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無限桃花vs裏刀作

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eroticman

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無限桃花vs裏刀作


 目の前の木製ドアを二回ノックすると、鈴のように透き通った女の声が中から返ってきた。
「入って」
「失礼します」
 言いながら、裏刀作は扉を開ける。殺風景な部屋である。窓はない。部屋の中央、裏刀の正面には
巨大なテーブルがあり、三つのPCモニターとキーボードが置かれていた。黒革張りの椅子に掛け、
こちらに背を向けているその女性の後頭部だけが、裏刀には辛うじて見えた。緑に近い美しい青髪を、
巨大な髪留めで二つに結い上げ、地面近くにまで垂らしている。
 恐らく彼女が世界の守護者、『使い古された』女神だろう。
「発子・クリーシェさんですね」
 『発子』と口にした途端、女神の背中が一度震えた。自分の名前が気に入ってないという噂は、
どうやら本当らしい。
 大げさかとも思ったが、裏刀は片膝をつき、仰々しく一礼した。
「お初にお目にかかります。僕が裏刀作です。以後、お見知りおきを」
「そこまで畏まらなくてもいいのよ」
 くるりと椅子を回転させ、女神がこちらを向く。まあ美人ではあるなと、初めて女神の姿を
視界に収めた裏刀は素直に認めた。彼女と覇権を争っている魔王ハルトシュラーは、十歳前後
の少女らしいが、現在裏刀を値踏みするように観察している女神は、十五、六歳程度の年齢に
見えた。女神という通り名に相応しい、ゆったりとした光沢のある白いトーガを着用している。
恐らく素材は絹だろう。
「そう言っていただけると、有り難いです」
 裏刀が立ち上がると、さっそく女神が尋ねてくる。
「裏刀。あなたの主は今、何をしているの?」
 顔も知らない師、通称裏ハルトについての質問が飛んでくるとは思わなかった。
「さあ。一度も面識がないので詳しいことは判りませんけど、今日も料理に異物を混ぜて喜んだり、
発泡酒を呷っているのではないかと」
「……前から気になっていたのだけれど、あなたと裏ハルトとの関係は何なの? 面識もないのに、
あなたたちは何故師弟の関係になったの?」
 それは自分が知りたいことだった。裏刀作という個体は、世界に生まれ落ちた瞬間から裏ハルトシュラーなる
人物の弟子だったのだから。裏刀は、この身体も人格も裏ハルトが創作したものに過ぎないのではないかと疑っている。
それも恐らく、粗悪な偽物だ。ハルトシュラーの弟子に、倉刀とかいう名前の男がいるのはかなり前から知っている。
「俺は……多分、ただの出来損ないですよ。遊び半分に師匠が創った、パチモノでしょう」
 それを聞くと、まるで自分が傷ついたかのように哀しげな表情を女神は作った。
「そんな悲観的な言葉は聞きたくなかったのだけど……」
 言わせたのはそっちだろうが、という言葉は辛うじて飲み込む。

「とりあえず……あなたには今、何の制約もないのね」
「ええまあ。元々糸の切れた凧みたいな身ですから」
「……私があなたを呼び寄せたのは、あるキャラクターを消し去って欲しいからなの」
 キャラクターというからには、創作物の一種だろうと見当をつける。
「これを見て」
 女神が背後のディスプレイに向き合ったので、裏刀も彼女の椅子のすぐ後ろまで歩き、
問題の画面に視線をやる。
「珍しく盛り上がってますね。いいことじゃないですか」
 日頃過疎という敵と戦っている女神にとっては、喜ばしい話だろう。
 しかし彼女は、膝の上に置いた手をきつく握りながら否定する。
「……よくないわ」
「どこが」
「だって……今、脚光を浴びている彼女は……魔王の創作物なのよ」
「それはまた」
 軽口を咎めるように目尻を釣り上げ、女神は裏刀を睨む。
「世界が活気に満ちてくれるのは、素晴らしいことよ。私だって、頭ではそれを理解している。
誰の創作物であっても、それが繁栄をもたらすなら後押しするのが私の役目」
 そこで一度言葉を区切ると、女神は俯いてしまう。
 そして、消え入りそうな声で彼女は続けた。
「でも……やっぱり魔王の作品が世界を席巻することだけは、私には耐えられない」
 責務と私情の板挟みになっている、ということか。
 どうでもいいといえば、どうでもいいのだが。
「……真面目すぎるから、そんな下らないことで悩むんですよ」
 裏刀は無意識的に、女神の頭をぽんぽんと手で叩いていた。
「思いつきや暴走も、立派な創作活動の一環ですよ。顔も知らない師匠の受け売りですけどね」
「それじゃあ――」
「引き受けますよ。その仕事。他人の創作物に茶々を入れるのは結構好きですし、さっさと
片付けてきますよ」
 期待と不安の入り混じった顔をしている女神にそう言い残し、裏刀は発子・クリーシェの
私室を後にした。

 下校時間が訪れるのとほぼ同時に正門をくぐったところで、背後から名前を呼ばれる。
「無限桃花さんだね」
 足を止め、無限桃花は振り返った。高校名の記された門柱に背中を預けて立っていたのは、
桃花の通う学校より一回り偏差値の高い私立校のブレザーを羽織った、中性的な容姿の
男子学生である。

「え……あ」
 桃花が言葉に詰まってしまったのは、その男子が文句のつけようのない美少年だったから――ではなく、
どぎつい銀髪に染め上げられた彼の頭を見て、「うわあ……」という引き気味の声を
上げてしまうのをこらえるためだった。勉強はできるのだろうが、校則違反上等な思想の
持ち主なのだろう。
 魅力的な微笑を浮かべていた男子が、自信なさげな表情になる。
「あれ、もしかして人違いだった?」
 目の前まで歩み寄ってきた銀髪の美少年は、中身の少なそうな革鞄から取り出した携帯電話の
ディスプレイと桃花の顔を見比べながら、独り言を漏らす。
「でもポニーテールで刀身の黒い日本刀を持ち歩いている女の子だろ。そんなに沢山いるとは
思えないんだけどな」
 それを聞いて桃花は戦慄した。確かに日本刀・村正は、肩に掛けた巨大なスポーツバッグの
一番下に隠している。しかし、たった今顔を合わせただけの人間がそれに気付くなどおかしい。
ましてや刀身の特殊な色まで当てられては、警戒しないわけにはいかなかった。
「私が……無限桃花だけど」
 さりげなくスポーツバッグの口を開けながら、桃花は答えた。正門から吐き出された学生たちは、
自分と少年を避けて次々と下校していく。こんな場所で村正を使うのは気が進まないが、眼前の男は
間違いなく普通の人間ではない。最悪抜刀することも視野に入れなければならなかった。
「ああ、何だ。君で合ってたのか」
 安心したようにそう言うと、男は涼しげな目元を緩める。しかし桃花は、硬い声音での
応対を続けた。
「何か私に用が?」
「うん、ちょっと君に興味があるんだ」
 臆面もなく美少年が宣言した。
「今、時間はあるかな? どこかに腰を落ち着けて、話がしてみたいんだけど」
「もしかして……ナンパってやつ?」
「まあ……そう受け取ってくれてもいいよ」
 少年は苦笑しながら尋ねてきた。
「で、お付き合いしていただけるのかな?」
 しばし逡巡したが、結局桃花は了承した。もしも彼が『寄生』なら、いずれは倒さねば
ならない相手なのだ。先延ばしにする理由など何もなかった。それに、この男の素性も気になる。
「構わないけど」
「そっか、ありがと」

 その返答を素直に喜んだ彼は、桃花と並んで歩き出す直前になってようやく自らの名前を
明かした。
「あー、自己紹介してなかったか。俺は裏刀作。よろしくね」

 その後桃花と美少年は、高校から程近い国道沿いにある、全国チェーンのイタリアン
レストランに入った。
 案内された窓際の席に着いてすぐに、裏刀は詫びる。
「悪いね。本当ならもうちょっと洒落た店に連れて行ってあげるべきなんだろうけど、
俺も給料少なくて。支払いはこっちでするから、好きな物頼んでね」
「何かアルバイトでもしてるの?」
 メニュー表と顔を突き合わせていた裏刀は、うーん、と形の良い細い眉を寄せて唸った。
それを見た桃花は、案外感情表現の激しい人なんだな、などと呑気なことを思う。既に緊張感が
緩みかけていた。
「たまにね。しょうもない雑用をこなす短期バイトばっかりだけど。――注文、決まった?」
 桃花が無言で頷くと、裏刀はテーブルの隅に置いてあったブザーに手を伸ばす。注文を
取りに来た店員が奥に引っ込むのを見送ってから、彼は再び口を開く。
「ねえ無限さん。『寄生』って何なの?」
 言葉の後半はそれまでとは別人のように低く、抑揚のない声になっていた。
「……人々に極めて重い害悪をもたらす、怪物だけど。正体は未だに判然としないけど、
それを倒すのが私の仕事だと、生まれた時から決められていたらしい」
 桃花の横に置かれたバッグに視線を向けながら、裏刀は言う。
「そこに入ってる刀で、悪い奴らを斬るわけだ」
「そう」
「具体的にどういうのがいるの?」
「色々、としか。巨大な猿を模した姿の『猿参』や、刀を生み出して人を斬る『練刀』なんかが
いる。実際に遭遇したことはないけど、最も強力だと恐れられているのは攻撃と同時に相手の
行動を長時間完全に封じる『影糾』だな。見た目は幼い女の子の姿を取っているそうだけど、
出くわして生存した人間はほぼ皆無だとか」
「幼い女の子ねえ」
 そこで裏刀が頬杖を突いた。多くの車が行き交う窓の外の国道に目を向けながら、彼は
皮肉っぽく笑う。
「どこに行っても理不尽に強いな、幼女ってのは」
「……それは何の話?」
「ん? ああ、独り言だよ。気にしないで」
 丁度桃花の注文したアイスコーヒーと、裏刀のドリアとスープスパが運ばれてきたので、
そこで会話が途切れる。
「それだけで良かったの。このドリアあげようか?」
 スープスパに銀色のフォークを突き立てながら、裏刀が訊いてくる。目の前に湯気を
立てている料理が置かれていると、さすがに食欲が湧いてきてしまうが――
「いや、いい」
 ガムシロップを投入しつつ桃花は遠慮した。

「あまり食べると――」
「いざという時、身体が重くなる?」
「……ああ」
「なるほどね」
 退屈させないためだろう、口の中が空になるたびに、裏刀は桃花に話しかけてきた。
「うちのバイト先のボスは、創作活動をしてるんだ」
 創作と聞いて桃花が真っ先に思い浮かべたのは、なぜか陶芸だった。目の前の少年も、
良い土を探して野山を駆け回ったりするのかもしれない。
「はあ」
「それだけなら特に問題ないんだけど、その大将には一人、滅茶苦茶仲の悪い創作屋が
いるんだよ」
 彼はうんざりしたように溜息をついた。恐らく彼自身はそれを、非生産的ないがみ合いだと
感じているらしい。それには相槌を打たずに、桃花はアイスコーヒーに口をつける。
「でさ、最近その仲の悪い創作屋が、一山当てちゃったらしいんだ」
「一山当てる……というのは、その分野の評論家たちが絶賛するような作品を生み出した、と
いうこと?」
「まあ、大衆の支持は得てるね。今やその世界のアイドルになりつつある」
「へえ」
 凄まじい造形美を誇る茶器などを想像する。
「それに腹を立てたボスが、そのライバルの創った作品……厳密に言えばそのキャラクターを、
消し去ってしまえって騒ぎ始めちゃったんだよ。それで俺が使いに出された」
「キャラクター……?」
 ここまでくると、その『作品』とやらについて質問しないわけにはいかなかった。
「実際には何を創ったんだ? そのライバルは」
「ちなみにボスと仲の悪いその創作屋の名前はハルトシュラーね。――厳密に言えば、『創った』
という表現は正しくないかもしれない。ハルトシュラーは、創作欲求を持った人々が大勢飛びつく
ような設定の人物と世界観を、その業界に提供しただけなんだ」
 かなりの速さで料理を平らげた裏刀は、紙ナプキンで口を拭きながら続ける。
「でもそれがボスには面白くないらしい。まあ気持ちは判らなくもないけどね。彼女を題材に
した絵や小説が次々出てきて、ちょっとしたフィーバー状態だから」
「具体的に、それはどういう人物?」
「えーとね」
 携帯電話を持つと、彼は読み上げた。
「『黒い刀を持った女の子。年齢は十八歳くらい。ポニーテール。日々、寄生と呼ばれる存在と
戦ってる』」

 携帯を閉じてポケットにしまうと、彼は笑った。ひどく朗らかに。同時に桃花も、相手の狙い
を理解した。動機は不明だが要するに――
「たったこれだけなんだけど、誰のことを指してるのかは――」
 最後まで喋らせなかった。バッグの中から一気に引き抜いた村正が、テーブルを真っ二つにしながら
裏刀の首筋に吸い込まれていく。手加減するつもりなど既にない。
 しかし放たれた漆黒の刃を、少年が皿の上から取り上げたちっぽけな食器一つで、難なく
受け止ていた。
「…………馬鹿な」
 崩れ落ちるテーブルと共に皿やグラスが床にぶつかり、耳障りな音を立てていた。
 少年が持っているのは、先ほどまでスパゲティを食べるのに使っていた、銀のフォーク、
ただ一本である。桃花は両手を村正の柄に添えたが、全力で押してもそのフォークは微動だに
しない。この現象を目の当たりにして真っ先に頭に思い浮かんだのは練刀寄生種だが、仮に
食器を異能で強化しているにしても、使い手である少年の腕力そのものが尋常ではない。
「さすがに喋りすぎたかな」
 平然と刀を受け止めている裏刀は、涼しげな様子で呟く。
「でも丁度いいか。最近運動不足だったし、たまには身体、動かさないとな――」
 ぬっと伸びてきた裏刀の手に、頭を鷲掴みにされる。そのまま軽々と宙に持ち上げられ、
桃花の身体は窓硝子に叩きつけられていた。
 透明な壁を突き破る衝撃の中で、そこかしこから上がった悲鳴が耳に飛び込んでくる。
 粉々に砕けた硝子片と共に、桃花は表の歩道に放り出されたが、空中で体勢を立て直し、
辛うじて足から着地した。レストランの店内では、客や店員が大口を開けている。
「あれ、逃げないのか。鬼ごっこをするつもりで外に出してあげたのに」
 のんびり窓枠を踏み越えて店の外に出てきた裏刀に躊躇いなく接近し、桃花は攻撃を
仕掛けていく。少なくとも武器の射程だけなら間違いなく有利なはずだった。間合いにさえ
注意を払えば、致命傷は避けられる。そう踏んだ。
 しかしその思考は、銀髪の少年に一瞬で見透かされる。
「……勝機がなくもない、って顔してるけどさ。地力が自分より上の相手に出会ったら迷わず背中を
見せないと、長生きできないよ?」
 銀のフォークで易々と攻撃を弾きながら、裏刀が呆れた様子で声を出した。同時に懐に入られる。
想像より数段速い動きだ。
 スピードまで規格外か――
 ほぼ勘だけで身体を横にずらし、桃花は眼球に迫っていた三又の矛先を紙一重でやり過ごす。
が、続けて襲ってくる回し蹴りまでは避けようがなかった。
「くっ――!」
 景色が高速で真横に流れていく。
 ぎりぎり刀の背で受け止めたはずなのに、衝撃はまるで殺すことができなかった。為す術なく、
宙に蹴り飛ばされる。受け身さえ取ることができずに、桃花の身体は路面を二度ほどバウンド
してからようやく動きを止めた。
「っ……」

 口の中を切ったらしく、血の味がした。刀越しに蹴りを受けた右手は痺れ、握力が完全に
失われている。これほどの威力で刃物に蹴り込んできたにも関わらず、裏刀の脚部の方は全く
無傷らしかった。まあこちらも斬れない部分で食らってしまったのだから無理もないな、と
桃花は胸中で吐き捨てる。
 散歩でもしているかのような悠然とした足取りで、裏刀は桃花に接近してくる。
「扱いがなっちゃいないね。刀の背で打撃なんて受けてたら、どんな名刀もそのうち壊れるよ」
 判断能力というよりは、純然たる身体能力の不足が招いた結果だが、訂正を入れる気には
なれなかった。相手の馬鹿力を利用して手足での攻撃を村正で防御し、逆に傷を負わせてやる
算段だったのに、裏刀の動きが余りのも鋭すぎて、刃を合わせる余裕すらなかった。
 ここまでの力を有した相手と対峙するのは、初めての体験だった。筋力だけならともかく、
俊敏性でも大きく水を開けられているというのは、絶望的な事態である。逃走という選択肢に
さえ、希望が持てない。
 自分の遠巻きにしている通行人の中に、携帯電話で写真撮影を始めている者がいるのが
腹立たしい。咳込みながらも刀を杖にしてどうにか起き上がったが、その動作をする中で、
体力も気力もたった一撃で根こそぎ奪われていることを否応なく実感してしまう。
 ――ここで自分は殺されるのか。
 素性も知れぬ男の手によって。
 生物にとって最大のストレスを桃花が生まれて初めて味わっているその時、裏刀の携帯が
呑気なメロディーを奏でた。それに気付いた裏刀が、戦闘中にも関わらずすぐさま呼び出しに
応じたのは、勝利を確信しているからだろうと、桃花は自虐的な気分で予想する。
「もしもし? あー、はい。今まさに戦ってる最中ですけど。何ですか?」
 生存を諦めかけていた思考を、桃花は無理矢理に切り替える。
 あの男に勝つしかない。できなければ死ぬ。
 心臓の鼓動と血管の脈打つ音が、徐々に大きくなっていくような感覚にかられながら、桃花
は村正を利き手ではない左に持ち替え、裏刀に突進していった。
「は? 海の向こうからのサイバー攻撃? 知りませんよそんなの。そりゃアンテナ女とかの
分野でしょう。俺の守備範囲じゃないのにそんな連絡寄こされても――おっと、さっきより
動きが良くなってるね」
 既に桃花は、思考することを止めていた。渾身の力を込めて狙ったのは、裏刀本人ではなく
武器の方だ。会話に集中していた彼の手から、まずフォークを弾き飛ばす。
「――いや、戦争って……そんな大げさに表現しなくても。そりゃ板自体の危機だって
いうのは判りますけど――」
 無意識的に裏刀の上半身へ村正の攻撃を集めていく。
「休戦協定? ハルトシュラーとですか? 大人な判断でしょうって……自信満々にそんなこと
言われても困りますよ。こっちはもう大暴れしちゃってるんですから。――ああ、この世界への
干渉も全部なかったことにするんですか。はいはい……了解しました。それじゃあ、すぐ
そっちに戻ります。――ったく、小間使いも楽じゃないな」

 すかさず体勢を低くして放った足払いによって体勢を崩した裏刀が、電話を終えて毒づく。
「騒がせて悪かったね、無限さん。でも、もうすぐボスが全部リセットするらしいから。
ご心配なく」
 桃花は裂帛の気合と共に、最後の一太刀を放つ。これが通らなければ確実に殺されるという
圧倒的な危機感が、それまでの彼女の生涯で最速の斬撃を生みだしていた。
「これでえええ!」
「じゃ、これからも寄生退治頑張ってね」
 平然と別れを告げるその男の肉に刃が食い込んだ瞬間――
 裏刀作の身体が、白い光の粒子へと瞬時に分解されていた。
「!?」
 刀の勢いに振り回され、身体がぐらつかせる。
 桃花は狼狽しながらも即座に周囲へと視線を走らせた。が、銀髪の少年の姿は、既にどこにもない。
無責任な野次馬たちが、自分を中心とした輪を作っているだけだ。
 ギャラリーたちの好奇の目に晒されながら、敵を見失った桃花は膝を折った。もう安全だと
判断したからではなく、体力の限界が来たからという、情けない理由で。
 緊張の糸が切れた途端、体中が痛みと脱力感に覆われていく。
「……勝て、た?」
 そうではないことは、自分自身が一番良く判っている。力の抜けた左手から滑り落ちていく
村正には、微かに赤い血が付着していた。
 最良のさらに上を行くコンディションだったということは、うっすらとだが自覚している。
にも関わらず、裏刀に与えることができたのは、かすり傷一つに過ぎない。
 彼女は意識せず、自嘲の笑みを浮かべていた。
 それなりの強さを持っていると、今まで自負してきたが――
「上には上が……いるもんだな……」
 歩道に転がる村正を見つめて吐息をついた桃花は、自らの身体も地面の上に横たえたのだった。


おわり


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