「終焉」
作者:◆LV2BMtMVK6
投稿日時:2010/11/04(木) 17:52:37
投稿日時:2010/11/04(木) 17:52:37
その日の夕暮、私は出来事に余り注意を払わなかったのだが、
今にして思えば、それが全ての予兆であった。
今にして思えば、それが全ての予兆であった。
要領を得ない書き方をして申し訳ない。私の名は言及するに及ばない。
もうすぐ、その名は意味をなくすことになるだろうから。
寄生の蔓延るニューソクニアを逃れ、このソーハツ諸島を訪れたのは3年前のこと。
すっかりその空気を喜んだ私は、ソーハツ諸島の北部に位置するキャラアイアイ島に居を定めていた。
仮の住まいではあったが、人の少ない、ゆっくりと流れる空気はいかにも好ましかった。
もうすぐ、その名は意味をなくすことになるだろうから。
寄生の蔓延るニューソクニアを逃れ、このソーハツ諸島を訪れたのは3年前のこと。
すっかりその空気を喜んだ私は、ソーハツ諸島の北部に位置するキャラアイアイ島に居を定めていた。
仮の住まいではあったが、人の少ない、ゆっくりと流れる空気はいかにも好ましかった。
さて、移り住んでからしばらく後のこと、私はいつもの様にキャラアイアイの白い浜辺へ出かけていた。
そのころ執筆に当たっていたひとつの話と、これから語ることになるひとつの話とを思い巡らしていたのだった。
日は既に水平線の懐へ入り、背中では冷たい夜がススス風――貿易風の支流にあたる、この地域の季節風だ――
と歌っていた。
海は穏やかに凪いでいたが、とろりとした漆黒の潮の深みはすぐそこへ這いよっている。
このあたりの海には沢山の遺構が沈んでいるのだということを、私は知っていた。
地元民の言葉でいうユーズル(この諸島の方言;鯖の神の災厄を意味する)、大変動が彼らの故郷を沈めたのだった。
そのとき、薄暮の光を受けてぼうとやわらかく光る白い砂の端、木の黒い影になにかが動くのを見た。
黒い、背の低い子供のようなそのシルエットは、闇の中へすぐに消え、
私は何かの見間違いか、このあたりに棲息する油虫のせいだろうと考えたのだった。
(解読者注:油虫=ゴキブリであろう。ソーハツ諸島には当時幼児の頭ほどの大きさはあり、
二足歩行するゴキブリが多く棲息していたと考えられている)
もちろん、実際にはそんなことはなかったのだったが。
全く些細な事にすぎなかったが、それは私の心をカサカサと引っ掻いた。
曰く名状しがたい感情が忍び寄るのを否定できず、その夜私の眠りは乱された。
「ムカツクムカツクムカツク」
誰かが耳元で囁くような哭鳴き声を立てたのを、確かに聞いたと思った。
そのころ執筆に当たっていたひとつの話と、これから語ることになるひとつの話とを思い巡らしていたのだった。
日は既に水平線の懐へ入り、背中では冷たい夜がススス風――貿易風の支流にあたる、この地域の季節風だ――
と歌っていた。
海は穏やかに凪いでいたが、とろりとした漆黒の潮の深みはすぐそこへ這いよっている。
このあたりの海には沢山の遺構が沈んでいるのだということを、私は知っていた。
地元民の言葉でいうユーズル(この諸島の方言;鯖の神の災厄を意味する)、大変動が彼らの故郷を沈めたのだった。
そのとき、薄暮の光を受けてぼうとやわらかく光る白い砂の端、木の黒い影になにかが動くのを見た。
黒い、背の低い子供のようなそのシルエットは、闇の中へすぐに消え、
私は何かの見間違いか、このあたりに棲息する油虫のせいだろうと考えたのだった。
(解読者注:油虫=ゴキブリであろう。ソーハツ諸島には当時幼児の頭ほどの大きさはあり、
二足歩行するゴキブリが多く棲息していたと考えられている)
もちろん、実際にはそんなことはなかったのだったが。
全く些細な事にすぎなかったが、それは私の心をカサカサと引っ掻いた。
曰く名状しがたい感情が忍び寄るのを否定できず、その夜私の眠りは乱された。
「ムカツクムカツクムカツク」
誰かが耳元で囁くような哭鳴き声を立てたのを、確かに聞いたと思った。
次の朝、私は油虫どもが蠢いた痕を島じゅうに見つけた。
奇怪な事に、島中の木々から柑橘類が失せていた。
と、私は向こうのほうから若者が歩いてくるのを見つけた。
昨日彼は、
「これでうちのじじいにみかんをくわしてやれますだ」
と言っていた筈だった。
しかしながら顔色はおぼつかない。
「蜜柑はどうした?」
「いえ、あのあとみかんをわっしは買いますた、ところが……」
その後彼は、いっかな口を開こうとはしなかった。
無理もなかった。
ユーズルからこのかた、根源的な暗闇が島のあちこちで勢力を拡大していると考えられていた。
私は彼を家へ招きいれ、水を与えた。
彼は飲もうとはしなかった。
「何があったというのだい」
彼は黙って窓を指差した。
他聞を憚ると悟って、私は開きの板窓を閉めた。
微かな光条が床へ差し込む。
奇怪な事に、島中の木々から柑橘類が失せていた。
と、私は向こうのほうから若者が歩いてくるのを見つけた。
昨日彼は、
「これでうちのじじいにみかんをくわしてやれますだ」
と言っていた筈だった。
しかしながら顔色はおぼつかない。
「蜜柑はどうした?」
「いえ、あのあとみかんをわっしは買いますた、ところが……」
その後彼は、いっかな口を開こうとはしなかった。
無理もなかった。
ユーズルからこのかた、根源的な暗闇が島のあちこちで勢力を拡大していると考えられていた。
私は彼を家へ招きいれ、水を与えた。
彼は飲もうとはしなかった。
「何があったというのだい」
彼は黙って窓を指差した。
他聞を憚ると悟って、私は開きの板窓を閉めた。
微かな光条が床へ差し込む。
途切れ途切れの話から私が理解できたのは、蜜柑は奪われたということだった。
油虫どもの奉ずる精霊崇拝の供儀であろう。
彼らの神は暴食の神であり、しばしば柑橘類を皮ごと貪ったという口伝が島の石碑に刻まれている。
「いいえ、わっしは見たんです」
何を見たのか教えてくれれば良いものを、その口は開かれることはなかった。
突如彼の眼は恐怖に見開かれた。
視線は光の射し込む、窓の板の隙間へひしと食い入った。
私は振り返り、慎重に窓を開けた。
明るさに目が慣れるまでの間に、何かが家の壁を伝って駆け去っていくのを確かに見たように思ったが、
目が慣れてみれば、そこには何もいなかった。
目を凝らせば、そこに蜜柑のへたが落ちているのに気づいたかもしれない。
が、その余裕などなかった。
彼のほうへ向き直り、言葉巧みに励ますと、彼を帰らせた。
油虫どもの奉ずる精霊崇拝の供儀であろう。
彼らの神は暴食の神であり、しばしば柑橘類を皮ごと貪ったという口伝が島の石碑に刻まれている。
「いいえ、わっしは見たんです」
何を見たのか教えてくれれば良いものを、その口は開かれることはなかった。
突如彼の眼は恐怖に見開かれた。
視線は光の射し込む、窓の板の隙間へひしと食い入った。
私は振り返り、慎重に窓を開けた。
明るさに目が慣れるまでの間に、何かが家の壁を伝って駆け去っていくのを確かに見たように思ったが、
目が慣れてみれば、そこには何もいなかった。
目を凝らせば、そこに蜜柑のへたが落ちているのに気づいたかもしれない。
が、その余裕などなかった。
彼のほうへ向き直り、言葉巧みに励ますと、彼を帰らせた。
ウイキ=ソーハツウイキと呼ばれる石碑を研究しているソーハツ本島の学者の著書をひもといて、
私はついにその部分を見つけた。
その本の述べるらくは次のようなものである。
この島には発子信仰が見られ、その呪文と式は秘されている。
すすり泣くような低い声と、合いの手からなるのだが、この地上のどの言語にも似つかない言葉の羅列であり、
油虫の長たちだけがそれを解すると伝えられている。
発音は以下のように聞こえるとも言われている。
かーさかさ
むかつくむかつくむかつく(かさかさ)
とーか すす くりしぇ (かさかさ)
はつこ かさ くりしぇ (かさかさ)
むかつくむかつくむかつく(かさかさ)
かい てんし ます (かさかさ))
かーさかさ
合間に、女神は蜜柑を皮ごと貪る。
怪しげな小さな鍋を囲んで、眷族らは入乱れ……。
その先を読むには著しい苦労を要した。
しかも、ほとんど読めなかった。
私はついにその部分を見つけた。
その本の述べるらくは次のようなものである。
この島には発子信仰が見られ、その呪文と式は秘されている。
すすり泣くような低い声と、合いの手からなるのだが、この地上のどの言語にも似つかない言葉の羅列であり、
油虫の長たちだけがそれを解すると伝えられている。
発音は以下のように聞こえるとも言われている。
かーさかさ
むかつくむかつくむかつく(かさかさ)
とーか すす くりしぇ (かさかさ)
はつこ かさ くりしぇ (かさかさ)
むかつくむかつくむかつく(かさかさ)
かい てんし ます (かさかさ))
かーさかさ
合間に、女神は蜜柑を皮ごと貪る。
怪しげな小さな鍋を囲んで、眷族らは入乱れ……。
その先を読むには著しい苦労を要した。
しかも、ほとんど読めなかった。
先ほど我が家を覗き入った不逞のやからは、いずれ闇の眷属であろう。
この本には眷属のうち二つが記されている。
先ほどの呪文に対応するその名は「ムカツク・ムカツク・ムカツク」「カイテンシマスヨ」である。
発子・クリーシェという彼らの神が現れるのに伴って、これらの存在はたびたび確認されているという。
怖気が身体を震わせた。
私はページを閉じた。
この本には眷属のうち二つが記されている。
先ほどの呪文に対応するその名は「ムカツク・ムカツク・ムカツク」「カイテンシマスヨ」である。
発子・クリーシェという彼らの神が現れるのに伴って、これらの存在はたびたび確認されているという。
怖気が身体を震わせた。
私はページを閉じた。
しばらくして家に食物がないのに気づき(面妖な!)私は町へと買出しへ出かけた。
小さな町だが、最低限の食べ物は手に入る。
軒先にグリーンと白の鉢巻をしたよろず屋へ入る。
「サクサクッとした衣の食感と柔らかくてジューシーな鶏肉の旨みが楽しめます。食べやすい骨なしタイプ」
そう書かれた食べ物をもらうことにした。熱いそれを紙袋へ入れながらおやじはこぼした。
かなりの量を奪われ、これが最後だというのだ。
私は発子う類(クリーシェの眷属と考えられている)の記述中に、それを示唆する文言があったことを思い出し、首を振った。
小さな町だが、最低限の食べ物は手に入る。
軒先にグリーンと白の鉢巻をしたよろず屋へ入る。
「サクサクッとした衣の食感と柔らかくてジューシーな鶏肉の旨みが楽しめます。食べやすい骨なしタイプ」
そう書かれた食べ物をもらうことにした。熱いそれを紙袋へ入れながらおやじはこぼした。
かなりの量を奪われ、これが最後だというのだ。
私は発子う類(クリーシェの眷属と考えられている)の記述中に、それを示唆する文言があったことを思い出し、首を振った。
店を出てすぐに、私は背後に空恐ろしい寒気を感じた。憎悪と殺気が、渦を巻いてくる。
振り返ったが、そこにいるのは可憐なドレスを身に着けた、蒼い髪の少女だけだった。
目が会い、彼女は少し悲しそうな表情を瞳に湛えた。
が、殺気はやまない。
それどころか、近づいてくる――!
私は逃げた。
寄生に襲われカソに家族を奪われ、なんとかこの日まで生き抜いてきたのは、
判断を誤らなかったからに他ならない。
軽く500mは走りぬけ、息を切らして少しペースを落とす、が、冷たい殺気は弱まらない!
振り返ったが、そこにいるのは可憐なドレスを身に着けた、蒼い髪の少女だけだった。
目が会い、彼女は少し悲しそうな表情を瞳に湛えた。
が、殺気はやまない。
それどころか、近づいてくる――!
私は逃げた。
寄生に襲われカソに家族を奪われ、なんとかこの日まで生き抜いてきたのは、
判断を誤らなかったからに他ならない。
軽く500mは走りぬけ、息を切らして少しペースを落とす、が、冷たい殺気は弱まらない!
ゆっくりと後ろを振り返ると、目と鼻の先に立っている。
可憐な、ドレス。
蒼い、髪――。
可憐な、ドレス。
蒼い、髪――。
さらに駆け出した、が、躓いた。
後ろから足を取られるようにして転び、つんのめった拍子に紙袋が手からとんだ。
すかさず影から発子う類の一種がそれにとびつき、あっというまに咥えて去っていった。
が、今は食べ物にこだわっている場合ではなかった。
足首に蒼いなにかが絡みついている。
それは少女の足元まで伸びていた。
後ろから足を取られるようにして転び、つんのめった拍子に紙袋が手からとんだ。
すかさず影から発子う類の一種がそれにとびつき、あっというまに咥えて去っていった。
が、今は食べ物にこだわっている場合ではなかった。
足首に蒼いなにかが絡みついている。
それは少女の足元まで伸びていた。
路に横たわり、私は全てを悟った。「死」だ。
しかし、なぜ――?
蒼が広がっていく。
徐々に浸透し、飲み込まれてい (終)
しかし、なぜ――?
蒼が広がっていく。
徐々に浸透し、飲み込まれてい (終)