創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第二話-鋼と古兵-(はがねとふるつわもの)(Cパート)

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匿名ユーザー

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 ここで少し、時間と場所は移動する。

 京介達がソウマのビルに入った時点から数時間後の国内某所。
 絞られた照明に溶け込むような、黒檀で作られた執務机と、それに合わせて揃えられたと思しい調度品が、品良く配置された広い室内。
 例えて言うなら欧州貴族の書斎といったところだろうか。
 だが、その室内の一角には、部屋の雰囲気に正面から喧嘩を売っているような代物が置かれていた
 その代物とは、畳素材のマットが四畳分と、あちこちにキズやへこみがある使い込まれたちゃぶ台。
 そして畳マットの上では、酒器や、つまみとしての料理が乗った小皿などが乗ったちゃぶ台を挟んで、七上・桔梗ともう一人の人物が座っていた。
 二人はそれぞれの前に浮かんだ、数枚の立体映像によるスクリーンに視線を向けている。
 スクリーンに映されているのは、シミュレーターで京介が行った『試験』の映像だ。
 京介が搭乗した時正による武器の選択、慣らしの動き、そして3体の鋏甲を撃破し、移動を再開しようとした時点で、

 「ふむ、一休みするか」

 桔梗が映像を停止した。

 同時に、同期していたもう一人の人物が見ていたスクリーンの映像も止まる。
 そのまま桔梗は、ちゃぶ台の上に置かれた猪口を取り上げ、酒精の香るそれを一口で呷る。
 軽く目を閉じ、くぅ、と喉を鳴らし、温く燗をつけられた清酒を味わった桔梗は、

 「かーっ。美味い。……それで、どうだ? ここまでの感想は」

 笑顔で酒の感想を口にしつつ、正面に座る人物に向けて問いを放った。

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 「…そうですね」

 問われた方も桔梗と同じように、こちらは大振りのぐい飲みで中身を呷る。
 大柄な男性だった。
 厚みがある頑丈そうな長躯に、着崩したスーツを纏っている。
 白髪交じりの黒髪を後ろに流した、オールバックというよりは、たてがみの様な印象の髪。
 角張った輪郭と大雑把な造りの目鼻という、岩から削りだした様な厳つい容貌だが、眠そうに半分目を閉じている所為で、どことなく日向で微睡んでいる大型犬のような雰囲気がある。
 男性は、停止していた画像を巻き戻し、進め、気になっていた部分を見直してから口を開く。

 「……シミュレーターとはいえ、初乗りにしては動き自体は悪くないですな。荒い部分もありますが、近接戦闘の技術はそこそこありそうかと」

 そこまで口にしたところで、徳利の中身をぐい飲みに移し、また口に運ぶ。

 「……『足』の使い方も様になってる。大抵は盛大にコケるんですがね」

 彼が『足』と表現した、下腿部分に内蔵された、斥力系力場の発生機構を用いての浮揚による移動は、初めて使用した訓練生の大部分が転倒するという代物である。
 彼の感想を聞いた桔梗は、

 「ふむ、成る程な。では、続きを見ようか。……ぁむ」

 豆皿から、暫く醤油に付けていた鮪の赤身を取り上げて口に運びつつ、先を促した。

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 二基の回転翼を備えた対地攻撃機(ガンシップ)や、地形に紛れるように設置されていた特火点(トーチカ)からの銃撃。
 無数の対動甲冑用の罠と、銃器を中心とした武装を施された吉兼の一隊との戦闘―。
 それらと時正が接触、交戦する映像を分析し、評価を口にしていく男性と、その評価に頷きながら酒と料理を口にする桔梗。
 そして映像は進み、左右を高い崖に囲まれた細い峡谷を、崖上からの落石と壁面に仕込まれた固定砲台を破壊しながら進んでいた京介の駆る時正が、通路の出口で急停止した。

 「ん?」

 その動きに、男性は疑問の声を上げ、

 「……おぉ、ここまで進んだか。では最終評価といこうかな」

 桔梗は手に持っていた猪口を置き、姿勢を正した。
 画面に映し出されているのは、やや開けた平地が周囲を崖に囲まれたことで形成された闘技場の様な地形。
 さらに、足を止めた時正の正面には、時正と逆側の闘技場の端に立つ、ゴールと定められた黒い樹脂製の柱。
 数度の戦闘を経て傷を増やした時正は、先程までとはうって変わり、周囲を警戒しつつゆっくりと闘技場の中へと足を進め、入り口から少し進んだところで足を止める。
 そしておもむろにEダガーを二本まとめて抜き、

 「勝利条件から考えれば、まぁ、そうするだろうな」

 事前に条件を聞いていた男性がそう呟くと同時に、時正は柱に向けてEダガーを投擲した。

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 容赦なく襲ってくる落石と砲弾の雨を突破し、峡谷を抜けた京介が目にしたのは、

 (これは……なんて分かり易い……)

 平坦な地面、円形の空間、そして周囲の切り立った崖。
 いかにも「ここで戦闘をしろ」と言わんばかりの舞台装置だ。
 辺りに気を配りながら、少しずつ闘技場内に歩を進める。
 そして、視界に入ってくる樹脂製の柱。

 (……座標の通り、か。さて……)

 全力で突進し、一刀で切り捨てる事は可能だが、罠や待ち伏せの可能性を考えればそんな軽率な動きは出来ない。

 (これくらいが適当、かな?)

 太刀の柄に伸ばしかけた右手を戻し、右腰にマウントされたホルダーから逆手に二本、Eダガーを引き抜く。
 目標である黒柱にはやや距離があるが、時正の出力で全力投擲を行えば、楽に届く程度ではある。

 (まずは様子見。状況が変われば臨機応変、と)

 そして京介は、逆手にしていたEダガーを持ち直し、槍の投擲にも似た、全身を連動させた動きで爆発術式の内蔵された短剣を投げ放った。

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 高速で飛んだEダガーは大気を貫き黒柱に迫る。
 妨害も罠もその姿を見せず、Eダガーはそのまま命中するかと思われた。
 だが、その時、
 空気を切り裂き、上空から凄まじい速度で黒い影が飛翔してきた。
 黒い影はその速度を緩めず、地面に激突する寸前にスラスターを一度強く噴射し、黒柱の側、Eダガーの射線を遮るように、轟音を立てて着地した。
 スラスターの噴射と着地の衝撃、そして衝撃吸収機構からの排熱で、地面の表層を土煙として巻き上げつつ降り立った『それ』に、Eダガーが迫る。
 しかし、迫るEダガーに対し、『それ』は避ける気配を見せず、その場を動こうとはしない。
 そしてEダガーはそのまま、『それ』が立てた土煙の中に呑まれ、姿を隠す。
 次の瞬間、時正から送られた起爆信号により、二本のEダガーから熱と衝撃波が『それ』を巻き込むようにして炸裂した。

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 Eダガーの爆風によって土煙は吹き散らされ、『それ』の姿が京介の目に映る。
 その機体は最初は黒と見えたが、陽光の反射によって黒に近い程の濃紺であるということが分かった。
 正面に構えていた、恐らくはそれでEダガーの爆発を防いだのであろう、左腕に装着された流線型の大盾を下ろし、京介と視線を合わせてくる。
 蛍火のような淡い燐光を放つ双眸と、その上下、人間で言えば眉尻と頬骨の位置に配された二対の視覚素子という六つの眼を備えた頭部。
 俊敏さを感じさせる時正のフォルムとは違い、肩、腕、脚などが太く、力強いそのシルエットは『重戦士の様な』とでも形容するべきか。
 確認出来る武装は先程の大盾と、右腰のハードポイントに提げられた、恐らくは自動小銃に類するであろう火器だけだが、勿論それだけとは限らない。
 しかも先程の落下速度を一瞬で減衰させた大出力のスラスターと、それを制御する為であろう、背部にX字に張り出した4本のスタビライザーから、その速度は相当な物だと推測される。

 (あれが若本さんの機体、か……)

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 濃紺色の機体の出現に、モニターを眺めていた男性の右眉が僅かに上がり、軽い驚きを示す。

 「……『斬鉄参式(ざんてつさんしき)』、しかもこの装備は……相手は若本ですね?」

 男性の問いに、アスパラガスの天ぷらにレモンと塩をふっていた桔梗が、

 「正解だ。さすがに元部下は判るか」

 右頬を持ち上げる、人の悪そうな笑みを浮かべながら肯定する。
 その笑顔に、男性は軽く息を吐き、

 「当然です。……では、これは『若本相手にどれだけ粘れるか』を見ればいい、という事ですか?」

 と、評価の要点を確認する。
 それに対して桔梗は、先程の笑みを浮かべたまま、完結に答える。

 「まぁ、そういうことだな。この乗り手が『銀月部隊』の一員を相手にどれだけ傷を付けられるか、だ」

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 時間と場所は再び現在―シミュレーター内で京介と若本が対峙している瞬間に戻る。

 京介は油断無く、ほんの僅かに腰を落とし、左手で太刀の鯉口を切り、右手を柄に添える。
 若本が一気に襲いかかって来なかったということは、何かしらの開始の合図が有るはずだ。

 (……それが声か銃弾かは分からないけどねぇ)

 そして、それから直ぐに、京介が予想した内の穏便な方。
 目の前の機体から発された、開放通信帯による通信が京介の耳に入った。

 《物部君、お疲れ様だったね。ここに来るまでの様子は見させてもらっていたよ》

 目の前の機体が若本の声を発したことで、更に気を引き締めながら、京介は表面上は和やかに言葉を返す。

 《ははは……みっともない動きばかりしてたんで、恥ずかしいですね》
 《まぁ、取り敢えず評価は後にして、ここから第2ラウンドという訳だが……。少々くたびれている様だね? 良ければダメージを回復させよう。シミュレーター上の操作だけだから、時間はかからないが、どうするかね?》

 突然の若本からの申し出。
 試験と言われた物の最中にこんな事を聞かれれば、普通は警戒をする筈だが、

 《お願いします。あ、出来れば武器の補充もして貰えると嬉しいんですが》

 京介は即答した上に、更に要求を上乗せした。

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 《――して貰えると嬉しいんですが》

 酷くあっさりと答え、更に消耗した武器の補充を要求する京介。
 一見すると、真剣味がまるでない京介の態度に、スクリーンを見ていた祈は小さく声を上げてしまった。

 「なっ……!?」

 その声に気付いた桔梗が怪訝な表情で祈の顔を覗き込む。

 「どうした祈。面白い声を出して」
 「し、失礼しました……何でもありません」

 慌てて取り繕う祈を、怪訝な表情のまま眺めていた桔梗だったが、原因に思い当たったのか納得の表情を浮かべる。

 「うん? あぁ、ちび助が即答で受けたからか。……まぁ『アイツ』だったら断っていただろうからな。試験に対して不真面目だと、そう言いたいのだろう?」
 「そこまでは……っ。…………いえ、仰る通りです」

 図星を指されたのか、咄嗟に否定しようとしたが、先程自分が感情的な言葉を口にしたのを思い出し、今更かと祈は肯定した。
 桔梗は苦笑しながら、京介の行動を解説しようとしたが、

 「ふむ……、まぁ分かり易い“正々堂々”とは違うが、ちび助なりに考えがあっての事だよ。……祈は、何故ちび助があの様な答えをしたと思う?」

 途中でそれを祈への問いかけに変えた。

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 画面の中では、機体の修復とEダガーの補充を終えた時正が、斬鉄参式に軽く黙礼して構えを取り直し、

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 問われた祈は、眉根を僅かに寄せて、

 「それは……勝つため、だと思いますが。……違うのですか?」

 と、口にしたが、わざわざ桔梗がそれを尋ねた事で、それだけではないのだということに気付き、問い返した。
 それに対し桔梗は、お気に入りの玩具を自慢する子供の様な表情で答える。

 「違うな。仮にも私の弟子だ。相手の力量を量れる程度には鍛えている。若本がどの程度加減する積もりかは知らんが、どうやっても今の自分に勝ち目が無いのは、ちび助も理解している筈だ」

 それを聞いた祈は、困惑の度合いを更に深めた表情で問いを重ねる。

 「勝つためでは無いなら……どうして?」

 再びの問いに対して、桔梗は片方の口角を持ち上げる笑みで、

 「『機体がダメージを受けていたから』、『武器を消耗していたから』等と言い訳の理由を作らず、戦い、その結果を受け入れる。つまり、“正しく敗北する為”だ」

 と告げた。

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 それに応じた斬鉄参式が、同じく黙礼し、右腰に提げていた銃を取り上げる。

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 「……それは、最初から勝負を諦めている、ということですか?」

 不心得顔で問う祈に、

 「違うな。勝負を諦める、つまり『勝つ気がないが戦う』のと『勝つとは思っていないが戦う』とでは天地程の差がある。
前者は勝負自体を放棄しているが、後者は、勝てないのは理解した上で、なお力を尽くそうとしている、ということだからだ」

 と言葉を返す桔梗。
 桔梗の言葉を反芻していた祈が軽く眉根を寄せて、

 「それは……無謀や蛮勇というのでは?」

 と切り捨てる。
 それを聞いた桔梗は(……これは相当嫌われているな。ちび助の奴、何をやらかしたやら……)と思考しつつ、

 「いいや? これは命の遣り取りではなく、“試合”だからな。負けても得られる物があるから、ちび助はこうしているのだ。……もしこれが生死のかかった戦いだったら、ちび助は戦う前に逃亡しているよ。“勝ち目の無い戦いからは逃げろ”と、私はそう教えた」

 説明を重ねていく。

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 そして、双方共に、ごく僅かに足を踏み換え、

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 僅かな間、桔梗の言葉を吟味していた祈は

 「つまりこれは、あの人なりに真面目にやっている、と?」

 先程より少しだけ好意的に解釈した答えを出したが、

 「ふむ……、“真面目”とは少し違うな。ただ……」

 桔梗はそれを軽く否定し、

 「“全力”ではあるだろう。最初に釘を差しておいたしな」

 表情に憮然とした色を滲ませながら、そう締めくくる。

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 向かい合っていた機体の一方が、スラスターの噴射と共に、戦闘開始の合図となる第一撃を放った。


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