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ワイルドアイズ 第2話後

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匿名ユーザー

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キリオ!
キリオ、また殴られたの?
ばかね、なに言われたって笑って黙って従ってればいいじゃない
ああいう風に反抗的な目なんかして、にらみかえすから機嫌をそこねて殴ってくるんでしょ
目つきは生まれつきたって、それで余計に自分から損することなんかしないほうがいいじゃないの?
ほら、飴玉あげる
私はお客さんからたくさん貰えるから
うん…まあ、笑ってればそれほど酷い事はされないよ
大丈夫 私は、大丈夫

ねえ、キリオ
…一緒に逃げない?
ここから出て、どこか遠くで、殴られたり、嫌な仕事もさせられないで済む所で
誰も追いかけてこないくらい遠くの知らない町に行って
そうしたらさ、私たち、自由になれるかな?


キリオ! キリオ…
どうして…? どうしてあなたが裏切るの!?
ねえ、どうしてよ!! 友達だと、一番の友達だと思ってたのに!!

…キリオ!!



「おい、キリオ?」

スパナを手で弄びながらボーっと思索にふけっている様子のキリオに誰かが声を掛け、彼はハッとして現実に戻ってきた。
同時に、周囲の金属を打ち鳴らす音やグラインダーの摩擦音、溶接のスパークの火花、といった喧騒も耳に入ってくる。
キリオは、自分がラストスタンドの町の工業区画にある整備ガレージで自分のクルマの修理を行いながらいつの間にか思索に没頭していた事に気が付いた。
随分昔の事を思い出していたような気がする。 が、キリオはすぐにそれを自分の頭の片隅に追いやった。
キリオに声を掛けてきたのは、この整備ガレージで主任技師を務めている、皆から「おやっさん」と呼ばれて親しまれている中年の男だ。

「…なんだよ」

「考え事でもしとったのか? さっきから手を休めて工具を見つめてばかり…
それとも、殴られた傷が痛むなら宿に戻って休んどけ。 今日はサービスで俺が残りの作業をやっといてやる」

彼の気遣う言葉にもキリオはフン、と鼻を鳴らして返すだけだ。
おやっさんとはキリオがハンターを始めてラストスタンドの町に来た直後からの付き合いだった。
クルマには、多少の事故修復機能が存在し、保守点検ぐらいなら放っておいても問題がない。
土の中や遺跡から発掘された昔のクルマが、錆びて朽ちる事もなくそのまま使用できるのもそのおかげだ。
だが、大きな破損となると人間が修理してやる必要があるため、戦闘でクルマを傷つけたハンターはクルマの修理費が無視できない出費となる。
当初、稼ぎが少なく自分のクルマの修理や整備の料金も支払えなかったキリオは、ガレージに来るなり頭を下げて突飛なお願いをした。
自分で修理をするから、工具や機材とスペースだけ貸してくれ、と。
そうする事で少しでも費用を浮かせようという考えで、今にしてみればキリオは自分の事をよくもまあ、受け入れられると思えない
馬鹿馬鹿しいアイディアを思いついて実行する気になったものだ、と自嘲する。
だが、おやっさんはこのハンターになったばかりで右も左もわからなそうな少年の申し出を快く承諾し、
工具とスペースだけをレンタルする他に、クルマの修理の基礎の手ほどきまで教えてくれた。

「ハンターなんてクルマを派手にぶっ壊して、直したり改造したりするのは俺らメカニックに丸投げだ。
全く持って、自分の所有するクルマに愛情って物が足りてねえ。
昔の、俺が若いころのハンターにはもう少し自分のクルマに愛着や愛情を持って、簡単な整備や洗車くらいなら
自分の手でやってた奴も少しは居たもんだが…」

そう愚痴るおやっさんがキリオの申し出を受けることにしたのも、キリオに見所がると思ったのかもしれないが、
その見立ては間違ったものではなかったらしい。
キリオは自分のクルマ、ハーフトラックを自分の手で拙い技術でも必死に修理するうち、段々と上達し
今では整備ガレージの若手メカニックに引けを取らないほどには修理の腕を磨いている。

「…それにしてもキリオよう。 お前さん、ハンターなんぞよりメカニックの方が向いてるんじゃねえか?
うちの若いもんよりはよっぽど勉強熱心だし、上達も早い。
このガレージであと2~3年も修行すりゃあ、一人前のメカニックになれるぞ?
そんで、クルマなんぞ売っぱらっちまえ。 その金で自分の整備ガレージを立ち上げて、独立させりゃあ、
食うに困ることは無いはずだ。 そうしちまえ。
毎日危ない思いをして大した稼ぎにならないアメーバ狩りしたり、酒場でガラの悪いのに殴られんでも、安定した生活ができるならそれが一番だ」

「…放っとけよ。 俺は自分でハンターになるって決めてんだ。 辛いからって今更途中で投げ出してやめられるか。
そんな格好悪い事」

全くの親心でそう忠告するおやっさんの言葉にも、背を向けてエンジンルームの中に頭を突っ込みながら
ぶっきらぼうな調子で返す。
おやっさんもキリオのそういう正確の頑固な所は既に熟知していたが、呆れたようにため息を付いた。
機械全般やクルマの修理や整備ができる技術職であるメカニックは、荒野ではハンターやソルジャーに並んで三番目くらいに
需要と人気のある職業である。
ハンターが持ち込むクルマの破損を直せるのは彼らメカニックだけであり、またハンターやトレーダーが
時折旧時代の都市や軍事施設などから回収してくる廃品を再生して使える機械、家電製品、電子機器に直せるのもメカニックだけである。
メカニックにはさらに、電子機器とコンピュータのソフト面、クルマの操縦補助や火器管制に使用される
高性能AIであるCユニットの修復や調整、あるいは同じくAIで制御されたマシーンの捕獲や、
電子ロックが仕掛けられた施設の扉などに侵入して開かせる技能をもつ「ハッカー」、
砲弾や武器をスクラップから再生した部品で製造したり、クルマの改造などを行える特化技術職である「アーティスト」などの
派生職も存在し、現在の荒野の社会システムの維持には必要不可欠な存在だ。

そしてその代わり、荒事を得意とするハンターやソルジャーと比較して戦闘には不向きな職業だ。
いわゆる、裏方である。
ハンターやソルジャーとチームを組んでマシーンやサイバネティクスなどのモンスターの捕獲・討伐に出向く事もあるが
本業は、町などで整備ガレージを経営している者が多数である。
メカニックの存在無しではハンターもソルジャーも、自分らのクルマや武器を修理する事が出来ないため、
整備修理技術を身につけてメカニックになれば、そして自分の整備ガレージを持ち独立すれば、生活に困らないほどの収入を得られる。
おやっさんも、若いころにそうしてメカニックを志した一人だった。

「だがよう、キリオ。 そうやってこのラストスタンドでも毎年、二人か三人はハンターに憧れて荒野へ出る若い奴がいるが、
そいつらの大半は二度と町へ帰って来ねえんだ。
連中はみんな言うんだ、クルマを手に入れたら俺に見てもらって、直してもらうって。
俺はそういう奴らの顔を思い出す度やり切れなくてよう…
お前さんも、いつか帰ってこなくなるんじゃないかって思うときがある。
若いもんには未来がある。 そりゃ夢を負うのを悪いとは言わねえが、少なくとも年寄りより先に死ぬってのは間違ってる。
未来はドブに捨てるもんじゃねえ。
お前さん、いっそこの町に腰を落ち着けて本格的にメカニックに転向しちゃあどうだ」

幾多の散っていった若者を見送ってきた悲しみを含んだその言葉にも、キリオは何も答えない。
無視を決め込んでいるのか、それとも返す言葉が見つからないのかは判らないが、点検ハッチを閉じるキリオの横顔は少し硬く、悩んでいるようにも見えた。
その時、バイクのエンジン音と走行音が整備ガレージに近づいてきて、表の方で止まった。
バイクに跨っていたのはリッカだった。 少年はゴーグルを外すとガレージ内を見回すとキリオを見つけ、叫んだ。

「キリオ!」

「何だよ。 用か?」

工具を片付けながら少し不機嫌そうにぶっきらぼうに返事するキリオに、バイクから降りたリッカが歩いて近づいてきて、告げた。

「…ザマル一家が酒場の女性を誘拐した。 自分たちの相手をしろって強引に連れ去ったそうだ」

その言葉にキリオは眉を少しピクリと動かしながらも、「へえ、それで?」と興味無さそうな反応を返す。
リッカはキリオのその態度に少し苛付いたものを感じた。

「…あのお姉さんは君も懇意にしてた間柄だろう? 随分気を使ってもらったり、励ましてもらってたじゃないか。
助けに行かないのか? これはれっきとした犯罪だ。 あんなならず者どもが女性をどう扱うか、想像ぐらい付くだろう?
彼女をそんな目にあわせていいのか」

「で、俺にどうしろってんだ。 てめえはそんな事俺に知らせて、何をさせたいってんだ。
悪党に攫われたお姫様を助けろって? そういうのは他の誰かの仕事だろ。
勇敢で正義感に溢れて、戦車クラスの強力なクルマを持ったヒーローの役割だ。
この町には酒場にもハンターオフィスにもあれだけハンターがたむろしてんだ、適任が居んだろ」

キリオはリッカに対し顔も合わせようとしない。 ハーフトラックの後部ハッチを開けて操縦室に乗り込もうとする。
そんな、まるで不貞腐れたような、あるいは全くの他人事のような態度でしか返さないキリオに、リッカは少なからずの不満を抱く。

「…そんな奴はこの町に居ない。 みんな、ザマル一家の数と所有する戦車を恐れて、尻込みして何もしようとしないよ」

「てめえもその一人だろ」

キリオが、唐突に振り返ってリッカに言った。
リッカはそのキリオの硬質な視線に射抜かれて言葉に詰まる。 お互い視線を合わせ、キリオとリッカはそれぞれの顔を直視した。

「自分の面倒見るので精一杯か、それ以下の力しか持ってねえのに、他人を助ける奴なんか居ない。
その癖に他人には誰かを助ける事を求めるようなのは頭に脳みその入ってねえ間抜けだ。
何の利益にもならない正義や善とやらを説いて、悪党どもをぶっ潰して秩序を取り戻そうとしてくれるヒーローなんてものはこの世に居ない。
居たらそいつは、実力も見合ってねえのに強敵に挑んで返り討ちにあう類の、ただのアホだ」

「ボクはトレーダーだ。 ハンターじゃない。 戦闘向きの技術を持った職種じゃないし、クルマもバイクしか無い。
…ボクじゃ彼女を助けられないじゃないか」

リッカはそれが正しい指摘だと理解しながら、口惜しそうに固めた拳を握り締めながら答えた。
同時に、自分の返した言葉が言い訳に過ぎないと自覚もしていた。
そんなリッカに、キリオはさらに追い討ちを掛けるように吐き捨てる。

「俺もそうだ。 中途半端過ぎて装甲車だかなんだかわからないハーフトラックで戦車に正面から挑んで勝てるわけねーだろ。
俺もお前も自分で正義のヒーローになって誰かを助けるなんて力は持ってねえんだ。
ヒーローになれもしないのに正しいだの悪いだの語ったり求めたりする資格は無いんだよ。
正義が勝つんじゃねえ。 勝った奴が正義だ。
どんな卑劣な悪党でも、そいつが勝ち残って最後に立ってりゃ、そいつが正義になる。
雑魚と弱者は、それに黙って従うしか無いのさ」

リッカは何も言い返せなかった。 キリオの指摘は全くその通りであり、それは今のこの世界の不文律だった。
ハンターという職業が定着し、ハンターオフィスという組織が作られ、犯罪者やモンスターに賞金がかけられて討伐される社会システムが構築されても
結局はより強い存在に逆らう事が出来ず、抗う術のない弱者は耐えるしか無い現実がそこにある。
肩を震わせ、腸が煮えくり返ったと表現するに相応しい憤懣に満ちた表情をするリッカから視線を外し、
キリオはハーフトラックに乗り込むとクルマのパーツだらけの後部兵員室を掻き分けて操縦的に座り、エンジンを始動させた。
そのままギアをローに入れ、ゆっくりと発進させる。

「…だからって、どこへ行くつもりなんだ!?」

リッカの投げかけたその叫びを背に、ハーフトラックは土ぼこりを巻き上げて加速した。
その操縦席で、キリオは呟いた。

「どこへって、決まってんだろ

クソッタレのアホどもに、何が正義か教えてやるのさ」



およそ10分後。
ザマル一家が根城にした、ラストスタンド郊外の廃墟となった建物の前にキリオの駆るハーフトラックは停車していた。
キリオはCユニットのパネルを操作して、砲塔に装備された37ミリ砲に榴弾を装填する指示を送る。
自動装填装置が作動して榴弾を薬室に送り込み、火器管制装置が廃墟の入り口に狙いを定めた。
弾道計算や被害半径の予測はCユニットが行ってくれる。
キリオは操縦室の座席横に備え付けられたトリガーを握り、引き金を引くだけでいい。
本来なら操縦士、砲手、装填手、車長など複数で分担しなければならない戦闘車両を一人で動かせるのは、この操縦補助用AIであるCユニットの働きに依る所が大きい。
Cユニットがあるからこそ賞金首やモンスターと立ち向かう時も、一人でやれる。
キリオはクルマを手に入れて以降、Cユニットの存在をかなり気に入っていた。

「戦うのも死ぬのも、自分のケツ拭くのは自分ひとりだ」

そう独り言を呟くと、キリオは37ミリ砲のトリガーを引いた。
比較的小さい砲とはいえ腹に響く発砲音と共に榴弾は飛翔、廃墟入り口でたむろしていた2名ほどのソルジャーを着弾と共に吹き飛ばす。
キリオは照準を定めたままハーフトラックをゆっくり前進させた。
廃墟内部からは、襲撃に気づいたザマル一家のソルジャーや軽戦車が飛び出してくる。
と、同時に廃墟の裏手からも戦車が現われた。 その数、総計12両。
襲撃者を捜し求める彼らに発見される事も厭わず、キリオはハーフトラックを廃墟の手前まで進ませ、止めた。

「このザマル様に喧嘩売ろうって奴はどこのどんな奴かと思えば、ノコノコと姿を現しやがって。
てめえ一人、ハーフトラック一両だけか? 大した主砲も積めない雑魚いクルマで来やがってよお!」

パンターG「ランページ」の車長ハッチから身を乗り出したザマルがハーフトラックを睨みつける。
キリオの乗るハーフトラックはザマル一家の戦車、軽戦車、ソルジャーたちにすっかり取り囲まれていた。

「いい度胸だと誉めてやる。 だが、俺様の子分を殺してくれた代償は高くつくぞ。
その辺わかってんのかてめえ? そんな弱っちいクルマでどうやってこの数の戦車に勝つつもりで居たんだ?
あぁ? それともてめえは間抜けか? 考え無しのアホか?」

ザマルが嘲笑うと、周囲の戦車やソルジャーたちからも笑い声と嘲りの声が上がる。
常識的に考えて、キリオのハーフトラックには勝てる状況ではない。
集中砲火を浴びせるだけの一方的な完全試合でケリがつく。
キリオが最初の一撃の後姿を隠して、出てきたザマルたちの戦車を一両ずつゲリラ戦的に倒していく戦法を選んでいたとしても、数が圧倒的過ぎて土台無茶な話。
だが、わざわざ姿を晒して余計に不利な状況に自ら持ち込んだキリオはハーフトラックの操縦室で笑っていた。
余裕の笑みであり、嘲りの笑みだった。

『前口上はいいから、かかって来いよ。 お前ら全員無様な姿で這い蹲らせてやる』

ハーフトラックに乗ったまま挑発するキリオの態度にザマルは一瞬イラっと来て、こめかみに欠陥を浮かび上がらせたがすぐに余裕の表情に戻った。

「せめてスタンディングモードに変形してから、嬲り殺しにしてやる。 死ぬときはそっちの方がいいだろう?」

それはクルマを所持するハンターの共通した矜持だ。
いつの頃からかは知らないが、クルマ乗りはクルマを車両形態、ヴィークルモードではなくスタンディングモードで戦って
死ぬのが至高の死に様だという認識を持っていた。
「死ぬときはスタンディングモードで」、元は大昔の何かの映画の台詞であったという説もある。
由来の真偽はともかく、何より言葉の響きがいい。
この辺り、ザマルも無法者であると同時に、ハンターでもあるという自覚と誇りは持ち合わせているのだろう。
いや、半分以上は「どうやったって勝敗は見えているのだから」とキリオにもクルマを変形させる余裕を与え、優位を見せ付けた上で殺そうとしてるのかもしれないが。

ともあれ、ザマルは己の「ランページ」のハッチを閉じると、クルマを変形させ始めた。
車体の装甲表面が分割され、別に形に組みあがって、車高を増して人型のシルエットを持つ鋼鉄の巨人へと変貌していく。
周囲のザマルの部下たちの戦車も、同様に変形し始めた。
キリオのハーフトラックもそれに続く。 ハーフトラックの主砲はスタンディングモードでは右手首から先に装着されている。
その貧弱な37ミリ砲に対して見せ付けるかのように、ザマル一家のクルマたちはそれぞれ右腕や左腕に装備した75ミリ砲や88ミリ砲をハーフトラックへと向けた。

『さあ、死ぬ用意はいいか? ぶっ殺される用意はできたか? 抵抗したきゃしな、どうせ無駄だろうが。
どう無様に足掻こうとお前はこれから俺たちに砲弾の雨を浴びせられてもがき……っ!?』

主砲を構えながら一歩踏み出したザマルの「ランページ」がバランスを崩して膝を付く……否、踏み出した足の膝関節が外れ、転倒していた。
周りの部下たちのクルマにも、異変が起こる。
肘関節のジョイントが緩み、砲の自重に引かれて腕があらぬ方向に曲がって垂れ下がる者。
肩の付け根から、そこに装着した特殊兵装ごと腕と主砲が地面に落ちる者。
内部からボン、という爆発音と共に黒い排気煙を吐いて全く動かなくなる者。
股関節のギアボックスが異様な音を立て、バランスを崩して仰向けに倒れる者。
そして運悪くそれに巻き込まれてクルマの巨体に潰されるソルジャー。

『なんだっ……何が起こった……!?』

片足を突然失った「ランページ」を起き上がらせようとするザマルの当惑した悲鳴が上がり、一家は混乱に包まれた。
誰もが自分たちのクルマに何事が発生したのかわからず、事態がつかめないで居る。
それを見回しながら、キリオは笑い声を上げた。

『ふふ……ははははは!! どうしたよ、クルマの調子でも悪くなったのか?
もしかして、何か部品でも落っことしたんじゃねえか? 町の駐車場でよ、こんなのを拾ったぜ』

そう言ってキリオのハーフトラックが左手を持ち上げ、握っていた何かをバラバラと地面に落とした。
それは大小さまざまな、クルマの内部部品だった。 エンジンの一部もあれば、ギアの連結器もある。 ターボチャージャーや燃料フィルターすらあった。

『てめえ……いつの間に! 俺たちのクルマに細工しやがったな!!』

『自分のクルマを弄られて、調子が変わってるのを気づかないてめえらが間抜けすぎるんだよ。
ちょっと点検の手間をかければ判ったはずだ。
一人でノコノコ挑むわけがねえだろ、ばぁか! お前らが俺を叩きのめして酒場で飲んだくれてる間に、
俺は表に止めていたお前らの戦車全部から部品を取り外しておいたんだよ!! 変形した時にぶっ壊れるようにな!!
まあヴィークルモードで走行するには問題なく、スタンディングモードで人型になる時に部品が組み直された状態で、
異常が発生したり関節部分になるはずの部品が無くなる用に考えて取り外したんだから、普段からクルマの整備を
自己修復機能やガレージに丸投げしてる奴には気づきようが無いけどな!!』

姑息な手段で自分たちを罠にはめたことに憤慨するザマルへキリオは容赦なく嘲りの言葉を浴びせる。
そしてそれが酒場で自分たちが叩きのめした少年だったと言う事も加わり、ザマルの怒りと屈辱は最頂点に達していただろう。
お互いの優劣は完全に逆転していた。

『さあ、死ぬ用意はいいか? ぶっ殺される用意はできたか? 抵抗ぐらいして見せろよ。
お前、「スクラッパー」を倒したハンターなんだろう? その名を騙ったんだから、あいつの死に様くらい知ってるだろ。
同じように無様に足掻けよ。 そうしたら、同じように殺してやるよ。
この「アベンジャー」で切り刻んでミンチにしてやる』

そう言って、キリオは己のハーフトラック「アベンジャー」の左腕を変形させる。
鋼鉄の腕の肘から先にラインが入り、分割され、そして再び接合して別の形に組みあがり、内部からチェーンソーを出現させた。
そう、賞金首「スクラッパー」を殺害したその武器を。

『……!! ま、まさか、お前が…お前が!?』

「ランページ」の操縦室でザマルの顔が青ざめているだろう事が、声の震えと動揺からわかる。
キリオは、笑いながらチェーンソーの鋸歯を高らかに駆動させ、そして37ミリ砲にHEAT弾を装填した。
そして手近なザマル一家のクルマに砲口を押し付け、ゼロ距離からの射撃。
いかに貧弱な砲といえど、至近からの直撃を防ぐ事はいかな戦車クラスのクルマでも不可能だった。
這いつくばった姿勢のまま、クルマは炎に包まれる。
次に、チェーンソーを振り上げて立ち上がろうとしている別なクルマの脳天に勢いよく振り下ろす。
鋼鉄の巨人の体が火花を噴水のように迸らせ、ガリガリと装甲を削る異音が悲鳴のように上がる。
少しの抵抗のあとにクルマの上半身が中の操縦者ごと真っ二つに分断され、そして引火して炎と黒煙を噴き上げた。
そこからは、一方的な殺戮が始まった。
「アベンジャー」の赤いLED光の目が、味方の戦車を無力化されたことでうろたえ右往左往するソルジャーに主砲を向け、榴弾を装填すると即座に発砲。
哀れな生身の人間は破片と爆風に切り裂かれてひき肉になる。
膝関節から火花を上げながらもなんとか機体を立ち上がらせ、主砲を向けようとする軽戦車クラスにローラーダッシュで接近し、チェーンソーで胴体を上下に分断。
そして、ついでとばかりにその隣で動かないクルマから脱出しようとしていた者の、ハッチに主砲を向けて装填した徹甲弾を発砲。
装甲を打ち抜く音と共に永遠に沈黙させる。
次々と一方的に仲間を殺されていく光景を目にし、殺される順番を待つ誰かが泣き声交じりの叫びを上げた。

『ひ、卑怯だぞ!!』

『悪党相手に卑怯もくそもあるかよ。 弱い奴と愚かな奴が殺されるんだ。
正義が勝つんじゃねえ。 まして、強い奴のみが勝つんじゃねえ。 どんなに卑劣でも勝った奴が正義なんだよ!!
力も発揮できねえ知恵も回らねえ、相手を舐めてかかって油断する間抜けは死ね!! 何も出来ずに死んでいけ!!』

キリオは悪魔の様な笑い声を上げながら、ザマル一家のクルマを操縦者ごと血祭りにあげていく。
砲を腕ごと失ったために戦闘能力も無く、逃げようとするクルマは追いついて脚部をチェーンソーで切りつけ、転ばせてから背中を撃ち抜き、
立ち上がれないクルマはやはり至近距離から撃ち抜くか、チェーンソーで中の人間ごと切り刻んだ。
残った腕に白兵戦用のブレードを装備して果敢にも挑んでくるクルマは近づく前に主砲で攻撃し、沈めた。
両腕が肩から脱落し、降参すると叫び助命を哀願する者も容赦なく殺した。
それをザマルは、「ランページ」を立ち上がらせることも出来ないまま見せ付けられた。


その「アベンジャー」による虐殺を廃墟の3階から見ている、ザマルの子分たちがいた。
対戦車ミサイルを装備し、建物から援護する役目を任せられたソルジャーだ。

「あの野郎! 調子に乗りやがって!!」

「このAT-4の威力を味わいな! 地獄までふっ飛ばしてやる!」

彼らが対戦車ミサイルのセーフティを解除し、照準を「アベンジャー」にセットしたとき、階下から階段を上がってくる軽量なエンジン音を聞いた。
振り向くと、ザマル一家がキリオに気を取られている間に建物裏手に回り込んで侵入した、バイクに乗った少年……
リッカが彼らに向かって階段を駆け登った勢いそのままに突っ込んでくる所だった。
すぐさま武器をアサルトライフルに持ち替え、新たな敵に応戦しようとしたソルジャーたちの目の前でバイクの車体にいくつもの分割線が入り
それは細かい部品ごとに分解され、リッカの体を覆うように纏わり付くと際接合して「スタンディングモード」へと変形を完了した。最小のクルマであるバイククラスの変形形態、それは装着者の体を保護し身体能力を倍増させるパワードスーツとなる。
一本足の異形の準人型シルエットを持つ「コッパーヘッド」の装甲はアサルトライフルの銃弾を弾きかえし、右腕を変形させて7.7ミリ機銃を装備し、逆にソルジャーの一人を射殺した。
そして、そのまま一本足の先端にあるタイヤによるローラーダッシュで接近し、再び右腕を変形させてパイルバンカーを装備。
火薬カートリッジの破裂音が響き、ソルジャーの胸骨と心臓を貫いた鉄杭が背中まで貫通、絶命させた。

「……ボクはトレーダーだ、戦闘向きの職種じゃない。
クルマに乗って生身のソルジャーを弱いものいじめするしか勝機が無くてね。
卑劣だとか責めないでくれよ。 彼に言わせれば、勝った奴が正義だそうだから、その意見に賛同しただけさ」


リッカがソルジャーたちを制圧したころ、キリオも殆どの獲物を仕留め終えていた。
哀れな被害者たちの残骸は炎を燻らせるか、スクラップとなり、残っているのは未だに転倒し這いつくばったまま動けないで居るザマルの「ランページ」だけだ。

『畜生……この野郎……好き放題やってくれやがって……』

キリオの操る「アベンジャー」が近づいてくる足音を聞きながら、ザマルはCユニットに指示を出しクルマのオートバランサーの再調節をさせていた。
片足を失った一本足の状態で立つ事はかなわないが、両腕を突っ張れば上半身だけは起こす事が出来そうだ。
腕に装備している主砲は使えないが、体さえ起こせれば肩や背中に装備している特殊兵装、ナパームボンバーとサンダーストームだけは相手に向ける事が出来る。
まだ勝負は終わっていない。 そうだ、奴の言うとおり、最後に勝った奴が正義なのだ。
最後の最後で、相手を倒していればそれでいい。
見ていろ、余裕をかまして、子分を皆殺しにした後に自分をとどめを刺すつもりだろうが、そこでしっぺ返しを食らわせてやる。
俺様を最初に殺していなかったことを後悔するがいい!

そう算段をつけながら、「アベンジャー」が近づくのをザマルは待っていた。
そして、そのタイミングが来る。 方向も都合が良く、正面だ。

『死ねえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

渾身の叫び声と共に「ランページ」を起き上がらせる。
最高のタイミングで仕掛けた奇襲は、「アベンジャー」に向けて発射しようとしたナパームボンバー、サンダーストームのランチャーユニットがクルマ本体との接合部ごと脱落した事で不発に終わった。
目の前の地面に落ちて転がった二つの特殊兵装を、唖然としてザマルは見つめる。
そしてその先に、鋼鉄の足が……「アベンジャー」の足があり、赤いLED光が最後の切り札さえ失った「ランページ」を見下ろし、睨みつけていた。

「ランページ」の右肩に砲弾が撃ち込まれ、関節接合部が爆発と共に砕かれる。

『ぐああああああああーーーーーっ!!』

まるで自分自身の右肩が撃ち抜かれたような悲鳴を上げて、ザマルは「ランページ」が再び地面に倒れ付した衝撃を全身に受けた。
「アベンジャー」が今度は37ミリ砲を「ランページ」の左腕に向けて発砲。
やはり装甲の薄い関節部を打ち砕かれ、そして間を置かず最後に残った左足にも容赦なく砲弾が撃ちこまれる。
もはやダルマ同然になった「ランページ」の頭部に「アベンジャー」は変形させて戻した手を伸ばし、掴み上げると無理矢理に引き起こした。
「アベンジャー」の頭部のLED光が一際強く輝く。
それはザマルには、今から殺そうとしている相手に嗜虐的な笑みを浮かべたように見えた。

『ま、待ってくれ! 助けてくれ! 「スクラッパー」を殺したのを騙ったのは謝る!
二度とこんな事はしない、この町にも近づかない! だ、だから、見逃してくれ!!
自分で言うのも何だが、お、俺たちはそんなに酷い悪党じゃないし、賞金の額だって大したことは無いだろ!?
つい、出来心で調子にのっちまったんだ、悪かったよ、なあ、俺たちなんか、殺すほどの事じゃないだろう!?
べ、別に俺たちを殺さなくても、生きて捕まえてオフィスに突き出しても賞金は貰えるだろ?
俺たち誘拐や強盗や強姦はしても、殺人はしてねえ、賞金首は何人か殺したけど、一般人はまだ誰も殺してねえんだ、
殺されるほど酷い事はしてねえ!!』

脅えきっていたザマルは自分でもみっともないと思いつつも、命乞いの言葉を並べ立てた。
実際、ザマル一家の賞金額や、犯した悪事は「スクラッパー」や「人狩り」に比べれば比較的軽いものである。
だからこそ、ハンターオフィスにもならず者とハンターの二足の草鞋を履いた状態でも追放や登録抹消などの処分は受けずに来たのである。
そして、徒党を組んで戦車クラスのクルマを何台も所有し、容易には賞金狙いのハンターに襲われにくいようにして生き延びてきた。
本物の悪党に比べれば、小者に過ぎないという見方も無いではない。

だが、そんな事はキリオには、「アベンジャー」には関係が無かった。

『知るかよ。 死ね、クズが』

短く冷酷な死刑宣告を下し、「アベンジャー」は処刑道具であるチェーンソーを振り下ろした。
火花と共に装甲を削り砕く耳障りな音が響き、そしてやがてそれは肉と骨を砕く音と共に人間の悲鳴に変わった。


キリオが「アベンジャー」をスタンディングモードからハーフトラックへと変形させ戻した時、
ちょうど見計らったかのように建物から拉致された酒場のウェイトレスの女性を抱きかかえて「コッパーヘッド」を装着した状態のリッカが出てきた。

「アジトの中に残ってた奴らは片付けたよ。 あと、お姉さんは気を失ってるだけで特に乱暴はされてないようだし、無事だ。
安心していいよ」

頭部バイザーを上げて素顔を晒し、ニコリと笑うリッカに対し、ハーフトラックの前輪タイヤに背中を預けて座るキリオはフン、と鼻を鳴らして悪態をつく。

「楽していいとこばっかり持っていくんじゃねえ だからてめえはムカつくんだ」

ただ、その顔はどこか機嫌が良さそうにも見えた。
酒場で殴られた分を大暴れして返したので気が晴れたというのもあるのだろうか。

「脇から支援したと言ってほしいなあ、あいつら建物の中からしっかりATMでキミを狙ってたよ。
ボクが裏口から潜入してなかったら、今頃君は死んでたかもしれない。 感謝して欲しいな」

女性を抱きかかえながらも器用に肩をすくめ、廃墟の前に広がるクルマと人の残骸や遺体の死屍累々たる光景を見回してリッカは言葉を続ける。

「それにしても、キミは本当に姑息な卑劣漢だ。
手柄は名乗り出ないで正体と実力は隠す、コソコソと相手の車に細工をして、動けない相手を嬉々として痛めつける。
これじゃどっちがならず者だか判らないね」

「俺みたいなガキでハンターを始めたばかりの駆け出しが、高額賞金首を倒したなんて広まったら速攻で目を付けられるに決まってんだろうが。
てめえこそ、何が正々堂々立ち向かうべき、男らしく、だ…裏から奇襲しやがったくせに。
バイクとは言えクルマでソルジャーどもをひき肉にしたんだろ。 人の事をとやかく言えた義理かよ。
トレーダーは戦闘向きじゃない? クルマに乗ったらハンターもトレーダーもそれだけで強えんだろうが」

「キミが言ったから、それに倣ってみただけさ。 それに、ボクは男らしくある必要はないからね」

そう言いながらリッカは女性をハーフトラックの後部兵員室に運んで寝かせると、「コッパーヘッド」をバイク形態に戻す。
装着されていた装甲や部品がリッカの体から分離し、バイクの形に戻っていくと、生身のリッカの姿が現われる。
その際に、装甲に引っかかってリッカのゴーグル付き帽子が脱げて地面にパサリと落ち、その下に纏められていた長い黒髪が顕になる。
リッカは帽子を拾い上げながら呟いた。

「一体装着型のクルマは軽量高機動で小回りも効くし便利なんだけど、解除する時に衣服や帽子が引っかかって脱げちゃうのが難点だ。
男装している事がバレてしまう。 飢えた野獣みたいな男たちから身を守る知恵だってのに」

歳若い少女トレーダーが身一つで町と町を行き交うのは危険が付き纏う。
性別を偽るのは弱者なりの知恵の一つだ。
若い男や年端も行かない少年のトレーダー見習いというのはどこにでも居るから、紛れてしまえば目立たない。
それでも危険な時は、トレーダー仲間の隊商の列にでも入れてもらええばいいのである
キリオが賞金首を倒したのを名乗らないで居るのと同様、自分を「つまらない存在」だと周囲に思わせておく擬態である。
それを責められる筋合いは無い。 外見で判断し、相手の正体と実力を見極められない奴が間抜けなのだ。
が、キリオはわざと

「じゃあいっそ、普通に女の服でも着てろよ。 面倒なだけだろ」

と意地の悪いことを言った。
そこには少しの悪意も無い。 お互いわかっているから言える冗談だと承知している。
キリオをリッカは笑みを交わし、軽口を言い合った。

「そしたら今度は、バイクに乗るとき不便じゃないか。 スカートで荒野を走れって言うの?
それとも、キミは僕がフリフリの白いレース付きのドレスを着ているところを見てみたいのかい?
他でも無い君のリクエストとあらば、検討しないでも無いよ」




(終わり)


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  • キャラクターはよかったです。ロボットの描写が少し地味ですね。世界観はややリアルに寄り過ぎてしまって、魅力が埋もれてしまっている印象です。思惑をセリフで説明しすぎているようにも感じました。 - 名無しさん 2013-03-17 15:06:26

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