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閉鎖都市のクリスマス

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閉鎖都市のクリスマス




この世には、ヘンクツと呼ばれる人たちがいます。
大抵は人と接することを嫌い、自分だけの世界で暮らしている人の事をそう呼ぶ
らしいのです。例えば、ゴキブリの標本を作ることに命をかけ、家族の嘆きも
なんのその、家中を不気味な標本箱で埋め尽くして近所から『ゴキブリ御殿』
と呼ばれても一向に意に介さない人がいます。

あまりの悪趣味に妻と子供が出て行っても、これ幸いと生きたゴキブリの飼育を
始める始末。ところがこういったヘンクツ者は、一般人が出来ないことを異常な
情熱を持って行うので、意外と重要な発見をしている場合があります。
彼が死んで遺品を整理しようとすると、それこそ世界中のゴキブリの標本が現れ、
独自の見事な体系で分類までされており、有名大学から是非譲って欲しいなどと
申し入れがあったりします。すると生前、彼をバカにしていた人たちまで
『わが町の誇り、ゴキブリ博士』などと尊敬したりするのです。
勝手なものですね、人間って。

さて、この物語の主人公であるユータの住む町にもヘンクツ者が住んでいました。
ユータも名前は知らず、『ハカセ』と呼んでいました。独り者の70歳くらいの
おじいさんで、若い頃は大学で難しい研究をしていたそうです。それが今は家の
表札の代わりに『超時空研究所』という怪しい看板を掲げ、門扉には『関係者以外
立ち入りを禁ず』と大書してあって、近所からは押しも押されぬヘンクツ者として
扱われておりました。
念のために言っておきますが、今は西暦2009年の初冬です。日本中で超時空など
真面目に研究しているのはこのハカセだけだと思われます。

ユータはたった一人、ここへ立ち入りを許可された関係者でした。ユータは夏の
終わりにこの町に引っ越してきた小学4年生です。二学期が始まって2ヶ月が経ち
ましたが、おとなしくて本ばかり読んでいる性格からかまだ友達が出来ず、学校
からの帰り道の公園で寂しそうに一人遊ぶのが日課になっていました。両親とも
夕方6時頃まで帰ってこないので、家に帰ってももっと寂しくなってしまうためです。

ハカセは子供といえども滅多に心を開かぬヘンクツ者ですが、ある夕方にブランコ
に揺られながら泣いているユータを見て、珍しいことに「大丈夫かね」と声をかけ
ました。ユータは友達が出来ず家に帰っても誰もいない事が、深まる秋の夕日を
見るにつけ、どうしようもなく悲しくなって泣いていたのです。

話を聞いたハカセは、一人ぼっちでいるユータに自分の姿を重ね合わせたのかも
知れません。

「よし、うちへおいで。面白いものを見せてやろう」

そういうと、ハカセはユータを十数年ぶりの客として家に招きました。

そこでユータが見たものは、無数の計器がついた複雑極まりない機械でした。
奇妙な機械ですが重厚な質感を備えており、小学生のユータにもこれが適当に
作られた子供だましのハリボテでないことは分かりました

「これは何なの?」大好きな空想科学の本の世界へ迷いこんだような興奮を覚え
ながらユータは聞きました。

「これこそ超時空移動装置、俗にいうところのタイムマシンじゃ」と、ハカセは
得意そうに言いました。

「ええっ、これで未来に行ったことがあるの?」

ユータは心底おどろいて聞き返しました。ユータは未来がどんな世界か空想する
ことがよくありました。きっと、空飛ぶ車やロボットが居て、遊びには事欠かず
楽しい世界が待っているに違いありません。ところが、ハカセの答えはちょっと
がっかりするものでした。

「いや、これはまだ完成しておらん。年末までには完成する予定じゃが」

「ねえ、おじさん、ぼく時々これ見に来ていい? これが完成したら、一緒にぼくを
乗せてくれないかな?」

「おじさんじゃなくて、ハカセと呼びなさい。成功したらもちろんお前を乗せてやる」

こうして、ユータとハカセは奇妙な友達になったのです。

ユータはほとんど毎日、ハカセの研究所へ通いました。初めて出会ってから2ヶ月
が経ち、クリスマスが近づいていました。タイムマシンは日を追うごとにさらに
複雑極まりなく部品が取り付けられていきました。

いよいよクリスマスイブになりました。友達のパーティにも誘われず、両親は相変
らず帰宅の遅いユータは、やっぱりハカセの研究所に遊びに行っていました。

「いよいよ完成じゃ、ユータ。ワシはついに世界で一番最初にタイムマシンを作り
上げたのじゃ!」

「すごいや、ハカセ! それでどこへ行くの?」

「うむ、今まで話さなかったが、遠く未来に『閉鎖都市』というものがあるらしい。
実験の途中でたまたま未来からの通信を受信したことがあってな。そこへ行こうと思う」

「閉鎖都市ってどんなところなの?」

「人が完全に他の人間から離れて暮らせる世界じゃ」

「ええっ?」ユータにはそれがどんな世界か想像もつきませんでした。

「そこではあらゆるものが閉鎖されておる。なにしろ学校も、役所も、スーパー
マーケットも、全部閉鎖されておるのだ」

「そんなの不便だよ」ユータにはわけが分かりませんでした。

「いや、ワシのようなヘンクツ者には天国のような世界じゃよ。ややこしい他人
とのかかわりを一切せずに、それでも不思議に暮らしていけるらしい」

「そんなの寂しいよ。誰とも会えないなんて」

「お前にはそうじゃろう。それが当たり前じゃ」と、ハカセは笑いながら言いました。
「どうしてそんなところへ行きたいの?」ユータはハカセがそんな寂しいところへ
行ってしまうのが悲しくなりました。

「この世界でもワシは誰ともつきあわず暮らしてきた。だが、世間の目はそういう
人間に冷たい。変わり者とかヘンクツとか呼んで気味悪がる。気にしていない
つもりだったが、そういう連中が周りにいる事自体がうっとうしいのでな」

「ハカセはヘンクツじゃないよ。ぼくにはやさしかったじゃないか!」

ハカセはその言葉を聞くと、声を落として言いました。
「ワシはその事を時々後悔している。お前を巻き込んでしまったために、お前まで
周りから変わりもの扱いされているのではないかとな。今日はクリスマスイブじゃ。
子供は友達とパーティをして楽しく過ごす日じゃ。それをこんなワシの研究に
つきあわせてしまって……」ハカセは言葉につまりました。

「そんなことないよ! タイムマシンを見られるなんて、最高のクリスマスプレゼント
だよ!」ユータは心からそう思っていましたし、ハカセを友達と思っていました。

「すまん、すまん……。ワシの身勝手から……」

ハカセは何度もユータにあやまりました。その目からはとめどもなく涙が流れ出ました。

「ハカセ、ぼくはとても楽しかったよ。どうして泣くの?」ユータはハカセがとても
弱々しく見えて、自分まで悲しくなってしまいました。

「うむ、そうじゃな。お前が楽しんでくれたなら、それはそれで良かったのかも知れん。
ワシは閉鎖都市へ行くが、お前はこの世界に残って友達を作って子供らしく遊びなさい。
だから一緒に乗るという約束は無しじゃ」

「ええっ、そんなあ!」

「お前にそんな世界を見せたくないのじゃ。わかってくれ」

「もう二度と会えないの? ぼく、また一人ぼっちだよ」ハカセが遠くへ行ってしまう。
そう考えると、ユータの目からも熱い涙がこぼれました。ハカセは少し悩んでいましたが、
ポケットを探りながら言いました。
「会うことは出来ないが、お前はワシのたった一人の友達じゃからな。これを預けておく」
ハカセは携帯電話をユータに渡しました。

「これは……?」

「見ての通り電話じゃ。もしワシが無事に閉鎖都市についたら、これで話をすることが
出来る。他人とは係わり合いたくないが、お前は別じゃ。たまには電話をしてきておくれ。
ではさらばじゃ」

そういうと、ハカセはタイムマシンに乗り込みました。
機械が低く唸り、周りの空間が一瞬歪んだ気がしました。
機械の唸り声が高まるなか、ユータは「待ってー!」と叫びましたが声は機械の音に
かき消されてしまいました。周りが静かになったとき、タイムマシンの中からハカセの
姿は消えていました。

ユータはふと気付いて携帯電話をかけてみましたが「おかけになった番号は現在電波の
届かない場所にあります」とむなしい返事が返ってくるだけでした。

研究所の外へ出るともう夕闇が迫っておりました。ユータはクリスマスイブの町を
とぼとぼと家路につきました。商店街から聞こえるジングルベルの賑やかな音は、
閉鎖都市へ旅立ったハカセにはもう聞こえることはないのでしょう。そう考えたユータ
はくるりと振り返ると、元来た道を研究所に向かって走り出したのでした。

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