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「温泉界からの帰還」

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「温泉界からの帰還」





「…あれえ…おかしいなあ…」

湯煙のなかを低く飛ぶ夜々重の呟きに、力なくその背におぶさっていた怜角は憔悴した顔を上げた。

「どう…したの? 夜々重さん…」

「たしか、この辺で待ってる筈なんだけどな…」

薬湯の匂いが充満するこの温泉界。どうやら危険を顧みずこの異界まで救援に来てくれたのは、大賀美夜々重だけではないようだ。

「…誰か、まだ仲間が?」

「うん、もう一人ね…」

かなり回復した思考力で、怜角はありがたい救援隊のメンバーを想像した。もしかしたら高瀬中尉…夜々重とは切っても切れない少年、桐嶋祐樹。それとも極卒隊の同期たち、上司である『移魂』の達人…

「…え!! 夜々重さん、そういえばあなた、どうやってここへ!?」

考えてみれば、誤爆霊天野翔太に辛うじて髪を絡みつかせ、怜角はかなり強引にこの異世界へと侵入したのだ。帰還の為にと繋いでおいた一筋の髪は、先ほどの恐ろしい『菖蒲湯』に残してきてしまった。

「へ!? ええと…」

柔らかな背中から伝わる困惑した気配は、やはり彼女らしい呑気なものだった。怜角の知る限り、未知の異界に転移する方法など地獄界には存在しない。堅く繋がった人界とのゲヘナゲートですら、霊位や虚標の安定には細心の注意が必要なのだ。

「…えへへ、ま、難しい事はズシに聞いて!!」

「…ズシ…さん!?」

怜角には聞き覚えのない名だった。別世界の間を自由に出入り出来る人物ズシとは一体何者なのか…

「あっ、いたいた!! またやってるね…」

果てしなく続く浴場の一角、積み上げられた『お風呂椅子』の下に、『ズシ』なる男は座り込んでいた。奇妙な白衣を着た彼はタイルの床にびっしりと紙片を広げ、なにやらブツブツと呟いている。

「ズシ、任務完了。撤収だよ!!」

「…からして…魔素濃度の差によるものであるからして…機械的な調整はほぼ完全であるからして…」

戸惑う怜角を床に下ろすと、夜々重は無造作に散乱した紙片を蹴散らし始めた。「ああっ!?」という情けない声を漏らしながら、ようやく『ズシ』は顔を上げた。

「…せ、千丈髪怜角と申します。ご迷惑をおかけしました…」

「…このとき発する誤差が問題なのであるからして…」

ズシは蓬髪を掻きながらちらりと怜角を窺ったきり、再び独り言に没頭し始める。見事な無視だった。華麗、とさえ呼んでもいいだろう。

「…ズゥ~シィ~!!」

どうやら夜々重は、この怪人物の扱いには慣れているらしい。彼女が掴んだ紙の束を丸め、ポンポンと湯船に投げ込み始めると、ズシは再び「あああ」と呻いて、ようやく二人に向き直って尋ねた。

「…まだ、帰れないのだろうか?」

「…だ・か・ら、『撤収』って言ってるでしょ!? こちらは怜角さんよ。」

ズシはまた怪訝そうな目を怜角に向けたが、挨拶らしき言葉を発することはなかった。どうやらいわゆる『変人』のようだ…

「…怜角さんは『ダメ』な方らしいわね…ズシ的に。」

「はあ…」

ガサゴソと呪符の束を取り出し、壁に貼り付けたたズシは、珍妙な仕草でゲートの誘導らしき作業を始めた。ゲヘナゲートのオペレーション経験のある怜角にも、全く理解出来ない術式だ。

「早く早く!! 追っ手がこないうちに逃げなきゃ!!」

もちろんズシは応えない。団扇と虫取り網のようなものを振り回し、耳慣れぬ呪文を詠唱する彼から、怜角は少し気味悪げに距離を取った。

『…彼も『誤爆霊』なんだけどね。由希ちゃんて子供がペタペタ橋の下で見つけたんだって。』

『誤爆霊』という夜々重の単語に、怜角がピクリと反応した。濡れた着物がぴたりと張り付いた身体を慌てて隠す。

『大丈夫だって。ズシは無害な『第一種』だから。けど高瀬さんが言うにはある種の『天才』らしいの…』

やがてブンブンと低い唸りを立て始めた呪符を眺めなから、夜々重はズシについて話し続ける。幸いに、『視姦獣』天野翔太とその仲間らしいヌード少女たちが追ってくる気配はなかった。


『稀にみる無垢な魂』。それが誤爆霊ズシに、閻魔大帝が与えた評価だ。
いつからか浮浪者まがいの姿で地獄界を放浪していた彼は、空腹で失神しているところを小学生に助けられ、運び込まれた治療所で招かれざる異界の魂であると判明した。
小さな子供以外、ごく限られた人間としか会話せず、ひたすら温和で無害な彼はすぐ閻魔庁に地獄への居住を許された。怜角が彼を知らなかったのは、件の『閻魔庁爆破未遂事件』にかかりきりだったからだ。
故障した道具を修理したり、慈泉洞で子守りのアルバイトをしたりしてその日暮らしをしていた彼が、『怜角失踪』の知らせに途方に暮れていた高瀬剛中尉の元に現れたのは、まさに『地獄に仏』だったのかも知れない。

『…仕事』

ズシが無断侵入した高瀬中尉のバス整備工場で最初に発した言葉だ。
乱雑に散らばった工具や機械のなか、高瀬剛と大賀美夜々重は深刻な顔を上げた。獄卒隊総力を上げての捜索でも、怜角の行方すら掴めてはいない。
持ち前の正義感と旺盛な好奇心で協力を申し出た夜々重と二人、必死に救出の方策を思案していた高瀬は、この怪しい訪問者を咎める余裕もなく情けない声を出した。

『…理論的には、理論的にはゲヘナゲートを使えば異空間への移動は可能なんだ!!』

『…仕事を』

『…怜角さんが失踪した位置の時空虚標の乱れ、これを解析出来れば…』

『…仕事をください』

ようやく高瀬は、人の顔も見ないで勝手に呟いている痩せたボサボサ頭の男を認識した。生来温厚な高瀬だが、この緊急事態に彼はあまりに迷惑すぎる人物だった。

『…貴様ァ!! 誰の許可を得て此処に居るかァ!!』

『…あ、高瀬さん、この人なら知ってるよ。ズシって言うヘンな誤爆霊だけど、日雇いの仕事探してるだけだからほっといたらいいよ。』

地獄の噂にはやたら詳しい夜々重が、ちんぷんかんぷんな『空間転移二関スル考察』をペラペラと捲りながら言う。
ため息をついてズシから離れた高瀬は、混乱する思考のなか舌打ちしながら壁際の作業台に向った。そこには彼が趣味で造り上げたフラフープほどのゲヘナゲートが置かれてあった。

『…虚標さえ特定出来りゃ、この模型でも助けにいけるんだ…ああ…『風車の方程式』…』

『…正しくは『風車の軸の方程式』。答えは…』

背後でぼそりと聞こえたズシの声に、高瀬はゆっくりと振り返る。すると夜々重の横に座り込んだズシの手は、すでに散らばったチラシの裏へ、奇想天外な魔法公式を書き殴っていた。


『…いける…いけるぞ…』

それから二時間、茫然とする夜々重の前で、ズシと高瀬は異界に目指せるミニチュアゲートを完成させた。あとは怜角の失踪現場までゲートを運べば、彼女の救出に出発できる。

『…あんた、一体何者なんだ…』

深い賛嘆のこもった高瀬の問いに、ズシは何故か夜々重の方を向いて答えた。

『…この仕事は時給制かな? それとも日給なのかな?』

『知らないよそんな事。 高瀬さんに聞いてみなさいよ?』

やはり重度の変わり者だというのは本当らしい。ズシが噂通り話す相手を選り好みするのだとすれば、高瀬は『ダメ』な相手なのだ。

『…とにかく、ゲートを運んで怜角さんを捜すには人手がいる。それに…』

高瀬『中尉』はあくまであだ名に過ぎない。とどのつまり民間の幽霊である高瀬がゲヘナゲートを、しかも異世界に跳躍できる特注品を所持しているのは地獄では違法行為だった。

獄卒隊に事情を説明し、この試作機をいざ本稼動するまでには途方もない時間が掛かるだろう。だが相手は危険な『視姦獣』なのだ。
その間にも不埒な誤爆霊に、舐め廻すように、なおかつ穴が開くほど眺め回される艶めかしい怜角の肉体を想像し、高瀬は狂おしい怒りに震えた。
一刻も早く彼女を奪還するためにはこの『スーパーゲート』の使用法を熟知し、なおかつ改造の共犯者であるズシに、是非とも同行してもらわなくてはならない…

『…イヤだ。あの人は怒鳴ったり、命令したりしそうだ。』

相変わらずズシは夜々重の方を向いたまま、異界への探索行を拒否した。どうやら夜々重との会話は支障なく出来るようで、苛立つ高瀬はもどかしい忍耐を続けながら、夜々重を挟んだ辛抱強い交渉を進めた。

『…結局、私となら、怜角さん探しに行ってくれる、ってことね? それから報酬は日給計算、ってことで…』

ようやく出た結論。考えてみればゲートがこちら側で壊されたり、持ち去られたりする心配もある。誰かがこちらに残らなくてはならない。
巻き込んでしまった夜々重にひたすら平身低頭しながら、高瀬中尉は泣く泣く怜角救出を二人に任せ、愛車『フクロウ』に改造ゲヘナゲートを積み込んだのだった。

『…じゃ、行ってきまぁす!! あ、朱天ショップ寄って、『視姦防死装束』買わなきゃ…』

…かくして怜角に劣らず自信過剰気味の幽霊、大賀美夜々重は、羞恥にヒイヒイと泣き喚く怜角を見てみたい、という些かサディスティックな願望も胸に、ズシと共に遥か温泉界へとやってきたのだった…


…淡い菫色の光を放ち、ズシの呪符は帰還への通路を穿ち始めた。無愛想なズシに促され怜角は異界の門をくぐる。元はといえば自分の虎縞パンツが引き起こした騒動だったが、ちらりとだけ再会した『誤爆霊』天野翔太はのんびりと楽しそうだった。
本来怜角のいる地獄にくるべきではなかった彼。ひょっとしたら死後の彼を待っていた世界は、この果てしない温泉の世界ではなかっただろうか?
その天野翔太と同じ誤爆霊の非凡な魔道師ズシ、そしてふとした縁で知り合ったばかりにも拘わらず、遥々救出に駆けつけてくれた夜々重とぴったり寄り添って、千丈髪怜角は彼女を待つ賑やかな冥府へと帰っていった。



おわり

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