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「…………!」
左肩の装甲の一部が蒸発した。反対方向からのビームは辛うじて躱す。瞬間、天頂方向
からの攻撃につま先が触れ、その箇所は消失した。
(やはり、な)
ユウと機体の教育型コンピュータが相手の攻撃パターンを解析するよりも、相手がユウ
の回避能力に対応する方が早い。わずか数分間の対峙で、ユウは反撃はおろか回避すら追
いつかなくなりつつあった。
「想像以上に厄介だ、ファンネルというものは」
宇宙空間内をノーマルスーツ着た人間がメガ粒子砲を持って飛び回っているようなもの
である。静止していれば見つける事も出来るだろうがお互いにこれだけの速度で動き回っ
ていては視認は不可能である。センサーは反応するが、ミノフスキー粒子下で数十メート
ル先のファンネルと四キロ先のMSを判別させる事は難しい。
しかも制御するのはNTである。ただでさえ小さすぎる的が、こちらの敵意に感応して
動くのだから事実上撃墜は不可能である。出来るとしたらNTのみだ。
「これならMS三十機に囲まれた方がまだ――」
言いかけたユウの頭に一つのアイデアが浮かんだ。ビームライオットガンの切り替えを
スネークショットに合わせる。
左上からの攻撃。ユウは上半身を捻りながらこれを避け、アポジモーターを全開にして
反転し、間髪入れずにスネークショットを撃った。
メガ粒子を四十にも分散させるスネークショットは当然ながら牽制にも使えないほどに
威力が不足し、ユウはAEへのレポートに「高価な線香花火」と辛辣な表現を用いた。十
分な破壊力を得るにはほとんど零距離で目標に命中させる必要があり、全く射撃兵器の意
味を成さない。ザクマシンガンの有効射程から攻撃してザクの装甲すら貫通しなかったの
である。実用になるとは思えない。
しかし、そんなマッチの火のようなビームでもファンネル相手なら。
ユウの攻撃を察知してファンネルは回避行動をとった。それは正確で、躱しながらもユ
ウへの照準は外さず、最小の動きで避ければ即反撃に移る動きだった。だがそれは放射状
に拡がる四十のビームを想定した動きではなかった。同一方向を飛んでいた五基のファン
ネルがこの効果範囲に入り、破壊された。
「なっ!?」
オリバーが思わず声を上げた。ある意味、ショットガンの最も正しい使用法であったが、
まさか狙えない標的を弾幕で落とすなどと言う発想をMS戦で使用されるとは予想してい
なかったのだ。相手の得物に対するデータが不足していたのも彼の読みを狂わせた。
蒼いバウが今度は別のポイントを狙う。オリバーは素早く相手の武器の攻撃範囲からフ
ァンネルを逃がしたが、次の瞬間、相手の銃口が自分にポイントされている事に気が付い
た。
「しまった!?」
オリバーの直感が既に回避不能と回答した。相手の散弾型ビームに対し、ゲーマルクの
運動性能は貧弱だった。
ユウにとっては成功の保証がない博打に近い作戦だった。OTにファンネルを撃ち落さ
れるという展開に一瞬でも動揺なり、隙を見せてくれたらという、願望に近いものだった。
ゲーマルクの両手が上がる。回避もメガ粒子砲の励起も間に合わないと見て、唯一Eパ
ックを使用する親指のビームで相討ちを狙う気だ。
(しかし、遅い)
BD-4は既に照準を定めている。相手の両腕が上がりきる前にバックショットが全弾
命中する。
――後ろ。
「――!?」
声の正体を考える前に身体が動いた。スラスターを逆噴射させて真下に逃げる。二条の
ビームが空を奔り、直前までユウがいた場所で交差した。
ユウは周囲を確認する。
ドーベンウルフがビームライフルを構えていた。
「インコムか!」
声に出し、上体を反らせてビ-ムライフルの一撃を躱す。刹那、ユウは虚空に向けてバ
ードショットを撃つ。二つの火球が膨れ上がり、インコムの焼失を確認した。
「よし!」
ドーベンウルフに狙いを定める。ドーベンウルフのインコムは二基。両腕は本体に付い
たまま。遠隔攻撃はない。
そう思った刹那、敵の両脇から何かが射出された。グレネードの類ではない、と気付い
た瞬間、ビームが左右から襲ってきた。
「ちぃ!」
躱しきれない。右を避けることに集中し、左はシールドを突き出した。表面のビームコ
ーティングが蒸発し、破壊エネルギーを奪った。
「改造されていたか」
考えてみれば驚きではない。ユウの機体からして改造機ではないか。この恐るべき敵を
二体同時に相手にしなければならない現実の前にたいした問題ではない。
「これは……さすがに…………」
ファンネルだけでもほとんど反撃のチャンスがなかったのに、その上この重MSである。
勝利が全くイメージできない。
しかし、ここで全く意外な動きに出た。この絶対有利の状況で二機同時に撤退を始めた
のである。
二機だけではない。艦載MSと戦闘していたMSも一斉に撤退を始めた。それを何機か
のジムⅢが追撃しようと突出する。
「追うな!放っておけ!」
ユウが回線を開く。追撃した所で殲滅は無理だ。伏兵でもいれば――その可能性はゼロ
に近いが――無用のダメージを被る。
『どういう事でしょう?』
マーティン中尉が疑問を口にする。ユウも同じ事を考えていた。
答は基地からの連絡でもたらされた。木星船団のヘリウム輸送艦「テュポーン」が敵襲
を受け、敵に奪取されたとの報であった。
「一体どういう事です?」
『ハイバリー』に着艦するとすぐ、ユウは艦橋(ブリッジ)に向かった。メインモニター
にマシュー幕僚長の蒼白な顔が映し出されていた。
「中佐、ご苦労だった。だが、奴らの本懐は果たされてしまったようだ」
ルロワ提督も落ち着きを失ってはいないが、さすがに声が陰鬱になることを隠せない。
「マシュー幕僚長、すまんが初めから説明してもらえるか。カジマMS戦隊長にも今のう
ちに聞いてもらいたい」
マシューの説明ではこうだ。
艦隊への奇襲を受け、ユウが発進した十分二十秒後、木星船団から敵影を発見したとの
連絡が入った。
哨戒任務に着いていたイノウエ隊を直ちに向かわせ、ユウとほぼ同時に展開させていた
MS隊も急行させた。イノウエ隊が到着するまで五百十五秒、敵戦力の詳細は不明だった
が、木星船団の自衛戦力であれば十分に持ち堪えられる時間だった。
しかし、イノウエ大尉が到着した時、既に敵の姿はなく、失われた「テュポーン」と、
半壊した護衛艦が漂うのみであった。
「まさか、いくらなんでもそれほどの戦力が――」
言いかけたユウがある事に気付く。戦力を壊滅させるだけならともかく、艦を制圧し、
襲撃地点から移動させるだけの事を九分足らずで出来るはずがない。
ルロワがユウに頷いた。
「そうだ。『テュポーン』は敵襲で奪われたのではない。艦それ自体が敵に内通していた
のだ」
こうしてジオン共和国駐留艦隊と未知なるジオン残党の緒戦はジオン残党が目的を達成
して終わった。ユウ達は敵の実体すら掴めぬままに翻弄された。
損害は巡洋艦一隻にMSの大破が計二十二機、一度にMS隊の六分の一が失われた事に
なる。対して敵に与えた損害はMS八機。完敗だった。
しかし、襲撃者の評価は違っていた。彼らはこの奇襲で少なくとも艦隊と増援の半分を
壊滅させる予定だった。ただ一人のエースパイロットによってこれほどまでに打撃力を減
じられた事実は、彼らの作戦に修正を必要とさせた。
こうして、宇宙世紀〇〇九〇年一月一日、一年戦争終結から十年目の記念日は過ぎてい
ったのである。
【キャラクタープロフィール】
ギィ・ルロワ;
地球連邦軍第二十二艦隊提督、及びジオン共和国ズムシティ駐屯基地司令官。中将。
地球(フランス・マルセイユ)出身。一年戦争当時から前線勤務を続ける歴戦の将。派閥争いを嫌い、
アースノイドとしてはスペースノイドに理解がある。戦闘指揮官としては凡庸だが、無能ではない。
宇宙世紀0031年生まれ、58歳。
【MSデータ】
AMX-014CS ドーベンウルフ改
頭頂高 22m
乾燥重量 36.8t
ジェネレータ出力 5250kw
スラスター推力 87300kg
アラン・コンラッド専用機。ベース機は指揮官機型の両腕がレーザー誘導されるタイプ。ミサイルラン
チャー、グレネードランチャーを廃してプロペラントの追加とインコムの増設を施され、戦闘持続時間
の延長が図られている。カラーリングはゴッグを思わせる茶と黄色。
AMX-015 ゲーマルク
頭頂高 22m
乾燥重量 46.3t
ジェネレータ出力 8320kw
スラスター推力 92400kg
オリバー・メッツ専用機。基本性能に変更はないが、盲目のオリバーのためメインカメラからの映像を
サイコミュデータとして脳に送り込む専用OSが搭載されている。ただしI/Oインターフェースの限界に
より全天周視界情報を一度に送信する事は出来ず、上下左右135度の範囲に限定されている。カラー
リングは黒とダークパープル。