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~無限桃花十七歳『昔の事の話・起』~

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eroticman

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~無限桃花十七歳『昔の事の話・起』~

投稿日時:2011/02/22(火) 00:13:49.03


 小さなショートケーキがテーブルの上に乗っかっていた。脇にはカップに注がれた温かいミルクティーが置かれていた。
 一人分にカットされたショートケーキの大きないちご。ちょっとだけ値段の高い、美味しいと評判の店で一時間並んで買ってきたものだ。他の客のほとんどが数種類を合わせて買う中、彼女はそのショートケーキを二つだけ購入してきた。

「ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー♪」

 誕生日を祝う歌。ケーキを前に、それを能天気に歌っている。残念ながら、テレビのニュースの音声に負ける程度のか弱い歌声であった。
 傍らに置かれた、白い布に覆われた長い棒状の物体。自宅(とは行っても居候の身分)でリラックスした状態であっても、片時も傍を離れる事はない。それは特別な物なのだ。むしろ、完全なリラックスなど彼女には有り得ない。最低限の緊張感は常に保っている。

「ハッピーバースデーディア私~♪」

 彼女の歌は、自分自身へ捧げた歌だ。
 今日は特別な日。彼女――無限桃花の誕生日。
 今日は、彼女が十七歳になった日だった。

「さみしい」

 現在の状況を現すのにこれ以上相応しい言葉も無いだろう。
 自分の誕生日。桃花は一人で祝っているのだから。
 祝ってくれる友も無し。家族はバラバラ。育ての親は遥か別の場所に住んでいる。同居人であり、この部屋の本来の主である古くからの友人、孝也は今日も深夜まで仕事で帰らない。今日が誕生日だという事くらいは知っているはずだが、特に何も言わずに出勤。
 あまつさえ部屋の掃除を桃花に押し付けていったくらいだった。

「ちぇっ。面倒な事押し付けてさ」

 とは言ったが、部屋に住まわせて貰っている身分である以上、口答えはなかなか出来ない。文句垂れつつきっちりこなし、今日も大家のご機嫌を取る。

 その大家、孝也と桃花の関係を一言で現せば、幼なじみと呼べるだろうか。
 八歳で京都の親類へ引き取られた桃花と、その親類が営む古武術道場の生徒であった孝明。既に知り合って九年。桃花が東京へ越してきた孝也の部屋へ寄生し、同居してもうすぐ二年近く経つ。


「暇だ」

 愚痴を吐く。人並みの生活など望むべからずと教えられ、実際に寄生を狩る事こそ己の人生の意義であり大願成就への近道であると自覚はしていた桃花だが、今日くらいはと休んでみたら。蓋を開ければ単なる平日の夜だ。
 ニュースではプロ野球の話題が流れていた。ハルトシュラーズの切り込み隊長、串子がオープン戦で大爆発し、三打数三安打の一本塁打四打点の結果を残したらしい。
 野球には興味はない桃花はただぼけーっと見ていただけだが、とりあえず串子という選手が活躍したんだな、という事は理解できた。

「アイツは野球好きだよなー」

 アイツとは当然、孝也の事だ。
 夏になると、野球中継を見たい孝也との激しいチャンネル争いが勃発する。しかし、権力があるのは向こうだ。ほとんどの場合は桃花が譲る事になる。
 その度にストレス発散とばかりに寄生を探してうろつき回るが、夜だと未成年である桃花の真の敵は寄生ではなく補導員と警察官だ。
 仮に捕まれば居候先に掛かる迷惑は甚大な物となる。
 最悪寝床を失う事態になるだけでなく、孝也自身にも汚点を残す可能性すらあるのだ。一応の成人である孝也と未成年の桃花。お互い古くからの顔なじみであれど、法律という敵は話を聞いてはくれない。
 となれば結局は、夜は大人しくしているのが一番だった。

「……。あー暇だ! 暇々ひまだ!」

 ごろんと寝そべり、両手両足バタバタさせて一人ダダをこねる。数秒で虚しくなってぴたりとやめる。
 横を向き、背中を丸めて自分の腕を枕にして、絨毯の毛を指で押し潰して遊んでみる。捏ねくり回して毛玉を作り、ぷちっとちぎって指でさらに捏ねくり回す。

「なんでこんな時間まで仕事なんだよー。何が日付変わるまで仕事だい」

 時刻は夜の十一時を過ぎた頃。

「幼なじみの誕生日くらい早く帰ればかやろー」

 悪態はつくが、実際は感謝してもしきれない程。
 孝也が居なければ、今頃はポニーテールの未成年ホームレスという肩書になっていたはずなのだから。

4 煎れた紅茶はすっかり温くなり、テーブルの上のショートケーキの存在を半ば忘れかけた頃。
 横になった桃花の口から出る言葉は、素直な気持ち。

「……誰かとお話したい」

 率直な心境を述べる。かつて居た友は桃花の戦いに巻き込まれ、寄生となった。桃花はそれを斬り殺し、友の血に塗れて部屋に帰った。
 その時の感触は今も手に残っている。友の肉に、魔剣を突き立てた感触。

「珠里……ごめんなさい」

 桃花の育ての親、無限史明は、桃花が暮らす東京とは掛け離れた京都に居る。立場上、どうしても京都を離れる事は出来ない。
 無限一族の分家の任務は、寄生から京を守る事なのだから。

「……おじさんこんな夜に電話したら怒るかな? 甘ったれるなーとか言われそうだなぁ」

 バラバラになった家族。あの時、怪物に胸を貫かれて桃花の目の前で息絶えた父。
 そして。

「彼方……」

 無限彼方。桃花の妹。唯一、桃花と血の繋がった者。
 あの日、怪物に連れ去られた日から九年が経っている。

「どこなの?」

 あと二人。桃花の記憶にある中で、最も忌むべき名前。
 そして、桃花が狙う最大の敵。

「影糾……。婆盆……」

 あの日の記憶。鮮明に覚えてる。妹を連れ去った瞬間。確かにあの怪物どもはそう言っていたのだから。
 忘れる訳にはいかなかった。

「……どこに居る……!」


 がたっ


「……!」

 はたと意識の在りかを昔の記憶から現実へとシフトする。
 がたりという音は、確かに桃花の耳に入った。

「玄関……?」

 桃花は白い布で覆われた長い棒状の物、魔剣村正を手に取る。
 瞬時に思考した事は最悪の事態。
 この事態に備え、桃花は細心の注意を払ってきたつもりだった。出会った敵は容赦なく、そして確実に殺して来た。向かってくる者は桃花の敵にはならず、剣の錆にすらならない程に呆気なく斬った。
 逃げようとする敵も、いまだ完全ではないとは言え、稲妻を放ち倒す術も身につけていた。
 絶対に回避しなければならない事があるからだ。


「寄生に居所を知られた!?」

 それはつまり、緊急事態中の緊急事態である。
 桃花は村正を握る。白い布は瞬時に消え去り、鞘を被せた刀があらわになる。
 もし寄生であれば何としてでも消さねばならない。桃花自身にはさほど問題にはならないが、部屋の本来の主には生死に関わる問題なのだ。孝也が寄生となってしまえば、桃花はそれを斬らなくてはならないのだから。

「……!」

 気を溜め、すっと一歩踏み出す。擦り足移動だ。平坦な体重移動は動作から次の手を読まれにくく、そして静かに、かつしたたかに手足に技の威力を伝える武術の基本的な挙動である。
 すっ、すっ、と、桃花は玄関まで音もなく移動する。

 がちゃがちゃ。

 どうやら扉を開けようとしている。
 鍵穴に何かしているようだった。

 がちゃり。

 鍵が簡単に開いてしまった。桃花はさらに気を練り、集中する。
 一撃で仕留める為に。そして、来た。

 がちゃっ……。

「覇っっ………!!」
「ただいま。帰っ――うわぁあああああああああああああああ!!」
「た……孝也!??」





※ ※ ※





「ひでぇよコレ。肋骨イッったかと思った」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「いいから、もっと湿布持って来て。……いたたたた」

 鏡の前で脇腹を見せ、五センチほどの青アザを睨むのは、つい先ほど帰宅した部屋の本来の主、孝也その人である。
 桃花に持って来させた湿布を青アザの上に貼り、なぜこのような理不尽な暴力を受けねばならないのかと頭の中で自問を繰り返していた。

「ったくよ。玄関開けたらコンマ三秒で突き喰らうなんて思わなかったよ」
「ごめんなさい! ホントにホントにごめんなさい! もうしません絶対しません!」
「もういいから。痛過ぎて怒る気力もねぇし……。折れてねぇよな肋骨?」

 鞘付きの村正が幸いし、寄生と勘違いされて桃花に襲われた孝也は青アザ程度のケガで済んでいた。桃花の方もなんとか急ブレーキをかけ、威力を限界まで抑えたものの、ダメージはやはりそれなりの様子。
 桃花が本気で突きを放てば、鞘付きであろうと普通の人間ならハイパワーライフルで撃たれたかのような大穴が空くのだ。


「痛い。こんなんじゃ早く帰って来るんじゃなかった」
「あ……。そうだ。そうだよ。十二時は過ぎるって言ってたから……」
「だから何かと勘違いしたってか? 突きをブチかますような相手と?」
「それは……その……ごめんなさい」
「ふん。まぁいいや。そりゃそうとさ、はいコレ」

 孝也が取り出したのは、二十センチ四方ほどの箱。上面の一部が取っ手のようになるよう切り取られた箱だ。
 孝也はそれを手渡し、「開けてみろ」と言った。

「これ……」
「誕生日おめでと……いてて」
「この為に早く帰ってきたの?」
「十二時過ぎたらなんかなぁーと思ってな」
「……忘れられてると思ってた」
「んな訳ねぇだろ。何年ツレやってると思って……喋ると骨に響く……」

 箱の中身。
 いちごが乗った、少し小ぶりのホールのバースデーケーキ。

「ありがとう」
「食って無くなるようなモンで悪いけどな。安物だし。ま、居候させてやってんだそれでいいだろ」
「……うん」
「ちゃんと食えよ。冷蔵庫残したまま忘れたりとかすんなよ。俺は……その……麻酔が欲しいすごく。……ぐふっ」
「……」
「なんで泣いてんの? 泣きたいのはこっち……ぐぼはぁ!」




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