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魔剣とロミオ

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魔剣とロミオ

作者:わんこ ◆TC02kfS2Q2

 「ロミオよロミオ。どうしてあなたはロミオなの?」

 バルコニーを模した学園の講堂のステージの上から黒咲あかねがセリフを口にすると、まるでジュリエットが乗り移ったかのように
周りを圧倒した。制服姿のあかねが華麗なるドレスを纏っているように周りの者たちは語るだろう。長いみどりの黒髪と長い脚を包む
黒いストッキングは蔭りなき闇夜が舞い降りたように美しく光っていた。

 ジュリエットを庭先で迎えに来た一人の少年。幼い頃から無鉄砲で無茶ばかりしてきた、と、かの文章から引用してもさほど違わぬ
少年・ロミオ。天界から女神が舞い降りた。さあ、魑魅魍魎、妖怪跋扈する地上へ。あかね……いや、ジュリエットは勇気ある少年の
返答を待ち焦がれた。

 「おれは……、おれは天に叛く男だぜ!両家が血を望むことが天の欲するところなら、おれはソイツに叛いてやるぜ!」
 「……続けて!」
 「貴族の名を騙った組織、はたまた魔王だな。ヒロインを救う勇者は何者にも恐れないぜ!おれには悪魔的な強さを誇る魔剣が
  味方についているんだからな!それにおれは、おれはな!姫の笑顔が見たいだけなんだ。それ以外に望みはしない」
 「岬くん!そこまで!」

 あかねはかしわ手打って、劇の稽古を中断させた。初めて演技をするとはいえ、演劇部の練習で誰にも引けをとらない岬陽太は剣を
構える振りをした。あかねは少年の天然というべきか、天から享受された才能というべきか、強いハートに心打たれていた。

 ある日、世界が割れた。世界の割れ目から世界がにょきっと踏み入れて、支配と被支配が繰り返された。そんな危機的状況のなか、
仁科学園演劇部は演劇発表会を企画した。誰が書いたか知らないけれど「こんなときこそ、演劇の力だよ」と、演劇部の大学ノートの
台本にでかでかとイヌの足跡のサイン共々凛々しいぐらいの肉厚にて筆ペンで書かれていた。

 ハンドタオルを首に掛け、スポーツドリンクを飲んでいるあかねの元に、岬陽太はステージ下から跳び上がる。
 あかねは少しびくっとして、ドリンクを口から零す。

 「なんかさ、バトルとかねーの?この劇」
 「バトル。闘いですか?」
 「そうさ!血沸き肉躍るおれは闘いによって積み重ねられ、そしてこの世の歴史を刻む男なんだぜ!」
 「ないことはないですっ。両家の若人の決闘シーンもありますし。多分、それを見込んで久遠は岬くんを選んだと思うけど」
 「じゃあ、バトルやろうぜ!バトル!世界を支配する名家どもを魔剣の錆にしてやるぜ!」

 はたして陽太はロミオとジュリエットの世界観を把握しているのかどうかと、あかねは不安げに少年の目を微妙に逸らしながら見つめた。
 あかねは年下の男子と対で話すことに慣れていなかった。いわんや厨二病に罹患した挙句の果てに拗らせた重症の患者をや。
なので、敬語で精一杯の対応をしてみるものの、果たしてそれが正しいのかあかねには判断しかねるものだった。

 「あかね。どんな話だっけ?」

 呼び捨てされて、あかねは少しムッとした。内容を知らなかったことよりもという理由だが、顔色変えずにあかねは説明を始めた。

 名門・キャピュレット家、モンタギュー家それぞれの子のロミオとジュリエット。仲たがいをしていた両家にも関わらず二人は
許されぬ恋に落ち、誰からを傷つけ、苦しんで、ジュリエットは僧侶に相談をした。そして、飲めば仮死状態になる薬を手に入れた
ジュリエットは開けることのならない箱を開けるように、一気に飲み干し、さも命を落としたように見せかけた。両親が後悔するだろうと
考えた結果だが、誤算だった。ジュリエットの動かぬ体を目にしたロミオは自ら命を絶ち……。

 「息を吹き返したジュリエットも後を追うんですっ。台本、ちゃんと読んだんですか?」
 「一応な」
 「久遠が書いたんだから、しっかり読んで下さい!」
 「久遠?」
 「演劇部の同級ですっ。本を書かせたら凄いんですっ」

 スポーツドリンクを再び口にしながら、あかねは横目で少年を叱った。


 「あかねさあ。これ、『シェークスピアの四大悲劇』って言うんだろ?抜き差しならないこの状況下でこんな演目でいいのか?」
 「え?」
 「世界が揺らいでるっていうのにさ」

 恥ずかしそうに台本を握り締めて、あかねは陽太の問いに答えた。

 「久遠が言うんですっ。『基本悲劇だけど、希望の光が見えるんだよ』って」


      #


 発表会当日。舞台となる講堂は人で埋め尽くされていた。
 吉と出るか、凶と出るか。のるかそるか。

 人々を敬愛なる目で見れば我が子の初陣を見守る当主のよう。陽太にとって初めての舞台と言うから、誰もが目を輝かせて席に
ついていた。それはそれは楽しみだろう。しかし、人は全てが善人ではないのは世の常だった。
 人々を邪悪な目で見れば土砂降りの中で誰かに踏まれ、泥だらけになった人を見に来るよう。素人の陽太が初舞台を踏むと言うから、
誰もが目を輝かせて席についていた。それはそれは見ものだろう。

 しかし。作品は裏切りで出来ている。それを体言するかのような舞台だった。舞台は恙無く進み、誰もの心を掴んだ。

 あかねの演技も本物のジュリエットよりもジュリエットであった。陽太のバトルも圧巻だった。そして、ラストのシーン。
悲劇の姫が飲んだ毒薬の効き目が切れ、ジュリエットの命が尽きたと信じ込んだロミオが斃れている姿を発見したラストカット。
 暗闇の中で斃れたロミオに明かりが当たり、やがて日が昇るようにゆっくりと上がると絶望の淵に取り残されるジュリエットの姿が
人々の目を奪っていた。涙ながらにジュリエットはセリフを進める。

 「どうして、どうして。わたしが悪かったんでしょうか。人を欺くことがいかに罪深いことかと今更知った愚か者です」

 短剣を持ったジュリエットは自らの喉に突き刺そうとした刹那、もう一つのスポットライトが舞台袖に開く。
 そこには斃れていたはずのロミオの……幽霊だった。足元は暗く、存在するのなら黄泉の国から降臨してきたよう。

 「待て!その剣を降ろせ!」

 陽太、いやロミオは紅顔していた。

 「一度でもおれを愛した者ならば分かるだろう。おれは神に叛く者だ。神が雨を降らすなら、おれは満天の星空を仰ぎ見るつもりだ。
  でも、おれは……過ちなのか、神になってしまった。このおれとしたことか、死ぬべきでなかった。しかし、運命は変えられぬ。
  恥じても恥じても取り返せない日々。でも、足踏みしても仕方がないよな。ジュリエットよ、お前はどうしてジュリエットなのか?
  お前なら分かるだろ。お前も神に叛く者ならば、神に叛くことを受け継ぐ者ならば、おれは言おう。神は一度しか言わないからな」

 講堂はロミオ、いや陽太にだけのものとなり、人々は視線を注いだ。もはや、誰もみな意地悪く人を裏返しに見る目ではなかった。
 最後の言葉でステージは暗転し舞台は幕を閉じた。

 「ジュリエット。早くこっちに来いよ」


      おしまい。



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