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無限彼方大人編~無限の血~

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eroticman

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限彼方大人編~無限の血~

投稿日時:2011/04/04(月) 05:45:14.76


 神が隠されていた。
 御霊舎(みたまや)の戸は閉じられていた。
 ケガレを見せないようにとの処置。または、自分がケガレとなるかもしれない時の処置。
 通常の神棚とは作りが違う大きな物だった。
 神職の家系で用いられる物。
 それが隠されている。それも形式に則った神封じではなかった。
 ただ乱暴に閉じただけだ。
 敵が現れた時の緊急処置。
 隠す必要はなかった。だが、つい衝動的に戸を閉めてしまったのだ、と言った感じだ。

 日が落ちかけて、赤い夕陽が差し込んで来る。一見すると普通の民家に思えた。敷地は広い。そこに民家と、道場と、社があった。
 中央の家の両脇に、小さい体育館のような道場と、いわゆる神道において神をまつる神社。
 それらが一つの敷地に集まっていた。
 赤い夕陽に照らされて、哀愁ある画を見せてくれていた。
 真ん中の民家に通されて、最初に目についたのは閉ざされた御霊舎だった。それさえなければ普通の家なのに。そう思った。
 しばらく待たされ、じっとその御霊舎を見ていた。少々広い程度の座敷で、座布団も使わず正座していた。
 閉ざされた御霊舎。その意味はよく解っている。
 客人であるはずなのに、それどころか深い関係にある間柄だというのに、お茶も座布団も用意して貰えず、座らされすでに一時間。
 しっかりとアポイントメントを取って、予定された時刻にやってきた筈だが、結果はこれだ。
 時間になってもアポを取ったはずの人物は現れず。通された部屋にある御霊舎は隠され、そこでひたすら待たされた。意味はよく解っている。こちらから無理に面会を申し出たとは言え、あまりの仕打ち。
 歓迎されていない。それどころか、忌み嫌われている。ひしひしとそれが伝わってくる。
 事実、ここにきてからは部屋へ通してくれたアルバイトの巫女以外には会っていない。

 無限彼方は、御霊舎が鎮座する部屋で一人、正座して待っていた。
 今日ここに来た理由は、ある種のけじめをつけるためだった。
 足がしびれている。一時間も正座して、微動だにせずにいた。
 座敷には御霊舎以外にはほとんど何もなかった。
 おそらくは天袋に様々なものが押し込められているだろう。入りきらない物は丁寧に箱に納められ、御霊舎の脇に置かれている。
 彼方には解る。そこは客を招く部屋ではない。そこは、神を祀る部屋でもない。

 呪術を執り行う部屋。

 外法を使う部屋。

 現代では失われたはずの秘法を再現するための部屋。

 その一族は、ずっとそれを行ってきた。
 ずっとずっと。千年以上だ。
 彼方が今いるのは、無限一族分家の一つ。無限史明の自宅。
 姉の桃花が育った家。
 彼方は史明を訪ね、京都までやって来たのだ。
 その史明が彼方をどう思っているか、それは今のところの扱いで概ね解るというものだ。

「ここまで嫌われてたのね……」

 以前に自分が分家の間でどう思われているか、人づてに聞いた事はあった。
 その時は何とも思っていなかった。分家の人間と会うなど、その時は無いと思っていたし、会ったことも無い人間にどう思われようが関係ないと考えていた。
 だが、少々事情が変わり、はるばるここまでやってきたのだ。
 日は地平に埋もれかけているだろうか。障子が真っ赤に染まっている。

「ちょっと予想超えてたな。ここまで嫌ってたんですか史明さん?」
「わしに言うとるんか?」
「はい」
「いつから気づいとった?」
「最初からです」

 障子戸がすうーっ、と開く。
 無限史明だ。

「気づいてたんかい。隠れてるの」
「はい」
「殺気を読んだか?」
「霊気も読みました」
「分かって待ってたんか」
「はい」
「わしが何を思ってたのかもか?」
「はい」
「分かった上で、無防備で待っとったか」
「はい」
「……食えんガキや」

 すっと歩を進め、史明は座敷の中へと入って来る。
 手には鞘に呪符を張り付けた刀。無限一族の呪術の一つ。退魔の剣だ。彼方の父も、それを持って寄生と戦った事があるはずだ。

「刀を持っとらんな。刀は、村正はどこや?」
「普段は持ち歩いてません。必要な時にだけ出します」
「出す? 出すだと? そうか。そういう事か。丸腰だと思ってたら全然違うって事か」
「はい」
「わしが斬りかかったら村正を抜いたか?」
「いいえ」
「抜くまでもないか?」
「はい」
「そうかい。わしはお前らからすりゃその程度かい。桃花も言うとったわ。わしは片手で勝てるってな」

 どかどかと歩いて、御霊舎へ正面を向けて座り込んだ。彼方もそれと向かい合っているので、史明は彼方に背を向けた事になる。
 刀を脇に置き、大きく一回、「ふっ」と息を吐いた。

「うちは一応神職言う事になっとる。普通の神棚はおけん」
「先祖をまつる御霊舎。仏壇に相当する物ですね」
「それだけやない。隠れ陰陽師でもあるから、本来は神道の物なんて置いておけん」
「隠れ蓑に過ぎない。だから扱いもぞんざいになる」
「そうや。こんな罰当たりな部屋に置いとるなんざ神をも畏れぬ事。だが」
「呪力を扱う部屋だなんて普通の人は気づかない。でも代々呪術を扱う無限一族には都合よい隠れ蓑になるし、先祖の力も借りて呪術式を執り行えると思っている。いろいろと都合がいい」
「そうや」
「社ではなく家で行うのは、無限一族の秘法は元来門外不出の物だった頃の名残。そして、本当に一部の物はいまだ門外不出。寄生を殺す業とか」

「よう知っとる」
「はい」
「なぜわしらが隠れたか知っているか?」
「最初は陰陽師だった。でも公式には陰陽師は政権から分離されてしまう。だから神道に鞍替えしたふりをして、ひっそり生き残った。
 もともと寄生退治に特化した物だったし、寄生の恐ろしさは時の政権はよく知っている。支援を受けるには陰陽師の看板は邪魔になった」
「そうや」
「明治になって政教分離が進むと、神道の看板すら邪魔になってくる。新たに発足した日本政府は別組織だったヤタガラスを寄生対策の専門組織として抱え込んで、無限一族は公式な支援を受けられなくなる。
 だから、政府からも隠れて、ひっそりその技術を伝えてきた。寄生を殺す方法を」
「だいたいそんなとこやな」

 史明は座ったまま、くるりと彼方の方を向いた。
 初めて顔を合わせ、お互い正面から向かい合った。
 彼方は挨拶を忘れていた事を思い出して、座敷に手を置いて、頭を下げる。

「初めまして。無限彼方です」
「知っとる。無限史明や。初めまして、やな」
「はい」
「ようノコノコ来れたもんやな。どの面下げて会いに来たつもりや?」
「この面しかありません」
「首切り落としてやりたいわ。だがわしがかかって行った所で返り討ちや。そうやろ?」
「はい。死ぬ訳にはいきませんので」
「厚かましい奴や。自分が何したか棚に上げて言いよるな」
「棚に上げたつもりはありません。よく自覚してます」
「……いつまで頭下げたままなんや。顔上げろや」
「はい」

 起き上がる彼方。それを見る史明。
 彼方は史明をまっすぐ見た。史明のほうもじろじろと彼方を見ていたが、少し困惑している。
 あまりにイメージと違ったからだ。
 自由奔放な性格だと聞いてはいたが、あまりに違う。
 むしろ、普段の彼女を知る者ならば多少なりとも驚くだろう。
 気配が違うのだ。
 静謐で、清冽な気配。淀みなく、まっすぐな気配。
 巫女の気配だ。

「で、何の用でここまで来たんや?」
「お願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい」

 彼方はまっすぐ史明を見据えている。
 しっかりした口調で、はっきりと言った。

「分家の方々が私をどう思っているかはよく存じ上げてます。その上でのお願いです」
「だからなんや。いきなり『敵地』に乗り込む程の事なんやろ」
「はい」
「聞かせてもらおか」

 彼方は一つ後ろに下がり、再び座敷に両手を置く。丁寧に指先を重ねて。
 そしてまた頭を下げて、言った。

「私をもう一度、無限の一族の一員と認めて下さい」



 それだけ言った。
 頭を下げたまま、微動だにせず。
 そのまま史明の返答を待った。
 あいにく、返答は言葉ではなかった。

「……ッ!」

 がん、と音が鳴る、次いで、がちゃりと刀が転がる音。
 頭に鈍痛を覚えて、少し顔をゆがめた。ぽた、っと、畳に血が一滴こぼれた。
 刀を投げつけられたのだ。怒りにまかせて、鞘から抜かずに投げつけただけ。殺すつもりなら抜いていただろうし、殺気を読んで先んじて行動に移しただろうが、そうしなかった。
 ただ怒りにまかせて投げただけだ。だから、あえて彼方は受けた。
 そしてそれが史明の返答。

「言うに事書いて何ほざくんやこのガキは」
「ダメでしょうか」
「顔上げんかい。そんな頭下げられてもムカつくだけや」
「はい」


 顔をあげると、額から赤い滴がたらりと一筋垂れる。
 鼻を伝い、頬を伝って垂れていく。
 血。血だ。彼方はこの血の為に来た。

「ダメでしょうか?」
「ふざけとるんかお前は?」
「いえ」
「笑えん冗談や。誰がお前なんか」
「分かってます。ですが……」
「その上で来たってか? そんな冗談言うために」
「冗談ではありません」
「ならなおさらや!」

 怒鳴る。
 障子が震えるほどの大声だった。おそらく家中に轟いただろう。
 顔は怒りに歪んでいた。

「お怒りは解ります」
「やめろや。解ってるんなら言うな」
「気が歪みます」
「はぁ?」
「怒りに飲まれると気が歪みます。それが何を生むか、解ってるはずです」
「寄生か。そうやな。寄生は怒りから生まれた。憎悪から生まれた」
「はい」
「よう学んどるな。いや、元から知っていたか」
「はい」
「巫女の修行もしたのか?」
「はい」
「いつから?」
「二年ほど前から。その時にここへ来ようと決めました」
「なぜ修行を?」
「それが無限一族の役目だから。姉さんも、ずっとそうしてたはずです」
「無限は呪術を扱う一族。せやから修行は必須や。ましてや本家ならばわしらみたいな偽モンの無限一族とは違う。桃花のように」
「はい」
「お前は桃花の代わりにでもなりたいんか。桃花の真似事してるだけじゃ飽き足らんのか?」
「はい」
「きっぱり言いおったわ。何がしたいんや。何が望みや。何を考えとるんや?」
「無限の血を絶やさないためです」
「ほう」
「姉さんの血も絶やさないためです」
「本家の血筋か」
「はい」
「絶やしたくないか」
「はい」
「そのために乗り込んできたのか。どういう事言われるか解った上で」
「はい」
「大したタマやな。どういう心境の変化や? なんで今まで来なかった?」
「考えさせられる事がありました。無限一族と同じく、代々呪術を扱う方といろいろお話をさせていただきました。その方が私の今の師匠です」
「それで?」
「私ひとりではダメなんです。私は寄生を殺せます。でも、それだけです。『無限の術者』ではありません」
「無限の一員になって、秘法を学びたいと?」
「はい」
「なぜ?」
「姉さんの出来なかった事、私がやらないとダメなんです。私しか居ないから。私の力だけじゃ足りません。姉さんの力も、あなた方の力も必要です。
 血だけじゃ足りない、その血に無限の秘法を宿さないといけない。それでようやく、無限の血は生きながらえる」
「完全に桃花と入れ替わるつもりか?」
「いえ、ただの代わりです」
「似たようなモンや」
「かもしれません」
「なぜ今更になって?」
「聞いたんです。まだ終わっていないと」
「誰に?」
「先にお話した、私の師匠から」
「何を聞いた?」
「影糾はまた来ます――」








 ※ ※ ※






 ぶるるるる。
 ポケットの中身が震えた。

 それを取り出そうとした時に、服についた赤黒いシミを大量に見つけた。
 血痕だった。
 頭に投げつけられた刀の怪我での出血によるものだ。刀は数キロ程度の鉄の塊だ。それを投げつけられてこの程度で済んだのであればいいほうだろう。
 ポケットから携帯電話を取り出す。ぶるるるる。
 相手は、いつもの相手。彼方の育ての親だ。

「もしもし?」
『終わりましたか?』
「うん」
『大丈夫でしたか?』
「大丈夫じゃなかった」
『どうしたんです?』
「結局嫌われたまんまって感じ。やっぱ虫がよすぎたかな」
『だからやめておけって言ったんです。殺し合いにでもならないかと心配で』
「何が? 私が負けるとでも思ってんの?」
『そこじゃないでしょ』
「うん」
『どうだったんです?』
「しばらく考えさせてくれってさ。一人で決める事じゃないから、って」
『いい返事があればいいですね』
「あったらあったでいい事ばかりじゃないけどね」

 彼方は別れ際に史明に言われた事を思い出す。
 それは強烈に彼方の心に突き刺さった。


 これはわしとお前だけの事やない。一族みんなの事や。せやから時間が欲しい。みんなで話し合って決めたい。
 今は返事できない。
 さぁ、早く出て行ってくれ。お前は無限一族の『敵』なんや。今はまだここに居るべきではない。
 それに、たとえ他の連中がお前を受け入れても、わしはお前を一生許さん。一生恨む。一生認めん。
 お前はわしの「娘」を殺したんやから。


「……」
『どうしました?』
「ねぇ?」
『はい?』
「もし私が殺されたら、あなたどうする?」
『いきなりなんです縁起悪い事……』
「いいから答えてよ」
『そんな事言われてもですね。まぁ……怒り狂うでしょうな。『娘』を殺された訳ですから』
「そっか」
『その史明もそうでしたか?』
「うん」
『そうですか』
「今からそっち帰るから」
『寄り道しないでくださいよ』
「ガキじゃあるまいし」
『親からすりゃ子供はいつまでも子供なんです』
「意味わかんない。決めた新幹線、名古屋で降りて遊んでから帰るわ」
『ほら、やっぱり天邪鬼』
「うるさいなぁ」
『とにかく気を付けて帰ってきて下さいよ」
「わかってます」
『じゃ、また後で」
「うん」

 駅のホーム。新幹線が来るまであと数分。



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