※※「ぱちぇ」と「ぱちゅ」で表記揺れがありますが、こういうものだと思ってください。
ゆっくりパークの春夏秋冬 part 8 後編
午前六時。戸の隙間から光が差すだけの薄暗い室内に、母れいむの声が響く。
「ゆっくりしていってね!!!」
すると、部屋のあちこちでもぞもぞと丸い影が動き出す。
「むきゅ、ゆっくりしていってね!」
れいむの隣では、ぱちゅりーの親子が。
「こほん、ゆっくりしていってね!!!」
本棚の最下段では、新参のありす一家が。
「ゆっくりするよー!!!」「ゆっくりするぞ!!!」
台所の椅子の上では、ちぇんとらんの夫婦が。
「うっう゛~ん……よくねたんだぞぉ……」
戸棚の上のカゴでは、れみりゃの親子が。
「ゆっくりしていってね!!!」ちていっちぇね!」
「「「ちーんぽ!!!」」」
コタツの中からは若いれいむとまりさを始め、子供づれの家族がぞろぞろと現れた。
俺は起き出して雨戸を開けた。差し込む柔らかな日差しが、大勢のゆっくりたちを照らした。
「よう」
「「「ゆっくりしていってね!!!」」」
居候どもが、朗らかに答えた。
あの事故から二週間。
涙に暮れていたゆっくりたちも、もともと立ち直りの早い連中だけあって、すでに元気を取り戻している。
住みかを失った四十数匹全員が、今では俺の小屋で仲良く暮らしていた。
それぞれ割り当てられたねぐらから出てくると、にぎやかに遊び始める。
そこらじゅうにぽよぽよころころと饅頭が転がって、足の踏み場もなくなる。
「ゆっくりしていってね!!!」
「れいむもゆっくりしていってね!!!」
「ゆゆ、れいむはゆっくりしているよ!!!」
「ちぇんもだよー!!! げんきになったよー!!!」
「すりすりしたいよ! すりすりしようね!!!」
「ゆっ、すーりすーり!!!」
「「すーりすーり!!!」」
「ゆふふっ、まりさはきもちいいね!」
「れいむもゆっくりしてるよ!」
「もっとすりすりしようね!!!」
「「「「すーりすーり!!!」」」
「ゆ、きょうはまりさはおすもうをするよ!!! ゆっくりあつまってね!!!」
「おちゅもう! おちゅもう!」
「ゆっこい! ゆっこい!」
「やめなちゃいよ、ありちゅたちがおちゃ会をちゅるのよ!」
「そうよ、ゆっくりおちゃ会をするのがしゅくじょのたしなみよ! さんかするひとは?」
「ちーんぽ!!!」
「とかいでぎじゃないわぁぁ!!!」
「むっぎゅう、みんなしずかにしでぇ、ご本がよめないわ!!! けほんけほん」
「おかあさま、しっかりしてね! ゆっくりやすんでね!」
「ゆぐぐぐ、みんなさわぎすぎだよ! もっとゆっくりじでね! ゆっぐり! ゆっぐりじでねぇぇぇ!!!」
「「「れいむがいちばんうるざいよ!!!!!」」」
にぎやかすぎる。
まあ根に持たない連中なので、ケンカになっても、分けてやればすぐ忘れる。
着替えて顔を洗うと、俺は裏の物置へ向かう。枕ぐらいある丈夫な紙袋が置いてある。
そこからザクザクと中身をすくい取って、洗面器で持ってくる。
「ゆっ!」
「ゆゆっ?」
「まま、ごはんだよ……!」
「ゆっぐいたべたいじょー!」
「おなかちゅいた!」
「しーっ、ゆっくりまつのよ!」
気配に気づいたゆっくりたちが、そわそわとこちらに目を注ぐ中、ありったけの皿を床に並べて、食事を盛ってやった。
献立は圧扁大豆とメーズフレークだ。といってもなんのことかわからないだろう。
心配無用、俺もわからない。袋の横に書いてある文字をそのまま読んだだけだ。
これらは農家から分けてもらった飼料なのだ。その正体は乾燥させた大豆とトウモロコシである。
それを盛り付け終えると、よだれを垂らして集まってきたゆっくりたちに、家族ごとに配ってやった。
「ほいよ朝ごはん。いいかー? みんなちゃんと集まったか? じゃあ、いただきます!」
「「「ゆっくりいただくね!」」」
四十数匹が、ワッと皿に群がって、いっせいに食い始めた。
「むーしゃ、むーしゃ!」
「ぽーり、ぽーり!」
「おまめ、おまめ!」
「かりかり、おいしいかりかりだよ!」
「うっめ、めっちゃうっめ、ふっぐはっぐもっさもっさ」
「ゆっゆっ ゆっゆっゆっゆっ」
「「「しあわせー!」」」
俺も試しにかじったことがあるが、これらは要するに味の薄い枝豆とコーンフレークである。
栄養はあるし、そこそこ食えるが、極上の美味というわけではない。
それでもゆっくりたちはにこにこと笑顔を見合わせて食べている。
ま、好きな家族と食事ができれば、なんだってうまいわな。
身の危険はないし、巣穴よりよほど暖かい。
部屋中に満ちていた、ぽりぽり、サクサクという音が一段落するまで、十分もかからなかった。洗面器一杯分の雑穀が消えたということだ。
「ぽんぽんいっぱいだよー!」
「ゆっくりおいしかったよ!」
まるまると膨らんだ小さなボールたちが、あっちでもころん、こっちでもころんと転がる。
そこへ母親や相方がぺろぺろすりすり。食後の一服といったところだ。
なんともこう、見てる側まで、ひじょうにゆっくりしてしまう光景だ。
それを眺めながら、俺はようやく自分の食事に取り掛かった。
もちろん米と味噌のきちんとした献立だ。いくらなんでもこいつらと同じ物を食いはしない。
「ぽーりぽーり、おしんこ、と……」
うつってやがる。何かと同居すると、そうなるよな。
俺が一人でぶつくさ言いながら食べていると、横からぽむぽむと叩かれた。
「ん?」
見れば、ゆっくりれいむだ。リボンの端に黄色い洗濯バサミをつけている。
これは前からいる母れいむである。れいむ種はメチャクチャ増えてどれが誰だかわからなくなったので、目印をつけることにした。
「どうした、ママれいむ」
「ゆう、れいむはお兄さんとゆっくりおはなしがあるよ」
「メシ時だ。終わってからな」
「れいむもそのほうがいいよ。ふたりでゆっくりはなしたいよ」
「ん?」
妙なセリフに思わずれいむを見直した。れいむはゆっくり集団のほうを気にしているようだ。
メシを食べ終わると、俺はれいむを抱えて流しに行き、窓際に乗せた。皿を洗いながら言う。
「ここなら大丈夫だぞ」
「ありがとうだよ! それで、れいむはおもったんだけど」
「なんだ」
「このままだと、食べものがゆっくりたりないよ」
ツルッ、と手が滑った。皿が流しにガシャンと落ちる。れいむがビョッと跳ねる。
「ゆゆっ!? 気をつけてね! びっくりしたよ!」
「すまん。おまえ、子供はいいのか? まりさのでっかいのに潰されてしまわんか」
「こども? こどもは……だいじょうぶだよ、ぱちゅりーがみているよ!」
「そうか。それはよかったな。ぱちゅりーはお前には過ぎた嫁さんだ。大事にしろよ」
「もちろんだよ! ゆっくりなかよくしているよ!」
俺は皿洗いに専念する。れいむは首をかしげている。
「ゆーっと、ゆーっと……ゆ、そうだよ! 食べもののはなしだよ!」
チッ、思い出しやがった。こいつ饅頭のくせになかなか手ごわいな。
「れいむはだいじなことにきづいたよ。このままみんなで食べていくと、あのおいしいおまめがなくなっちゃうよ」
「そんなことがなんでわかる」
「わかるよ! だってれいむはふゆごもりをしたことがあるもの。
かぞくのかずと、食べもののりょうがあってないと、なんだかゆっくりできないきがして、ちゃんとわかるんだよ!」
「ふーむ」
生返事をしながら、俺は考える。
ゆっくりは大きな数が数えられないから油断していた。しかし、そういう本能は、あって当然だな。
「おにいさんがわかってないといけないから、ゆっくりおしえてあげたよ!」
「そうかそうか、すまんな」
俺はまたも生返事。ゆゆぅ、とれいむが顔を曇らせる。
「おにいさん、ちゃんとはなしをきいてね! これはだいじなことなんだよ!
たべものがたりないと、みんなゆっくりできなくなるよ!」
「わかったから静かにしろ。その点は大丈夫だから」
「だいじょうぶってどういうことなの? ゆっくりおしえてね!」
「持ってきてやるから。人里でな」
「ゆ! あたらしいごはんをかってきてくれるの?」
「買う? ああ、狩るか。まあそんなとこだ。おまえらは心配せんでよろしい」
「ゆうう、それならよかったよ。れいむたちもだけど、おにいさんのほうがさきにたべものがなくなりそうだったからね!」
「なに? おまえ、なんで俺の食料の残りを知ってる?」
「おにいさんのしょくりょうこをゆっくりのぞいたよ!」
「覗くなよおめーは」
れいむの額に、デコピンする。ゆきゃっ、と目を閉じたれいむが、怒って叫んだ。
「みただけだよ! たべてないよ! ゆっくりあやまってね!」
「はいはい、ごめん」
答えて皿の水を切りつつ、俺は感心していた。
俺の食料まで心配するとは、ずいぶん気が利くようになったもんだ。
前は「ゆっくりした人」呼ばわりしていたのにな。
皿洗いを終えると、俺は手を拭いてれいむを再び抱き上げた。そして上から聞く。
「ときに、れいむよ」
「ゆ、なあに?」
「おまえ、もういいのか」
「なんのはなし?」
「いや、つまり……娘のことだが」
きめぇ丸に嫁に行ったれいむの上の娘は、死んでしまった。
ちなみに、下の娘は、旦那のまりさと一緒に救助されて、今向こうで楽しそうに「おぼうしとりかえっこ」をしている。
「ゆう」
れいむは心持ち、前かがみになった。
「れいむのことは、今でもかなしいよ……」
「だろうな、いや、すまん」
「でも、すぎたことをくよくよしてもしかたないよ! くよくよしてると、ゆっくりはゆっくりできなくなるよ!」
「微妙にトートロジーな気もするが、まあそうだろうな」
「みんなでゆっくりして、あったかくなったらまたお墓まいりにいくね!」
「それがよかろう」
俺がうなずいていると、ずりずりとぱちゅりーがやってきて見上げた。
「れいむ、おにいさんとなんのおはなし?」
「ゆ、さくばんぱちゅりーにもはなしたことだよ!」
「きゅう……たべもののおはなしね」
俺がれいむを抱いたままベッドに腰を下ろした。ぱちゅりーがむきゅっと隣へ登ってくる。
「それはなんとかなりそうなのかしら?」
「ゆ、だいじょうぶだってきいたよ!」
「そう、それはよかったわ」
ぱちゅりーが俺を見つめる。いかん、こいつ勘がいいから気付くかもしれん。
俺は話を逸らすことにした。
「そうそう、おまえらに聞きたかったんだが」
「むきゅ?」
「きめぇ丸の居所はわかるか。あれきり姿を見せないが」
「ゆぅ?」「むきゅ?」
二匹は顔を見合わせる。
「ぱちゅりーしってる?」
「きゅ、ぱちぇはあんまりそとにでなかったから……」
「れいむもしらないよ……」
「仮にも娘の旦那だ。奴もここに住まわせてやりたい。しかし、そもそもあいつは無事なのか?」
そのとき、母ぱちゅの帽子の縁から、もぞもぞと何かが出てきた。
「きゅっ、きめぇまるのおはなしね?」
「おお、子ぱちゅはそこか」
ちびっこい紫団子は、嬉しそうにうなずいた。
「ぱちぇはきめぇまるがだいすきよ! きめぇまるはぱちぇをつれて、おそらをとんでくれたもの!」
「そうかそうか、よかったな」
俺が適当に返事をしていると、母れいむが言った。
「みんなにゆっくりきいてみるよ!」
「お? ああ、うん、やってみろ」
俺がうなずくと、きめぇ丸はゆっくりたちのほうへ向いた。
「みんな、ゆっくりきいてね! きめぇまるのいばしょを、だれかしらない?」
ざわざわとゆっくりたちが顔を見合わせる。すると、意外な奴が手を上げた。
「れみりゃがしってるぞぅ!」
戸棚の上の母みりゃだ。周りを見回して、自分だけだと気付くと得意げに踊りだす。
「うっう゛~、ぷりっでぃーな~ おぜうさまは~ なんで~も~ ごぞんじっ!」
「おまえ、なんだそれは」
フラダンスとランバダとええじゃないかを足して二・五で割ったような奇怪な踊り……とでも言えばわかっていただけるだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
「きめぇ丸の居場所を知ってるのか? どこだ?」
「うー、ごーまかんのほうへスーッていって、ぱらそるすぎがみえたら、ぐるってまがって、けーきいわまでいくんだぞう」
「それ、空からの道順か」
「あったりまえだぞぅ!」
こいつが勝手に名づけたらしいパラソル杉やケーキ岩など糞くらえだが、とにかく道筋はちゃんと覚えているようだ。
「じゃ、ちょっと案内してくれ。行ってみたい」
「ぷっでぃん、くれるぞぉ?」
「Sサイズ一つだな」
「ばけつのぷっでぃんがいいぞぉ!」
この肉まんめ、一度やったら味を占めやがった。いかん、あんな贅沢をそうそう許せるか。
「小さいプリン一つに飴三つだ。いやならやらん」
「うう゛う……わかった、それでてうちにするぞぉ」
「よし、決まりだ。さっそく……」
出かけよう、と言いかけた時、誰かが叫んだ。
「まって!」
ぱちゅりーだ。俺に向かって伸び上がり、小声で言う。
「よしたほうがいいとおもうわ」
「なんでだ」
「きめぇまるは、おにいさんのことがにがてだとおもうの」
「知ってる、苦手っつーかはっきり嫌われたよ」
「そうでしょう、だから、おにいさんがいっても、きめぇまるはでてこないとおもうわ」
「じゃあどうすりゃいいんだ。ほっとけって?」
「ぱちぇが行ってみるわ」
「おまえが?」
俺が驚くと、ぱちゅりーと、頭上の子ぱちぇが、むきゅん、とうなずいた。
「なくなったれいむは、れいむのこだけど、ぱちぇのこでもあるんですもの。おなはしをききにいっても、おかしなことはないわ」
「ぱちぇも、おねーちゃんのことをききたいわ!」
「おまえら……」
俺は二匹を見て、勘案した。
確かに、こいつらの言うとおりだ。俺よりこいつらが行くほうが、きめぇ丸も話しやすいだろう。
それに、俺としては、勘のいいぱちゅりーをこの場から遠ざけてもおきたい。
「よし、お前たちに頼もう。だが気をつけろよ」
「むきゅ、まかせてちょうだい!」
俺はれみりゃに上等のショール(だとだまくらかしたバスタオル)を着せてから、マフラーでぐるぐる巻きにしたぱちゅ親子を渡して、送り出した。
「さて、と」
よく晴れた空を、パタパタと遠ざかっていくれみりゃを見送ると、俺も防寒着を着て、裏からリヤカーを引っ張り出した。
天気がいいので外で遊ぼうと出てきたゆっくりたちが、周りを取り囲む。
「ゆ、おにーさん、どこへいくの?」
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりまりさたちとあそぶんだぜ!!!」
「済まんがちょっとお出かけだ」
「「「ゆうう~!?」」」
俺は手荷物を確かめながら、不満そうなゆっくりたちに言った。
「里へ出てくる。届け物や買い物がいろいろと溜まってるんでな……。
夜までには戻る。おまえたちも早めに中へ入れ。
誰か人間や妖怪でも来たら、ここの地主は巫女だって言ってやれ。
まずケツまくって逃げ出すから」
「ゆぅ……」
「ゆっくりわかったよ!!!」
「じゃあな」
「「「ゆっくりいってきてね!!!」」」
饅頭の見送りを背に、俺はリヤカーを引いて歩き出した。
丘を下り、まずは博麗神社に向かう。人里は神社のさらに先、深い森の中の向こうだ。
ギシギシと車を引きながら、俺は先行きを考えて、重いため息をつく。
れいむもぱちゅりーも、まったく勘がいい。
うちにはもう、ゆっくりの食べ物がないのだ。
用意してあったのは二十五キロの袋が四つ。暮れにれみりゃたちが同居し始めた時に買ったものだ。
その後、れいむとぱちゅりーたちが加わったが、春まで十分持つと思っていた。
しかし、いきなり頭数が四倍に増えたとなると、話は別だ。
連中は一食で洗面器一杯、三キロ近いメシを食う。
朝夕二食にさせているとはいえ、この二週間でどれだけ消費したか、ちょっと計算していただきたい。
まったく、動物は軽い気持ちで飼うもんじゃない。
だからといって、放り出すわけにもいかん。
「頭下げる程度で、なんとかなるかなあ……」
里には知り合いの農家がいて、安く飼料をわけてもらえる。
だが、小売をやっているわけではない。五十キロも百キロも横から持っていくのは気が咎める。
そもそも金がない。自分の分でさえかつかつだ。
人間のお野菜が、ゆっくり並みにありがたく思えるほどだ。肉など長いこと見ていない。
「……まあ、いざとなりゃ、まだ手はあるか」
このリヤカーをかたに金を借りるとか、柴でも刈ってきて手間賃をもらうとか。
……ほんと、いくらにもならんが。
「ええい」
俺は頭を振って、雑念を追い払った。考えてもしょうがない。できることをやるだけだ。
頭上を見たが、空は澄み切って、雲ひとつない。空気はシンと穏やかに静まり返っている。
天気のよさがせめてもの救いだ、と思った。
神社の石段下を通り過ぎ、俺は里へ向かった。
* * * * *
同じころ、冬空をぱたぱたと飛ぶ小さな影があった。
ぱちゅりー親子を抱いたゆっくりれみりゃ。男の小屋を出て、きめぇ丸を探しに行くところである。
小高いところにある一本杉を見て旋回し、三十分ほど行くと、森の中から大きく突き出す、船の舳先のような岩が見えてきた。
れみりゃが歓声を上げる。
「あれがけーきいわだぞぉ! あそこにきめぇまるがよくいるんだぞぉ!」
「むきゅ! さすがはれみりゃね、もりのことをよくしっているわ!」
「うっふ~ん、それほどでもあるんだぞぉ」
くねくねと身をひねって照れるれみりゃの腕に、軽くすりすりをして、ぱちゅりーはねぎらった。
それからふと、自分の境遇に思いを馳せた。
考えてみれば、なんておかしな半年だったんだろう。
人間に捕まっていじめられたのが、夏の前だ。痛くてひどいことをされて、死ぬかと思った。
苦労してそこから逃げ出した後に、今度は世にも珍しい、ゆっくりだけのゆっくりプレイスにたどりついた。
出会ったれいむとの恋愛、結婚、出産(子供たちを産んだのはぱちゅりーだ)。
ゆっくりの守り神、ドスまりさとの突然の遭遇もあった。
そういえば、ドスはいまでも自分たちを監視しているんだろうか。
そして極めつけにおかしなのは、男と、天敵ゆっくりれみりゃとの同居。
年中ゆっくりしているのが信条のゆっくりとしては、破格に忙しい半年だったと言えるだろう。
(それもこれも、あのおにいさんのおかげだわ!)
ぱちゅりーは灰色の生クリーム脳でむきゅむきゅと考える。
(あのおうちはどうやら、もうすぐたべものがなくなるみたいだわ!
それなのにしんぱいさせまいとしているんだわ!)
男の見抜いたとおりだった。
やはりぱちゅりーは食料の欠乏に気付いていたのだ。
(もらってばかりでわるいわ。おにいさんにもゆっくりしてほしいわ……)
ぱちゅりーが考えている間にもれみりゃは降下していき、やがて大岩の上に降り立った。
「きめぇまる、でてくるんだぞぉー!」
れみりゃが叫び、踊りだした。ぱちゅりーはポムッと岩の上に降り立ち、きょろきょろと辺りを見回す。
すると、岩の端から空に向かって生えている、ひょろっとした松の木の枝に、丸いものが乗っていることに気付いた。
「きめぇまる! きめぇまるなのね? れいむのつまのぱちゅりーよ、ゆっくりおりてきてね!」
枝の上の玉が、くるっとこちらを向いた。確かにきめぇ丸だ。だが、降りて来る様子はない。
かまわず、ぱちゅりーは続けた。
「きめぇまる、ここではさむいでしょう。ぱちぇたちのおうちにいらっしゃい! あそこはとってもゆっくりできるところよ!」
食い扶持が増えてしまうが、それは今考えることではない。ぱちゅりーは懸命に訴える。
「れいむのおかあさんのれいむも、きめぇまるをしんぱいしていたわ! それにおにいさんもよ!」
すると、それを聞いた途端、きめぇ丸がバサリと飛び上がった。矢のように降りてきて、ぱちゅりーのすぐ前に着地する。
「おお、ぎぜんきぜん」
「きゅっ? なんですって?」
きめぇ丸は嘲笑するように、頭をヒュンヒュンと振った。
ぱちゅりーは吐き気を催すが、懸命に耐える。
「むっぷ……き、きめぇまる、そんなことをいうものじゃないわ!
おにいさんはぎぜんしゃじゃないわ!」
「しょせん……にんげんにんげん」
きめぇ丸が動きを止める。その斜に構えた虚無的な姿に、単なるポーズ以上のものを、ぱちゅりーは読み取る。
きめぇ丸は泣いていた。
あの死んだれいむとの間には、他のゆっくりのうかがい知れないつながりがあったのだろう。
それはぱちゅりーにさえ、想像するのが難しい。
ましてや、人間のあの男にわかってもらえるわけがない――。
黙りこんだきめぇ丸の心がひしひしと感じられて、ぱちゅりーも言葉に詰まった。
視界の端に、少し離れたところでぴよぴよと汗を飛ばしながら見つめているれみりゃの姿が映る。
こちらの険しい雰囲気を察して、入り込めないのでいるのだろう。かえってありがたい。
だが、れみりゃが邪魔をしようがしまいが、どのみちきめぇ丸の心を溶かすのは難しそうな雲行きだった。
ぱちゅりーは懸命に話の糸口を求める。
「むきゅ……ならせめて、たべものだけでももっていくといいわ。いまはおにいさんはいないから、きてもはちあわせはしないわ」
「おお、ふようふよう」
彼女にしてはゆっくりと首を振った後で、きめぇ丸は冷ややかなまなざしを向けた。
「うえからめせん、うえからめせん。からから」
「うえからめせん、ですって」
この一言に、ぱちゅりーはカッと頭が熱くなった。
「むっきゅう、きめぇまるはなにもわかってないわ! おにいさんがえらぶってほどこしをするつもりだとおもっているのね!」
「おお、そのとおりそのとお――」
「とんでもないおもいちがいだわ! おにいさんはじぶんのたべものだってまんぞくにとれないのに、ゆっくりにわけてくれているのよ!
おにいさんはゆっくりのなかまなのよ! それもわからずばかにするなんて、きめぇまるはさいていだわ!
さいていにゆっくりしてないわ! きっとしんだれいむにばかにされるわ!」
「ゆ……ゆっくり?」
「そうよ! きめぇまるはやっぱりゆっくりしてないゆっくりなのよ! ばかよ! おもにかおがきめぇのよ!」
「おお……おおおお」
勢いに任せて喚きたててから、ぱちゅりーはぜえぜえと息が切れ、そこで我に返った。
きめぇ丸が後ろへ転びそうなほどそり返り、ギリギリと歯を噛み締めてにらんでいる。
怒らせてしまったか――と、ぱちゅりーは血の気が引いた。きめぇ丸が本気で怒ったら、自分など一瞬で生ゴミにされる。
だが、それはぱちゅりーの見誤りだった。きめぇ丸は悔しそうな表情のまま、顔を伏せたのだ。
「おお……ゆっくり、してない……」
どうやらその一言が、きめぇ丸に大きな痛みを与えたようだ。カラス天狗のゆっくりは、うつむいてぶるぶると震えてしまう。
そのとき、ぱちゅりーの頭の上から、何か小さなものがポトッと岩の上に飛び降りた。
ころころん、と転がってから、きめぇ丸の頬に当たって止まる。
「きめぇまる、ゆっくりしていってね!」
「ぱちゅりー……」
自分から出て行った子ぱちゅを見て、母は思わず呼び戻そうとした。
だが、思いとどまった。
「おお……? ぱちゅりー?」
「きゅっ! おぼえててくれたのね!」
きめぇ丸は目を動かしてジロリと見ただけだが、それでも子ぱちゅは嬉しげにぴょんぴょんと跳ねる。
そして、きめぇ丸の耳のそばでひそひそとささやいた。
「きめぇまるは、れいむおねえちゃんのことが、とってもすきだったんだよね!
あのひ、ほんとうにいっしょうけんめいとんでいたものね!
それなのに、おねえちゃんがしんじゃって、かわいそうだったね!」
そう言うと、子ぱちぇは目を閉じて、何度も優しく頬ずりした。
「すーりすーり、すーりすーり。……よくがんばったね、きめぇまる!」
「ぱちゅりー……」
母ぱちゅりーは、言葉を失った。
ゆっくりの一番の親愛の表現である、すりすり。
それを自分は、この子がやるまで思いつきもしなかった。
きめぇ丸がほしがっていたのは、言葉や食べ物よりも先に、それだったのかもしれないのに……。
ゆっくりしていないのは、自分のほうだったかもしれない。
「すーりすーり、すーり!」
繰り返し頬ずりを続ける子ぱちゅりーを、母も、きめぇ丸も、黙って見つめていた。
だが、やがて母ぱちゅりーが口を開いた。
「ぱちゅりー、ゆっくりいらっしゃい」
「むきゅ? ぱちぇはもっとすりすりしたいわ!」
「もうじゅうぶんよ。きめぇまるにはちゃんとつたわったとおもうわ。ね、きめぇまる?」
きめぇ丸はジト目の冷たい表情のまま、何も言わない。
正直にいって、ぱちゅりーもそれほどの確信はなかった。
しかし、じきにきめぇ丸はゆっくりと背を向けてから、言った。
「おお……かんしゃかんしゃ」
「きゅっ! よろこんでもらえて、うれしいわ!」
子ぱちゅりーが小さく飛び上がって喜んだ。
きめぇ丸のひとことを聞いたとき、母ぱちゅりーはここへ来た目的が達せられたことを悟った。
これ以上ここにいるのは、かえってよくないことも。
「さあ、ゆっくりかえるわ。ぱちゅ、いらっしゃい。れみりゃ、おねがいね!」
「きゅう? ぱちぇはもっと、きめぇまると……」
「いいから、ね」
未練たらたらの子ぱちゅを頭の上につまみあげて、ぱちゅりーはれみりゃの腕に体を預けた。
「ゆっくりいってちょうだいね!」
飛び上がったれみりゃの腕の中で、最後に一度、ぱちゅりーは振り返る。
きめぇ丸が飛び上がり、どこかよそへ向かったのが見えた。
だが、彼女が逃げ去ったのではないことを、ぱちゅりーは知っていた。
- おお…おお… -- 名無しさん (2009-04-08 20:05:16)
-
おお、かんどうかんどう -- 名無しさん (2010-05-17 14:55:14)
- くたばりやすいゆっくりが、死んだつがい程度のことでこうもくよくよするのは腑に落ちんが、
丈夫な種であるきめぇ丸だからかな? -- 名無しさん (2011-07-24 21:01:44)
- 今更ですが、「「「ちーんぽ!!!」」」と言っているのは誰のゆっくりですか? -- 名無しさん (2012-03-30 12:45:28)
- みょんことゆっくり妖夢です -- 名無しさん (2012-04-01 22:30:50)
- 「みんなにゆっくり聞いてみるよ!」と言った後に「きめぇまるはゆっくりたちの方を向いた」とあるのはれいむのことと受け取っていいんでしょうか
-- 名無しさん (2013-06-15 15:45:29)
最終更新:2013年06月15日 15:45