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白狐と青年 第22話「襲撃者4」

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匿名ユーザー

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襲撃者4




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 キッコの放った火が足元を焼いていく。離れからは人が移動していく音がした。
 ピンポイントにクズハを狙ってくる奴が居るここよりも、まだ外の異形の相手をさせた方が安全か。
 そう考える事でキッコがクズハを連れて行った事を一応納得し、匠は火にまぎれて遁走しようとしていた舟山と平岩に逃がさぬ意志表示として墓標の先端を向けた。隣では彰彦が銃口を向けている。
「おいおい逃げんなよ? 隊長」
 舟山はこちらを一瞥し、
「どうやら先にお前達を倒した方が後がスムーズに進みそうだな」
「そのようだ」
 腰から新たなナイフを抜いた舟山の言葉に平岩も乾いた声で同意した。
「スムーズにか……クズハとキッコを殺すのによくもこんな大所帯を組んだもんだ」
 探るように言った言葉には、しかし隠すつもりの無い肯定が返った。
「そうだな、少し前から和泉へと異形をけしかけていたのだが、ここの武装隊は思ったよりも優秀でな、なかなか上手くいかなかった」
「外にいる異形はお前達が手引いたのか?」
「だとしたら?」
 だとしたら、何故異形がお前達の指揮下にあるのか、その腕はなんなのか、いろいろ聞きたい事がある。
 匠は疑問を口にしようとし、
「匠、ありゃ正確には異形じゃねえ」
 応答に被せるように彰彦が言った。
「異形じゃない?」
「いや、あれこそが真の異形とでも言うのかもしれんぞ? 中尉」
 ただそうとだけ言葉を置いて、舟山が動いた。
 キッコが放った火の勢いは衰えている。熱をもって燻ぶる地面を蹴立て、庭を一直線に駆けた舟山はナイフを彰彦へと突き込もうとする。
 彰彦は横っ跳びに躱そうとして伸びた腕の軌道に巻き込まれた。
「――っ」
 足を浅く切られた彰彦は銃床を腕に叩きつけ、もう一度地を跳ねて更に数メートルの距離を置く。
 匠は彰彦に手を貸そうとし、
「お前の相手は俺がしよう」
 乾いた声と共に炎が来た。
 なんだ!?
 何の前触れもなく迫った炎に驚く一方で、体は反射的に対処を行う。
 墓標で炎を地面ごと殴りつけた。
 土がめくれ上げる中、得られる手ごたえは≪魔素≫のこもった異形の火を叩きつける手ごたえ。
 魔法の予兆は感じなかったぞ!
 思いながら先程平岩が居た方向へと飛び込む。≪魔素≫の気配は薄い。まだ次弾はこない。そう判断する匠の眼前、そこに口腔内から火がわずかに覗いている平岩の姿があった。
 魔法ではなく――、
「体内で生産した炎!?」
「その通りだ」
 炎が吐きつけられた。
 匠は咄嗟に地面を転がって火を振りほどく。炎は高温なのは元より、粘つくように匠の身体に纏わりついてくる。
 異形の炎っ――、
 衣服や皮膚が焦げ付く臭いが鼻をつく。魔法として≪魔素≫を操作する気配が無く、奇襲に近い形になった事を匠は不可解と考える。動きを止めぬようにすぐさま立ち上がり、≪魔素≫を流して身体を尚舐ろうとする炎の残滓を追い払いながら平岩の吐きだした炎の正体の予測を口に出す。
「変化の魔法でも使ったか!?」
 詳しくは知らないがキッコが使うような化ける魔法でも使ったのではないかと思い、放った言葉には否定が返ってきた。
「違う……これも実験の生産物だ」
「また実験、か」
 今日はその単語ばかり聞いている。キッコが去り際に言っていた色々な話には、この実験とやらの事も関わっているのだろう。
 そう考えながら戦闘態勢を立て直していく。火傷は戦闘に支障が出る程のものではない、相手の口許にさえ気を付けていればそうそう直撃を喰らう事もないだろう。そう平岩の戦力を判断していると、
「そうか、お前はまだ実験の事を知らないのだったか」
 平岩がそう言いながら背から小銃を引き抜いた。銃口は迷い無く匠に向く。
「第二次掃討作戦が始まるより少し前、ある機関があった」
 引き金が引かれて弾がばらまかれた。
「っ、追尾弾か!」
 弾丸は使用者がロックした対象の≪魔素≫の反応を追っていく蘆屋の流れを汲む魔素使用兵器だ。
 戦闘時に≪魔素≫を常に発散する匠は弾丸の雨を相手に逃げ回る羽目になった。
 その匠の進行方向へと平岩の口から放射された炎が壁として立ちはだかる。
「その機関は人と異形の身体の研究を行っていてな」
 弾丸を刃の腹で防ぐと今度は炎が包み込んで焼き殺そうとしてくる。
 厄介だな。
 弾も炎も直撃を受ければただでは済まない。動きを止めれば容赦なく攻め立ててくる一方で、弾幕故にこちらから近付くのも容易ではない。
 弾切れが早く来るのを祈って避けるしかないか。
 弾を叩き落とし、炎を跳躍して躱す。そうして苦心して作り上げた弾も炎も迫らない一瞬の間に刃を伸ばすがそれを平岩は難なく避けた。
 舌打ちと共に薄い刃が自壊し、匠は追いすがってきた弾を再び相手にする。
 息を吸い込んだ平岩は口内に炎を溜め、吐き出す動きと共に乾いた声が言葉を継いだ。
「ある時、その機関は人の身体に物理的に異形の身体を移植する実験を行った」


            ●


 小銃の連射音と火が空気を食っていく音、それに刃が空を裂く音を耳にしながら彰彦も舟山と戦闘の物音を立てていた。
 派手な匠達の戦闘とは違い、彰彦達の双方の武器はナイフと拳銃。
 舟山が操る、間合いをずらし、あるいは死角を狙って襲ってくるナイフを彰彦が銃床で防いでは弾を撃ち込むというものだった。
 くっそ、めんどくせえ……!
 舟山は一定以上の距離に近寄ってこないため銃床で殴りかかることも出来ない。身体にいくつか浅手を負わされながら、そこだけはすぐさま傷が癒える腕を彰彦は意識した。
 すぐ近くで行われている匠達の戦闘は持久戦の様相を呈しているようだ。
 人の身体に異形の身体を移植する実験、ね……。
 平岩が匠の動揺を誘う為か言い出した言葉を拾い聞き、脳裏に自嘲を浮かべる。
「懐かしいな、なぁ、中尉?」
 こちらの思考を察したように舟山が攻撃の手は緩めず語りかけてきた。
「あの時、第二次掃討作戦の時、俺達の部隊は前線で半数以上が重傷を負った」
 ナイフを繰る軟体じみた左右の腕が同時に少し距離をとった。その腕に≪魔素≫が集積している。
 魔法が放たれようとしていると勘付いた彰彦はその集積点めがけて銃弾を撃ち込んだ。
 魔法の衝撃波が銃弾を迎撃し、荒々しい風が中空に拡散する。
「その重傷負った奴らに病院紹介せずに実験送りにしやがったのはどこのどいつだ!」
 足に≪魔素≫を溜めて地を蹴る。
 底上げされた瞬発力で接近、正面に突き出された舟山の右手のナイフを姿勢を下げて避け、背後から回って来る左手の殺気を更に身を低く、地に着けるようにしてギリギリまで低くした姿勢のまま舟山に突撃することによって避ける。
 舟山は彰彦のタックルに対して彼の背を狙っていた左手を地面に押し当て、それを軸に倒立することで避けた。
「病院などに送っては戦線に復帰するまでにどれほどの時間がかかると思っている」
 そのまま前転の軌道をとりながら舟山の右の手から衝撃波が放たれた。
「すぐさま戦場に出れるようにしてやろうとしたんだ、武装隊として本望だろう!」
「その結果がどうなったか忘れたとは言わせねえぞ!」
 衝撃波を横っ跳びに避けた彰彦は過去、第二次掃討作戦時に自らが所属した部隊が迎えた最期を思い返した。


            ●


 第二次掃討作戦終盤、各地の封印作業も終盤に近付いた時期、どこの部隊も異形との戦いで疲弊していた。
 それは舟山の下で中尉の位に就き、年若いながらも小隊長として幾人かの部下を率いていた彰彦とて例外ではなかった。
 ある市街地での戦闘を終えて大阪近郊へと帰還した時点で生き残りは当初の半数以下、怪我をしていない者は居ないという状態だった。
 そこで、こちらも両腕を怪我した舟山が部隊の生き残りを率いて治療のための施設へと赴いた。そこは野戦病院とは比べるべくもない施設が整っていて、しかし当時の彰彦達は知るよしもなかったが、そこは病院ではなく人や異形を材料に、様々な実験をしている機関だった。
 彰彦達は治療と称して意識を落とされ、負傷カ所へと異形の細胞を植え付けられる事となった。
 結果はすぐさま、そして驚くほど劇的に現れた。
 被験者全員に異形の細胞を植え付けられた箇所を中心として異形化が始まったのだ。
 身体の変化に驚き精神を病む者、異形化した部位を切り落とそうとする者などが現れ、それらに対して監視の名目の下で拘束監禁という処理が行われた。彰彦も拘束監禁され、仲間や部下が次々異形へと変貌していくのを見ていく事になった。
 自身が変化していく途中で精神が破壊される者、身体だけでなく最終的に精神も異形に食われてしまう者が続出する中、彰彦へと移植された腕の異形による侵食は止まり、精神も人のそれを保っていた。
 幾日経っただろうか、朦朧とする意識をなんとか繋ぎとめていた彰彦の前に舟山が現れた。久しぶりに見た自分達の部隊長はひどく嬉しそうな顔で「俺の部隊で生き残ったのはお前だけか、他の部隊でも数名しか生き残っていない、次の実験でも生き延びろよ」と口にした。
 武装隊の本分として異形と戦う事ではなく、何か、碌でもない事に利用された。そう朦朧とした意識の中で把握した彰彦は次の実験へと移送される途中、舟山を殴り倒し、脱走した。
 しかし異形に中途半端に侵された身は不調を訴え、長くは保たずに行き倒れることになった。
 自分は終わりだろうか。そう思っていた彰彦の前に一人の老人が現れた。
 平賀、そう老人は名乗り、そこで彰彦の意識は途絶えた。


            ●


 目を覚ました時にはあの実験場はぶっ壊されてて、結局あの部隊で生き残ったのは俺だけ。
 舟山が言っていたという以上に、彰彦は自分で仲間や部下が朽ちて、あるいは異形化していく姿を見ていた。間違いないだろう。
 そして実験の犠牲になった奴らは……。
「和泉や信太の森に現れていた異形が実験の過程で侵食され尽くした人間のなれの果てだと!?」
 匠の愕然とした声がする。平岩が実験の中身と結果を語ったのだろう。
 ……やっぱりあの異形、元々人間だった奴らだったのか。
 そう思い、彰彦は嘆息する。信太の森に現れた異形からは戦闘中、どこか異形に侵食された自分や仲間達と同じような感覚を得ていた。キッコはおそらく森や和泉に現れている異形の、その正体に思い当っていたのだろう。だから彰彦を強引に連れて来て戦闘後に確認してきたのだ。
 味をみたキッコさんが同じような感じがしたってい言ってんだから間違いねえとは思ってたが……。
 やはりいい気分になれるものじゃない。そう苦笑し、彰彦は舟山が伸ばしてきた腕を避けた。
 半歩を引いて避けた彰彦の前には空振った腕が伸びている。だから彰彦は腕を肘と膝で挟んで折ろうと試みるが、
 っこの、本当に骨が入ってねえみたいじゃねえか!
 腕は軟体のような感触を彰彦に返すだけで有効打になっているようには見えなかった。
 腕を挟んだまま彰彦が次のアクションを考えていると、背からナイフが回ってくる。それを間一髪で避けて跳び退り、牽制として右の銃を、腕への反撃として左の銃を放つ。
 舟山は銃口を向けられないように小刻みに動きながら腕を縮め、その途中で撃ち抜かれた腕も再生させる。
 腕の中にもぐりこんだ銃弾は回復の過程で吐き出されて地面へと転がり落ちた。
 舟山は彰彦を見て、そしてその手に握った二丁の銃を見て、こう口を開いた。
「何故、実験の成果物たるその腕を使わない? よもやそんな大量生産の拳銃の方が有用だなどと言う気はないだろうな」
「さっきからうっせえな! 俺が俺の腕をどうしようが勝手だろうが!」
 叫び返しながら彰彦は自身の身体にかつて起こった異常を思う。
 重傷を負った両手に打たれた異形の細胞は即座に熱を持って彰彦の両手を異形のそれへと変貌させた。腕が訴える熱と変異に伴う痛みによって意識は何度も飛び、束の間目覚めるたびに人のものとは違う、外殻を形成し始める手を見てはこう思ったものだ。
 ……ああ、もうこれで俺は帰る場所を無くしちまったんだろうな。
 今道場を取りまとめているのは彰彦の両親だ。道場は和泉において護身と鍛錬、それに初等教育のかなりの部分を受け持っている。
 そんな場所に……ガキ共にもの教える役の奴がこんな異形交じりの半端者じゃあきっと駄目だよなぁ……。
 高等教育を志す子供がいても自分のような異形じみた人間が教育を施したなどと知れたらそれだけで断られるかもしれない。
 そんな馬鹿みてえなことでガキの未来閉ざすのは好かねえもんな。
 だから彰彦はこの腕は嫌いだった。自身が故郷に戻れない理由たるこの腕が。だから平賀に腕の偽装が出来るように魔具の開発を依頼し、武器を武装隊時代に学んだ銃器に持ちかえた。
 急所を狙って飛んでくるナイフと時折こちらの体勢を崩そうとするかのように放たれてくる衝撃波に舌打ちを挟み、彰彦は実験の成果を誇るように腕を振り回す舟山へと言う。
「そんなに人から外れるのが好きかよ!」
「違うな、これは人でありながら人を超える、その一歩なんだよ中尉! 実験の為の被験体は掃討作戦以降入手しづらくなった、今なら昔の謀反とこの額の傷は不問にして次の実験の被験体にしてもいい」
 舟山の返答に彰彦は銃を握る両手に力を込めた。この男は自らが預かった部隊を丸ごと実験のための道具にして、今なおそれを続けているらしい。
「お断りだよ隊長、あんたのせいで俺は故郷に顔向けできなくなっちまった……」
 だから、
「ちょっと落とし前つけてもらおうかぁ!」
 拒絶の意志をもって銃弾が放たれる。


            ●


 平岩の話した実験の内容は匠にとって十分に驚くものであった。
 だからあれは異形じゃないって彰彦が言ったのか……。
 そう思いながら、あれこそが真の異形と言った舟山の言葉も思う。
 どうなんだろうな……。
 実験の途中でおぞましくも変化する身体に精神が耐えきれずに壊れてしまった者も多くいるという、そうして心も体も全て食われて変貌してしまった者を何と呼んだらいいのか匠にはどうにも考えつかない。精神がもう人とは別物なのならやはりそれは異形と、そう呼ぶしかないだろう。
 それにしても……。
 平岩、舟山、そして彰彦。この三人はその実験の中で異形の身体に身を乗っ取られる事なくこうして存在している。平岩が言うところの実験成果として。
 似ている……。
 重傷を負ってキッコという異形の身体を移植されたクズハの境遇とだ。
 彼等の第一の狙いはクズハ、なんだよな。
 舟山はそう言っていた。戦闘開始直後にチラと考えたクズハと彼等の何らかの繋がり、その中身が多少なりとも見えた気がする。
「あまり動揺しないな」
「後でせいぜい悩むさ!」
 答えながら平岩の、実験の生産物だという炎を切り裂く。
「お前達のそれが、実験の成功の証ってわけか?」
「正確には少し違う、まあ異形の身体に食われた者達は失敗作だがな。……我々は第一歩なのだそうだ」
「なに?」
 炎にまた追われる。平岩は小銃のマガジンを入れ替えて、
「子狐が理想の形に一番近いそうだ、まあ今回の事であれが死んでも死体を持ちかえって調べる価値は十分にある」
「させるかよ!」
 牽制に伸ばした刃を避けて銃床で割り砕き、平岩が言葉を返す。
「我々には思考能力をほとんどを失っている失敗作共を意のままに操る方法がある、今頃外に行ったあの子狐だけは喰わないようにと指示が出されているだろう」
 乾いた声音で発される内容に顔を顰めた直後、離れの方から予想外の声がした。
 子供の声だった。


            ●


「え……、あれ? なに、これ?」
 逃げ遅れたか、物音につられて現れた少年は呆然とした表情でそう呟く。
 匠は大声で行動を要求した。
「良平、逃げろっ!」
 良平は言葉を受けて、しかしすぐに動く事は出来ない。
 その間に視線は良平へと集まり、
「邪魔だな」
 乾いた声と共に小銃の銃口が向けられた。
「っく!」
 匠は墓標の刃を伸ばして小銃向けて振り回すが明らかに間に合わない。そうして引き金が引かれる寸前、もう一つ現れた影が少年を射線から救い出した。
「師範!」
「親父ナイスプレイ!」
 こちらに戻って来ていた信昭だ。彼は良平を抱えて地面を転がり、銃口は匠の斬撃を避けるために平岩が身を動かした為に明後日の方向を向く。
 信昭は腕の中の良平を見てそれが無傷である事に安堵し、
「他には居ねえだろうな?」
「だ、だいじょうぶ、片付け頼まれたの俺、だけ」
 驚きに吃音気味になっている良平の答えに頷いて信昭はその場を離れようとする。
 が、
 ――拙い!
 焦りと共に声を上げる。
「師範!」
「なんだ? たく……み?」
 信昭に炎が迫っていた。
 くそっ、この炎は魔法のそれと違うから師範には感知されづらかったんだ!
 匠とて初見では反応出来なかった一撃だ。相手を人と思えばこその隙、そこを狙われた。
 ある程度の面を焼こうとする炎を前に信昭は前に進む事も横に避けることもかなわない。炎の壁はすぐそこに迫っている。だから信昭は良平を抱え込むようにして≪魔素≫を己に集中させて護ろうとする。
「師範! 良平!」
 墓標で平岩のを断とうと試みる匠の刃を舟山の衝撃波が破砕する。
 ――このっ!
 抗議の声と背筋が冷える感覚を匠が抱いた瞬間、炎が爆ぜた。


            ●


 炎が渦巻く先、視線の先にはまだ人影がある。
 よかった。
 匠はそう思い、しかし無傷ではいられないだろう二人の状態をなんとか確認しようとする。
 と、舟山の声が聞こえた。
「銃を手放すとはな」
 平岩から注意を外さないようにしながら舟山に視線を向ける。舟山は片腕をこちらに衝撃波を放った状態で止め、もう一方の腕で投擲された拳銃を弾いていた。弾かれた拳銃は二丁とも衝撃に耐えきれず壊れて地面に転がる。
 彰彦……?
 持ち主の姿は銃の近くには見当たらなかった。舟山が衝撃波の魔法を作り上げながら信昭と良平が居た方を向いて言う。
「ようやく腕を使う気になったか? 中尉」
 炎が晴れる。
 そこには両腕に≪魔素≫の光を纏った白い外殻を持つ異形の腕を突き出し、二人の壁になった彰彦の姿があった。


            ●


「あの異形は元はみんな人、なんですか……?」
 キッコから手短に話された彰彦にまつわる実験の話を聞いてクズハは呟いた。
「うむ、彰彦の話しおった事を考えると間違いなかろうな」
「待て、そんな実験がまだ行われてるのか?」
「どこかで、間違いなく行われておるのだろうな。それゆえの此度の和泉への侵攻だて」
「なんで和泉にこいつらが攻めてくるんだ」
「我とクズハは実験の提供者と被験者のようなものだからの」
「なんだと?」
 門谷の質問には答えず、キッコは何かを聞きとろうとするかのように耳を立てた。
「まあ、今このタイミングで兵に言って無用の混乱を招く事もなかろう、兵には伝えん事を勧めておこうかの」
 そう言ってキッコは信太の森の方へと歩きだす。
「おい!」
 門谷の静止を聞かずに戦場の隅を駆けていくキッコは、やがて≪魔素≫を纏いだした。
 同時に、
「体が変化する……?」
 指揮所でこちらの様子を窺っていた番兵の言葉にクズハは小さく頭を振った。
 いえ……変化を解くんです。
 程なく変化は解かれ、金毛金瞳の大狐が出現した。
 いきなりの、信太主を彷彿とさせる異形の出現に指揮所の番兵達が色めきたつ。
「慌てんじゃねえ!」
 門谷はその動揺が全体に伝播する前に潰す。続いて檄を飛ばした。
「あの狐は味方だ! クズハちゃんの知り合い! わかったらとっととやる事やれよ!」
 周囲から返事が返る。それによし、と頷いて門谷はクズハにため息交じりに言った。
「クズハちゃん、どうも分からねえことが多いな」
「……私もです」
 何も分からない……。
 この件が終われば何か分かるんでしょうかと考え、門谷がその横で口を開く。
「まあ何にせよ、あれをどうにかしなくちゃなんねえんだけどな」
「はい……」
 異形、キッコが言うには元は人間である者達のなれの果てを見る。
 私と同じ……。
 もう既に人であった事など忘れているだろう彼等に、しかし一礼してクズハは魔法を組み上げていく。陣が一つ二つ三つと増えていくなか、キッコは既に森の中へと飛び込んでいた。異形達も今は和泉を襲うのに忙しいらしくキッコを森まで追おうとする影は見られない。
「指揮者を狩ってこの異形の群れをただの獣の群れにする……か。キッコが本当に味方かどうかの見極めにもなるな」
 門谷の呟きが小さく聞こえ、次いで大声で行動方針が示された。
「皆、第三中隊を殿に第二防衛ラインまで退け! 上手くいけばそのうちあれは獣の群れに戻るぞ! 大型の砲の準備しとけよ!」




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