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「ヒューマン・バトロイド」 Epilogue

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第四次世界大戦が終戦して二ヶ月。
現在は2月13日22:30、あと1時間半後に迫る明日は男のプライドが掛かっている勝負の日。
そして女の思いが掛かっている勝負の日。
つまるところバレンタインデイである。
しかしここには突っ伏す男が二人。
一人はラウル、整備士としての仕事の忙しさというバレンタインとは全く関係ない事情で絶望感を垂れ流している。
もう一人はリク、彼は彼で迫るバレンタインに過酷な空気を感じている。
そこに通り掛かるのはゴース。
「どうした?何か悩みか?」
ラウルは震える声で呟きだす。
「三日…」
「三日?」
「寝てない……」
「うわぁ……また何で?」
クマがクッキリとでているラウルは顔をノロノロと上げる。
「ここの軍備増強の為にグラビレイトの粒子炉を解析してたんっす……難し過ぎる……」
「それにしたって休憩くらいとれよ……」
「ここにいたんですか、ラウル整備班副長」
聞こえて来たのは引き締まるような女性の声。
そちらには書類の束を抱え、スーツを着た18歳程の美少女が立っていた。
緩いウェーブのかかった金髪に抜けるような白い肌、つり目の翡翠色の瞳がシャープなフレームの眼鏡越しに見える。
「職務を放棄しないで下さい。まだ作業は終わっていません」
ラウルがカックリと顔を落として逝った。
「いや、フレイちゃん。こいつそろそろ限界だから、休ませてあげてくれ」
「え、そうなんですか?」
「君、ラウルも人だからね?」
フレイはきつい印象の顔を少し困ったようなものに変える。
彼女はフレイ・セサリー。
南太平洋中立国家郡代表のオーディル・セサリーの娘で、オーディルの秘書だ。
戦後の様々な事後処理を手伝っているうちに、気付けば正式に秘書にされていた子だった。
大概何でも出来るが少々、いやかなり抜けている。
「てっきり職人独特の精神かと思ってました……」
「何それ?」
「え、あのーほら。一度仕事を始めたら終わるまで山に籠って降りてない……みたいな?」
天然キャラの彼女はやはり人気が高いが誰もが諦めている。
理由は二つ。
「それなら一旦休んで下さい。紅茶でも煎れましょうか?」
「うぅ……眠、たぃ……」
既に意識が混濁しているラウルに必死に声をかける彼女は顔が赤い。
「とりあえずベットまで連れていったら?」
「あ、はい。わかり……ました?……ラウルさんの部屋まで私が運ぶ?……あゎゎ!」
突然ほうけて一気に慌てだしたフレイ。
まさに恋する乙女。
どうやら二ヶ月前、オーディルが戦場である宇宙のスタークと通信を繋いでいたせいで、一心不乱にグラビレイトを修繕するラウルを見たらしい。
ゴースが収集した彼女の独り言(入手手段はトップシークレット)によると、「世界を守る為の使命感では無く、やりたいことを貫く姿」に感じるものがあったようだ。
ずっと机に伏せていたリクがムクリと上体を起こす。
「フレイ、ラウルの部屋にはティーセットなんて無いから持って行ったほうがいい。あとこれ、痺れ薬――」
「お前は何差し出してるんだよ!?」
小さな薬包紙を叩き落とすゴース。
中身が床に飛び散るのを見てフレイが少しだけ残念そうな顔をしたのは気のせいだと思いたい。
「仕方ない、こっちをどうぞ。このデータを後でラウルに渡しといてくれ」
「わ、分かりました。ご忠告ありがとうございます……がんばります」
「ファイトだ」
そのままフレイはラウルを支えて休憩所を出ていった。
「……オーディルさん、何コソコソしてるんすか?」
その後ろに続こうとする怪しい影、中立国家郡代表のオーディルにゴースはすかさず声をかける。
「娘が心配なだけだ。気にするな」
「絶対娘さん、ラウルにぞっこんですよ?脇に入る余裕も無いくらい」
「マ、ジ、か!?」
その場で崩れ落ちるオーディル。
中立国家郡代表はただの親バカになっている。
これがフレイを諦める理由のもう一つだったりする。
「唯一の救いはラウルが気付いてないって事ですかね」
リクがそう呟く。
ラウルは仕事に追われすぎてフレイの好意に気付く暇が無いようだった。
「そ、そうか……それはよか――」
「でも彼女、絶対バレンタインに行動しますよ。ミキがフレイの次に調理場を借りるって言ってましたし」
「ぬぅぅぉ……」
「リク……からかってやるなよ……」
ニヤニヤしながらオーディルの反応を楽しむリク。
二ヶ月前からリクはだいぶ変わった。
吹っ切れたというか、ぶっ飛んだ。頭のネジが。
「まあ、ラウルも若いのに整備班副長なんて役職だし?有りじゃない?」
「1番の出世頭が何言ってやがる。中立国家郡参謀リク・ゼノラス殿?いや、防衛隊総隊長補佐のほうがいいか?」
リクは南太平洋中立国家郡内部で戦時中の交渉と、過去に30000機近い無人機の操作を行った実績からかなりの地位を手に入れた。
南太平洋中立国家郡参謀及び防衛隊総隊長補佐及び第01小隊隊長、というのが現在のリクの正式な役職だ。
ちなみに防衛隊総隊長はリキが務めている。
既に反応が無くなったオーディルを放っておいて会話を進める二人。
「で、お前は何で突っ伏してた訳?」
急にぐちゃりと机に突っ伏すリク。
「……バレンタインが……憂鬱なんだ……」
「はぁ!?お前は普通にミキから貰えるだろ!一昨日だって突然のミキは俺の嫁宣言で大騒ぎしてたじゃねえか!そんなお前がバレンタインで悩むなんて、独身者に対する冒涜だァァ!」
ゴースにガクガクと襟を掴まれて揺すられるが、リクは乾いた笑いを続ける。
「ゴースさん、俺の話聞いてた?」
「あ?」
記憶を遡り、気付いた。

「ミキがフレイの次に調理場を借りるって言ってましたし」

「「ミキが」フレイの次に「調理場を借りる」って言ってましたし」

「ミキが」「調理」

「………合掌」
「いいんだ、きっとこれも愛でどうにかするべき問題なんだ……でも解決には時間が欲しい……」
リクの虚ろな笑みはやまない。
ゴースは重い空気を払拭する為に話題を変えた。
「あ、さっきフレイちゃんに渡してたデータってなんだ?」
「ハハハハハハ……え?ああ、粒子炉の設計図」
「ブファ!?」
盛大にむせたゴースにリクは反応しない。
まだ絶望の底にいるらしい。
「ちょっと待て!なんでお前がんなもん持ってんだよ!?」
「言ってませんでしたっけ?キセノ・アサギの端末を入手して、そっから持ってきたんですよ」
キセノがリクに渡した端末にはいくつかのデータが記録されていた。
グラビレイト関連の設計データ、AIの基礎人格プログラム、はたまた遠隔操作武装のマイアットシステムのデータなども記録されている。
「まぁ、あいつが遺したかったのはそんな物じゃ無いんですけど」
「それよか重要な物が入ってるってのか?」
リクはゴソゴソと懐から端末を取り出す。
「二つあります。一つ目は手記ですね。1番古い日付は第三次世界大戦直前の記録、1番新しい日付は二ヶ月前まで。日本側から戦争を見た重要な資料、いや、証拠になりますよ」
「そういや、確かにそんな話してたな……場合によっちゃ世界がひっくり返るよなぁ……」
キセノの主張を聞いた限り第三次世界大戦の裏はかなりきな臭そうだ。
「それを一つ目に挙げるって事はもう一つはそれ以上なのか?」
リクは端末を操作しながら曖昧に首を振る。
「一応、キセノにとってはこれが1番大事な物、ですかね」
表示されたのは一枚の画像データ。
それは写真だった。
まだ十代だった頃のキセノが、隣に引っ付いている女性を迷惑そうに見ている。
女性はキセノの腕を抱き寄せながら満面の笑みを浮かべている。
服装が二人とも制服、それも学生の物なので同い年ぐらいなのだろうと推測できる。
女性の名は片葉菜穂、日本軍技術部長で、恐らくはキセノの想い人。
「これが……世界を揺るがす情報以上のデータ?」
「つくづく思います。俺とキセノはよく似てる」
キセノにとっては世界の転覆よりも大切な笑顔だったのだろう。
彼の手記を見た今ならわかる。
彼にとって片葉奈穂にはそれだけの意味があった。
「……わっかんねぇな……よくわかんねぇ」
「今の俺なら分かります。きっと人に依存するってそういう事なんだと思います」
「愛じゃなくて、か?」
「愛じゃなくて、です」
「言うねぇ……それじゃあ、俺は仕事の続きをしに行くぜ。オーディルさんも連れてっとく。精々チョコで死なないようにな」
「アアアァァアァアアァア……」
頭を再び抱えるリクに軽く手を振りながらゴースは歩き去った。


キセノ・アサギについて、分かっている事は少ない。
世界からの認識では国の為に復讐を誓った男と言われている。
しかし、リクが手記から感じ取ったキセノの姿は真逆の存在だった。
常に世界中の微妙なバランスを保つ事で連邦と同盟の戦況を膠着状態に、イレギュラー要素を造りだすのと他国から追い出された日本人を守る防壁の為に中立国家郡に秘密裏に戦力を譲渡する。
量産傭兵への研究材料名目で秘密裏に濡れ衣を着させられた罪人を保護。
本物の凶人も同時に確保して、それに対してのみ改良を施す。
そして、最後には世界を加速させる為、宇宙に両軍を集中させて殲滅。
結果としてキセノが行った事は、宇宙での戦争のせいで深刻な資源不足が目の前に見えはじめた連邦と同盟を終戦に追い込んだ。
ただ復讐を行う人間にこんな事が出来るとは思わない。
でも、リクは少なくともそう思っていたい。
そんな未来を造る為に利用された立場としては、戦争を止める片棒を担いだという心地が無ければやってられない。
きっとやり方は間違っているのだろうけど、リクにはそれを否定なんて出来ないから。


「リク!」
聞こえたのはミキの声。
どうやらタイムリミットらしい。
錆び付いた様な音を立てそうな感じで後ろを振り向く。
ミキは綺麗にラッピングされた箱を持っていた。
「お、おぉ、ミキか。バレンタインのあれか?」
「今回は失敗しないように、リリに習って作ってみた。多分大丈夫だと思う」
「そうか……よし!覚悟は決めた!」
リクは勢いよくラッピングを取り外し、箱の中身をつまみ上げる。
見た目は普通のチョコレートだった。
「これならいけそうじゃないか!凄いぞ、ミキ!」
「え、そう?よかった……」
リクはつまんだチョコを口に放り込んだ。


「あいよ野郎共、義理チョコの配給だぜ!」
リリが食堂でチョコレートを配り始める。
ワラワラと集まる独身者はチョコレートの甘さを期待して、カカオ99%のチョコの苦さに涙を流す。
そこにゴースが通り掛かる。
「お、リリちゃん。義理チョコくれ」
「ほい。オーディルさんはいるのか?」
ゴースに引きずられているオーディルは光を映さない眼をしている。
「これは壊れてるからいいよ。それより、ミキちゃんがチョコ作ったんだってよ。知ってた?」
ミキの名前を聞いた瞬間、リリの顔が引き攣る。
「いやー……一応手伝ったから知ってたけどさ?あれは……チョコ、なのかな……って」
「あー、やっぱ?」
「見た目はうまくいったんだけど……チョコ溶かすのにガソリンぶちまけたり、溶けたチョコと生コンクリートを混ぜてみたり、砂糖と勘違いして砂をぶどう糖溶液で湿らせたもので味付けたりしたのを、アタシはチョコと認めたくない……」


「……ミキ、俺は大丈夫、きっと耐えてみsぐぼふぇあ!?」
口から謎の金色の紐を吐き出しながら倒れるリク。
「り、リクゥゥゥ!?」
急いで駆け寄るミキは気付いていない。
その金色の紐が気化してガスを発生させていた事に。
そのガスが軽く有毒だった事に。


「うぅ……」
眼を覚ましたラウルはその場所が自分の部屋である事に気付く。
ふと横を見ると、そこにはフレイが眠っていた。
よくよく考えればラウルの仕事に殆ど付き添っていた彼女もかなり限界だったのだろう。
ラウルの身じろぎで目を覚ましたフレイはしばらく寝ぼけたように眼をこする。
「う、うーん……ん?ひゃあ!?」
自分の寝顔を見ていたらしいラウルに思いっきり後ずさり、家具に身体をぶつけるフレイ。
ラウルは鈍い音を立てた彼女の頭を心配する。
「だ、大丈夫っすか?」
「大丈夫ですぅ……痛い……」
しばらく頭をさすっていたフレイは立ちあがってラウルに指を突き付けた。
「ラウル技術部副長!休憩が必要ならちゃんと言って下さい!」
「えー……作業を早くしろって言ったのはそっち―――」
「わかりましたね?」
「……はい」
勢いに押し切られたラウルは項垂れている。
「まあ、お詫びと言っては何ですが……その、これ……」
フレイが差し出したのはチョコレート。もちろん手作り。
「あ、ありがとうございます……」
「……嬉しくないですか?」
「いや!?嬉しいっす!すげぇ嬉しいっす!」
いきなりの事で驚いていたラウルは、フレイの涙目に必死にフォローをする。
その必死さに思わずフレイが吹き出す。
それを見たラウルも笑いだす。
「ふふっ、なんかおかしいですね」
「そうっすね、とにかくありがとうございます」
「あ、そうだった、これを渡すように言われてたんです」
渡されたメモリーをラウルは端末に差し込みデータを展開する。
「……これ、粒子炉の設計図だ!」
「え!?」
ラウルは仕事から解放された事を理解してテンションがあがる。
「うわぁ!やった!これで助かった!ホントありがとう!」
「ふぇ!?ひゃ!ラウルさん……」
そのテンションでフレイの肩を掴んでいるラウルは、少し口を突き出しながら目をつぶっているフレイに動きが止まる。
二人の間には実は思い違いがあったりする。
ラウルはチョコを義理だと思っていた。
「あ、あの?フレイさん?」
「……やっぱり、私は魅力ありませんか?」
「おぅぁ?」
ラウルの思考が止まる。
もう一度眼をつぶるフレイに無意識で少しづつ顔を近づける。
その瞬間、外で悲鳴が巻き起こる。
二人ともビクッと動きが止まる。
「な、何?」
これ幸いにと言わんばかりにラウルが部屋の外を見に行く。
扉を開けて瞬間、ラウルの意識は異臭と共に失われ、フレイの意識も少し遅れて失われた。
最後の瞬間ラウルが聴いた言葉が全てを物語っていた。
「ミキの、チョコ、被害、拡大」


南太平洋中立国家郡防衛隊隊則特例。
ミキ・レンストルが料理を行うそぶりを見せた場合、状況を問わず第一級警戒体制を発令する。


END


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