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~ウロボロス~【薙辻村・4】

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無限彼方大人編~ウロボロス~【薙辻村・4】

投稿日時:2010/11/08(月) 00:26:22


【薙辻村・其の四】

《もしもし?》
「私だけど」

 電話ボックスがぼんやり光っていた。真っ暗な田舎道を照らしてぽつんと佇むそれは、ただそれだけで不気味さを醸し出していた。使う者が居ないのだろうか、中は蜘蛛の巣が張り、鬼蜘蛛が堂々とそこに居座っている。
 彼方は中に入ると、まずその鬼蜘蛛を小さな枝で突いて追っ払ってから、その枝で丁寧に蜘蛛の巣を巻き取って、ようやく受話器を取った。
 電話機本体の上には、大量の百円玉が乗せられた。村唯一の自動販売機で千円札を使いコーヒー飲料を一本ずつ購入し、二千円分の百円玉を作った。今の時代にテレホンカードなど持っている訳が無い。
 携帯電話の電波が届かない山奥で、誰かに電話するには多少の手間が必要だった。役立たずになった携帯電話のストラップに付いている猫とも犬とも狸ともつかぬ謎の生物の人形を弄りながら、彼方が電話した相手は多少驚いていた。

《連絡来ないから心配しましたよ彼方!? 携帯も通じないし……》
「圏外だから。でもまぁ、心配させてゴメン婆盆」
《何かあったんですか?》
「あのさ、婆盆ってどうしてもここに来れない?」
《私が? そいつは無理ですよ。行けるなら最初から行ってますから》
「もし無理にでも来たら……どうなる?」
《霊域は特別なんです。行く行かない以前に、まず入る事すら叶わない。そういう場所なんです。仮に入ろうとしても、弾かれて終わりです》
「そっか……」
《何があったんです?》
「鬼と会った」
《鬼ですか? どんな?》
「なんかやたらキモい奴。小さかったけど」
《そうですか……。妙ですね》
「式神かな?」
《可能性はあります。が、断定は出来ません。役小角なんか鬼を直接配下にしたりしてますから……》
「でも妖はここに入れない。つまり、もしかしたら私達の知らない術者や妖の可能性もあるって事だよね?」

《ええ。その事も古いツテに聞いて見ましょう》
「もう会ったの?」
《いえ、アポがなかなか取れなくて……。ほうぼう探してようやく見つけたんですが、都合が付かなくて後日九州で会う事に。向こうも忙しいらしくて大変ですよ》
「あんた妖怪だよね? 言ってる事営業マンみたい」
《実際の行動は人間と似たようなモンですから。明日は超音速で九州まで行ってトンボならぬ天狗帰りです》
「あっそ」
《寄生のほうはどうです?》
「ダメ。全然見つかりそうに無い」
《むう……。気配はするんでしょう?》
「そうなんだけど……。肝心の居場所が全く読めないんだよね」
《おかしいですね。本来ならどこで何してるかはすぐに解るはずですが……》
「なんか……。すごく怖がってるのは解るの。やっぱり例のナギ様かな?」
《寄生が怖がってる? それほどの相手がそこに居ると?》
「わかんない。でも……。前にも一度、ここまで寄生が怖がった事が一回だけあったじゃない」
《寄生が怯える程の存在。つまり彼方より強い神と遭遇した。前の事例といえば、御前稲荷……。悪世巣ですね》
「アイツも日本中で信仰された神だった。実際、あの強さは並じゃない。それに匹敵するか、あるいはそれ以上の神」
《ナギ様、おそらく蛇神の一種だとは思いますが……。蛇を崇める風習は世界中にありますし、それぞれバラバラですからねぇ……》
「結局正体不明か」
《様々な種類がいますからねぇ。中国じゃ蛇は縁起物だし、キリスト教じゃ魔王ですよ。》
「魔王なんて出て来たら敵わないな……」
《いくら彼方でも相手が悪いですね。そこ村のは何を持って蛇なのか、一体どんな思いが具現化された神なのかは知りませんが》
「そういえば、蛇の妖怪も見た。すぐやっつけられてたけど」
《ほう? ううむ……。まだまだ調べる事がありそうですね。とにかく、こっちでも何とかやりますよ。役立たずにはなりたくないですから》
「ごめんそれ手遅れ」
《酷い。頑張ってるのに……》
「解ってるよ。じゃあね」
《はい。気をつけて下さいよ》
「うん。ありがと」
《それじゃ、また……》


 受話器を置いた。その振動で電話機本体の上の百円玉がかちゃっと音を立てる。無意味に買ったコーヒー飲料はすっかり常温になっていた。
 彼方はそのまま考え込んだ。
 先程会った鬼と、蛇の妖。あの鬼は何が目的で、蛇の妖を襲ったのか。あの悍ましい姿からは歪んだ目的が見て取れるが、真意は掴めないでいた。
 そして、なぜあの蛇は。

「どうして逃げなかったんだろ……?」

 あの蛇は、たとえ殺されようとも、一歩も引かぬ決意でそこに居た。彼方にはそう見えたのだ。攻撃しようとすらせず、ただ鬼を睨み据えていたのだ。

「悪い奴……っぽくも無いし」

 彼方は残った百円玉を財布に入れる。ずっしり重くなった。無意味に買ったコーヒー飲料を持って、電話ボックスの扉を開ける。ここから辰也の民宿までは歩けば二十分程度だろうか。予め告げられていた夕食の時間までには帰れるだろうと彼方は考える。
 電話ボックスから出る直前、その隅に居る鬼蜘蛛が目に入った。彼方が最初に追っ払った奴だ。じっと動かず、彼方が出て行くのを待っているのか、時折、前脚をもぞもぞ動かして縮こまって居る。

「ごめんね。もう邪魔しないから」

 彼方は鬼蜘蛛に一言謝ってから、電話ボックスから静かに外へと出た。


※ ※ ※


 時刻は六時半を過ぎ、辺りは完全な闇となる。都内と違い、雰囲気は既に深夜のそれに近い。
 彼方が辰也の民宿に着いた時、恐らくは夕食の支度でもしているのだろうか、鼻につくいい香りが漂っていた。毒草で無い事を祈りつつ玄関の引き戸を開けると、その音を聞いた辰也が遥か遠くから「お帰りなさい」と叫ぶ。
 同時に、どたどたと走って玄関まで彼方を出迎えに来る。

「遅かったねぇ。資料は見れたかい?」

 エプロンで手をふきながら、にこにこしながら辰也は問うた。
 彼方はふてぶてしい猫と遭遇し、資料を読み名前も知らないお婆さんとお茶を飲んだと話す。さすがに途中で出会った鬼と蛇の妖については黙っておいたのだが。

「ああ、村長さん所の猫だねその子は。名前は金太郎」

「名前からしてふてぶてしいな」

 あの態度と名前は見事に一致していた。そんな名前をつけたからあんな奴になったんじゃないか。ふと彼方はそう考えた。
 さらに、名前も知らないお婆さんから聞いた毒草の事もちらっと漏らした。
「あちゃ参ったなぁ。若い頃に一回間違っただけなんだけど。あ、今日は大丈夫だよ。野草は使ってないから」

 頭をぼりぼり掻いてバツが悪そうに辰也は言った。どうやら本日は大丈夫そうだが、昨日の天ぷらは明らかに野草が混じっている。幸い体調に問題は無いが、一抹の不安はあるようで。

「……」
「だ……大丈夫だって。昨日も間違って無いから……」

 玄関先での会話は数分で終わる。辰也は夕食の支度の続きをしに戻り、彼方は居間へと向かった。
 自分へ宛がわれた客室へ行こうかとも考えたが、残念な事に自分の荷物しか無い。居間ではお茶が飲み放題な上に、置いてあるお菓子も食べ放題。来客用に常に置いてある事は、昨日の段階で把握していたのだ
 居間の前まで来ると、テレビの音が聞こえてきた。
 つけっぱなしにでもしているのだろうか。そう思いながら、居間の引き戸を開ける。
 テレビでは野球中継を放送していた。テーブルの上には個別に包装されたお菓子がお盆に乗せられている。そして、それを食べながら野球中継を見る一人の男性。
 一瞬だけびくっとなって動きを止めた彼方。まさか人が居るとは思わなかったのだ。向こうも煎餅をかじったまま、突如現れた彼方を見て動きを止めている。
 眼鏡をかけ、いかにも学生風の男性だった。体格はお世辞にもいいとは言えない。はっきり言えばひょろい風貌だった。二枚目とまでは行かない中途半端な顔だった。
 そういえば、と彼方は思い出す。今日は彼方のように祭を見に来る民俗学を学ぶ学生が来ると辰也が言っていた。だとすれば、目の前に居る彼がそうだろう。

「は……始めまして」

 向こうは驚いた表情のまま、とりあえずといった様子で挨拶をした。

「あなたが例の学生?」
「え? なんで知って……?」

 彼方は堂々と居間に入り、テーブルの反対側へ向かい合うように座った。

「昨日、辰也さんが言ってたから。物好きな人が居るものだって」
「物好き? たしかにそうだけど……。でもこの手の研究は歴史を調査する上ですごく重要で……」
「分かってるわよ。その土地の風俗や信仰を研究すれば、その土地の人のルーツが解る。それらを一つ一つ調べて行けば、人がどこから来て、どうやって居着いたのかが解る。
 それを積み重ねていけば、日本人のルーツが解るかもしれない。そこまで行けば考古学の領域だけど、民俗学もそれに一役買っているはずよね」
「その通り。特に土着の信仰は古い形式を残している事が多い。だから……」
「それらを調べて、他の類似する物と照らし合わせる。そうすれば、古い時代の人達がどういう経路で広まっていったのか、それが解る。信仰は人について来る物だから」
「そうの通り。君も学生?」
「私は……違うけど。まぁ、家系がそういうの詳しくてね」
「で、君も祭を見に来たんだろう。僕に負けず物好きだな」
「ええ。あなた名前は?」
「僕? 僕は三瀬清志。専攻は民俗」
「私は、無限彼方。とりあえず、ここに泊まるんでしょうから、しばらくはよろしく」
「無限……?」
「? どうしたのよ」
「いや、失礼だけど珍しい名前だなと思って。苗字も名前も」
「言われ馴れてるわ」

 清志は首を傾げたが、彼方には見慣れた光景でもある。こんな名前をしていればたいがいは珍しがるのだ。おかげで、ほとんどの人間は一度で彼方を覚える。

「どっかで聞いた名前だな……」
「京都に神社やってる親戚いるから。民俗学勉強してるならどっかで見たのかもね」
「神社じゃ無いような……。無限ね。どっかで聞いたなぁ。どこだっけ?」
「じゃ気のせいじゃない?」

 そう言って、煎餅をかじった。





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