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レンジャーズ~peaceful night & wicked dream~

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eroticman

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レンジャーズ~peaceful night & wicked dream~


 深夜、コンクリートの空間に打撃音が響き、床に投影された影がその形を大きく変える。
 金属のチェーンが擦れ合い冷たい音が聞こえ、打撃音と混ざって行く。その打撃音がする度に、ホコリが舞い上がった。

 誰かがサンドバッグを叩いている。
 タンクトップとスウェットを着た彼はもう一時間もこうしている。
 タンクトップから覗く背中の筋肉は盛り上がり、汗で光っている。ヒットマッスルと呼ばれている肉体のパーツは一般人のそれと比べ、彼は非常によく発達していた。
 ステップを刻む度に目線まで伸びた前髪が左右に揺れ、汗が飛び散って行く。
 サンドバッグの下は彼の汗で水溜まりが出来ていた。

 地下都市外層。訓練施設。
 ここは兵士や警察、キャラバンに出る民間人等が訓練を受ける場所だ。
 そこの一角にあるトレーニングルームで、黒丸望は一人でサンドバッグを叩いている。
 深夜で人は誰も居ない。静まり返った室内では、彼の呼吸と打撃の音だけが在った。

 その二つしか無い部屋にもうひとつの音が現れる。
 アルミの簡素なドアを開ける音だ。何者かがこの部屋へと侵入してきたのだ。望はサンドバッグに集中していて気付かない。
 侵入者はじわりじわりと歩を進め、望の背後まで近付く。望は熱心にボディ打ちの練習をしたまま。
 侵入者の袖はまくり上げられ、年齢を感じさせない腕の血管が侵入者の腕力を示している。望は左ボディから右のショートストレートのコンビネーションに苦悩している。
 そして望が再びパンチを放とうとした直後、侵入者の右手が望の首にかけられ絞められる。頭は左腕でがっちりとロックされ、『崩し』を受けた望はいとも簡単に後ろへと転倒した。
 侵入者は片膝を付き右の太ももに上に望の身体を乗せ、パンチでの反撃を防ぐ為に首に回した腕の肘で望の右肩に対してガードポジションを取る。
 左は放置したままだった。距離が十分取れたので打撃を恐れる必要が無かった。
 侵入者は望の顔を覗き込み、微笑みながら話しはじめる。

「隙だらけだな望。相手が俺でよかったろう」
「ぬがー……! お……親父!? 何しやがる放しやがれ!!」

 侵入者――黒丸昌は息子を拘束から解くと、はははと笑いながら袖を元の位置へと戻す。
 既に六十近いはずだが、見た目はそれ以上に若い。いや、若すぎた。過疎グリーンこと小橋松栄も見た目が若いが、黒丸昌のそれは異常だ。
 誰も彼の年齢を見た目から言い当てるのは不可能だろう。

「ここで何している望?」
「げほっ……見りゃ分かんだろ。身体鍛えてんだよ。……ったく、本気で首絞めやがって」
「こんな深夜にか? 息子ながら変わった奴だ」

 昌は浸透圧を調整した飲料水を望に投げ渡す。塩分やミネラルを配合したそれは汗をかいた後にちょうどいい物だった。世界崩壊前にも似たような物があったが、それに比べると酷く味は薄い。

「滅多に無い暇な日だったんだぞ。街へ出ればよかったろう」
「行ってどうすんだ。ここのほうが遊べる」
「その遊びが深夜のサンドバッグ打ちか?」

 昌と望は隅のベンチへ移動する。望はタオルで汗を拭きながら飲料水を飲む。身体が冷えていき、先程までフルに使っていた足腰に乳酸が貯まっている感触を味わう。

「親父こそ居ずっぱりじゃねぇか」
「俺は役職でここに居る。お前達はせっかく休みが取れそうな日くらいは外に出ればいい。
 もし召集がかかればそれどころでは無いんだ。だから今のうちだと皆も街に帰っているだろう?」
「連中は帰るところがあっからな」

 望はタオルと飲料水の入ったボトルをベンチの上に置いて立ち上がり、再びグローブをはめる。使い込んだ合成革のパンチンググローブはボロボロになっていた。
 望はオーソドックスで構え、ばしばしと左のジャブを放つ。
 昌が言う。

「望、陽斗と一緒に遊びに行けばいいだろう。お前達はここで兄弟みたいに育った仲だろう」

 望は聞きながら右足に体重をかけ、筋紡錘反射を利用して右足を強く伸展させる。重心が前方へ移動し、体重を乗せた左ストレートを放つ。
 ばしっ! と強い音がする。

 ジャブからストレートの左のダブルを練習しながら望は父に言葉を返す。

「……親父、いくら俺でもそこまで空気読めねぇ訳じゃねぇぞ。女連れの所に邪魔しに行けってか?」
「はは。そうだったな。奴も成長したもんだ」
「みんな会いたい人の所に行ってんだよ。グリーンのオッサンは娘と、イエローの野郎は昔の仲間と。ピンクは……。ピンクはちょっと何考えてるか読めねぇけど……」

 望は軽くダッキングし、右足を伸展させつつ内側へと捻る。身体は重心を左足に移動させつつ横へ回転し、右フックがサンドバッグを揺らす。

「……陽斗が気になるのか親父?」

 望はサンドバッグを打つのを止めて静かに言った。

「そうだ」
「実の息子よりかよ?」
「……そうかも知れん」
「相変わらずつまんねぇ奴だな」

 綻びたパンチンググローブが棚へ投げ込まれる。サンドバッグの下に溜まった汗はそのままに、望は上着を羽織った。

「親父、俺はオカルトは信じねぇ」
「昔からそうだったな」
「陽斗が何者かなんて関係ねぇんだよ。俺にとっちゃ兄貴のままだ。昔の寄生がどーのこーのなんて、今生きてる俺には無関係な話なんだよ。特にあのジジィの話はな」
「奴が陽斗を連れて来たんだぞ?」
「だからなんだってんだ。親父にとっちゃどうなんだ? 陽斗は俺が生まれる前から親父の『息子』だったろ?
 だったら陽斗がどんな奴か知ってるはずだ。気にするだけ無駄ってもんだ。我が家の長男は誰が何したって自分で決めた事はやり通す。
 まぁその性格が災いして家飛び出したけどな」
「家出したみたいな言い方だな」
「似たようなモンだろ。官舎じゃ出来る事と出来ねぇ事あるしな。
 まぁ俺はまだ出て行く予定はねぇから淋しがらなくていいぞ親父」
「ぬかせ若僧が」
「素直になったほうが楽だぜ?」



※ ※ ※



 荒野。どこまでも続く荒れ果てた荒野が目の前に広がっていた。遥か地平線まで広がる程の。
 空は曇っている。太陽が見える事は無い。そもそも、あの分厚く血のように真っ赤な雲の向こうに太陽が在るかすら疑問だ。


 風は錆びた鉄の味を運んでくる。ひび割れた大地には草一本生えておらず、代わりに錆びた剣の刀身と髑髏の案山子がいくつもある。
 悪趣味な世界だ。彼はそう思った。

 雷鳴が轟く。紅い雲の間に黒い稲妻が走り、血の雨と一緒に漆黒の落雷が遠くに見える。
 ああ――ここは地獄なのか。
 彼はそう認識した。少なくとも、人間の世界では有り得ない光景だった。

 彼は歩きだす。何処へ向かう当ても無く。
 しかし脚は無意識に、自然とある場所へと向かう。彼にとっては初めて見る光景に思えたが、どこと無く見覚えが有りそうな感じもした。
 しかし感じるのは懐かしさではなく、むしろ嫌悪感であった。
 そうだ。ここは地獄なのだ。だからそう思うんだ。
 彼はとりあえずそう理解した。

 カチーン カチーン

 音がする。
 その場所は近い。脚は自然にそこへ向かう。

 カチーン カチーン

 目の前だ。すぐそこから音がする。目の前のうずくまって金づちを振り下ろす男から聞こえる音だ。
 彼は立ち止まって待った。何となく、その男は自分に話しかけてくる気がしたからだ。

 その男は金づちを振り下ろし、何かをずっと叩いている。
 それは剣だった。男は立ち上がり、そこら中に刺さっている剣の一本を抜くと、先程まで叩いていた黒い剣の刀身と重ねてまた金づちを振り下ろす。
 みるみる内にそれは一つとなり、一本の黒い剣になった。

 男は立ち上がり、彼の方を向く。彼は初めて見る顔だと思ったが、やはり見覚えがあるような感じがした。
 感じたのは懐かしさではなく、憎悪だった。

 男は彼に何か言う。彼も同じ言葉を返す。

「お前を殺す」
「お前を殺す」

「今度こそ」
「今度こそ」

 突如、周りにある髑髏の案山子が動きだし、けたけた笑い始めた。目に見える全ての案山子が笑っていた。
 彼は初めて恐れを抱く。そして、同時に激しい怒りを感じ男に言う。

 その男もまた同じ事を言う。

「もう許さない」
「もう許さない」

「地獄すら生温い」
「地獄すら生温い」

 笑い声は続く。
 地平まで続く、錆びた剣と笑う髑髏の案山子しかない世界は、けたけたという笑い声に包まれている。

 彼は男に憎しみを込めて叫ぶ。だが、男はとうとう彼と違う事を言った。

「殺してやる!」
「……」

 同時に言ったので何を言ったのかは最初解らなかった。 彼は叫び続けた。殺意の言葉を。
 ひたすらに叫び、笑う髑髏の案山子にすらそれを言う。
「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」

 ひたすらに叫ぶが、いきなり彼の視界は暗黒に包まれる。
 笑い声は消え、先程の男も見えない。
 代わりに聞こえて来たのは誰かの寝息だった。とても安らかで、心地良さそうな寝息。
 そして彼は、剣と髑髏の地獄から追い出されて行った。
 そしてこの瞬間、男が言った言葉が一度だけはっきり聞こえて来る。

「我々は、大勢であるが故に」

 男はそう言った。



※ ※ ※



 時刻は深夜の二時を過ぎた頃だった。
 陽斗は夜中に目が覚め、ぼーっとしている。何故か身体が熱い。まるで喧嘩でもした後のような熱さだった。

「とんでも無い夢だったな……」

 独り言を言う。思わず横を確認するが、呉葉はその独り言に気付かず静かに寝息を立てている。
 陽斗は呉葉を起こさぬように静かにベッドから脱出し、玄関から外に出て煙草に火を付ける。
 合成成分の多い粗悪な紫煙を思い切り肺の奥まで吸い込むと、寝起きの頭がくらくらと揺れる感覚がした。
 煙を吐き出して先程の剣と案山子の夢を振り返る。幼い頃から稀に見る夢だった。
 あの日、無限彼方と出会った日から。

「……誰なんだよアイツは」

 誰なんだ。率直な夢の感想はそれだった。
 あの地平まで続く荒野も紅い雲も黒い稲妻も、そして錆びた剣や髑髏の案山子まではまだいい。
 地獄なのだ。陽斗はそれで納得していた。

 だが、あの男は何者なのだろうか?
 地獄に住む鬼や悪魔にしてはあまりに人間に近い。
 なのより、その謎の男を憎む理由がわからない。あそこまで憎しみの言葉を並べ立てるのは現実はもちろん、夢の事でもあの男に対してだけだった。

「我々は大勢で在るが故に……か」

 最後に男が言った言葉を思い出す。
 我が名はレギオン 我々は大勢で在るが故に。新約聖書に記された悪霊の言葉だ。言葉の意味は『軍団、集団』。
 それはまるで、今の世界を作った寄生達そのものでは無いか。陽斗はそう思っている。

 だとしても、それだけではあの夢の真意は不明だ。
 陽斗は煙草を地面に押し付けて吸い殻を拾う。幾分か身体の熱も取れて来た。
 このまま何も無ければ明日は戦闘訓練の予定だ。まだ朝まで時間はある。
 もうひと眠りしよう。そう思った陽斗は部屋の中へ入り、呉葉の居るベッドへと戻って行った。



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