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影武器姉妹 体育祭編

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影武器姉妹 体育祭編

投稿日時:2011/10/12(水) 19:49:46.41


絶好の秋晴れを窓越しに感じながら、桃花はジャージ姿でキッチンに立っていた。
彼女の前には大きな弁当箱がふたつ。
ひとつにはおにぎりがぎっしり。どれも同じに見えるが、中身は梅・鮭・かつお・昆布・ツナマヨの五種類ある。
もうひとつには、レタスを敷いた上に唐揚げやらエビフライやらプチトマトやらが並んでいる。
「よし、お弁当はこんなところかな。」
入りきらなかった食材をつまみ食いしつつ、弁当箱にふたをした。
「さ、彼方を起こしてまいりますか。」

突然にカーテンが開け放たれ、日差しをモロに浴びせられたネグリジェ姿の少女は身をよじる。
「ん、んー……。」
「彼方! 起きなさい!」
「んー、あと五分……。」
「何言ってんの。体育祭よ! 修行の成果を試す時よ!」
「人間相手じゃあんまり関係無いと思うけど……。」
「い・い・か・ら……起きろーっ!」
必殺“布団剥ぎ”によって、彼方は不本意ながらも着替えを求めに起き上がらなければならなくなった。
最近寒くなってきましたしね。

「忘れ物無い?」
「大丈夫だって!」
ちなみにこの確認は三度目である。
「おやつは五百円まで?」
「遠足じゃないんだから……。」
ちなみに内訳は袋入りお徳用バウムクーヘン三百円とポテトチップス二百円である。
「じゃあ、レッツゴー!」
「はいはい。」
ここで注意しておきたいのは、彼方も決して楽しみでないわけではないということだ。
ただ姉のテンションが高すぎるだけなのだ。
駆け足で進む桃花のポニーテールは、いつも以上に元気にぴょこぴょこ揺れていた。

二人が通う高校は文も武も平均的なごくごく普通の高校である。
そんな学校に二年前の春、どういった星の下か、後に伝説として語り継がれる(かもしれない)三人の女子生徒が同時に入学してきた。
一人は、クリーシェ発子。フランス人とのハーフで、ありえないほど鮮やかな蒼髪をツインテールにまとめている。
自称女神を謳う痛い子だが、家庭科以外の全ての教科においてトップクラスの成績を誇る。
めんどくさがりでしょっちゅう授業をサボったりしているにもかかわらず、だ。
なぜ進学校へ行かなかったを聞かれたところ、「だってサボれないじゃない」なんて迷言を残したという逸話もある。
一人は、霧崎串子。焼き鳥屋の娘で、お団子頭が特徴。
一年の頭にモータースポーツ部を立ち上げると、バイク競技で大人に交じっての国内グランプリで連戦連勝。
海外でも何度か出場経験があり、プロチームのスカウトが後を絶たないとか。
そして最後の一人は、何を隠そう我らが無限桃花である。
超人的な身体能力を持ちながらあらゆる運動部の勧誘を断り続ける彼女。
彼女とその妹が異形の怪物と戦っているのを、霊感の強い生徒が目撃したという噂もある。
そんな三人がこの体育祭で青赤白の三組に分かれて激突するとあって、生徒の注目も高まっていた。
ちなみに唯一対抗馬のいない緑組では、必然的に点を稼ぐ役割を負わされた男子が燃えていた。

開会式はつつがなく終わり、生徒会を中心に構成された実行委員のメンバーによって最初の競技の準備が行われる。
その間に、赤い鉢巻を巻いた串子が、青組の“敵情偵察”に来ていた。
「発子っ! 今年こそ雪辱を果たさせてもらうよ!」
「下の名前で呼ぶなっていつも言ってるでしょ! ふん、望むところよ。」
たったそれだけの応酬だが、強敵の威勢に満足し、串子は跳ねるようにして赤組の陣営へと帰っていった。
発子は隣の少女に話し掛ける。
「と、いうわけで、アンタも頼むわよ。」
少女――発子の妹のひなの――は、溜息をひとつ吐いて答えた。
「姉さん、私はインドア派なのであまり期待しないでくださいね。」
「私だってインドア派よ。」
「姉さんは体育の成績も良いじゃないですか。」
「まあね、女神として当然のことよ。」
「またその設定ですか。」
高三にもなって中二病とはいかがなものか。
ひなのは会話の締めにもうひとつ溜息を追加した。

一方その頃、姉と同じ白組に配属された彼方は、直りんという愛称で呼ばれるクラスメイトとダベっていた。
「でさー、もう子供じゃないんだから、遅刻しないように自分で起きるっての。」
「ふーん、仲いいのね。」
「どこがっ!?」
「だって会うたびに桃花さんの話してるじゃない。」
赤く染まった頬をふくらます彼方と、くすくすと笑う直りん。
その前を、ひとつの影が覆う。
同時に直りんの表情も曇る。
「あーら、ごきげんよう負け犬さん。」
溢れんばかりの大きな胸をばいんばいん揺らしながら現れた眼鏡少女は、直りんの宿敵・めいだ。
二人は同じ少年・おる太を好きになって以来、ことあるごとに火花を散らしてきた。
「誰が負け犬ですって?」
「ふふっ、今回は争うまでもなく決着はついてるわ。なぜなら私とおる太君は運命の赤い糸――赤組という絆でつながっているんだから。」
「くっ……今に見てなさい!」
言い争う二人の様子を見て、彼方がつぶやいた。
「仲いいのね。」
「どこがっ!?」
ハモった。

「それでは次の種目、女子玉入れです。」
放送委員のアナウンスがグラウンドに響き、選手が駆け足で入場してくる。
鉢巻の色によって四つの集団に分かれた彼女らの動きが止まると、
ピストルを持った実行委員が朝礼台の上に立ち、
「位置について!」
選手たちは一斉にスタンディングスタートの体勢。
パーン、とピストルの音が鳴ると同時に、各々が地面に散乱したボールめがけて突進する。
そしてボールを拾うと片っ端から頭上にあるカゴに投げていく。
そんな中、この競技に出場していた直りんは、ボールをカゴではなくあらぬ方向へ投げた。
否、あらぬ方向ではない。目標はひとつ。その先には競技に熱中するめいの姿が!
「痛っ!」
突然飛んできた白いボール。
もちろんどこから来たかの見当はすぐにつく。
「っこのアマ……!」
かくして、ここに二人だけのドッジボール大会が幕を開けることとなる。
ちなみに。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!!」
玉入れの方は串子無双によって赤組が大勝利を収めた。

「姉さん、どこ行ってたの?」
「ちょっと準備運動。」
「まあいいけど、次出るんでしょ?」
「うんっ!」
桃花が出場するという次の競技。それは、借りもの競争だ。
選手は200mのトラックを一周。クジを引いて書いてある物や人を連れてくる。
係の実行委員の生徒にチェックを受けたら、トラックをもう一周してゴールである。

スタートして最初に飛び出したのは、やはり桃花と発子であった。
圧倒的な速さで集団から抜け出し、クジを掴む。
紙を広げた桃花は即座にたたみ直し、借りるものを探す様子も無く一直線に自陣に向かう。
「彼方ー、おいでー。」
そして笑顔で妹を呼ぶ。
何か裏がありそうだが、白組の勝利のため、仕方なく立ち上がる彼方。
「ほらほら、早く!」
彼方の腰の重さをじれったく思い、桃花は手首をつかんで走り始めた。
「ちょ、ちょっと!」
こうなるとつられて走るしかない。
駆け足でグラウンドを横断し、二人はチェック係の前にたどり着く。
桃花が紙を見せると、係の女子生徒はすぐに答えた。
「合格。」

その頃、桃花と同時にクジを引いた発子は困っていた。
中身は「かわいそうな人」。
そんなの見た目で分かるわけが無いでしょ。
若干諦めが入った目で見渡していると、一つの抗争が目に入った。
「ちょっと! 何勝手に入ってきてるのよ!」
「私はおる太の彼女なんだもの、別にいいでしょ。」
「それはあんたが勝手に言ってるだけでしょ!」
直りんとめいが言い争う間で、当事者おる太がなんとかなだめようと声を掛ける。
「二人共……落ち着いて……。」
が、
「おる太(君)は黙ってて!」
またしてもハモった二人の声にあえなく消沈。
その時であった。発子がすたすたとやって来て、
「これ借りてくわね。」
と、あっけなくおる太を拉致してしまったのだ。
あまりに素早い犯行に、直りんとめいは開いた口がふさがらなかった。
この時、おる太には発子がまるで女神のように見えたという。

一方トップを悠々と走る無限姉妹。
「で、結局お題何だったの?」
との彼方の質問に、桃花は紙を開いて見せる。
その瞬間、彼方の回し蹴りが炸裂した!
「な、なんでしょうか、白組、仲間割れです!」
放送委員も訳が分からなくて焦っているようだ。
二人の間をひらひらと舞う白い紙には、「貧乳」の二文字が書かれていた。
「おっと! 土煙が晴れたようです!」
桃花は倒れてはいなかった。インパクトの瞬間、大きく後ろに跳んでダメージを逃がしていたのだ。
「なに妹を辱めてんのよ!」
彼方が叫ぶ。
「じゃあ他の子にしろっての!?」
と言葉を返しながら桃花は右ストレートを繰り出す。
受け止める彼方。
ならばと空いた左手でジャブを連打する桃花。
これを捌きつつ彼方は蹴りを入れる。
しかし桃花は膝でガード。
「凄いです! なぜだか知りませんがプロ並みの肉弾戦が繰り広げられています! あっ、会長!」
さすがにまずいと、実行委員長、すなわち生徒会長が止めに入ろうと試みる。
それを視界の端に捉えた彼方は、
「元はと言えば……」
桃花への攻撃を中断し、
「あんたたちのせいでしょうがっ!」
会長にビンタを喰らわせました。

結局、実行委員が決めたクジの内容の暴走を責めないかわりに、姉妹の乱闘行為も責めないということで合意した。
競技? もちろん発子が一位だった。

午後になって体育祭もそろそろ佳境に入ってきた。
「むぅー、まずい。ここで挽回しないと白組は戦線離脱になっちゃうわね。」
そうつぶやきながら、桃花はポニーテールをほどき、自慢の長い髪をバサッと下ろす。
つばの無い帽子を被って、準備完了。
「よしっ!」
次の競技は女子騎馬戦。女子生徒全員が参加する唯一の競技だ。
ルールとしては、まず全騎で乱戦が行われる。
四つのチームのうち一つが脱落したところで乱戦は終了。
その後各チームから一騎ずつ戦う三つ巴戦となる。
三つ巴戦では三騎のうち一騎が倒された時点で一戦終了だ。
もちろん、最後まで生き残ったチームが一位である。

「始めっ!」
号令と共にピストルではなく太鼓が打ち鳴らされる。騎馬戦だけの特別仕様だ。
赤組大将・串子は、三年生で組まれた二騎を携え堅実に敵を潰してゆく。
青組大将・発子は、馬の頭を担当するひなのと共謀しながら奇襲メインで戦うという、あまり大将らしくない戦法だ。
対する白組大将・桃花はというと、
「悪いわね、無限さん。あなただけは確実に潰しておかないと。」
三方向を囲まれる。帽子の色はバラバラ。
おそらく警戒する桃花に対して一時的に手を組んだのであろう。
桃花は下の三人にしか聞こえないようにボソッと指示を出す。
にらみ合いにも飽きたのか、正面の騎馬が真っ先に仕掛けてきた。
「よんっ!」
一瞬遅れて右の騎馬が動く。
ほぼ同時に桃花の騎馬は左へと避け、そのままスムーズに出遅れた左の騎手の帽子を奪った。
「さん!」
休む間もなく桃花は声を上げ、騎馬は右前方に進む。
体をひねり、最初に仕掛けてきた方の帽子を左手でつかむと、
右手は、いつの間にやら背後にいた、臨時チームとはまた別の騎手の帽子を正確に狙って取っていた。
「すっごーい! どうして後ろにいるの分かったの?」
「人ひとり乗せて三人で固まって動いてたら足音くらいするじゃない?」
「でも、一番近かった私でも気付かなかったけど……。」
「人が多いからね。戦闘に慣れてないと難しいかも。」
一息ついて、下の子達とちょっとのおしゃべりをしてから、
「で、まだやる?」
最後に残った一騎に話しかける。
「え、遠慮しときます……。」

案の定緑組が最初に全滅し、三つ巴戦となった。
残ったのは赤五騎、青四騎、白三騎。
三人の大将はもちろん、彼方も残っている。
ちなみに直りんとめいは開始早々互いに牙を交え、あっけなく相打ちとなっていたとか。
白一騎目・彼方の隊は、桃花の
「いい、三騎死ぬまで負けちゃだめだからねっ!」
を律儀にもノルマぴったり守り、二騎目の三年生は三戦目で力尽きた。
「ここで白組! 大将が出ます! 後が無くなりました!」
改めて、残ったのは赤二、青二、白一。
大きな声援を背に、白組最後の騎馬が組まれる。
「本当にやるの……?」
「大丈夫、私を信じなさい。」
与えられた作戦に不安を表すチームメイトを、桃花がなだめる。
「それでは、始めっ!」
太鼓が鳴らされると、桃花隊は真っ先に他の二騎を結ぶ直線のど真ん中を陣取る。
そして、高らかに宣言した。
「先に動かなかった方を取る!」
こうなると、両騎動かないわけにはいかない。
左右から襲ってくる騎馬。それを上手にいなし、タイミングを計って、二つの帽子を、同時に取った。
「同時です! まったく同時! この場合、えー、両者脱落になります!」
白組から大きな歓声が上がる。
「余力は残さないとね。」
桃花は振り返って自軍にウインクで返した。

「と、いうわけで、赤青白の大将が揃いました! 泣いても笑ってもこれが最後の一組です!」
ここに来て串子、発子、桃花の三人が初めてにらみ合う。
余談だが、奇遇にも全員帽子が入りにくい髪型のせいで髪を下ろしている。
「始めっ!」
十度目の太鼓が鳴る。
それと同時に発子が二人の間に立ちふさがった。
「私の真似?」
舐めた真似を、と、桃花は下の三人に突撃を指示した。

「本当にこんな作戦で大丈夫なんですか?」
「いいのよ、二人とも真面目なんだから引っかかってくれるでしょ。」
「まったく……。」
呆れながら、ひなのは左右を見定める。そして、
「おおーっと! なんと青組! しゃがみ込みました!」
「なっ!」
意外や意外。
発子の作戦とは、帽子を取られる直前に引っ込んで敵の体勢を崩させ、自滅を誘うというもの。
ただ、この作戦、到底うまくいくものではなかった。
一瞬前のめりになりはしても、決して騎手が倒れたりするわけがない。
馬の前方を務める者の頭部に引っ掛かるからである。
したがって、体勢を立て直した騎馬が上から襲ってきて発子の帽子を取るのは時間の問題かと思われた。
が、この機に乗じて、“桃花が”“串子の”一瞬の隙を突いた。
「跳ぶよ。」
と、必要最低限下に伝わる声で呟いた桃花は、次の瞬間には空中に飛び出していた。
左手で自分の帽子を押さえ、右手を伸ばして串子の頭から帽子をはぎ取る。
その時、その場にいた誰もが桃花の動きにくぎ付けになった。
桃花は串子の頭の上を大きな扇を描いて飛び、誰もいない後方へ見事に着地してみせた。
止まった時間の中、一人桃花は奪った帽子を指でくるくる回しながら、審判に問う。
「これ取った時点で勝負は終わったんだから、私が落ちたのはノーカンよね?」
それはルールの確認というよりは一種の脅迫に見えた。
が、文句を言う者は誰もいない。言えるわけがない。
「赤組、脱落! これより青組大将、白組大将による一騎打ちを行う!」
白組からまたしても歓喜の声が上がる。

その後、最終試合はあっさりと決着がついた。
「だってしょうがないじゃない。あんな化け物に勝てるわけないでしょ。」
「姉さん、女神はどうしたんです?」
「時と場合によるのよ。」

さて、波乱の体育祭もいよいよ最終競技の時間がやってきた。
男女混合スウェーデンリレー。
男・女・女・男・男・女・女・男の順に組み、最初は100mから、二人ごとに100mずつ走る距離が増えてゆく。
白組では、彼方が六人目、桃花が七人目。それぞれ300mと400mを走ることになる。
「ここで、総合得点の確認です! 赤985点! 青985点! 白970点! 緑950点!」
放送委員の仕事にも自然と熱が入る。
「さて、最終競技の得点は一位50点、二位25点、三位10点ですので、まだどこの組にも可能性は残されてますよ!」
緑組は一位を取り白組が二位なら、その他の組は一位を取りさえすれば優勝である。
「それでは最後は会長に砲手を務めていただきましょう!」
生徒会長が、ピストルを持った手を高く掲げる。
「位置について!」
一番手の男子生徒達がクラウチングの体勢に入り、場に緊張が走る。
「用意!」
そこから、実際は三秒程だが、もっと長く感じただろう。
ピストルの音が夕暮れ近い秋の空に響き渡り、選手は一斉にスタートを切った。

100m、200mの四人目まではまだ団子状態だった。
強いて言えば、緑組がじわりじわりとリードを広げていることぐらいだろうか。
勝負は五人目、男子が300mを走る区間で動きだした。
トップでバトンを受け取った緑組の男子生徒は、信じられないような速さで走り出した。
誰がどう見ても後半バテるだろうというペースなのに、一周を過ぎても速さが落ちる様子はない。
それどころか彼は全く息を乱していない。いや、息など全くしていないかのように見えた。
おかしい。そう誰もが思い始めた頃には、バトンは次の女子に渡っていた。
もちろん、彼方もこの異変に気づいてはいたが、すぐに自分の番がやってくるために深く追究できなかった。
二位でバトンを受け取った彼方は、ひとまず緑組に追いつくことに全神経を集中させることにする。
差は50mほど。短いようで長すぎる距離。
しかも、相手は引き続き異常なまでの速さを乱すことはない。
一人ならともかく、二人続けてこれとは、絶対に変だ。
それでもどうやらその速さは本人の能力以上のものではないらしい。
日頃から姉にしごかれている彼方には、その差を徐々に徐々に縮めることは可能だった。
が、それも永遠にとはいかない。300mの終わりなんてすぐにやってくる。
視界の前方やや右に大きく手を振る桃花を認めながら、前を走る緑色の鉢巻の上級生の背中を見て――
そこに、黒い影が揺らめくのを確かに見た。

最後の力を振り絞りスパートを掛けてきた彼方は、桃花にバトンを渡すと同時に、声にならない声で言った。
「……ぃどり……きせい!」
やはりか、と、桃花は頷いて、妹の縮めた差を無駄にしないよう全力で走り出した。
走り始めて半周までに緑組との間を10m程にまで縮めた桃花は、
残りの体力と相談した結果として、この場で影の刀を生み出した。
振るわれた刀は一気にリーチを伸ばし、女子生徒の体を横なぎに貫通し、しかし彼女は傷つけず中の寄生だけを討つ……はずだった。
しかし女子生徒はまるで後ろに目があるかのようにこれを跳んで避ける。
「えー、何事でしょうか! 緑組と白組の選手が奇妙な動きをしています!」
一般人には、実体を持たない寄生や影の武器は見えないのだ。
さて、どう攻めたものかと考えあぐねている桃花の後方から、足音が聞こえてくる。
ちらっと見ると、串子と発子が怒涛の勢いで追いかけてくるのが確認できた。
仕方がない。寄生は後で退治するとして、ここはまずリレーに全力を傾けよう。優勝したいし。
そのためには一刻も早くバトンを渡……バトン?
桃花は加速を開始した。もう思考の必要は無い。走りに全霊を傾けることができる。
最後のカーブを抜けた緑鉢巻の選手と桃花は、ほぼ横一列になった。
桃花は左手に再び影の刀を出現させる。
基本的に、寄生は一体につきひとつのものにしか寄生できない。
この寄生は走者から走者へ移動している。
だったらある瞬間――走者が変わる瞬間――だけは、寄生は逃げようも避けようもない状況に追い込まれる。
なぜなら、その瞬間そいつはバトンに寄生しなければならないからだ。
白組のアンカーである男子生徒にバトンを持った右手を伸ばしながら、横目でそのタイミングを伺い、
「はい!」
ほぼ同時だった。白のバトンを手渡すのと、緑のバトンの中に蠢くであろう寄生を斬り上げたのは。
桃花はそのまま慣性でトラックの内側まで走り抜けると、
「はい、お疲れ様。」
少し回復した彼方の小さな胸の中に飛び込み、意識を落としていった。

桃花が目を覚ますと、視界には、白い天井と保健室の先生、それに彼方の顔が映っていた。
上半身を起こした桃花が叫んだ言葉は、
「結果は?」
二人は苦笑する。
「開口一番それですか。」
「まあ995点」
「そっか……。」
970+25。つまり、リレーは二位だったということか。
肩を落とす桃花に、彼方は意地悪な微笑みをたたえて続けた。
「の赤組を下して、見事優勝を果たしましたー!」
「ふぇっ?」
寝起きで回らない頭を総動員して考える。
真実はこうだ。リレー三位の赤組に10点が入り995点、二位の緑組が975点、そして一位の白組が50点を勝ち取り1020点で総合優勝。
そのことにようやく気付いた桃花が、笑いをにじませて彼方に当たる。
「もう! ……ふふっ。」
それを受け止めた後、彼方は先生に尋ねる。
「連れて行って大丈夫ですか?」
「ええ、疲れが溜まっていただけのようですから。」
桃花に向き直り、
「じゃ、行こ! 祝勝会にヒロインがいなくちゃ締まらないでしょ!」
急かすようにその手を取った。

今は閉鎖された校舎の屋上に、奇妙な男が立っていた。
肩と腰の側面に車輪が生え、背中には横二列に並んだ八本のマフラーが生えた、半裸の男だ。
この男、奇妙な見た目で分かる通り、人間ではない。
彼は数少ない実体を持つ寄生の一人、名を足土寄生と言った。
足土は日が沈んで間も無い空を眺めながら、ひとりごちる。
「無限桃花……か、私の影を倒すとはなかなかの者。三か月後の校内マラソン大会が楽しみだ。」
乾いた空に笑い声を響かせて、足土は屋根伝いにどこかへと消えて行った。


おわり


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