのを我慢している。俺はため息を付いた。
「反則だろ、それは……」
 れみりゃのくせに、あの凶悪なセリフを使ってくるとは。
 まあ、ゆっくりだから、言ってもおかしくないわけだが……。
 俺は厳しい目をして、言った。
「れみりゃよ、子みりゃよ。俺の言うことには絶対従うと誓うか」
「ち、ちかうぞぉ……」「じょー……」
「指きりげんまんだ。嘘ついたら針千本飲ますからな」
 うー? という顔をするれみりゃの、ぷよぷよした手を取って、ゆーびきーりげんまん、と俺は約束した。
 それが住むと、コタツの裾を開けて誘って叩いてやった。
「ほれ、入れ。麩菓子食え、ふがし」
「ああああ、ありがとうだぞぉ!」「れみゃもはいるー!」
 たちまち三匹はコタツに入ってきて、麩菓子を口にし、「あまあま☆おいしーぞぉ!」と揃って歓声を上げた。
「ううー、赤ぢゃん、ゆっくじしてるぞぉ?」
「うー! れみゃ、ゆっくじだじょー!」「ゆっくいー!」
 見詰め合ってにこにこしている親子を見ていると、俺も苦笑が漏れてきた。
 ふと思い出して、カメラを取り出した。ゆっくりゃに向けて、構える。
「おい、れみりゃ」
「う゛っ! かめらだぞぉ! ぷりちーなれみぃたちをとるんだぞぉ!」
「はい、チーズ」
「れみ☆りあ☆うー!」
 体を傾け、斜めの上目遣いで、舌をちょっと出しながらピースしたところを、パシャ。
 世にも珍しい、コタツでポーズを取るゆっくりゃ親子が撮れた。

 しっかし、まさか、ゆっくりれみりゃと同居することになるとはなあ。
 紅魔館の屋根裏に住み、野っぱらのゆっくりを食べていたれみりゃたちは、最初、当然ながらアホンダラだった。
 目についた食べ物を片っぱしから食べる。調子こいて威張りくさって生意気を言う。
 壊せるものは壊し、汚せるものは汚す。
 そのたびに俺はれみりゃたちを玄関に呼びつけ、土間に正座させて説教した。
「ニラは料理用だから生で食うなつってるだろうが! 肉まんだからニラが好きなのはわかるがたいがいにしなさい! 全部食っちゃったら飢え死にしちまうぞ! いいげんに食い延ばすってことを覚えろ!」
「でも、れみぃ……」
「でもじゃない! 文句があるなら出てってもらうからな!」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛、ごめんなじゃい~~」
「あ゛あ゛あ゛」「ごめんだじょぉー」
 れみりゃたちは頭は悪いが意外に素直で、叱るとちゃんと謝った。
 説教を食らった後はおとなしくなったし、完璧にとは言わないが、教えたこともちょっとずつ覚えていっているようだった。
 そうこうしているうちに年が明けた。


 続く

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  • れみりゃが可愛すぎるのぜ・・・ -- 名無しさん (2009-05-17 13:31:44)
  • れみぃマジ天使 -- 名無しさん (2010-12-05 07:46:19)
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最終更新:2010年12月05日 07:46