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ここで基地の組織面を見てみよう。 ジオン共和国駐留艦隊及び駐屯基地、その際立った特徴は、艦隊司令官が基地司令官を 兼務しているということである。 アイリッシュ級艦隊旗艦「ハイバリー」を中心に戦闘艦二十二隻、非戦闘艦八隻と艦隊 規模としては標準だが、これに基地駐屯兵力が加わるため、司令官ルロワ中将は通常の提 督の二倍相当の人員を統括する事態となっていた。 それに比して高級指揮官が少ない事も特徴である。将官はルロワ提督を除けば基地防衛 指揮官ローラン・ホワイト准将のみ、「ハイバリー」艦長ニコラス・ヘンリーが唯一の大 佐で、ユウ・カジマ中佐はこの三人に次ぐ「席次第四位」であった。他に中佐は艦隊幕僚 長マシュー、アレキサンドリア級巡洋艦「フラメンゴ」艦長プティ、それに広報部統括責 任者のケイタなど、全部で八名いたが。 グリプス戦役によって連邦軍の人的資源は連邦、ティターンズ、エウーゴに三分され、 互いが互いを削りあう事でその資源を大幅に減じる事になった。戦後エウーゴを統合し、 ティターンズについても中級以下の士官については投降者を降格処分の上で受け入れたが、 有能な高給士官の不足は目を覆うばかりであった。連邦に残る将官の大部分はグリプス戦 役の決戦にも出撃せず地上で傍観を決め込んだ、かつての名将レビル将軍が「モグラ」と 称した同類であり、彼らは決してこのような最前線となりうる地に赴任する事はなかった。 特に、未だ反連邦の感情が強く、「安全装置の腐った手榴弾」とも言われるサイド3に 官僚型の軍人は近付こうとせず、結果としてこのような歪な組織図が出来上がったのであ る。 ユウが統括するMS部隊はMSだけで一三〇機と二個艦隊相当の戦力を有しており、こ れに支援機等を加えれば通常ならば将官が指揮するべき人数となる。 MSはジムⅢが中心だが、グリプス戦役期の愛機をそのまま乗機とするパイロットは多 く、リックディアスや、マラサイを持ち込む者すらいた。ユウのようにネオジオンの鹵獲 機体を使用するパイロットもおり、MSだけを見るとどんな多国籍軍かと言いたくなる。 前配属先からMSごと異動して来た場合、機体に何らかのカスタムが施されている場合が 多く、これもジャクリーンに言わせれば「頭痛の種」であった。 戦後処理と政治的背景と軍の派閥抗争、この三つの要因によって偶然に集められた問題 児集団、それが偽らざる実態である。 「資料を」 ユウが声をかけると、サンドリーヌ・シェルーは即座にクリップされた資料を手渡した。 「ありがとう」 「警備体制を変更するんですか?」 「そうなると思う」 「あの、それは昨日のベアード少佐の通信も関係しているのですか?」 ユウは書類から目を上げ、新任の女性士官を見上げた。ブルネットの髪とブラウンの瞳 を持つ少尉はその視線に悪戯を見咎められた子供のようにばつの悪い表情をした。 「あ、申し訳ありません。出過ぎた事を申し上げました」 「……確かに、関係はある」 叱責するでもなく、事実だけを認めるユウの言葉だった。 「だが、それほど深刻になる必要はない。確かにここは政治的に微妙な位置ではある。そ れでも、ジオン残党にとってここは故郷であり、知人や血縁者もまだ多く残っている。コ ロニーが直接のテロ対象になることはなかろう」 「…………」 「少尉も知っての通り、ここは地球から最も遠いサイドだ。他の艦隊や基地からも離れて いる。万が一何らかの攻撃行動をとられたら救援要請をするにも時間がかかりすぎる。だ から、自分達の身は自分達で守れるようにしておかなければならない。その為の警備さ」 表情も声もほとんど変わらないが、ユウはシェルーを安心させる言葉を選んでいた。彼 女はサイド7出身で、かの「ホワイトベース隊」の脱出行によって地球まで逃げ延びた経 験を持つ。極限状況の中で望みうる最良の連邦軍人に出会った事が彼女を軍人の道に進ま せたが、潜在的には戦争に対してかなり強い嫌悪や恐怖を感じている事が、彼女の適正検 査から読みとれた。 「コロニーの外で何をしてこようが俺が追い払う。それでもまだ不安かな?」 浮気を疑う恋人に、俺を信じられないのかと言っているような物言いだ、とユウは思っ た。だが、シェルーには効果があったようだ。 「いえ。中佐を信じます」 シェルーは笑顔を見せた。悪名も名の内だな、ユウは自嘲気味に考えた。 「よろしい、それでは会議が終わるまで部署に戻っていてくれ」 ユウはそう言って部屋を後にした。 ギィ・ルロワ提督は白髪頭と黒い口ひげの初老を少し過ぎた男で、ひげを落とすとかな りの童顔ではないかと噂されていた。ジャミトフ・ハイマンとは同郷の出身だが、ティタ ーンズには参加せず、連邦軍の中立派として振舞った。ティターンズ解散後の軍再編の際 に中将に昇進し、穏健派としての人間性を買われてジオン共和国の駐留武官の長に任命さ れた。ソロモン攻略戦からア・バオア・クー決戦、グリプス戦役でもコロニーレーザーを 巡る攻防戦と主要な作戦には全て参加、特筆すべき戦功は全くないが、その全てを生き延 びた事で評価される将である。 政治的にもレビルやゴップ、コーウェン、ジャミトフといったいかなる派閥にも属さず、 常に中立であるが故に失脚もせずこの地位に上り詰めており、そのため一部には「実力が なく、誰からも取り立てられない事が幸いした強運の持ち主」という、いささか辛辣な評 価もある。戦闘指揮官としては凡庸とされるが、常に第一線に身を置きながら生還してい ると言う事実からも無能でない事は証明されるとも言える。 そのルロワはユウから提出された警備計画の変更提案書を見ながら、酷く難しい顔をし ていた。 「……カジマ中佐。確かにこれならコロニー内のテロのみならず周辺宙域での戦闘行為に 対しても十分な対応が出来るだろう。しかし、果たしてこれほどの規模の警戒が必要なの かね?」 ユウは起立はせず、その場に着席したまま必要と考える根拠を述べた。 第一に、今回の終戦記念式典は戦後十年目の節目としてその規模、注目度ともに過去と は比較にならない点。共和国の式典に連邦首脳の出席はないが、ジオン軍残党はジオン共 和国政府を正当な政府として認めておらず、その首脳を謀殺する意図を考えれば決してテ ロの危険性を減じる材料とはなりえない。 第二に、その立地条件から非常時に救援を求める事が困難である点。地球から最も遠い サイドであるサイド3は他の連邦軍基地とも地理的に離れていて、危急の際に他の基地か らの救援は望めない。先に述べたように今回の式典にジオン残党にとっても政治的にテロ 標的としての価値を持つ以上、それに相応した警備体制を敷く事は必要である。 「そして第三に、同日に宙域を航行予定の木星旅団です」 「木星船団を襲撃する可能性があると言うのか?」 「ハイバリー」艦長ヘンリー大佐が発言した。木星船団は非常に高い戦闘力を有しており、 小規模な海賊紛いの連中に遅れを取る事はない。それでも、宙域内で襲撃されるとなれば 救援に向かわないわけには行かない。 「可能性の一つです。式典へのテロ行為に我々の注意が向いている間に、木星船団の物資 を狙う。初歩的ですが、効果的な奇襲作戦です」 「……確かに一理あるな」 基地防衛指揮官ホワイト准将が同意した。2メートル近い偉丈夫で、勇敢な闘士として 知られる人物だが、普段は温厚な人物であり、「ルロワ提督より総司令官らしい」とはズ ムシティの市民からも言われる感想である。 「だが、式典ではルロワ艦隊もパレードと称して出港する。有事には彼らが当たる事も可 能だし、艦隊が外にいるというだけでも海賊行為に対しては牽制になると思うが」 「第一、これだけの規模で軍を動かすとなると当初見込みの予算を大幅に上回る事になり ます。カジマ中佐はそこまで考えておいでか」 幕僚長のマシュー中佐が批判的な立場から問い質す。官僚型の軍人で、幕僚よりも補給 等後方支援の方が向いているのではないかとユウは思っている。 「逆にお伺いする。もし事が起きた場合、基地としての責任はどう取るべきとお考えか?」 ユウの言葉にマシューが沈黙する。ユウの言葉は論理ではなく恫喝である。それを承知 でそうせざるを得なかったのは、ヘリウム3横領疑惑について公に出来なかった事、そし て木星船団について別の可能性があると考えていたからである。 ヘリウム3横領が事実として、横領されたヘリウムはどうやって運び出されているか? 輸送手段など簡単に用意できるものではない。木星から持ち出す事は出来てもそこからの 長い航路を誰にも気づかれる事なく続ける事などこのミノフスキー粒子下でも不可能だ。 ならばどうするか?ユウは一つの可能性に到達した。木星からの密輸には木星船団を使 うのが最も確実なのではないか。船団のコンテナは厳密に計測されており、どうやって人 知れず過剰なヘリウムを隠しているのかは不明だが、木星からヘリウムを盗むなど組織的 に行わなければいずれにせよ不可能である。輸送船もグルになっている可能性は無視でき ない。 ユウはその受け渡しにグラナダかサイド3宙域が使われているのではないかと疑ってい た。親ジオンであることが周知であるサイド3と、連邦に対する姿勢が今一つ不明な月都 市。どちらも裏取引には格好の場だ。 しかし、これは空前のスキャンダルである。証拠があったとしても口に出す事がはばか られるレベルのものだ。まして今はルナ2経由の未確認情報のみで、これだけで軍を動か すなど――中佐に過ぎないユウでは特に――出来るものではない。 だからユウは単に「警備体制の見直し」として修正案を出したのである。漠然としたも のであっても、上手く不安や保身の意識を煽る事である程度の警戒レベルを維持させる事 がユウの狙いであった。 その狙いは的中したようだ。ルロワ提督はみなの意見を聞いた後、こう結論付けた。 「貴官らの意見はよく判った。今回の式典は言わば連邦の威信に関わるものであり、いか なる種類の失敗も許されない。カジマ中佐、貴官の提案を採用しよう」 ズムシティ内のホテルの一室に二人の男がいた。窓辺に立つ一人は三十を一、二歳超え たところか。痩身だが病的ではなく、一見悠然としていながらその身のこなしには隙がな かった。 もう一人は二十代前半と言ったところか。大きく、濃いサングラスに隠されて表情は知 ることが出来ないが、ソファーに深く身を沈めた姿からはもう一人のような緊張は感じら れない。 「何か見える?アラン」 若い男が訊いた。 「……明日が見える」 窓辺の男が答える。若い男がクスクスと声を立てた。 「確かに感心してもらえるとは思ってなかったがな」 「ごめんごめん。でも、今時そんな科白言う人がいるなんて」 全く悪びれずに謝ると、表情を引き締め、真面目な声で話を続ける。 「名残惜しくなった?」 「馬鹿な事を。そんなのは二度と戻ってこれない時に思うものだ」 アランと呼ばれた男は振り返った。 「俺達はここに戻って来る。そのために戦うんだろう、オリバー」 「……そうだね」 「お前はもういいのか?どこか行きたい所があるなら――」 「アラン、僕は元々、ここの想い出はあまりないよ」 「――そうだったな、すまん」 「いいよ。それより、さっきの連絡は何だったの?予定に変更でもあった?」 「変更はない。予定通りだ」 「そう、ならいいや」 「判ってると思うが、油断はするなよ。数の上でこちらは圧倒的に不利だ。しくじれば後 がない」 オリバーと呼ばれたサングラスの男は落ち着いて返答した。 「数の差なんて、アラン、君やギド、それに僕がいればカバーできるよ。それを計算に入 れた上での計画だったじゃないか」 アランは頷いた。数で負けている事は最初から判っていた事だ。だからこそ慎重を期し て計画してきたのだ。 「しかし、まだ油断は出来ない。ここのMS隊指揮官はあのユウ・カジマだ。甘く見るこ とは出来ん」 「ユウ・カジマ……」 オリバーの声に初めて緊張がこもった。 「『戦慄の蒼』。だけど、その強さは半分はマリオンの力だよ」 EXAMシステムのベースとなった少女の名前を彼は口にした。連邦、ジオン双方の公 式記録から抹消された存在を、当時軍にいたとも思われぬこの若者がなぜ知っているのだ ろうか。 アランはそんなオリバーの言葉をたしなめた。 「それが油断だと言うんだ。確かに奴の戦績の半分はEXAMと共に消されたが、ア・バ オア・クーの決戦や先のグリプスでの戦いはあの男の力だ。あの男のパイロットとしての 技量は『真紅の稲妻』にも引けを取らん。しかも、今あの男が駆るのはバウを改造したカ スタム機だということだ」 「バウ?ハッ」 オリバーが挑発するような笑いを上げた。いかなる理由からか、この若者はユウを過小 評価したがっているようだ。 「連邦のMSじゃバウ以上の機体はありませんって事かい?エースがその程度の機体じゃ 後の戦力も数だけでたかが知れてるね」 アランはそれに対して何か言おうとしたが、やめた。相手を呑んでかかる事が良い結果 に繋がるタイプもいる。 「さて、僕はそろそろ部屋に戻るよ」 オリバーはソファーから立ち上がった。そして、テーブルの脇に立て掛けてあった白い 杖を手探りで掴む。 アランは部屋の反対に歩くとドアを開けてやった。 「一人で帰れるか?」 「もうホテルの廊下は慣れたよ」 オリバーは軽く手を振って見せた。 「そうか」 「不便なのは今だけさ」 オリバーは言った。 「あれに乗れば僕も君達以上に見る事が出来る」 そう言ってオリバーは杖をつきながら部屋を出て行った。その足取りには全く危なげは なかった。 【キャラクタープロフィール】 ユウ・カジマ; 地球連邦軍ジオン共和国基地駐留軍・及び駐留艦隊MS隊隊長。中佐。 一年戦争後、量産型MSのテストパイロットを歴任した後、グリプス戦役中の指揮系統の混乱期に半ば独断で前線復帰、戦後、現職に任命。 作中では〇〇五六年生、33歳。 サンドリーヌ・シェルー; 地球連邦軍ジオン共和国基地駐留軍広報部所属。少尉。通称サンディ、シェルー。 サイド7出身のスペースノイド。一年戦争時はWB隊に避難民として乗艦。アムロ・レイやブライト・ノアを英雄視する傾向が強い。 ユウの「シミュレーターでアムロに勝利」と言う伝説は知っているが、極めて懐疑的。〇〇六六年生。23歳。 ジャクリーン・ファン・バイク; 地球連邦軍ジオン共和国基地駐留軍・及び駐留艦隊MS整備班主任。少尉。 地球出身。連邦軍には一年戦争前から整備兵として所属。若さ故か新型兵器であるMSのアーキテクチャに対する理解が早く、頭角を現す。 ユウとは一年戦争後、ルナ2で整備クルーだった頃に出会う。非戦闘要員の、しかも大学教育も受けていないノンキャリアでありながら 二十代で尉官に就いている事から。彼女の優秀さは推察できる。〇〇六一年生、28歳。