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温泉界へご招待 ~ショウヤとユズキの場合~
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「…ユズキを返せ!! 俺たちは『紫の国』へ帰るんだ!!」
「…ユズキを返せ!! 俺たちは『紫の国』へ帰るんだ!!」
甲高い怒声。しかし湯乃香は、突きつけられた鋭い山刀に怯むことなく、獣皮を纏った古代の少年を怒鳴り返した。
「…こら!! 危ないでしょ!! ショウヤくん、だったよね? 手当てしなきゃ彼女このままじゃ死んじゃうかもよ? いまアリスが容態を診てるから…」
低く身構え、湯乃香を威嚇する泥だらけの少年は、先ほどからかたくなに元の世界に帰せと要求し続けていた。戦に敗れ、滅びゆく原始国家から来た彼は、どうみてもまだあどけない子供だ。
「…あのね、お城が焼け落ちるとこ見たでしょ? 敗残兵の掃討も始まってたし、帰っても二人して殺されるだけだよ?」
湯乃香が彼らを拾い上げたのは全くの偶然だった。彼女はその特濃スープで名高い『高杜ラーメン』を入浴客たちに振る舞おうと、温泉界の不思議な鏡から『高杜市』を覗き込んだ筈だったのだが…
(…なぜか千年以上、ずれてちゃったんだよね…)
意識をなくした少女ユズキを背負い、ショウヤは燃えさかる森を駆けていた。…二人には休息と暖かいお風呂が必要、それだけの理由で湯乃香はこの若い狩人の民を温泉界へと導いたのだった。
「…ほら、入浴料はいいから早くお風呂に入って大人しくユズキちゃんを待ってなさい。私、あんたほど不潔な男の子見たことないよ…」
ショウヤは薄汚れてはいるものの、端正な顔立ちの少年だった。ユズキもまた短い髪の凛々しく愛らしい少女だ。だが激しい疲労と体調不良が、彼女の溌剌とした笑顔を奪って久しい…
「…俺たちの国は…『紫の国』はどうなったんだ!? おまえら、呪い師か…神様なんだろ? 教えてくれ!!」
その答えは、湯乃香の持つ『たかもり観光マップ』にそっけなく記されてある。現在の高杜市、高見山山腹にある紫阿遺跡の調査結果として。
…遥か古えの『紫阿国』は僅か一回の交戦で時の中央政権に滅ぼされた。『婚姻の誓い』で結ばれているという幼なじみの二人に、もう帰る国はどこにも無いのだ。
…遥か古えの『紫阿国』は僅か一回の交戦で時の中央政権に滅ぼされた。『婚姻の誓い』で結ばれているという幼なじみの二人に、もう帰る国はどこにも無いのだ。
「…タカヤさまの軍勢は!? リョウとミサは!?…女王は…」
そして利発なショウヤは自らの悲痛な問いの答えを、湯乃香の表情から既に汲み取っていた。薄く残っていた戦化粧が、溢れ出る涙に滲んで流れる。
「…ユズキはどんどん弱ってきて…何を食わせても吐いちまうんだ…ちくしょう…俺はやっと『村の弓』を貰ったのに…誰も…何も守れない…」
初めてその年齢に相応しい弱さを見せて泣き崩れる少年に、湯乃香が与えられる助言は僅かだった。父祖伝来の営みを捨て、ひっそりと新しい文化に溶け込むこと。そのために、戦化粧と誇り高い狩人の血を、温泉界の熱い湯で全て洗い流すこと…
「…ショウヤ君、君は一番大事なものをちゃんと守れたのよ…」
いつの間にか戻ってきたアリス=ティリアスの声だった。蒸気渦巻く異界からやって来たこの不思議な薬師は、傍らに伴った野生の少女とそう変わらない年格好をしている。
しかし湯乃香はいつもその黒い瞳に、果てしなく年経た深い思慮の光を見るのだ。
しかし湯乃香はいつもその黒い瞳に、果てしなく年経た深い思慮の光を見るのだ。
「…驚かないでね、ショウヤくん…」
診察を終え入浴したらしいユズキは、見違えるように艶やかな女の香りを放っていた。その額には、ショウヤには見覚えのある紋様が描かれていた。確か、あの模様は…
「…ユズキちゃんのお腹には、ショウヤくんの赤ちゃんがいるの…」
「え!?」
アリスの言葉にショウヤは涙を拭い、恥ずかしげに俯くユズキにあたふたと駆け寄った。彼女の額を彩るしるしは、ショウヤの母と同じもの。産み、育て、やがて紫の国が『高杜』の名を冠する遥か未来まで、脈々と繋がる命の証だった。
「…ほら、大猪キドゥを倒したあと…」
顔を赤らめたユズキの囁きに、ショウヤが素っ頓狂な大声を上げた。
「あ…あんな事で、赤ん坊って出来るのか!?」
「…もしかしてショウヤ、知らなかったの!?」
無邪気に言い争いながらも嬉しげに手を取り合った二人は、額を寄せてひそひそ囁きを交わす。やがて怪訝そうに彼らを見守るアリスに、ショウヤとユズキは神妙な顔で近づいた。
「…あの…私たち、赤ちゃんが鬼神に狙われないように、祖先に祈る儀式をしなきゃいけないんです…」
「…あなたは俺たちの女王と、どこか似てるんです…どうか、儀式の見届け人になってもらえませんか?」
湯乃香と顔を見合わせ肩をすくめたアリスは、取り出した小瓶をユズキに渡しながら、少し大人びた表情でこの若い妊婦に答えた。
「…引き受けるわ。その代わり、私の作った薬を必ずきちんと飲むのよ。それからもう少し暖かい服を着て…」
知恵深い祖母のようなアリスの言葉にユズキはひたむきに頷いていた。…人も、国も、一瞬の閃光のように生まれ、そして消えてゆく。
旅人である友人アリスの瞳に、一瞬だけその叡知と同じだけの深い悲しみを垣間見た湯乃香は、少し無理をして弾んだ声を上げた。
旅人である友人アリスの瞳に、一瞬だけその叡知と同じだけの深い悲しみを垣間見た湯乃香は、少し無理をして弾んだ声を上げた。
「…ショウヤ君は儀式の前にお風呂に入るのよ!!そんで儀式が済んだら、今度こそみんなを呼んで高杜ラーメンよ!!」
ショウヤ/ユズキ「シェアードワールドで青春物語:森を賭けて」よりご来場
http://www26.atwiki.jp/sw_takamori/m/pages/136.html?guid=on