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TONTO;Race In

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匿名ユーザー

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 眩しくて、私は目の上に手をかざした。
 見上げれば、空は高い。雲が無いせいだ。暑い、と言うより熱い。今日の太陽は、弱っているものを容赦なく殺すつもりらしい。陽気に笑いながらこちらを永遠に追い回す太陽を思い浮かべ、私は気を引き締めた。油断してはいけない。みんな誰かを殺したがっている。味方は少ない。
 私のアポリアは、既にハンガーから牽引されて、舗装された道路の縁に立たされていた。中途半端に手入れされた芝生と、ひび割れたアスファルト。その境界に立つ真っ白な巨人。その脇では、古臭いサングラスを掛けた私の数少ない味方が、ノートパソコンの画面を白く染める太陽に苦労しながら、最後の調整に勤しんでいた。
「なんとかなった?」
「なんとかなるところだ、ああ、そのままずっとそこに立っててもらえると助かる」
 私が画面を覗き込むと、リコはそう言った。私の影がちょうど画面にかかっていた。リコのほほには汗が伝っていた。ふぅ、と息を吐き、忙しく指を動かして、しばらくしてリコは汗を拭った。時折、何の涼しさもない熱い風が流れる。何の音もしない。私とリコ以外、生きとし生けるものはみな太陽に殺されてしまったのかもしれない。そんな終末的な静けさ。
 もちろんそれは単なる妄想で、すぐにジープの音が近づいてきて、私の敵が現れた。上官は軍服の胸元を大きくはだけていて、口笛を吹きながらジープから降りてきた。私は敬礼した。無視された。彼は片手にビール瓶を持っていた。その口はもう開けてある。口笛を吹きながら私の脇を通り過ぎ、口笛を吹きながら芝生に腰を下ろした。
「いい天気だな、首狩りウサギ君」
「楽しそうですね大佐」
「天気がいいからな」
 幸せな人だ。私は久しぶりに誰かを羨ましく思った。こんな風に生きられたら、きっと人生は楽しいだろう。
「これでしばらくは大丈夫だ」
 そう言ってリコが顔を上げるまで、それからしばらく掛かった。私は水と日傘を取りに二度宿舎へ帰り、二度目の時には管制塔へ電話して、出発が遅れることを連絡した。上官はいつの間にかいなくなっていた。リコに聞いてみると、どこか北の方の基地が空爆に遇ったらしくて、それについての仕事をしにいったのだという。あんな男でも、労働は義務なのだ。
「どうやったの」私は水の入ったペットボトルを差し出しながら、リコにたずねた。
「トントの効果範囲をシビアに設定した」
 まあ、お前さんの腕なら気が付かないくらいの変化さ。リコは私の差し出したペットボトルに気が付いて、手を伸ばした。口の端からこぼしながら勢い良く飲み干して、一息つく。
「このまま出発するのか」
「管制の人が怒ってるからね」
 アポリアを、膝を足がかりにしてよじ登る。別にコックピットまでの簡易的なリフトはあるのだが、たまにワイヤが絡まって面倒なことになるから、私はこの乗り方の方が好きだった。
「それで、これは聞くべきかどうか迷ってたんだが」
「なに」
 アポリアをよじ登ると、いつも決まって子供の頃やった木登りを思い出す。一つ一つの木に難易度をつけて、一番難しい木を登った子供は英雄だった。英雄になるのはもっぱらエストラゴンの役割で、私は難しい木を探しだすほうが好きだった。五歳くらいの時の記憶。やはり、ほとんど覚えていない。思い出せない。
「お前さん、何を拾いに行くんだ」
 その時私は、リコの顔がここから見られればよかったのに、と思った。そうすれば、何も迷うことは無い。適切な答えを答えればいい。けれど、ここからリコの顔は見られなかった。私は、どう答えるか、コックピットを開けながら迷い、閉める寸前になってこう答えた。
「ゴドー」
「ゴドー。ゴドーってなあ、なんだ」
 知らない。そう言って、私はコックピットを閉じた。
 太陽が闇に呑まれた。



Starting system.
Wait a minute...
Compiled with Tonto version 2.5.2.
'import site' failed; use -v for trace back
Checking for installed Tonto...No installed Tonto found.
Only built-in modules are available. Some scripts may not run.
Continuing happily.

Welcome to Aporia.

 暗闇の中で、補助モニターに白く文字が浮かび上がる。距離感を失い、立ち位置を失った私の脳は、その光を基準にして自分の居場所を確かめようとする。目を閉じて、開く。手を握り締め、緩める。息を吸い、吐く。空気からは何の臭いもしない。背もたれから幽かな振動。唇の端が粘つく。
 失敗、さまざまな意味での失敗への意識が、私の頭の中に残留している。リコに対してあまり賢いとは言えない対応をしてしまった。とはいえ、自己に対する言い訳なら既にできあがっている。
 つまり、あれは境界だった。あれ以上リコに踏み込ませても、誰にとっても不幸しか呼び込まない。そう正当性の中に逃げ込んでも、私の脳は何かしらのごまかしの臭いを嗅ぎつけて、いつまでもぐるぐる私の周りを回り続ける。永遠に、しつこく。
 そうなるともう、愚かになるより道は無い。慣れるのだ。自分自身の下らなさから逃げ出すために。不正を不正のまま受け入れて、自身を騙すより道は無い。諦めることしか。
 大丈夫だ。誰だって無自覚にそのようなことはやっている。私だけがどうしようもない人間であるわけではない。

 周りの全ての人間が盗みを働いていたとして、それは自分が泥棒になっていい理由になると?

 私は唇を舐め、自分の頭の上にぶら下がるヘッドギアを引き下ろし、装着し、バイザーを下げ、無線を点け、チャンネルを合わせた。
「コールサイン『ザーィツ』搭乗しました」
《こちらアトラス ザーィツのバイタルサインを確認しました ボイスコマンドを入力してください》
 やたらと耳障りのいい女性の声がして、先ほどの補助モニターではなく、ヘッドギア内部のメインモニター、つまりバイザーの裏側に、なんと言うことは無い文が浮き上がる。それを読み上げつつ、私は新たにぶつかったより現実的な疑問に首をかしげた。私の担当のオペレータはダイアモンドだったハズだ。
「失礼ですが、所属を教えていただけますか?」
《NATOです 今回の作戦において引き継ぎが行われました よろしくお願いします》
「聞いていませんが」
《言ってませんから》
 どう文句を言おうか考えて、すぐに諦めた。馬鹿馬鹿しい話だ。わざわざ見張りを立たせて、作戦の成功率を自分たちで下げているのだから、話にならない。どうにでもなればいい。私自身の生き死になど、大まかに考えれば何の意味もないのだ。それは自分に限った話ではないが、そんなことを言い出したら悲観論ばかり話す人と変わりない。
 だとしても、本当に馬鹿馬鹿しい話だった。
「あなたがダイアモンドと同じくらいの働きをしてくれることを望みます」
《期待していて下さい》
 しれっと言い放ったアトラスは、気楽さの欠片も無い固い声で、教科書どおりのオペレートをしてみせた。
《ボイスコマンド 認証しました 武器の使用を許可します 1235 作戦行動を開始してください》
「……了解、作戦行動を開始します」
 ガントレットを両腕に嵌めて、息を吐き、肺の底に溜まった嫌な空気を搾り出す。切り替えなければならない。ここからは、自分の感情や意味や主義は二の次だ。準備は終わった。
 生き延びる。死なないために。単純だ。そんなに深刻ぶることではない。格好つける必要もない。それだけで全てのことに説明がつく。
 親指の腹でこめかみのスイッチを叩き、モニターを外部カメラに接続し、蒼く、ひたすらに蒼く澄みきった空に目を細めながら、右手の付け根で、肘掛にある加圧スイッチをゆっくりと押した。



「あれ?リコさん、ウラジミル見なかった?」
「たった今出て行ったところだよ、お嬢ちゃん」
 太陽による殺戮の中で、その少女は汗一つかかず、口にくわえたタバコをくいと上に向けて、しかめっ面を作って見せた。肩まで掛かかる長くて黒い髪。イギリスでバレエでも習ってそうな可憐さ。河原の磨かれた石のように均一な肌。着ているものが古臭いジャージで、彼女がまだタバコを吸っていい年齢には見えなくとも、それは何も変わらなかった。それどころかそれらの違和感は彼女を浮き彫りにして、周りから、何にも交わらない空間を削り取っていた。
 率直に言えば、彼女はとてつもない美少女のように思われた。リコは美と言うものに興味が無くて、少女にはもっと興味が無くて、それでも彼女の存在がにじませるある種の力そのものには気づかないわけにはいかなかった。
「相変わらず気が触れたみたいな美人だな」
「ありがとう。火、ちょうだい」
 エストラゴンはとんでもない忘れ形見を残していったもんだ、リコはそう思いながら、胸ポケットからジッポーを取り出して、彼女に放り投げた。完璧なタイミングで、角度で、彼女はタバコに火をつけて、ふうと煙を吐き出した。
 このまま映画のワンシーンにできるな。映画に対する大した知識は無くとも、リコはそう確信した。
「ねえ、いつ帰ってくるの?ちょっと話したいことがあるんだけど」
「ノーコメント」
「仕事中なんだ、なにか重大な仕事をしてるんだ」
「ノーコメント。なあ、お嬢ちゃん、こんな陽の当たる場所にいたらいけないぜ、太陽は人を狂わせるんだ。満月と同じように」
「ごまかさないで」
 リコは彼女を無視して、ノートパソコンをしまって、ハンガーに向けて歩き始めた。サングラスを掛けなおして、リコはこめかみに手をやった。リコには少し考えることがあり、それはひょっとしたら危険なことかもしれないから、しばらく、できるだけ子供には近寄ってほしくなかったのだ。
 だからこそ、その時、リコがふとそのことを尋ねてみる気になったのは、どうしてなのか。
 それはきっと、誰にもわからない。 
「なあ、グルダお嬢ちゃん。ゴドーってなんだか知ってるか?」



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