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白狐と青年 第8話

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白狐と青年 第8話



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 匠の両親は第一次掃討作戦において死んだ。両親と親交のあった平賀が一人となった匠を引き取り、養父として後見してくれた。
 その後、匠は18になる頃には当時第二次掃討作戦への気運を高めていた武装隊に入隊し、20になった時、第二次掃討作戦が開始された。
 複数の戦場で異形との戦いをしていた匠はある時、信太の森にて行われる封印戦で副長兼遊撃手として参戦した。
 封印戦は異形を生みだす亀裂の封印も完了し、全行程の八割以上を順調に進めていた。
 しかし、信太主が現れ、それまでの異形との戦いで疲弊していた部隊は危うく壊滅させられる所にまで追い込まれた。
 封印の為に≪魔素≫を使い果たした者たちと、異形との戦闘で負傷した者たちを門谷の指示の下に撤退させ、匠は他の数名の仲間と共に殿を務めていた。
 その仲間も、半ばが斃れ、残りは撤退している。
 他の異形の姿も人影も見えなくなった火の放たれた森の中、信太主は吠えた。
「お前たちが異形と呼ぶモノにも守りたいものの一つや二つ、あるものなのだ――行くぞ!」
 言葉と共に信太主は≪魔素≫によって質量を得た炎を吐き出し、匠の持つ金属棒から伸びる刃がそれを叩き斬る。
「守りたいもの……?」
 発した疑問の声は突撃してきた信太主の爪と刃のぶつかる音にかき消された。
 巨体を弾き返し、金属棒を構え直した匠は刃に亀裂が走っているのを見てとった。
 戦闘が長引き過ぎた。≪魔素≫の量が足りずに刃が脆くなっている。
 そう匠が焦りを得た瞬間、再度突撃してきた信太主の巨体に強度が甘くなった刃が割れ砕かれ、
続いて放たれた身を回転させながら振るわれる尾の一撃に弾き飛ばされた。
 巨木の根元に叩きつけられる。
「……っ」
 衝撃に肺から強制的に空気を吐き出し、それでも五体がまだ無事であることをどこぞの神様に感謝しながら匠は起きあがった。
金属棒にありったけの≪魔素≫を込めて構える。
 と、巨木の根、その陰の部分に何か人工物が転がっているのが視界の端に映った。
不審に思い目を向けると、そこには人が一人入る程の大きさのカプセルがまるで隠されるようにして転がっていた。
 武装隊の流れ弾でも喰らったのか、一部が破損したカプセル。そのガラス面でできた蓋の中には人影が見えた。
「これは……?」
 驚きと共に疑問を抱く。しかし目の前には信太主が追撃に放った炎が迫ってきていた。
 匠は避けようとし、避ければカプセルごと中身が焼きつくされることに思い至る。
「っ!」
 咄嗟にカプセルの前まで移動し、残りの≪魔素≫を総動員して形成した幅広の刃を盾にした。
 衝撃と共に熱が襲う。刃は無事に炎を防ぎきった。炎が晴れると即座に匠は金属棒を引き抜き、形成されたままの幅広の刃を叩き込もうとして、
「信太主が、いない……?」
 すぐ直前までその場に居た筈の信太主の姿は忽然と消えてなくなっていた。
 荒れた息で周囲を確認する。完全に信太主の気配は無い。
 なんなんだ、一体?
 そう思いながらもカプセルへと近づき、カプセルのガラス面から中を覗いた。中には長い銀髪の小柄な、
「子供……?」
 少女が入っていた。
 なぜ? と思う。なにより異様なのはこの少女が入っているこのカプセルだ。これは明らかに、
「人工物、だよな」
 封印対象地区に指定される程の異形の巣窟であった筈のこの森に何故こんなものがあるのだろうか?
 そう思いながらもカプセルの様子を確認していく。
破損のせいでどうやら機能を失っているらしいカプセルを破壊し、中の少女を取り出すことにした。
「大丈夫か?」
 閉鎖状態から解放された少女へと声をかけるが、意識が無いのか反応は無い。
 武装隊に連れて行くか。
 そう思い、少女をカプセルの中から抱き上げた瞬間、匠は目を見張った。
 弱々しく呼吸をしているその少女。その整った顔立ちを飾る銀髪の中からは獣の耳が覗き、
何も纏う物の無い白磁のように白く綺麗な小さな体の、その腰の辺りからは髪と同じくきれいな銀毛に覆われた尻尾が生えていた。
 ――少女は異形だった。
 どうしたものか。匠は思わず宙を仰いだ。
 常ならば孤児のような状態であっても共存を求める異形に対して比較的友好的な、
京の都の辺りにまで行くかいっそ東北の方にまで行けば何とか住む場所位はあるものだが、
 見つかった状況が良くない。
 ここは狐の異形が治める森であるし、その狐、信太主は自治政府から討伐対象にされている。
そんなところで拾ってきた狐に縁のある容姿の異形などよくて追放、悪くすれば問答無用で銃殺だろう。
 匠は腕の中の異形の少女を見る。顔には何の感情も宿してはおらず、力なく閉じられた瞼は何も語らない。
ただ、弱々しい呼吸を続ける唇がそこだけ青くなっているのが視界に入った。
 こんな仰々しいカプセルに入っていたということはどこか体に不調があるんだろうか?
 そう思っていると、少女の手が伸ばされた。
 無意識のうちに伸ばされた手はゆっくりと何かを求めるように宙をさまよい――匠の頬に触れた。
 少女の顔に薄らと安心したような笑みが浮かぶ。
 匠はかつて両親を失った自分が平賀へと伸ばした手を思い出し、
「……参ったな」
 さて、どうやってこの子を助けようか。
 思考はそのことで占められていた。


            *


 信太の森での戦闘が信太主の消失によって終了を告げ、生還した匠はその日の内に傷付いた身を押して平賀の研究所へと行っていた。
「匠君! 信太の森の封印戦では大活躍だったそうじゃが怪我は大丈夫か……その子は?」
 いつものように煙管をふかしながら匠を出迎えた平賀は人目につかないように布でグルグル巻きにされて運ばれてきた少女を見て唖然とし、次いで、
「ケモッ娘属性に目覚めたのか! ワシは養父として嬉し――」
「信太の森で拾いました。戦災孤児ってことで一つまかりませんか」
 何故かハグを求めてきた平賀を金属棒の先で押しのけながら匠。 
「……フム」
 平賀は明らかに異形の一種である少女を見て目を細め、しかし特にそのことについて訊いて来ることもなく、
「その子にはちと特殊な治療が必要じゃな」
 そう言って少女を病院へと連れて行った。
 しばらくして病院から出てきた少女はその記憶をほとんど失っており、己の行く場所も無く、名前さえも記憶から抜け落ちていた。
 少女は匠によってクズハと名付けられ、そのまま治療と称して武装隊を傷病休暇した匠と共に平賀の研究区で住むことになった。
 家族というものと縁が薄かった匠には唐突にできたこの新しい家族とどう過ごせばよいのか、いまいちわからなかった。
 そしてどう接したらいいのかわからなかった俺は……。
 半ば腫れものに触るように暮らしていたように今となっては思う。
 それでも大切には思っていた。だからこそ戦いに身を置く自分から遠ざけて少女には、
クズハには安全な所で暮らしていてもらいたいと思い……それが今回どうやら裏目に出たようだった。


            ●


 目を覚ましたてのぼんやりとした視界に最初に映ったのは救護室の白い天井だった。
 天井の染みの形を目でなぞりながら匠は呟く。
「……うーん、デジャブだ」
 思いのほか掠れた声が出た。
 のどが渇いた。そう思いながら身を起こすと、みぞおちの辺りに衝撃が来た。
「――っ!?」
 息を吐き出し、衝撃を与えてきたものの正体を見る。
「クズハ?」
 クズハのタックルを腹に喰らっていた。
「匠さん、よかった……」
 そう呟きながら頭をしきりに擦りつけてくるクズハの頭を撫で、匠は何故ベッドで目覚めたのか記憶を辿る。
「……ん?」
 記憶が森の中から途切れていた。
 どうしてだろうかと思っていると、
「お目覚めか」
 門谷が半目で腕組みをしてベッド脇のパイプ椅子に座っていた。
「あ、門谷さん……ちーっす?」
 慣れない言葉使いで場を和まそうとしてみた。
「じゃあいろいろと話してもらおうか?」
 駄目だった。


            ●


 森の中であったことを大まかに話させられた匠はその後の記憶が無く、気がついたらベッドの上だったことを告げた。
 そりゃそうだ。と答えた門谷は匠が目覚めて緊張が解けたのかそのまま眠りこんだクズハを指さし、
「お前が傷口を盛大に開いて青い顔でクズハちゃんに運ばれてきてだな――」
 指摘されて初めて腹に新しい包帯が巻かれていることに気付いた。どうも激しい運動をし過ぎたらしい。
「クズハちゃんが坂上の傍から離れようとしねえから俺たちもついでに一緒させてもらってたぜ」
 そう言って門谷が指し示す先、床には敷物や水筒が転がっている。番兵全員、遠足気分で宿直でもしていたのだろう。
 おそらくは、クズハに掛かっていた嫌疑を晴らさせることを目的に。
 ありがたい。そう思いつつ門谷に訊ねる。
「あれから何日経ってます?」
「お前が運び込まれてから二日目だ。信太のクソ狐がまた悪さしたと言ったら皆信じたからな。
これでクズハちゃんが討伐対象にされることはねえだろ」
 笑って言う門谷に匠は頭を下げる。
「ありがとうございます」
 で、と気まずそうに言う。
「もう一つ、わがままいいですかね?」
「なんだ?」
「平賀のじいさんに会いに行くんで用心棒業務を廃業したいんだけど」
「おう、坂上のわがままならここは一つ聞かんわけにはいかねえな」
 上への言い訳はまあ任せろ。と自信満々に胸を叩く門谷。
「元々用心棒なんてのはお前を武装隊から追い出すために渡辺あたりが画策した適当な役職だろ」
 出てきた名前に匠は苦く笑った。
 渡辺、第二次掃討作戦時一時期指揮下に居た隊長の名前だ。
通り名は確か鬼切り、岩のような大男で、彼は異形を毛嫌いしていた。
 クズハを保護したのが一年越しでばれた時に匠を武装隊から追放するのに一役買っていた人物だ。
「で、このニ年間自発的に帰ったことが一度もない平賀の爺さんの所に戻るって言い出すからには、なにか理由でもあるのか?」
「理由は……あります」
 匠は記憶に中にあるクズハが入っていたカプセルを思い出す。そして今回信太主から聞いた言葉も。

『娘――クズハを調整した者から聞いてはおらぬのか?』

 調整云々はよく分からないが、おそらくは平賀が言っていた「特殊な治療」の事を言っているのだろう。
 信太主とクズハの関係、クズハの出生、失われたクズハの記憶、今回いきなり操られたクズハの事、それら今まで知らなかった事を知ることができるチャンスかもしれない。
 なら知りに行くべきだよな。
 自分などの傍にずっと居たいと訴えてくれたクズハとずっといる為に。そう匠は思い、
 しかしそれを門谷に言うことはできない。クズハは出生不明な上に狐の異形が治めていた森から保護した異形だ。
ただでさえ平賀の名を振りかざすなどの無理を通して人里での生活の認可を取っている。
 しかし、真実いかんによってはその認可を取り消されることにも繋がりかねない。
 門谷はそれでも匠やクズハの擁護に回ってくれるだろうが、だからこそ武装隊内での彼の立場をこれ以上危うくさせるこの件は伝えるべきではなかった。
 匠が黙っていると門谷はため息と共に頷き、
「言いたくなけりゃあ言わなきゃいいさ。それよりも」
 そう言って顔にニヤけた笑みを浮かべた。
「なんだお前、クズハちゃんに対する接し方が変わったか?」
「?」
 首を傾げる匠にいやそれそれ、と門谷は匠の腕の中で眠っているクズハを指さす。
「前はもっと微妙な距離をとっていたような気がするんだが」
 確かに、言われてみればそうかもしれない。
 なぜいきなり接し方が変わったのだろうかと考え、そのきっかけを思い出す。
 クズハからの訴えも確かに大きな変化の原因ではあったがなによりも大きな要因は……。
「……信太主に諭されたから?」
「は?」
 信太主が言うには、戦いから遠ざけようとしてクズハと距離を置いていたのを、
クズハ自身はいつ自分が捨てられるのかと不安に思っていたらしい。
 あの狐の言うことを丸っきり信じるわけではないが、それでもこの言葉にはクズハの言葉と相まって真実味があった。
「どうも失望されていたっぽいですよ」
「なんじゃそら」
「さあ?」
 平賀のじいさんに会えば少しは何か分かるんだろうか?
 匠は腕の中の温もりを大事に抱き、見舞いにやってきた武装隊の連中のたわごとを聞き流しながら思った。
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