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白狐と青年 第12話

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白狐と青年 第12話



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 平賀の言葉に匠もクズハも身動きが止まった。
 クズハが元は人間……?
 ただ疑問が匠の思考を埋めていく。そのまま固まっていると肩を軽く叩かれる感触があった。見ると、彰彦が「力抜けよ」と言ってきた。
 一つ頷いて軽く息を吐く。
 俺よりもクズハの方が戸惑ってるんだ。しっかりしないと……。
 隣、硬直したまま身動きがとれない様子のクズハを見てその思いを新たにすると、自分が、そしてクズハが訊きたいであろう事柄について問いを放った。
「どういうことだ?」
 うん、と応えて平賀は説明を始めた。
「今から数年前、ちょうど匠君が武装隊に入隊した頃じゃな。当時は第二次掃討作戦の為の戦力増強にどこもかしこも躍起になっとったのを憶えておるかな?」
 匠は黙って頷いた。
 異形の出現地点と思しき亀裂、そこを封印する技術が確立された事をもって第二次掃討作戦は立案された。
各地の都市・政府はこの作戦の為にあらゆる力を招集し、さながら戦争でも始めるのかという風情だったのを、
そして最終的に行われたのは確かに戦争であった事を匠は当事者として克明に記憶している。
 明日名が言葉を継ぐ。
「そんな折、ある自治都市に異形が侵入した。当時は今よりも異形が跋扈していて、
それこそ他の都市へ移動する事さえ命がけの状態だったし、都市の戦力が第二次掃討作戦の為の準備に招集されていて防備が行き届いていなかったんだ。
 異形は町を散々荒らした挙句、その都市の者によって倒された。甚大な被害を出した上でね」
「その都市には研究施設があっての、異形の犠牲者の中にはそこの職員の家族の小さい女の子もいたんじゃよ。
その子は体が欠損しておってな、見ただけでもう助からんだろうと分かる状態だったそうじゃ。
なんとか破壊されずに生き残った前文明の医療具で瀕死の命は繋いだものの、異形に荒らされ十分な医療設備も無い。
後は異形に襲われたその都市の他の者達と同様、死を待つしかなかった身であったんじゃな。
しかしの、死を待つより他なかった少女の、当時研究に努めていた家族へと声がかかったんだそうじゃ」
「声?」
 匠の疑問に明日名が頷く。
「ある研究機関から、『その少女を助けたければ協力しよう』と」
「研究機関が、ですか? 療法士の方達ではなく?」
 先程からずっと戸惑いを面に浮かべているクズハが小さく零すのに、話者達は一様に頷く。その顔にはどこか続きを言葉にするのを躊躇うような気配があった。
 その気配を感じ取ったのか、キッコがふん、とつまらなそうに息を吐き出して口を開く。
「その研究機関がしていた研究は人体への異形の身体の移植だったようだの」
「人体に、異形のを……か?」
 キッコの言葉に彰彦がうへぇ、と呻く。
 彰彦の反応に小気味よく笑いながらキッコがより詳細な説明を入れる。
「完全に人と異なった容姿ならともかく、我のように人に近い外見へと化生できる者、
元より人に近しい外見の者、それらの者の肉体が移植できるかどうかの実験だったようだの。
 震災と人間が呼んでいる事象が起こった時、我は久しく寝ていたのを目覚めさせられた。
何事かと思えば我のねぐらに出来た亀裂から小うるさいのが湧いていたのでな、それを払いながら住んでいたのだがの、
いい加減うんざりしていた時、我に接触を図ってきた者がおった。そやつらは異形を研究して害なす者どもを祓うと言っておってな。
森を荒らす者たちを一掃するのに使えるのならと思うて体の一部を切り分けてやろうと考えたのよ」
「……そんな話、和泉の自治都市で聞いたことが無いぞ」
 匠が唸りながら言う。信太の森に一番近しい自治都市は和泉だ。
なのにそこにその手の研究員が居たという記録は残っていないし、そもそも信太の森にそんなに頻繁に人が出入りしていたなどという話は初耳だ。
「表には出せない研究だったようだの。――まあ、当然と言えば当然だがの」
 人に異形の体を移植する。たしかに字面だけでも公表するわけにはいかないだろうことが分かる。つまりは人体実験をしていた事を意味しているのだから。
 知らない事も道理……か。
 匠は無言で納得する。
「震災以降、キッコ君は邪魔な異形を追い出す姿を頻繁に目撃されることとなった。
研究者達はどこかからキッコ君の情報を得ていたようでの、さっきキッコ君が言ったような条件でキッコ君の協力を取り付け、
研究の一環として少女の身体へキッコ君の身体の一部を移植したんじゃな」
 瀕死の重傷を負った少女を生命力の強い異形の体が癒すことが出来るのかもしれんということでな。と平賀。
「彼らは被験体を探していたようでな。その結果偶然見つけた被験体が少女だったんじゃな」
「彼女には異形、それも高い知恵のある者、キッコからの血肉が提供された。結果、少女の瀕死の体は無理やりに欠損部分を補填され、その生命活動を取り戻したようだよ」
 しかし、と言葉が繋がる。
「もちろんそんな無茶がすんなり通るわけがなくての。問題が起きたんじゃよ」
「我の血肉が小娘を喰らおうとしたんだの。我の≪魔素≫の侵食を受けて小娘の髪の色が変化し、それを皮切りに肉体が変質を始めおった。その様はあまりに哀れでな――」
 そう言いながらキッコはクズハを見る。
「完全に小娘が食われんよう、我が近くに居て我の血肉の≪魔素≫を抑えてやったのよ。
我は森から出る気はなかったのでな、なにか得体のしれん液体の詰まった入れ物に小娘を詰め込んだものを我の近くに置かせた」
「時間をかけて侵食を宥めていく算段だったようだね」
 なんとか落ち着いた時には一年が経っていたようだよ。
 そう言って明日名もまたクズハへと目を向ける。
「で、そこで第二次掃討作戦が行われたっつーわけだ?」
 彰彦の言に平賀が頷く。
「何か事情でもあったのか、経過を見に来ていた研究員の足が途絶え、キッコ君は人間に討伐対象にされてしまってな。
森での戦闘の余波で少女を入れていたカプセルも壊れてしまったんじゃな。
キッコ君が長く宥めていてくれたおかげで少女の体への侵食が再開される事はなかったんじゃが、代わりに体の方の衰弱が進んだらしくての」
「小娘をどうにかせねばならんと思うてな。連れ出そうとして、行き合ったのが匠、お前達だったんだの。
 正直ヒトの寝床を荒らしにきたお前達は好かんかったが……匠、お前が持っていたあの棒きれ、あれを見ての、
あんなものを作れる人間になら小娘の中で我の血肉が暴れるのを調整することが出来るだろうと踏んだのよ。
幸いにもお前は『異形は全て滅ぼせ』と謳う一派でもなかったようだしの」
 キッコはそう言うと大儀そうに「こんなところかの」と締めくくった。


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 話す事は全て話したといわんばかりに口を閉じたキッコを前に、匠は聞かされた言葉を反芻する。
 異形に襲撃され、重傷を負った少女。それを治す為になされた処置……生きる事が叶わなくなった体を無理に補填した血肉、そしてその経過と結果――
「それで持ち直したのが」
「私……」
 クズハがどこか茫漠とした声で言った。
「当時は違う名前で、違う家族がいたようじゃがの。
――ともあれ、最初からクズハ君の体についてはおかしい点があることは分かっておったんじゃが、キッコ君が明日名君と共にわしの所に現れるまで詳しいことは分からなんだな」
 おかげで大変な事になったみたいですまんのうと謝る平賀。それをキッコが笑った。
「知っておっても同じ事よ。我の血肉がクズハを喰らおうとするのに抗うにはクズハが我の血肉に宿っていた≪魔素≫を逆に喰らい返して己の血肉として完全に取り込む必要があったのだからの」
 外部からの干渉で出来ることはクズハが平賀に預けられた時に既に果たされたとキッコは言う。
「クズハの治療をした研究員は?」
 研究員の居場所が分かればクズハの肉親についても分かるのではないか? そう思い質問してみたが、それには明日名が残念そうに首を振って答えた。
「第二次掃討作戦の余波で研究所は完全に壊れていてね。
キッコからの情報で研究所に赴いてみたけど、データから何から全部消失していた。肉親も行方不明。
記憶を失ってしまったクズハの昔の記憶についても、残念ながらもう分かりはしないだろう」
「そう……ですか」
 気落ちしたような、それでいて安心したようなクズハの声を聞きながら匠は疑問が解けた事を自覚する。
 信太の森でキッコと戦った時に見つけたクズハが入っていたあのカプセルがなんであったのか。
それはクズハ――当時は違う名前の人間の少女――が治療のために入っていたものであり、
クズハを見つけた時に彼女がひどく衰弱していたのは血肉を宥めていたキッコが居なくなったのと、
カプセル――おそらくは生命活動の補助をしていた――が壊れたことが原因。キッコはそれを治療する術を持ち合わせておらず、その場に居た人間に任せる他なかった。
 そして、
「キッコがクズハを操れたのはクズハに移植された血肉が原因という事か?」
 キッコが口元を隠して笑う。
「そうだの」
「なぜあんなことを?」
「戦うということは最も生きようとする力が高まる時でもあっての、クズハの中の我の≪魔素≫を潰すには戦闘状態に追いやるのが一番だったのよ。
まあ、そんな実用的な問題よりも我への誤解やらなんやらに対して溜まっておった人間に対する鬱憤、
それに第二次掃討作戦の時に手傷を負わされた事に対する個人的な怨みの方が大きかったのは否定せんがの。
あの棒きれが調整されて匠の手元に返るまで待ってやったのだ。文句はあるまい。――それに」
 そう言ってクズハを見る。
「我の血肉がクズハの中に残っている間はの、クズハの思念が流れてきておってな。それでついつい誑かしとうなったのよ」
 そう言ってクククと小気味よく笑い、ああ、と付け足す。
「――もうクズハは我の血肉に克ちおったからの、我からクズハに干渉したり操ったりは出来ないだろうて」
「クズハ君が移植されたキッコ君の血肉を取り込むことで人体に移植した異形の肉体の拒絶反応に対する調整も終いになったんじゃのう」
 平賀が太鼓判を捺すように言う。
 それに同意しつつ、キッコがジトっと責めるような視線を向けてきた。
「しかし、保護をしておいて数年が経っておるというに、寂しがらせるとはどういう了見ぞ?」
 信太の森で聞かされた事を言っているのだろう。匠は視線を逸らしてボソボソと言う。
「俺もクズハには危ない目にあって欲しくなくてだな……」
「それで放っておいてクズハを不安にさせているようでは世話無いのう」
「ま、待ってください」
 キッコの意地悪げな声にクズハの制止がかかった。
 クズハは何か言葉を選ぶように数言口の中で何かを呟き、
「あれは、私が勝手にそう思ってしまっただけで、匠さんは何も悪くは――」
「や、正直クズハがあんな行動を起こすまでそんな事にも気づかなかった俺が悪いって事は認めなくちゃいけない」
 あんなにも自分に懐いてくれているのに思慮が足りなかった。匠はそう思う。
 クズハに受けた傷を訓戒にしないとな。
 そう思い、匠は腹にある傷痕に服越しにそっと触れた。派手な傷だ。魔法を用いてもおそらく消えることは無いだろう。それでいいと思う。
 クズハは、そんな匠を見上げて口を開き、
「そんなこと無いです。私が悪いんですよ」
 悄然と言った。
「私が、人でも、異形ですらも無かった……私が悪いんですから」


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「そんなこと言うもんじゃない。ありゃ確かに俺が悪かった」
 クズハに匠が咎めるように言った。
 クズハはいいえ、と首を振る。その様子に彰彦が軽い口調で割り込んだ。
「クズハちゃんもそんなこと気にするこったねえよ。それにどっちかってーとキッコさんの方が化け物チックだし」
「ほう?」
 キッコが彰彦へと視線を向けた。彰彦は慌てて弁明を始める。
「いやいや、元々狐型なのになんで人型にもなれんのさとか考えての結果だぜ?」
「人を化かす化生の話はそれこそ震災の遥か以前からある話だろうて。
我が元より使えた変化よりも人の作り上げた魔法とやらの方がより洗練されてはおるがの。
平賀には感謝せんとならんかの。大狐の姿で居るよりは面倒事が少なそうで助かっておる」
 平賀は「うん、それは良い事じゃの」と言いながらグッ、と親指を立てて見せた。その様子は飄々として好々爺然としたものに戻っている。
「まさに人類の進歩の結果じゃの! いやあ、わしもキッコたんの麗しい姿が見れて眼福じゃっ!」
「良い進化だな、がんばれじいさん! その意気で女体召喚とか出来るような超魔法を!」
 そんな会話が繰り広げられているのをぼんやりとクズハは見ていた。目の前の風景に反応するよりも今は知らされた事を整理することで忙しい。
 と、隣に立っている匠が軽く頭を叩いた。
「いたっ」
「あまり変に考え込みすぎないように」
 クズハを叩いた平手をぷらぷら振りながら匠は「周りを見てみろ」と小さく言う。
 言われるままに周囲に目を向ける。何かを熱心に語っている平賀とそれに乗っている彰彦、それを見て愉快そうにしているキッコと苦笑気味の明日名が居る。
「少なくとも身内は誰もクズハの事を疎んだりしないよ。むしろ社会からとっとと排除されるべきはそこの人類の進歩の方向性を変な方向に定めようとする老人だ」
 呆れたように言う匠に返事をしながらも、クズハは気分が晴れなかった。目の前で交わされる言葉全てが自分の耳だけ上滑りしていくようだ。
 自分が一体どういう存在なのかが分かり、もう自分でもわからないままに操られ、人を襲う事はないだろう事が保証された。
しかし、自身の立脚点が消失してしまった気分だった。
 私は人に異形の身体を移植して中途半端に変質してしまったもの……。
 自分にはこうなる前の、人としての記憶がある筈なのだがこれまでの話を聞く限りではそれを知っているであろう肉親は音信不通で研究所のデータは消えている。
それはもう戻ることはないだろう。その事に特に未練も感じない。
自分の肉親もきっと人ではなくなった自分の姿など見たくはないだろうと思うし、そもそも第二次掃討作戦でこの世からいなくなっているかもしれないのだ。
 人としての記憶も無く、異形としても中途半端、じゃあ私はなんなんでしょうか……。
 自分はこれからなんと名乗って生きて行けばいいだろうか。そう思い、悩んでいると、
「あ」
 突然、何かに思い当たったように匠が声を上げ、クズハを見た。
 気まずそうに言う。
「あー、そう言えばクズハに返事をし忘れてたな」
「……え?」
 首を傾げて匠を見上げるクズハに匠はコホン、と咳払いをして、
「あの時はそのままぶっ倒れて返事をしそびれてたよな。ごめんな」
 謝り、それに対して疑問を差し挟む間を与えずに匠は言葉を口にした。
「俺なんかの傍にずっと居たいと思ってくれるなら、クズハが飽きるまででいいから、居てくれないか?」
 今更ですまんが。と告げられたその言葉にクズハの意識が急に鮮明になった。
 言葉の意味がはっきりと理解される。それは望むならずっと傍にいる事を許してくれる言葉で、
「いいん、ですか?」
「頼んでるのは俺だよ」
 笑って言う匠。でも、と言葉を挟もうとするクズハに匠は言葉を被せた。
「人でも異形でもそれ以外でも、クズハはクズハだからな。確かに話には驚いたけどそんなに気負うこともない。
だいたいこんな世の中なんだしな。多少珍しい出自でもそんなに目立ちはしないだろ」
 そう言って頭を撫でられた。
 広い手の平が頭を包み、髪がやや乱暴に掻き回される。
指に絡む髪の毛や獣の耳を緩く潰される感触、掌から伝わる体温が心地よくて目を細める。
 クズハは自分がひどく嬉しくなっているのを自覚した。そしてその思いのままに頷く。
「はい、傍にいます! ずっと……ずっと!」
「俺の言葉なんてそんな喜ぶ程ご大層なものじゃないぞ?」
 クズハの勢いに面食らった顔の匠。しかしクズハは首を横に振る。

 ――そんなことはありません。私は目覚めてから、あなたにずっと存在を肯定して頂いているのですから。
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