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白狐と青年 第16話「往訪」

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mintsuku

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往訪


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 信太の森の中、数年前クズハの入ったカプセルを発見したり、ついこの前もキッコが居座っていた、森中心付近に位置するものと思われる巨木。
匠達はその前まで歩いて来ていた。周囲は未だ以前の戦闘の跡がちらほらと見受けられるがその巨木には、
 傷が……ない?
 流れ弾や爆発の煽りを受けて相当傷付いていたはずの巨木には傷一つ付いていなかった。
 なんでまたこの木だけ?
 周囲の荒れ具合の中、一つだけ無事な巨木は一種異様な印象を与える。そんな巨木に奇異の視線を匠が送っているとキッコが口を開いた。
「ほれ、退け」
 キッコは巨木に片手を押し当てると何やら術を行使し始めた。
≪魔素≫が彼女の周りで動きを見せ、それに伴って人化で隠されていた彼女の金毛の尻尾と耳が露わになる。
 巨木の方にも変化が現れた。青々と茂った葉が光を帯び始め、木がより巨大になった印象を受ける。
「これは……結界?」
 クズハが小さく言った瞬間、出し抜けに風が一陣吹き抜けた。
 そして、
「――まあこんなものかの」
 キッコが巨木から手を離す頃には巨木の周りの景色が一変していた。
 周囲には荒れた土地などなく、先程よりもよりいっそう木々の密度が濃い森が視界を覆い尽くしていた。
「こりゃ、すげえ」
 彰彦が変化した視界をそう評しているのに同意しながら、匠は呆れとも驚嘆ともつかないため息を吐いた。
 森の中にこんな仕掛けがあったのか……。
 思っているとクズハがキッコに問いかけた。
「大規模な結界ですか?」
「そうだの」と答え、キッコは尻尾と耳を収めると口許を歪めて薄く笑んだ。
「お前たちの言う災害が起こるまではここで住み分けていれば問題なかったのだがの、
余計なものが湧いてきたせいで結界は喰われるし人も術を覚えおった。引きこもってばかりもいられんようになっての。
 まあ人間に比べれば我等の被害は大した事ないがの」
 そう言って肩をすくめると森の一角に目をやった。匠達も視線を追いかける。
視線の先では何者かが草木をかき分けるような物音がした。
 葉草の向こうに感じる気配に匠が手に携えた墓標を握り直すと、木々の間から狐の群れが姿を現した。
 両の手では数えられない狐の群れは素早く匠達を包囲するとそれぞれ油断なく睨んできた。
 ≪魔素≫の気配……異形か?
 囲む狐の内数匹は人の身程もあり、皆それぞれ敵意に近い警戒心をむき出しにしている。
 その中で一際大きな体躯をした狐が匠を睨みつけ、人語で叫んだ。
「貴様! この地に現れた妖魔ごと我等を滅しようとした人間!」
 あ、やば――。
 自分がキッコを敵視していたように、異形側も自分を敵視していて当たり前だ。
 自分がこの森の異形からどう思われているかを一言で察した匠は友好的な態度を示そうと墓標を地面に突き刺して無手である事をアピールしようと両手を広げた。
「待て、話し合――」
「問答無用!」
 狐が跳びかかって来た。
「匠さん!」
「っ!」
 クズハと彰彦が反応する気配がある。匠自身も何らかの行動を起こそうと≪魔素≫を集中し――
 その前にキッコの足が狐を側面から蹴り飛ばした。
 狐は地面をバウンドすると木にぶつかり、獣特有の甲高い悲鳴を上げて草むらへと落ちた。瞬間、跳ねるように起き上るとキッコへと牙を剥く。
「何をするこのたわけた女郎めが! 貴様から食ってやろうか!?」
 大口を開けて言われるその言葉にキッコは面白そうに口の端を吊り上げた。
「ほう?」
 キッコへと≪魔素≫が再び集中し、せっかく収めた尻尾と耳が再度露わになった。
「……え? この≪魔素≫と匂いは……」
 キッコの正体に気付いたらしい狐が息を呑む。
 しかし、遅かった。
 キッコは笑みのまま艶やかな金髪を風に流し、尾の周囲に陽炎を生んだ。金の瞳で狐を見ると、一言。
「ちと灸を据えねばな?」


            ●


「あ……主様と、その客人とは知らず、御無礼を……」
 数分前とはうって変わって態度が低くなった狐を心配気に見ながらクズハが声をかけた。
「大丈……夫ですか?」
 大丈夫じゃないよなー、あれ。
 しかし他にかけるべき言葉が見つからず、そう声をかけたくなるのも分かる。所々焦げた狐の毛を見て匠も少し同情した。
「こりゃ灸なんて生やさしいもんじゃないだろ」
 呟くと、彰彦が「ありゃ火刑だよな」と答えて二人で乾いた笑みを交わした。彰彦は息を深く吸い込み、
「……香ばしい匂いが漂ってんな」
 複雑な表情で述べた。
「まあよいではないか」
 どこかしらスッキリした顔のキッコに皆が若干引いた視線を送る。と、別の狐が声をかけてきた。
「主様、お久しゅう」
 こちらも人の身以上の大きさの狐だ。若い女性の声で為された挨拶にキッコが頷いた。
「んむ。とは言っても結界と森の様子を見に来ただけですぐにいなくなるのだがの」
「またですか、最近は人間とよく行動を共にしておられるようで」
 どことなく不満そうな狐の声にキッコは笑った。
「そう責めるなヨモギ、ここはもう我がついていなければならぬ程異形が湧いて来ることも無いだろう?」
「地裂は封印されましたからね……人間の技術によって、ですが。――しかし以前人間が攻め込んできた折に奴らに害された者もおります」
「その分屠ってやったわ」
 そう言うキッコにヨモギは「ええ」と頷き、「しかし」と匠を見た。
「この人間は先の争いで指揮役を担っていた者の一人ですね」
 きっついなぁ……。
 色々と含む所があるような視線を受けて匠が困った表情を浮かべているとキッコがとりなした。
「ちと事情があるのだ。この若造を責めるのは筋が違う」
「事情とは?」
「さて、人間の都合故、何とも説明が煩雑になるの」
 そう言ってキッコは肩をすくめてみせると匠と彰彦を示した。
「これらは匠と彰彦、匠の方は確かに敵対しておったが互いに矛を収めた。もう無理に争うこともなかろうて」
 渋々と言った風に頷く眷族達を見回し、「まあ仲良くなれとまでは言わんがの」と付け加えるとキッコは、
「こんな雄共なんぞどうでも良いわ。それよりコレをどう思う?」
 そう言ってクズハの背を片手で押し、ヨモギの鼻先へと突き出した。
 小さく驚きの声を上げて硬直したクズハへと鼻先を近づけたヨモギは首を傾げた。
「我等の同胞……にしては人間臭いですね……あの時の?」
「クズハという。ヨモギの見立て通り、あの時の瀕死の人間の子よ」
 その発言に周囲の異形達がざわめいた。
 皆がクズハを注視する。
「この子が……」
 唸る声に呼応するように、遠くで様子を見ていた者達も近づいて来る。
「随分と人の形を取り戻したようだ」
「いっそ完全に我等のようになった方が人間の中で息苦しく生きるよりも幸せだろうに」
「私を、知っているんですか?」
「知っているも何も……」
「……なあ?」
 クズハの質問に、狐が好奇心に引かれて横にやってきた小動物型の異形を見、
アイコンタクトを受けたその異形は別の狐を「お前説明しろよ」と小突く。
 その流れが周囲を一回りしたのを見てヨモギがため息交じりに口を開いた。
「主様が初めて子供を何かの容器に入れて連れてきた時は、ついに人の子を食う気になったのかと血の気の多い者がはしゃいでいましたね」
 身に覚えのある者が驚いた表情をしたクズハを見た後に顔を見合わせ、
キッコから数歩下がったのを見てヨモギは呆れたように首を振り振り言葉を続けた。
「共に居たもう一人の人間がそれを鎮めてましたが」
「あの優男、意外に強かったな」
 所々焦げ跡と香ばしい匂いを纏った狐が懐かしそうに言うのをヨモギが窘めた。
「甘く見るからですよカタバミ、男衆のまとめ役がそんなのだから主様が愛想を尽かして人間に興味を持つのです」
「主様は好事なんだろうさ」
 煩わしそうにカタバミが答えるのを見て、
 ああ、女性優位なんだな。
 匠がしみじみとそう思っている間にも二言三言と言い合う二匹の周囲に狐や小動物の異形が集まってきた。
 クズハを興味深げに見る彼らは口々に、
「あの時はまさか生き延びるとは思わなかったが」
「ああ、顔なんか半分すっ飛んでいたな」
「森での人間の掃討作戦とやらの後、どうしていたのだ?」
「ここまで回復したのは匂いからすると……あの容器と主様の身体の賜物ですか?」
 いきなり質問攻めにされたクズハは匠を窺う。話していいものか迷っているようだ。
 まあコイツらに隠す必要もないだろうさ。
 クズハに異形の血肉が入っている事を問題にして疎外のネタにするのは人間だけだろう。
 少なくともこの森の連中は大丈夫だ。クズハを気にかけているキッコが止めないのだから。
 そう考え、頷いた。
「――あ、はい。そういう事だとうかがいました」
「では森からあの人間がクズハ殿を誘拐して行ったので?」
「え、や、違います! 匠さんは私を助けてくれて――」
 尚も質問されるクズハを眺めやる匠の横、キッコがヨモギに問いかけた。
「森に大過は無いかの?」
「はい、以前主様が森でそこの人間……匠と揉めて以降でしたら……そうですね、結界内では蛇の目の主が目覚めました」
 キッコの目が大きく開いた。
「ほう、エリカが……これは蛇の目の従者がこき使われるかの……。
アレが目覚める時はいつも何ぞ目的があるものだが、さて今回の目的はなんなのだろうな」
 またシノダ巻きを作るというのなら我も食べに行きたいものだ。
 そんな事を言っているキッコに匠は首を捻った。一連の会話に聞き覚えのある単語があったのだ。
「蛇の目ってーと……」
 以前出会った少女が持っていた、蛇の目と呼ばれていた傘を思い出す。
 おお……!
 ポン、と手を打ち訊ねる。
「エリカって薄桃の着物に紺袴穿いて背に羽生やした、エリカか?」
「その通りです」
 意外そうな口調でヨモギが振り返った。
「知っておるのか?」
 こちらも意外そうな口調のキッコに答える。
「ああ、森で会って、いきなり全裸になられてな――淫魔の類かと思った」
 視界の端でクズハの耳が跳ねたような気がした。

「それは微妙に羨ましいな……なんかお前異形に効くフェロモンとかそんな感じのもの出してんじゃねえか?」
 しみじみと彰彦が半目で言うのへ匠は思う。
 そんなに羨ましがられるようなことも無かったぞ……。
 なにせ、
「大変だったんだぞ? 出会ってその直後にいきなり戦ったりその後も道場に殴り込みかけてきたりと割と派手な奴だったし。
恋と戦いを混同したりしてたりとかしてたな。そのせいで初恋の君がどうたらこうたら――」
「でもエリカさん、最後には分かってくれましたよ?」
 クズハがやはり聞こえていたのか控えめにフォローを入れてきた。
 話をぶった切るタイミングで。
 彰彦がクズハの方を見て苦笑しながら訊いて来る。
「いや、全裸が見れりゃどんな苦労にも釣りがこないか?」
「そうなんですか?」
「こねえよ……」
 そういえばコイツはそういう奴だった。クズハも悪い影響を受けなきゃ良いが……。
 そう匠が彰彦による影響を憂いていると、キッコが可笑しそうに笑いだした。
「ハハッ! エリカの今回の目的はそこら辺か! これは蛇の目の従者も苦労するのぉっ!」
 キッコの突然の笑いにギョッとしながら匠は思う。
 恋と戦いの繋がりが目的なのか? 哲学だな。
 それはあのタバサとかいう猫も大変だと匠は内心同情する。
 ひとしきり笑うと「まあそれは良い」と言ってキッコはカタバミに問いかけた。
「結界外の様子はどうだの?」
「はい、相変わらずです」
「……そうか」
 言葉と同時、キッコの雰囲気が変わった。
 匠はクズハと顔を見合わせ、共にキッコへと視線を向けた。
「相変わらず出自不明の者共、異形が出るということだの?」
「左様で」
 カタバミが答え、ヨモギが補足した。
「それも複数種が、統率された動きで森を通過して行くように」
「そうか……」
「どういうことだ?」
 匠の問いにキッコは顔を向けた。
「第二次掃討作戦、それ以降この森から出てくる異形は皆、森を通過点にしている出自不明の者ということだの」
「それは大体分かってる。お前たちが和泉に出て来てた異形とは違うというのはなんとなく分かる」
 少なくともこの場の者達は人語での話が通じる。和泉に現れていた者達は皆半ば本能にのみ従っているような者達だった。
 にも関わらず妙に統率された動きを見せている。
 まるで知性のある者のような動きに匠も以前疑問を持った。
匠は何者かが統率しているものだと思っていたが、その何者かの最有力候補は今目の前で異形達についての情報を眷族から聞きだしている。
 裏に何かが居る……ということか?
 思い、問う。
「何か知ってるのか?」
「いや、推測の域を出んような事よ――」
 キッコがそう答えかけ、ピクリと顔を上げた。
「出おったか」
「キッコさん、出たって?」
「異形です。結界の外に複数」
 彰彦にヨモギが言う。
「人間の町を襲いにでも行くんだろう」
 カタバミの言葉に匠が反応した。墓標を握り込むとキッコに言う。
「倒してくる。キッコ、結界外に俺を出してくれ」
「俺もちょっと見てくるわ」
「私も行きます」
 彰彦と、異形に質問攻めにされていたクズハが手を挙げた。
「――ああ」
 一瞬躊躇いつつ匠は頷き、
「では我について来い。――お前たちはここに残っておれ」
 眷族をその場に残したキッコに従い、巨木に触れた
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