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機神幻想Endless 第五話 示す者、護る者、生きる者 君嶋悠編

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文教都市上空にて、新たに現れた白磁の装甲を黄金色の刻印で縁取った豪奢な空戦騎。
一撃の名の下に閼伽王達を退けるも、空に浮かぶ雲の様に漂いながら眼下の市街地に白色の単眼を巡らせるばかりで次の行動に移ろうとしない。

「何処から何処までが共和国のシナリオかは知りませんが……」

空戦騎のライダーは亜麻色の長い髪を弄びながら静謐な声を漏らし、巡らせていた空戦騎の単眼を一点に絞る。
其処には膨大なエーテルの奔流を巻き上げ、全身を黒光りさせる巨人――エーテルナイトの姿があった。

「少なくとも、あの機体はイレギュラー……と言った所でしょうか」

文教都市の市街地にて突如として現れたエーテルナイトの姿と、動きをつぶさに眺めて呟く。
その口調こそ穏やかだが如何でも良いという雰囲気が滲み出ており、警戒の素振りすら見せずに観察する。

「まるで呪いに犯された騎士ですね」

不可視の拘束具を引き千切るかのように体躯をもたげたその姿は
旧暦の資料に出て来る騎士の甲冑をエーテルナイトサイズに巨大化させた様にも見える。
だが、地面を切裂く爪先からは爬虫類や鳥類などの生物的な三本の鋭い鉤爪が伸びており
漆黒に包まれた体躯は彼女が評した通り、呪われた騎士という表現の似合う禍々しい姿をしている。

「象徴能力の偽装と言いあれ程の機体、今の地球の技術では建造不可能……となれば月で建造された機体と考えるのが妥当でしょうね」

空間と空間の僅かな隙間に構築した結界の世界から産み落とされた漆黒の騎士、アスタルテ。
彼女が察した通り、君嶋悠の『結界』という固有能力で持ち込まれた月で建造されたエーテルナイトである。

「そして、どういうわけだか随分と敵意を抱かれているようですね」

突如として現れたアスタルテの異型を前にしても女は眉根の一つも動かさずに流し見るばかり。
敵意をぶつけながら跳躍する黒鎧の巨人を横目にしても、泰然とした態度を崩す事は無い。

――何故か?

「オリファルコンのみで構成された先進的なエーテル工学の粋を結集した超高性能機。
流石は月の技術力としか言いようがありませんが、高々A級程度の使い手では宝の持ち腐れですね」

君嶋悠が如何に優れたエーテル能力者、覚醒者であろうと優れている止まりで絶対者には程遠い。
それに対する空戦騎のライダー、アイリ・ハウゼンは騎士のS級エーテル能力者を素体とした覚醒者。
如何なる作戦、戦術、戦略を以ってしても難攻不落にして攻略不可能。両者にはそれだけの能力差がある。
本来ならば悠が彼女に対峙すること自体が無謀を極め、アイリが彼を歯牙にかけること自体が愚を極める。
だから、アイリはどんなに機体の性能差があろうと、謂れの無い敵意をぶつけられようとも気に止めない。

「だとしても、覚醒者がこんな下らない戦争ごっこに加担しているのを見過ごすわけにはいかない」

悠は些かの闘志も揺るがせる事無く、アスタルテの右腕に無骨な大剣、エーテルバスターソードを構築し、空戦騎目掛けて飛翔する。
アスタンテには空戦騎の様な推進装置は無いが、空に見えない足場があるかの様に空間を蹴り高度を上げていく。

「エーテルの膨張は認められず……武装の生成はライダーの能力では無く、機体の機能。
後、どれだけの武装を隠し持っているかは知りませんが、随分と贅沢極まりない機能ですね」

アイリは空戦騎の正面に展開した白磁の閃光の中から、自らの能力によって構築したエーテルソードを引き抜き
急上昇するアスタルテに蝿でも叩き落す様な無造作な斬撃を溜息混じりに振り落とす。
振り落とされた白の斬撃と、振り上げられた黒の斬撃が交差し火花を散らすも拮抗は一瞬。

「ご大層な剣ですが使い手がA級では、この程度ですか」

まるで力の篭らない斬撃と、ゆるりとした口調とは裏腹にアスタルテのエーテルバスターソードに亀裂が走る。
まるで取るに足らないとアイリが慢心していると、突如として空戦騎の通信機器が意図しない動作を始め出した。
アイリが怪訝そうな表情でコクピット内のスピーカーを覗き見ると若い男の声――悠の声が流れた。

「其処の覚醒者。今がどういう状況か分かっているだろ? 戦に興じる前に役割を果たせ」

高純度のオリファルコンで構築されたご自慢の獲物も破壊寸前、悠が追い込まれているのは明らか。
それにも関わらず当の本人は、そんな事は二の次、三の次だと言わんばかりに言葉を紡ぐ。
口調こそ穏やかだが、アスタルテから放たれる殺気混じりのエーテルが彼の心情を表していた。

「一億分の一。覚醒者なら、この確率が何を意味するのか理解しているだろ?」

「総人口六百六十億人の太陽系における覚醒者の発生率、それがどうかしたのですか?」

どうでも良さそうな口振り、或いは何かを試している様な口振りで重ね合わせた刃を振り払う。
エーテルバスターソードに走る亀裂が更に深くなり、周囲にオリファルコンの破片を撒き散らす。

「貴方を頂点に連なる十三人のS級エーテル能力者の一人とお見受けする。
そして、僕の様な六百五十人の使い捨てでは無く、本当に選ばれた十六人の覚醒者の一人でもある」

六百六十六人の覚醒者。その内の六百五十人は悠の様なA級エーテル能力者を原型としている。
残る十六人中、十三人はS級エーテル能力者。更に残った三人はSS級エーテル能力者で構成されている。
そして、その力の差はA級エーテル能力者の悠が自分自身を使い捨てと評する程。

だからこそ――

「絶対者としての力を持ったのなら、それ相応の役割と責務を果たせ!」

悠の怒号が裂帛の勢いと共にエーテルバスターソードで空戦騎を押し込めようとするも、びくともせず
刀身の亀裂が更に深く、更に長く走り、蒼のエーテル光を漏らし、オリファルコンの破片を撒き散らす。

「そんな事を貴方に指図される謂れはありませんね」

取り付く島の無いアイリの言葉と共に剣閃が爆ぜ、エーテルバスターソードを粉砕し
アスタルテを弾き飛ばすも悠は文字通り、空間に爪を立てて空中に踏み止まり、手元に残った柄を投げ捨て叫ぶ。

「ふざけるな! 力を宿した時に刻まれただろ!? 化物の知識を! 脅威を! それに対抗出来るのが覚醒者だけだって事もだ!」

原理は不明だが、全ての覚醒者はエーテル能力者を喰らう化物に関する多くの事を脳に刻まれる。
覚醒者の人数や、その内訳等も覚醒者になったその日から言語を発するかの様に当たり前の様に知っていた。
そして、自分自身を含む、A級エーテル能力者を原型とする覚醒者が、ただの数合わせでしか無いという事も。
それだけに悠は、圧倒的な力を持ちながら戦争に加担するアイリに対し、憤りを持たずにはいられなかった。

「何度も同じ事を言わせないで下さい。だから――何なのです?」

アイリは悠の言葉に耳を傾けず、エーテルバスターソードごと粉砕した筈のアスタンテの胸部装甲に目を向ける。
確実に捉えたにも関わらず、装甲はロールアウトされたばかりの様に真新しい黒光りを放っている。

(手応えはあった筈……面倒ですね。仕掛けられたとは言え、月側の人間……それも覚醒者を討つわけにもいきませんし)

「化物に滅ぼされても良いって言うのか!? 人間達が!!」

「確かに、アレがその気になれば……世界は滅ぶでしょうね」

女は投げやりに答えながらアスタンテとの間合いを詰め、その頭上に注意深く斬撃を振り落とす。
悠は反論する事する余裕も無くアスタンテの右腕に結界を構築し、斬撃を受け止める。

「ですが、多くの人間が滅ぶだけで、少なくとも私や貴方、覚醒者は死にませんよ。
全滅ではありません。雑多なエーテル能力者と、無能力者が激減するだけの事です」

(成る程――結界能力に特化した奇術師ですか。これは面倒が無くて良い)

能力を把握するなり障害など無かったかの様に結界を破断するも、既にアスタンテは間合いの外へと逃れている。

「四十二式――硝子の法!」

虚空を舞う破壊された結界の破片が陽光を反射して無数の剣となり、その切っ先を空戦騎に向け一斉に飛来する。
だが、五月雨の如く降り注ぐ硝子の剣は、一振りの斬撃の余波で弾き返され、その蹂躙を許さない。

「殺すか壊すしか能の無い、六百六十六人の覚醒者だけが残って何になる!? 何も出来やしない!!
覚醒者に出来る事なんて、人を襲う全てを殺して壊す事だけだ!! 僕等にそれ以外の何が出来る!?」

地球製の粗雑なエーテルナイトとは言え搭乗者はS級能力者。悠とて攻撃が通じないのは百も承知している。
だから、硝子の法が何の効力も生み出せなかった事に何の感想も持たず、アイリに吼えながら新たな印を結ぶ。

「貴方こそ殺すか壊すしか能の無い、僅か六百六十六人の覚醒者が六百六十億人の人類全てを救えるとでも?」

「それが出来るだけの力を持たされたんだろ! 僕等は!! 一度は文明を破壊された! それでも人間は地球を再生させた!!
それでも、他ならぬ人の手で此処まで立ち直った!! なのに再び滅ぼされようとしている!! そんな事が認められて堪るかぁッ!!」

悠の叫びに対する返答は剛槍の一撃。投擲された強化セラミックランスがアスタルテの傍らを駆け抜ける。
直撃せずとも、生み出されるエーテル震が悠の体勢を崩し、間合いを詰め無防備な頭部に斬撃を振り落とすには充分過ぎた。

「ッ!! 八十八式――瓦礫の法!!」

歪む空間の中から無数の壁が吐き出され、空戦騎とアスタンテの間に境界が構築される。
アイリの剣閃が両者を別つ境界を切り裂くも、質量を持った結界が四方八方から空戦騎を襲い、瓦礫の山となって飲み込む。

「栄枯盛衰は必定。六百六十六人の覚醒者には男も女もいる。滅んだのなら、復興すれば良いじゃないですか。
ええ。それこそ何度でも立ち上がれば良いのですよ。何でしたら、世界が滅んだ暁には私を孕ませてみますか?」

瓦礫の山の内側から凄まじい爆音と共に砂嵐が吹き荒れ、その中から無傷の空戦騎が軽々と飛び出した。

「貴女は狂っている……! 貴女程の力があれば人を救う事も世界を変える事だって出来るのに! 何故、救える命すら見捨てようとする!?」

「狂っているのは貴方でしょうに。知ったが故に使命感に駆り立てられる覚醒者は珍しくありませんが貴方は固執し過ぎです。
それとも、貴方は自分が選ばれた人間だと物語における主人公、世界を救う救世主、そんな存在だと思っているのですか?」

「黙れッ!!」

アイリのからかい混じりの指摘に悠の声色が明らかに変わり、アイリは此処に来て悠という個体に対し、初めて意識を向けた。
適当にあしらうつもりの言葉に悠のエーテルが激しく乱れ、限りなく図星に近い指摘をしたという事を思い知らされ鼻白んだ。

正しくは――

「世界を変える事も人を救う事も出来ず、正義の味方にも、救世主にも、ヒーローにもなれない端役でしかない。
それでも、世界を変え人を救いたい。だから、私の様な存在が許せない。矮小過ぎて却って可愛いですよ、貴方」

「黙れ! 怠惰な覚醒者が! 力を持った事に対する義務と責任が果たせないなら、此処で朽ちて後進に明け渡せ!」

アスタルテの正面に八丁のエーテルバルカンが円陣を描いて展開され日輪の如き輝きを放ち、蒼の光弾が断続的に放たれる。
悠の怒号に呼応し、空間を駆け抜ける光弾が密集し津波の如く空戦騎を飲み込まんと襲い掛かるも、アイリは侮蔑の笑みを崩さない。

「後進に明け渡せ? 僕に明け渡せの間違いでしょう?」

嘲りの言葉を吐き捨て、破壊エネルギーの奔流に真正面から飛び込み、数万発の弾丸を全身に浴びながら
弾幕の津波を掻き分け、悠の眼前でエーテルソードを振り被る空戦騎にはかすり傷一つ付いていない。
並の能力者の駆る空戦騎なら十数機纏めて葬り去って尚有り余る破壊力を持っているとしても、相手は極上の能力者。
その身に纏った膨大なエーテルエネルギーの影響力は空戦騎にまで及び、その圧倒的な性能差を容易に覆す。

「いい加減に気付いたら如何です? 貴方は覚醒者の威を借り、出来もしない大言を放って虚勢を張っているだけだと。
人を救う? 世界を変える? 綺麗ごとの理想は結構ですが、大それた事を口にする前に其相応の力を示すべきですね」

アイリは刹那の瞬間に間合いを詰め、悠が印を結ぶ。一振りの目の斬撃が八丁のエーテルバルカンを破断し、二振り目の斬撃が結界を粉砕する。
三段目の刺突が閃光を走らせた瞬間、悠は空間の狭間へと逃げ込んで攻撃をやり過ごし、結界とエーテルバスターソードを再構築。
上段に構え、空間移動による奇襲を仕掛けるも、死角など無いと言わんばかりに放たれたエーテルライフルの光条に出鼻を挫かれる。

「貴方は視野が狭過ぎる。己の理想と手段以外、何も見えていないのですか?
長期に渡る戦争継続。全身全霊を懸けた正真正銘の殺し合い。結構な事ではないですか。
ご存知の通り、生死のサイクルが早くなっただけで人口は増加傾向で継続的な技術革新にも成功している」

「それが人間の営みだという事は受け入れている! 殺し合いがしたければさせておけば良い!
だが、それは覚醒者がやる事では無い! 化物を殲滅しなければ戦争すら出来なくなるんだぞ!?」

力が届かない。悠はエーテルバスターソードを振り被ったままの体勢で責める糸口を探す。
届かないのは力だけでは無く言葉も同様。それでも、吼える事も戦う事も止めようとしない。
だが、アイリにとっては取るに足らない子供の駄々にしか感じておらず、攻撃を無効化をしても追撃すらしようとしない。

「貴方の理想は破綻しています。人間を殺し合わせる為に化物と戦え?
貴方の理想は人類の救済ですか? それとも、破滅ですか?」

「救うとか、救わないとかじゃない! 人間が人以外の存在から破滅させられるなどと受け入れられるものか!」

「いい加減、言動の矛盾に気付きなさい。人の手による破滅、人外の手による破滅。結果は同じですよ」

「何が同じなものか!! 人間同士なら、必ず分かり合える! 過ちを繰り返すのも省みるのも人間だ!
話の通じない化物による破滅も同じか!? 理解し合えるのか!? 認め合えるのか!? 違うだろ!!」

「人類至上主義を気取って、人間のやる事全て寛容するような言動と、達観したかの様な態度を取って分かり易い悪を否定する。
でも、簡単な悪――化物達を完全に滅ぼすだけの力は無く駄々を捏ねる。矮小どころか脆弱……本当に可愛いですね、貴方は」

理想と信念の否定に嘲笑と蔑みが混ざったアイリの見透かしたかのような言葉にアスタルテの姿が掻き消え
次の瞬間、空戦騎の背後からエーテルバスターソードごと突撃を仕掛ける。
アイリは迎撃しようとするも、四肢を蒼のエーテル光によって縛り上げられ、その動きを阻まれる。

「九十二式――縄縛の法」

悠の結界ではアイリの動きを一秒たりとも阻む事は出来ない――

(一秒でも……なんて贅沢を言うつもりは無いし、一秒もいらない)

ついに悠の攻撃がアイリを捉え、エーテルバスターソードの切っ先が空戦騎の背部に吸い込まれるかの様に突き刺さる。
そして、何の飾り気も無い無骨な柄だけを残して漆黒の刀身と縄が砕け散り、光の粒子となって両者の間で明滅しながら掻き消えた。

「能力までその様ですか……だから、貴方の言葉も理想も軽い。誰にも届かない」

如何なる手段を用いたとしても、その無防備を晒していたとしても、悠の攻撃と能力ではアイリには一寸たり届かない。
それでも、悠は動く事を止めようとしない。彼は斬撃を繰り出す騎士でも、銃撃を放つ魔弾でも無い。その真価は結界を繰る奇術師の力にある。

(精々、遊んでろ――僕はその先を行く)

「――とでも言いたげな気配ですね。思い上がりも甚だしいですよ」

「零式――城壁の法!!」

アスタンテの正面に六つの力場を生成し、その機影が視認出来なくなる程の高密度の結界が構築するも
その他の結界同様に防御壁としての機能を満足に果たす事も出来ずに破壊され、その衝撃で弾き飛ばされる。

「此方が気を抜いている隙に限定能力を使えば、太刀打ち出来るなどと本気で思っていたのですか?」

「最大強度の城壁ですら一撃か……だったら! 六百六十六式! 獣壁の法!」

「また馬鹿の一つ覚え――!?」

飽いたと言わんばかりの口調で斬撃を繰り出したアイリが不審気に眉根を顰める。
適当に繰り出した斬撃とは言え、S級の騎士ならば斬撃という挙動その物が必殺になる。
だから、どんなに悠が様々な性質を持つ結界を張ろうとも紙屑同然に切り裂く事が出来た。
技量や性能では無く、単純な能力者としての圧倒的な差がそうさせていた。そうなって然るべきなのだ。
それにも関わらず、獣壁の法と名付けられた結界は空戦騎のエーテルソードの軌跡を受け止めていた。

「今の僕に構築出来る最強の結界だ! 貴女の攻撃力がどれだけ高かろうと関係無い!」

アイリは悠の言動とは裏腹の行動に不信感を募らせ、疑念を抱き、様子を窺うように斬撃を繰り出しながら初めて思考を張り巡らせる。

(手応えはある――結界の高速再生? いや、私の斬撃よりも早く結界を再展開するのは、今の彼では不可能……多重結界)

二度、三度と斬撃を繰り出す。その度に結界を破壊する微かな引っかかりの様な手応えが返ってくる。

(調子に乗って攻撃を続けていれば良い。この結界は六百六十六枚の多重結界――)

アイリの斬撃が苛烈さを増すも、自らの能力に絶対の自信を持つ悠は恐れる事も揺らぐ事もない。
だが、それが却ってアイリの思考を加速させ、獣壁の法を丸裸にしていく。

(結界を破壊可能な最低限度の攻撃力さえあれば威力に関係無く、一度の攻撃で破れる結界は一枚だけ。
他の結界を展開していた時の様に回避にも、攻撃にも転じようとしない。この結界の特性。それは――)

アイリの斬撃が苛烈さを増し、展開された結界が次から次へと破壊される。
悠は結界の維持のみに努め、回避や反撃の素振りを見せずに時が来るのを待つ。

(結界に蓄積された攻撃は一個の破壊衝動に変換され、攻撃対象の元へと反射される。
残り六百三十枚……集束完了まで耐え抜けば僕の勝ちだ……!)

「少しだけ力を見せてあげますよ――チェイン」

アイリの気だるげな声色に僅かばかり剣呑なものを含ませた瞬間、悠の視界が白磁の剣閃に塗り潰され、何かが砕ける音が断続的に木霊する。
矢張り、エーテルソードはアスタンテを裂く事が出来ないまま、悠の結界に食い止められ、再びエーテルソードを振り上げる。
だが、此処に来て悠の動きが変わった。言葉を発する事も出来ずに狼狽し、アイリから逃げ出すかの如く、大きく間合いを離す。
結界その物こそ健在。完全に破壊するには結界を破壊可能な威力を持った攻撃を六百六十六回。容易く無力化出来る物では無い。
この獣壁の法こそが君嶋悠がS級エーテル能力者に匹敵する防御能力を自負する最強のカードだった――だが、悠は思い知る。

(A級最強の防御能力は所詮、A級止まりでしか無いって事か……!?)

「A級の貴方ですら、多種多様の結界を構築出来るのですよ? S級なら、それ以上の斬撃を繰り出したとしても何ら可笑しな事ではないでしょう?
ただ結界を破壊する程度の威力を持った斬撃を一呼吸で、たったの六百回切り結んだ程度、剣術とエーテル能力に毛が生えたような物ですよ」

残る結界は三十枚。同じ攻撃を繰り出されたら結界を完全に破壊された上に五百七十回殺される計算だ。
だが、獣壁の法の本質は防御では無く、ダメージの蓄積、収束、反射にあり、相手が強ければ強くなる程、その威力を増す。

「流石はS級……だけど、見積が甘かったようだね! 貴女が放った六百三十六の斬撃、使わせてもらう!」

収束している暇は無い。獣壁に蓄積された白磁の斬撃が巻き戻しの映像の様にアスタルテの結界から放たれる。
文字通り一撃必殺の威力を持った六百三十六の斬撃が白磁の剣閃となってアイリの視界を埋め尽くし、金属が磨り潰し合う音が悠の鼓膜を叩く。
悠は確信する。悠自身の力で傷付ける事が出来ずとも、S級能力者が放った斬撃の完全反射の能力ならば確実に叩ける。

「貴方にそれを言われては話になりませんね……自分の、ましてや適当に放った攻撃など認識するまでもありません」

閃光と轟きが鳴り止み、再び悠の視界に現れた空戦騎は五体満足、相変わらずの無傷で両腕にエーテルソードを構えている。
有効なカードは全て切った。残った手札は無い。完全なる手詰まり――圧倒的な能力差を見せ付けられ静かに笑い声を漏らす。

「は……ははは……圧倒的じゃないか」

だが、その笑い声は開き直った諦めの笑いでは無く、絶対的な勝利に対する笑い。

「でも、圧倒的過ぎて分からなかったようだね。この勝負、僕の勝ちだ」

「これは……!?」

悠が勝ち誇り、アイリが驚愕する。無傷の空戦騎の装甲が色を失い、土塊を切り出して作った彫像の様に動きを硬直させ
全身に亀裂を走らせ、表面装甲が瓦礫の様に崩れ落ち、空戦騎もまた重力に従い落下を始める。

「それが地球の技術の限界さ。機体のオリファルコン含有率なんて精々一割程度。覚醒者が扱う能力に耐え切れるだけの力は無い。
ましてや貴女程の能力者なら、まともに能力を使うまでも無く片が付くだろうからね。限界がある事すら知らなかったんだろ?」

エーテルナイトは搭乗者たるエーテル能力者のエーテルをエネルギー源とし、その性能を際限無く増幅させる事が出来る。
だが、それは月で建造された本家本元のエーテルナイトに限った話であって、地球で製造されたエーテルナイトでは
エーテルジェネレーターでエネルギーを増幅する事が出来ても、その受け皿となれるだけの力が機体には無い。

「これが地球製エーテルナイトの限界……と言うわけですか。さて、どうします?」

エーテルナイトに関する知識の差が両者の実力差を覆し、軍配は悠に上がり自由落下の最中にも関わらず、アイリは淡々と問いかける。
戦闘を続行するのならば、それでも構わないとでも言いたげな態度をしているが、悠は剣を引く。
結果的に命を奪い、奪われる可能性があったとしても、覚醒者同士の戦いなど悠の望む所では無い。

「僕は大言を吐くに値するだけの力をこの戦いで示した。化物を殲滅する為に、その力を使え。
って言ったって、どうせ聞かないんだろ? 貴女の好きにすれば良いよ。僕の知った事じゃない」

「暴れるだけ暴れたら溜飲が下がりましたか? 惰弱で脆弱どころか一貫性すら無いのですか?
一応、反論はしておきますけど覚醒者としての役割を放棄したわけでは無いんですよ?」

「さっきと言っている事が違う。適当に話を合わせようとしていないかい?」

「貴方は莫迦ですか? いい歳をして小児病を患った自意識過剰を相手に、私がまともな受け答えをするとでも思ったのですか?」

「く……ぬ……」

「そろそろ、現実に折り合いを付けて、弱い自分を受け入れる強さを持つべきかと思いますよ?」

「五月蝿いな!! そんな事よりも役割を放棄したわけでは無いってどういう事さ!?」

「さあ?」

「喧嘩を売っているのかい……? 買うよ、エーテルナイトに乗ったA級、生身のS級ならいい勝負になるだろ?」

「上位能力者とは言え、生身の女を相手にエーテルナイトを持ち出しますか。そうですか。惰弱で脆弱で一貫性が無い上に短絡まで追加ですか」

「このッ……!!」

これまでで一番の侮蔑をありありと込め、嘲笑混じりに吐き捨てるアイリの言葉に悠は、ただただ感情的に顔を引き攣らせ
アスタルテの胸部装甲を引き裂き、外へと這い出る。最早、勝敗の行方や力の優劣などを思慮する冷静さなど欠片も残っていない。

「無理して出て来なくても良いですよ。私も弱い者苛めをする趣味はありませんし」

「ああ言えば……!!」

「こう言うのが会話なキャッチボールと言うものですよ」

落下中の空戦騎の表面装甲が剥がれ落ち、血管の様に全身に張り巡らされたオリファルコンが脈動しながら辛うじて人型を保ち、空中で静止。
エーテルジェネレーターの内部機構を外部に晒し、アスタンテを見上げる姿は地上で暴れる異形よりも禍々しく、悠は口を閉ざして身構える。

(エーテル能力者や覚醒者が法外の存在だとしても所詮は人間、人間以外の存在にはなれない。
だけど、取って付けた様な人型でも人の形をしていれば、それは能力者の鎧、肉体の延長になる)

勝敗は決した――それは都合の良い思い込みでしか無く、アイリはまだまだ健在であるという事を悠は思い知らされる。
そして、今度こそ切れるカードが何一つとして存在しない事も自覚している。悠に出来る事と言えば、ただ警戒心を高める事一点のみ。

「さて、リペアも完了しましたし……今日の所は退くとしましょう」

「んな!?」

アイリの予想外の発言に悠は肩透かしを食らったかの様に声を裏返らせる。

「何です、その反応は……元々、私には貴方と対峙する理由がありません。それに――」

無残な姿に変わり果てた空戦騎が文教都市へと視線を落としたのに釣られて、悠も視線を落とす。
其処ではエーテルナイトの全長程もある巨大な生首の異形が、刀十狼の斬撃によって両断されているところであった。
文教都市で騒動を巻き起こした首魁が塵へと消えたのを確認して、アイリは再び、悠の方へと視線を向ける。

「刀十狼……」

「ご覧の通り、貴方と戯れている内に片付いてしまいました。これ以上、此処に留まる意味も無くなりました。
そもそも、謝肉祭規模の群れにも関わらず、貴方や共和国の覚醒者の対応が遅過ぎるから、私が出張って来たのですよ。
茶番とは言え戦争中ですからね。空襲に見せかけるしか無かった……その程度は察してもらいたかったですね」

「じゃあ、僕は……」

「早とちりをして私の責務を妨害し、月の機体を躍らせる側の地球人に晒した挙句一介のエーテル能力者に
それも一人で謝肉祭規模の異形と対峙させた。貴方は戦闘技術や能力の向上以前に、その蒙昧な思考を直すべきですね」

「ごめんなさい……」

「まあ、別に構いませんよ。一介の能力者が何故という疑問は残りますが、結果的に騒動は治まりました」

刀十狼のエーテル能力者としての等級はB級。数値の上では並の強者でしか無く、覚醒者には遠く及ばない。
だが、実質的な戦闘能力は悠を始めとするA級能力者を素体とした覚醒者と互角か、それ以上。
アイリがふと漏らした疑問の言葉に悠の脳裏に刀十狼の言葉が蘇る。

――共和国から同盟の申し入れを受けてな

――だからこそ欲しておるのだろう。我の血肉と、守屋の法理を

「空戦騎の限界も見えましたし、妨害された上に罵倒された分の憂さは晴らせましたので」

アイリも覚醒者とは言え軍人としての一面も持っている。余計な事は悟らせまいと黙りこくるも
疑問はあるにせよ、守屋刀十狼が何であれ、如何でも良いとアイリは鼻で哂って言葉を続ける。

「それに陣営は違えど、一応は志を持った同士がいると分かった。それで良しとしましょう。アイリ・ハウゼンです。貴方は?」

「アイリ・ハウゼン……僕は君嶋悠」

「この茶番も長くは続かない。いずれ轡を並べる事もあるでしょうし、覚えておきますよ。
但し、次までにはその高慢で短慮な性格を幾分かでも直しておいて欲しいものですね」

スクラップ同然の空戦騎はアスタルテに背を向け、一瞬にして認識範囲外へとその姿を消失させたのを見て
今更ながらになってから悠は深く溜息を吐いて、アイリの力に戦慄を覚えた。

「ハ……ァ……あれがS級……か。対峙しておいて、よく生き残れたものだね、我ながら……」

それでも――

「相手がS級エーテル能力者であっても、やり方次第では一定の結果を出す事が出来る……まだだ。僕はまだ強くなれる」

先程の戦いを思い返し、想いを馳せ、得心がいったかの様に頷き、襲い掛かる戦慄を握り潰すかの様に拳を握り締めた。


【次回予告】
三年ぶりの再会を改めて喜びを分かち合う為、悠は守屋の屋敷へと訪れる。
束の間の休息。其処で明かされる刀十狼、生涯の伴侶との出会いの物語。

機神幻想Endless 番外編 茜色の菖蒲


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