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異形純情浪漫譚 ハイカラみっくす! 第5話

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mintsuku

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だれでも歓迎! 編集

従者とはかくあるべし




恋に堕ちる、という言葉は重複した使われ方である。
なぜなら恋とは堕落そのものだからだ。

いつもの癖で少々早くに目が覚めた私は、そんな一節(何で読んだかは忘れたが)を思い
出しながら、未だベッドで幸せそうに眠るエリカ様をぼんやりと見ていた。
シーツを顔に擦りながらよだれを垂らし、ずり落ちかけたパジャマから覗いた白い臀部を
無造作にかきむしる。少々鼻を詰まらせているのだろうか、ぷすーという寝息とも鼾とも
つかない音に、窓際にとまっているカラスも怯えているようだ。

こうしてみるとエリカ様のだらしなさもなかなか、これが格式高き蛇の目家当主なのかと
思うと、そのあまりの落差に失笑さえ禁じ得ない。
ともかくエリカ様が恋に堕ちたのは明瞭かつ確実なのであるからして、せっかく早く目が
覚めたのならその恋が成就するよう、ここは従者として一手先を抑えておくべきだろう。

すでに高く昇っていた太陽がこぼす柔らかな光を、レースのカーテンが揺らす。
エリカ様も私も太陽光に弱い種ではないが、月の力を借りないと翼が萎えてしまって空を
飛ぶことができない。加えてエリカ様は通常の動作が非常に緩慢であるので、私ひとりで
行動した方が都合がよいこともある。

私はまだ昨晩出会った青年の香りを記憶していた。あの薄い酸味を帯びた汗の香りは、私
にすらも「男性」を意識させるほど刺激的なものだったからだ。
この香りを忘れぬうちに青年を探し出しておけば、夜にはまたあの情熱的な性行為を見る
ことができる。

そう考えたとたん、私の胸が大きく跳ねた。

続けざま昨晩の光景が白昼夢のように蘇る。あの雄々しく猛々しく、青く煌めく男根。
私はもっとあれを見たいと、もう一度間近で見たいと、そう思っていたのだ。

エリカ様の望んだこととはいえ、高なる胸の鼓動の奥深く、僅かに残る根拠のない罪悪感
が身体を火照らせる。想像するだけで高揚してしまうのは好奇心が故か、それとも単に雌
としての本能なのか、今の私には正しい答えを出す自信がない。
不安にも似た高ぶりを落ち着かせるために何度か深呼吸をして、私はエリカ様が目覚めた
ときに心配なさらぬよう、自慢の達筆でメモを残した。

《あのせいねんをさがてきます、しんぱいないでください たばさより》

どうしよう、もしかすると私はいやらしい子なのかもしれない。


† † †


所々に残る戦の跡を見ながら、シノダ森を2時間ほどかけて歩いて抜けると、丁度小高い
丘から見下ろすように「イズミ」と呼ばれる人間たちの生活区が広がっている。
私はそこで一度腰をおろし、おやつに持ってきたビスケット(茶箪笥にあったものだ)を
ポシェットから取り出して、ひと欠片だけ頬張った。

古文書に残る大震災の後、イズミは町の規模が小さいこともあって、それほど大きな被害
はなかったと聞く。もちろんそれでも決して豊かというわけではないのだが、餓死者まで
出ている大都市と比べれば、かなり恵まれた方ではないだろうか。

青年の香りがそちらに伸びていることは幸いである。蛇の目邸からほとんど外に出ること
のない私だが、以前エリカ様の替えパジャマを購入するためにイズミだけは訪れたことが
あるのだ。

蛇の目邸の書庫に残る「従者指南書」には「人間ヨリノ買物心得」なる項があり、それに
よると例えば人間から物品を購入する際には、これこれこういったものが欲しいと書いた
メモと幾らかの小銭を入れた蟇口を首から下げておれば、人は快く品を与えてくれるとの
ことであった。
当時の私は半信半疑ながらも「うすももぱじゃま」と書いたメモと、金千円を下げて寝具
屋へ行ってみたのだが、そこの店主がまた人の良いもので、二百円ほど足りなかったのに
「べんきょう」ということで千円に負けてくれたのだ。

私は他の妖魔が愚痴にこぼすほど人間が嫌いではない。
それは住み心地の良いシノダ森と、穏やかなイズミの民のおかげではないかと、今は思う。

目を閉じ、鼻をつんと上げ、さらさらと流れる風に心を委ねる。
花の香り、土の香り、石の香り、人の香り。混ざり合ってもなお風情を持った、春の香り。
そんな中、私はあの青年の匂いを嗅ぎつけた。
再び見下ろすイズミの町の中、木塀に囲まれた広い庭を備える民家が目に止まる。

――あそこだ。

私はもうひと欠片ビスケットを喰わえ、丘を走り降りた。


† † †


「ナントカ流 カントカ道場」
辿り着いた門先には、そのように書かれた看板が立てられていた。
そも漢字の苦手な私であり、一体何をしている道場なのかは分かる由もないのだが、とも
かく青年の香りはここが元に他ならない。
木塀の中からは大勢の勇ましい(といっても幼げな)掛け声が響いており、それに合わせ
地面もどん、どんと揺れている様子である。

取り急ぎ青年の存在だけは確認しておかねばと、ぴょんと塀へと飛び上がり、さて青年は
どこかと見回してみると、果たして私はそこに広がる光景に思わず息を呑んだ。

年端もいかぬたくさんの少年どもが息を合わせ、えいやと力強い掛け声と共に、あの男根
(青年のものほど立派ではないが)を振るっているのだ。
一振りひと振り恍惚の表情を浮かべては、ほとばしる汗をきらきらと輝かせ、中には果て
てしまったのか、男根を放り出して大の字に寝そべる者までいる始末。

――ここはまさか、性行為の道場であったか!

それを理解すると同時に、私はまるで金縛りのように身体が動かなくなってしまった。
全身を電流が駆け巡るような衝撃、それは確実に感じた「恐怖」だった。

このような道場があるとはなんと恐ろしい、我々妖魔を対象にその性的欲求を満たそうと
いうのか。いや、そのように落ち着いて分析している場合ではない。私のように可憐な雌
妖魔がいると知れれば、彼らがどのような行為に及ぶか目に見えている。

いけない、逃げなくては。
幸いまだ誰にも気付かれた様子はない、今ならまだ逃げ出せる。
妖魔とて私も年頃の雌、恥ずかしながら生殖行為に少なからず興味はある。しかし昨晩の
アレを見る限り、私のような非力な妖魔ではとてもでないが耐えられないだろう。

一歩後ずさる。

胸に穴があく程度ならともかく、この人数であっては存在自体が消滅しかねない。
考えれば考えるほど身体が硬直する。だのに私の脳裏には次から次へと犯される自分の姿
が思い浮かんでやまなかった。

一歩後ずさる。

あと少しだ。
と、恐怖と安堵の境を目前に、焦りからなのか、思わずつるりと足を滑らせてしまった。

「ひやあ!」

なんとか滑落を免れ、ふたたび塀の上で身体が強張らせる。
はっと気づいて道場に目を戻せば、ぎらと輝く瞳が一人、またひとりと私に突き刺さって
いく。気付いていない者の肩を叩いてはまた増え、小声で何かをささやいてはまた増える。

――しまった!

「猫だ……」
「猫がいる!」
「本当だ、かわいい!」

間をおかず、少年たちが土煙をあげながらこちらへと向かって走り寄ってくるのが見えた。
抗うことの叶わない性欲の大津波が押し寄せる。逃げる気力を絶たれた私に向かい、塀の
下から伸ばされる無数の手、手。
やがて汗ばんだ指先が身体に触れると同時に、私は意識が遠のいていくのを感じた。

「捕まえた!」

――ああエリカ様、勝手に行動してごめんなさい。タバサはここでお別れになりそうです。



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