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月下の魔剣~獣~
陽太が踏み込む。
椅子だ。
右足で椅子を踏み台にして、小さな体を自らの力で上昇させると、また一段。
今度は机。
左足で机に足を掛けると、ヒカルより遥かに高い位置で体勢を構えることができる。
ヒカルが構えてレイディッシュで頭部を守ろうとしたときには、既に陽太は重力を味方に付けてヒカルの眉間に照準を合わせ、
致命傷を負わせるぐらい、若しくは一生傷残るぐらいの一撃をヒカルに与えようとして飛び跳ねた。
ヒカルが構えてレイディッシュで頭部を守ろうとしたときには、既に陽太は重力を味方に付けてヒカルの眉間に照準を合わせ、
致命傷を負わせるぐらい、若しくは一生傷残るぐらいの一撃をヒカルに与えようとして飛び跳ねた。
「月の光りに焼き尽くされるがよい!白い魔犬め!」
「やめて!ばかっ」
「やめて!ばかっ」
陽太とヒカルの間を阻む小さな影。
ヒカルは目をつぶる。
陽太はレイディッシュを垂直に振り下ろした……はずだった。
手応えがない。
ヒカルは目をつぶる。
陽太はレイディッシュを垂直に振り下ろした……はずだった。
手応えがない。
ヒカルは大根を両手に身構えて、未だ二つの足で床を踏み締めていた。
生きている。
立っている。
何故?
生きている。
立っている。
何故?
陽太の背後で荒い息が聞こえる。
荵だ。
荵がヒカルの疑問を吹き飛ばした。
荵だ。
荵がヒカルの疑問を吹き飛ばした。
荵は陽太のレイディッシュを奪い、肩で息を切っていた。
ヒカルは小さな荵の姿を見て、尻尾を揺らすのを止めた。
ヒカルは小さな荵の姿を見て、尻尾を揺らすのを止めた。
「どうして……。どうして、そんなことすんの!月下のばかっ」
両手で持った大根を床と水平に、そして足の膝を垂直に上げて大根を下から膝で突き上げる。陽太が持っていたレイディッシュは、
脆くも荵によって真っ二つに折られてしまった。両手それぞれに、ただの大根と化したレイディッシュの亡きがらを持った荵は
瞳に涙を溜めていた。一人の少女の手によって誇り高き魔剣は、一介の野菜と変わり果てた。
脆くも荵によって真っ二つに折られてしまった。両手それぞれに、ただの大根と化したレイディッシュの亡きがらを持った荵は
瞳に涙を溜めていた。一人の少女の手によって誇り高き魔剣は、一介の野菜と変わり果てた。
「ヒカルくんも……、月下も……」
「わかった。ヒカルが魔犬でもなく、ネギが魔犬遣いでないことは分かった」
「わかった。ヒカルが魔犬でもなく、ネギが魔犬遣いでないことは分かった」
握りこぶしを作った陽太は、背中を荵に見せながら二人の存在を認めた。
陽太の背中は小さくとも、荵には大きく見えた。
ヒカルは大根を側の机に置いて呟いた。
陽太の背中は小さくとも、荵には大きく見えた。
ヒカルは大根を側の机に置いて呟いた。
「それでも、魔犬は校舎を徨い続けている」
その一言に陽太は揺り動かされたのか、ヒカルとの握手を求めた。
共に剣を交わした、誰にも渡すことの出来ない二人だけの契りだった。
荵は薄暗い中、シルエットとなった二人の姿を見て安心した。
共に剣を交わした、誰にも渡すことの出来ない二人だけの契りだった。
荵は薄暗い中、シルエットとなった二人の姿を見て安心した。
「ところでだ。今、何が起こっているのかは分からない。おれの世界、ヒカルの世界、ネギの世界。
それぞれの世界からやって来て、カオス的に入り混じっている。それだけは分かっているんだが」
「ぼくは図書館で寝ているうちに、この出来事に巻き込まれた。そして、迷子の因幡を捜さなきゃいけない」
「わたしは街で大きなイヌを追いかけているうちに、いつの間にかに迷い込んだ感じだよ」
それぞれの世界からやって来て、カオス的に入り混じっている。それだけは分かっているんだが」
「ぼくは図書館で寝ているうちに、この出来事に巻き込まれた。そして、迷子の因幡を捜さなきゃいけない」
「わたしは街で大きなイヌを追いかけているうちに、いつの間にかに迷い込んだ感じだよ」
三者三様、事情は違えど、何か逆らえない大きな力に巻き込まれたことは間違いない。
外はまだまだ夜の底。日を見せる時間はまだ遠い。
外はまだまだ夜の底。日を見せる時間はまだ遠い。
「おれはおれの世界に戻るには、あの禍々しき魔犬『ホワィティスト』を倒さねばならないんだ」
異様に魔犬の首を狙う陽太、この世界に飛び込んできたきっかけを知れば、陽太の言葉の意味は理解できる。
陽太が望むのは、魔犬の肉魂ではなく……血潮だ。魔犬から流れた血の海が、空間を捩曲げて入り口を創成した。
それさえあれば、戻れるかもしれない。
陽太が望むのは、魔犬の肉魂ではなく……血潮だ。魔犬から流れた血の海が、空間を捩曲げて入り口を創成した。
それさえあれば、戻れるかもしれない。
しかし、荵はそんなことを望んではいなかった。
あかねをはじめ、演劇部員たちと再会を期すことではなく、忌まわしき魔犬と言えども、それが陽太たちを地の底に
突き落とす者だとしても。荵が飛び上がるぐらい親愛を示す生き物が、叩きのめされることがどうしても我慢がいかなかったのだ。
あかねをはじめ、演劇部員たちと再会を期すことではなく、忌まわしき魔犬と言えども、それが陽太たちを地の底に
突き落とす者だとしても。荵が飛び上がるぐらい親愛を示す生き物が、叩きのめされることがどうしても我慢がいかなかったのだ。
「月下、ヒカルくん。わたしたちが元の世界に帰る方法って、他にないかなあ。だって、事実」
「ぼくや荵さんがここに来たきっかけは、月下の言う『白い魔犬』の力を借りてないよね」
「ぼくや荵さんがここに来たきっかけは、月下の言う『白い魔犬』の力を借りてないよね」
荵はヒカルから『荵さん』と初めて呼ばれたことに、荵の下腹部が疼いた。
「しかし、いちばん簡単で確実な方法はそれしか思い付かないぜ」
堂々巡りの不毛な議論。
陽太は机に転がったレイディッシュ、もとい大根を再び手にしてうろうろと教室の中を往復した。
ヒカルは教室の明かりを付け、黒板に『月下』『荵さん』そして『魔犬』と横書きで白墨で文字で書いた。
陽太は机に転がったレイディッシュ、もとい大根を再び手にしてうろうろと教室の中を往復した。
ヒカルは教室の明かりを付け、黒板に『月下』『荵さん』そして『魔犬』と横書きで白墨で文字で書いた。
「月下は魔犬を討ち取らなければならない。何故なら、魔犬の血液が月下の世界に戻るには必要だから」
「ああ。ヒカルの言うとおりだな」
「荵さんは魔犬を傷つけてはいけないと主張する」
「わん!」
「相手は話も通じない生き物。平和的な解決は望めない」
「ああ。ヒカルの言うとおりだな」
「荵さんは魔犬を傷つけてはいけないと主張する」
「わん!」
「相手は話も通じない生き物。平和的な解決は望めない」
大根でばんばんっと陽太は黒板を叩き、自分の主張を述べる。
「おれに必要なのは、力。能力さえあれば、魔犬なんか」
「その『能力』ってなに?」
「説明するぜ。あのチェンジリング・デイ以来、おれたちは不思議な力をそれぞれ身につけたんだ。おれは日が出ている間は、
『万物創造』……リ・イマジネーション。月が昇る間は『叛神罰当』……ゴッド・リベリオンを使うことが出来る」
「その『能力』ってなに?」
「説明するぜ。あのチェンジリング・デイ以来、おれたちは不思議な力をそれぞれ身につけたんだ。おれは日が出ている間は、
『万物創造』……リ・イマジネーション。月が昇る間は『叛神罰当』……ゴッド・リベリオンを使うことが出来る」
陽太はそれぞれの能力の名前を黒板に書くと、大根でばんばんっと文字を差しながら説明を始めた。
「おれは神に叛く男だ。森羅万象を支配し、誰もが恐れ戦くありとあらゆる万能の神でさえ、おれは反逆ののろしをあげてみせる。
そう。二つとも能力は違えど『ここに存在しないものを生み出す』こと自体が神へ叛くことなんだ」
そう。二つとも能力は違えど『ここに存在しないものを生み出す』こと自体が神へ叛くことなんだ」
ヒカルと荵はとりあえず、自分たちには想像のできないことが起きているとだけ理解し、陽太の話に耳を傾けていた。
大根で夜の能力・叛神罰当(ゴッド・リベリオン)の文字を指した。
大根で夜の能力・叛神罰当(ゴッド・リベリオン)の文字を指した。
「おれが手に入れた能力で、このレイディッシュを相棒にすることが出来たんだ」
「そうなんだ。今のところぼくは能力ってものを手にしているとは感じていない」
「そうなんだ。今のところぼくは能力ってものを手にしているとは感じていない」
荵もヒカルの言葉に合わせて首を縦に振った。
「もしかしたら、気がつかないうちに犬上も能力を身に着けることになるかもしれない」
「ばかな」
「ばかな」
陽太が『荵さん』と書かれた文字の左に『犬上』と名前を加えると、荵はどきっとして胸に手を当てた。
「とにかく、犬上もネギも覚醒していないうちは誰かの能力に頼らざる得ないと思うぜ。兎角、この世界では
常識が常識を超えることだってあり得るんだからな。さあ、どうする?」
「……行動あるのみ、かな」
常識が常識を超えることだってあり得るんだからな。さあ、どうする?」
「……行動あるのみ、かな」
ヒカルは即答した。
#
三人は再び校舎を徘徊する。不安と期待を抱きながら、夜の学園を歩く。
「あ……。どうしよう?月下、ヒカルくん」
三人の行く先には分かれ道。
階段を上って屋上へゆくコース、階段を降りて下の階へゆくコース。
何者かに引き寄せられるように、陽太は迷わず屋上への階段を選んだ。理由を尋ねればこう答えるだろう。
階段を上って屋上へゆくコース、階段を降りて下の階へゆくコース。
何者かに引き寄せられるように、陽太は迷わず屋上への階段を選んだ。理由を尋ねればこう答えるだろう。
「出口に向かって逃げるのは、おれの哲学に反するからな!」
一方、ヒカルは階段を下りようとしていた。荵は戸惑う。
迷子を捜している。もう一度、校舎を巡って捜してみよう。
迷子を捜している。もう一度、校舎を巡って捜してみよう。
陽太は陽太なりに、ヒカルはヒカルなりに理由を抱えていた。
荵はどうする。
荵はどうする。
「待っている人を巻き込んでまで、荵さんをこれ以上引き止める理由なんてないよ」
「そのためにも、おれに力を分けて欲しいんだ。頼むぜ、ネギ」
「そのためにも、おれに力を分けて欲しいんだ。頼むぜ、ネギ」
自分があかねたちと再会するために。
どうして、イヌと戦わなければならないのか。
なぜに、親愛なる友と鍔ぜり合いをしなければならないのか。
そして。もしかして、荵が帰るための方法に、他の可能性が残っていないのだろうか。
無知は罪なり……と、荵は呟いた。
どうして、イヌと戦わなければならないのか。
なぜに、親愛なる友と鍔ぜり合いをしなければならないのか。
そして。もしかして、荵が帰るための方法に、他の可能性が残っていないのだろうか。
無知は罪なり……と、荵は呟いた。
現実に起きているというのに、確証が得られないもどかしさが荵を苦しめる。
まるで荵は、雪山のロッジにに取り残された遭難者だ。無駄に行動を取ると、望みもしない冷たい雪が自らの体を
傷つけることとなり、かと言って策を取らなければそれはそれで、このまま居残り続けても自分を苦しめ続けるのことから逃れなれない。
まるで荵は、雪山のロッジにに取り残された遭難者だ。無駄に行動を取ると、望みもしない冷たい雪が自らの体を
傷つけることとなり、かと言って策を取らなければそれはそれで、このまま居残り続けても自分を苦しめ続けるのことから逃れなれない。
「どうしよう……」
荵が篭るロッジの扉を叩く者がいた。
彼の名は。
彼の名は。
「例え……ぼくがぼくのままで白い魔犬だったとしても、荵さんが帰ることができるならば、月下に叩きのめされてもいいよ」
「ヒカルくんっ」
「ヒカルくんっ」
陽太は「ははっ」と、ヒカルの言葉を許した。
白いイヌの目の奥を信じた荵は、胸の底を焔立つ炎で焼いていた。
荵はヒカルの今一度手首を握ると、岬陽太の後に続く決意を決めた。
荵はヒカルの今一度手首を握ると、岬陽太の後に続く決意を決めた。
「ネギを必ずやネギの世界に帰してやるからな!」
陽太はグーサインを荵の目の前で決めてみせた。
「それじゃあ、ぼくは下に」
「おれは上へ!」
「月下、荵さんを……」
「おれは上へ!」
「月下、荵さんを……」
ヒカルが階段を降りてゆく姿を焼き付けようと、いつまでもいつまでも荵はその場を離れなかった。
「わおーん!!」
暗い校内に、別れを惜しみ悔しがる声が響いた。
#
荵と別れたヒカルは、誰かから糸を引かれるように迷いなく廊下を歩き、そしてくんくんと鼻を利かせていた。
壁の匂いがちょっとづつきになるらしい。不穏な湿った空気が流れているからだという。それ故、毛並みを気にする。
行き着く先は職員棟にある保健室だった。まるで、初めからその部屋に行くことを決めていたように。
真っ暗な室内、ノックをして返事がないことを確認すると、扉を開けて足を入れる。電灯のスイッチを入れると、
部屋の異常性が改めて分かる。石鹸とシャンプーの香りが鼻をくすぐりそうな雰囲気だ。およそ学校の部屋とは思えない。
壁の匂いがちょっとづつきになるらしい。不穏な湿った空気が流れているからだという。それ故、毛並みを気にする。
行き着く先は職員棟にある保健室だった。まるで、初めからその部屋に行くことを決めていたように。
真っ暗な室内、ノックをして返事がないことを確認すると、扉を開けて足を入れる。電灯のスイッチを入れると、
部屋の異常性が改めて分かる。石鹸とシャンプーの香りが鼻をくすぐりそうな雰囲気だ。およそ学校の部屋とは思えない。
「来ないで!わたしと関わらないで!」
保健室のベッドの上、床に脱ぎ散らかしたピンクのカーディガン。緩んだ胸元のリボンとボタンからは、白い毛並みがちら見え。
メモが書かれた付箋がモニタに貼られたPCが陣取り、主を失った事務机には、学生カバンとサブバック代わりの紙袋が
幅を利かせていた。毛布に恥ずかしげに被さり、ウサギの耳が飛び出ていた。伺うように、メガネ越しの目がヒカルの方を覗き見る。
ボブショートの髪は毛布に絡み、お年頃の女の子だというのに乱雑さを隠せなかった。
メモが書かれた付箋がモニタに貼られたPCが陣取り、主を失った事務机には、学生カバンとサブバック代わりの紙袋が
幅を利かせていた。毛布に恥ずかしげに被さり、ウサギの耳が飛び出ていた。伺うように、メガネ越しの目がヒカルの方を覗き見る。
ボブショートの髪は毛布に絡み、お年頃の女の子だというのに乱雑さを隠せなかった。
「犬上、来ないで」
「……」
「もう、誰も泣かしたくないから!」
「……」
「もう、誰も泣かしたくないから!」
イヌに追い詰められた(と、思い込んでいる)ウサギの怯え方は異常だった。
おもむろに近付くヒカルに、ウサギは手元の枕を投げつけた。
ヒカルの腰に当たり、跳ね返った枕が事務机の上の学生カバンに当たり、ウサギのパスケースがぶらりと垂れた。
おもむろに近付くヒカルに、ウサギは手元の枕を投げつけた。
ヒカルの腰に当たり、跳ね返った枕が事務机の上の学生カバンに当たり、ウサギのパスケースがぶらりと垂れた。
『イナバ リオ』
定期券に書かれた名前の娘は、膝を抱えてベッドに転がっていた。
#
つづく。