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ゴミ箱の中の子供達 第7話

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mintsuku

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ゴミ箱の中の子供達 第7話


 かつてのクラブ"ロッベナイランド"襲撃任務をゲオルグは恐怖とともに迎えた。ワンボックスバンの中
でめったに使うことのないロケットランチャーを担ぎながら、状況開始とともに始まる激しい銃撃戦を想像
したゲオルグの心は恐怖に打ち震えていた。
 だが、指揮官として部下の前で身を震わせるわけには行かなかったゲオルグは代わりに無理やり頬
を吊り上げて笑った。この臆病者め。任務開始を怖れる自分をゲオルグは全身全霊を掛けて嘲笑い、
罵った。心の奥で存在感を放つ恐怖にあらん限りの罵声を投げかける。嘲りの重りをくくり付けてようやく
恐怖を心の奥底に沈めることができたのだ。ゲオルグはいつもこうやって自らを罵倒しながら震えそうな
身体をようやくこらえていた。
 任務終了後もゲオルグは息をつくことができなかった。銃口から迸る硝煙に、高温の鉛塊によって
焦げる肉の臭い、穿たれた傷跡から立ち上るむっとした血の香り。戦場の芳香は幾度となくフラッシュ
バックしてはゲオルグの安寧を奪った。
 嘲りとともに心の奥に沈めた恐怖は爪の音を立てながら、ゆっくりと着実に心の深淵を這い上がる。
惨劇への焦燥にゲオルグの心は緩慢に、されど確実に追い詰められつつあった。
 だが、ゲオルグに迫る恐怖は、アップルティーの芳香とともに溶けて形をなくしていく。ゲオルグを追い
回していた焦燥は子供達の笑い声の中にかき消されて行く。全ての癒しは聖ニコライ孤児院にあった。
 聖ニコライ孤児院の食堂で、姉とともにアップルティーを楽しみながら、ゲオルグはつかの間の安らぎ
のひと時を楽しんでいた。
 不定期にカップに口をつけながら、ゲオルグはぼんやりと外を眺めていた。ガラス戸の向こうの前庭
では、孤児院の子供達が思い思いの遊びに興じている。庭の中心では腕白な子供達がボール遊びに
興じている。端の方に設置された遊具では、皆が順番を守ってを楽しんでいる。庭の片隅の大きな銀杏
の木の下では、少女たちが小屋の掃除のために一時放たれたウサギと戯れている。なんと牧歌的な
光景なのだろうか。
 子供達の楽しげな笑い声を聞きながら、ゲオルグは心が癒されていくのを感じていた。

「ねえゲオルグ」

 外を眺めていたゲオルグを姉のイレアナが呼んだ。会話の始まりの合図だ。恐らくは他愛もない、傍
から見ればつまらない話なのだろうが、姉との語らいもまたゲオルグにとっては重要な癒しだ。ゲオルグ
は持ち上げた顔を机の対面に座るイレアナに向けた。

「この間ちょっとした買い物のために外に出たんだけど、そうしたら変な宗教の人に捕まっちゃったの」
「宗教?」
「コンピュータなんとかって言う、よく覚えてないの、ごめんね」

 宗教の癖にやけに科学的な単語が入っている。だが、この名前どこかで聞いた覚えがあるような。
 特徴的な名前を手がかりにゲオルグは記憶を探索する。すぐに当たりが見つかった。

「救世コンピュータ教会?」

 そうそれ、と指をさしてイレアナは肯定する。その言葉を聞きながらゲオルグは救世コンピュータ教会
の伝道師と出会ったときのことを思い出していた。
 任務終了、といっても血を伴う襲撃任務ではなく、詰め所で書類仕事片手に非常召集をひたすら待つ
だけの待機任務を終えた帰り道のことだった。
 突然ゲオルグの目の前に白いオーバーオールを着た初老の男が現れて言った。

「ちょっとそこの市民、あなたは幸福ですか?」

 自分は幸福なのか。突然の不躾な質問にもかかわらずゲオルグが生真面目にも考え始めたのが
悪かった。戸惑うゲオルグに脈ありと判断したらしいオーバーオールの男は、ぺらぺらと喋り始めた。

「私は救世コンピュータ教会の者です。この閉鎖都市では多くの人が自分達に降りかかる不幸を嘆き
 悲しんでおります。なぜ不幸になるのか。なぜ一握りの人間しか幸せになれないのか。それは一重に
 人間の不完全さにあります。そこで、完全な知性をお持ちのコンピュータ様に指示を伺って初めて人
 は皆幸福になれるのです。つまりこれは――」

 とどまることの無い言葉の洪水に、ようやくゲオルグは合点がいった。宗教の人だと。
 もとより無神論者であったゲオルグは伝道師の言葉をさえぎるように、興味ない、という台詞を突き
つけた。冷たい口調に言葉を止めた伝道師の脇をゲオルグはすり抜ける。幸いにも伝道師は後を追って
はこなかった。
 だが、早足に歩を進めて、伝道師の姿が見えないところまで歩いてもなお、ゲオルグの胸には伝道師
の言葉がしこりのように残って自己主張していた。
 自分は幸福なのか。死と隣り合わせの襲撃任務を毎度の如く恐怖し、自らが作り出した凄惨な場面に
毎夜の如く苛まれ、それでもなお自分は幸福だというのか。自問するが、答えは出ない。じわりじわりと
心の奥底で地下水がたまっていくような暗く冷たい感覚をゲオルグは感じた。
 思い出したその感覚を努めて顔に出さないようにしながらゲオルグはイレアナの言葉を聞いていた。
話を聞くにどうやらイレアナは無視を決め込んで退散したらしい。とくにこれといってオチのない話では
あったが共感する部分はいくらかあったゲオルグは適当に相槌を返していた。
 一通り話を終えたところでイレアナがおずおずとたずねてきた。

「ねえゲオルグ、ゲオルグは今、幸せ?」

 自分は幸福か?
 あのとき答えられなかった質問をイレアナが投げかける。どきりとした心臓に、冷たい気持ちが反応
して自己主張した。
 だが、イレアナを見ていれば、答えは考えるまでも無かった。ゲオルグは即答した。

「幸せだよ」

 思えば簡単なことであった。アレックスがいて、"子供達"の兄弟がいて、孤児院の弟妹がいて、姉の
イレアナがいる。自分達を慕う人がこんなにもいて、そして彼らは皆笑顔を見せている。これを幸福と
呼ばずなんと呼ぼうか。

「良かった。私も幸せだよゲオルグ」

 ゲオルグの答えに花が咲いたようにイレアナは微笑んだ。その笑顔の前に、心を侵していた冷たい
気持ちはたちまちの内に霧散した。
 お茶会は続き、食堂の中は穏やかな空気で満たされていく。その最中、突如として賑やかな声が食堂
に木霊した。

「あっ、ゲオルグお兄ちゃんだ」

 その爛漫とした声にゲオルグが首を向ければ、食堂の入り口にハイスクールの制服に身を包んだ1組
の男女が佇んでいる。

「モニカとドラギーチじゃないか。お前達学校はどうした」
「今日は試験だから午後は休みなんだ」

 ゲオルグの問いかけに、モニカと呼ばれた女性が駆け寄りながら答えた。ぱたぱたと鳴らされるスリッパ
に合わせて、柔らかいウェーブを帯びたボブカットが揺れる。
 机に到着したモニカはそのままイレアナに顔を寄せる。

「ねえねえお姉ちゃん、ブクリエのケーキ、まだ残ってる?」
「ええ、まだ冷蔵庫の中に残ってるわよ」
「やったー。あたしあそこのケーキ大好きなんだー」

 ケーキが残っていることに喜ぶモニカは二度三度小さく跳躍した。その度にひらひらと髪の毛やスカート
が舞い上がる。彼女の爛漫な行動にゲオルグはそろそろ年相応の落ち着きを持ってほしいと思うのだった。

「ドラギーチも食べるよね」

 踵を返して厨房に向かったモニカは、顔だけを食堂の入り口に向けて、そこに依然として佇んだままの
ドラギーチに話を向けた。
 茶会の人数が増えることを予期して、ゲオルグはカップの皿を少しだけ端に寄せる。イレアナも同様
にカップとともに端に寄った。
 だが、返ってきた言葉は、皆の予想とはあまりにもかけ離れた、刺々しいものだった。

「いらない」
「へ?」

 想定外の言葉にモニカは歩を止める。ゲオルグとイレアナは自分の耳を疑うように眉を上げた。
 食堂の入り口で立ち尽くしたままのドラギーチは、まるで自分と他者を隔てていた殻が割られて気に
入らないかのように顔を伏せている。彼の押し黙った口に合わせるように不愉快な沈黙が食堂に沈着
した。
 居心地の悪さを察知したのかドラギーチが再度口を開いた。

「部屋で勉強しているから」

 台詞はそれだけだった。吐き捨てるようにドラギーチは呟くと、モニカを、次いでゲオルグを一瞥して、
不機嫌そうな足取りで食堂から出て行った。全てが終わり、遠ざかっていくドラギーチの足音が聞こえ
なくなったころ、ようやくモニカが呟いた。

「なんなのよ……」

 ドラギーチの意図が分からないと言いたげに、モニカは唇を尖らせた。

「まあ、試験の手ごたえでも悪かったんじゃないか」

 そんなモニカをゲオルグはつとめて穏やかになだめた。不満げにぶつぶつと呟くモニカをゲオルグは
ケーキを餌に励まして、ドラギーチを忘れるように仕向ける。
  ゲオルグはドラギーチの拒絶の理由が分かっていた。一瞥したときに一瞬だけ見せたその瞳で
ゲオルグは理解したのだ。
 ドラギーチのゲオルグに対するその瞳は侮蔑に満ち溢れていた。どぶを這い回るゴキブリを睨むような、
軽蔑の眼差しだった。
 だが、その眼差しををゲオルグは気になどしていなかった。むしろそれはゲオルグにとってある意味で
望んでいることでもあったからだ。
 恐らくドラギーチはゲオルグ達の仕事を知っているのだろう。廃民街の裏側で血と硝煙にまみれながら
殺戮を振りまくこの仕事を。"偉大な父"が必要とすればいかなる非道をも実行する無慈悲な生業を。
全てを知って、ドラギーチは軽蔑しているのだ。
 それでいい、とゲオルグは考える。"子供達"の世界は欲望に溢れた暗い日陰の世界だ。そんな所
にいる人間を軽蔑せずして何を軽蔑しろというのか。軽蔑とは拒絶の現れてであり、ドラギーチはこの
日陰の世界を嫌がっているのだ。それは堅気の世界への第一歩だ。へたに尊敬されて、日陰の世界
に憧れを抱くよりもずっといいのだ。
 それでいい、自分に言い聞かせるようにゲオルグは再度思った。それでいい、自分の中の素直な感情、
彼に嫌われたという悲しさを覆い隠すようにもう一度。
 ほどなく、アレックスとポープが掃除を終えて食堂にやってきた。何も知らない二人の明朗さに、この
場を包んでいたわだかまりはたちまち雲散したのだった。


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