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白狐と青年 第2話

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白狐と青年 第2話




 坂上匠が居候している大阪圏辺境の集落にある道場。
 その離れの一室で彼は普段生活させてもらっているのだが、今、その離れは客を迎えていた。
「久しぶりだのう匠君」
 畳に胡坐をかいて元気そうでなにより。と言うのは煙管を咥えた白衣の老人だ。
「平賀のじいさんも元気そうでなによりだ」
 匠も笑顔で受け答えをしている。
 平賀は匠の言葉を受けて手をブンブン振り、
「これがけっこう≪魔素≫やら≪魔法≫やら災害以前の技術の研究やらが忙しくてのぅ、わしゃしんどいわい」
 そう言うと、ホレ、と傍らに置いてあったザックから先端が覗いていた袱紗を匠に差し出した。
 匠が袱紗を開くと中には二メートル程の長さの金属製の棒が入っており、
「あずかっとった魔棒、名はやっぱりマーボ――」
「ありがとぉっ! 助かる!」
 あまりの命名センスに気がついたら匠は言葉をかぶせていた。
「……それにしてもトンボで異形に挑むとはまた無茶な」
 平賀が言葉を潰されたことに若干不満そうな顔をしながら小言を言う。
「しっかり働いておかないと今度は大阪圏から追い出されそうだからなー」
 クズハに何度も注意されたよと苦笑いしながら匠。その声に応えるように男の声がかかった。
「――しっかり働いてるっていう偽証くらいならウチの番兵がするんだがな」
 その言葉と共に部屋に入ってきたのは短い黒髪を刈り込んだ精悍な顔つきの壮年の男。匠はそれを見て、
「門谷隊長」
「おう、坂上。兵舎への挨拶も終わったんで平賀の爺さんのお守りついでに顔見にきてやったぞ」
 門谷と呼ばれた男は凄みのある笑みで言う。
「あー、お疲れさんです。大変でしょう? この人と居ると」
 門谷は匠の言葉に深く、深く頷く。
 少し遠いものを見る目をして、
「なんなんだろうな、俺はこんなのが魔法体系を確立した五人の内の一人で、あまつさえいろんなところで重要人物扱いを受けているという事にひどい違和感を感じたよ」
「そうでしょうね」
 匠も深く頷く。それを見ていた平賀は、よよよ、と泣き崩れるふりをして、
「匠君、養父であるところのわしにそんなこと言っちゃうのかな!?」
「いや、ほら、身内には厳しく?」
 匠が答えると、平賀は今度はハンカチを取り出して「どこで教育を間違ったんだろうかのぅ」と目元を抑えながら言う。
 それらを無視してそんなことより、と門谷が匠に鋭い視線を向ける。
「聞いたぞ匠、あまり無茶しようとするなよ? 俺たち和泉の自警団はお前に第二次掃討作戦の時に信太の森で救われてから多大な恩があるんだぞ? 返させないまま死ぬ気か?」
 ……またですかー。
 会う人会う人にいろいろ言われるな。と思いつつ匠は不機嫌そうな顔の門谷を視界の端に収め、
「いや、一応トンボで全然いける予定だった……んだけ、ど」
「実際攻撃食らうところだったんじゃねえか」
 目を逸らしながら言った言葉は簡単に切って捨てられた。
「アレくらいなら気合いでどうにかなってた」
「お前は――」
 開き直った匠に身を乗り出した門谷は、しかし盛大にため息を吐いた。
 平賀はそれを見て、はははと笑いながら、
「信太の森というと、クズハ君を拾ってきた時のことだの?」
「ん、そうそう」
 匠は頷き、
「第二次掃討作戦、つまりは異形出現地域の封印戦で信太の森から湧いて出る異形の掃討・封印作業をしてたらいつの間にか異形に囲まれてて……」
「で、俺が涙を呑んで副長――坂上を異形の足止めにして敵ん中に突っ込んどいたんだよな」
「俺が残るって言ったら最後まで止めようとしてたのは門谷隊長だけどな」
 言われて門谷は気まずそうに咳払い一つ、匠を小突いて、まあ、そんなわけで。と話を続ける。
「いつまでたっても帰ってこないから、こりゃあ永久欠番かなー。と考えていたらこいつ、ボッロボロになりながら異形の娘を抱えて戻ってきやがったんだよ」
「その異形の娘がクズハ君か」
 平賀の言葉に匠と門谷は頷く。
「それから負傷を理由にあの娘ごと一度平賀の爺さんの所に帰ったんだな。
 しかもそのまま自警団を辞めやがって、俺たちは皆揃って驚いたわけだが」
「いつの間にか英雄扱いされてて俺もビビった」
 匠はそう言うとジト目を門谷に向ける。
「異形の子は目を覚ましてみれば記憶を失ってて何も覚えてなくてな。あわよくば何か異形の情報でも聞けないかと思ったんだけどな。名前も忘れていたようだから俺がクズハと名付けてそのまま平賀のじいさんの所で生活していたわけだ。
 それで万事解決ならよかったんだが、一年くらい経って自治組織の上の連中に異形を匿っているのがばれちまった」
 ちなみに自警団を辞めたのはこのタイミングな。と匠は門谷に告げ、話を続ける。
「大阪圏から追放されるかなーとか思ってたら自警団の皆が口をきいてくれたんだよな」
 いや、感謝感謝。と門谷を拝む匠に門谷は、「そりゃまあ恩返しとかあるしな」と言って返す。
 そしてまた不機嫌な顔で愚痴を言う。
「にしても上の腑抜け共は」
「そりゃまあ、しょうがない。信太の森の異形の元締めは巨大な狐だったんだし、クズハの耳と尻尾は恐怖ポイントでしょうよ」
 苦笑いで門谷に言う匠。その言葉に答えるように、
「まったく、萌えポイントなのにのぅ」
 平賀が重々しく言った。
「ハイハイソウデスネ」
 適当に答えて匠は門谷に笑顔を向ける。
「おかげさまで追い出されずに今はここで用心棒って名目でのんびりさせてもらってるよ。道場の人にゃあ世話かけるけどね」
 そうかい、と門谷は頷く。
 そして匠に半目を向け、
「しかし坂上、お前アレだな? まさかの光源氏計画を進行中っていう」
 言葉の途中で匠は立ち上がって叫んだ。
「どこのどいつだ!? んなこと言うのは!?」
 まあまあ落ち着け。そう言って匠を座らせると門谷は指折り数え、
「番兵とか道行く人々とか道場の師範夫妻とか……」
「嫌な認識が広まってる!?」
 匠が叫んだとき、襖の向こうで声がした。
「失礼します」
 そう言って部屋入ってきたのは狩衣に銀髪、耳と尻尾を生やして湯呑を盆に載せた――
「クズハ君」
 何かと話題に上っていた異形の少女だった。
「お久しぶりです。平賀さん、隊長さん」
 クズハは笑顔で二人に深々と頭を下げて挨拶する。
「んむんむ、半年ぶりくらいかな」
 目を細めた笑顔でクズハを迎える平賀。
「坂上にいじめられてないか?」
「なにか調教のようなものを受けた覚えはないかな?」
「いえ、そんな……ちょうきょう?」
 門谷の言葉と平賀の妄言に笑って答えながらクズハは盆に載せた湯呑を三人に差し出す。
「おお、いただこう……。どれ、クズハ君に持ってきた新兵器をお披露目しようかの」
 茶を一口啜って平賀がそんなことを言いだした。
「え?」
「新兵器?」
 ……これでもクズハは≪魔素≫の扱いに長けている。こと≪魔法≫においては右に出る者がいない程の腕前なんだが……。
 そんな彼女に何か新兵器などいるのだろうか? いや、接近戦用の武具か?
 匠がそう思っていると、
「じゃーん!」
 そう口からセルフで効果音を出し、傍らに放置されていたザックに手を突っ込み平賀が取り出してきたのは、
「『エ……エレキ、キテルノ!!』」
「………………」
 叫ばれた言葉と共についと差し出されてきたのはティッシュ箱程の大きさの、木製の外付けハンドルが付いた箱だった。
「エレキ、テル?」
「のんのん、」
 クズハの疑問混じりの言葉ににちっ、ちっ、と平賀は指を振って、
「もっと切なそうに、こう、『エ……エレキ、キテルノ』って、気持ちひらがな表記で、さあっ! クズハたん、カモン――ブフォッ!?」
 気がつくと匠は受け取ったばかりの魔棒で平賀を殴っていた。
「い、痛いじゃないかね!?」
「痛いのは手前だ爺っ!」
「とりあえずこれはぶっ壊しておくからな」
 説教を始めた門谷を見つつ、匠は棒を更に振って用途不明の謎の物体を叩き潰す。
「え……と?」
「クズハちゃんは気にしなくていいぞ」
 目の前で一体何が起こったのかいまいち理解していないクズハに門谷が言い聞かせる。平賀は念入りに物体を破壊している匠を見て嘘泣きしながら、
「何度でも、何度でも蘇らせて見せようぞ……!」
「何を無駄に熱い決意してんですか」
 呆れたように匠が言うと、平賀は人差し指で畳をなぞりながら、
「だってー匠君だけずるいんだもーん」
「ずるい、ですか?」
 問うクズハに平賀は、うん。と女の子座りで頷き、
「だってー、クズハ君匠君に懐いてるしー、二人ともなかなか帰ってきてくれないしー」
 語尾を伸ばす平賀。男二人は引いていたがクズハは言葉を額面通りに受け取り、
「すみません」
 申し訳なさそうに頭を下げた。
「気持ち悪い喋り方をせんでください」
「まったくだ。クズハちゃんもその爺の怪しい行動に反応してもいいんだからな?」
 ひたすら頭を下げているクズハを不憫に思った二人がフォローを入れ始める。
「まあ、爺さんの所に自由に戻れないのはやっぱり不便だよな」
 それなら。と門谷が匠を振り向き、
「帰れるように上に打診してみようか?」
 匠は緩く笑んで首を左右に振る。
「いや、平賀のじいさんの所は大阪の中枢に近いからなー。正直、自警団の一隊長の立場じゃあキツイと思う」
「やはりそうか……」
 沈み気味な門谷。
 既に幾度かこの人は打診してくれていたのかもしれない。そう匠が思っていると、
「……すみません」
「へ?」
 再び謝りだしたクズハを見て門谷が気の抜けた声をあげた。
「私が異形で、匠さんが私を拾ってくださった場所が狐の異形の領地だったから……」
「なんのことかの?」
 とぼける平賀を見て匠は「もういいんだよ」と苦笑する。俯いているクズハに手を伸ばし、
「『引っ越し』した理由を知っちまったんだよな。――成長したってことだよ」
 元住んでいた場所を移動せざるを得なかった理由。異形を匿っていたが故に今までの場所に居られなくなったという事実。当初は隠していたそれもいつの間にか彼女は知り、理解していた。
 ……自分は異形だからと、そんなに卑下することは無いと思うんだけどな。
 部屋に入ってから謝ってばかりのクズハの頭に手を乗っける。
 クズハは黙って撫でられ続けているだけだった。
 平賀と門谷は兵舎に泊まると言って道場の離れを後にしていった。
 匠には去り際に門谷が残した、
「最近信太の森周辺の異形の数が増えてるから気をつけとけ」
 という言葉がいやに耳に残っている。
 ……先日の異形のこともある。少し気を張った方がいいのかもな。
 辺境とは言え大阪圏の集落であるここに異形が現れたのだ。何か異変が起こっているのかもしれない。
 そして、
「……」
 先程からクズハはずっと俯いている。
 ……あ~、いかん。この空気はいかん。
 思うが、俯く少女にかける言葉はすぐには思いつかない。
 ……負い目、かな。
 住んでいた所を追われて辺境のここで暮らすことになったのは全て自分のせいだとでも思っていそうだ。
 ……元々突出した戦闘力を持ってた俺を上はあまり良く思っていなかったようだし、そこら辺も含めて追放したんだと思うんだけどな。
 そう匠は思い、ため息。
「あー、ほら、母屋に行こう。師範たちがそろそろ食事の準備を始めてるはずだし」
 ……俺一人じゃあこの空気はキツイしな!
 思い、クズハの背をポンと叩く。
「……はい」
 促されて頷いたクズハの声は沈んだもので、
 ……どうしたもんかねー。
 平賀に調整してもらった魔棒の感触を確かめるように幾度か振りながら匠は母屋への道を歩き出した。


            ●


 森の中、災害以降、異常繁殖しだした木々に封鎖され、更に第二次掃討作戦で封印された。昼でも人が寄りつくことのない、そんな森の中にあるはずのない人影があった。
「さて、目覚めてもらおうか」
 言葉と共に人影のある位置で何かが光った。
 数十秒に及ぶ発光現象の後には人影は無くなっており、代わりに、

 ――ック、ッククク……、あの若造への復讐の機会を与えてくれるか……。

 何かが目覚める兆候があった。

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