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第3話「アンジュと博士」

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第3話「アンジュと博士」




 蘆屋の研究所は要塞にも似て、近代的ながら無愛想な外観だ。角張った中央棟を、荒野
から空へと突き出していた。かつて長岡京と呼ばれたあたりにある。
 アンジュは南側の入り口付近で、警備にあたっている。
 自治都市武装隊に籍を置きながら、警備員として雇われたものの、蘆屋は中央棟にいて
姿を見ることさえアンジュはできないでいた。

 砂混じりの風が、日に焼けた赤茶の髪をなでる。退屈な見張りの毎日に、アンジュは
いらだつばかりだ。
 一本道の道路を、見慣れない車が走ってきた。定期的に来る、入荷のトラックではない。
 なんだろう、とアンジュは目を細めて車を確認しようとした。
 車は大きくなる。アンジュのそばまで来るととまった。

 骨組みが露出した、造りかけみたいな車で、上部にひさしのようなパネルがついている。
 まもなく運転席のドアが開き、中から老人が出てきた。
 片田舎の長老といったふうの、小柄な男だ。
「やあ、ご苦労じゃの」

 気さくに話しかける老いた男に、アンジュはけげんそうな顔を向ける。かまわず、老人は
口を動かした。
「こいつは太陽光と魔素で走るソーラー・魔素・ハイブリッドカー、『ソラマーソーカー』じゃ!」
 自慢して、老人はふしくれだった手で車体をなでた。
 首をかしげながらも、研究所の関係者かとも思い、アンジュは相手を客として応対する
ことにした。
「ここに用ですか?」

「いい野菜がとれたんで、蘆屋に持ってきてやったんじゃ」
「はあ?」
 車の後部座席から、老人が荷物を引き寄せる。布の袋には、大根や泥の付いた長葱などが
入っていた。
「じいさん、何勘違いしてるか知らないけどね」
 日頃のうっぷんもあり、アンジュの声は荒くなる。

 そこへ、何事かと年配の警備員がやって来た。老人を見るなり、顔色を変えて警備員は
頭を低くする。
「これは、うちの新入りが失礼しました!」
「いや、全然かまわんよ」
 少ない歯を見せ、老人は愉快そうにしわを増やした。
「蘆屋にこいつを持ってってやろうと思ってのう」
「では、届けておきます」
「なんの、わしが行くわい」
「しかし、今、武装隊の幹部のかたと会議中とのことで」

 年配の警備員がへり下るのを、アンジュは不思議に思う。所員のOBか何かだろうか、
などとアンジュは推測をめぐらした。
「結構結構。ほれ、姉ちゃん、一緒に行こう」
「へ?」
「ボッチだと思われたくないんでの。いいじゃろ」
 老人に招かれとまどうも、アンジュはついていくことにした。まさか蘆屋には会えない
だろうが、もし少しでも近付ければそれも成果だ。

 研究所内のすれ違う所員は、老人を見ると深く頭を下げる。
 見た目より偉い人なんだなあ、とアンジュは考えを改めた。だが、野菜の入った袋を手
にさげる老人は、やはりどこにでもいる気のいい老人にしか見えなかった。

 二人は通路を進み、いくつもゲートをくぐり、中央棟のエレベーターに行きついた。ここ
まで到達したのは、アンジュは初めてだ。
 中央棟のエレベーターは大きな円柱で、鈍く銀に光っている。エレベーター前の警備員
は、やはり礼をした。
「通してもらうぞ」
「そちらは?」
 警備員は、アンジュにやや敵意のある目線を向ける。
「そちらはもないじゃろ、あんたらの身内じゃよ。さっきナンパしたんじゃ」
 おい、と突っ込みたくなるのを、アンジュはこらえる。
 慣れたようすで、老人は数字の付いたパネルを操作する。
 エレベーターが降りてくると、ブザーが鳴った。入り口が開き、内部へいざなう。老人は
アンジュをうながした。アンジュが先に入り、あとから老人が入る。

 エレベーターは上昇していった。
「あんたは、いったい……」
 アンジュが疑うような目をすると、老人は静かに笑んだ。
 エレベーターが加速する。やがてエレベーターは最上階で止まり、またブザーが鳴り
響いた。

 アンジュと老人はエレベーターを出る。黒い床は二人を映すほどなめらかだ。壁は一面
ガラス張りで、遠くの山々が一望できる。
 大災害以降、日本は中世に戻ってしまったかのようだが、ここは別世界だといわんばかり
に未来的だ。

 老人は勝手知ったる、というふうで歩いた。扉の前に老人が立つと、男の声がきこえ
てきた。

『失礼。今、来客中なのだが』
 扉の向こうから、通信機でしゃべっているらしい。老人は軽くうなずいた。
「知っとるよ。かまわんて。入れておくれ」
『そちらの連れから強い金属反応がある。武器は置いていただきたい』
 老人がアンジュの顔を見上げる。アンジュは皮のツナギに包んだ体を曲げ、足首に
仕込んだナイフを取った。
 老人が台を枝のような指でさす。アンジュは小型ナイフを円筒の台に置いた。
 厚い扉が三つに割れて、静かにスライドしていく。
 広い部屋がアンジュの目に入った。ここもほぼ全面ガラス張りで、明るい。
 部屋に入るアンジュは、妙な違和感をおぼえた。魔素が抜けていくような感覚だ。
 部屋の真ん中のテーブルをはさんで、男が二人いた。

 一人は三十歳程度に見える。薄いフレームの眼鏡をかけ、黒いスーツに身を包み、白い
髪をして、やせて長身だ。老人を迎えるように、男は立っていた。
 もう一人は歴戦の勇士といったさまで、盛り上がった肩をして、顔にいくつか古傷を
つけている。ぶぜんとしたような態度で、皮張りのイスに座っていた。

「よお、蘆屋の」
 老人は立っている黒スーツの男に歩み寄る。
(あれが蘆屋……?)
 蘆屋は、一次掃討作戦以前から現役の研究者だったはずだ。それなりの年齢のはずだが、
アンジュにはそうは見えなかった。髪は白いものの、せいぜい三十歳前半ほどに見える。
 だが、蘆屋はその魔素で若さを保っているのだった。

「平賀博士、出迎えもせず失礼した」
 蘆屋が特に感情を込めず、老人にわびる。
(平賀博士……?)
「げっ、平賀って、平賀?」
 驚きのあまり、アンジュは飛び上がった。平賀は蘆屋に並ぶ、五系統の一を確立した
大発明家だ。

「そのかたは?」
 蘆屋はアンジュを見て、たずねる。
「みんなひどいのう。ここで働いとるんじゃぞ。わしの彼女じゃ」
「そうか。大所帯なもので、恥ずかしい」
「服部君も、久しぶりじゃな」
 平賀は座った男にもあいさつした。野獣を思わせるような男は、平賀に会釈する。

 服部という名を、アンジュはきいたことがある。武装隊の幹部だ。魔法もできて武芸
百般と言われ、百人隊を十個率いる大隊長だ。

 アンジュは蘆屋を見つめる。
(殺せるか……?)
 この部屋にいると、魔素を集中できないらしい。腰に魔素刀があるが、使えないだろう。
(武器もない。けど、殴って締め上げれば、いけるかも……)
 蘆屋も魔素を使えないなら、都合がいい。蘆屋は長身で目つきは鋭いが、アンジュの見る
ところ戦士ではないようだ。服部は止めるだろうが、ごく短い時間ですませればできる、
とアンジュには思えた。

「で、ご用件は?」
 蘆屋は明らかに不愉快そうに、平賀にきく。
「うん、わしんとこでいいのが取れたんでな、おすそ分けじゃ」
「心づかい、痛み入る。それだけかな」
「うん。二人とも、何といっても食いもんじゃよ。これがなきゃあ、魔法使いじゃと偉ぶっ
てもどうにもならんからのう」

「ご教授、感謝する」
 蘆屋は手を少しあげた。部屋のすみから、コーヒーカップが二つ浮かび、宙をゆっくり
と飛んでくる。
 テーブルのポットには、いまや高級品のコーヒーが入っている。
 カップは小さな音を立て、テーブルに置かれた。
「飲んでいかれるといい」

 蘆屋が勧めると同時に、アンジュは絶望に打ちのめされる。この部屋では、蘆屋だけが
魔素を使えるのだ。
(これじゃ、勝てるわけない……)
 蘆屋は殺気に気づいて、わざとカップを浮かせてみせたのか、とアンジュは戦慄し、額
に汗をにじませる。蘆屋がアンジュを殺すのは簡単なはずだ。

「んにゃ、お構いなく。もう帰るよ」
 平賀は首を振ると、歩きだす。
「では。送りもせずすまない」
「いやいや。じゃあの。今度またの」
「そのときはよろしく」
 アンジュも平賀のすぐあとを歩く。複雑な思いをあとに残しつつ、アンジュは平賀に
従い、部屋を出た。ドアが閉まるとアンジュは息をつき、台に置いたナイフを取った。

「あなたが平賀博士とは知らず、失礼しました」
 アンジュが頭を下げると、平賀は肩を揺らして笑う。
「悪いと思うなら、茶に付き合ってくれ。休憩室に行こう」
「はあ」
 精神的な疲れを引きずり、アンジュは平賀のあとについて行った。

 中央棟を離れ、所員寮近くの休憩室に二人は入った。長いテーブルがいくつか並んで、
イスは誰にも使われていない。
「貸し切りじゃ。二人きりじゃのう」
「はあ……」
 テーブルの一角に平賀が座る。アンジュはサーバーから二つの紙コップに茶を入れて、
平賀の向かいに座った。

 平賀は、ポケットからウサギの置物のようなものを出した。
「わしが造った『きいちゃイヤーン』じゃ」
「はあ?」
「耳のイヤーとイヤーンをかけてるんじゃ」
「えーと、何かの装置ですか」
「ふむ、きいてみよう」
 平賀がウサギの背中を押す。人の声がきこえてきた。

『次の異形退治作戦は大きくなる。必要な魔素兵器だが……』
 男の低い声だ。アンジュは思わず目を見張る。
「これは……」
『要望には応える。代わりに、こちらの要望はいれていただく』
 蘆屋の声だ。
「これは、盗聴器?」
 アンジュがきくと、平賀はうれしそうに口の端を上げる。
「魔素をほとんど感じさせないすぐれものじゃよ」

『異形はなるべく生け捕ってほしい。うちから魔法使い数人を出すから連れていってくれ』
 蘆屋の要求に、服部の声は不満そうだ。
『異形はできる限り殺す。それが今度の作戦だし、そもそも武装隊はそういうもんだ』
『そのために使う魔素兵器は、誰が供給しているのか』

『今までどれだけ実験に協力してきた? 実験に犠牲者まで出しているんだぞ!』
 服部の荒い声とは対照的に、蘆屋の口調は落ち着いたままだ。
『人体実験はそちらから申し出たことで、こちらから願い出たことは一度もない。引き換え
にと提示された魔素兵器は十分に納品しているはずだ』

『この前も、戦死者が出たんだ』
『本当にうちの改造異形による死か? 口封じにあなたがたが殺しているという話もきいたが』
『人体実験がばれて困るのはあんたらだろう!』
『いや、うちはいっこうに困らない。そちらの意向であろう。嫌なら結構。こちらがほしい
のは人間の実験台より、材料としての生きた異形だ』
 少しの間が空いたあと、また服部の声がウサギの機械から出る。
『魔素兵器を造っているのは、あんただけではない』

『他にどこと取引する気かね。安倍は異形と共存しようというほうだろう。さっきの平賀
博士もだ。小角、玉梓は確かにすぐれた魔法技術を有している。だが我々のように汎用
魔素兵器を量産できてはいない!
 うちは期間労働者まで雇って、そちらが要求する魔素兵器を供給している。もはや一大
産業だ。自治都市も経済的依存をうちに頼ることになる。我が蘆屋系魔法科学だけが、この
荒廃した世の光となれるのだよ!』

 突然、盗聴が切られる。
「ありゃ、気づかれたか。壊された」
 平賀は頭をなでた。
「えっ!」
「最初から気づいてて、わざとこっちに話をきかせたんかのう」
「ええっ!」
「いや、何、わざとならまあ蘆屋も怒ってないじゃろ。きいてほしかったんじゃよ、たぶん」

 ひどく疲れを感じ、アンジュは肩を落とす。紙コップを手にし、さめた茶を一口飲んだ。
「わしはな、自治都市のもんと話をしててのう。全然別の件じゃが」
 平賀は自治都市の幹部と話し合うなかでズシのことを偶然知り、アンジュに会いに来た
のだという。
「はじめから、私に会いにきたんですか」

「まあ、そうじゃ。いやあすまん、あんたがどんな人かわからんかったから。蘆屋に何か
する気なら、止めたほうがいいかのかなと思ってのう」
 アンジュは何とも言えず、茶を見つめる。
「蘆屋も昔からああではなかったんじゃが」
「私は、どうしても許せない……」
「じゃがきいたじゃろ、人間を実験台にするのは、武装隊がやっていることでもあるしのう」

「じゃあ、悪いのは武装隊……」
「うーん、でもそういう武装隊を使っとるのは自治都市じゃ」

「じゃあ自治都市が……」
「しかし実際、異形は危険、武装隊は必要と」
 平賀は茶を取り、のどを鳴らして一気に飲み干す。
「というわけじゃから、なかなか難しいの、こりゃ。さて、そろそろ帰るとするかな」

 立ち上がり、平賀は出口に向かう。アンジュも立ち、見送ることにした。
 通路を歩き、やがて最初に二人が出会った南の門にたどりつく。
「アンジュ、はやまらんことじゃよ。さっきも言ったが、これは難しいからのう」
「……はい」
「見極めることじゃ。あんたが本当に正しいと思ってすることなら、わしは止めんよ。しかし
迷いがあるなら、少し考えてみることじゃ」
 平賀が乗り込むと、車はモーター音をきかせる。
 アンジュは頭を下げた。車はひびの入った道を走り、遠ざかる。

 黒いつぶのようになり、車が見えなくなるまでアンジュは見送った。

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